成長が期待される SAP 業界

ア ナ リ ス ト の 眼
成長が期待される SAP 業界
【ポイント】
1. SAP の出荷が好調を続けている。
2. 主な用途である紙おむつは、国内では乳幼児用紙おむつへの転換率向上と、介護市
場の拡大で安定的。輸出もアジア地域の紙おむつへの転換率向上等を背景に成長。
3. プレイヤーの淘汰も進み、日系メーカーの市場シェアも高い。今後も良好なポジシ
ョンを生かし成長を享受できる数少ない分野だと考える。
1.SAPの出荷は好調に推移
SAP(高吸水性樹脂 Super Absorbent Polymer)の出荷が好調である。「吸水性樹脂工
業会」によると統計の取れる 1995 年からほぼ一貫して成長している(図表 1)。国内出荷
はもとより、輸出の成長が著しく増勢が続いている。一般的に石油化学産業は国内景気の
低迷に加え、顧客である組立・加工型国内製造業の海外への生産移転が続くなど回復感に
乏しく、特に汎用化学品は将来展望も描きにくくなっている。そのような中、SAP は堅調
な推移を辿っていると言えよう。
50
図表1.SAP出荷推移
(万t)
45
国内出荷
40
輸出用
35
出荷計
30
25
20
15
10
5
0
1995
1997
1999
2001
2003
2005
2007
2009
(暦年)
(資料)吸水性樹脂工業会
(備考)国内メーカーの国内拠点による生産(除く海外拠点)
SAP とは、「親水性のある直鎖状あるいは分岐状高分子の架橋体で、自重の 10 倍以上の
吸水力があり、圧力をかけても離水しにくいもの」(社団法人日本化学会)とされ、「1974
年に米国でトウモロコシ由来のデンプン系グラフト重合による SAP が発表されて以来、
様々な組成や合成法が研究され、現在では性能とコストの両面で最適とされるのがポリア
クリル酸ナトリウム系」(同)としている。用途の大半は紙おむつ等の吸収剤で紙おむつの
成長とともに SAP も成長してきた経緯がある。
2.「紙おむつ」の普及とSAP
SAP は現在では主に紙おむつの「吸収剤」として使用されるが、もともと紙おむつにお
アナリストの眼
図表2.紙おむつ出荷重量推移
ける吸収剤は紙・パルプ主体であっ
た。綿布不足からスウェーデンで布
60
(万t)
おむつの代わりに紙おむつが考案さ
大人用
乳幼児用
合計
50
れたのが発祥だが、1984 年に高吸水
性樹脂が紙・パルプ主体の「吸収体」
40
を代替し、飛躍的に性能向上が図ら
30
れたのである。
20
SAP は自重の 50~100 倍もの吸
10
水能力と、一度吸水した水分を外部
0
からの圧力があってもほとんど放出
1999
2005
(暦年)
(資料)社団法人 日本衛生材料工業連合会
しない保水力が特長で、紙おむつの
軽量化、逆戻りの大幅改善、取替回
2001
2003
2007
2009
図表3.日本の人口と65歳以上の比率の推移
数の減少、パルプやゴミの量を大幅
に軽減、など多くのメリットをもた
45
総人口
40
65歳以上比率(右目盛)
12
らした。結果として SAP のグローバ
(%)
(千万人)
14
35
10
ル市場は 1986 年に年 12 万t程度だ
ったものが、現在では年 140-150 万
tレベルまで大きく拡大したのであ
30
8
25
6
20
15
4
る。
10
2
国内の紙おむつ市場を見てみると、
5
0
乳幼児の紙おむつ転換率上昇と大人
0
1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 2020 2030 2040 2050
(暦年)
(資料)総務省統計局、国立社会保障・人口問題研究所による
用(主に介護用途)での市場拡大に
より安定的な市場を形成している。ただし、出生率の低下や機能向上による使用回数の減
少などから乳幼児用は成長鈍化傾向が現れている。普及率は既に 90%を超えている点から
も市場成長は限定的と言わざるを得ない。かたや 65 歳以上人口の増加などを背景に大人
用市場は増加傾向で今後も一層の拡大が見込まれている(図表 3)。
一方、SAP の輸出増加が顕著である。今後ともアジアを中心に新興国における人口増加、
所得水準の向上、布おむつから紙おむつへの転換率の上昇で乳幼児市場の拡大が予想され
ている。例えば中国では紙おむつへの転換率は 20-30%程度と言われており、そもそもの
出生数の多さに転換率上昇もあいまって市場拡大がハイペースとなる可能性が高い。その
他アジア地域の国々においても人口規模面、今後の経済成長による生活レベルの向上など
を背景としたニーズの高まりが予想される(図表 4)。
図表4.アジアの人口の推移(推計)
60 (億人)
50
40
30
20
10
0
1950
1960
1970
(資料)総務省統計局
1980
1990
2000
(年次)
2010
2020
2030
2040
2050
アナリストの眼
3.SAP市場拡大で恩益を受けるわが国のSAPメーカー
SAP のバリューチェーンを見てみると、原料となるアクリル酸において上位 3 社で 60%
以上の生産能力を占めるように寡占化が進んでおり、うち 1 社が日系企業である。また SAP
の生産能力においては市場の 50%以上を日系メーカーが占めている。ここでも欧米メーカ
ー含め寡占が進んでいる。一方、販売先であるおむつメーカーでは 50%強を欧米メーカー
が占めている。日系メーカーのグローバルシェアは 10%程度と推計される(図表 5)。
おむつメーカーは、地域ごとの地場零細メーカーも多く、今後も販売エリアを拡大してい
くごとに地場企業との競合状況は続くと見られる。紙おむつは一般消費財、特に日常的に
使用される財であるだけに価格競争は熾烈で川下では競争と淘汰を繰り返すことが予想さ
れる。
図表5.SAPのバリューチェーン
粗原料
原料
生産
顧客
市場
プ ロピレン
ア ク リル酸
3社で60%以上のシェア
うち日系1社
SA P生産
日系シェア50%以上
原料調達から抑えている。
製造技術の蓄積
メーカー淘汰進捗で寡占化
生産技術プロセスを抑えている
おむ つメ ー カー
欧米メーカーシェア50%以上
日系10%程度
世界ブランドに強み
一方、地場メーカーとの価格競争
おむ つ市場
市場が拡大
新興国のこども用途
先進国の介護用途
市場が拡大
しかしながら SAP メーカーとしては生産能力の拡大で市場支配力を確保する事を志向
している。もともと設備投資額は小さくなく、加えて原料ソースを押さえる事で安定的な
生産を確保し、付加価値の取り込みを目指している。生産ノウハウを見てもグローバル展
開できる企業は限られ参入障壁は低くないといえる。よって SAP メーカーは市場ごとに顧
客(紙おむつメーカー)とのリレーションシップを高めていくことが可能な業界ポジショ
ンを得ている。加えて「紙おむつ」という製品の「直に肌に触れる」という性質上、培っ
てきたブランド力が販売面で大きく作用すると考えられ、既存の大手紙おむつメーカーと
の協業が更に事業安定性をもたらすと考えられる。
日系メーカーでは市場拡大を見越した生産能力増強計画も多い。特に新興国における需
要増加を捉えることが重要であり、顧客からの要望も大きいと推定される。新興国の成長
を享受するには非常に良好なポジションにおり、それに応えていくことになろう。
また国内では超高齢化社会を見据え介護市場における品質改良など技術を培う場が控え
ており、そこで得られたノウハウを移転できるといったアドバンテージもあろう。
(富国生命投資顧問(株)
アナリスト
五十嵐 貴宏)