日本電子News Vol.37 , 2005

クロスセクションポリッシャで作製した
断面におけるオージェ分析
堤 建一
日本電子(株)電子光学機器本部
緒言
オージェ電子分光法(AES)は空間分解能が高
く(10 ∼ 20nm φ)、最表面から 6nm といった
領域の極表面分析ができることから、最表面
の異物分析や構造解析などに用いられてい
る。また、試料断面を作製することで断面方
向についての微小構造解析にも適用されてい
る。しかし、その分析結果は作製された断面
の質に大きく依存してる。例えば試料表面に
研磨だれや大きな加工変質層があれば、オー
ジェ分析を行うためには Ar スパッタリング
でそれらを除去してから分析する必要があ
る。そのため、長時間のスパッタによる表面
荒れや選択スパッタリングの影響が大きくな
り、正しい断面構造分析ができなくなる場合
もあった。また、表面近傍の浅い領域の微小
な断面構造を解析するには、FIB を使って断
面作製を行う場合もある。しかし、FIB
(Focused Ion Beam) は加工する断面は表面か
ら数 10 μm の深さで、幅が数 10 μm といっ
た小さな領域となるために、適用できる試料
は限られていた。
このたび弊社にてクロスセクションポリッシ
ャ(Cross-section Polisher: 以下 CP と略す)と
呼ばれる数 100 μm の幅でナノメートルオー
ダの微小構造を反映した断面が容易に得られ
る断面試料作製装置が開発された。この装置
は、遮蔽板によってマスクされた試料表面に
対して、高エネルギーの Ar イオンを表面に
垂直な方向から照射することで、マスクされ
た表面以外の領域をエッチングし、断面加工
を行う装置である。この装置を用いることで、
従来の研磨法に比べて研磨だれや加工変質層
の少ない清浄断面が得られ、FIB に比べて広
範囲の領域を断面加工できるので、SEM、
EPMA、AES での断面試料の作製装置として
(30)日本電子ニュース Vol.37(2005)
用いられるようになった。
ここでは CP の原理と活用法について簡単に
解説し、CP で作製した試料断面をオージェ
電子分光法で分析する場合の注意点について
解説し、また応用分析例を紹介する。
クロスセクションポリッシャ
(CP)を使った断面作製
従来の研磨法と比べた CP の有用性
断面試料を作製する場合、試料を切り出して
から砥石・砥粒を用いた研磨を行って仕上げ
る機械研磨法が広く行われている。機械研磨
法は砥粒と加工面との間の物理的な接触によ
って行われる加工であり、原理的に表面凹凸
のうち突出している部分から選択的に削られ
ていくため、材料によっては簡便に鏡面仕上
げにまで達することができる。その上、色々
な材料に対して砥石・砥粒の選択によって加
工時間と加工面粗さを制御でき、機械研磨用
の機械も数多く開発されて効率よく作業でき
ることから、非常に有用な方法であるといえ
る。しかし一方で、機械研磨法では研磨面に
加工変質層が厚く形成されたり、異種材料の
界面で柔らかい材料が硬い材料の上に被って
しまう現象、いわゆる研磨だれが生じたりす
るため、研磨面の仕上がり具合は、その人の
熟練度に大きく依存するといった欠点があ
る。そこで、熟練を必要とせず比較的簡便に
清浄な断面試料を作製するための装置として
CP が開発された。その外観を Fig. 1 に示す。
CP の特長として、次のような項目が挙げら
れる。
● 従来の機械研磨では完璧な鏡面仕上げが難
しい柔らかい銅、アルミ、金、ハンダ、高
分子や、反対に切断の難しい硬いセラミッ
クスやガラス、また、これらの硬度の異な
る材料が混在している物の鏡面仕上げが可
能である。
● 金線とアルミパッドとのボンディング面間
のボイドのように、従来の機械研磨ではつ
ぶれて観察できない構造を忠実に保存でき、
メッキ層間の密着度やハンダの密着度の解
析、異物の解析が可能である。
● FIB よりも広い面での研磨が可能である。
● 機械研磨では材料によっては熟練が必要と
されるのに対し、CP は比較的短時間で習得
でき、清浄な断面試料作製が可能である。
