平和構築と開発援助政策 - Hiroshima Active Peacebuilding Research

Discussion Paper Series Vol.1
平和構築と開発援助政策
∼開発と紛争の理論と紛争リスク評価∼
淵ノ上英樹・松岡俊二
広島大学大学院国際協力研究科
Email: [email protected]
2006 年 3 月 9 日
*本 Discussion Paper の内容を、著者の許可なく部分的あるいは全文の引用および再録する
ことを禁ずる。
1.はじめに
暴力的な紛争(Violent Conflict)や内戦(Civil War)が、社会に与える影響は計り知れない。労
働者や知識人、女性や子供など人的資源の破壊、道路や発電所、水道など社会基盤の破壊、
企業活動や投資活動など経済基盤の破壊、そして対立する勢力間の信頼の破壊など枚挙に
暇がない。そして対立勢力間には憎しみの連鎖が生まれ、紛争は恒常化する。民族や宗教
が異なりながらも共存し反映している国がある一方、なぜ憎しみの連鎖にまで陥ってしま
うような対立構造が生まれてしまう国があるのか。また、こうした紛争に苦しむ国々に対
し、国際連合(United Nations:UN)を中心とした国際機関、国際開発金融機関(Multilateral
Development Banks: MDBs)、経済協力開発機構・開発援助委員会(OECD/DAC)諸国など主
要援助国が、紛争以前から 2 国間または多国間で継続的な開発援助を行っている。にもか
かわらず、世界中で紛争は発生し、多くの市民が惨劇と悲劇に巻き込まれている。なぜ、
開発援助を継続しているにもかかわらず、紛争は起きてしまうのであろうか。こうした国々
は、従来の開発援助理論の想定外あるいは例外事象と捉えてもよいのであろうか。
本稿は、筆者のこうした問題意識に基づき、開発援助政策と紛争の関係について理論的
な分析を行う。本稿の目的は、どのような社会経済要因が援助と紛争の関係に影響してい
るかを理論的に分析し、今後の研究の指針を得ることにある。まず、第 2 章では、近年に
なって研究が進み始めた援助と紛争の関係に関する研究についてサーベイし、その動向を
把握する。第 3 章では、前節の動向を踏まえ世界銀行などが効果的援助達成のため開発中
の紛争評価のフレームワークの現状について報告する。第 4 章では、どのような要因を抱
えた地域が紛争に陥りやすいのかという問題意識の下、これまでの研究や紛争評価フレー
ムワーク、関係者インタビューで明らかになった要因を整理し、今後、どの要因について
調査研究を進めていくか分析する。第 5 章で結論を結び、今後の課題について明記する。
本稿の第2章および第3章は、さらに詳細な分析を進め、それぞれ学会誌に投稿すること
を目的とする。第4章は、広島大学連携融合事業「平和構築に向けた社会的能力の形成と
国際協力のあり方に関する調査研究」(HIPEC)独自のオーラルヒストリーとして整理し、今
後の研究の貴重な引用資料とする。
2. 援助と紛争の関係の研究サーベイ
2.1. 紛争の社会経済インパクト
大きなストレスの下に置かれた低所得国(Low Income Countries Under the Stress: LICUS)1や
LICUS are characterized by weak policies, institutions, and governance (World Bank
2002, p.iii).どの国が LICUS に該当するかは厳密な定義があるわけではなく、現場のカント
リー・ディレクターの手に委ねられている(稲田 2004, p.28.)。
1
重債務貧困国(Heavily Indebted Poor Countries: HIPCs)2などと分類される国々は、いずれも過
去または現在において暴力的な紛争を経験している国が多い。これまで、特に経済学では、
この紛争という要素が効果的援助を議論する枠組みの中に含まれていなかった。しかし、
紛争の援助に与える影響は絶大である。紛争が激化したり長引いたりすれば、難民救済な
ど緊急人道援助が中心となり、継続的な開発援助は中断・中止ということになる。国際協
力銀行の円借款が 1969 年の水道事業以降、アフガニスタンでは行われていなかった事実が、
それを裏付けている3。その結果、社会を支える人、および社会基盤が破壊され、より復興
が困難な状態に至る。
人命の被害に関しては、交戦中の影響もさることながら紛争終息後の影響も無視できな
い。Ghobarah, Huth, and Russett (2003)は、1991 年から 1997 年までの紛争が間接的な原因に
なっている死者数と負傷者数を調査した。その結果、この期間の紛争後の死傷者数は、1999
年に起きた紛争で直接的に死傷した数とほぼ一致する。また、性別、年齢別に分析してみ
ると、表1のように子供やお年寄りに被害が偏っている結果が報告された。
表 1 紛争後の性別世代別病死者率(単位:%)
性別
4 歳以下
5-14
15-44
45-59
60 歳以上
男性
63.57
9.05
26.1
23.95
36.32
女性
58.3
8.31
25.67
30.78
39.75
(出所)Ghobarah, Huth, and Russett (2003), p.196 より筆者作成
ペルー、エルサルバドル、ニカラグア、アンゴラ、コンゴ、ブルンディの内戦前後の 1
人当り GDP でみても、その経済基盤に与える影響は無視できない(Collier et al. 2003, p11)。
よって、紛争を考慮した変数を組み込んだ経済学的分析が、近年になり行われるようにな
った。
この分野で議論の中心となった研究報告として、Murdoch and Sandler (2002)の報告がある。
彼らは、新古典派成長モデルを使って、内戦が当該国および近隣諸国の 1 人当り国民所得
にどのようなインパクトを与えるか分析した。その結果、内戦が近隣諸国の国民所得を減
じることが確認された。また、その所得減は、移民や投資要素といったものより、その国
の抱える特有の条件(国境の長さ、外国からの援助額、政策)に起因する、と結んだ。
Murdoch and Sandler (2004)では、さらに研究を進め、内戦が当該国と近隣国の経済成長に
与える影響を定量化している。まず、その影響の度合いについては、近接性や隣接する国
境線の長さなど物理的な距離に着目した。その結果、周辺国に与える影響と紛争自体の拡
HIPCs は、1996 年、国際通貨基金と世界銀行の秋の年次総会で定義された。HIPCs の
認定基準は、(1)1993 年の 1 人当り GNP が 695 ドル以下、(2)1993 年時点における現在価
値での債務残高が、年間輸出額の 2.2 倍もしくは GNP の 80%以上(外務省ホームページ
2005, http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/af_data/)。
3 国際協力銀行ホームページ (2005) http://www.jbic.go.jp/japanese/index.php
2
大に関しては、短期的にも長期的にもその距離が最も大きく影響する。また、経済成長に
与えるインパクトの要因は、内戦期間の長さと頻度であると述べている。
Guha-Sapir and Van Panhuis (2004)は、死亡率に着目して、人道援助プログラムを作成、評
価した。特に幼児死亡率に注目し、紛争前後の 5 歳以下の死亡率と 5 歳以上の死亡率を用
