発表スライドPDF - 生命ケアの比較文化論的研究とその成果に基づく

2012/12/31
ドイツにおける患者の事前医療指示
の法制化とその後の展開
科研費プロジェクト・京都生命倫理研究会
合同研究会
2012.12.22 京都大学
研究分担者:松田純
(静岡大学人文社会科学部)
• Patientenverfügung
• ドイツ法務省正式英訳:
Advance Medical Directive
• 事前医療指示
2
要 旨
• 事前医療指示制度は患者の自律(自己決定)を実
現する道具とみなされているが,そこには,さまざ
まな困難がつきまとっている。わが国においても,
事前医療指示の法制化という側面ももつ「尊厳死
法案」が8月までの国会に上程される準備がされ
ていたが,
• 医師の責任解除(免責)ではなく,患者の生の自由
の実現に資するかという観点から検討されなけれ
ばならない。
• 近年,患者の事前医療指示を法制化したドイツの
その後の事態を考察し,日独の状況を比較するな
かで,こうした問題を考えてみたい。
目 次
• 1. ドイツにおける事前医療指示の法制化の経
緯と論点
• 2. プッツ事件と連邦通常裁判所判決
• 3. ドイツ連邦医師会「看取り医療指針」改定案
(2011年2月18日)をめぐって
• 4. 考察-「死への自由」,それとも 「生への不
自由」
表1:ドイツにおける事前医療指示法制化
とその後の展開 p.5
1
ドイツにおける事前医療指示の
法制化の経緯と論点
2004 年 6 月
連邦法務省作業部会報告書「終末期における患者の自律――患者の事前指示の評価に
ついての倫理的・法的・医学的視点」
2004 年9月
連邦議会「現代医療の倫理と法」審議会「患者の事前指示」の法制化を勧告
2005 年 6 月
国家倫理評議会「患者の事前指示についての見解」
2009 年 6 月
第3次改正世話法(事前指示の法制化)可決。7 月成立
2009 年8-9月
ドイツの医師への自殺幇助と積極的臨死介助についての意識調査
2009 年9月
第3次改正世話法施行
2010 年 6 月
連邦通常裁判所プッツ事件判決
2011 年2月
連邦医師会「看取り医療指針」改定案
2011 年 5-6 月
ドイツ医師大会で上記改定案を拒否し,医師職業規則を改定し,自殺幇助を禁止
1
2012/12/31
ドイツ連邦議会「現代医療の倫理と法」
審議会の提言 2004年9月
ドイツ連邦議会「現代医療の倫理と法」審議会,事前
医療指示について,すでに次のような難点を指摘p.6
• 提言の目的:事前医療指示の法的安定性を確実にし,事前医
療指示を基本的に承認しつつ,同時にその限界について明確
に規定する
• 「しかしながら患者による事前医療指示は,わたしたちの社会の
なかで死に行く状況を人間らしいものに変えていくための唯一
の手段ではないし,最も重要な手段でもない。このことを報告書
が思い違いをさせてはならない。この点で,本審議会員は全員
一致している。むしろ決定的なことは,重症患者や死に行く人に
寄り添う態勢を改善し,緩和医療とホスピス制度を充実させるこ
とである。患者による事前医療指示をめぐる論争はこの脈略の
なかにいつも埋め込まれなければならない」(本報告書「要約」ド
イツ連邦議会審議会答申『人間らしい死と自己決定-終末期に
おける事前指示』山本達監訳,知泉書館,2006)
• 「事前医療指示=患者の自己決定の道具」という
単純なものではない
• 事前医療指示には,過去の決定に将来の扱いが
拘束される
• 指示の実行が検討されるとき代理者による解釈が
不可避である
• それゆえ,患者による事前医療指示の拘束力を
立法府が硬直的に定めることは不可能である
• 自己決定権をそのまま行使することが問題なので
はなく,予測困難な状況に対して単に一つの枠組
みを示しうるにすぎない事前医療指示をどう扱う
かが問題なのだ
連邦議会に3案
連邦議会での審議の主な論点
(1)シュトゥンカー案 210 名
• 内訳:社会民主党(SPD)117, 自由民主党
(FDP) 43, 同盟90/緑の党(Büntnis90/Die
Grünen)25, 左派党(Die Linke) 24
(2)ボスバッハ案 98 名
• 内訳:キリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟
(CDU/CSU)74, 同盟90/緑の党 12, SPD 10,
FDP 1
(3)ツェラー案 60 名
• 内訳: CDU/CSU 42, SPD 3, Die Linke 13, FDP 1
• 事前医療指示書作成時に医師との協議を義務づける
か
• 事前医療指示書を公証人の前で執筆する必要がある
か?
