2005年度特待生活動報告書 - 首都大学東京 自然言語処理研究室

NAIST-IS 0551054
オープンソース開発者支援プロジェクト
小町 守
2006 年 4 月 16 日
奈良先端科学技術大学院大学
情報科学研究科 情報処理学専攻
1. 概要
今回「魅力ある大学院教育」イニシアティプの一環として 2005 年 11 月からオー
プンソース開発者支援プロジェクトというプロジェクトで特待生に採用され,プ
ロジェクト活動を行った報告と,プロジェクトの一部として海外研修に行った報
告について述べる.
2. オープンソース開発者支援プロジェクト報告
2.1 プロジェクト活動期間
2005 年 12 月 – 2006 年 3 月
2.2 プロジェクト活動内容
2.2.1 東大 Fink チーム
2005 年度未踏ソフトウェア創造事業 (未踏ユース) に「ユーザ参加型のパッケー
ジ管理・斡旋システム」というテーマで採択され,東大 Fink チーム 1 共同開発者
の一員として 3 月 3 日まで開発に従事した.このシステムはソフトウェアを使う
ユーザ間の相互交流を促進する目的で開発され,http://manta.is-a-geek.org/ と
いうサイトで公開されている.
2006 年 1 月 10-12 日は情報処理学会第 47 回プログラミング・シンポジウムに参
加し,東大 Fink チームの一員として未踏ユースの成果発表を行うとともに,他
の未踏ユース参加者とソフトウェア開発に関する意見交換を行った.
2006 年 3 月 18 日はオープンソースカンファレンス 2006 Spring に参加し,東
大 Fink チームとしてセミナー「Fink にまつわるエトセトラ」を開催した.また,
同カンファレンスでは Mac OS X で簡単に快適な UNIX 環境を導入できるインス
トール CD を作成して配布した.
1
東京大学教育用計算機システム相談員の有志で構成されるソフトウェア開発チーム.筆者も
2005 年まで相談員組織に所属していた.
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2.2.2 Gentoo Project
Gentoo Project の CJK2 チームの開発者として Gentoo Linux の開発およびメ
ンテナンスを行った.
2006 年 2 月 25・26 日にベルギーで行われた FOSDEM 2006 に Gentoo Project
の CJK チームの開発者として参加し,
「Gentoo の国際化: Gentoo across the globe」
というパネルディスカッションにパネリストとして議論に加わった.この会議へ
の参加は海外研修の一環として行われたものであり,節を改めて詳しく述べる.
2006 年 3 月 18 日のオープンソースカンファレンスでは Gentoo 日本ユーザ会
として Gentoo Linux がインストールされた計算機のデモを行い,Gentoo Linux
2006.0 の CD を作成して配布した.
また,Fink Project 開発者および Gentoo Project の Gentoo for Mac OS X 開
発チームのメンバーとして,
『Professional Mac OS X』に「Mac OS X で始める
UNIX ライフ」という解説記事を執筆した.
3. 海外研修報告
3.1 研修期間
2006 年 2 月 25・26 日
3.2 研修場所
ベルギー・ブリュッセル: Université Libre de Bruxelles
3.3 研修スケジュール
• 1 日目
– FOSDEM 2006 基調講演 (Richard Mattew Stallman) に出席
2
Chinese, Japanese, Korean つまり中国語・日本語・韓国語を扱う.
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– Gentoo Linux ポスターセッションに参加
• 2 日目
– FOSDEM 2006 Gentoo 開発者セッションに出席
– Gentoo 開発者ミーティングに参加
– 「Gentoo の国際化」パネルディスカッションに参加
3.4 研修内容
3.4.1 2 月 24 日
ベルギーへ
FOSDEM 20063 に参加するために一路ベルギーへ向かう.
研究上必要な国際会議や国内の研究会への参加には研究室から旅費や宿泊費が
出るが,特待生は適当なところを見繕って (自分の特待生としてのプロジェクト
に関係ある範囲で) 海外に行きなさい,という話なので,いちばん Gentoo 開発者
が集う会議を選んだ.普段 Gentoo 開発者のミーティングはチャットを用いて行わ
れ,アメリカやヨーロッパの開発者の都合がよいように時間帯が決められるので,
実際にミーティングに参加するのが難しいことが多々あった.今回の FOSDEM
という会議では現地で開発者に実際に会ってミーティングを行うので,時間の差
も気にしないでよく,行く前から楽しみであった.
ブリュッセル
現地時間の夕方空港に着くと,SeJo4 が Firefox5 の帽子を被って待っていてく
れることになっていたので,出口に出て見渡すとそれっぽい人がいたのですぐに
http://www.fosdem.org/2006
ベルギーの開発者で Gentoo/PPC と Java チームに所属している.Gentoo が公式にサポート
しているアーキテクチャは alpha/amd64/hppa/ppc/ppc64/sparc/x86 の 7 つである.
