学校におけるITの活用と教育への導入

技術士 2009.8
Information
Technology Series
情報技術(IT)シリーズ
学校における IT の活用と教育への導入
The information Technologies in Schools
滝口 亨 Takiguchi Tohru
日本の学校は現在 IT 化の真最中である。一般企業に比べ遅れてはいるが,2000 年に森内閣が掲げた
e-Japan戦略以来,
IT化が加速した。また情報化時代に即応し,2003年から高校では新たに必修科目「情報」
が設けられ,教育を開始した。どの学校にもコンピュータ教室があるのが普通となり,IT 化の波は学校の風
景を一新しつつある。一方,インターネットや携帯電話の普及は匿名の電子掲示板や電子メール等によるい
じめなど,教育の場における新たな問題の温床となっている。
Information technologies are now being used in many schools in Japan. The introduction of
information technologies in schools has been promoted rapidly since the Mori Cabinet announced
the e-Japan Strategy in 2000, though it runs behind the business world. In response to the age of
information,the education of compulsory subject named“The Information”was started from 2003 in
every high school. In the meantime, the spread of the Internet and cell-phones causes new problems
such as bullying by anonymous bulletin boards and e-mails, and so on.
キーワード:IT 新改革戦略,IT による教育,校務の IT 化,科目「情報」,情報化の影の部分
1 はじめに
学校および教育についての諸問題は頻繁にマス
コミに登場している。少子化,学力低下,教育格
差,いじめなど多岐にわたり取り上げられている
小学校
中学校
高 校
IT 機 器 や
ペイントソ
フト,イン
ターネット
等に触れる
「技術・家
庭」の「情報
とコンピュ
ータ」でコン
ピュータの
役割や機能
を学ぶ
必修科目「情
報」を履修す
る。IT 社会の
しくみを知
り,IT の知識
と技能を身
につける
が,IT に関するものは非常に少ない。
図 1 小学・中学・高校の情報教育概要
し か し 2000 年 に「 日 本 が 5 年 以 内 に 世 界
最 先 端 の IT 国 家 と な る 」 と い う 目 標 を 掲 げ た
目指すものである。教育関係では一般に「ICT活用
e-Japan 戦 略 以 来, 教 育 分 野 に お い て も IT に
(information & communication technology)
関 連 し た 様 々 な 方 針 が 打 ち 出 さ れ た。 現 在 は
による教育」と呼ばれることが多いが,本稿では
2006 年の「IT 新改革戦略」に基づき IT 化政策
シリーズ名である「IT」を使用する。
が進められている 。
1)
本稿では主に公立の小学・中学・高校の事例を
(3)学校業務を IT 化する
成績管理などの学校業務(これは「校務」とよ
見ながら,これらの一端を紹介する。
ばれる)を IT 化し,教育効果の向上や効率化等を
2 学校の IT 化とは?
目指すものである。主な項目を表 1 に掲げる 2)。
学校・教育の情報化は大きく以下に分類できる。
(1)IT(情報)を教える
科目の中で「情報・コンピュータ」等を教え,実
際に使用し,知識・技能を習得するものである。
(2)IT を活用して教育する
従来の科目の教育に,IT機器や教育用ソフト・
インターネットなどを使用し,教育効果の向上を
表 1 校務の内容
分類
内 容
IT による効果
教育系
児童生徒学習情報管理
指導要録・通知表作成
成績処理・管理,進路指導
出欠・時数管理・週案作成
教育効果
の向上
事務系
財務管理,施設管理
給食指導,献立作成
健康診断,保健室管理
対外系
教育委員会との連絡
保護者との連携
地域への情報公開
学校運営の
改善・
効率化
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3 IT 環境の整備
ネットワークを VLAN(Virtual LAN)などで整
3)
備することが多い。
3.1 PC 等導入の目標と現状
(4)他の教育用備品
