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中国法における運送人の 堪航能力注意義務と運送人の責任

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第5回 日中海法共同研究会 ⑨
中国法における運送人の
堪航能力注意義務と運送人の責任
(The Obligation of Seaworthiness of the Carrier and
the Relevant Liability Under Chinese Law)
朱 作賢*
(訳)朴 鑫**
中国法のもとでは,国際海上貨物運送と沿海
規定は,
「ハーグ・ウィスビー・ルール」を参照
貨物運送には2つの異なる法律が適用されます。
し,また,「ハンブルグ・ルール」の一部の規定
まず,前者には「海商法」の第4章“海上貨物
も採り入れています。その中で,47条は,堪航
運送契約”が適用され,後者には「契約法(合
能力注意義務の規定であり,48条は運送品の取
同法)
」の第17章“運送契約”およびその関連規
り扱いに関する注意義務の規定であり,また,51
則である“国内水路貨物運送規則”が適用され
条は運送人の免責事由に関する規定であって,
ます。この2つの法律の下では,運送人の堪航
この三つの規定は主に「ハーグ・ウィスビー・
能力注意義務およびその責任の扱いがすべて異
ルール」の関連条項から移植されたものです。
なっています。本報告は,堪航能力注意義務に
関連する法律,法規制を紹介し,また,その中
第47条 運送人は,船舶の発航前および発航
にある重要な問題について解釈し,それに関す
に際し,相当な注意をもって,船舶を航海に堪
る法理論および学説の検討を行ったうえで私見
えうる状態におき,適切に船員を乗り組ませ,船
を紹介しようとするものです。
舶を艤装し,航海の必需品を補充し,かつ,船
倉,冷蔵室,冷気艙など運送品を積み込む場所
1 国際海上貨物運送
を適切に選び,安全確実に運送品の受取り,運
送および保管をなしうるようにしなければなら
⑴ 規定の概要
ない。
いわゆる国際海上貨物運送とは,船積港また
は荷揚港のいずれかが国外にある海上貨物運送
第48条 運送人は,適切かつ慎重に運送品を
行為をいいます。しかし,法律実務においては,
積載し,移動し,積込み,運送し,保管し,取
特別に中国本土と香港,マカオおよび台湾との
扱い,かつ,荷揚をしなければならない。
間の運送は,国際海上物品運送の一種だとされ
ています。
第51条 ①運送人は,その責任期間中,次の
「海商法」の第4章“海上貨物運送契約”の
各号に掲げる事由の一つによって運送品に滅失
* 大連海事大学法学院准教授,法学博士,国際海事法律研究センター海事法研究室主任,遼寧聿海法律事務所海
事海商部主任
**早稲田大学大学院法学研究科博士前期課程
263
または損傷が生じた場合には,損害賠償の責任
免責事由の規定より優先される,すなわち免責
を負わない。
されないことを示しています。そこで,
「ハー
⑴ 船長,船員,水先人その他運送人の使用
グ・ウィスビー・ルール」の下で,堪航能力注
する者の船舶の操縦または管理における過
意義務が“最も重要な義務”といわれています。
失;
すなわち,運送人は免責を享受するために,ま
⑵ 火災(運送人自身の過失によって生じた
ず堪航能力注意義務を尽くさなければならず,
場合を除く)
または,堪航能力の注意義務を尽くしていない
⑶ 天災,海上その他可航水域の危険または
場合には,損害の結果と船舶の不堪航との間の
突発事故
因果関係がないことが必要です。
⑷ 戦争または武力衝突
こ れ に つ い て,Lord SomervellがMarine
⑸ 政府または主管部門の行為,検疫上の制
Footwear v. Canada Government Merchant
限または裁判上の差押え
Marine事件において,次の有名な判示を示して
⑹ 同盟罷業,怠業または作業所閉鎖
います。
⑺ 人命もしくは財産の救助または救助の企
“Article III, rule 1, is an overriding obliga-
図
tion. If it is not fulfilled and non-fulfillment
⑻ 荷送人,荷主またはこれらの者の代理人
causes the damage the immunities of Article
の行為
IV can not be relied on. This is the natural
⑼ 運送品の自然の属性または固有の瑕疵
construction apart from the opening words of
⑽ 運送品の包装不良または記号の欠缺もし
Article III, rule 2. The fact that that rule is
くは不明確
made subject to the provisions of Article IV
⑾ 注意を尽くしても発見することのできな
and rule 1 is not so conditioned makes the
2
point clear beyond argument.”
