第 10章 現代社会における社会保障の現状と課題

第
1
社会保障制度を取り巻く環境として、
まず高齢化の現状について考察する。
2
高齢化とともに少子化の進展が
高齢化の速度を速めているために、
少子化の現状とその背景について探る。
3
また、就業構造の変化と多様化が、
社会保障に及ぼす影響について考察する。
4
さらに、国際化の進展など急変する生活基盤を概観し、
現実的な対応策をみていく。
5
そして、社会保障給付費などの将来推計や
国民負担率の実態を踏まえて、
わが国がおかれている現状を探っていきたい。
6
最後に、「社会保障」の総まとめとして、
社会保障の将来像を模索し、
臨床や生活にどのように活かしていくかについて考える。
章 現代社会における
社会保障の現状と課題
10
1. 高齢化の現状
世界人口が急速に増加したのは最近の現象である。およそ 2,000 年前に
は、世界の人口は 3 億人程度であり、人口が倍増して 6 億人になるまでに
は 1,600 年かかったといわれる。世界人口の急増は 1950 年に始まったが、
開発途上国で死亡率が低下するのに伴い、2000 年には、1950 年の人口の
約 2.5 倍にあたる推計 61 億人に達し、2011 年には 70 億人を突破したので
ある。その一方では、人口の高齢化が世界的な傾向となっている。2000
年には 26.4 歳だった世界の平均年齢は、2050 年には 10 歳以上高まること
が予想され、わが国も 2011 年の平均年齢 44.9 歳から 2050 年には 54.3 歳
へ上昇することが予測されている。いずれにしても、人口の高齢化の進行
は先進国に共通している現状であり、ここから派生する高齢化に関わる諸
問題は、とりわけ先進国において避けて通ることのできない問題となって
いる。
ところで、このような人口の高齢化が進む社会の姿は、
「高齢化社会」
高齢化社会
aging society
1956 年 の 国 連 の 報 告 書
において、当時の欧米先
進国の水準を基にしつ
つ、 仮 に、7 % 以 上 を
「高齢化した(aged)」
人口と呼んでいたことに
由来するのではないかと
されているが、必ずしも
定かではない。
「高齢社会」などと表現されている。
「高齢化社会」とは、65 歳以上の高
高齢社会
aged society
一国レベルでみても社会保障と同時に、経済・環境・社会制度というよう
超高齢社会
に非常に幅広い分野に大きな影響を及ぼすことになる。
齢者の全人口に占める比率(高齢化率)が 7%を超えた社会をいい、
「高
齢社会」とは、14%を超えた社会と一般的に理解されている。最近は、そ
の比率が 21%を超えた社会について「超高齢社会」という表現まで登場
している。
近年のわが国の高齢化率は 21%を超え、その意味では、「高齢化社会」
から「高齢社会」へ、さらに「超高齢社会」へと突入した。このことは、
2013 年 10 月 1 日現在におけるわが国の総人口は、約 1 億 2,730 万人と
なっており、前年比 22 万人の減少をみた。このうち、65 歳以上の高齢者
人口は 3,190 万人、高齢化率は 25.1%となっている(表 10─1)
。わが国の
高齢化率は 1970(昭和 45)年に 7%を超え、さらに 1994(平成 6)年に
は 14%そして 2007(平成 19)年には 21%を突破している。
「高齢化社
倍化年数
高齢化進行の速度を測る
指標として用いられる。
会」から「高齢社会」へ移行する年数(倍化年数)は 24 年であり、スウ
ェーデンの 85 年、フランスの 115 年と比較すると極めて短期間に高齢化
が進展したことがわかる。これは平均寿命の伸びと少子化の進展によるも
のとされる。
210
今後も、高齢者人口は増加し、高齢化率も 2015(平成 27)年に 26.0
10
上の高齢者という本格的な超高齢社会の到来が見込まれている。高齢者人
口のうち、前期高齢者(65 〜 74 歳)人口は 2015 年をピークにその後は
前期高齢者
減少に転じる一方、後期高齢者(75 歳以上)人口は増加を続け、2020(平
後期高齢者
成 32)年には前期高齢者人口を上回るものと予測されており、高齢者数
が増加する中で後期高齢者の占める割合は、一層大きなものになるとみら
れる。このように高齢者人口の中でも高齢化が進むことは、要介護高齢者
の増大をも意味する。
とはいえ、現在 60 歳の定年を迎えている「団塊の世代」が後期高齢者
に移行するまでの今後十数年の間は、前期高齢者などの相対的に元気な層
とって長い高齢期をいかに過ごすかという課題をもたらしてもいる。
表 10─1 わが国における人口構成
単位:万人(人口),%(構成比)
平成 25 年 10 月 1 日
総数
総人口