• 事前医療指示に基づいて治療を中止する場合,後見
裁判所の許諾も必要とするか?
• 事前医療指示は疾病や治療の状況,例えば末期か
否か等によって制約されるか?
• 口頭による事前医療指示も認められるか?
• 3案をめぐって論争→詳しくは,松田純「ドイツ事前医
療指示法の成立とその審議過程―患者の自己決定と,
他者による代行解釈とのはざまで」参照(『医療・生命
と倫理・社会』 大阪大学大学院医学系研究科 医の
倫理学教室,Vol.9. No.1/2, 2010年Web版あり)
第3次改正世話法可決 2009年6月18日
民法1901 a 条 患者による事前医療指示(続)
• 民法1901 a 条 患者による事前医療指示
• (1) 同意能力のある成年が,自らが同意能力を
失ったときのために,健康状態の診察や治療や
医療的介入について同意するか拒否するか(患
者による事前医療指示)を,それがまだ差し迫っ
ていない時点で書面に明記して指示しておいた
場合,世話人(Betreuer)はこの指示が,現下の
患者の生命に関する状態と,現下の治療状況と
に当てはまるのかを吟味する。当てはまる場合
には,世話人は被世話人〔患者〕の意思を代って
表明し,これが尊重されるよう世話(Ausdruck
und Geltung verschaffen)しなければならない。
患者による事前医療指示書はいつの時点でも,
どのような形によっても撤回できる。
• (2) 患者による事前医療指示書がない場合,また
は事前医療指示書の指示が現下の患者の生命
に関する状態と現下の治療状況とに当てはまら
ない場合は,世話人は被世話人の推定される意
思を顧慮して,医師による処置について,第1 項
に従って,同意するか拒否するかを決定しなけれ
ばならない。患者の推定される意思は具体的な
根拠をもとに突きとめなければならない。とりわけ
被世話人の口頭や書面によるかつての表明,倫
理的または宗教的確信,その他の個人的な価値
観が顧慮されなければならない。かかる根拠を
突きとめるために,世話人は被世話人の近親者
やその他の信頼できる人物に意見を表明する機
会を,それが著しい遅滞なしに可能な場合には,
与えるべきである。
• 報告書「患者の事前医療指示(Patientenverfügungen)」
2
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民法1901 a 条 患者による事前医療指示(続)
• (3) 第1項および第2項の規定は被世話人〔患者〕の
疾病の種類と進行段階のいかんにかかわらず準用
する。
• (病気の種類と段階は重要視されない)
• (4) 何人も事前医療指示書の作成を義務づけては
ならない。事前医療指示書の作成や提出を契約締
結の条件としてはならない
• (5) 第1 項から第3 項までの規定については,任意
代理人(Bevollmächtigte)についても準用する。
• 第3次改正世話法可決: 2009年6月18日
• 成立:7月
• 施行: 2009年9月1日
プッツ事件と連邦通常裁判所判決
• 2010年6月25日,ドイツ連邦通常裁判所判決
(事前医療指示法制化施行10か月後)
• 人工的栄養補給処置の中止(pegの取り外
し)に関する刑事事件で被告人プッツ(医事法
を専門とする弁護士Wolfgang Putz。胃瘻の取
り外しを患者家族に助言)に無罪判決
2
プッツ事件と連邦通常裁判所判決
2010年6月25日,ドイツ連邦通常裁判所判決
判決要旨
• 神馬幸一「ドイツ連邦通常裁判所二〇一〇年六月二五日判
決(Putz事件)― 人工的栄養補給処置の中止に関する新し
い判例動向 」,『法学研究』慶応義塾大学法学部85巻4,
2011参照
• 1.一旦,開始された医療的処置の不作為,
制限又は終結(治療の中止)による臨死介助
は,これが事実的な患者の意思又は推定的
な患者の意思に合致し(民法第1901条a),
かつ,治療しないことで死に至る病気の進行
が成り行きに任せられる場合,適法とされる。