このような理由から、CP は SEM、EPMA、
AES などの断面分析を行う際の前処理とし
て、非常に有用であることがわかる。次に
CP の加工原理と加工方法について簡単に述
べる。
CP の加工原理
CP の加工原理を Fig. 2 に示す。まず前処理
として、目的の断面を形成する場所から 30 ∼
75 μm 程度の削りしろ部分を残すように、切
断もしくは機械研磨などで、ある程度の断面
を作製する。その削りしろ部分を残して保護
するように遮蔽板で試料表面を覆い、モータ
駆動のユーセントリックステージにセットす
る。タイマーで加工時間を設定した後に、ペ
ニング型イオン銃で発生させた 2keV ∼ 6keV
の Ar イオンを試料に照射することで CP 加工
が行われる。このようにして、遮蔽版の直下
に加工断面が作製される。
Fig. 3 に CP 加工断面の例を示す。CP 加工面
は図に示すように半月状の断面が形成され
る。加工された断面の幅と深さは Ar イオン
のエネルギーと照射時間に依存しており、一
般的には加工する試料の材質とイオン照射領
域から Ar イオンエネルギー決定し、断面作
主な仕様
製時に削る深さや体積の大きさによって照射
時間を決定する。詳細については、別途マニ
ュアルなどを参照していただきたい。
イオン加速電圧
2 ∼ 6kV
イオンビーム径
500 μm (半値幅)
ミリング速さ
1.3 μm/min (加速電圧 6kV, Si ウエハ)
試料サイズ
11mm × 10mm × 2mm t
加工ガス
Ar
到達真空度
10-4 Pa
排気系
ターボ分子ポンプ + ロータリーポンプ
Fig. 1 CP の外観と仕様
断面作製手順
CP を使った加工プロセスは自動化されてい
るため、ボタン操作のみで行うことができ、
非常に簡単である。しかし、実際には CP に
セットした後よりも、CP にセットする前ま
での前加工が重要で、切断・研磨などの方法
を用いて要求されている試料サイズまで加工
したり、表面を保護するための樹脂をコーテ
ィングしたりするなど、試料に対しての前準
備が必要である。具体的には Fig. 4 に示す手
順に沿って CP で断面加工を行うことになる。
①加工対象となる試料を取り出す
②CP のための試料サイズに加工
初めに CP で取り扱える試料サイズに加工
する必要がある。CP で取り扱える試料サ
イズは 11mm × 10mm × 2mm t 以下であ
るので、この大きさ以内になるように破
断・切削・研磨などの加工方法で調整す
る。その際に、表面を保護する必要がある
場合には、次の手順−③表面保護のための
樹脂をコーティング−を先に行ってもよ
い。CP における削りしろは試料端面から
30 ∼ 75mm 程度必要であるので、断面作製
を行う場所がこの範囲以内になるように注
意する。
③表面保護のための樹脂をコーティング
CP は表面に対して鉛直方向から Ar イオン
を照射して削っていくため、最表面はエッ
チングされて本来の形状が壊れてしまう。
また、Fig. 5 に示すように最表面に凹凸が
あったとしてもエッチングは全面で進むた
め、表面形状を反映した形で断面加工が進
む。その結果、加工後の断面に縦筋が見え
Fig. 2 CP の加工原理
Fig. 3 CP 加工断面の例
日本電子ニュース Vol.37(2005)
(31)
CP 断面でのオージェ分析
オージェ電子分光法は、横分解能 10 ∼ 20nm
φで約 6nm の深さの高空間分解能分析ができ
るので、断面分析においてもの微小な欠陥部
や異物などが明確に区別できる。しかし、高
空間分解能の表面分析であるがために、断面
に不純物が付着していたり、界面上にどちら
か一方の層の元素が他層に覆っていたりする
と正確な分析ができなくなる。そのため、断
面試料のオージェ分析を行う場合には機械研
磨で断面作製した後、Ar スパッタリングを長
時間かけて、表面の不純物や研磨だれの層を
除去して分析を行うのが常であった。しかし、
長時間のスパッタリングは、選択スパッタリ
ングの効果で表面あれが生じたり、表面の元
素組成が変わったりするため、微小領域分析