いて、紛争で命を落とすリスクを計算した。結果、5 歳以下の脆弱性が高い国ほど、紛争で
命を落とすリスクが高くなると報告している。しかし、紛争後の正確な実態の把握など難
しい問題があり、紛争が死亡率に与えるインパクトを分析するには、更なる疫学的アプロ
ーチが課題であるとも述べている。
このように、これまでの研究では様々な要因が紛争リスクに影響を及ぼす要因として分
析された。しかし、こうした分析はまだ研究初期段階に当り、それぞれに対する批判研究
や補強研究も進んでいない。これまでの報告の検証や新たな要因の分析が今後の課題とな
る。
2.2. 開発援助は紛争助長要因なのか
援助が紛争に影響を及ぼすか否かという問いに対し、援助は紛争リスクに直接的には影
響を及ぼさないと Collier and Hoeffler (2002)は理論的、および実証的に報告している。しか
し、援助は経済成長と一次産品輸出に影響を及ぼし、それらが紛争リスクに影響するとも
述べている。一次産品の輸出量を援助政策によって減じる、または開発援助によって経済
成長を促すことにより、彼らのモデルでは 5 年後で紛争リスクは 30%減少する。
援助が紛争に与える影響をゲーム論で分析したものの中には、援助がかえってマクロ経
済的安定を遅らせるという報告がある。Hsieh (2000)は、紛争の安定化に関して、危機と援
助の役割について 2 人交渉ゲームで分析した。その結果、経済が安定しないことで厚生ロ
スが増加する危機は、2 つの勢力の和平合意がスムーズに進む。一方、安定化費用を縮小す
る援助は、2 つの勢力の和平合意の障害になる。つまり、対立する 2 つの勢力が存在した場
合、双方に支援を行いながら和平合意のプロセスに臨むより、危機的状況のまま放置した
ほうが時間的に早く和平合意に至るということになる。
しかし、こうした理論解をそのまま現実に当てはめることは困難であろう。和平合意に
費やす時間がどうであれ、そこには多くの被害者が存在し、そうした被害者への人道的援
助は国際社会のコンセンサスでもある。こうした人道援助と平和維持活動について分析し
た報告も存在する。McGinnis (2000)は、旱魃、飢餓、戦争に個人が巻き込まれた際、食糧の
調達に関して生産、我慢、脱出の中からどのように合理的に選択し、その選択が紛争中の
食糧の総需要と総供給にどのような影響を与えるかを分析した。その結果から、人道援助
か平和維持活動かの選択ではなく、双方を同時に国際社会が行うことが重要であると結論
付けた。
開発援助政策という政策手段が紛争リスクに与える影響もさることながら、大国のプレ
ゼンス自体も紛争リスクを助長したりしてはいないであろうか。大国の存在自体や介入、
影響力は紛争にどのような影響を与えるのだろうか。まず大国アメリカのアフリカの援助
に対するスタンスを明確にしておかなければならない。Stremlau (2000)の報告が、アメリカ
のアフリカに対するスタンス、および平和構築の基本的なスタンスをよく現している。彼
によれば、アフリカは他のどこの地域よりも紛争解決策が施されているにもかかわらず、
紛争は抑制されず猛威を振るっている。この大陸を平和にするために、アメリカは最も民
主的な南アフリカ共和国をパートナーとして、援助と自由主義の価値を広めることが重要
であると述べている。
上記のようなスタンスを持ち、かつ世界最大の武器輸出国であるアメリカの武器の輸出
に関して、Balanton (2000)は興味深い報告を行っている。彼の報告によれば、アメリカがあ
る国に武器を輸出するかどうか決定する際、その国の民主化と人権が重要な決定要因とな
っている。しかし、どのくらいの量の武器を輸出するかどうかという段階にいたると、民
主化は依然として決定要因であり続けるが、人権は判断基準に含まれなくなる。つまり、
実は人権が著しく弾圧されているような民主主義政権にも、アメリカは武器を売り続ける。
人権を抑圧された市民の不満は増加し、紛争リスクを高める。敢えてここで、具体的な国
名をあげることは避けるが、このような状況が、紛争リスクに与える影響は無視できない
レベルであることは容易に推測できる。武器が戦争を起こすわけではないが、殺傷能力は
飛躍的に上昇し、従って紛争時の被害者数が増えることは言うまでもない。そういった悲
劇が「民主的なパートナー」に起こらないことを祈るばかりである。大国のプレゼンスや
経済活動が、貧困国に対して与える影響は上記の理由で無視できない。
本章では、紛争にまつわるアカデミックな議論を整理した。特に紛争は社会や経済にど
のような影響を与えるのか、そして援助自体が紛争を助長するのかという問題意識の下、
これまでの研究を整理した。いまだ議論の過程ではあるものの、紛争が社会や経済に与え
る影響は深刻であるという見方が多勢である。また、援助が紛争を助長するといったこと
はないという見方が有力でもある。
紛争が社会や経済に与える影響が深刻で、かつ援助が紛争を助長することはないと仮定
すると、紛争リスクを適切に評価し、有効な援助政策作成の指針とすることが重要になる。
そこで、次章では、これまで世界銀行や主要援助国で提言、実施されてきた紛争評価フレ
ームワークやアカデミックな世界で提言されている紛争評価法を分析する。それによって、
援助側や研究者がどのような要因を抱える国や地域が紛争に陥りやすいと考えているのか
明らかにしたい。それによって、我々が提言しているキャパシティ・ディベロップメント
においてどういう要因に注目して開発戦略を立てていくべきか、その指針とする。
3. 効果的援助達成のために必要な紛争評価のフレームワークの現状
本章では、世界銀行、アメリカ国際開発庁(US Agency for International Development:
USAID)、イギリス国際開発省(Department for International Development: DFID)によって提言
されている紛争評価フレームワークを紹介する。本章の目的は、これらを比較し優劣を議
論することではない。各フレームワークの中で取り上げられている変数に注目し、第4章
での紛争にいたる要因の整理と分析に関する議論に繋げていく。
3.1. Conflict Analysis Framework
世界銀行は 2005 年 4 月に Conflict Analysis Framework (CAF)の草案を発表した(WB・CPR
ホームページ)。この草案は、1)なぜ Conflict Analysis なのか、2)Conflict Analysis Framework、
3)Peace and Conflict Impact Assessment: Work in Progress、以上 3 セクションにより構成されて
いる。Conflict Analysis の目的について原文を引用する(WB CPR 2005, p.3)。
The purpose of conflict analysis is to ensure that Bank support to a country’s
poverty reduction strategy and development programs enhances sensitivity
to conflicts and their sources in the poverty-reducing measures, and thus
reinforces a country’s resilience to violent conflict.