• 2.治療の中止は,不作為のみならず,積極
的な作為によっても行うことができる。
• 3.(略)
プッツ事件判決(続)
プッツ事件判決(続)
• 民法との整合性を強く意識
• 治療中止をめぐる過去の判決を振り返りつつ,2009年の
「世話法第3次改正により,少なくとも民法第1901条a第3
項の限りにおいては,病気の種類及び段階は,(もはや)
重要視されないという結論に至った」
• 被告人の行為(胃瘻の取り外し)は,「不作為ではなく,積
極的な作為である」。「従前の判例……では,直接的な生命
終結の処置に正当化の余地はないとされている。この点
に関して,当法廷は,2009年の第3次世話法改正により改
正された民法の状況を鑑み,従前の見解を維持しない」
• 「生命が問題とされる状況の場合,そこにおいて作為と不
作為は,価値的に同等に評価されることが求められる」
• 「第三次世話法改正の立法者は,……実際に同意能
力のない患者において,事実上又は推定上,おおよ
そ具体的に治療の希望に関して表現された意思は,
その病気の種類及び段階とは無関係に拘束力を有
するものであり,それに世話人のみならず,担当医も
拘束されると判断した。……このような新しい規定は,
刑法においても,その効力を展開するものである。」
• 「この法改正は,被告人に対し有利に考慮される」
2009年9月1日(世話法施行)より,
法的状況が変わったという認識を強調
3
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プッツ事件判決の特徴
p.11
• ①故殺未遂で有罪とされた,胃瘻の抜去という行為を,2009
年の改正世話法(患者の事前医療指示法)に基づく治療中止
の行為とみなし,無罪とした。刑事事件の判決において,民
法(世話法)改正による法状態の変化も考慮に入れて,憲法
という上位秩序の「統合的な観点の下で」判断
• ②患者による事前医療指示書がないにもかかわらず,延命
治療に関する患者のかつての発言から,「同意能力が失わ
れる段階の以前において明示的に述べられた真摯な意思が
疑いなく事実認定できる」とした
• ③死に至る経過が切迫したものか否かという,治療中止をめ
ぐる従来の論点について,改正世話法1901a条3項を引用し,
「病気の種類および段階はもはや重要視されない」と明言
3
ドイツ連邦医師会
「看取り医療指針」改定案(2011年2月
18日)をめぐって
治療の中止をめぐるさまざまな事件でさまざまな判決が錯綜した
法的混乱状態に終止符を打とうとする連邦通常裁判所の強い決意
ドイツ連邦医師会「看取り医療に関する
連邦医師会の諸原則」改定案
• 患者の自死を医師が手助けすること(自殺幇
助)を事実上容認する方針
• 2004年の「看取り医療に関する連邦医師会の
諸原則」:「医師が患者の自死に協力すること
は医師の倫理に反し可罰的である
(widerspricht dem ärztlichen Ethos und kann
strafbar sein) 」に代えて,
• 2011年: 「医師が患者の自死に協力することは,
医師に課せられた仕事(医師の任務)ではない
(keine ärztliche Aufgabe) 」
表5 連邦医師会「看取り医療原則」
改定案の直接要因 p.12
• ①世話法第3次改正(患者の事前医療指示の
法制化)の施行(2009年9月)
• ②この施行時期に合わせ,連邦医師会の要請
を受けて,各分野の医師527名を対象に行った,
臨死介助や自殺幇助についての意識調査
(2009年8-9月)
• ③連邦通常裁判所プッツ事件判決(2010年6
月)
• 改定案は,医師による自殺幇助は「医師の倫
理に反する」とはもはや言わず,「医師に課せら
れた仕事ではない」とのみ言う
• 医師による自殺幇助問題を医の職業倫理(プロ
フェッショナル・エシックス)の課題からはずし,
個人の良心にゆだねる→容認
• 背景:ドイツ刑法には自殺幇助罪の規定がない。
つまり自殺幇助は犯罪ではない
• では,「医師に課せられた仕事」,医師の任務と
は何か?