を行う上で好ましいことではなかった。
一方、CP 断面は研磨だれが少なく、従来の
機械研磨断面では見ることが困難であった界
面の微細構造も明確になり、なおかつ不純物
が少ない清浄断面が得られるので、オージェ
分析にとっても FIB 同様に強力なサンプリン
グツールになりうる。そこで、CP で作製し
た断面について、オージェ分析が可能かどう
かも含めて比較・検討した結果をまとめる。
Fig. 4 CP 断面作製手順
CP 加工断面の不純物
Fig. 5 表面に樹脂コーティングすることによる加工断面の違い
るようになる。これらの影響を小さくする
ため、前処理として試料表面に樹脂をコー
ティングし、ガラス上で硬化させて凹凸の
ない試料表面を作製する前加工が必要とな
る。
④ CP による断面加工
ここまでの前処理が終了すると、あとは
CP 本体に試料をセットして自動で加工を
行うだけである。CP 本体を取り扱うにあ
たっての操作方法や注意点は、ここでは省
略する。弊社が発行している本体のマニュ
アルやオペレーションダイジェストなどを
参照していただきたい。
CP に適した試料とは
一般に Ar イオンを用いたエッチングでは、
それぞれの材質でエッチングレートが異なっ
たり、同じ材質のものでも化合物や合金相だ
と選択スパッタリングによってバルク中の状
態と異なった状態の相が表面に現れて表面荒
れが起きたりする。選択スパッタリングとは、
2 つ以上の元素で構成されている合金相の表
面に対して Ar イオンエッチングした時に、
特定の元素が選択的にエッチングされて表面
の原子濃度がバルクのそれと異なってしまう
現象のことである。例えば InP については、
選択スパッタリングの影響のために P が In よ
りも速くエッチングされるため表面あれが生
じ、最表面の元素濃度比がバルクのそれと異
なることが荻原らによって報告されている
(32)日本電子ニュース Vol.37(2005)
[1][2]。この選択スパッタリングの影響を小さ
くするためには、入射角度を表面に対して低
角度にすることがよいと報告されている
[3][4]。CP では作製する断面に対して平行に
Ar イオンを入射させて加工しているため、
色々な元素を含んだ材料であっても選択スパ
ッタリングの影響は小さく、比較的平坦な断
面ができるのである。
しかし、CP では断面を作製する加工過程と
同時に、削りしろを取り除くための加工過程
も行われている。削りしろを取り除く過程は、
同じスパッタリングレートの材質であって
も、加工される材料の真上から Ar を入射し
ているために効率よく加工できず時間がかか
ってしまう。効率的な CP 加工を行うために
は、削りしろ部分を小さくすることが重要で、
前処理段階として目的とする断面作製部にな
るべく近いところまで端面だしを行うことが
必要である。
熱に弱い試料の場合には低加速電圧・低電流
の Ar イオンを使って、長時間の加工を行わ
なければならない場合があり、目的によって
は単純にカッターによる切断面や機械研磨で
十分の場合もある。
以上のように、CP は断面作製をするツール
としては非常に有用である。しかしながら、
実用的には CP に適した試料とそうでない試
料があるので、目的・材質・加工時間などを
考慮して CP による断面作製が適しているか
どうかを判断して、有効に利用していただき
たい。
CP 加工断面で、どの程度、清浄な断面が作
製されるかをオージェ分析で調べた。最初は
表面に樹脂コーティングをしない状態で、Si
ウエハを割って新しいへき開面に対して CP
加工を行った。Fig. 6 に二次電子像、Fig. 7
に各点で測定したスペクトルを示す。
Fig. 7 に示す point-1 ∼ 6 の点でオージェスペ
クトルを見ると、すべての点で C、O、Ar が
検出されている。この C と O のピーク強度は
十分に小さく、試料を大気に出した時、もし
くは輸送中に付着した不純物と考えられ、CP
加工による汚染ではないと思われる。また Ar
については、CP 加工済領域(point-1 ∼ 4)よ
りもエッチング進行中である未加工領域
