高大接続改革シンポジウム分科会 教科レポート 理科 はじめに 文部科学省は、2016年2月17日に「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」(以下,「学力評価テスト」)の マークシート式問題イメージ例を公表した。 同時に,問題イメージ例の検討のベースとして「評価すべき具体的な能力」が示されているが,本シンポジウ ムではこの「評価すべき具体的な能力」が新しく入試で求められる理科の「思考力・判断力・表現力」であると考 え,これを用いて分析している。 【図】 「評価すべき具体的な能力」 大学入学希望者学力評価テスト(仮称) マークシート式問題イメージ例より 物理の問題イメージ例<例1><例2>は探究活動を想定した問題であり,カラー写真の使用,検討の過程を グラフに描いて判断,答の数値や関係式について数字や記号を直接マークさせる,地学の内容を含むなど,これ までの大学入試センター試験(以下,「センター試験」)物理の問題との相違が多く見られた。全体的な見解と しては,それほど多くの物理の知識を必要としないが,現在の多くの受験生は観察・実験を取り入れた探究活動 の経験が少なく,このようなタイプの問題を解く機会も少ないため,正答率は高くないことが予想される。「知 識・技能」や「分析的な思考力」よりも,「統合的な思考力や表現力」を評価するための問題であり,マーク シート式という制約のもとでは,工夫がなされた問題であるといえるのではないか。 参考:【文部科学省】高大接続システム改革会議(第11回)配付資料 資料3-2 P.2~23 (http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/033/shiryo/1367231.htm) 1 ©Kawaijuku Educational Institution. 物 理 Ⅰ. 既存入試にみる「思考力・判断力・表現力」を測る問題とは これまでの物理の入試問題では,法則をいかに理解しているか,またはその法則を運用できるかが問われてき た。一つの法則の運用力を問う問題もあれば,複合的な事象に対し,いくつかの法則を正しく組み合わせて運用 する力を問う問題もある。しかし,これらの問題を解くために必要な「思考力・判断力」の多くは,与えられた 問題を分析的に思考・判断する「分析的な思考力」であり,複数の要素を統合的に思考する「統合的な思考力」 はあまり測られることのなかった力だと思われる。 今回提示された物理の問題イメージ例は観察・実験や日常生活を題材にしているが,現行課程のセンター試験 「物理」「物理基礎」では,そのような問題はほとんど出題されておらず,探究活動を想定して提示された「評 価すべき具体的な能力」ア~キの力を測っていると思われる問題もほとんどなかった。日常生活を題材に具体的 な資料やデータを用いて複数の要素を統合的に思考する点においては,旧課程のセンター試験「理科総合A」で 出題されていた問題と似た部分があるといえる。 次に,「評価すべき具体的な能力」は含まれていないが,過去の物理のセンター試験で,知識・技能の確認だ けではない「思考力」を要すると思われる問題を提示する。 サンプル問題 No.1 テーマ:手回し発電機 出典:2009年度 大学入試センター試験(本試)物理Ⅰ 第1問 問2 問題概要・コメント 手回し発電機を題材としてハンドルの手ごたえを考察する問題である。エネルギーに着目することがポイ ントとなる。 「同じ速さでハンドルを回転させた→同じ起電力が発生→抵抗が小さい方が消費電力が大きい→供給電力 が大きい→加える力(手ごたえ)が大きい」というように,正しい論理を正しい順に積み上げなくてはなら ない。 2 ©Kawaijuku Educational Institution. Ⅱ.大学入学希望者学力評価テスト(仮称) 教科・科目型問題 1.大学入学希望者学力評価テスト(仮称)にみる思考力とは 「評価すべき具体的な能力」で挙げられている力は,「データについて,それらの間の関係や傾向を見いだす 力」や「仮説を立てる力」など,これまでの物理の問題ではあまり扱われることのなかった力であった。これを 踏まえ,提示された問題イメージ例をみる限り,今後「学力評価テスト」では,探究活動を題材にしたり,資料 やデータ・写真などが与えられ,実在的な状況を題材とした問題が出題されることになると思われる。