• 医療の目標はなにか?
背景:自殺幇助と積極的臨死介助についてのドイツの
医師の意識調査(連邦医師会の要請を受けて,ドイツ有数の
世論調査機関アレンスバッハ世論調査研究所が行った,各分野
の527名の医師を対象とした調査2009年9月)
• 3人に1人の医師が患者の自殺を手伝ってほしいと頼ま
れたことがある 34%
• 医師による自殺幇助の合法化を支持する者 30%
• 3人に1人以上の医師は,ある条件下で,医師による自殺
幇助を考慮の対象とする 37%
• 医師による自殺幇助を基本的に許すような法制化は,医
師とは何かという自己理解に影響を及ぼすと思う 63%
• 理由: 生命を救い守ることからの逸脱,権力の濫用,患
者に対して鈍感になる,医師が生殺与奪の権を握ってい
るかのように感じることなどを懸念
4
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合法化支持と合法化拒否との間に
顕著な違いが見られる
緩和医が自殺幇助に反対する理由
• 医師による自殺幇助が合法化されれば,自分
が家族や社会の負担になっていると感じる人々
は,医師に自殺幇助を依頼すべきか否かに頭
を悩ますことになってしまう 91%
• 患者の死への願望が決定的なものか,それと
も,なお変わりうるものかを評価することはほと
んど不可能 79%
• いつの時点で,患者の健康状態が,自殺幇助
を正当化するほど絶望的であるかを,誰も正確
に言うことはできない 65%
ドイツ医師大会(2011.5.31-6.3)
における医師職業規則の改定
• ドイツ医師大会で本改定案は拒否された
• 医師職業規則に「医師は自殺を助けてはならな
い」と禁止が明確に書き込まれ,違反すれば,懲
戒に値するものとなった
• ドイツ刑法には,要請に基づく殺人の規定(刑法
216条:6月以上5年以下の自由刑)はあるが,
自殺幇助罪の規定がない。つまり自殺幇助は犯
罪ではない
• 刑法で罰していない行為を職業規則で禁止
• これに対して,「医師個人の良心を無力化し,ド
イツ医師の良心を画一化する」との批判も
(taz.de2011.5.31)
緩和医療に携わる医師は臨死介助の
あらゆる形態に対して,はっきりと批判的
ドイツ連邦医師会長ホペは本改定案に反対だった
• フランクフルター・ルントゥシャ
ウ紙とのインタヴュー2010.12.
26で,自殺幇助は可罰的で
はないが,医師にとって,職
業法の規則に照らして倫理
的に問題がある,との認識を
示し,「医師が自殺の手助け
をするというイメージに,私は
身震いする。それを私の良心
と両立させることができない」
と述べた。
新ドイツ医師職業規則(ひな型)2011
§16 死にゆく人に対する援助
医師は,死にゆく人を,その人の尊
厳を保持し,意思を尊重して,援助
しなければならない。①
医師が患者の要請に基づいて患者
を殺害することを禁じる。②
医師が自殺の手助けをすることは
許されない。③
(参考)
② 刑法216条:要請に基づく殺人
は6月以上5年以下の自由刑
③ 「自殺を医師が助けることにつ
いての刑法を超える禁止を初めて
明確に定式化した」(新旧対照表
2011.8.29の注釈)
§ 16 Beistand für
Sterbende
Ärztinnen und Ärzte
haben Sterbenden
unter Wahrung ihrer
Würde und unter
Achtung ihres Willens
beizustehen.
Es ist ihnen verboten,
Patientinnen und
Patienten auf deren
Verlangen zu töten.
Sie dürfen keine Hilfe
zur Selbsttötung
leisten.
