電池の性能低下がプラグインハイブリッド電気自動車の 燃費性能へ

JARI Research Journal
20121104
【研究速報】
電池の性能低下がプラグインハイブリッド電気自動車の
燃費性能へ与える影響のシミュレーション
Simulation of Effects of Battery Performance Degradation on
Fuel Economy of a Plug-in Hybrid Electric Vehicle
明神 正雄 *1
森田 賢治 *1
Masao MYOJIN
Kenji MORITA
Abstract
We have developed a new PHEV fuel economy simulation program to study
effects of battery performance degradation on fuel economy of a Plug-in Hybrid
Electric Vehicle (PHEV). The lithium-ion battery in the vehicle was simulated using
real data of fresh and degraded batteries. The results indicated that fuel economy
of the PHEV is significantly affected by battery performance degradation such as
capacity loss and internal resistance increase, which decrease the electric vehicle
range and increase the engine operation.
1. はじめに
プラグインハイブリッド電気自動車(以下,
PHEVという)は,外部充電による電力を用いた走
行でハイブリッド電気自動車より二酸化炭素排出
量を削減でき,充電電力に再生可能エネルギを利
用することで, さらに削減量を増大できる特長が
ある.一方,電池容量が劣化により減少すると,
外部充電電力による走行割合が減少することで,
二酸化炭素排出量は増加する.電池の初期性能に
比べた性能低下は,二酸化炭素排出量だけでなく
電力消費量や走行距離などにも影響するが,車載
向けリチウムイオン電池のデータを用いて影響を
評価した例は少ない.
本研究では,電池の容量や内部抵抗をパラメー
タとして入力し,その特性をモータ/エンジンの駆
動制御に反映可能なPHEV燃費計算プログラムを
開発した.そして,電池の性能低下がPHEVの
燃費性能へ与える影響を定量的に明らかにする
ために,車載向けリチウムイオン電池の初期と
劣化後の実データを用いて,シミュレーション
を実施した.
*1 一般財団法人日本自動車研究所 FC・EV研究部
JARI Research Journal
2. PHEV燃費計算プログラムの開発
プログラミング言語はC++とし,運動方程式の
数値計算はオイラー法を用いてPHEV燃費計算プ
ログラムを開発した.
2.1 車両モデルの計算手順
車両モデルのおおまかな計算手順を以下に示す.
1) 各位置で目標車速,加速度,走行抵抗を算出
2) パワートレインの必要回転数・トルクを算出
3) 電池の充電状態(以下,SOCという)が設定値
より高い場合は電気エネルギを主に消費して
走行するCharge Depleting(CD)モード,低
い場合は電気エネルギを維持してハイブリッ
ドとして走行するCharge Sustaining (CS)
モードで制御
4) エンジンとモータの必要出力を算出
5) エンジンと電池で対応可能な出力を算出
6) 燃料消費量,電力消費量などを算出
2.2 電池モデルの計算手順
電池モデルのおおまかな計算手順を以下に示す.
1) 走行前の SOC と積算電気量から SOC 算出
- 1 -
(2012.11)
2) セルの SOC から,開回路電圧,内部抵抗を算
出し,電池パックの値に換算
3) モータの出力から電圧,電流,出力を算出
4) 電圧が上・下限値を超える場合,上・下限値
内に制御し電流,出力を算出
5) 電流が上限値を超える場合,上限値内に制御
し電圧,出力を算出
6) 対応可能な出力をモータへフィードバック
7) セルの電圧,電流,出力,積算電気量,積算
電力量を算出
4),5) で述べた電池充放電時の電圧・電流の制
限範囲はFig. 1に示す関係となる.
3.3 車両データ
シミュレーションに用いた車両モデルの主要諸
元をTable 1に示す.主要諸元に加えエンジンの燃
料消費マップ,モータおよびジェネレータの効率
マップ,最大トルクカーブなどは,市販PHEVの
データを参考に設定した.CDモードの低SOC時
および高速,高負荷時で電池出力が不足する場合
はエンジンがアシストするBlended制御とした.
Table 1
Main specifications of PHEV model
Parameter
Set value
Curb mass
1410
Driver and
110
Mass
passengers mass
kg
Rotating part
53
equivalent mass
Rolling resistance
-
0.007
kg/(km/h)2
0.005
Max power
kW / rpm
73 / 5200
Max torque
Nm / rpm
142 / 4000
Max power
kW
60
Max torque
Nm
480
Generator
Max power
kW
60
Battery
Energy of pack
kWh
4.4 (Fresh)
coefficient
Road load
Air resistance
Fig. 1 Limited range of voltage and current
coefficient
2.3 PHEVの燃費性能評価項目
国土交通省審査値 1)の下記 7 項目と二酸化炭素
排出量を燃費性能として評価した.