5
キツネのロゴで知られる web プラウザ.
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分かった.ちなみに彼の姿は以前の Gentoo Weekly Newsletter6 に出ていた7 の
でこっちは彼の顔を知っているのだが,向こうは分からないだろうので,こっち
から事前に写真を送っていたのだが,聞いてみるとベルギーにアジア人なんて来
ないから中国人か日本人に見える人だけ気をつけて見ていたらすぐ分かったとい
う話だった.自分の帽子を見て引き寄せられるように来たので usata8 だと確信し
た,と言っていた.
空港には他に kingtaco9 ,kloeri10 が来ていて合流.SeJo は空港から車で 10 分
くらいのところに住んでいるそうで,SeJo の車で空港近くのホテルまで送っても
らい,そこで wolf31o211 と wolf31o2 の彼女と会う.今回の FOSDEM は彼女連れ
で参加している人が多かった.オープンソースでいまの流行は彼女と一緒に来て
観光しながら楽しむことだったりするのかも,と思う.
他にも前日から現地入りしている開発者が同じホテルに何人か泊まっているは
ずだったが,スペインから来ていた人たちは FOSDEM の前夜祭12 に参加しに行っ
たらしく,hanno13 は体調が悪いと言っていたので,前述のメンバー + Wine14
の開発をしているドイツの Gentoo ユーザと SeJo の家の隣の店で夕食をとる.
ベルギーは大きく分けて北部にオランダ語系のフラマン語を話す人たちが,南
部にフランス語系のワロン語を話す人たちがいるのだが,ブリュッセルではみん
なフランス語が第一言語になるようで,店員も (片言の英語は通じるが) フランス
語.このメンバーの中にはフランス語が話せるのは SeJo しかおらず15 ,SeJo が
FOSDEM の行き方を調べに自分の家に戻っている 30 分ほどの間は,基本的に英
語しか話さない我々のところには店員がメニューを聞きにきてくれなかった.
SeJo は日本の寿司や刺身が好物で,日本語か中国語を勉強したいらしい.今回
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Gentoo Project で毎週発行している広報誌.
http://www.gentoo.org/news/ja/gwn/20050411-newsletter.xml
筆者の Gentoo Project におけるニックネーム.
アメリカの開発者で Gentoo/AMD64 チームに所属.
デンマークの開発者で Gentoo/Alpha や Apache などさまざまなチームに所属.
アメリカの開発者で Gentoo Linux のリリースに関する作業を取りまとめている.
ベルギービールが飲み放題らしい.
ドイツの開発者.
Unix で Windows のエミュレーションを行うプログラム.
SeJo はカナダ系らしく英語とフランス語が話せる.
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の FOSDEM は patrick16 が対外的な折衝を担当していたのだが,他の参加者はみ
んな口々に「なんで SeJo じゃないの??」と異口同音に言っていて,信望も厚いし
技術だけではなく人を動かす力も持っているのはすごいことだと思う.
ホテルは個人部屋にもできたのだが,FOSDEM に参加する 20 人くらいでホテ
ルのほぼ全室を占拠することになっていたし,夜他の人とも話したいなというこ
とで kloeri と同じ部屋にしてもらって,夜な夜などういう経緯で Gentoo に入っ
たか,などという話をした.他の人たちも言っていたのだが,やっぱり Gentoo
はコミュニティがすごく優しいので楽しいから開発者になった,というのがみん
な大きいようだ.
3.4.2 2 月 26 日
ふぉずでむ
自分は FOSDEM の発音はずっと「ふぉすでむ」だと思っていたのだが,どう
もこっちの人の発音によると「ふぉずでむ」と濁るらしい.
FOSDEM は Université Libre de Bruxelles17 を借りて毎年 1 回開かれている
オープンソースソフトウェア開発者たちの集まりで,Gentoo Linux だけでなく
Debian GNU/Linux や OpenBSD/NetBSD/FreeBSD,Mozilla などの開発者も一
同に集って講演をしたりブースに実機を展示したり CD を配ったり T シャツを売っ
たりするものだ.
Gentoo では今回 FOSDEM の 1 日目にはブースを開き,2 日目にはずっと講演
を行う,という体制で行くことにしたのだが,patrick がうまく準備を行っていな
かったため,ブースに必要な CD は足りていないし (ラベルは印刷してあったの
で当日みんなで焼いた),ポスターはないのでドイツから持ってきた (パンフレッ
トはドイツ語で書かれていて,ベルギーの人はフランス語かオランダ語か英語で
ないと分からないから正式には置けないと SeJo が言ったり) し,展示機も SeJo
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ドイツの開発者.
http://www.ulb.ac.be/
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がかろうじて Portaris18 と Gentoo/PPC の展示機を持ってきてデモをしたからい
いものの,初日からかなりもめて問題になった.