5
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ドイツ連邦医師会長交替
• Professor Dr. Jörg-Dietrich Hoppe, 19402011.11.7
• 1999-2011 連邦医師会長
↓
• Dr. Frank Ulrich Montgomery,1952• 2011- 連邦医師会長
事前医療指示法制化の社会的影響
4
考察ー「死への自由」,それとも 「生
への不自由」
終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案
• 事前医療指示の法制化→連邦通常裁判所プッ
ツ判決→ドイツ連邦医師会「看取り医療指針」改
定案。直線的因果関係で捉えることは適切では
ない
• 尊厳死法制化を考える議員連盟2011
年12月8日総会
• 3月22日法案(第1案)公表
• 「こうなるから事前医療指示の法制化(尊厳死の
合法化)に反対」という立論にも慎重でありたい
• 6月月6日,治療中止を中心にまとめ直
した「終末期の医療における患者の意
思の尊重に関する法律案(仮称)」第2
案(未定稿)(以下,第2案という)を公
表
• しかし,ドイツにおいて,事前医療指示の法制化
が看取り医療の転換点となったことが窺える
• 法制化が患者に暗黙のプレッシャーを与えると
いうことへの配慮が重要
法案の要点
1.患者の延命措置の中止を希望する意思(リ
ヴィングウィルなど)は十分に尊重する
2.終末期の判定には複数の医師が関わる
3.延命措置の中止により生じる事態等を,患者
又は家族に十分説明し,家族が延命措置を拒ま
ない時は差し控えができる
4.この法に基づく延命措置の中止は民事上,刑
事上および行政上の責任を問われない(免責)
医師の免責
• 終末期の医療における患者の意思の尊重に関す
る法律案(2012年6月6日):「医師の免責が要る」
という議論
• 患者の自己決定のための法→医師のための法
• 免責→医師による誘導の恐れは?
• 現在,ガイドラインに基づき患者の意思を踏まえ
医療チームで検討して行っている臨床上の措置
が,法施行後は,免責を得るための法律上の手
続きとして行われる
現場にいる医療者の態度・構えは
これによって,はっきり変化するだろう
6
2012/12/31
日本弁護士連合会の見解
橋本みさおさんの声明
(NPO法人/MNDサポートセンターさくら会代表)
• 「ALS等の難病患者が家族に遠慮することなく,治療
を受けたい,生きていきたいという気持ちを自由に表
明できる環境はないに等しく,家族の同意なしには呼
吸器の装着が叶えられず,医師にも社会にも見捨て
られ,無念のうちに亡くなる患者は後を絶ちません。
• もし,治療を断るための事前指示書やリビングウィル
の作成が法的に効力を持つようなことになれば,ま
すますこれらの患者たちは,事前指示書の作成を強
いられ,のちに治療を望む気持ちになっても書き換え
はことごとく阻止され,生存を断念する方向に向けた
無言の指導(圧力)を受け続けることが予想できま
す」(2012 年 1 月 31 日)。
事前医療指示への問い
患者の自律を保証するツール,
それとも「生きづらさ」への圧力
• 生きて行く自己決定は保証されているか。?の状況のなかで
「死に逝く自己決定」を保証する法律をつくる
• 日本弁護士連合会の立場:終末期の医療に関する自己決定
に関しては,これが真に患者本人の自由な意思に基づくもので
あることを保障する手続や基盤の整備が必要
• 患者の権利が制度上も実態としても十分に保障されていない
現状に鑑みれば,「尊厳死」法制化の制度設計の前に,適切な
医療を受ける権利やインフォームド・コンセント原則など患者の
権利を保障する法律を制定し,現在の医療・福祉・介護の諸制
度の不備や問題点を改善して,真に患者のための医療が実現
されるよう,制度と環境が確保されなければならないし,緩和
医療,在宅医療・介護,救急医療等を充実させなければならな
い。
• 「患者の権利に関する法律の制定を求める決議」を採択。 20
11年10月の第54回人権擁護大会
「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案仮称)」に対する会長声明(宇都宮 健
