大阪府におけるがん罹患・死亡率のトレンド:がん対策の評価

大阪府におけるがん罹患・死亡率のトレンド:がん対策の評価
伊藤ゆり 1)、井岡亜希子 1)、田中政宏 1)、中山富雄 1)、津熊秀明 1)
要旨:大阪府におけるがん罹患率・死亡率のトレンドを評価した。大阪府では全がんの死
亡率は 1998 年から減少し始めた。胃がんと肝がんの死亡率の減少の全がん死亡率減少へ
の寄与割合は男性で 73%、女性で 53%であった。これらの部位のがんの死亡率減少は胃
がんで 80%以上、肝がんで約 100%が罹患率減少により説明できることがわかった。
キーワード:罹患率、死亡率、トレンド
はじめに
がん対策の効果を評価するためにはがんの罹患
率、
死亡率のトレンドを分析することが重要である。
は、死亡率減少が罹患率の減少によって説明できる
割合を示した。罹患率と死亡率について、相対変化
率を算出した。
しかし、我が国におけるこれまでの報告はがんの罹
患率や死亡率の動向を定性的に記述し、評価するだ
けのことが多く、がんの罹患率や死亡率のトレンド
を定量的に評価した研究はほとんどなかった。
大阪府におけるがん対策を評価するために、全部
位および主要部位別・性別にがん罹患率・死亡率の
トレンドを分析した。
結果
Joinpoint regression model によるがんの性別、
部位別の罹患率及び死亡率のトレンドを表 1、2 に
示した。男性における全部位のがん死亡率は 1985
年まで増加し、その後 1998 年まで横ばい、1998 年
から減少に転じた。罹患も同様の傾向を示した。女
性では、全がんの罹患率は 1971-1985 年の間、毎年
対象
大阪府がん登録資料より、1968-2002 年のがんの
年齢調整罹患率を、人口動態統計より、1968-2006
年のがん年齢調整死亡率を全部位および主要部位
別・性別に得た。年齢調整には、1985 年(昭和 60
年)日本人モデル人口を使用した。我が国で多い胃
(ICD 10: C16)
、大腸(C18-C21)
、肝(C22)
、肺
(C33, C34)
、乳房(C50 女性のみ)
、子宮
(C53-C55)
、前立腺(C61)のがんを主要部位とし
て選択した。
1.28%で増加し、1998 年から横ばいとなった。全が
んの死亡率は全期間を通じて緩やかな減少傾向がみ
られた。
胃がんは男女とも、罹患率、死亡率ともに減少し
た。大腸がんでは、罹患率は 1993 年まで大きく増加
し、1993 年以降緩やかな減少傾向に転じた。死亡率
はまだ減少していない。
肺がんは 1980 年代後半まで、
罹患率、死亡率ともに増加した。男性では罹患・死
亡とも、女性では死亡のみがその後、横ばいとなっ
た。
女性の罹患率は依然増加傾向にある。
乳がんは、
罹患率、死亡率ともに有意に増加している。子宮が
方法
んは罹患率、死亡率ともに大きく減少傾向にあった
米国 NCI が提供するソフトウェア Joinpoint 3.3
が、joinpoint 以降は、緩やかな減少傾向に転じた。
により、Joinpoint regression model と呼ばれる、
前立腺がんは 罹患率、死亡率ともに増加した。罹
並べ替え検定(permutation test)により、罹患率
患率の増加は 1990 年から顕著となった。
や死亡率のトレンドが統計的に有意に変化した年
胃がんと肝がんの死亡率の減少の全がん死亡率
(joinpoint)を検出することができる区分回帰モデ
減少への寄与割合は男性で 73%、女性で 53%であ
ルを適用した 1,2。
った。これらの部位のがんの死亡率減少は胃がんで
全部位のがんの死亡率の変化に対する各部位の
がんの死亡率の変化の寄与割合は、米国がん協会
(American Cancer Society)が毎年報告してい
る”Cancer Statistics”に 2007 年から掲載されてい
る方法に基づき 3、算出した。
死亡率減少に大きく寄与している部位について
1)大阪府立成人病センターがん予防情報センター
80%以上、肝がんで約 100%が罹患率減少により説
明できることがわかった(表 3)
。
考察
1990 年代後半からの全がん死亡の減少は男女と
も、胃がん、肝がんの死亡率減少の寄与が大きい。
これら二つの部位のがんの死亡率減少は罹患率の減
少によりほとんどが説明可能である(胃がんで約
の死亡率を減少させるためには、がん対策をより強
80%、肝がんで約 100%)
。胃がんに関しては、食
化する必要がある。
塩摂取や新鮮な野菜の低摂取、ヘリコバクターピロ
本研究成果の発表
リ菌の感染などのリスクファクタの有病率が過去
Ito Y, Ioka A, Tanaka M, Nakayama T, Tsukuma
20~30 年間で減少し、その結果、罹患率が減少した
H. Trends in cancer incidence and mortality in
と考えられる。死亡率の減少を説明する残りの 20%
Osaka, Japan: Evaluation of cancer control
は検診による早期発見や治療の向上が考えられる。
activities. Cancer Sci. 2009;100(12):2390-5.
大阪府がん登録資料を用いた胃がんの生存率のトレ
ンドを評価した研究では 60%が早期発見による効
文献
4。我が国において、C
1.