幸い今回参加した開発者には開発者同士の諍いを解決する Developer Relations
チームの人たちが割と多く含まれていたので,今後こういった事態にどう対応し
ていったらいいか,ということが 2 日目に話し合われた.2 日あるとかなり長丁
場になるが,1 日目の夜に顔合わせ会と反省会をして 2 日目に臨める (2 日目はみ
んな自分の家にそのまま帰ることができる) というのはけっこういいのかもしれ
ない.
FOSDEM 午前中
会場へは hanno の車に乗せてもらう.隣に ferdy19 が坐り,
「usata は開発者に
なったとき誰がリクルーター20 だったの?」と聞かれたが,即座に思い浮かばず,
メンター21 は liquidx22 だった,と言ったが,あとあと考えると seemant23 がリ
クルーターだったのかも,と思い出した.
リクルーターとは Gentoo で開発者になるための事務的な手続きを遂行してく
れる人で,以前は CVS24 アクセス権の設定をしてくれるのは誰々,IRC25 で発言
権の設定をしてくれるのは誰々,というふうに (明文化されず) 適当に決まってい
たのだが,指数関数的に増加する新規開発者に対応するため,数年前チーム体制
でこれを行うようにして,全部のプロセスを文書化したのだった.そもそも今回
FOSDEM に参加した人のほとんどは自分が開発者になった 2003 年以降に開発者
Gentoo for Solaris.Solaris で Gentoo のパッケージ管理システムである Portage が動くよう
修正を加えたもの.
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スペインの開発者.Gentoo/Alpha チーム.
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Gentoo Project では新しく開発者になる人にはリクルーターという人が付き,開発者になる
ための試験や登録手続きを行ってもらう.
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開発者になるためのチューターをしてくれる人.
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中国系のオーストラリア人で,いまはイギリスにいる開発者.
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ドイツ人の開発者.
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ソフトウェア管理ツール.Gentoo ではソフトウェア管理に CVS を利用している.
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Internet Relay Chat の略.Gentoo では公式なミーティングは基本的に IRC で行われ,開発
者同士のコミュニケーションもメールと IRC が主になっている.
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になった人で,リクルーター制度がなかった時代に開発者になった自分のほうが
少数派なのかも,と思った.
初日の午前中は Richard Matthew Stallman26 が基調講演をするらしいと聞い
ていたので,ミーハー丸出しで生 RMS27 を見ようと行ってきたのだが,パテント
の話を延々としていて (kingtaco が「政治的な話ばっかだから,そういうのに興
味ない人はおもしろくないよ」と言っていたのがよく分かる.),少し退屈だった.
午前中はまだブースの設営も終わっていないところが多かったのだが,人通り
は午後から一気に増えてきたので,Gentoo ブースで他の開発者と話したり,時
折来る人で Gentoo for Mac OS X や Portaris に興味がある人に少し解説してみた
りした.時間帯によっては開発者だけでブースの中も外も埋まっており,開発者
の交流場所の様相を呈していた.
CD の対価
配布する CD は Gentoo Linux 2006.0 リリースの x86,amd64,ppc 版の 3 種類
を用意して,それぞれ 2 ユーロ (280 円程度) で販売していた.他のブースではた
だで配っているところもあったし,日本ではこういう集まりでは CD-R の配布に
お金取っているのを見たことない28 ので驚いた.無料だと思って持ち去ろうとし
て,2 ユーロ寄付としてもらっています,と告げると戻す人もいるのだが,すぐ
に払う人もいるし,最初からお金を払う人がほとんどだったのにさらにびっくり.
正式リリースの前に正式リリース版と同じ物を手にすることができる,という
のは一つの利点かもしれないが,まだ知られていないバグを踏む可能性があると
いうのは欠点だし,2 ユーロもあれば缶ジュース 3 本買えるので,高々2 日待てば
自分でダウンロードできるものに払う金額ではないような気がしたが,いろいろ
な人の話を聞いてみると,Gentoo を使わせてもらっていつも感謝しているから
寄付のつもりだよ,と言っていたので少し感動した.
GNU プロジェクトの創始者.GNU Emacs の開発者としても知られる.
Richard Matthew Stallman の略.彼のメールアドレスが [email protected] なのでよく rms と書
かれる.
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そのため,使う予定がないような CD-R でもとりあえずもらっておく,といった光景が広が
る.
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2 日合わせると全部で 200 枚くらい売れて,収益は CD-R やラベルの代金,あ
と Gentoo の簡単な説明を書いたチラシの印刷代に充当され,残った分は次回の
FOSDEM に繰り越しになるらしい.Gentoo 日本ユーザ会は全部手弁当で持ち出
しになるのだが,メディア代くらいは取ってもいいのでは,という気もした.