この中に明記されている”resilience”とは、「紛争の原因となっている問題の解決手段とし
て、暴力より政治的および社会的手段を選ぶ状況」と CAF で定義されている。
「暴力的紛争
耐性」と言い換えるとわかりやすい。
手順に関しては、まず紛争のリスクを 9 つの項目でスクリーニングし、6 つの項目に分類
される変数群で評価する。9 つのスクリーニング項目は、(1)過去 10 年間の暴力的紛争の歴
史(Violent conflict in the past 10 years)、(2)1 人当り GNI が低い(Low per capita GNI)、(3)1 次産
品への依存度が高い(High dependence on primary commodities exports)、(4)政情不安定(Political
Instability)、(5)市民権や政治的な権利が制限されている(Restricted civil and political rights)、(6)
軍事化(Militarization)、(7)少数民族の割合(Ethnic dominance)、(8)活発な地域紛争(Active
regional conflicts)、(9)若年層の失業(High youth unemployment)である。世界銀行においては、
こうした要因を抱える国や地域が、紛争に陥りやすいと分析している。
6 つの変数群とは、(1)社会的および民族的関係(Social and ethic relations)、(2)ガバナンスと
政治制度(governance and political institutions)、(3)人権と安全保障(Human rights and security)、
(4)経済構造とパフォーマンス(Economic structure and performance)、(5)環境と天然資源
(Environment and natural resources)、(6)外部からの圧力(External forces)である。これにより、
援助国及び被援助国は、貧困や紛争に重大な影響を与えている要因を洗い出せる。そして、
紛争を悪化、再発させないような援助政策の作成が可能になる。
3.2. Conflict Vulnerability Analysis
USAID が提唱している Conflict Vulnerability Analysis (CVA)は、ある特定の主体(国、地域、
州、コミュニティ)が暴力的な紛争に対して、いかに脆弱であるかを評価する。それによ
って潜在的な紛争のサインを見つけ出し、適切な予防措置や緩和策を実施することを目的
としている。CVA は、以下の 7 つのステップからなる (Samarasinghe, Donaldson, and
McGinn 2001, p.i)。
STEP 1: Conflict mapping
STEP 2: Assess indicators of conflict risk
STEP 3: Population conflict risk assessment
STEP 4: Assess populations capacity to manage conflict
STEP 5: Determine populations anticipated vulnerability to violence
STEP 6: Identify and assess response options
STEP 7: Develop conflict policies and programs
本研究では紛争にいたる要因を探ることを目的としているので、STEP 2 に注目する。STEP
2 で取り上げられている指標は 13 ある。CVA のユニークな点は、横軸に long-term と short-term、
縦軸に紛争促進因子と紛争抑制因子をとった 4 象限モデルで、この 13 の指標を分類し、リ
スクを評価している点にある。つまり、指標の中には紛争抑制指標も含まれていることに
なる。図 1 はその 4 象限モデルである。
短期で紛争促進的な指標として政変(Coup)、同じく短期で紛争抑制的な指標として停戦
(Cease fire)、武器禁輸(arms embargo)、経済の急騰(Surge in economy)をあげている。長期で紛
争促進的な指標として、過去の植民化(Colonial history)、不平等(inequality)、経済構造(Structure
of Economy)、近年の暴力的紛争(Recent violence)、環境被害(Environmental damage)、少数派
の抑圧(Minority repression)をあげ、同じく長期で紛争抑制的な指標として経済成長(Economic
growth)、民主的な制度(Democratic institutions)、平和の歴史(History of peace)をあげている。
これを分析すれば、少なくとも USAID は、政変、過去に植民地化された歴史、市民の不
平等感、経済構造の変化、暴力の歴史、環境被害、少数派の抑圧といった要因を抱えてい
る国や地域は、紛争に陥りやすいと評価している。一方、停戦状態が続き、武器が禁輸さ
れ、経済が急騰し、経済成長がめざましく、民主的で平和な期間が長い国や地域は紛争が
起きにくいと評価していることになる。
実際の評価段階では、こうした要因をさらに詳細な項目に分け、数値化して指標化し、
援助政策作成の判断材料にしている。指標化することで、他地域との比較は容易になるが、
あらかじめ設定された要因以外の要因が評価に反映されることはない。よって潜在的な紛
争を予見できない、または見落としてしまう可能性も残る。
図1
A Typology of Conflict Indicator
Conflict Accelerators
Structural Accelerators
Dynamic Accelerators
-Colonial history
-Coup
-Inequality
-Structure of economy
-Recent violence
-Environmental damage
Long Term
-Minority repression
Short Term
Structural Decelerators
Dynamic Decelerators
-Economic growth
-Cease fire
-Democratic institutions
-Arms embargo
-History of Peace
-Surge in economy
Conflict Decelerators
(出所)(Samarasinghe, Donaldson, and McGinn 2001, p.6)
3.3. Conflict Assessment
イギリス国際開発省(Department for International Development: DFID)は、紛争の予防と沈静