(point-5, 6)の方での検出量が大きいことがわ
かった。
次に、電子線を一点照射して不純物の付着す
る時間変化について調べた (Fig. 8)。結論と
しては 10kV, 40nA 電子線を照射したにも関
わらず、不純物 C のピーク強度が増大せず、
反対に酸化 Si が還元されて酸素のピークが小
さくなっていることがわかる。このことから、
へき開面上での CP 加工面は清浄であること
がわかった。また、Fig. 9 では Fig. 8 の 0min
と 18 min の Si LVV ピークを比較した。電子
線の還元によって酸化物のピークから metal
のピークへと変化したことがわかる。0 min
の Si LVV ピークが標準 Si スペクトルの強度
と比べて約半分であることとオージェ電子の
脱出深さから推定すると、CP 加工断面の酸
化物の厚さは表面から 1 ∼ 2nm の領域で約
50%の Si が酸化した状態であると考えられる。
続いて、表面を保護するための樹脂をコーテ
ィングした場合の CP 加工面上での不純物量
G-2 樹
CP 加工済領域
CP 加工済領域
未加工済領域
2
4
Fig. 6 樹脂コーティングしていない Si ウエハの CP 加工断面
(照射条件: 10kV,40nA)
Fig. 7 樹脂コーティングしていない CP 断面上で測定したスペクトル
Fig. 8 樹脂コーティングなし CP 加工面で 18 分間照射した時のスペク
トル変化 (電子線照射条件: 10kV, 40nA で 2 分間隔で測定)
未加工済領域
2
4
Fig. 10 G-2 樹脂コーティングした Si ウエハの CP 加工断面
(照射条件: 10kV,40nA)
Fig. 11 G-2 樹脂コーティングした CP 断面上で測定したスペクトル
Fig. 12 G-2 樹脂コーティングした CP 加工面で 18 分間照射した時のスペ
クトル変化 (電子線照射条件: 10kV, 40nA で 2 分間隔で測定)
Fig. 9 Si LVV ピークの電子線の還元反応による形状変化
(0 分と 18 分後)
日本電子ニュース Vol.37(2005)
(33)
4
4
8
8
8
4
(a) G-2 樹脂をコーティングして作製した場合
4
4
(a) 樹脂コーティングした場合
((b) 樹脂コーティングしない場合
Fig. 14 樹脂コーティングした場合としない場合とでのオージェスペクトルの比較
8
4
(b) G-2 樹脂をコーティングせずに作製した場合
Fig. 13 樹脂コーティングした場合としない場合での CP 加工断面の
SEM 像の比較 (IC 試料, 照射電子線条件 10kV, 24pA)
について調べた。ここで用いたコーティング
樹脂とは、エポキシ G-2(日本電子データムで
販売:パーツ No.780028520)で、CP 加工をす
る際に通常用いられているものである。実験
は Si ウエハ表面に G-2 樹脂を薄く塗って硬化
させ、同じく Si ウエハを割って新しいへき開
面を出してから CP 加工を行った。Fig. 10 に
二次電子像、Fig. 11 に各点で測定したスペク
トルを示す。
Fig. 11 に示す point-1 ∼ 6 のオージェスペクト
ルを見ると、G-2 樹脂コーティングしていな
い場合と同様に、すべての点で C、O、Ar が
検出されている。この場合の C と O のピーク
強度は十分に小さく、試料を大気に出した時、
もしくは輸送中に付着した不純物だと考えら
れ、G-2 樹脂による汚染ではないと思われる。
Ar についても同様に CP 加工済領域(point-1
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∼ 4)よりもエッチング進行中である未加工領
域(point-5, 6)での検出量が大きいことがわか
った。
次に、電子線を一点照射して不純物の付着す
る時間変化についても調べた(Fig. 12)。G-2
樹脂をコーティングしてない場合と同じく、
10kV, 40nA 電子線を照射しても、不純物 C の
