これからの日本の農業機械化 (3) 新素材 藤井:デンタビリティ(凹みやすさ) 、すなわち成型 や加工時の亀裂発生で難があるとされていました 藤井 幸人 農研機構生研センター主任研究員 が、近年、プレス加工の技術も進み、小形深絞り 長澤 教夫 農研機構生研センター主任研究員 や大形・複雑形状部品の成型も可能になってきて 行本 修 農研機構生研センター企画部長 いるようです。 矢治幸夫 農研機構中央農研センター企画管理部長 松本訓正 社団法人日本農業機械化協会専務理事 (平成 20 年 5 月現在) 矢治:超鉄鋼をトラクタのエンジンやボディに利用 することはできませんか。いつ頃の実用化が期待 できますか。 藤井:自動車分野では、既に実用化が進んでいます 松本:次のテーマは新素材です。藤井さん、金属な ので、10 年先を待たずに技術的なハードルを超え どの価格が高騰する中、従来から多く使われてい る(それほど高くない)と思われます。しかし、 る重い鉄に代わる新たな素材はありませんか。 コスト面では材料費で1割程度の上昇と言われ、 藤井:農業機械の利用コストの低減は今後とも必須 また、複雑な成形を行う場合は、金型等の製造費 条件ですが、多少コストを犠牲にしてでもエネル が高くなることも課題と思われます。そのために ギー問題と環境問題へ一層対応せざるを得なくな は、今まで以上に部品の共通化を進めて量産化を ると仮定しますと、機械の種類や用途によって要 図っていくことが実用化の条件の一つと思われま 件が異なるかも知れません。機械を軽くできる超 す。やはりコスト面が課題でしょうか。 鉄鋼はエネルギー、省資源の面でその解決の一助 になると考えます。そこで新素材として役立つ超 鉄鋼について検討すべきと考えています。 行本:藤井さん、超鉄鋼の他に事例があれば聞かせ て下さい。 藤井:鉄材以外の素材ですと、最も多用されている のが樹脂類と言うことになりますが、従来のエン 強度 2 倍、寿命 3 倍の超鉄鋼 ジニアリングプラスチックの耐熱性や長寿命化を 行本:まず藤井さん、超鉄鋼とはどんなものでしょ 図った樹脂の開発改良が進んでいますので田植機 う。 藤井:一言で言えば、強度2倍、寿命3倍の鋼材の や野菜移植機を初めとした軽負荷作業機械の歯車 や軸受け等に転用できる可能性があります。 ことです。ロータリなどの多くの農業機械は、質 また、軽量化の視点以外で新素材みますと、動力 量構成比で9割以上が鉄を素材としています。こ 損失などの原因となるロータリカバー内側への土 れに対して、自動車分野では、車体を軽量化して 壌の付着防止にテフロンや高分子ポリエチレン素 燃費改善を図るための高強度鋼の利用が進展して 材が有用であると確認されていますし、付着軽減 います。普通鋼板に対し2倍、3倍の引張強度を 繊維も開発されつつありますので、ゴム系の新素 もつ高張力鋼板は、バンパーをはじめ車体の構造 材開発に加え利活用が期待できると思われます。 骨格部品にも適用されるようになり、例えば厚さ このほか施設園芸関係の新資材では、紙に無機質 0.4 ㎜と言った外装パネルの薄肉化の結果、鉄の のガラス質を常温でコーティングした素材が開発 省資源化や省燃費効果はともに5%に達するとも されていますので、耐久性が向上すれば適正廃棄 言われています。農業機械においても樹脂等に代 処理問題を抱える農業用ポリ塩化ビニルフィルム 替できない部位、あるいは逆に安全フレーム等の の代替素材として考えられると思われます。 転倒時防護構造物(ROPS)の強度を必要とする 部材での軽量化に可能性が開けると考えています。 行本:藤井さん、農業機械への導入に際して課題は ありませんか。 農業廃棄物を原料にした新素材 松本:長澤さん、生物系素材ではいかがですか。 長澤:農業機械には鉄の他にも非鉄金属、プラスチ ック、ゴム等の様々な材料が使われていますが、 の向上が農業機械への適用という観点からは大切 とかくこれらは分離分別や熱処理が難しく、廃棄 だと思います。また、価格が既存の樹脂の4倍と の際にはシュレッダーダストとして埋め立てられ、 高価です。 製造から利用・廃棄に至るまで多くの化石資源・ エネルギーを使用して、多大の温室効果ガスを放 矢治:価格を除きますと、どんな条件でいつ頃実用 化が期待できますか。 出するなどし、環境への悪影響面とコスト面の負 長澤:植物由来素材の物性向上の研究は急速に進展 担が限界に近づいています。私は作物や農業廃棄 しており、特許出願数はこの 10 年で急増してい 物を原料とした新素材についてお話します。 ます。またバイオマスニッポン総合戦略では、2 行本:長沢さん、その利点を聞かせて下さい。 年後をめどに植物由来素材の価格を半分程度にす 長澤:現在、トウモロコシからプラスチックを作り ることが掲げられています。これらの動向から考 出す技術、一部では農業廃棄物として扱われる米 えて、少し楽観的かもしれませんが、物性向上と 糠からセラミックスを製造する技術が急速に進展 低価格化が急速に進むという前提の下で、遅くと しています。植物由来のメリットとして、化石資 も 10 年後くらいには農業機械に利用可能な植物 源の節約と CO2 抑制効果が大きいだけでなく原 樹脂が開発されると期待しています 料が圃場から生産され、圃場に廃棄して土に戻せ る可能性もあるため、持続可能な農業システムと いう観点を含めて環境に優しい農業機械となりま す。 行本:新たな素材や代替部品として他の事例はあり ませんか。 矢治:今後、生物系素材を利用する上で留意すべき 事項はありませんか。 長澤:少し楽観的としましたのは、植物由来素材は ここ数年の間に急激に研究開発が進んできたため、 長期にわたった耐久性や安全性等の客観的なデー タは蓄積されていません。開発された樹脂が仮に 長澤:素材としては現時点ではポリ乳酸が最も応用 農業機械に適用可能であったとしても、いずれ自 範囲が広く、農業機械の各種インパネ、レバー、 然環境で分解するわけですから、十分に検証でき シート等に応用可能だと思います。耐衝撃性の条 なかった想定外の現象が発生するかもしれません。 件をクリアすれば、バンパーやタイヤ、内部の配 こうした事態も含めた開発に留意しなくてはなら 管等にも応用の可能性があるのではないでしょう ないと思います。 か。 素材が異なりますが、高水分でも滑りにくい機能 松本:今日は面白い夢を聞かせていただきまして有 り難うございました。 を持つ、米糠由来セラミクスをゴムに混合した素 材の開発が進めば、農業機械のタイヤや尾輪等へ の応用が期待できます。 その他、稲わらや雑草などのセルロースから樹脂 を作る基礎研究が進んできていますが、まだ実用 化のレベルではなく、素材としての開発は進んで いません。 行本:長澤さん、生物系素材の実現に課題はありま せんか。 長澤:現在の植物由来素材は既存の樹脂に比べ、耐 熱性や耐衝撃性が劣るという欠点があります。農 業機械は土や水に触れながら炎天下でも高負荷作 業を行うことが多いため、これらに対応する物性 社団法人日本農業機械化協会 創立 50 周年記念 誌 (平成 20 年 5 月)から
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