●臨床薬剤師のための輸液・栄養療法シリーズ http://medical.tampa.co.jp/terumo/menu/index.html 企画協力:社団法人 日本病院薬剤師会 提 供:テルモ株式会社 長期経腸栄養施行患者に対する薬剤管理指導業務 島根県立中央病院薬剤科 安食 健一 ●銅欠乏症の症例 近年、経腸栄養療法の普及に伴い、経腸栄養剤を長期間使用する機会が増加しています。 しかし、人工的な栄養療法のため銅、亜鉛などの微量元素をバランス良く摂取できず、通 常の経口摂取下では稀とされてきた微量元素欠乏症が、長期経腸栄養を受けている患者さん において多く報告されています。 微量元素の欠乏症のうち最も多いものは亜鉛であり、銅、セレンなどの報告もあります。 亜鉛欠乏症は、顔面・会陰部より始まり、しだいに増悪する皮疹や口内炎、味覚障害などが 見られ、銅欠乏症では貧血、白血球減少、好中球減少など、セレン欠乏症では心筋症や下肢 の筋肉痛などを生じることが知られています。 今回、島根県立中央病院の薬剤管理指導業務担当病棟において、銅欠乏症による貧血、白 血球減少を生じた症例を経験しましたので報告します。 症例は、60歳代の寝たきりの男性患者さんです。 4年以上経鼻胃管より経管栄養を受けており、平成14年4月からは、食品の経腸栄養剤を 1日1200kcal 分摂取していました。 同年5月にヘモグロビン値が7.3g/dl、白血球数が2200と低値を示し、鉄剤投与に反応し ない貧血、白血球減少が急激に進行しました。6月には血清総蛋白減少も生じました。 原因検索のため、血清銅値、亜鉛値を測定したところ、銅は基準値が70∼90μg/dl であ るのに対して7と極めて低く、亜鉛は基準値が80∼160μg/dl であるのに対し51と低値を 示し、主治医から薬剤科へ治療薬の相談がありました。 薬剤科ではまず当院で採用されている経腸栄養剤の銅・亜鉛の含有量について調べました。 経腸栄養剤は、食品と医薬品に大きく分類されます。当院の食品の栄養剤は4種類、医薬 品はエンシュア・リキッド、ラコール、エレンタール、エレンタールPの4種類が採用され ています。 銅の含有量を食品と医薬品とで比較すると、食品の方が医薬品より含有量は低く、この症 例で使用していた食品の栄養剤はエンシュア・リキッドの10分の1にも満たないほど、低い ことが分かりました。 また、第六次改定「日本人の栄養所要量」に掲載されている60歳代の銅の1日所要量は 1.8mg ですが、今回の症例で1日に摂取していた栄養剤1200kcal 中には0.084mg しか含ま れておらず、大幅に銅の摂取が不足していたと考えられます。 亜鉛も銅と同様に、食品は医薬品より含有量が低く、この患者さんの亜鉛の1日摂取量 2.94mg は、60歳代の所要量である11mg を満たしていませんでした。 以上のことから、銅、亜鉛の摂取不足が根本的な原因であると考え、経腸栄養剤を銅、亜 鉛ともに「日本人の栄養所要量」に比較的近い量が含まれている 医薬品のエンシュア・リキ ッドへ変更することを主治医へ提案しました。また、亜鉛の補給のために1g あたり34mg の亜鉛が含まれている胃潰瘍治療剤プロマックの処方も提案しましたが、銅と亜鉛は吸収に おいて拮抗することが知られており、亜鉛の投与が多すぎるとかえって銅の吸収が低下する ことが考えられました。銅の欠乏が著しい今回の症例では、亜鉛よりも銅の補給を第一と考 えて、この旨をただちに主治医へ伝えたところ、プロマックは中止となりました。 数日間、提案どおり治療が行われましたが、嘔吐があり、また、肺炎をおこしたため、中 心静脈栄養となり、その間、銅、亜鉛の補給には高カロリー輸液用微量元素製剤のミネラリ ン注が投与されました。 約2週間後、肺炎が治癒し、再びエンシュア・リキッドに変更して経過を見たところ、血 清銅、亜鉛値ともに上昇し、亜鉛はエンシュア・リキッド再開1か月後に、銅は3か月後に は基準値下限以上に改善しました。 ヘモグロビン値は、当初、4まで低下していたものが、徐々に上昇し、エンシュア・リキ ッド再開1か月後には基準値程度まで改善しました。また、白血球数も改善しました。 この症例は、微量元素、特に銅の含有量の低い食品の栄養剤を長期間摂取していたため欠 乏症が生じたと考えられました。その治療として、食品から微量元素含有量の比較的多い医 薬品の栄養剤へ変更することで効果があったと考えられます。 