 CD 燃料消費率(CD モードでの燃料消費率)
 CS 燃料消費率(CS モードでの燃料消費率)
 複合燃料消費率(CD と CS の組み合わせ)
 CD レンジ(CD モードでの走行距離)
 等価 EV レンジ(CD レンジからエンジンの仕事
分を除いた走行距離)
 一充電消費電力量
 電力消費率(等価 EV レンジ/一充電消費電力量)
3. シミュレーション条件
3.1 燃費性能試験法
満充電状態からCSモードまでJC08モードを繰
り返し走行し,上記の燃費性能評価項目を試験す
る国内認証基準「TRIAS-5-9-2009」を用いて算出
した.
3.2 二酸化炭素排出原単位
二酸化炭素排出原単位はガソリンを2.32kg/L,
国内発電平均を0.375kg/kWhとした2).
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Engine
Motor
3.4 電池データ
初期と劣化後の2種類の電池データを用いてシ
ミュレーションを実施した.Table 2に示す電池容
量,Fig. 2に示す開回路電圧および直流内部抵抗デ
ータを用いた.開回路電圧は上限電圧を100%,
内 部 抵 抗 は 初 期 の SOC10% で 放 電 時 の 抵 抗 を
100%として示した.劣化後は環境温度50℃にお
けるPHEV用のサイクル試験3)を1600回実施した
データであり,初期に比べ,容量維持率は約55%
に低下し,内部抵抗は約3~4倍に増加している.
Table 2
Capacity of cell
Parameter
Fresh
Degraded
Capacity retention/%
Capacity / Ah
14.88
8.12
54.6
- 2 -
(2012.11)
なく,CDレンジ/ UF で算出できる複合燃料消費
率算出時の総走行距離まで減少する.そのためユ
ーザ燃費の算出方法1)と同様に劣化後は初期と同
一の総走行距離(UFを用いるとFig. 3のbはb’に相
当)で複合燃料消費率を算出した.
Relative voltage / %
100
80
60
40
Fresh
20
Degraded
0
20
40
60
SOC / %
80
Utility factor
(CD range / total range)
0
100
(a) Open circuit voltage
120
Relative internal
resistance / %
100
80
Fresh-charge
60
40
1.0
0.8
b
0.7
0.6
0.5
b'
0.4
0.3
TRIAS-5-9-2009
0.2
Fresh-discharge
0.1
Degraded-charge
0.0
Degraded-discharge
a
0.9
Same total range with "a"
0
20
40
80
100
120
3~4 : 1
0
0
20
40
60
SOC / %
80
Fig. 3 Weighting method of the degraded battery PHEV
100
(b) Internal resistance
Fig. 2
60
CD range / km
20
Data of cell (plot relative scale on Y-axis)
3.5 電池モデルの制御条件
電池モデルの制御条件をTable 3に示す.満充電
状態となる初期SOC90%から,SOC22.5%までCD
モードで走行し,その後はCSモードに移行する.
電流の上限値は,充電時が10ItA(Itは電池の容量
を1時間で放電する電流値),放電時が20ItAまで
対応可能とした.
Table 3
Control method of battery model
4.シミュレーション結果と考察
4.1 シミュレーション結果
初期および劣化後の電池データを用いた場合の
PHEV燃費性能の変化をTable 4に示す.
Table 4
Effects of degradation on PHEV evaluation
PHEV performance evaluation
Fresh
Degraded
B/A / %
Combined fuel consumption / km/L
53.4
36.8
68.9
CS fuel consumption / km/L
29.1
28.8
99.2
CD fuel consumption / km/L
*
-
325.9
-
CD range / km
23.9
12.5
52.1
Electricity consumption / km/kWh
7.9
7.3
92.9
Parameter
Set value
Equivalent EV range/ km
23.9
12.1
50.6
Initial SOC / %
90
Total electricity charged / kWh
3.04
1.66
54.4
CD→CS switching SOC / %
22.5
CS CO 2 emission / g/km
81.2
81.8
100.8
CS mode upper SOC / %
22.5
CD CO 2 emission / g/km
41.1
51.5
125.2
CS mode lower SOC / %
17.5
Overcurrent limited value (Charge) / It A
10
Overcurrent limited value (Discharge) /It A
20
*Running on purely electric power by external charge.
3.6 劣化した電池の複合燃料消費率算出方法
複合燃料消費率の重み付けに用いるユーティリ
ティファクタ1)(以下,UFという)は,Fig. 3に示す
CDレンジと市場走行データから得られた定義曲
線より算出する.
電池性能が低下しCDレンジが減
少すると,UFも減少する.一例としてFig. 3の
a(CDレンジ100km)からb(CDレンジ50km)に減
少する.しかし,定義曲線を用いるとUFだけでは
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CDモードに着目すると,CDレンジは,23.9km
から12.5kmへと52.1%に減少した.等価EVレン
ジは,23.9kmから12.1kmへと50.6%に減少した.