高齢者人口(65 歳以上)
65 〜 74 歳人口
人口
(万人) 75 歳以上人口
生産年齢人口(15 〜 64 歳)
年少人口(0 〜 14 歳)
総人口
高齢者人口(高齢化率)
65 〜 74 歳人口
構成比
75 歳以上人口
生産年齢人口
年少人口
女
総数
6,191
(性比)
94.7
6,539
12,752
1,370
(性比)
75.3
1,630
772
(性比)
90.0
1,560
598
(性比)
62.2
1,820
3,079
7,901
3,981
(性比)
101.6
1,639
840
(性比)
105.0
3,920
100.0
100.0
25.1
12.8
12.3
22.1
12.5
9.7
62.1
12.9
64.3
13.6
12,730
男
平成 24 年 10 月 1 日
3,190
男
女
6,203
(性比)
94.7
6,549
1,318
(性比)
74.8
1,560
738
(性比)
89.7
1,519
580
(性比)
61.8
1,762
8,018
4,038
(性比)
101.5
1,655
847
(性比)
105.0
3,980
100.0
100.0
100.0
100.0
27.8
13.1
14.7
24.1
12.2
11.9
21.2
11.9
9.4
26.9
12.6
14.3
59.9
12.2
62.9
13.0
65.1
13.7
60.8
12.3
858
962
800
団塊の世代
第 2 次世界大戦直後の
1947( 昭 和 22) 年 か ら
1949( 昭 和 24) 年 に か
けて、日本で生まれたの
が第 1 次ベビーブーム世
代である。作家の堺屋太
一 が 1976( 昭 和 51) 年
に発表した小説『団塊の
世代』で使った言葉であ
る。団塊世代ともいわれ
る。
823
939
807
資料:総務省「人口推計」(各年 10 月 1 日現在)
(注)
「性比」は、女性人口 100 人に対する男性人口
出典)内閣府『平成 26 年度版高齢社会白書』
(http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2014/zenbun/26pdf_index.html)
211
1
・高齢化の現状
も増大していくことが見込まれる。このように、高齢化の進行は、個人に
第 章 ●現代社会における社会保障の現状と課題
%、2050(平成 62)年には 35.7%に達し、国民の約 3 人に 1 人が 65 歳以
2. 少子化の現状
合計特殊出生率
女性 1 人当たり生涯に何
人の子どもを産むかを示
す値。
近年、わが国においては少子化が急速に進展している。わが国の合計特
殊出生率は、第 2 次世界大戦終戦直後は 4 を超える時期もあったが、2009
(平成 21)年には 1.37 となり、人口を維持するのに必要な水準(つまり
人口置換水準)である 2.07 〜 2.09 を大幅に下回る状態が続いている。
表 10─2 先進諸国における合計特殊出生率の現状
日本
アメリカ
フランス
ドイツ
イタリア
スウェーデン
イギリス
1.43
1.88
2.00
1.38
1.42
1.92
1.92
(2013 年)(2012 年)(2012 年)(2012 年)(2012 年) (2012 年) (2012 年)
出典)内閣府『平成 26 年版少子化社会対策白書』より作成。
(http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2014/26pdfhonpen/pdf/
s1-5.pdf)
このような出生率の低下は先進諸国共通の現象である(表 10 ─ 2 を参照)
が、近年急速に経済成長を遂げたアジア NIES 諸国・地域(シンガポー
ル、韓国、台湾、香港など)についても、西欧先進諸国や日本を上回る少
子化が進行している。たとえば、2012 年の合計特殊出生率は、シンガポ
ールが 1.29、韓国が 1.30、台湾が 1.27 となっており、いずれの国々も日
本の水準を下回っている。
ところで、出生率低下の要因はさまざま挙げられるが、以下の 2 つに大
別される。
第 1 に、晩婚者・非婚者の増加により、出生行動の主体となる夫婦が減
少する、いわゆる「結婚要因」である。
第 2 に、結婚した夫婦が一生の間に産む子どもの数が減少する、いわゆ
る「出生力要因」である。
わが国の場合、1980(昭和 55)年〜 1990(平成 2)年にかけての出生
率変化は、結婚要因が 9 割弱、出生力要因が約 1 割となっていたが、1990
年〜 2000(平成 12)年にかけては、6 割が出生力要因、4 割が結婚要因と
逆転している。その背景には、性別役割分業を前提とした職場優先の企業