児 2012.4.4)
「臨死状態における延命措置の中止等に関する法律案要綱(案)」に関する意見書(2007.8.23)
事前医療指示は事前ケア計画という
一つのプロセスの一部にすぎない
事前の人生設計
(Advance Life Planning)
• 患者の自律を保証するはずの事前医療指示
の制度化・法制化が, 「生への不自由」へと
逆転しないためにどうするか
• 事前医療指示を「死への自由」を保証する
ツールとしてではなく,患者の自律を支え「生
の自由」を実現するための医療として「事前ケ
ア計画」のなかに位置づける必要がある
事前ケア計画
(Advance Care Planning)
事前医療指示
厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業「特定疾患患者の自立支援体制の確立に
関する研究」班(研究代表者 今井尚志)
40
日本尊厳死協会 「尊厳死の宣言書」
2011年改定
事前医療指示の使い方
• 意思を共有するプロセス
– 事前ケア計画としての事前医療指示は,患者の今後
の人生設計を,患者が家族・医療者など,周囲の
人々と共有するプロセス
– 共に考えるという姿勢で話し合うことが重要
– 事前医療指示書は,尊厳死の意思を宣言して医師に
突きつけるようなものとしてではなく,今後の治療方
針について医療者と患者とがコミュニケーションを充
実させる方向で活用する方が有意義である
(伊藤博明, 中島孝, 板井孝壱郎, 伊藤道哉, 今井尚志 「事前指示
の原則をめぐってー事前指示の誤解・曲解を避けるために」癌と化学
療法vol.36, 2009, 厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研
究事業「特定疾患患者の自立支援体制の確立に関する研究」版(研
究代表者 今井尚志)
• 「私は,私の傷病が不治であり,かつ死が
迫っていたり,生命維持措置無しでは生存で
きない状態に陥った場合に備えて,私の家族,
縁者ならびに私の医療に携わっている方々に
次の要望を宣言いたします。……ただ単に死
期を引き延ばすためだけの延命措置はお断
りいたします」。
医療において患者の意思がほとんど顧みられ
なかった時代の雰囲気をひきずっている
41
7
2012/12/31
ドイツ事前医療指示法制化後のあるアンケート調査
しかし,連邦通常裁判所判決も,医師たちに対
して,臨死患者の扱いを楽にはしなかった
• 法制化から1年後の2010年10月に
• 総合診療科の患者500人(18歳以上)を対象に無作為
アンケート。回答者360人
結果
• 事前医療指示書を作成している者は50人(13.9%)
① 18-30歳:44人中0
② 31-55歳:204人中21人(10.3%) 男7,女13
③ 55歳以上:112人中28人(25%) 男8 (7%) ,女20 (18%)
• 事前医療指示書作成率は女性の方が高い。その要因
として,親族を介護した経験,両親を看取った経験,認
知症や介護の必要性の経験,病院や介護施設に自己
決定によらずに滞在したことの経験などがある(Dtsch
Arztebl 2011; 108(10): A520-522)
• 本判決は患者の有効な同意が刑法の意味でも,
治療の積極的中止をカバーすると判示することに
よって,患者の自己決定権を一面的に強めた
• それによって,医師は,生命を維持する義務と,
患者の自己決定権の尊重に任せきりにすること
との葛藤に陥る
• 治療の押しつけという非難と生命維持のための
義務を果たさないという非難の板挟み
• こうした葛藤のなかに医師が置き去りにされる状
況が生まれている(ドイツ医師新聞2011.11.25)
指示内容の曖昧さ
治療・ケア計画の事前の共有に努める
• 事前医療指示書の法制化後も,医師の困惑や
葛藤はなくならない
• 「スパゲティ状態はいやだ」などの曖昧な記述の
事前医療指示書が多く,実効性がない場合も多
い。10%が有効ではない。
• 医師は法改正で,前よりずっと仕事が増えた
(患者に同意能力がない場合,①任意代理権が付
与されているか②法定世話人が選任されているか
③患者が事前医療指示書を作成しているかなどの
確認が煩瑣に)
• 専門家との対話なしでの事前医療指示書作成→
事前医療指示書の実効性?