Kim HJ, et al. Stat Med. 2000; 19: 335-51.
型肝炎ウィルス(HCV)は肝がんの主な原因として
2.
National
果であると報告されている
肝細胞がんが減少し始めたという報告もある
Cancer
Regression
知られている。大阪府において、HCV に起因する
Institute.
Program
Joinpoint
Ver.
3.3.
http://srab.cancer.gov/joinpoint/
5。
3.
今回の定量的な解析結果により、大阪府における
Jemal A, et al. CA Cancer J Clin. 2007; 57:
43-66.
全がん死亡率の減少は主に胃がん、肝がんの罹患率
の減少による寄与が大きいことが示唆された。これ
4.
Ito Y, et al. Jpn J Clin Oncol. 2007; 37: 452-8.
は二次予防や治療の向上よりも主にリスクファクタ
5.
Tanaka H, et al. Ann Intern Med. 2008; 148:
820-6.
の減少に起因するものである。他の主要部位のがん
表 1.
大阪府におけるがん年齢調整罹患率の Joinpoint regression model の適用結果
Line segment 1
Years
男性
女性
Line segment 2
APC
Years
Line segment 3
APC
Years
Line segment 4
APC
Years
APC
10年平均
AAPC
全部位
1968-74
-0.07
1974-85
1.56 *
1985-98
-0.02
1998-2006
-2.06 *
-1.80 *
胃
1968-84
-2.67 *
1984-93
-3.48 *
1993-96
-0.33
1996-2006
-3.10 *
-3.10 *
大腸
1968-84
3.49 *
1984-96
1.48 *
1996-2006
-0.69
肝臓
1968-86
5.49 *
1986-97
0.41
1997-2006
-5.06 *
-5.10 *
肺
1968-79
5.24 *
1979-89
2.81 *
1989-2006
-0.38 *
-0.40 *
前立腺
1968-2006
全部位
1968-99
-0.45 *
胃
1968-2006
-3.75 *
大腸
1968-96
肝臓
肺
-0.70
2.97 *
3.00 *
1999-2006
-1.54 *
-1.30 *
1.63 *
1996-2006
-1.49 *
-1.50 *
1996-73
5.47 *
1973-79
-3.29
1968-88
3.75 *
1988-2006
-0.33
-0.30
乳房
1968-2006
1.86 *
子宮
1968-93
1993-2006
-1.01 *
-1.00 *
-4.96 *
-3.80 *
1979-99
1.98 *
1999-2006
-4.32 *
-3.00 *
1.90 *
* 0と比べて統計的に有意(p<.05)
表 2.
大阪府におけるがん年齢調整死亡率の Joinpoint regression model の適用結果
Line segment 1
Years
男性
女性
APC
Line segment 2
Years
APC
全部位
1968-74
-0.38
1974-85
胃
1968-74
-3.25 *
1974-84
大腸
1968-73
3.11 *
1973-80
7.38 *
肝臓
1968-72
0.25
1972-86
7.82 *
肺
1968-85
4.58 *
1985-2002
0.21
前立腺
1968-71
-4.71
1971-87
全部位
1968-71
-4.12 *
胃
1968-71
-5.52 *
大腸
1968-72
-0.11
肝臓
1968-77
-0.64
肺
1968-84
4.21 *
乳房
1968-85
4.13 *
1985-2002
2.27 *
子宮
1968-71
-7.40 *
* 0と比べて統計的に有意(p<.05)
Line segment 4
Years
APC
10年平均
AAPC
1999-2002
-4.10 *
-1.30 *
-1.97 *
2000-2002
-6.31
-3.00 *
1980-93
4.48 *
1993-2002
-1.42 *
-1.40 *
1986-96
0.19
1996-2002
-5.56 *
-3.70 *
6.76 *
1987-90
-4.84
1990-2002
5.64 *
5.60 *
1971-85
1.28 *
1985-2000
-0.01
2000-2002
-3.80
-0.90
1971-85
-1.71 *
1985-2002
-3.14 *
1972-79
6.00 *
1979-93
3.76 *
1993-2002
-1.12 *
-1.10 *
1977-88
5.49 *
1988-2000
0.94 *
2000-2002
1984-2002
1.11 *
-0.46
-1.57 *
1985-99
APC
0.07
1971-80
3.11 *
Line segment 3
Years
1984-2000
0.20
-3.10 *
-10.05
-1.60
1.10 *
2.30 *
1980-92
-5.03 *
1992-2002
-1.81 *
-1.80 *
表 3.
死亡率の減少が罹患率の減少により説明できる割合
年齢調整
死亡率
胃
1998
*2
2006
相対変化
( %)
年齢調整
罹患率
1993
2001
罹患の減少
により説明
できる割合( %)
男性
46.0
36.0
-21.9
92.0
74.9
-18.5
84.7
女性
17.4
13.4
-23.3
35.8
29.0
-19.0
81.6
肝臓
*1
相対変化
( %)
1998
2006
1997
2004
*1
男性
50.0
32.0
-35.9
59.9
36.3
-39.4
100.0
*2
女性
14.3
10.6
-26.0
17.8
12.3
-31.0
100.0
*2
最新の罹患データが2004だったため、2005年が使用できなかった
100%を超えた場合 (男性109.7、女性119.1)、100%とした。