サービス・イノベーションのための知的財産権の在り方に関する考察と提案

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サービスイノベーションのための知的財産権の在り方に関する考察と
提案
(文教大学 情報学部) 幡鎌 博
Intellectual Property Rights for Service Innovation
Bunkyo University
Hiroshi Hatakama
サービスイノベーション ビジネス方法特許 オープンソース マッシュアップ 再発明
1. はじめに
サービスサイエンスに対して、数年前から関心が高まっている。昨年は、一橋ビジネス
レビュー [1] や、オペレーションリサーチ(OR 学会誌)[2] などで特集が組まれた。ま
た、「サービス・サイエンス」という書籍 [3] が今年発刊されている。
スマイルカーブと呼ばれるように、製造業でも、サービスで利益を出そうとしている
ところが増えている。例えば、NEC フィールディングは、事業の本質を「サービス業」で
あると位置づけ、「アフターサービス分野」に事業ドメインを絞り込んだ。そして、CS
(顧客満足度)を経営の基盤に位置づけて成功している[4]。また、いくつかの自動車販
売会社では、安定経営のためにサービス事業による売上が固定費をカバーすることを目標
とした「固定費カバー率」という指標が使われるなど、経営におけるサービスの比重は高
まっている。
サービス・サイエンスの中で、「サービスイノベーション」にも関心が持たれ始めてい
る。例えば、経済産業省の委託調査事業「サービス・イノベーション研究会」による報告
書 [5] が、ネットで公開されている。
本稿では、サービス関連のイノベーションの特徴と現状を分析し、さらに、ビジネス方
法特許などのネットでのイノベーションの現状を考察する。その上で、サービスイノベー
ションを促進するための新たな知的財産権の制度を提案する。
2. サービス関連のイノベーションの現状
従来から、サービス産業での知的財産は課題であった。例えば、「アート引越センター
全員野球の経営」という書籍 [6] の P.129 に、次のような逸話がつづられている。(前後
の文章から、1980 年代後半∼90 年代頃の話と思われる。アート引越センターが引越し関
連で様々な新サービスを開発し始めた頃)
他社が当社を真似たサービスへの苦情にいちいち煩わされてはたまらない。
千代乃はアート独自のサービスに特許権を与えるか、商標登録ができないものかと
特許庁を訪れて相談を持ちかけた。
「当社が考えて始めたサービスなのに、他社が黙ってうちと同じサービスをするよう
になったのです。私どものサービスに特許権を与えてもらえないですか」と、真剣に
相談をもちかけた。しかし、知的財産権の概念が確立していなかった当時のこと。
「サービスのような無形のものに特許権を与えることはできませんよ」と言われて、
千代乃は悔しさを飲み込んだ。
このように、サービス産業における知的財産権の問題は根深い。しかし、サービスの
イノベーションは、製造のイノベーションとは大きく異なる。まず、サービスの特徴の一
つに「同時性」があげられる。サービスの生産と消費が同時に行われるためである。その
ため、製品のように長期間の使用で品質や価値が評価されるのでなく、「真実の瞬間」と
呼ばれる一瞬の間に顧客による評価が下される。また、サービスは「無形性」であり、客
観的よりも、顧客の主観で判断される。そのため、顧客の期待とのギャップを埋める仕組
みや、顧客の期待を大きく超えるようなサービスイノベーションにより、サービス経験品
質や顧客満足度を高めることができる。そのように、顧客と顧客の期待を十分に知ること
が必要となり、サービスの自動化だけでなく、接客も重要な要素であり続けるはずである。
サービス産業でも、システムや IT 等を使った自動化(セルフ化)については特許化で
きる。しかし、セルフ化は、利用者の利用ノウハウが必要であり、セルフ化できない場合
も多い。しかし、今日の特許制度では、技術の面が伴わない仕組みやビジネスモデルは、
いかに革新的であっても権利化できない。サービス産業で、人による接客を伴う新たな仕
組みは権利化できなくていいのか、という問題が残っているのである。