すべての 問題がこのようになるとは考えづらいが,これは物理においては大きな変化といえるだろう。 下に,「学力評価テスト」で出題されるであろう探究活動を題材とした問題例を提示する。 2.指導上の留意点 探究活動を題材とした問題に対応するためには,実際に探究活動を行うことや,アクティブラーニングを取り 入れて,観察・実験をグループで議論する方法を検討するとよいだろう。また,実験を題材にした問題に慣れる ために,旧課程のセンター試験「理科総合A」や旧旧課程の「物理ⅠA」の問題を演習用として利用するのもよ いだろう。 ただし,「学力評価テスト」のすべての問題が探究活動を題材にしたものになるとは考えにくいため,「知 識・技能」の習得や「分析的な思考力」を身につけるための従来型の指導と「統合的な思考力や表現力」を身に つけるための指導をバランスよく組み合わせる工夫が必要である。 サンプル問題 No.2 テーマ:電球および蛍光灯の消費電力と使用における費用についての考察 出典:2008年度 大学入試センター試験(本試)理科総合A 第3問を改題 問題概要・コメント 白熱電球と電球形蛍光灯の消費電力と,その使用における費用を考察する問題である。 消費電力という物理の知識をベースに,電気料金に購入費用を含む実際にかかる費用について考えさえ, 「統合的な思考力」や「表現力」を測ることを念頭に作成した。その際,グラフを利用する設問や,全体を 振り返るような設問を入れることで、ア~キの力を全て測れるように工夫した。 3 ©Kawaijuku Educational Institution. 4 ©Kawaijuku Educational Institution. 化 学 Ⅰ.既存入試にみる「思考力・判断力・表現力」を測る問題とは センター試験化学は,教科書本文に記載されている重要事項に関する知識と法則・公式に関する基本的な理解 を確認する小問集合形式の出題で,いわば各学習範囲の「知識・技能」の習得の程度が主として評価されてきた。 しかしその一方で,問題内容を正確に読み取り,知識や法則・公式を与えられた条件に沿って適切に当てはめる ことが必要な「分析的な思考力」を評価する問題も毎年出題されている。また,グラフから条件を読み取ったり, 得られる結果に対応するグラフを選択する問題が頻出であることもセンター試験化学の特徴だろう。それに加え て近年では,教科書の「探究活動」の記載内容などを題材とする実験問題が積極的に出題されており,実験活動 における観察力と考察力を評価する意図が見受けられる。この点は2016年度センター試験を見る限り,「化学」 のみならず「化学基礎」においても同様の傾向にある。 これまでのセンター試験の中から「思考力」を要する問題をいくつか抽出し,「学力評価テスト」の物理の問 題イメージ例で提示された「評価すべき具体的な能力」ア~キに照合すると,ア,イに該当する問題が多かった。 比較的多くの力を含んでいると思われる出題例を下に提示する。 国公立大二次・私立大の記述式入試問題では,日常生活,環境問題,実験などを題材として,教科書本文に は記載がなく,受験生にとっては目新しい内容の問題が,難関大を中心に出題されることがある。このような問 題では,問題内容を把握する観察力・読解力と,学習した知識を組み合わせて活用する「統合的な思考力」が評 価される。また,計算過程の記述や論述,作図などを通じて,思考のプロセスや得られた結果を論理的・客観的 に説明する科学的な表現力を評価する問題も少なくない。 サンプル問題 No.1 テーマ:局部電池 出典:2015年度 大学入試センター試験(本試)化学 第3問 問6 問題概要・コメント 銅線または亜鉛版を巻きつけた鉄くぎを用いた局部電池の実験の観察結果を考察する問題である。 bでは,シャーレAの実験結果から金属のイオン化傾向と局部電池の構成の関係について一般化し, シャーレBの実験に当てはめる力が問われる。 5 ©Kawaijuku Educational Institution. Ⅱ.大学入学希望者学力評価テスト(仮称) 教科・科目型問題 1.大学入学希望者学力評価テスト(仮称)にみる思考力とは これまでも評価してきた「分析的な思考力」に加えて,複数の情報から解答を導くために必要なものを適切に 判断し,抽出した情報を組み合わせ,定量的な計算も交えて新たに傾向や法則を見いだす「統合的な思考力」も 評価されるものと考えられる。 