(Spielberg, Petra, Patientenverfügung: Noch viele ungeregelte Details.
Dtsch Arztebl 2011; 108(47): A-2522 / B-2117 / C-2089)
• これらの書式への記入を通じて,患者は自らの
人生を見つめ直し,どんな医療を望むのか改
めて考える
• 患者の希望,家族の思い,医療者の判断など
をすり合わせながら,納得の行く医療,納得の
行く最期を模索していく
• こうした国民レベルのさまざまな試みや議論の
積み重ねが重要
46
緩和が医療の使命として明確に位置づけられた
• 治らない病気による苦痛は,長い間,放置・無視されて
きた
• いまや,緩和(肉体的苦痛だけではなくトータルな苦を
やわらげ取り除くこと)も医療の使命となった
• (例)ドイツ医師のための職業規則(雛型):「医師の使
命は,生命を維持し,健康を守り回復させ,苦痛を和ら
げ,死にゆく人を援助し,人類の健康に対する重要性と
いう観点から自然の生命基盤の保持に貢献することに
ある」
• この土台の上に,尊厳をもって老い死に逝くこと,そし
て死を看取ることについての新しい文化の構築が求め
られている
• 最期の生をどう生きるか
• 最期の生をどう支え看取るか
日本の成年後見制度
• 身上監護に関する法律行為の一つとして医療行
為についての同意権も任意後見(および成年後
見)の対象と認めるべきとの民法学界・実務界
の議論
• わが国において事前医療指示の法制化が議論
になるとき,
*身上監護,とりわけ医療契約,医療行為へ
の同意を成年後見制度の対象とするか否か?
*対象とするならば,それらを成年後見制度のな
かにどう位置付けるか?
が問題となる
8
2012/12/31
治療中止の法的規定
ド イ ツ
• 世話法(民法)のなかで
規定
• 自律または自立が困難
な人をどう支援するか
• 後見ではなく世話
(Betreuung )という理念
• →事前医療指示:患者
の自律をどう支えるか
日 本
• 尊厳死法:医師の免責(延命
措置の中止等については,民
事上,刑事上及び行政上の
責任を問われないものとす
る)
• 日本の成年後見制度:財産管
理に特化し,身上監護を扱わ
ない。→改革が必要
• 医療同意を含む身上監護の
規定を盛り込む必要がある
• 患者の権利法+成年後見制
度の改定
主な文献
• Hohendorf, Gerrit; Oduncu, Fuat S. Der aerztlich assistierte
Suizid. Freiheit zum Tode oder Unfreiheit zum Leben.:In
Zeitschrift fuer medizinische Ethik. Bd. 57-Heft.3, S.230-242
• Lanzerath, Dirk, Sterbehilfe und ärztliche Beihilfe zum Suizid Positionswandel in der Ärzteschaft?, Analysen und
Argumente, Konrad-Adenauer-Stiftung ; 90, 2011
• 神馬幸一「ドイツ連邦通常裁判所二〇一〇年六月二五日
判決(Putz事件)― 人工的栄養補給処置の中止に関する新
しい判例動向 」,『法学研究』慶応義塾大学法学部85巻4,
2011
• 伊藤博明, 中島孝, 板井孝壱郎, 伊藤道哉, 今井尚志 「事
前指示の原則をめぐってー事前指示の誤解・曲解を避ける
ために」癌と化学療法vol.36, 2009
• 厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業「特
定疾患患者の自立支援体制の確立に関する研究」版(研究
代表者 今井尚志)
• ドイツで事前医療指示が法制化されて(第3次
改正世話法施行)から1年後の2010年10月に,
総合診療科の患者500人の(18歳以上)に行っ
た無作為アンケート結果の報告Geitner,
Regina, Umfrage zu Patientenverfügungen:
Grundvertrauen in die Entscheidung des
Hausarztes. Dtsch Arztebl 2011; 108(10): A520522
• ドイツ医師新聞(Dtsch Arztebl)の関連記事
• 尊厳死の法制化を考える議員連盟「終末期の
医療における患者の意思の尊重に関する法律
案(仮称)」2012年6月6日
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