開発者の言語
FOSDEM に参加する Gentoo 開発者のほとんどは 1 日目の夕方までに揃い,め
いめいに話したりいま取り組んでいるバグを見せて意見もらったりしているのだ
が,さすがヨーロッパ,ということで,ドイツ人たちはドイツ語,フランス人た
ちはフランス語,スペイン人たちはスペイン語で話していて,一人でもその言語
を理解できない人が入っていると英語になる,といった感じですごく目まぐるし
く言語が変わる.一般客に説明するときも,外見からそれっぽいと判断する29 と
「French OK?」とか聞いて,英語以外でだいじょうぶだと判断するとその言語で
説明する.
基本的に英語が母語でもあり母国語にもなっている参加者は,アメリカからの開
発者 kingtaco と wolf31o2(とその彼女) だけなので,みんな英語以外のほうが得意
である.さらに言うとドイツ人は高校生くらいでも英語がたいていできるようで,
genstef30 は 16 歳と言っていたような気がするがぺらぺらだったし,hansmi31 や
patrick もまあそこそこ話せるが,他の人たち,たとえば grobian32 や dams33 は
英語が苦手のようで,grobian に至っては「自分は超英語苦手」とか言って (たし
かに自分と同じくらいしか話せない気がする) いるのに手当たり次第喋りまくっ
ていておもしろかった.
1 日目の終わりごろ,kosmikus34 がやって来て,今度 4 月に日本に来て箱根で
論理プログラミングの学会に出るそうで,3 週間くらい滞在するらしいので,な
29
どこで見分けるのか不明だが…….
ドイツの開発者.カーネル開発チーム.
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ドイツの開発者.Gentoo/PPC チーム.
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オランダの開発者.Gentoo for Mac OS X チーム.
33
フランスの開発者.libconf という Linux の設定ツールの作者.
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オランダの開発者.Haskell など関数型言語のメンテナンスをしている.この 4 月に奈良まで
旅行に来たので観光案内をした.
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にか日本でこれだけはやっておいたらどうか,というものがあったら教えてほし
い,と言っていたのだが,気の利いたものが思いつかなかったので,富士のあた
りなら温泉があるからぜひ入ってみては,と言ってみたら,それは予定に入って
いるからしてみるつもりだよと笑われた.日本の紹介ってなにをするといいのだ
ろう.奥さんが日本語を勉強中らしく,彼もひらがなとカタカナをやっと覚えた
と言っていた.
スペイン語
夜は patrick がセットしたステーキハウスでみんな集まって食事だが,plate 35 の
車で移動.plate は Gentoo では最年長かもしれない,と言っていたが,40 代の人
で,日本に 5 年いたこともあるので日本語がかなりできる.patrick の店の説明が
下手で目的地に到達できず,道行く人に尋ねていたのだが,plate は最初英語で年
配の女性に訊き,通じないのを知るとフランス語に切り替えて訊いていた.その
とき車にいたメンバーはスペイン語を喋る人たちだったが,
「いったい何言語喋れ
るの?!」と驚いていたが,plate は「ドイツ語と英語と日本語とフランス語は喋れ
るけど,スペイン語は全然分からないよ.あ,そういえばラテン語はかじったこ
とがあって,フランス語やるときには役に立った」と答えていた.すごいものだ.
店ではギリシャ人の Gentoo ドキュメンテーションチームの人と,その人が留
学していたスペインの大学での友人たちと喋る.スペイン人の人たちは英語は片
言らしく,いま大学院 3 年目36 なのだけど,
「今度初めて国際会議で,英語で発表
するなんて生まれて初めてだし全然喋れないの分かっているのでものすごく気が
重いけど,修了するためにはやらないといけない」と言っていたりして,スペイ
ンはヨーロッパなので英語も似ているから簡単だろう,と思っていたのだが,そ
んなことないのか,と知って驚いた.
彼らは本当に英語がほとんど分からないらしく37 ,ギリシャ人の人はけっこう
英語ができるので,こっちが英語で言ったのをスペイン語に訳してもらったりし
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36
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ドイツの人で Gentoo Weekly Newsletter の編集者.
スペインの大学院は 4 年制らしい.
コンピュータサイエンスの大学院生なので,さすがに論文は英語で読めるそうだ.
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ないと通じないことがあった38 のだが,最初の英語教師がスペイン語とフランス
語しか喋れないのに英語を教えていて,
「please」を「ぷれあぜ」のように発音す
るのでそれで英語が嫌いになった,と言っていたので納得した.