問題形式については,相互に関連した複数の問いを含む大問形式になる可能性が高いだろう。また内容面では, 日常生活・環境問題・化学史などを題材にした問題や探究活動の場を想定した実験考察,グラフ問題などが考え られ,さらに,分野や科目・教科を超えた総合問題が扱われる可能性もある。また解答に直接必要のないデータ を含めたり,データを表やグラフなどで与えるなど,複数のデータから必要なデータを適切に読み取り抽出する 力が問われることも考えられる。物理の問題イメージ例と同様,数値そのものをマークする形式が導入される可 能性も高いだろう。 物理の問題イメージ例で提示された「評価すべき具体的な能力」における仮説とは,問題で与えられた情報を 統合・構造化して判断することによって導かれる科学的な法則性や傾向に関する仮定を指すものと思われる。こ のような仮説を設定したり確認する力は,次のような方法で評価されると考えられる。 ・複数の要素や段階にまたがる判断を要する問題とすることで,情報を統合したり構造化する力を評価する。 ・成り立つ法則や関係式そのものを与えるのではなく,それを示唆する前段階のヒントにとどめる。 ・物質の構造・性質・反応などの原因や考察結果に関する正しい記述を,複数の選択肢から選ばせる。 これにより,化学の正誤問題も,与えられた状況やデータに関する複数の選択肢から,妥当な記述を選択する 問題が増えると予想される。正解が複数ある「連動型複数選択問題」の出題もありえるだろう。 また,物理の問題イメージ例にあるようなグラフを作成することで得られる数値を解答する問題や,これまで も出題されている複数の選択肢から適切なグラフを選ぶ問題,グラフの概形とグラフ中のいくつかの点の数値を 解答する組合せ問題なども考えられる。全体を振り返って推論したり改善策を考えたりする力についても,連動 型複数選択問題での出題や,問題本文の記述内容や関係式に関して修正すべき点を選択する問題などが考えられ るだろう。 上記を踏まえて作成した問題例を提示しておく。 2.指導上の留意点 現行のセンター試験を踏襲した問題に加わるかたちで新傾向の問題が出題されるものと思われるため,化学の 基礎的な知識や技能の習得は軽視すべきではない。ただし,単なる知識の詰め込みに陥ることなく,化学の法則 の要点を理解させ,知識を相互に関連付けて整理する学習態度を培うことが重要と思われる。また,国公立大二 次・私立大入試対策も兼ねて,比較的長文の問題,表やグラフから必要な情報・データを抽出して解答を求める 問題,論述問題やグラフを作図する問題に意識的に取り組ませる必要があるだろう。生徒が興味を持って主体的 に化学に取り組むことがより期待されるため,実験や探究活動の充実,アクティブラーニング的な手法を用いて 問題を解くこと,様々な媒体を利用した「調べ学習」などを導入することも有効と思われる。 サンプル問題 No.2 テーマ:電解質溶液の電気伝導性 出典:河合塾作成 問題概要・コメント 電解質溶液の電気伝導性に関する探究活動を想定した対話形式の問題である。二人の生徒の対話に沿って, 実験結果や表,グラフを用いて弱酸(ギ酸)の電離定数と強電解質(塩酸)の極限モル伝導率を求める。ま た,イオンの種類による電気伝導性の違いについて推論する。 教科書では深く扱われない電解質溶液の電気伝導性に関して,問題文やグラフ,表の内容を的確に読み 取って,それに基づいて判断し,グラフの作図もまじえて結論を導く必要がある。 6 ©Kawaijuku Educational Institution. 7 ©Kawaijuku Educational Institution. 生 物 Ⅰ. 既存入試にみる「思考力・判断力・表現力」を測る問題とは 生物は「知っているか否か」で出来・不出来が決まる問題が多く出題される科目ではあるが,その一方で, 生物学的な知識・技能をもとに,与えられた条件や実験結果などのデータを分析することを要求する「考察問 題」も数多く出題されている。さらに,国公立大二次・難関私立大入試の多くでは論述問題が出題され,思考 したことを文章によって表現する「表現力」も問われており,既存入試でもかなり「思考力・判断力・表現 力」が問われる科目とも言えるだろう。