要 旨 膜に埋め込まれた膜輸送体タンパク質は、細胞内外のイオン、糖、代謝産物、 異物(薬物など)の輸送を的確に行うことで、細胞内環境を維持している。ヒト の遺伝子の 30%以上が膜蛋白質をコードしており、創薬ターゲットの 50%以上が 膜蛋白質であることから、膜蛋白質研究は生命原理の探求のみならず、医薬学へ の応用にも極めて重要である。我々は、一貫して高等真核細胞の脳神経、循環器、 腎臓、消化器などの細胞機能に重要な膜輸送体(およびその原核生物ホモログ) に焦点を当てて、これらの輸送体の基質識別機構、輸送駆動機構、輸送制御機構 を解明し、国際的に先駆的な成果を挙げてきた。薬剤輸送に働く MATE は H+や Na+の濃度勾配を利用して細胞にとって異物となる多様な物質を細胞外に排出す る。このような多剤排出輸送体は、抗生物質の効かない病原菌や抗がん剤の効か ない癌細胞出現の主因となっており、近代医療への脅威となっている。我々は、 H+駆動型 MATE と薬剤基質および環状ペプチド阻害剤との複合体の結晶構造を 高分解能で決定することに成功した(Nature, 2013)。MATE は外向き開口構造を 取っており、外縁に存在するアスパラギン酸残基がプロトン化することで、第一 膜貫通ヘリックスが折れ曲がり、これにより薬剤結合ポケットが塞がれることで、 薬剤が細胞外に放出される、という新規の輸送メカニズムを発見した。さらに特 異的環状ペプチドが、薬剤ポケットを占拠することで MATE の輸送活性を阻害し ていることを発見し、阻害剤開発が不可能であ った MATE に対するペプチド創薬の道を開いた (Nature, 2013)。また、コレラ菌の MATE の結 晶構造を明らかにするとともに、電子スピン共 鳴を用いてダイナミクス解析を行なった結果、 MATE は細胞外開構造を主に取ることが示唆さ れた。さらに、植物の MATE の結晶構造を明ら かにした結果、MATE は大きく 2 つのクレード に分類され、お互いに対称的な構造変化をする コレラ菌由来 MATE の結晶構造 ことで薬剤輸送に働くことを見いだした。さらに我々は、過剰なアミノ酸の排出 に働く新規 DMT スーパーファミリー膜輸送体、YddG がトレオニンやメチオニ ンの排出に働くことを見いだし、その外向き開口構造を 2.3Å分解能で決定した。 YddG は 10 回の膜貫通ヘリックスが、2 回偽対称を持ちつつ、1 本 1 本交互に配 置する極めて特異な新規構造をしており、膜貫通ヘリックスが屈曲することで、 イソギンチャクのように、外向き開口構造と内向き開口構造が入れ替わる新たな 輸送機構を発見した(Nature, 2016)。また同じ DMT 輸送体である、葉緑体のリ ン酸/トリオースリン酸交換輸送体の結晶構造をリン酸が結合した閉構造の状 態で 2.15Å分解能で決定し、基質認識機構および輸送機構を解明した。以上の知 見を統括し、特にトランスポーターにおいては、膜貫通へリックスがヘリックス 中のプロリンやグリシンにおいて屈曲することで、外向き開口状態、閉状態、内 向き開口状態に構造変化して輸送を行うこと、膜貫通へリックスの屈曲は極性電 荷アミノ酸残基による基質やカウンターイオンの結合により惹起されること、が 共通原理であることを発見した。 文献 1. Tsuchiya H, Doki S, Takemoto M, Ikuta T, Higuchi T, Fukui K, Usuda Y, Tabuchi E, Nagatoishi S, Tsumoto K, Nishizawa T, Ito K, Dohmae N, Ishitani R, Nureki O. Nature in press (2016) DOI 10.1038/nature17991. 2. Tanaka Y, Hipolito CJ, Maturana AD, Ito K, Kuroda T, Higuchi T, Katoh T, Kato HE, Hattori M, Kumazaki K, Tsukazaki T, Ishitani R, Suga H, Nureki O. Structural basis for the drug extrusion mechanism by a MATE multidrug transporter. Nature. 2013, 496: 247-51.
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