そういえばオーストラリアにいたときのドイツからの留学生も「最初の英語教
師は一回も英語圏に行ったこともないのに教えていて,それを真似してしまった
ので,自分の英語の発音はひどいままになってしまった」なんて言っていたのを
思い出した.最初の経験は重要で,人間いったん身についてしまった癖を抜くの
は簡単なことではない.まだなにもしないほうがましだったりすることすらある.
食事も終わりになると lcars39 と tigger40 が英語について話している.英語の
単語をスペイン語風に発音したりイタリア語風に発音したりして遊んで言語話で
盛り上がっていたのは,ヨーロッパだからかなあ,と思った.
それを聞いていたアメリカ勢は,
「どうせみんな少なくとも英語は使えるんだ
し,みんな英語使うようになりなよ,こんなたくさん言語あっても役に立たない
よ」とか言って失笑を買っていたが,英語以外のヨーロッパ系の言語は会話では
全然分からない日本人の自分としては,ヨーロッパの言語は全部英語で統一され
てくれればずいぶんと楽なのに,と思ったので,言葉の壁は存外に深い問題だと
知った.
3.4.3 2 月 27 日
Devroom
2 日目は Gentoo Devroom というのがあり,一日中教室を一つ借り切って開発
者が順次話すセッションがある.題目は以下の通り:
• 9:00-10:00 基調講演: Jochen Maes (sejo)
• 10:00-10:45 ヨーロッパ Gentoo 法人の設立に向けて: Ulrich Plate (plate)
“How many students does your university have?” くらいのものでも聞いて分からないらし
い.日本人の大学院生でもそうかもしれないが…….
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イタリア人.LDAP チームに所属.先日日本にも来たことがある.
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イギリス人.Gentoo/SPARC チームの開発者.
38
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• 10:45-11:30 Gentoo の国際化: (パネルディスカッション)
• 11:30-12:30 開発者ミーティング (非公開)
• 13:15-13:45 libconf: Damien Krotkine (dams)
• 13:45-14:30 Gentoo のバグを直す: Patrick Lauer (patrick)
• 14:30-15:15 Gentoo プロジェクトの構造: Sven Vermeulen (swift)
• 15:15-15:45 リリースエンジニアリングと catalyst41 : Chris Gianelloni (wolf31o2)
• 15:45-16:30 Gentoo のインフラの LDAP 化: Andrea Barisani (lcars)
最初のセッションは 9 時から始まり,ホテルから会場までは車で 20 分程度か
かるので,8 時には集合して順次会場に向かう (2 往復しないといけない場合で
もぎりぎり少しの遅刻で済む) 手はずになっていたのだが,時間通り集合したの
は kingtaco, wolf31o2, sejo, kloeri, grobian, ferdy, stefaan, yoswink, plate と自分
だけだった.とりあえず SeJo の車で kingtaco と wolf31o2 が現地に向かい,先に
ブースの設営を行う.残りは plate の車で自分たちが向かい,plate は 2 往復して
まだ集まっていなかった人を送る,という手順で集合することになった.
昨日の食事のときもずっと話していたみたいだが,今回の件は patrick の手際
が悪かった,という話をずっとしている.少なくとも現地に住んでいる人が誰か
いないと,どこに泊まると便利で,どのバス・電車に乗ればよくて,どこに行け
ば食事ができるか分からないので,実際すぐ近くに住んでいる SeJo がやればよ
かったのでは,という話に落ち着く.SeJo の話によると,FOSDEM のアナウン
スがあったときは修論でまさに忙しい時期だったし,引っ越したばかりで仕事も
落ち着いていなかったので,この時期世話人ができるかどうか分からなかったけ
ど,来年は絶対自分がやる,とのことだった.
やはり遠隔地から来る人が多いと,ただ会議を開きますというだけではなくて,
ものすごくいろいろ考えて準備しないといけないと思った.SeJo はけっこう頻繁
に「ご飯は口に合ったか?」とか「ちゃんと帰れるか? plate の車に乗れるよう頼
41
Gentoo Linux のリリース用 CD の作成に使われているツール.
24
んでおいたからな」とか「楽しかったかい?」とか,自分だけではなく来てくれ
た人みんなに気を配っていて,そういうところは積極的に見習いたい.
結局人が集まらないので基調講演は 45 分遅れで開催.開発者はみんな昨日と
同じく 10 時に始まると思って行動していたようである.待たせてしまったユー
ザの人に少し申し訳なかった.
Mac OS X
今回の Devroom では,自分のラップトップを持ってきた lcars と,資料を用意
しないで話すだけだった plate と wolf31o2 を除き,みんな SeJo の個人マシンであ
る 15 インチの PowerBook で NeoOffice42 を使ってプレゼンテーションを行った.