化に寄与するに有効な援助政策とプログラムを改善することを目的として、紛争評価
(Conflict Assessment: CA)を実施している。紛争評価には以下の 3 つのステージがある
(Goodhand, Vaux, and Walker 2002, p.6)。
STAGE 1: Conflict Analysis
STAGE 2: Analysis of Responses
STAGE 3: Strategies/Options
まず DFID は、暴力的紛争の歴史的および構造的な経緯をより理解し、何が潜在化してい
た紛争を表面化させてしまうのか、または何が表面化した紛争をさらに激化させてしまう
のかといった疑問に答えるべく、STAGE 1 で紛争評価(Conflict Analysis)を行う。STAGE 2
では紛争過程に欠くことのできない国際的なアクターおよび政策を考慮し、国際的な開発
介入や反応の役割を分析する。そして STAGE 3 で、紛争を沈静化させるための戦略および
選択肢を特定する。戦略や選択肢は、安全保障、政治、経済、社会の各分野にわたって吟
味される。
DFID は、どのような国や地域が紛争に陥りやすいと評価しているのであろうか。STAGE
1 を分析することでこの問題を解いてみたい。STAGE 1 の紛争評価において、構造、アクタ
ー、ダイナミクスという 3 つのステップが設けられている。さらに、それぞれのステップ
内で詳細な要因が定義されている。構造ステップでは、安全保障、政治、経済、社会とい
うカテゴリーが設けられ、それぞれのカテゴリーの中で分析が行われる。
ただし、カテゴリー内に詳細な要因が規定されているわけではなく、またそういった要
因が指数化されて評価されるわけではない。各カテゴリー別に紛争に影響するような要因
が箇条書きにされ、それによってロジカルな分析を行う。この点が、USAID の指標化ベー
スの評価と大きく異なる。表 2 はそのカテゴリー別評価例である。
表 2 カテゴリー別評価例
カテゴリー
安全保障
評価
治安維持勢力の能力、支配力の限界
治安維持勢力や武装勢力による人権侵害
軍事費比率の上昇
政治
司法の独立の欠如
文民社会とメディアの独立の欠如
汚職の横行
経済
経済的衰退(貧困、失業率、インフレーション)
経済格差(地域別または民族別の国民所得分配係数の差)
マクロ経済指標の不安定化
社会
社会的疎外
未解決の民族紛争
社会および文民社会横断的な組織の欠如
(出所)Goodhand, Vaux and Walker (2002), p.12 より作成。
規定された要因によって紛争リスクを計算するのではなく、要因自体も拾い上げながら
紛争リスクを評価する DFID の紛争評価は、数値化されていない分、他国や地域との相対的
評価は難しい。しかし、そもそも紛争リスクを数値化することの是非自体に、まだ議論の
余地がある。アプローチの異なる様々な評価法によって紛争が評価されることが、より望
ましいことなのかもしれない。未だ紛争に影響を及ぼす要因のスクリーニングとスコーピ
ングが発展段階であり、この段階でひとつのフレームワークに絞ってしまうことは、現在
明らかになっていない潜在的な要因を見落とす可能性があるからである。
このように紛争の評価は効果的援助達成にとって避けられない課題となりつつある。広
島大学連携融合事業「平和構築に向けた社会的能力の形成と国際協力のあり方に関する調
査研究」(HiPeC)は、なぜ開発援助が行われているにもかかわらず紛争が起こってしまうの
か、そうした国々は理論の枠組みから外れてしまった例外として単に取り扱われるべきな
のか、それともそこにはなんらかの一般的なメカニズムが存在するのかといった問題意識
の下、紛争を考慮した平和構築分野における新たな知識創造を、社会的能力の形成という
新たなアプローチにもとづき行っている。2003 年 7 月に採択された 21 世紀 COE プログラ
ム「社会的環境管理能力の形成と国際協力拠点」は、環境分野を中心とした社会的能力の
形成モデルの具体化などに関する研究を進めている。キャパシティ・ディベロップメント
論は、国際協力分野において国連開発計画、カナダ国際開発庁、国際協力機構などが進め
てきた能力開発論の知的革新と位置づけられる。その意味で、平和構築に関する事業と環
境協力に関する 21 世紀 COE プログラムは、キャパシティ・ディベロップメント論の両輪
として駆動している。
本章では、世界銀行や主要援助国で提言、実施されている紛争評価フレームワークにつ
いて整理し、それぞれが対象としている紛争要因を明らかにした。また、数値化、指標化
ベースの評価法と定性的な評価法と評価法のアプローチに差があることも明示した。それ
は、規定の要因に関して数値化する評価と、要因自体を拾い上げてから評価する評価の差
である。次章では、こういった要因のいくつかについて、アカデミックな分野ではどのよ
うに分析されているのかという点を明らかにしたい。
4. 紛争にいたる要因の整理と分析
4.1. アカデミックな議論
どういった要因を抱えた国が紛争に陥りやすいのかという点を明らかにすることは、効
果的援助を実現するうえで非常に重要である。アカデミックな分野でも、近年になり様々
な分析が行われている。この分野でのさきがけとなった研究報告として Collier and Hoeffler
(1998)がある。彼らは、内戦勃発に経済的要因が関与しているかどうか調査した。彼らの使
用したモデルは、反乱分子の効用をベースにしており、反乱分子の主観的な反乱による便
益が、反乱を起こす費用を上回ったとき、内戦が勃発する。Probit-Tobit モデルを用いてこ
の命題を統計的に証明した。彼らの取り扱った変数は、所得、民族・言語多様性、天然資
源の量、人口、以上 4 変数である。これら 4 つの変数が、検証の結果、内戦の継続期間お
よび内戦勃発の可能性に影響していることがわかった。彼らの重要な発見として、民族的
に多様な社会を抱えている国が、単一民族的な社会を抱えている国より内戦に陥る可能性
が高いという結果は得られなかったという点があげられる。
さらに Collier and Hoeffler (2005b)は、クロス・カントリー・データの分析により、天然資
源が豊富な国ほど暴力的な紛争に陥りやすいと彼らは述べている。その根拠として、まず
「資源の呪縛(resource curse)」をあげている。それゆえに Collier and Hoeffler(1998)で述べた
反乱分子の機会費用が小さくなり、内戦が起こりやすくなると論証している。資源の呪縛
とは、天然資源の豊かな国では経済成長が伸び悩んでいる状況をさす(Davis and Tilton 2005)。
これまで、天然資源の豊かな国では、経済も豊かで経済成長にも資源の存在はプラスの
影響を与えると広く考えられていた。しかし、最近 20 年間に行われた実証研究では、負の
影響がよりクローズアップされるようになった。こうした状況の国では、人々が低い厚生
