関係者各位 2015 年 4 月 14 日 法学部法律学科 2 年上野真弘 投票率低下現象を探る 目次 1 はじめに―投票率を考える意義― 2 民主主義と選挙と投票 3 現状と問題点の検討 3-1 投票率の全体的な低下 3-2 国民が投票に行かないのは問題なのか ①組織票の観点から ②政権運営の観点から ③権利か義務かの観点から 4 論点 5 参考文献 1 はじめに―投票率を考える意義― 2015 年の 4 月中旬に、統一地方総選挙が行われる予定である。今回の統一地方選は、2 昨年暮れに行われた衆議院総選挙以来、初めての全国規模の選挙となる。また、日本創成 会議の『消滅可能性自治体』リスト1の発表や、それを受けた国の『地方創成』2政策の振 興という状況下での選挙で、人口減少や経済振興などに重点が置かれた論争が予想されて いる。 しかし一方で、今回の地方統一選は低投票率が懸念されている。注目度が高く、投票率 の向上につながる東京都知事選は、今回の地方統一選では実施されない。与野党相乗りの 選挙戦も多く、有権者の関心を高める材料が乏しいのである。3各自治体は対策に躍起にな っている訳だが、選挙のたびに投票率の低下が問題視され、投票を促すような論調はもは やおなじみの光景だ。 だが、なぜ投票率の低下が問題なのか。 確かに、投票行動の社会的意義は大きい。市民の声を議会に反映させる機会や手段が、 全国 896 の自治体が、人口流出などの影響により自治体を維持できない『消滅』状態に 陥る可能性があるとしている。 2 若年層への支援とともに、地域の魅力を振興し地方への人口定着をすすめ、東京一極集 中を防ぐことが提唱されている。 3 参考:知事選、低投票率の懸念 相乗り多数、東京実施なく http://www.sankei.com/politics/news/150326/plt1503260010-n1.html 1 1 選挙以外にあまりないからである。また、市民が政治家を審査し失職という罰を与えうる 貴重な機会でもある。 しかし、個人的な意義はどうだろうか。社会的な意義と個人的な意義は必ずしも一致し ない。選挙に行くのは面倒くさい上に、投票したところで政治は何も変わりそうにないよ うに思えてしまう。政策も自分と関係のないものが多い。私たちは個人主義の下生活して いるのだし、個人の責任の下で投票を棄権してもいいはずではないのだろうか。なぜ私た ちは投票に行かなくてはならないのだろう。 本 SPD では、 『投票に行かない国民が増えていることは問題なのか』について議論して いく。投票率低下を嘆く論調を疑って考えることは、選挙や民主主義の本質を考えること につながる。そしてそれは、これから有権者としてより深く選挙に関わっていく大学生に とって、重要である。また、暗黙の前提を疑うことの大切さも、学んでいただけたらと思 う。 2 選挙の意義 投票率を見る前に、選挙とはなにかを分析していかなければならない。 選挙には、次の意義がある4。 ①多数派の意思による支配を実現する。 ②政権や政党・議員に正統性を与え、政治責任を追及する。 ③民主主義国家において、意思決定の土台となる。 ①多数派の意思による支配を実現する5 選挙は多数者の意思を反映する手段であり、また、民主主義は多数者の意思による政治 を目指す。つまり、この 2 つは多数者の政治を実現するための一連の手続きなのである。 この見方は多数者がいることを前提としていて、国民の利益の最大化を重視している。 ②正統性を与え、政治責任を追及する 時の政治が正統性をもつのは、政治家が選挙によって選ばれたからである。それと同時 に、議員や政権は選挙によって正統性をはく奪されることによって、政治を続けられなく なる。議席を失うという形で政治責任を追及されるのだ。 ③民主主義国家において、意思決定の土台となる 近代の民主主義国家では、選挙によって選ばれた政治家が国家の意思を決定する。そし て、国民は基本的に、それに従わなくてはならない。要するに、選挙でえらばれ正統性が 4 参考: 『選挙と民主主義』岩崎正洋編 吉田書店 民主主義における多数決原理は多数派による『支配』ではなく集団間の『妥協』である とする批判もかねてより存在している(ケルゼン、1919 年)。 5 2 与えられた『政治エリート』とそのほかの大衆との間に、分業が存在しているのである。 ここでは、選挙のときに大衆が行うのは、自分の代表を誰にするかという決定に過ぎな い6。政治的な問題を決定するのは、実質的には政治家たちである。 以上の点を図にまとめると以下のようになる。 ________________________________________ 国家意思の決定 政治的問題に関する決定 =議決(多数者の支配) 議会=政治エリート集団 代表決定 =選挙 →正統性の付与とはく奪(責任追及) 国民 ________________________________________ 図 1:選挙と議会 3 現状と問題点の検討 ここからは、いまの日本の投票について分析していく。 全体的な投票率の低下は存在するのか。また、国民はもっと投票に行くべきなのだろう か。 3-1 投票率の全体的な低下 投票率はここ最近低下傾向にあるといわれている。 まずは国政選挙についてみていこう。 6 市民の政治参加を重視する参加民主主義の立場からは、市民の参加を軽視しすぎている という批判がある。 3 郵政解散 民主党政権 第一期 第二期 小選挙区比例代表制導入 図 2:衆議院議員選挙における投票率の推移(出典:明るい選挙推進協会 HP) 明確な低下傾向は見られないが、投票率がちがう 2 つの時期が存在することがわかる。 ここではこの 2 つの時期を『第一期』『第二期』と呼ぶことにする。 第一期は昭和 21 年から平成 5 年までの時期で、投票率は 67%~77%の間である。 第二期は平成 8 年総選挙から現在までである。郵政選挙時や自民党から民主党への政権 交代時など、特に論争的だった選挙では投票率が持ち直されるが、第二期全体としては 6 割台で投票率がうごいている。 グラフには書かれていないが、昨年暮れの選挙の時の投票率は 52.6%であった。 つぎに、地方統一選について見ていこう。 4 自公政権復活 図 3:統一地方選における投票率の推移(出典:明るい選挙推進協会 HP) こちらの方が投票率の低下傾向がはっきり見て取れる。 まとめると、以下のことがわかる。 ①これまでの衆議院議員選挙全体においては明確な投票率の低下傾向は確認できないが、 ここ 20 年の投票率はそれ以前の投票率と比べて相対的に低く、低下傾向にある。 ②統一地方選の投票率は強く低下傾向にある。 では、この低下の傾向は問題なのか。 3-2 国民が選挙に行かなくなっていることは問題か ①組織票の観点から ・問題である派 投票率が下がると、つよい組織票を持つ党派に有利になってしまう。たとえば自民党 は、つながりのある団体から安定した票が得られる上、つよい組織票を持つ公明党の支援 5 もあるので、投票率が下がるほど相対的に浮かび上がる7といえる。 *組織票の割合が高まる→特定の党派に有利な選挙→問題 ・問題でない派 投票率が選挙の結果を決めるという考えはよくない。有権者に政治の責任を押し付けて いるだけだからだ。ある政党が負けたとすれば、有権者が投票に行きたいと思うような魅 力的な政策を考えられなかった政党のせいである。投票率が下がっているのは政治に興味 を持たせない政党側の責任であって、投票をためらう有権者に投票を迫るのは褒められた やり方ではない。むしろ政党側がよりよい政策提言ができるように努力すべきだ。8 *そもそも投票率で選挙は左右されず、政策の優劣があるだけである→正統性の問題は生 じない ②政権運営の観点から ・問題である派 民主主義は市民の参加を前提とする。だから、投票率が低いということは、民主主義の 健全な発展をめざすなら、憂慮すべきこと9なのである。このまま低投票率が続けば、民主 主義の要件である『市民の参加』が欠けた政権となってしまい、政権の正統性が揺らいで しまう10。 *投票率が低い=参加率が低い→正統性が失われる ・問題ではない派 棄権するという行動も選挙に影響を与えている訳で、民意の 1 つとして捉えられる。ま た、選挙の機能の 1 つとして責任追及があげられる。日本では選挙権は開かれているの で、政権に不満を持ち、正統性がないと有権者が判断した場合は、有権者は投票に行くは ずである。 7自民、議席維持に期待感=投票率低下の見方広がる【14衆院選】 時事ドットコム 2014/11/29-18:26 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201411/2014112900216 8 参考:投票率は選挙結果を左右しない http://thepage.jp/detail/20141207-00000001wordleaf?pattern=2&utm_expid=9059093030.KeL6QkglRn2Y7iUrccBgkg.2&utm_referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.co.jp%2 9 平成二十四年三月二日受領 答弁第九〇号 