利用者
すべてシステム/IT 化
特許化可能
例:ディズニーのファストパス(特許 3700833)、スー
パーホテルの自動チェックイン機(特許 3000437)
利用者
人による
接客
支援
利用者
シ ス テ ム 部分的に特許化可能
/IT
裏側のシステム/IT の部分のみ
すべて人による接客
特許化は不可能
図 1.サービス産業で特許化できる仕組み
3. ビジネス方法特許(ビジネス関連発明)の現状
特許庁の「ビジネス関連発明の最近の動向について」(2006 年 9 月版) によると、特許
査定率は 2005 年も 8%に留まっていることが報告されている。ただし、これまでは、特
許庁から「特許にならないビジネス関連発明の事例集」や「ビジネス関連発明に対する判
断事例集」が公表される前に出願された特許の審査が多かったが、これからは、それらの
事例集を見て書かれた出願の審査が増えてゆくため、特許査定率の向上に期待がもてる。
著者は、eビジネスの動向と、関連するビジネス方法特許の成立状況を日々ウォッチ
して、自身のホームページにまとめている [7] が、ビジネス方法特許では、ネット回り
で既存企業の特許が増えている(金融、広告、物流など)。
例えば、物流では、次のようなネットショップ/モールの配送(BtoC 物流)に関する特
許が成立している。
佐川急便「仮想ショッピングモールの出荷支援システム」(特許 3908163)
JCB との共同出願で「宅配便のカード決済システム」(特許第 3792650 号)
日本通運「出荷貨物の一括集配代行支援システム」(特許第 3411257 号)
ヤマト運輸「物品配送情報管理システム及び管理方法」(特許第 3639188 号)
マルチチャネル販
クロスメディア広告、
ネット
ペイパーコールなど
売, BtoC 物流など
既存事業
既存メディア
(物流・流通など)
図2.ビジネス方法特許のカバーする事業領域
4. ネット関連のイノベーションと知的財産権
ネットには、検索連動型広告の商標問題や、動画投稿サイトの著作権問題など、多くの
知的財産権に関する問題がある。ここでは、ネット関連のイノベーションと、特許権の問
題を考察する。
ネット関連のイノベーションの特徴は、次のようにまとめることができる [8]。
・利用者の行動変化と共に革新。パーソナライゼーションによる価値提供/顧客理解も。
・流通の変革(ロングテール)。
・オープンイノベーション(オープンソースやβ版の早期提供など)。
・マッシュアップによる再発明で普及促進。
マッシュアップとは、Web での様々なサービスを組み合わせたサービスであり、利用コ
ンテキストに合わせたサービスを提供することができる。マッシュアップは、Rogers の
イノベーション理論 [9] を適用すると、「再発明」(re-invention) をもたらす "loosely
bundled innovation" (P.186) と見なすことができる。つまり Web サービスの API が多く
公開されることで「再発明」が数多く生みだされるわけであり、Tim O'Reilly が Web 2.0
で予想しているような「組み合わせによる革新」が進みやすいと考えられる。ただし、マ
ッシュアップは簡単に組み合わせて開発できるが、進歩性の面から特許にはなりにくい。
ネットの知的財産権の大きな問題として、日本のネットベンチャー企業からの特許出願
の極端に少ないことがあげられる。短期的に(開発合宿等で)ちょっとした機能を開発す
る傾向や、ベータ版を公開して、利用者の意見を聞きながらオープンに開発を進めること
で、利用者の意見を反映したサービス開発(しかし、公開してしまうことで特許性も失わ
れる)を行う傾向が、理由として考えられる。しかし、それ以上の原因として、多くのネ
ットベンチャー企業は、特許による独占に冷めているという感触が強い。
IT やネットの著作権には、オープンソースや Creative Commons といった新たな考え方
が出てきている。ソフトウェアや作品の著作権の主張を弱め、共有と協調を進めることで、
より価値の高いものの創出につなげる考え方である。そのような考え方から、ネット業界
では、特許による独占への意識の低下につながっていると考えられる。