FOSDEM に来ていた開発者 (Gentoo だけでなく Mozilla や FreeBSD や Debian も
含めて) のうち半数くらいが 15 インチ Powerbook もしくは 14 インチ iBook を持っ
てきていてびっくりした.Mac OS X43 のまま使っている人は半分くらいで,そ
れぞれ自分が使う OS に入れ替えてはいたが,それでもプレゼンテーションのと
きはデュアルブートで Mac OS X で起動して使っている人もいたので,オープン
ソース開発者が Mac OS X にスイッチしているという話を実感した.
Gentoo across the globe
2 つ目のセッションは plate の話で,ヨーロッパでの Gentoo のロゴや商標をど
うするかについて議論した.plate は日本にいたこともあり,いまも Gentoo 日本
ユーザ会のメーリングリストを購読しているので,日本のユーザグループの活動
はかなりうまく行っている,というふうに評価してくれた.
ヨーロッパの人たちの話では,日本のユーザグループと同じくらいしっかり組織
されているのはドイツのユーザグループくらいで,フランスはそこまで結びつきが
強くないし,スペインとかギリシャに至ってはそもそもほとんどユーザグループが
Mac OS X で動作する Microsoft Office 互換のオフィスツール.
ちなみにヨーロッパの開発者は全員 Mac OS X の X は「えっくす」と発音していたが,日本
では普通「てん」と言っている.
「てん」が正しいはずだ,と思って Mac OS X に関する講演も聴
いたが,やはり「てん」と言っている.なぜこちらでは全員「えっくす」と読むのだろうか?
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機能していない (翻訳も行われていないし,集まりは FOSDEM や LinuxTag44 の
ような他のヨーロッパ地域に行く) とのこと.Gentoo 日本ユーザ会も時期によっ
て活発な時期もあればあまり活動していない時期もあり,法人格はないので寄附
を受けられなかったりと,そこまで組織化されている気はしないのだが,アメリ
カに次いでユーザグループとしては適切に運用されているらしい.
plate の話のあとは,wolf31o2(アメリカ),hansmi(ドイツ),kloeri(デンマーク)
と自分 (日本) がパネリストになって,Gentoo での国際化の取り組みについてざっ
くばらんに話す.
wolf31o2 は,話を盛り上げるため,英語を使っているかぎりは全然問題ないの
で,国際化なんてアメリカ人には関係ないね,と言ったところ,hansmi はドイツ
語だとエンコードの問題があって苦労している,という問題提起をし,kloeri は
デンマークだとみんな英語を使うのでデンマーク語の翻訳者とかデンマーク語で
サポートする人がいないということを挙げた.自分は日本語ではエンコードの問
題もあるし,フォントの問題もあるし,日本語を入力するだけでも環境構築しな
いといけない,という話をしてみた.
一つの点としては,dams(フランス) や grobian(オランダ),yoswink(スペイン)
が入って議論になったが,基本的に自分の言語で問題になっていないことを理解
してもらうのは,(ヨーロッパの言語間ですら) かなり難しいということが (相互
に) 分かった.代わりに,なにが問題なのか言われるよりは,どういうふうにす
れば問題が解決するか言ってくれれば,それを検討したり入れたりするのは全然
問題ない,ということであった.たしかに自分も CJK 以外の言語,たとえばベ
トナム語やアラビア語やヘブライ語とかのパッケージもメンテナンスすることが
あるが,結局のところそれが正しく動いているかどうかも正直なところよく分か
らないので,どうしてくれればいいのか教えてもらうしかない.
あともう一つの点としては,Bugzilla45 や Forum46 のように開発者やユーザが
情報交換をする場所があっても,大多数のユーザは自分が使える言語以外は検索
ドイツで行われる最大級の Linux の集まり.
ソフトウェアのバグ追跡システム.Gentoo では Bugzilla を用いて日々増大するバグを管理
している.
46
ユーザの質問やサポートを受け付ける web 掲示板システム.
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45
26
しない47 ,ということで,特にヨーロッパでは日本式の翻訳体制を見習って,ちゃ
んとユーザグループも組織していきたい,というのを言ってくれて,少し誇らし
かった.
そういうわけで,今後は問題提起も重要だけど,どうすればいいのか積極的に
言っていきましょう,そうすればすぐ追加することも可能だし,その言語が分か
らない開発者でも,問題を理解できないからなにもしないのではなく,なにをし
てほしいのか分からないからなにもできないのだ,そういうところは柔軟に対応
できるのが Gentoo のいいところだからどんどん言いましょう,という方向でま
とまった.まずは Gentoo において Unicode をデフォルトにするべきかどうかに
ついて,現状では Unicode をデフォルトにすることで少なくとも西欧の言語の人
は改善するということで,Unicode をデフォルトにするところから始めましょう,
ということになった.