内閣総理大臣 野田佳彦 http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b180090.htm 10 視点・論点 「低投票率と民主主義の危機」法政大学教授 白鳥浩 http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/163247.html 6 *棄権することも民意の 1 つ→正統性の問題は生じない *正統性がないと判断したら、国民は行動するはず→選挙の責任追及の機能は果たされ、 問題は生じない ③選挙権の公務的性格から ・問題である派 実際には、選挙権は権利ではなく公務である。日本の主権者は国民だが、国家の大きさ などの都合で、間接民主制を取らざるを得ず、実質的な主権は議会にあるからだ。選挙は 公務員を選ぶ行為であり、国民はその選定役を議会からまかされた関係にある。これを放 棄することは無責任な行いである。 議会 実質的な主権 名目上の主権 選挙:公務員を任命 有権者を選挙人として任命…公務的 国民 図 4:国民と議会の関係(参政権=公務説) *つまり:投票は公務員を選ぶ公務のようなものなのに、やらない→問題 ・問題でない派 選挙権は義務ではなく権利である。そもそも国家の主権は国民の合意に基づくものであ り、国民に帰属する。自分が主権者である国の公務員を選ぶ権利があるのは当然のことで ある。この権利を捨てるかどうかは個人の自由である。 7 議会 投票=国民として当然の権利 名実ともに 主権者 国民 図 5:国民と議会の関係(参政権=権利説) *つまり:投票は当然の権利だから使うも捨てるも自由→問題ではない ☆ここまでのまとめ☆ ここまでの対立軸を簡単にまとめる。 3-1 全体的な投票率低下は問題か 問題である派 問題ではない派 投票率=政治への参加率が低い 棄権することも民意→正統性の問題は無い →参加が前提の民主主義が成り立たない 選挙の責任追及機能が働けば問題は無い →政権の正統性が失われる 投票率が低い 投票率で選挙結果は左右されず、政策の優 →強い組織票をもつ特定の政党に有利 劣があるだけ →問題 →問題は無い 投票は義務→投票しよう! 投票は権利→棄権は個人の自由! 8 4 論点 以上の点を踏まえ、今回皆さんに議論していただく論点を発表する。論点は次の通りで ある。 『今日現在日本で起こっている、全体的な投票率の低下は問題なのか』 5.参考文献 中北浩爾著(2012) 『現代日本の政党デモクラシー』岩波新書 岩崎正洋編(2013) 『選挙と民主主義 選挙と民主主義――はしがきに代えて』吉田書店 ハンス・ケルゼン著 長尾竜一・植田俊太郎訳(2015) 『民主主義の本質と価値』岩波文 庫11 芦部信喜著 高橋和之補訂(2011) 『憲法 第五版』岩波書店 知事選、低投票率の懸念 相乗り多数、東京実施なく(最終アクセス:2015 年 4 月 3 日)http://www.sankei.com/politics/news/150326/plt1503260010-n1.html 平成二十四年三月二日受領 答弁第九〇号 内閣総理大臣 野田佳彦(最終アクセス: 2015 年 4 月 5 日) http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b180090.htm 視点・論点 「低投票率と民主主義の危機」法政大学教授 白鳥浩(最終アクセス: 2015 年 4 月 5 日)http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/163247.html 自民、議席維持に期待感=投票率低下の見方広がる【14衆院選】 (最終アクセス:2015 年 4 月 5 日)http://www.jiji.com/jc/zc?k=201411/2014112900216 投票率は選挙結果を左右しない(最終アクセス:2015 年 4 月 5 日) http://thepage.jp/detail/20141207-00000001wordleaf?pattern=2&utm_expid=9059093030.KeL6QkglRn2Y7iUrccBgkg.2&utm_referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.co.jp%2 F 11 ケルゼンの論文『民主主義の本質と価値』の初出は 1919 年である。 9
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