い船舶の隠れた欠陥
⑿ 運送人またはその使用人および代理人の
しかし,海商法48条の運送品の取扱いに関す
過失によらないで生じたその他の事由 る注意義務の規定には「ハーグ・ルール」3条2
②運送人が前項の規定によって賠償責任を免
項の冒頭のような文言がなく,その他の規定に
除される場合,第2号に規定する事由による場
も47条(堪航能力),48条(運送品の取扱いに関
合を除き,運送人はその立証責任を負う。
する注意義務)と51条(免責事由)との間の関
係を明確に定めるものは存在しません。それゆ
⑵ 堪航能力注意義務と免責
え,堪航能力の注意義務は中国海商法の下で最
運送人の堪航能力注意義務と免責の関係は,
も重要な義務であるかどうか確定しておらず,
非常に重要な問題です。これに関して,中国国
理論上も議論があります。たとえば,船舶の発
内の学会でたくさんの議論がなされています1。
航前の不堪航による火災が,運送人自身の過失
まず,
「ハーグ・ウィスビー・ルール」3条2
によるものではなかった場合,運送人が免責を
項の運送品の取扱いに関する注意義務の規定に
主張することができるか否かです。一つの見解
おいて,その冒頭の文言で,
“Subject to the
は免責の主張を肯定します。その理由は,理論
provisions of Article 4”
と規定していますが,
3
上,免責条項が優先的に適用されることにある
条1項の堪航能力注意義務の規定の中にはこの
とします。もう一つの否定的な見解は,堪航能
ような規定がありません。
力注意義務が最も重要な義務であるとしていま
これは,運送品の取扱いに関する注意義務に
す。中国海商法の研究者の意見は,この問題を
基づく責任は免責事由の規定によって免責され
解決するためには海商法を改正するか,少なく
ていますが,堪航能力注意義務に基づく責任は
とも,最高人民法院の司法解釈が必要であると
264
3
しています 。
めていますが,それぞれ文言上はほぼ同じ定め
(損害の発生の恐れがあることを認識しながら
⑶ ISMコードと運送人の堪航能力注意義務
5
した無謀な行為もしくは不作為)です。しかし,
との関係
おもしろいことに,船舶が不堪航の場合,運送
中国の学者はISMコードと運送人の堪航能力
人はパッケージ・リミテーションを享受できる
注意義務との関係について,様々な有益な検討
かどうかについての議論は比較的少ないです。
を行ってきました。一般的な意見は,ISMコー
すなわち,故意または無謀な行為がなければ,運
ドの実施が,運送人の堪航能力注意義務を履行
送人のパッケージ・リミテーションを享受する
したか否かに関する裁判所の認定基準に影響を
権利がなくなることがありません。これに対し
与えるとしています。
て,関連する当事者(船舶所有者,船舶運航者
ISMコ ー ド の 中 心 は 安 全 管 理 シ ス テ ム
など)が海事賠償責任制限を享受できるか否か
(SMC)の構築で,会社に対して,文書化する
については,大いに議論されています。また,船
ことによって管理手順の効果的な実行を確保す
舶が不堪航の場合,中国の多くの海事裁判所は,
ること,また,明確な安全および環境保護の方
「船舶所有者は海事賠償責任制限の権利を享受
針を設けて,船舶の運航を関連する国際立法に
できない」と判示しています。すなわち,故意
適合させることを求めています。その主な内容
または無謀な行為が存在するか否かを認定する
は,陸上および船内の要員の権限範囲および情
とき,裁判所は滅失または損害が船舶の不堪航
報伝達の手順の確立,事故および予想される危
によって生じたものであるか否かに大いに関心
険に関する報告手順の確立,緊急事態への準備