今回の症例から、長期にわたって経腸栄養を受けている患者さんには微量元素欠乏症に注 意が必要であることがわかりました。そこで、当院入院中の他の長期経腸栄養を受けている 患者さんについて、経腸栄養剤の種類、検査値について調査を行いました。 担当病棟を調べたところ、半年以上経腸栄養を受けている患者数さんは5人でした。 赤血球数、ヘモグロビン値、白血球数などの検査値は、どの患者さんも大きな変動は認め られず、欠乏症を疑う症状もありませんでした。 血清銅・亜鉛値においては、医薬品の栄養剤エンシュア・リキッドを投与中の患者さんで は36か月間という長期の投与でも、銅、亜鉛は基準値を保っていました。しかし、食品の栄 養剤を単独で10か月間使用している患者さんにおいて、銅、亜鉛値の低下が認められました。 この調査より、欠乏症を生じている患者さんはなかったものの、栄養剤の種類によっては、 長期で使用すると微量元素の欠乏を生じる恐れがあることがわかりました。 ●解決すべき課題 今回の症例、調査を通して大きな問題が2点挙げられました。 第1は、現在当院で使用されている食品の経腸栄養剤は微量元素含有量が低いものばかり であることです。第2は、経腸栄養剤の長期使用患者では微量元素欠乏症を起こす可能性の あることを、我々薬剤師を含めた医療スタッフがほとんど認知していなかったことです。 第1の問題については、食品の栄養剤は食品衛生法において微量元素の添加が制限されて おり、当院で採用されているものをはじめ今まで含有量が低いものが多く販売されていまし た。 しかし、2000年に第6次改定「日本人の栄養所要量」で微量元素の項目が掲載されて以来、 メーカーの技術の進歩もあり、食品の栄養剤でも微量元素を豊富に含有する製品が各社から 販売されてきています。 そこで、薬剤科より担当診療科部長、栄養管理科、褥瘡対策委員会などに食品の経腸栄養 剤の見直しを提案しました。 その結果、1000kcal 分の摂取でほぼ1日所要量を満たす食品の経腸栄養剤2種類を採用す ることとなりました。これらを使用することによって微量元素欠乏症の予防、治療に期待が できると考えられます。 しかし、微量元素含有量の多い栄養剤が採用になっても、第2の問題のように長期の経腸 栄養療法における微量元素欠乏症について認知し、それぞれの経腸栄養剤について正しい知 識を身につけていなければ意味はありません。経腸栄養剤には種類が多くありますが、それ ぞれの特徴を理解した上で使用することが必要です。 たとえば、医薬品の経腸栄養剤ではセレンの含有量の低いものが多く、添付文書にも重要 な基本的注意の欄にセレン欠乏についての記載があります。また、当院で今回新しく採用さ れた食品の経腸栄養剤は1000kcal あたりに1日所要量が含まれていますが、基礎代謝量の低 い寝たきりの患者さんがほとんどであるので、過剰摂取にも気を付けなければなりません。 病態等によって、患者さんごとに吸収、代謝、排泄は異なってくることが予想され、これら のことを理解せず漫然と使用し続けると重篤な症状を引き起こす可能性もあるので、各種指 標の定期的なモニタリングを行いながら欠乏症などに対して注意をしていくことが必要です。 今後、薬剤師は経腸栄養が長期にわたって行われている患者さんには、今回の症例のような 微量元素欠乏症の起こる危険性があることを十分認識し、医師・看護師等の医療スタッフへ、 経腸栄養剤の特徴や欠乏症についての情報を提供し、栄養士とともに微量元素欠乏について の啓蒙を行っていかなければならないと思われます。そして、薬剤管理指導業務においては、 白血球数やヘモグロビン値などの検査値などを通して、微量元素の欠乏症についてチェック を行い、欠乏症が疑われる場合には、銅、亜鉛、セレンなどの血清濃度チェックを医師に提 案し、必要ならば適当な経腸栄養剤への変更を薦めることも重要な業務の一つとなるのでは ないかと思います。 以上、長期にわたって経腸栄養を受けている患者さんへは微量元素欠乏症について注意が 必要ではありますが、その存在を知り、かつ、きちんとした対応をとることで、予防や早期 診断・早期治療を行うことができると考えられます。今後、薬剤師は栄養士、医師、看護師 と連携をとりながら微量元素をはじめとした患者さんの栄養管理も念頭におき、患者さんの QOL向上に貢献していかなければならないと思われます。 以 上 (平成15年2月21日放送分)
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