CD燃料消費率は,燃料未使用(専ら外部充電によ
る電力により走行)から325.9km/Lになった.一充
電消費電力量は3.04kWh/回から1.66kWh/回へと
54.4%に減少した.電力消費率は,7.9km/kWhか
ら7.3km/kWhへと92.9%に低下した.CD二酸化
炭 素 排 出 量 は , 41.1g/km か ら 51.5g/km へ と
- 3 -
(2012.11)
125.2%に増大した.
CSモードに着目すると,CS燃料消費率は,
29.1km/Lから28.8km/Lと99.2%に低下した.CS
二酸化炭素排出量は,81.2g/kmから81.8g/kmへと
100.8%に増大した.
複合した値に着目すると,複合燃料消費率は,
53.4km/Lから36.8km/Lへと68.9%に低下した.
4.2 考察
満充電状態から JC08 モードを繰り返し走行し
た際の SOC,エンジントルク,電池パックの電
流・電圧のシミュレーション結果を Fig. 4 に示す.
100
SOC / %
CD mode
60
CS mode
40
Current / A
20
Voltage / V
Fresh
Degraded
80
CD range
0
120
80
B CD range
40
12.1km
0
-40
-80
350
Discharge ↑
A CD range
23.9km
Charge ↓
Upper limit
300
250
Lower limit
Engine
torque / Nm
200
150
Distance
/ km
Degraded: Engine assisted
from
CD mode
Fresh: Engine started from CS mode
100
50
0
0
10
20
30
40
50
Driving distance / km
と放電時の電圧降下が増大しているが,CD モー
ドと同じく内部抵抗の増加によるもので,電力損
失が増加する.そのため,エンジンの利用割合が
増加し,CS 燃料消費率の低下につながった.
5. おわりに
電池の容量や内部抵抗をパラメータとして入力
し,その特性をモータ/エンジンの駆動制御に反映
可能な PHEV 燃費計算プログラムを開発した.
様々な車両データ,電池データを実験で取得しプ
ログラムで利用することで,PHEV 燃費性能に与
える影響を定量的に評価することが可能になった.
開発したプログラムを用い,市販車を模擬した
PHEV(初期電池容量 4.4kWh)と,初期と劣化
後(容量が約 55%に低下,内部抵抗が約 3~4 倍に
増加)の車載向けリチウムイオン電池の実データ
を用いてシミュレーションを実施した.劣化後は
初期に比べ,
CD レンジが 52%,
電力消費率が 93%,
複合燃料消費率が 69%に低下するなど, 電池の
性能低下が PHEV の燃費性能へ与える影響を定
量的に明らかにできた.
現在の PHEV 燃費性能評価項目は,初期性能の
みの評価であり,電池劣化後の燃費性能を知るこ
とはできない.そこで,PHEV での使われ方を考
慮した電池単体の寿命試験を行い,劣化後の電池
性能を評価するとともに,当該 PHEV 燃費計算プ
ログラムを用いることで,今後は電池劣化後の燃
費性能の予測が可能となる.
Fig. 4 Transition of SOC, engine torque,
current and voltage at cyclic JC08 modes
劣化後の CD モードでは,SOC が早期に低下し
ているが,これは,電池容量が初期の約 55%に減
少したためで,CD レンジや CD レンジからエン
ジンの仕事分を除いた等価 EV レンジが減少する.
また,劣化後は電圧降下が大きく,何度も下限電
圧に達しエンジンがアシストしている.これは,
内部抵抗の増加によるもので,アシスト無より
CD レンジは増加, CD 燃料消費率は低下する.
そして,内部抵抗の増加と,電圧降下による電流
の増加に伴い,I2R で示される電力損失が増加す
るため,CD レンジ,等価 EV レンジの減少,電
力消費率の低下につながった.
CS モードでは,回生による充電時の電圧上昇
JARI Research Journal
なお,本稿は,独立行政法人新エネルギー・産
業技術総合開発機構(NEDO)の「次世代自動車
用高性能蓄電システム技術開発/基盤技術開発/
次世代自動車用高性能蓄電池基盤技術の研究開
発」の一環として実施したものである.ご協力・
ご指導頂いた関係者の方々に謝意を表します.
参考文献
1) 国土交通省 自動車の燃費性能に関する情報提供等の
要領について
国自環第 86 号 (2009)
2) 自動車技術ハンドブック
イブリッド)編
3) 三田裕一ほか
- 4 -
第 10 分冊
設計(EV・ハ
自動車技術会,p.269 (2011)
次世代自動車用リチウムイオン電池
の実使用条件を模擬した連続充放電による寿命試験
第 51 回電池討論会講演要旨集,P.109 (2010)
(2012.11)