ピーク強度が増大せず、酸化 Si が還元されて
酸素のピークが小さくなるだけであった。こ
のことから、表面保護のために G-2 樹脂を用
いた場合でも G-2 樹脂からの不純物ガスの発
生量は小さく、オージェ分析する上では問題
にならないことがわかった。
樹脂コーティングをした場合としない
場合での CP 加工断面の違い
前節で CP 加工断面を作製する際に、試料表
面に G-2 樹脂をコーティングしても特に不純
物汚染をすることがなく、分析する上で問題
がないことを示した。しかしながら、オージ
ェ分析するにあたっては、少しでも表面汚染
する可能性があるものは排除し、試料のあり
のままを分析することが必要である。そこで、
試料表面に G-2 樹脂コーティングをした場合
としない場合の 2 つの試料を用意し、両方の
CP 加工断面をオージェ分析で評価した。
Fig. 13 は表面に 1 μm 程度の凹凸のある IC
試料について、前処理として G-2 樹脂をコー
ティングした場合としない場合の SEM 像を
比較したものである。どちらの試料も 10 万倍
の倍率で微細構造が確認できる程、清浄な断
面が形成されていることがわかる。しかしな
がら、G-2 樹脂をコーティングしない場合の
試料断面は、コーティングした場合の試料に
4
4
8
IC 部品
Fig. 17 IC 部品の写真例と断面作製した場所の模式図
8
4
Fig. 15 FIB によって作製された IC 試料断面の SEM 像
(IC 試料, 照射電子線条件 10kV, 24pA)
Fig. 16 FIB 断面と CP 断面で測定した Si 部分のオージェスペクト
ル比較 (IC 試料, 照射電子線条件 10kV, 10nA)
Fig. 18 金電極と Si 基板との界面にある欠陥部のオージェ分析
(照射電子線条件 10kV, 10nA)
比べて、表面に凹凸がある影響で断面上に多
くの筋が残っていることがわかる。また、G-2
樹脂をコーティングしない場合の試料最表面
は、断面方向から見るとエッチングをうけて
形状が少し変わっているものが見られるが、
コーティングした試料最表面は保護されてい
ることがわかる。
続いて、この 2 つの試料を分析した結果を比
較する。Fig. 14 に表面に樹脂コーティングし
た場合としない場合での各 point-1 ∼ 8 でのオ
ージェスペクトルを示した。この結果を見る
と、表面に樹脂コーティングした場合としな
い場合とで加工断面上の多くの部位(point-2
∼ 7)で差異は見られないが、最表面の Si3N4
層(point-1)での検出元素が大きく異なってい
る。これは樹脂コーティングを行わないで
CP 加工を行うと、遮蔽版と試料との間に隙
間があるため、遮蔽版の元素である Ni や P が
最表面の層に打ち込まれているためである。
このように樹脂コーティングしないで CP 加
工断面を作製する場合には、最表面の層は Ar
エッチングの影響を受けており、形状や元素
組成が変化している可能性があるので注意が
必要である。
れないようにアルミホイルやインジウムシー
トで覆って分析を行う。しかし、CP 加工を
行う際には、G-2 樹脂を最表面にコーティン
グして最表面を保護してから断面作製するこ
とが多いため、G-2 樹脂が帯電するか否かは、
分析結果を左右する大きな問題である。
本来 G-2 樹脂は絶縁体であるので帯電するが、
試料の状態や組成、コーティングの厚み・密
着度など色々な要因で、帯電するかどうかが
樹脂上での帯電問題
変わっているようである。例えば、Fig. 14 の
続いて、G-2 樹脂を使った場合の帯電の影響 (a)樹脂コーティングした場合における pointについて述べる。オージェ分析は試料最表面
8 は G-2 樹脂上であるが、正常にオージェス
の分析であるので、帯電する試料であっても
ペクトルが測定でき、C、N、O の組成である
他の SEM-EDS や EPMA と違って、導体薄膜
ことがわかる。一方、同じ G-2 樹脂を使った
をコーティングして分析することができな
にも関わらず、Fig. 10 に示した Si ウエハ上の