を払っています。なお,多くの場合,船舶不堪
および対応手順の確立,内部監査および経営者
航の事実から故意または無謀な行為が存在して
による見直しに関する手順の確立などです。
いることを直接に推定できます。もちろん,こ
要するに,船舶の堪航能力に関する基準は,
れとは違う判決もあります6。
ISMコードの実施によってより具体化,明確化,
この問題を解決するために,
「海事賠償責任制
厳格化されました。中国において,ISMコード
限にかかわる紛争事件の審理に関する最高人民
に従えば,多数の航海過失が実際には陸上の会
法院の若干の規定」
(法釈2010・11号)を公布し,
社の管理過失によって生じたものだと認定され,
その19条の規定は次のように定めています。
運送人の責任を免れることができなくなる結果
をもたらす可能性があるとの指摘が見られます。
海事請求者が,海事事故を生じさせた船舶の
なぜかというと,ISMコードには多くの船舶堪
不堪航を理由として,責任を負う者が賠償責任
航能力の確保を図るための作業手順が定められ
を制限する権利を有しないと主張する場合,賠
ているからです。たとえば,ISMコード7条の
償請求の原因となった損害がその本人の故意に
「船内業務計画の策定」です4。しかし,中国の
より,または,損害の発生のおそれがあること
司法実務においては,これに関する判例が見当
を認識しながらした無謀な行為もしくは不作為
たりません。
によって生じたことを証明できないときは,人
民法院はこの主張を認めてはならない。
⑷ 船舶堪航能力と海事賠償責任限度
⑸ 堪航能力注意義務の立証責任
ご存じのように,海上物品運送上のパッケー
ジ・リミテーションは個別的な責任制限で,海
立証責任の本質は,ある事実が曖昧であった
事賠償責任制限(いわゆる船主責任制限)は総
り,またはその真偽が不明なとき,立証責任を
体的な責任制限です。いずれの規定も,責任制
負う者がその不利益を負担することにあります。
限をすることができない場合の要件について定
中国の海事司法実務において,堪航能力注意義
265
務に関する立証責任は,通常,運送人がこれを
舶の不堪航について過失がないことは,運送人
負担するとされています。これは次の2つの原
の免責の抗弁事由とすることができません。明
7
則 に依拠しています。第一に,実体法には明文
らかに,絶対的な堪航能力注意義務は運送人に
による規定がない場合,義務を履行する者が義
とって非常に厳しいです。しかし,法律を深く
務を履行したか否かについて立証責任を負いま
理解していれば,この厳しい堪航能力注意義務
す。第二に,公平原則の立場からみると,証拠
を回避することができると思います。「海商法」
を収集しやすい当事者が立証責任を負います。
と異なって,
「契約法」及び「契約法」から派生
個別的な事件において,貨物の損害が船舶の不
した「国内水路貨物運送規則」は「契約自由原
堪航によって生じたか否かの事実が曖昧な場合,
則」を認め,運送人が契約の中に堪航能力注意
運送人は貨物の損害が確実に海商法51条に列挙
義務の軽減について約定できます。
する免責事由のいずれかによって生じたもので
「国内水路貨物運送規則」の中の絶対的堪航
あるとのことを十分に証明できなかったものと
能力に関する規定は,実は「契約法」に定める
いえます。したがって,運送人が免責を享受で
運送人の責任の基礎に従って制定されたのです。
きないとされるのは合理的だと思います。
すなわち,「契約法」のもとでは,運送人の責任
の基礎は過失責任ではなく,厳格的責任です。契
2 沿海貨物運送
約法311条はこれについて明文をもって規定し
ています。
「国内水路貨物運送規則」
(2000年8月28日)