以下に IT 新改革戦略における PC とネットワー
クの導入目標と現状について述べる。
生かしやすいプロジェクタ・スクリーンや大画面
モニターなども,効果的な教育のためには必須の
表 2 PC とネットワークの整備状況
IT 新改革戦略
平成 19 年度
(H18 ~ 22)
状況
PC1 台あたりの児童生徒数
教育用の備品としては,視覚や動画の効果を
3.6 人/台
7.0 人/台
教員の校務用 PC 整備率
100%
57.8%
構内 LAN 整備率
概ね 100%
62.5%
機器である。最近はこれらを兼ね備えた電子黒板
(図 3)の普及が進みつつある。
出典:文部科学省 平成 19 年度版 学校における教育の情報化
の実態等に関する調査結果より抜粋
(1)教育用 PC の整備
公立の学校では,概ね一校にひとつは PC 教室
が整備されている。表 2 の目標にある「生徒 3.6
人に PC1 台」というのは,「PC 教室に 42 台,
各教室に 2 ~ 6 台,また共有の移動用ノート PC
を 40 台保有する」という状態を前提としたもの
である。これは PC 教室以外でも PC が使用でき
るようにする配慮から設定されたものである。
(2)教員用 PC の整備
教員用 PC は前述の「校務の IT 化」に必須であ
るが,整備状況は教員数に対し約 6 割にすぎな
図 3 電子黒板(提供パイオニア)
(5)IT 環境の整備上の課題
代表的な課題と考えるものを以下に掲げる。
① IT 新改革戦略の目標達成
現在は厳しい状況にあるが,平成21年度の補正
予算措置によりかなり整備がすすむ可能性がある。
② 保守・サポート対応体制
い。この結果,教員が個人用 PC を学校に持ち込
PC やネットワーク等が整備されれば,当然,
み使用するという,情報管理の面で問題となる事
故障,動作不良,バージョンアップなどの保守業
態が発生している。
務が発生する。それらの作業が集中する情報教員
にとっては新たな負荷業務となっている。
③ 自治体間格差の発生
表 2 の数値は全国平均であるが,IT 化に熱心な
県とそうでない県の格差が生じている。
3.2 教育用コンテンツ
IT 活用による教育は新しい分野であり,各方面
でさまざまな方法論やコンテンツの整備が進んで
いる。国は「NICER」というコンテンツ専用の
図 2 校内 LAN のイメージ
(3)構内 LAN の整備
Web を用意し,活用を呼びかけている。また,日
本教育工学振興会(JAPET)
,コンピュータ教育
開発センター(CEC)
,
NHK デジタル教材はじめ,
情報の共有化,校務の効率化には PC の整備と
教科書会社や地方自治体なども Web 等で様々な
並行して LAN の敷設が不可欠である。図 2 は標
教育用ツールや教材を提供している。しかし,効
準的な校内 LAN のイメージ図である。学校では
果的に使用するには相応の事前準備など労力も要
情報管理の観点から,教育系と事務系の 2 つの
し,普及には学校内外の支援体制が必要である。
技術士 2009.8
4 高校科目「情報」について
ところで「IT の科学的なしくみ」をきちんと教
4)
育しているのは,この中の「情報 B」である。し
次に IT 教育の目玉ともいえる高校の科目「情
かし,その採択率は表 3 から分かるように,全国
でも 1 割に満たない状態である。
報」について取り上げたい。
前述のように他の科目を担当しながら「情報」
を受け持つ教員に IT の科学的なしくみの深い理解
4.1 導入の経緯
現代の情報化時代に対応し,2003 年度から,
を求めるのは負荷が大きく,これが「情報 B」の
高校の必修の科目として新設されたのが「情報」
採択の低さにつながっていると考えられている。
である。その教員であるが,数学,理科,家庭等
IT に強い人材育成の視点からも,再考が必要
の現役教員約 9,000 人に 15 日間の免許講習会
である。
で育成するという方法でのスタートであった。
5 拡大する情報教育の内容
いかにも急場しのぎという印象であるが,この先
日本が諸外国に対抗していくためには大学で情報や
1995 年のウィンドウズ 95 の発売以来,PC
コンピュータをきちんと学んだ学生が教師になるの
やインターネット,携帯電話など IT が生活に密
を待ってはいられない,というのもまた現実で,ま
接にかかわるようになり,中高生の生活環境も激
ずは時代の要請に間に合わせたといえる。
変した。その結果,図 4 のように情報に関して身
につけるべき内容は非常に多岐にわたり,しかも
関連する技能と知識は,現在でも非常な勢いで増
4.2 「情報」教員募集の現状
平成 20 年の各都道府県での「情報」の専任教
加を続けている。
員募集状況は次の通りである。
・情報の免許のみで採用 ……   7 県
・他の科目の免許も必要 ……   6 県
・採用なし …… 34 県
何と 34 県は募集ゼロである。少子化・財政難