5. サービスイノベーションを促進する新たな知的財産権の提案
サービス業界でのイノベーションを促進するためには、長期的な視野でみると、単に
補助金としてサービス業界にお金をつぎ込むよりも、イノベーションが自然と促進される
ための制度を構築する効果のほうがずっと大きいと思われる。上記に示したように、サー
ビス業界での特許取得の難しさや、ネット業界での特許への冷めた姿勢を見ると、サービ
スやネットのイノベーションを促進できる新たな種類の知的財産権を考え始める時期にあ
ると考える。そこで筆者は昨年、イノベーション 25 を契機に案を考えてみた。
新たな知的財産権として、非独占で営業的な優位をもたらす制度を提案する。製造で
は、特許がイノベーションを促進できる。それは、研究開発費を回収したり、製品化のた
めの設備投資のリスクが低めるのに役立つためである。しかし、サービスでは、研究開発
費や設備投資は比較的少ないため、特許による独占よりも、サービスの販売に直接つなが
る営業的な効果を持つ権利のほうが望ましいと考えられる。また、オープンソースや
Creative Commons のような非独占の概念を取り入れることが望ましい。
特許の要件には「自然法則を利用」したものという前提がある。ビジネス方法特許の
ように、IT 活用の面の工夫があれば特許化できるが、人が行うサービスや純粋なビジネ
スモデルでは特許にできない。これは、ビジネス方法特許の審査で「発明ではない」
(「自然法則を利用」する要件を満たさない) として 29 条柱書きで拒絶される例が多いこ
とから分かる。しかし、革新的なサービスやビジネスモデルを最初に考えた人・会社に対
して何らかの恩恵を与えることで、それらの創出を促進できるはずである。
そのため、サービス/流通の仕組みやビジネスモデルでは、「自然法則を利用」しなく
ても権利化できる制度が望まれる。ただし、「独占」はせず、営業的な優位をもたらす制
度である。具体的には、「元祖権」(仮称)を提案する。この権利は、特許と同じように
新規性や進歩性(容易に思いつかない)が審査されるが、「自然法則を利用」という要件
は緩和する。元祖権を取得できた場合には、「自分が元祖」と正式に主張できるだけでな
く、他社が真似して同じサービスを実施する場合には、元祖権を持つ会社が「元祖」であ
ることとその問合せ先を、真似した会社のカタログや Web ページ上に表示することを義務
付ける制度である。独占やライセンス料は伴わないが、他社が真似した場合に、元祖権を
持つ企業が必ず営業的な効果を得られるようにする制度である。また、商標登録していれ
ば、第三者に対しても、商標表示の際に元祖の表示も義務付ける。この権利を得るために
は、革新的なサービスやビジネスモデルを発案した人や企業が申請。登録されるためには、
実施している必要がある。そのため、先発明主義が望ましい。また、登録商標が不使用を
理由に取消しできるように、実施を止めてしまった場合には取消理由にできるようにする。
[参考文献]
[1] 一橋マネジメントレビュー 2006 年秋号「特集 サービスを科学する」
[2] オペレーションリサーチ 2006 年 9 月号「特集 OR からサービス・サイエンスへ」
[3] 亀岡 秋男監修「サービス・サイエンス」、エヌ・ティー・エス、2007 年.
[4]「サービス・イノベーション研究会 報告書」(2006 年)
http://jahio.or.jp/pdf_data/061228_serviceinnovation.pdf
[5] 高橋 安弘「サービス品質革命 顧客とともに、CS を超えて NEC フィールディング
の挑戦!」、ダイヤモンド社、2004 年.
[6] 巽 尚之「アート引越センター 全員野球の経営」、PHP研究所、2006 年.
[7] 幡鎌 博 のホームページ「eビジネス/eコマースの動向と技術」
http://open.shonan.bunkyo.ac.jp/ hatakama/ec_top.html
[8] 幡鎌 博「eビジネスのイノベーションモデル」,経営情報学会 2006 年春季全国大会.
[9] E. M. Rogers "Diffusion of Innovations (5th Edition)," Free Press, 2003.