ブレゼンテーション
非公開の開発者ミーティングを挟み,午後は Gentoo セミナーが継続された.
dams の作っている libconf48 はソフトによって異なる Linux の設定ファイルの
操作を一元化するフレームワークだそうだ.これはこれでおもしろい取り組みだ
と思うが,こういうフレームワークというのはディストリビューション横断で同
じもの使ってくれないと,結局ディストリビューション固有のノウハウになるだ
けなので,技術的にいいものだとしても政治的に動いて足並みを揃えないと使っ
てもらえるものにならないのだが,そういうふうに動いていないそうで,少し残
念に思った.
patrick の話は Gentoo での開発がどういうふうに行われてきたのかという話の
概観であった.swift と wolf31o2 の話も同様で,Gentoo が初めての人には分かり
やすい内容だったと思うが,すでに Gentoo を使っていて知っている人には物足
りない印象であった.
NAIST に来てからは,ドクターの人は当然のことながら,M1 の人たちもみん
47
48
これは日本人だけでなくヨーロッパの人でもそうだと知ってびっくりした.
http://www.libconf.net/
27
なプレゼンテーションすごく分かりやすく作るので,こういうのがプレゼンか,
と気持ちを入れ替えたのだが,今回の FOSDEM でのプレゼンテーションは基本
は箇条書きで,ただべたべた内容を並べるだけといったもの.ほんの 1 年前まで
はそういうものしか作っていなかった自分が言うのもなんだが,技術者がプレゼ
ンするとこんなものなのか (だからちょっと分かりやすくしただけでも「あの人
のプレゼンすごくうまい」と言われる) と少しがっかりした.技術者の発信スキ
ルを鍛える必要があるのではないかと思った.
今回いろいろ話を聞いて思ったのは,ヨーロッパ人だから英語ができるといっ
たこともなければ,ヨーロッパの教育を受けたからプレゼンがうまいなんてこと
は全然なくて,勉強しないと英語なんてできるようにならないし,プレゼンも技
術者は下手49 なのはヨーロッパだって日本だって同じであり,逆に留学しただけ
で英語ができるようになるとか,外資系だからプレゼンができるなんてのも幻想
で,みんな努力して勉強するから身につくものだと感じた.
You should talk!
夜は FOSDEM に参加した人たちと一緒にホテルのあたりまで帰って食事を取
ることになったのだが,ホテル周辺まで帰ってきてみると,日曜日なのでほとん
どの店が閉まっているらしく,ホテル以外の選択肢ははっきり言ってない,とい
うことだったので,みんなで連れ立ってホテルのレストランになった.ベルギー
のフラマン風ステーキ (ステーキをビールで煮込んだらしい) と白ビールがおいし
い.みんなの話の半分くらいは patrick の話だったが,hanno が初日のディナー
を調子が悪いと言って断ったのに,あとで中華料理屋にいるのを見かけたので,
人と触れ合うのがそもそもあんまり好きじゃない人なんだ,と話になって,突然
wolf31o2 の彼女が自分に向かって「あなたももっと話しなさいよ!」と怒り始め,
SeJo も調子に乗って「マモルがなにも言わないなら俺もいまから喋らない」とか
言い始めたので大いに弱った.
そもそも自分は苦手な人の前ではあまり自発的に喋る人ではなく,たまたま彼
女が苦手なタイプの人だったので一緒にいてもほとんど話しかけなかったのだが,
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他の人に言葉で説明するよりプログラムを書いて示すほうが楽な人たちなのだろうとは思う.
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それが気に入らなかったようだ.開発者もたくさんいた中,自分以上になにも喋っ
ていない人もかなりいた50 のだが,わざわざアジアから来てくれた自分を特別に
もてなしてくれているのだから,こういう性格だから喋らないのも理解してよ,と
言うのではなく,少しはがんばって意識的に饒舌にならないと悪いな,と思った.
それからというものの多いに反省して,(彼女とは英語の問題というよりは生
理的な問題なのでやはり喋れなかったのだが),部屋に帰ってから 2 時間くらい
kloeri と話してみた.朝 6 時に起きる予定だったので 1 時過ぎには寝たのだが,今
度また来る機会があれば,意識的にそういう状況にしてもっと喋ってこよう.
3.4.4 2 月 28 日
飛行機
kloeri は月曜も休暇を取ったからどうせ午前にデンマークに戻ってもしょうが
ないし,午後ブリュッセルを観光してから帰る,というので,挨拶もそこそこに
朝の 6 時半にホテルを出る.SeJo は月曜から仕事らしく,ホテルから無料のシャ
トルバスが出ていたので乗せて行ってもらう.
飛行機といえば搭乗 2 時間前に集合だと思っていたのだが,ブリュッセルから
アムステルダムは国内扱いのようで,搭乗 1 時間前が集合らしく,余裕を見て 3
時間くらい前に着いたのだが急に暇になる.旅行中の日記を書いたりして時間を
潰しながら飛行機を待ったりしたが,アフリカ系の人は見てもアジア系の人は全
然いない.ヨーロッパとはこういうものかと再度実感.