い。そのため、絶縁物を含む試料である場合、 G-2 樹脂の場合には、二次電子像でもわかる
通常は絶縁物部位になるべく電子線が照射さ
ように、帯電の影響が強く出ていた。このよ
日本電子ニュース Vol.37(2005)
(35)
SEM
W
Sn 層
Cu:Sn=6:5 層
Cu:Sn=3:1 層
Au
8
2
4
2
Cu 層
Al
Fig. 20 Cu と Sn の接合界面の SEM 像 (CP 断面作製後 Ar エッチ
ング処理)
(照射電子線条件 10kV, 24pA)
Ti
C
Fig. 19 金電極と Si 基板との界面にある欠陥部のオージェマッピング結果
(照射電子線条件 10kV, 10nA,観察倍率 5 万倍)
うに G-2 樹脂は試料によって、帯電する場合
としない場合があり、なぜそうなるかは明確
にはわかっていない。しかしながら、G-2 樹
脂部が帯電したとしても、中和銃を使って低
速 Ar イオンを照射することで、多くの試料
では帯電の影響を抑制して測定できるため、
オージェ分析を行う上では問題にならない。
FIB 断面と CP 断面との違い
従来、大きさが 1 μm 以下の微細構造をもつ
試料を分析する場合、FIB を使って断面試料
を作製してからオージェ分析を行っていた。
しかし、CP を使うことによって清浄かつ微
細な断面構造を再現できることから、オージ
ェ分析における FIB 断面と CP 断面との違い
について考察した。
Fig. 15 に FIB によって作製された IC 試料断
面を示す。この IC は Fig. 13 や Fig. 14 と同じ
(36)日本電子ニュース Vol.37(2005)
もので、同じ倍率で測定したものの傾斜して
いるため、少し異なって見えている。しかし、
10 万倍の SEM 像を見る限り、FIB 断面も CP
断面もどちらもシャープさやコントラストに
ついて同じ質の断面ができていることがわか
る。
続いてオージェ分析について考察する。Fig.
16 に FIB 断面と CP 断面の両方で、加工直後
の Si 部分を測定したオージェスペクトルと Si
の標準スペクトルを示す。FIB 断面では Ga が
検出され、CP 断面では Ar が検出されており、
どちらもエッチングした際に混入したと思わ
れる。その他に検出されている C、O、Si 元
素の種類はどちらも同じであるが、FIB 断面
のスペクトルの方が C と O の強度が大きく、
Si のスペクトルが純物質の状態と酸化 Si のス
ペクトルが合成されたような形状をしている
ことから、FIB 断面の方が酸化しやすく、不
純物カーボンが付着しやすいことがわかる。
これらの C、O は試料を輸送する際に 5 分程
度大気にさらしたことによって付着したもの
であるが、FIB 断面と CP 断面とで吸着・反
応速度が違うことについては、原因が加工変
質層にあるのか Ga が介在するためなのかは
判明していない。今後、研究の必要がある。
しかし、どちらの加工断面でもオージェ分析
する際には、一般的に Ar によって表面クリ
ーニングしてから分析するため問題にはなら
ない。
以上のように FIB 断面と CP 断面は、どちら
もオージェ分析可能な質の高い断面が作製で
きることがわかった。FIB は数 10nm の精度
で数 10 μm の大きさを制御しながら断面作製
をするのに対し、CP では光学顕微鏡を使っ
て位置合わせを行うため、数 10 μm の精度で
幅数 100 μm の領域を加工する。この 2 つの
方法は加工位置の精度が絶対的に異なってい
るのである。結局、オージェ分析にとっては、
●1
●2
●3
●4
●5
Fig. 21 Cu と Sn の界面のオージェ分析結果 (照射電子線条件 10kV, 10nA)
CP を使って断面を作製し、この薄膜層の断
面のオージェ分析結果を述べる。
試料は加熱した Cu 基板上に Sn を載せて反応
させた後、自然冷却したものである。CP を
使って断面試料を作製した後、超高真空中下
で Ar スパッタを行って、C, O を除去した清