は,
交通部が「契約法」の基本原則に従って,
沿
「契約法311条 運送人が運送中の貨物の毀
海貨物運送を調整するため公布した部門規則で
損,滅失に対して損害賠償責任を負うとき,運
す。この規則の30条は,運送人の堪航能力注意
送人は,貨物の毀損,滅失が不可抗力,貨物の
義務を明文をもって規定しています。
特殊な性質もしくは合理的な消耗,または荷送
人,荷受人の過失によって生じたものであるこ
「国内水路貨物運送規則第30条 運送人は船
との証明ができる場合,損害賠償責任を負わな
舶を堪航性のある状態におき,適切に船員を乗
い。
」
り組ませ,船舶を艤装し,航海の必需品を補充
し,かつ,船倉,冷蔵室,冷気艙など運送品を
また,沿海貨物運送の場合,「契約法」の規定
積み込む場所を,
安全確実に運送品の受入れ,
運
に従った「完全賠償」の原則の通り,運送人が
送および保管に適する状態にしなければならな
パッケージ・リミテーションを享受することが
い。」
できないことを指摘しておく必要があります。
ただし,船舶所有者などの主体が「海商法」第
この規定は,文言上「海商法」第4章47条に
11章に従って「海事賠償責任制度」の権利を享
定めている堪航能力注意義務に関する規定に似
受することには影響がありません。
ていますが,その本質は異なっています。この
沿海貨物運送の規定と国際貨物運送の規定を
条文には「発航前および発航に際し,相当な注
一致させる必要があるか否かにつては,中国国
意をもって」という文言がありません。それゆ
内において様々な議論が見られます。多数意見
え,沿海貨物運送のもとでの堪航能力注意義務
は,沿海運送と国際海上運送を区別するには合
の特徴は,運送人の堪航義務が航海の全航程を
理的な理論的根拠がないと指摘しています8。中
通じて維持され,かつ,性質上は絶対的堪航義
国の南北の海岸線は,日中韓3国の国際航路を
務に属し,ただ相当の注意を尽くすだけでは不
超えるほど長いです。沿海運送に従事する船舶
十分であるとしている点です。
言い換えれば,
船
が直面しているリスクは国際航路を運航する船
266
舶より少なくありません。そこで,なぜ沿海運
送に従事する運送人が国際海上運送の運送人よ
り重大な堪航能力注意義務を負担しなければな
らないのか。また,なぜ沿海運送の運送人が国
際海上運送の運送人の享受できる免責及び責任
制限の権利を享受できないのかという疑問です。
現行の法律のもとでは,これらの疑問を合理的
に理解することができません。将来,
「海商法」
の改訂を行うときには,沿海貨物運送を「海商
法」に組み込み,国際貨物運送との統一を図る
べきであろうと思います。
注
1 朱作賢=司玉琢「ハーグ・ルールに定める最
も重要な義務の原則について─UNCITRAL
運送法草案における運送人の責任に関する基礎
条項の分析を兼ねて」『中国海商法年刊』(2002
年)69 〜 73頁。
2 Lloydʼs Law Rep. (1959) 2, P105
3 司玉琢『海商法専論』
(中国人民大学出版社・
2007年)207頁。
4 岳岩「ISMコード実施の船舶の堪航能力認定
基準への影響」『中国海商法年刊』(1997年)61
頁。
5 「中華人民共和国海商法」59条と209条を参照。
6 王欣「海事賠償責任制限権利喪失の適用基準」
『中国法学会商法研究会2010年年会論文集』530
〜 535頁。
7 「民事訴訟の証拠に関する最高人民法院の若
干の規定」の5条と7条を参照。
8 「中華人民共和国海商法の改訂に関する意見
書」(大連海事大学課題研究グループ)を参照。
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