レベル、人間開発レベルに苦しんでいると報告されている(Bulte, Damania and Deacon 2005)。
しかし、彼らはその関係は弱いものであり、資源の呪縛はこれまで考えられていたより厚
生に与える影響は小さいと結論付けている。よって資源の呪縛を根拠とするには問題点が
残る。
また、Collier and Hoeffler は政治学的観点から、天然資源と脆弱な制度の繋がりを根拠と
して、天然資源と紛争の関係を説明している。天然資源の豊富な国の政府は、一般に特権
階級やパトロンに支えられており、選挙、人権といった民主主義的なシステムを軽視して
いると述べている。
その他にも、Elbadawi, I. and Sambanis, N. (2002)は、過去 40 年間に発生した 150 カ国の紛
争分析から、内戦の発生、継続、終了の時間的なデータを集め内戦普及率 (Civil war
prevalence)を導出した。この内戦普及率に重大な影響を与える要因として、民主化と民族多
様性をあげている。民主化が遅れ、民族が多様化している地域ほど紛争発生率は高くなる
と彼らは報告している。
Ross (2004)は、天然資源と紛争の関係を調査した報告をまとめている。彼のまとめた 14
の研究報告は、(1)石油を産出する地域では紛争の可能性が高く、特に分離主義紛争が顕著
である、(2)宝石や麻薬が紛争の発端となることは少ないが、紛争を長期化させる、(3)合法
的な農産物と紛争の関連性はない、(4)一次産品と内戦勃発の関連性はない、以上 4 点に集
約される。
以上、1990 年代後半からの経済学的な分析結果をまとめた。所得、民族多様性、天然資
源、紛争の継続期間や頻度、農産物などの変数に着目し、統計的な分析によって紛争に陥
りやすい国を表現しようと試みている様子がうかがえる。次節では、Collier, and Hoeffler モ
デルにスポットを当て、より詳細に要因に関する分析を行う。
4.2. Collier and Hoeffler (CH)モデル
Collier and Hoeffler(2004)は、地理条件、民族多様性、宗教多様性、所得格差、GDP 成
長率、平和持続期間などの変数を用いて、紛争リスクを測定する Collier and Hoeffler モデ
ル (CH モデル)を提唱した。彼らは 1960 年から 1999 年までの期間を 5 年きざみで分割し、
98 カ国を対象に計 750 節のクロス・セクションによる分析を行った。5 年間で紛争の発生
した節を紛争節、紛争が発生しなかった節を平和節とし、上記の変数が紛争発生(当該研
究では紛争の発生だけが分析され、継続については分析されていない)にどのような影響
を与えているか統計的な分析を行った。この研究では、少なくとも 1 年間に 1000 人以上の
死者が発生し、対立する両陣営に 5%以上の死亡率が観測されたものを紛争と定義した。こ
れにより一方的な虐殺を紛争と区別する試みがなされている。
Collier and Hoeffler は、紛争発生の 2 要件として殺人と同じく動機(motive)と機会
(opportunity)が必要であると述べた。そして動機に関しての分析は政治学の領域とし、経
済学は機会を分析すると述べている。このうち動機に関して、不平や不満(grievance)と欲
望(greed)、以上 2 つの要因が動機を形成する主な要因であると説明する。不平を経済学的
に評価し分析を行うことは容易ではないが、欲望であれば費用便益分析によって分析でき
ると彼らは述べている。よって、欲望を動機とし機会を費用便益分析することで紛争の発
生率を計算できると彼らは主張している。また、不平に関しても代理変数を用いることで
モデル化できるとし動機と機会を包括的に評価できる CH モデルを提唱した。
彼らは機会を構成する要因として、(1)財務(financing rebellion)、(2)費用(atypically low
cost)、(3)武器など紛争に関する特別な資本(conflict-specific capital)、(4)軍事力(atypically
weak government military capability)、(5)社会的こう着性(social cohesion)、以上 5 つを
あげている。また不平を測る要因として、(1)民族的、宗教的遺恨(ethnic or religious hatred)、
(2)政治的抑圧(political repression)、(3)政治的排斥(political exclusion)、(4)経済的不平等
(economic inequality)、以上 4 つの要因をあげている。それぞれの要因を代理変数を用いた
多変量解析で分析し、紛争リスクに影響を及ぼす変数を吟味した。表 3 は、CH モデルの変
数の一覧である。
表3
CH 機会モデルおよび不平モデルの変数
機会(opportunity)
変数
不平(grievance)
Primary commodity exports/GDP
Ethnic fractionalization
Post-coldwar
Religious fractionalization
Male secondary schooling
Polarization
Ln GDP per capita
Ethnic dominance
GDP growth
Democracy
Peace duration
Peace duration
Previous war
Mountainous terrain
Mountainous terrain
Geographic dispersion
Geographic dispersion
Ln population
Social fractionalization
Income inequality
Ln population
Land inequality
Diaspora/peace
Diaspora corrected/peace
(出所)Collier and Hoeffler (2004), p.573, 576 より筆者作成
Diaspora とはその国の国民の離散率を表す。真の離散率とは、分子に国外に離散した人数、
分母にその国の人口を取る。しかし、実際に離散した人数を把握するのは不可能なため、
この研究においては、離散した人数を米国に在住する人数に置き換えて分析している。
Polarization とは対立化である。Esteban and Ray (1999)や Reynal-querol (2000)によれば、民族
や宗教の多様化それ自体は紛争リスクに影響を及ぼさない。その多様化した民族なり宗教
の対立度合いが紛争リスクに影響を及ぼす。その対立度合いを表すモデルを Esteban and Ray
は提供している。Ethnic dominance とは、民族占有率である。ある国の民族構成において、
ひとつの民族が人数的に他の民族より多い場合、占有率は高くなる。