浄表面で分析を行った。そのときの SEM 像
を Fig. 20 に示す。二次電子像を見ると Cu 層
の上に Cu:Sn=3:1 層があり、その上に
Cu:Sn=6:5 層があって、最後に Sn 層になって
いることがわかる。しかし、Cu:Sn=6:5 層と
Sn 層の界面にもう一層別の層があるように見
える。そこで、各層でオージェスペクトル測
定を行った。その結果を Fig. 21 に示す。
オージェスペクトルで point-2 と point-3 を比
較すると、point-3 では Cu のピーク強度が小
さくなり、Sn の強度が大きくなる。そこで、
Cu と Sn でオージェマッピングを測定すると、
Fig. 22 に示すように Cu:Sn=6:5 層と Sn 層の
間に別の層があることがわかった。
結言
Fig. 22 Cu と Sn の接合界面のオージェマッピング結果
(照射電子線条件 10kV, 10nA, 測定倍率 10 万倍)
オージェ分析は空間分解能が高く、最表面か
ら 6nm といった極表面の分析であるために、
断面方向についての微小構造解析にも適用さ
れている。しかし、その分析結果は作製され
た断面の質に大きく依存するため、断面作製
手法は分析と同じくらい重要である。そこで、
新しい断面作製手法として、弊社で開発され
た断面作製装置クロスセクションポリッシャ
(CP)を使って、オージェ分析に適用できるか
どうかを評価した。
その結果、加工断面には不純物も少なく、
FIB で作製した場合と同様の微細構造を再現
した断面が得られ、オージェ分析を行うにあ
たって十分清浄な表面が得られていることが
わかった。しかも、そのような清浄断面が数
100 μm という広い範囲で作製できることか
ら、従来の機械研磨と FIB との間の大きさを
補完する断面作製技術として、色々な分野で
応用できると考えられる。
目的とする試料の状態や大きさで、どちらの
方法が適切であるかを判断するのがよい。
Fig. 18 のオージェ分析結果を見ると、欠陥部
からは W や Ti が多く検出され、中央の黒点
(point-4)からは Al が検出されていることが
CP 断面の応用分析例
わかる。Fig. 19 では 5 万倍の視野で行ったオ
ージェマッピングの結果を C、Al、Ti、W、
断面試料のオージェ分析を行うにあたって、
Au の各元素について示す。黒点の大きさは
CP は非常に有用であることを示した。ここ
約 100nm 程度の大きさで非常に小さいもので
では、2 つの応用分析例を挙げて紹介する。
あるが、オージェ分析の空間分解能の高さか
らはっきりと区別することができる。
絶縁物を含む断面のオージェ分析
(IC 中の配線接合部)
絶縁物を含む実試料の分析として、携帯電話
の液晶ディスプレイをコントロールする IC の
断面を作製した。Fig. 17 に分析した IC と同
種の写真例と断面を作製した個所を示す。CP
は、実試料である IC のモールド樹脂を剥がさ
ずに、製品のままの状態で断面を作製するこ
とができる。ここでは Si 基板上にある金電極
との接合部の断面分析を行った。
軟材料接合部の界面分析
(Sn と Cu との接合界面)
軟材料接合部の実試料分析の例として、はん
だ接合界面で見られる Sn と Cu の接合界面分
析を行った。この界面では Cu:Sn=3:1 と
Cu : Sn=6 : 5 の原子濃度の異なる 2 つの薄い層
ができることが知られているが、断面の作製
状態が悪いと観察することが難しく、そこで
参考文献
[1] 荻原俊弥,吉田浩一,田沼繁夫 : 表面分析
研究会,実用表面分析研究会,講演要旨集
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[2] 荻原俊弥,吉田浩一,田沼繁夫 : J. Surface
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日本電子ニュース Vol.37(2005)
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