衣錦尚絅No.4

い
きん
しょう
けい
衣
錦
尚
絅
図書館通信
2005年度第4号
2005.5.18.
発行:麻布学園図書館部
*「衣錦尚絅」については、図書館入り口のギャラリーに掛けられている額の解説を見てください。
アインシュタインと相対性理論に関する本の紹介
その2
及部
治人(物理)
今回は相対性理論に関する本
アインシュタインが発見し、創り上げた相対性理論は「特殊相対性理論」と「一般相対性理
論」がある。
『アインシュタイン相対性理論』アルバート・アインシュタイン著、内山龍雄訳・解説、岩波文庫
1905 年のアインシュタインの特殊相対性理論に関する論文「運動
物体の電気力学」の全訳と、日本における相対性理論に関するもっ
とも権威のある学者内山龍雄氏がアインシュタインの論文の主旨に
忠実に、しかし初学者にもわかりやすく解説した本である。高校生
なら、後半の解説はしっかり読んで自分で式を書いて確認しながら
読めば理解できる内容であろう。ただし、数学的にはそれほど難し
い式を使わないが、相対論の考え方がなかなかわれわれに慣れない、
奇妙な内容を含んでいるので難しいかもしれない。内容的には、特
殊相対性理論の前半部分の時間の遅れと、長さの短縮の部分を主に
扱っている。
1905年 ( 26歳 ) 奇 跡の年 、ベ
ルンの特許局の審査官当時
『わかる相対性理論』アベリヤノフ著、小出昭一郎監訳、中島のり子訳、東京図書
著者はソビエト連邦当時のロシアの中学校、高等学校の物理学の教師である。「相対性理論
のおもしろさは、その逆説的な結論にある。本書は、それがどのようにして導き出されるかを、
読者みずからがたどっていけるように明確に示した点で他に類例がない。」と表紙にうたって
いるように新書版わずか 120 ページの中に、特殊相対性理論のほとんどの内容を、わかりやす
く導き出していて、この種の本としては非常に優れた解説書であると思う。相対性理論を理解
したいと考えている生徒諸君に是非読んでもらいたいと思うが、残念ながら、初版が出たのが
1979 年で、1997 年に新装第 1 刷が出たものの現在絶版になっている。古書店には出ているこ
とがあるので、図書館で是非手に入れてもらいたい。
『特殊および一般相対性理論について』アルバート・アインシュタイン著、金子務訳、白揚社
「アインシュタイン博士が自ら相対性理論を一般科学ファンのために語った唯一の書」と帯
封にうたってあるとおり、1916 年一般相対性理論を完成し発表した直後にアインシュタイン
が執筆して発刊されたものである。「訳者後記」に、当時はちょうど第一次世界大戦のまった
だ中で、戦時下のドイツは紙不足で初版発行部数は少なかったらしい。しかし反響はすさまじ
く、科学界から社交界までこの話題は広がり、敗色濃い 1918 年に政府の後押しで急遽紙がか
き集められ第 3 版 3000 冊が刷られたとある。英訳本が出たのは 1920 年、日本でも 1921 年に
出版されているそうである。
アインシュタインはまえがきに、「この小さな書物は相対性理論について、広く科学的、哲
学的見地から興味をいだいているような人々に理論物理学上の数学的道具を使わないで、でき
る限り精確な洞察を与えようとするものである。本講義では、読者がおよそ高校卒業程度の教
養とかなりの忍耐力と意志力を持っていることを前提にしている。」と書いている。
構成は「Ⅰ 特殊相対性理論について」 が第 1 章から 17 章、
「Ⅱ 一般相対性理論について」
が 18 章から 29 章、「Ⅲ 全体としての考察」が第 30 章から 32 章で、付記として、「1 ロー
レンツ変換の簡単な導き方」、「2 ミンコフスキーの 4 次元世界」、「3 経験による一般相対性
理論の確認について」、「4 一般相対性理論と関連した空間の構造」、そして「5 相対性と空
間の問題」はアインシュタインの死の直前 1952 年に書き加えたものである。
各章とも 2 ページから多くて 4 ページできわめて簡潔に解説がなされている。したがってそ
れぞれの章を読み終わるのにそれほど負担を感ぜず、一段一段理解が深まるようになっている。
「アインシュタインは本書を書くに当たって実際に相対性理論を構築していった順序を追って