以上のような変数の分析により、Collier and Hoeffler は、機会のモデルの説明力が強く、
不平のモデルの説明力はほとんどないと結論付けている。機会モデルの財務要因において
は、一次産品の輸出の GDP に占める割合が紛争リスクに大きく影響している。これが反乱
分子に搾取の機会を与えることで紛争リスクを助長していると彼らは分析している。費用
要因に関しては、男性の義務教育、一人当り国民所得、経済成長率が紛争リスク軽減に重
大な影響を及ぼしていると述べている。軍事的要因に関しては、点在する人口が紛争リス
クを助長していると述べている。不平モデルの変数に関しては、唯一、民族占有率(ethnic
dominance)が紛争リスクを助長していると述べている。
このようにアカデミックな世界でも紛争リスクを評価する社会経済学的な枠組みが提唱
されている。その中で、紛争に影響を与える要因が分析され、その要因を改善することで
紛争を避けることができるようになるかもしれない。しかし、経済学者が取り扱う国民勘
定などの統計データだけで紛争の要因が全て表せているわけではない。紛争下で人道援助
や開発援助に関わっている人々は、論理性や客観性は現時点で乏しいにしろ、別の要因に
ついての見解を有していると考えられる。次節では、そういった人々の声を集め、紛争の
要因を洗い出す。
4.3. 関係者インタビューの整理
2006 年 1 月 18 日 10:00 より実施した広島大学大学院国際協力研究科・瀬谷ルミ子研究員
へのインタビューにおいて、現在紛争に陥っている国の主な要因として瀬谷氏は以下をあ
げた。その要因は、(1)表面的な理由(民族、宗教等)に摩り替えられた権力者層の既得権
益争い(他国が間接的に関与する場合も有)、(2)法整備の不備による無処罰の文化の常態化、
(3)経済的・社会的不平等感に基づく民衆の不満(扇動され利用される場合あり)
、以上 3 点
である。こうした要因以外にも数多くの要因が存在しているというこが前提としてあると
添えた上での発言である。瀬谷氏によれば、紛争が繰り返されている地域や国では、被害
者の権利や保障を訴える場所、法制度が未整備の場合が多い。そうした状況下で市民にと
っては肉親を殺傷した加害者たる兵士やゲリラに対し DDR など援助が行われ、被害者たる
市民に何の援助もないという状況となった場合、市民の不平等感が増長される。その不満
の捌け口が報復に向かうなど、対立勢力間で憎しみの連鎖が生まれてしまう可能性が高い。
市民の不平等感と法制度の未整備状態によって特徴付けられる文化が定着してしまった国
や地域は、紛争が再燃しやすいと瀬谷氏は述べている。また、宗主国によりもたらされた
制度や資源獲得目的の大国の強い影響力が、紛争の要因として観察されることも多いとも
述べている。ルワンダの事例をひき、宗主国であったベルギーの少数派ツチ族へのてこい
れが、対立するフツ族の不平等感を増長させたと瀬谷氏は分析している。具体的には、ベ
ルギーの意思によって政府の要職にツチ族を就け、ベルギーの支配力を維持しようとした。
こうした宗主国の思惑が、貧困国市民の不平等感を増長し、その結果として大虐殺など悲
惨な結果を招いた紛争へと拡大した。
瀬谷氏の言を裏付けるような出来事は、様々な紛争地域で見られる。アフガニスタンで
は、1979 年 12 月 24 日の旧ソ連侵攻以前から、冷戦で対立していたソ連とアメリカの影響
力がアフガニスタン国内で観察された(Fuchinoue, Tsukatani, and Toderich2003)。それによって
クーデターまで発生している。キューバ革命以前のキューバはアメリカの傀儡政権たるバ
ティスタ独裁政権に支配されていた。これを打倒したのがフィデル・カストロ率いる共産
主義勢力であり、1959 年 1 月 1 日にバティスタがドミニカ共和国に逃亡するまで内戦が続
いた。これがキューバ革命である。このキューバ革命は、グアテマラなど中米諸国に飛び
火したが、米国の傀儡政権と共産主義ゲリラの対立という構図は共通し、大国の影響力が
紛争に大きく関与した。
紛争に陥りやすいか否かという問題について、これまで紛争を繰り返している国とそう
でない国とでは、その度合いも要因も異なるという視点は、重要な視点である。紛争リス
ク評価の対象国のそれまでの歴史を考慮し、評価フレームワークを使い分けるといった工
夫も正確な評価には必要という重要な視点を瀬谷氏の言は提供している。
2006 年 3 月 3 日 11:00 より、立教大学教授・伊勢崎賢治氏へのインタビューを行った。伊
勢崎教授は、主に軍事の観点から紛争リスクを評価できる要因について見解を述べた。シ
エラレオネのパラミリタリーの例をあげながら、軍隊に所属する兵士と警察に所属する警
察官の武装を比較することで、紛争リスクを測ることが可能かもしれないと伊勢崎氏は述
べた。その根拠として、治安維持をつかさどる警察官が重装備を施すということは、即ち
治安状態が良好ではないことを意味する。また、シエラレオネの場合、元軍の将軍が首相
の座につき、軍の危うさを熟知していた首相が、自分の身を守るための勢力として自分の
影響下にある警察を取り込み、警察官に銃装備させた。その後、紛争が発生したという経
緯がある。この要因は、定性的に若干の武器の知識さえあれば、紛争前後に関わらず容易
に観測できるという点が長所である。
定量的に計測できる要因の可能性として、伊勢崎氏は軍の給与について述べた。一般的
な所得(一人当り国民所得など)と比較して、兵士の給与が低い場合、紛争リスクが高く
なる可能性があるかもしれないと彼は述べた。スリランカやインドネシア、アフガニスタ
ンなど、国軍の崩壊が紛争を招いた例をあげ、武装し攻撃能力を持つ人間が軍のもとでし
っかり管理されている状態が治安の維持に対し重要であるとした。給与が安い場合、軍人
の軍に対する従属度が下がり、規律も乱れる。そうならない為にも、軍人に対して十分な
給与を支払うことが重要であると述べている。
その他にも、ある国の軍隊および軍事勢力の使用している武器がどの国で製造され、そ
れが軍備の何%を占めているかということでリスクを評価できるかもしれないと述べた。
武器の輸出には国連常任理事国の駆け引きが絡んでおり、そのパワーゲームの代理変数と
捉えることが可能かもしれないと述べた。また、DDR などで回収された武器や、地雷撤去
作業で処理された地雷の製造国別統計などから、リスクを計算できる可能性もあると述べ
た。ここでは、どの国の武器を使用している率が高いと紛争に陥りやすいかという点を明
示することは避けるが、統計的な調査によりそれが明らかになる可能性はある。
2006 年 3 月 2, 3 日にかけて、会社名と氏名は出さないという条件で複数の企業に対して
も紛争リスク評価についてインタビューを行った。開発援助に関わる問題が企業にとって
いかにシビアな問題であるかという事を、匿名でという条件は物語っているのかもしれな
い。ある商社では、特に紛争リスクを評価するフレームワークは持っていないとのことで
あった。そのような事をしなくても、紛争の危険が高まるような地域では、自然と商売の