風土、核家族化や都市化の進行などによって、仕事と子育ての両立の負担
感が増大していることや、子育てそのものの負担感も増大していることが
あると考えられている。
212
第 章 ●現代社会における社会保障の現状と課題
3. 就業構造の変化
10
A. 就業構造・形態の多様化
経済状況の変化に的確に対応しなければならない点として、雇用・就業
分野で生じている変化への対応も忘れてはならない。つまり「就業形態の
多様化」である。この「就業形態の多様化」とは、正規雇用以外のさまざ
まな就業形態の拡大を指している。
時間が短いパートタイム労働者やアルバイト、また、派遣元との雇用関係
のもとに派遣先の使用者の指揮命令を受けて働く派遣労働者、契約社員・
嘱託、自営業や家族従業者などさまざまな就業形態が含まれている。
B. 多様化の現状とその対応
総務省統計局「労働力調査」
(2013〔平成 25〕年平均〔役員を除く〕
)
によると、雇用者(5,201 万人)のうち正規雇用が約 63%、パートやアル
バイトなどを含む非正規雇用は約 37%となっており、近年、正規雇用者
の割合は一貫して低下している。男女別にみると女性では非正規雇用が約
派遣労働者
「労働者派遣法」に基づ
く派遣元事業所から派遣
された者のことをいう。
契約社員
特定職種に従事し、専門
的能力の発揮を目的とし
て雇用期間を定めて契約
する者。
嘱託(社員)
定年退職者等を一定期間
再雇用する目的で契約し
雇用される者。
68%を占めている。
社会保障においては、今後とも雇用面の厳しい情勢が続く中で、雇用の
安定が人びとの生活保障として社会にとって極めて重要であるとの認識を
踏まえつつ、当面の依然として高い失業率への対応を行うとともに、パー
ト・派遣など非正規雇用の増大や雇用・就業形態の変化への対応、情報革
命など産業・就業構造の変化への対応など、雇用面の課題に取り組んでい
くことが必要である。
また、多様化への対応は就業条件の整備などの雇用対策によって対応が
図られるところではあるが、年金制度や医療保険・雇用保険制度など社会
保障の面でも必要な対応策を講じることが重要になっている。なお、この
ような雇用と社会保障の両面での検討を行う際、年金・医療保険制度や税
制における被扶養配偶者の問題(第 3 章 3. A.[2]
、同章のコラム、ジェネ
リックポイント参照)の解決は、社会全体にとって重要問題であるという
認識が必要である。
213
3
・就業構造の変化
正規雇用以外の就業形態には、フルタイム労働者よりも就業日数や就業
正規雇用
特定の企業と継続的な雇
用関係をもち、雇用先の
企業においてフルタイム
で働くこと。
C. ワーク・ライフ・バランスと男女共同参画社会の推進
[1]ワーク・ライフ・バランス
ワーク・ライフ・バランスとは、仕事と生活の調和のことで、1980 年代の
終わりごろにアメリカ、イギリスで生まれた考え方である。当初は仕事と育
児との両立支援が中心だったが、男女や子どもの有無にかかわらず、誰もが
働きやすい仕組みに拡大され、人材確保戦略の一端を担うようになった。
わが国においては、ワーク・ライフ・バランスの考え方の浸透を図るた
めに厚生労働省は企業経営者、経営者団体、有識者の参集を求め、
「男性
が育児参加できるワーク・ライフ・バランス推進協議会」を開催し、2006
(平成 18)年 10 月に提言をとりまとめた。この提言は、男性も育児参加
できる働き方の必要性やそのメリット、そのような働き方を可能とする取
り組みなどについて、企業経営の視点から経営者の取り組みを呼びかける
ものであり、男性が育児参加しやすい職場環境として、すべての労働者の
ワーク・ライフ・バランスの実現を提唱した。
そのためにも、企業における次世代育成支援に向けた行動計画の策定な
どによる取り組みが求められるとともに、働き方の見直しに向けて企業や
国民の考え方を変えていくことが肝要となる。また、地域における子育て
支援については、NPO や企業、地域住民など、民間の活力を活用して、
子どもの見守りや子どもをもつ親同士の交流など、それぞれの地域で子育
てを社会全体で支えあう取り組みが求められている。
[2]男女共同参画社会
また、男女共同参画社会の推進も図られている。男女共同参画社会と
は、
「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあ
らゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に
政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共
に責任を担うべき社会」(男女共同参画社会基本法 2 条 1 項)のことであ