つづっていく旨、記している」とのことであるが、読む人はアインシュタインの思考過程をた
どることができるであろう。
だが、ふつうの解説書と違って、そもそも相対性理論は物理学がよって立つ足場、空間と時
間についての根本的な考え方を変える理論であり、それについての解説であるから、簡潔とは
言いながら 1 読しただけでは何を言っているのか全く理解できない部分があるかもしれない。
生徒諸君は、まずこの本を読みさらにいくつかのの相対性理論の解説本を読んだ後、再びこ
の本に戻ってみればいっそう理解が深まると同時に空間と時間に関する哲学的ともいえる深い
思想に打たれるのではないだろうか。
『世界を変えた式
アインシュタインvsニュートン』ハラルド・フリッチ著、青木
薫訳、丸善
「世界を変えた式」とは有名なエネルギーと質量が等価であることを示した E = mc2 であ
る。これについての論文は、最初に紹介した本の論文である「運動物体の電気力学」(6月に
発表)のあと、同じ 1905 年の9月に相対性理論の追加として「物体の慣性はその含むエネルギ
ーに依存するであろうか」という表題で発表されたものである。
この式については物理で勉強していない諸君でも知っている人は多いと思うが、
原子爆弾(核
爆弾)の原理はこの式をもとにしているのである。しかし、アインシュタインが原子爆弾を発
明したわけではない。
著者はミュンヘン大学の理論物理学の教授である。この本は、現在のベルンの理論物理学教
授であるハラーが、近代物理学の礎石を創り上げた二人の天才ニュートンとアインシュタイン
(ただし、ベルンの特許局職員当時の)に突然出会う、という想定で話が始まる。
これは、ガリレイの「新科学対話」にヒントを得たものではないかと思うが、ニュートンが
自ら確立した古典物理学を超えた、特殊相対性理論について一生懸命理解しようとして聞きた
だし、アインシュタインがわかりやすく(この本の読者にも)説明し、ハラーがアインシュタイ
ン以後発見された、相対論を証明する実験的事実について解説する、といった筋立てになって
いる。そうした筋立てのなかで、ニュートン自身が古典物理学を確立する過程で、アインシュ
タインの発見にいたる問題点を自覚していたことが明らかになる。3人の対話を通じて、特殊
相対性理論の内容が読者にも明らかになる、というなかなかおもしろい本である。
『アインシュタインの時間』前田恵一著、ニュートンプレス
著者は早稲田大学理工学部の物理学の教授である。主に特殊相対性理論の時間の遅れと長さ
の短縮について、物理専攻の大学生、一石未来と飛鳥光二郎とが物理学の M 教授(これは前田
教授を指していると思うが)に助言してもらいながら、必死になって理解しようと話合い、計
算する過程を通じて相対性理論の基礎を学んでゆくという筋立てになっている。
この本は私の特別講義の教科書にしたものであるが、かなりわかりやすく具体的に数値で計
算して初学者に理論的にも、感覚的にも理解できるように工夫されている。
後半には、光速度に近い速さで運動する人にとって、まわりの世界がどう見えるかをコンピ
ュータでミュレ−ションした話が出ていて、非常に興味深い。光速度に近い速さで運動する物
体は長さが短縮するという事実から考えると、そのような物体はせんべいみたいに平べったく
見えると考えられてきたが、実はそうではないことがわかる。ただ、一石未来の計算は、この
本では省略されている式を使っている場合もあり、その過程についてはわかりにくいのではな
いか、と思う。
『相対論がもたらした時空の奇妙な幾何学』アミール・D・アクゼル著、林
一著、 早川書房
著者はアメリカ、ベントレー大学の数学助教授者である。相対性理論は物理学者だけでなく、
数学者、天文学者にきわめて大きな知的刺激を与えた。
たとえば、特殊相対性理論が発表されると、アインシュタインがチューリッヒ工科大学在学
中に数学の教授であったミンコフスキーが、空間と時間の 4 次元の幾何学によってそれを説明
した。特殊相対性理論が物理学者や一般の人に広く理解されていったのはミンコフスキーの功
績が大きい、といわれる。
ベルリンの天文学者カール・シュヴァルツシルドは、
第 1 次世界大戦に従軍した塹壕の中で、
アインシュタインの重力場の方程式を解いて、アインシュタインを驚かせた。彼が導いた結果