数が減るのだという。イラクの石油や武器商人などいわいる死の商人の関わっているよう
な商売を除けば、危険な地域での商売の数は減り、そのことが最も信頼できる紛争リスク
評価になっているのかもしれないと担当者は述べた。
こうした商売という独自の観点から紛争リスクが評価できそうな要因として、
「行って来
い」貿易の全貿易量にしめる割合や特殊な技術者の所得をあげた。「行って来い」貿易とは
委託加工的な貿易の業界用語で、例えば部品はアメリカで製造し、その部品を労働賃金の
安いメキシコで組み立て製品にし、それをアメリカに輸出する形態の貿易である。この貿
易は、みかけ上、両国間の貿易量を増やす。しかし、開発途上国が持つ独自の資源やノウ
ハウを使用しないので、貿易量の増大が開発途上国の発展に繋がらない。そのような状態
で貿易量が増えたからといって自由貿易協定(FTA)を促進すると、競争力のない開発途上国
の商品や農産物が先進国のそれに駆逐されてしまうという。地元産の農産物が駆逐される
と農村での若者の仕事がなくなる。そうした若者のうち一部が過激な行動に出る場合もあ
り、それが紛争に繋がる可能性もある。貧困や貧富の差を直接測るのではなく、その要因
となっている貿易の質を評価することで、要因自体の改善が狙えるという点で、貿易の質
の評価は利点がある。
特殊な技術者の所得とは、例えば石油の採掘を行う技術者の所得である。特殊な技術者
は、高い教育水準を持つ国でしか育たない。よって開発途上国では、そうした技術者を育
成できず、外部から招聘することになる。所得の高い仕事に就けるチャンスのない地元の
不満がたまり、外国人をターゲットとしたテロや誘拐などが起きやすくなる。それがひい
ては治安を悪化させ、紛争の種にもなりうる。そこで、ある石油採掘技術者が、ある国で
作業を行う場合、いくらの金額を支払わなければならないかという金額を調査し、それを
国別で比較することでリスクの相対的な比較が可能かもしれないと担当者は述べた。技術
者の所得は国別の教育水準や教育にかける予算などが正確に測れない場合の代理変数にな
りうる要因であろう。
2006 年 3 月 2 日 10:00 より、外務省総合外交政策局国際平和協力室、首席事務官・中村
亮氏へのインタビューを行った。中村氏も被援助国が紛争にいたる要因は多種多様である
という見解のもと、コンゴ、スーダン、ルワンダ、リベリア、シエラレオネ、東ティモー
ル、アフガニスタンなど具体例をあげながらその根拠を説明した。例えばコンゴにおいて
は、宗主国であったベルギーは、西ヨーロッパ全体の面積に匹敵するコンゴ国内に十分な
道路を建設していなかった。また、電気などインフラの普及も遅れ、テレビなどの情報伝
達手段を持たない住民の国に対する一体感が成熟せず、それが紛争の一要因となった。ま
た国内東部にあるダイヤモンドなどの貴重資源の領有も一要因となった。こうした状況は、
Collier and Hoeffler (2004)のモデルで、天然資源が豊富な地域や人口が点在する地域におい
て紛争リスクが高くなるという報告結果と一致している。
そうした中で、人道援助と開発援助の時間的および手法的ギャップの問題、さらに国連
平和維持活動(PKO)とそうした援助の関係が抱えるコーディネーションの問題を中村氏は
指摘しながら、それを解決しようとする国連平和構築委員会や軍民協力などの取り組みの
一端についても触れた。
「人間の安全保障」という新しい概念の導入や、軍に大きく依存し
ない特殊な援助形態で効果を上げている日本が、こうした援助の効果をさらに上げるには、
紛争リスクの評価も重要であり必要なことだと認識しているが、具体的な評価フレームワ
ークはこれからの課題であろうと中村氏は述べた。
また紛争リスクや治安に関して、紛争が悪化している過程では、それを観察することが
容易ではあるが、一度悪化した状態が、どの程度回復してきているのかを観察することは
非常に難しいと述べた。こうした点も考慮した紛争リスク評価が重要である。
以上、本章では、アカデミックな議論、既存の紛争評価フレームワーク、関係者のイン
タビューから、紛争発生に影響を及ぼす可能性にある要因、または紛争リスクを評価でき
そうな変数についてスクリーニングを行った。その結果、一次産品の輸出に占める割合、
離散率、民族の支配率、法の支配の度合い、武装の度合い、軍人の所得、貿易構造、技術
者の所得など、これまで評価されていないユニークな要因も含めてスクリーニングするこ
とができた。
5. むすびと今後の課題
援助と紛争の関係に影響する要因として、様々な要因について考察を加えた。その結果、
一次産品の輸出に占める割合、離散率、民族の支配率、法の支配の度合い、武装の度合い、
軍人の所得、貿易構造、技術者の所得など、これまで評価されていないユニークな要因も
含めてスクリーニングすることができた。また、紛争が初めて発生する場合とそれが繰り
返し恒常化してしまっている場合では、その発生要因も発生しやすさも異なり、そうした
場合わけが重要である可能性も示唆した。
これら要因に関する被援助国のデータを収集し、紛争を未然に防ぐ、または緩和、終結
させる効果的な援助の指針を得られるようなモデルを構築することが次の具体的な課題で
ある。モデルはより単純かつ現実をよく捉えているものが望ましい。よって、要因に関し
てはデータ収集後、さらに吟味し取捨選択を行う必要がある。
今後、第 2 章の「援助と紛争の関係の研究サーベイ」、第 3 章の「効果的援助達成のため
に必要な紛争評価のフレームワークの現状」、第 4 章 3 節の「関係者インタビューの整理」
はそれぞれ個別のテーマとして、それぞれ細分化し研究報告としてまとめる。本稿の位置
づけは、広島大学連携融合事業「平和構築に向けた社会的能力の形成と国際協力のあり方
に関する調査研究」開発援助政策研究部門のイントロダクションと今後の研究についての
明確な指針である。
以前、こんなことがあった。ある学会終了後の懇親会の席で、ある研究者と初対面の挨
拶を交わした。筆者が、アフガニスタンの経済を研究している旨、相手に伝えると、武器
と売春と麻薬の専門家ですかと返答された。紛争地域を支配する経済的要因は、それほど
単純ではない。微力ながら今後も紛争地への「介入」を続け、紛争にいたる要因のスクリ
ーニングとスコーピングに全力を注ぎたい。ちなみに介入の「介」は「厄介者」の「介」
である。
謝辞
本論分は以下の方々のご援助の賜物である。名を記して謝意を表する。以下氏名のみ(敬
称略)。
中村亮、伊勢崎賢治、上杉勇司、山根達郎、瀬谷ルミ子、熊崎詩織、中山敬太、中川真子、
助元智恵
References
Blanton, S.L. (2000) “Promoting human rights and democracy in the developing world: US rhetoric
versus US arms exports,” American Journal of Political Science 44 (1), pp123-131.