ただし,ほとんどは,はじめに実験が提示され,その実験に対して分 析・考察する形式となっているため,問われている能力はおもに,与えられた事象について分析的に考える 「分析的な思考力」であり,いくつかの要素を同時に思考・表現する「統合的な思考力」が問われる問題は多 くはなかった。 センター試験でも考察問題がかなりの頻度で出題されてきたが,知識・技能を活用しながらデータをもとに 考えられることを選択肢から選ぶ形式が多く,与えられた状況の中で考える「分析的な思考力」を問う問題が 中心であった。ただし少数ではあるが,仮説を立ててこれを検証する方法を考える「統合的な思考力」を問う 問題も過去に出題されている。下に問題例を提示する。 国公立大二次・私立大入試でも,知識・技能を問う問題を除くと「分析的な思考力」を問う問題の出題が中 心となるが,たとえば「仮説を立案」し,「仮説検証のための実験案を立案する」問題や,「与えられたデー タを分析」した上で,これを「まとめてグラフに表現する」ことを要求する問題など,「統合的な思考力」を 問うことを試みていると思われる問題も,いくつかの大学で出題されている。また上述の通り,論述問題を出 題する大学では「表現力」がかなり問われてきたと言えるだろう。 サンプル問題 No.1 テーマ:発生 出典:2003年度 大学入試センター試験(追試)生物ⅠB 第3問 問題概要・コメント ウニの原腸形成において,原腸が伸びるしくみに関する実験考察問題である。 問3と問4は,「仮説の立案・検証」と「実験の改善策」を考える,「統合的な思考力」を問う方向性が みられる問題である。従来のセンター試験でも,多くはないがこのようなタイプの問題が出題されている。 8 ©Kawaijuku Educational Institution. Ⅱ. 大学入学希望者学力評価テスト(仮称) 教科・科目型問題 1.大学入学希望者学力評価テスト(仮称)にみる思考力とは 生物では既存の入試問題においても「思考力・判断力・表現力」を評価する問題が出題されており,「学力 評価テスト」においても,同様の方向性の問題がかなり出題されると予想する。 その上で,物理の問題イメージ例などをヒントに考えると,以下のような方向性が考えられる。 ①「統合的な思考力」を問う問題を出題する 客観式という制約の中ではあるが,いくつかの要素を併せて考えたり,データを分析してそれを表現したり するなどの「統合的な思考力」が求められる問題が「学力評価テスト」でも出題される可能性が考えられる。 ただし,このような形式の問題は難度が高くなることから,この形式の問題のみで「学力評価テスト」が構成 されるとは考えにくい。 ②より正確に思考力を「評価」できる出題形式とする 物理の問題イメージ例のような,解答が数字の場合に各桁の数字を解答する形式にしたり,選択肢に関して 正答数を指定しない形式にしたり,あるいは単純に選択肢を増やしたりするなどの変更が行われる可能性があ る。 下に,上記を踏まえ作成した問題例を提示しておく。 2.指導上の留意点 「統合的な思考力や表現力」を問う方向性が重視される場合,今までにも増して生徒の主体的,能動的な学 習態度が重要となる。たとえば,教科書に記載されている実験や探究活動を通して,得られた結果やそこから 考察できることをグループごとに議論し,その内容を発表するなどの活動は「統合的な思考力や表現力」を身 につけることにつながるだろう。 しかしながら,「知識・技能」や「分析的な思考力」を問う問題も今後も出題されることはほぼ間違いない ため,知識をインプットして考察問題を解く従来型の指導と,「統合的な思考力や表現力」を身につけるため の指導をいかにバランスよく組み合わせていくかが,今後の課題となるだろう。 9 ©Kawaijuku Educational Institution. サンプル問題 No.2 テーマ:DNAの複製・細胞分裂 出典:河合塾作成 問題概要・コメント 細胞の増殖について考察し,増殖速度についてグラフを描いて考察する問題である。 実験案を考えることで「統合的な思考力」を測るとともに,データを基にグラフを作成し,それを基に 考えることで「表現力」を測ることをめざした問題である。 10 ©Kawaijuku Educational Institution.
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