る。この理念を実現するために「男女共同参画社会基本法」が制定され、
1999(平成 11)年 6 月 23 日に公布・施行された。
214
第 章 ●現代社会における社会保障の現状と課題
4. 国際化の進展とその対応
10
国際化・ボーダレス化の進展に伴って、国際的な人的交流が活発にな
り、海外で活躍する日本人や国内に居住する外国人が増加している。そこ
では、日本から海外に一時的に派遣される者について、日本と諸外国の年
金制度や医療保険制度などに二重に加入し、保険料も二重に負担するとい
う二重加入の問題や、諸外国の年金制度へ加入しても加入期間が短いため
に、老齢給付の受給資格がないなどの問題が生じていた。
に派遣される被用者については、派遣先の年金制度や医療保険制度への加
入が免除され日本の公的年金に加入すればよいとしている。さらに、派遣
元と派遣先の両国の加入期間を通算して、必要とされる期間以上であれば
年金受給権を付与するとした「2 国間の社会保障協定締結」を促進してき
た。
社会保障協定は、ドイツが 2000 年 2 月、イギリスは 2001 年 2 月、韓国
は 2005 年 4 月、アメリカが 2005 年 10 月、ベルギーが 2007 年 1 月、フラ
ンスが 2007 年 6 月、カナダが 2008 年 3 月、オーストラリアが 2007 年 2
月、オランダが 2009 年 3 月、チェコが 2009 年 6 月、スペインとアイルラ
ンドが 2010 年 12 月、ブラジル、スイスが 2012 年 3 月そしてハンガリー
が 2014 年 1 月にそれぞれ発効した(2014 年 6 月現在)。
外国人脱退一時金
国民年金の保険料を納め
た期間または厚生年金保
険に加入した期間が 6 ヵ
月以上ある外国籍の人
は、出国後 2 年以内に請
求を行うことで加入期間
等に応じて計算された一
時金が支給される「外国
人脱退一時金制度」があ
る。
この外国人脱退一時金の
支給を受けた場合、その
期間は、協定において年
金加入期間として通算で
きなくなる。
5. 社会保障の給付と負担の現状と課題
A. 社会保障給付費の動向
ところで、わが国の社会保障給付費は、高齢化の進展に伴い年金・医
療・老人福祉に要する費用を中心として急速に増大し、2014(平成 26)
社会保障給付費
公的に行われる医療・年
金・福祉・労災・雇用保
険などの社会保障制度の
給付総額を ILO(国際労
働機関)の定めた国際比
較のための基準に基づい
て計算したもの。
215
・社会保障の給付と負担の現状と課題
5
したがって、国際的な人的移動の増加に対応するために、一時的に海外
年 11 月に公表された 2012(平成 24)年度の社会保障費用統計は、108 兆
5,568 億円の規模に達している。国民所得比は 30.92%となっている。これ
は、1 年間に国民が稼いだ所得のうち約 30%が、社会保障という仕組みを
通じて再分配されていることを意味している。また、国民 1 人当たりでは
85 万 1,300 円であった。
社会保障給付費の内訳(部門別推移)をみると、
「年金」が 53 兆 9,861
億円(49.7%)
、
「医療」が 34 兆 6,230 億円(31.9%)、「福祉その他」が 19
兆 9,476 億円(18.4%)である。1981 年に年金給付費が医療給付費を逆転
して以来、年々年金の占める割合が増大してきている(図 10─1 を参照)
。
また、社会保障給付費のうち、年金、老人保健医療分、老人福祉サービ
スおよび高年齢雇用継続給付費をあわせた高齢者関係の給付費は 74 兆
1,004 億円であり、社会保障給付費全体の 68.3%を占めている。その反面、
児童・家族関係費は 5.0%にとどまっている。つまり、高齢者に対する給
付、特に年金に比重が置かれていることがわが国の社会保障の特徴といえ
る。
なお、厚生労働省が出した「社会保障の給付と負担の見通し」(2006 年
5 月)によると、社会保障給付費は、2015(平成 27)年には 116 兆円(対
国民所得比 27.4%)
、2025(平成 37)年には 141 兆円(同 30.0%)にまで
増大すると推計されている。
(兆円)
60
55
図 10─1 部門別社会保障給付費の推移
年金
53 兆 9,861 億円
(49.7%)
50
45
40
35
30
25
20
15
医療
34 兆 6,230 億円
(31.9%)
福祉その他
19 兆 9,476 億円
(18.4%)
10
5
0
1970
1990
1995
2000
2005
1975
1980
1985
(昭和 45)
(平成 2)
(平成 12)
(昭和 55)
出典)国立社会保障・人口問題研究所「平成 24 年度社会保障費用統計」
216
2012
(平成 24)
年度