は、現在天文学でも有名なブラックホールを理論的に予言したものであった。
あらゆる世紀を通じて最大の数学者の一人といわれるヒルベルトはアインシュタインからの
情報をもとに重力場方程式を導いて先取権争いを演じた。
アクゼルはアインシュタインの論文、手紙等現存する資料を徹底的に調べて、アインシュタ
インが一般相対性理論を確立する過程を跡づけた。
一般相対性理論を創るに当たって重力によって曲がった空間を表す式として、アインシュタ
インは 60 年前にすでにリーマンによってつくられていた非ユークリッド幾何学を使った。
ユークリッド幾何学から、非ユークリッド幾何学が生み出される過程とエピソードもなかな
か興味ある。
アインシュタインが太陽のそばを通る光の湾曲の証拠を得るために必死になって働きかけな
がら第 1 次大戦勃発のために失敗したエピソードから、1919 年にイギリスのエディントンが
率いる日食観測隊が光の湾曲を観測するにいたる物語はなかなかスリルに富んでおもしろい。
後半は、アインシュタインの重力方程式が現在に至ってもますます宇宙の成り立ちを解明す
る上で重要な武器となっていることが語られる。
ハッブルが発見した宇宙の膨張が、最近の発見によっていっそう加速されていることが明ら
かにされる。アインシュタインは自分の重力方程式を解くにあたって、静的宇宙を想定して導
入した宇宙定数をハッブルの発見によって「生涯最大の失敗」と言って式から取り去った。と
ころが、膨張を加速する宇宙を解く式として再び現在脚光をあびている話など、興味は尽きな
い。
『アインシュタインvsニュートン
曲がった時空をめぐって』ハラルド・フリッチ著、櫻山義夫訳、丸善
この本は、先に紹介した「世界を変えた式」と同じ著者による一般相
対性理論版である。今度も、ハラー教授がニュートンとアインシュタイ
ンと会って一般相対性理論の空間と時間と物質という基本的概念に関し
て議論することから始まっている。ニュートンは 1687 年に有名な「プ
リンキピア」を出版した直後の 45 歳に想定され、アインシュタインは
一般相対性理論を発表して 14 年の 1930 年夏ドイツのポツダム近郊のカ
プートに住んでいた 51 歳当時を想定されている。
3 人の議論はカプートから始まり、ヨーロッパの共同素粒子加速施設
スイスの CERN を訪ね、最新の素粒子論とその実験事実についてハラ
ー教授が紹介し、ふたたびカプートに戻り一般相対性理論の重力理論か 1947年(68歳)、アメリカ、
ら宇宙論にいたる歴史的発展と、最新の学問的成果について議論を重ね ニュージャージー州プリ
ンストン高等研究所教授
る。
当時。晩年の写真。
最後に 3 人はアメリカ西海岸パサデナのカリフォルニア工科大学
(CALTEC)に飛んでアインシュタインの重力方程式から導かれたブラッ
クホールの理論と、実際に宇宙で発見されたブラックホールについてさらに重力波についての
興味ある話がなされる。 CALTEC はハワイ島にある日本のすばる望遠鏡ができるまで、世界
最大の反射望遠鏡をもつパロマー山天文台を擁する天文学研究の中心である。
諸君は 3 人の会話を通じて、一般相対性理論の丁寧な解説、そして質量とは何かという問題
に関連してクオークを中心とする素粒子論、そして宇宙論の成り立ちとその構造に関するなど
最新の物理学、天文学を概観することができる。
図書館より
今年は「世界物理年(国際物理年)」ということで、及部先生にアインシュタインおよび相
対性理論についての本を先週に引き続き紹介していただきました。ちなみに、図書館には、
「アインシュタイン」で検索すると 84 点、「相対性理論」で検索すると 40 点の生徒用資料
があります。この機会に他にどんな資料があるのかも見てみてください。
図書館からのお願いとお知らせ
1.本日、督促状を発行しました。未返却資料がある者は、至急資料を返却してください。なお、年度
越えの延滞者は貸し出し禁止者となっています。
2.図書館入り口ギャラリーにて、麻布グッズの「絵はがき」の原画展(作者:益田和雄氏,1953年卒)
を実施しています。どうぞ、見に来てください。
3.生徒図書委員会による、恒例の古雑誌販売が、6/1、2、3に予定されています。委員会からも
追ってお知らせがあることでしょう。