などで教員増が困難だとしても,IT 先進国を目標
に掲げる一方で,この現実は非常に残念なことで
ある。
4.3 IT 人材の育成のために
IT 技術者の高度人材育成が各方面で論じられ
ているが,これを高校の「情報」の科目の内容か
図 4 情報にかかわる内容
このような実情を考慮すると,情報教育とは,
単なる単位修得ではなく,学習・生活双方に不可
ら考察してみたい。
欠で重要な基礎教育であるといえる。
表 3 科目「情報」の採択状況(平成 19 年度)
分類
内 容
採択率
情報 A
情報の収集・発信の方法と活用する態度を
習得
82%
情報 B
コンピュータの科学的な考え方や方法を習得
7%
情報 C
コンピュータを活用する能力と情報化社会と
の関わり方を学ぶ
11%
出典:生田茂 筑波大学付属学校教育局 学校教育論集 30
教科「情報」における必履修科目の履修割合の変遷より抜粋
6 情報化の影の部分
1)
2004 年に長崎の小学校で電子掲示板に書か
れた悪口が元で小学生の殺人事件に発展したこと
は記憶に新しい。掲示板やメールの匿名性は,倫
理観を低下させる性格を持つものである。そのほ
情報には「情報 A」「情報 B」「情報 C」の 3 種
かにも,次のような現象が問題視されているが,
類があり,この中から各学校が 1 種類採択する。
これらを総称して「情報化の影の部分」と呼ぶこ
10
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とが多い。
・有害情報(出会い系,アダルト等)の氾濫
・ネットワーク上のモラルやルールの問題
8 情報教育には大胆なアウトソーシングを
IT の急速な変化に学校と教育が対応するには
・孤立化や人間関係の希薄化
どうすればよいか? これを克服する手段とし
・デジタル・デバイド(情報を持つ者と持たない
て,思うところを最後に述べさせていただく。
者とに生じる格差)の発生 等
これらは皆最近の問題だけに,対応もこれから
一言でいえば,
「高校の情報教育には民間企業
の活力を導入すべき」と考える。例えば情報教育
という状態である。
が遅れている地区の学校をいくつかまとめて,そ
7
の教育を民間会社に委託するのである。その理由
学校運営体制の変革~千葉県の試み~ 2)
IT 化に伴う学校運営について,各方面で先進
的な試みが多く行われている。一例として,千葉
県の高校の校務についての新しいしくみを紹介し
たい。
趣旨は,「学校ごとに個別の開発や体制をおか
ず,県内の公立高校で標準的に使用可能なアプリ
は,以下の通りである。
(1)
「情報 B」など科学的仕組みを教えることが
可能となるため,教育水準が向上する。
(2)情 報技術,携帯電話,ネット犯罪などは変
化 が 激 し い た め, 兼 任 教 員 が 多 い 現 状 で
は,教育内容の質的確保に限界がある。
(3)情 報は,技能の部分が大きいため教員とア
ケーションとネットワーク(図 5)を構築する」
シスタントでチームを組むことが効果的で
というものである。
あ る が, 各 校 で こ れ を 単 独 で 実 現 す る の
具体的な内容は,次のようなものである。
は,費用的にも人材的にも困難である。
(1)需要の多い成績処理システムを共通化する。
私 が 過 去 に 在 籍 し た 会 社 で は, 大 学 生 約
(2)データセンターを設立しデータを一括集中管
1,500 名の情報教育を会社として受託したこと
理する。ネットワークは専用線を使用する。
がある。社員数名のチームで教育した経験から,
(3)学 校で使用する機器のサポートは外部に委
これを複数の高校に展開することは十分可能であ
託し,教員負荷を軽減する。
ると考える。
また,産業界はビジネス面のみならず,社会の
一員として,初等・中等教育が抱える問題に目を
むけていただきたいと考える次第である。
<参考文献>
1) 文部科学省,平成 19 年度版 文部科学白書
2)(社)日本教育工学振興会,校務情報化の現状と今
後の在り方に関する研究,平成 19 年 3 月
3) 同 ICT 教育環境整備ハンドブック 2009 年版
4) 経済産業省 情報処理振興課,高等学校における
図 5 千葉県校内情報ネットワーク
出典:
(社)日本教育工学振興会 校務情報化の現状と今後の在
り方に関する研究 先進的実践事例より
運用は開始されたばかりであるが,システムを
地域単位で活用することは,教員負荷の軽減やセ
教科「情報」について,平成 21 年 5 月
滝口 亨(たきぐち とおる)
技術士(情報工学部門)
キュリティの平準化,費用削減などに有効な発想
学校法人山脇学園 事務局
である。今後,このような方式が増えていくと予
e-mail:[email protected]
IT 管理室
想する。
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