アムステルダムまで来ると,ようやく団体客のような日本人っぽい人もちらほ
ら見かけるようになった.自分の頭はまだ英語モードなので,誰かにぶつかった
ら “Sorry!” と言うし,物が床に落ちたら “Oops!” と口から出るし,なにかあっ
たら “Oh, My God!” と思うし,不思議な感じがする.英語圏に来るまではこ
ういった表現は「そもそも Godって誰のことだ」と思い,自分で言うなら “Oh,
My!” か “Oh, My Goodness!” だろう,と考えていたのだが,こんな表現が頭の
中で出る人になってしまった.日本でいたときこういう表現を使うの不自然でき
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少しだけ話すのを聞いたり,ドイツ語やスペイン語だとけっこう喋るのを聞くと,たぶん英
語がそんなに喋れないせいだろう.
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ざっぽい (日本語でずっと喋っているのに部分的に英語を使うのがわざとらしい)
と思っていたのだが,ずっと英語の環境だとそれが自然になるのだろうか.仏教
徒でなくても「畜生!」と言うのと同じ感じかもしれない.
自分が日本に帰り着く前に Gentoo Weekly Newsletter: 27 February 2006
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にてもう FOSDEM 2006 の様子が書かれていた.plate は仕事が早い.
3.5 まとめ
内容を要約したものを箇条書きにすると,
• FOSDEM 2006 に参加してきた.
• 会議やミーティングをホストするならあらゆることに気を配らないといけ
ない.
• 会議やミーティングで展示や発表をする場合,どういう聴衆に向けて発信
したいのか,どういう人と交流したいのかを意識する.(答えは一つとはか
ぎらない)
• 問題の提起だけでなく,問題の解決策も提示するとよい.
• Gentoo 日本ユーザ会はヨーロッパ各国のユーザ会と比べると目を見張るほ
どよい仕事をしている.
• Gentoo の開発が楽しいのは (開発者の,そしてユーザの,またはそれらを
含めた) コミュニティの雰囲気がよくて,参加していて楽しいから.
• ヨーロッパではさまざまな言語が飛び交っていた.
• ヨーロッパ人だからといって英語ができるとはかぎらない.
• ヨーロッパで教育を受けたからといってプレゼンテーションがうまいとは
かぎらない.
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http://www.gentoo.org/news/en/gwn/20060227-newsletter.xml
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• 日本で引っ込み思案でも外国では積極的になったほうがよい.
である.たった 3 日だったがすごくためになった.行かないと分からないこと
もけっこうある.特に会議やミーティングを主催するときのホスト側の心構えに
ついて学ぶところが多かった.自分がホストする側になったときには来てくれた
人に楽しんでもらえるよう心がけたい.
3.6 小町守君の特待生報告書に関するコメント:自然言語処理学講
座 助手 浅原 正幸
小町君は修士論文の研究テーマとして「動作性名詞の項構造解析」を行ってい
る.このテーマは現在までの自然言語処理ではあまり実用化されていなかった意
味処理のための基礎技術であり,短期間で結果を出すことが困難である.チャレ
ンジングなテーマにもかかわらず,2006 年の言語処理学会の年次大会において筆
頭著者で発表することができた.テュータである私も会場で様々な研究者から発
表内容について賞賛の言葉をいただき誇りに感じている.他に特筆すべき点とし
て,学内において研究室横断型の勉強会「SICP 勉強会」と呼ばれる “Structure
and Interpretation of Computer Programs” を読む勉強会の世話人をつとめてい
る.勉強会の中ではスケジュールの取りまとめをはじめとして,本文や問題を解
く際の中心的な役割を果たしている.
さて,彼の特待生としてのプロジェクトは「オープンソース開発支援プロジェ
クト」といい,彼の研究には直結しないテーマである.彼は Gentoo Linux をは
じめとして,オープンソースの開発システムに従事してきており,研究以外の分
野にも実績を重ねてきた.その 1 つの例として,前大学の友人らとともに未踏ソ
フトウェア創造事業 (未踏ユース) に採択された「ユーザ参加型のパッケージ管
理・斡旋システム」があげられる.特待生としてのプロジェクトはこのシステム
開発の一役を担う.報告書にある海外研修報告は FOSDEM と呼ばれる,彼が開
発に携わってきた Gentoo の開発者が集う国際会議に参加した模様である.オー
プンソース開発に関して様々なものを吸収するだけでなく,積極的に技術者の交
流をはかってきた様子が見てとれる.最後の提言ではコミュニティを組織するた
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めに必要なことをまとめており,彼は特待生に採用されたことにより通常のカリ
キュラムでは得がたい経験を積むことができたと言えるだろう.
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