Bulte E.H., Damania, R., and Deacon, R.T. (2005) “Resource intensity, institutions, and
development,” World Development 33 (7), pp.1029-1044.
Collier, P., Hoeffler, A., and Sambanis, N. (2005a) “The Collier-Hoeffler Model of Civil War Onset
and the Case Study Project Research Design,” Understanding Civil War, The World Bank,
pp.1-33.
Collier, P. and Hoeffler, A. (2005b) “Resource rents, governance, and conflict,” Journal of Conflict
Resolution 49 (4), pp.625-633.
Collier, P. and Hoeffler, A. (2004) “Greed and grievance in civil war,” Oxford Economic Papers –
New Series 56 (4), pp.563-595.
Collier, P. and Hoeffler, A. (2002) “On the incidence of civil war in Africa,” Journal of Conflict
Resolution 46 (1), pp.13-28.
Collier, P., Elliott, V.L., Hegre, H., Hoeffler, A., Reynal-Querol, M., and Sambanis, N. (2003)
Breaking the Conflict Trap: Civil War and Development Policy, The World Bank and Oxford
University Press, pp.221.
Collier, P. and Hoeffler, A. (2002) “Aid, policy, and peace: Reducing the risks of civil conflict”
Defense and Peace Economics 13 (6), pp.435-450.
Collier, P. and Hoeffler, A. (1998) “On economic causes of civil war” Oxford Economic Papers-New
Series 50 (4), pp.563-573.
Collier, P. and Dollar, D. (2002) “Aid allocation and poverty reduction,” European Economic Review
46, pp.1475-1500.
Davis, G.A. and Tilton, J.E. (2005) “The resource curse,” Natural Resource Forum 29 (3),
pp.233-242.
Elbadawi, I. and Sambains, N. (2002) “How much war will we see?
Explaining the prevalence of
civil war,” Journal of Conflict Resolution 46 (3), pp.307-334.
Esteban, J.M. and Ray, D. (1999) “Conflict and distribution,” Journal of Economic Theory 87,
pp.379-415.
Fuchinoue, H., Tsukatani, T., and Toderich, K., (2003) “Riparian state cooperation for irrigation of
the left bank of Amu Darya River”, Advanced Research Workshop, NATO Scientific Affairs
Division, pp3-19.
Ghobarach, H.A., Huth, P., and Russett, B. (2003) “Civil wars kill and maim people – Long after the
shooting stops,” American Political Science Review 97 (2), pp.189-202.
Goodhand, J., Vaux, T., and Walker, R. (2002) “CONDUCTING CONFLICT ASSESSMENTS:
GUIDANCE NOTES,” DFID, pp.52,
(http://www.dfid.gov.uk/pubs/files/ conflictassessmentguidance.pdf)
Green, D.P., Kim, S.Y., and Yoon, D.H. (2001) “Dirty pool,” International Organization 55 (2),
pp.441.
Guha-Sapir, D. and Van Panhuis, W.G. (2004) “Conflict-related mortality: An analysis of 37
datasets,” Disasters 28 (4), pp.418-428.
Hsieh, C.T. (2000) “Bargaining over reform,” European Economic Review 44 (9), pp.1659-1676.
McGinnis, M.D. (2000) “Policy substitutability in complex humanitarian emergencies –A model of
individual choice and international response,” Journal of Conflict Resolution 44 (1), pp.62-89.
Murdoch, J.C. and Sandler, T. (2004) “Civil wars and economic growth: Spatial Dispersion,”
American Journal of Political Science 48 (1), pp.138-151.
Murdoch, J.C. and Sandler, T. (2002) “Economic growth, civil wars, and spatial spillovers,” Journal
of Conflict Resolution 46 (1), pp.91-110.
Reynal-Querol, M. (2000) ‘Religious conflict and growth: theory and evidence,” Ph.D. thesis,
London School of Economics and Political Science.
Ross, M.L. (2004) “What do we know about natural resources and civil war?” Journal of Peace
Research 41 (3), pp.337-356
Samarasinghe, S., Donaldson, B., and McGinn, C. (2001) “Conflict Vurnability Analysis: Issues,
Tools & Responses,” Africa Bureau’s Office of Sustainable Development, Crisis Mitigation and
Response, pp. 39, (http://www.carleton.ca/cifp/docs/CVA.pdf).
Stremlau, J. (2000) “Ending Africa’s war,” Foreign Affairs 79 (4), pp.117.
USAID (2005) “CONDUCTING A CONFLICT ASSESSMENT: A Framework for Strategy and
Program
Development,”
Office
of
Conflict
Management
and
Mitigation,
pp.43,
(http://www.usaid.gov/our_work/.../docs/CMM_ConflAssessFrmwrk_May_05.pdf)
World Bank (2002) Report on the World Bank Group Task Force on Low Income Countries Under
Stress, The World Bank.
WB CPR (2005) “Conflict Analysis Framework”
(http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/TOPICS/EXTSOCIALDEVELOPMENT/EXT
CPR/0,,contentMDK:20486708~menuPK:1260893~pagePK:148956~piPK:216618~theSitePK:40
7740,00.html)
稲田十一 (2004)『紛争と復興支援
平和構築に向けた国際社会の対応』、有斐閣、pp.303.