受動部品における技術動向

受動部品における技術動向
長井真一郎(ポニー電機) 中澤知之(東邦亜鉛) 鈴木靖(秋田指月)
植木浩一(村田製作所)
Trend of Packaging Technologies in Passive Components
Shinichiro Nagai (Pony Electric Co.,Ltd.) and Tomoyuki Nakazawa(Toho Zinc co.,Ltd. ) and
Yasushi Suzuki(Akita Shizuki Co.,Inc) and Koichi Ueki(Murata Manufacturing Co., Ltd.)
まえがき
1.
パワーエレクトロニクス回路の小型化を検討するにあた
り、様々な材料から作られる受動部品の小型化は重要であ
る。本章では受動部品の中でもトランス、インダクタ、フ
ィルムコンデンサ、セラミックコンデンサに使われる材料
や技術を紹介する。
2.
トランス
半導体デバイスの進歩によりスイッチング化が進み、ト
図2 線材の形状
ランスも、低損失、小型化、低ノイズ化を求められている。
磁性材料の技術とコア材、巻線の構造的な技術の進歩があ
Fig. 2. Structure of Wire.
<2-3>トランスの巻線による損失改善とノイズ対策
る。ここでは、コア形状、電線種類紹介とトランスの低損
ト
ランスの巻線を調整することによりフライバックコンバー
失化と低ノイズ化の技術を紹介する。
トランスの材料には
タの効率を最適にする検討が行われている。図3にその損
コア材があるが、このコア材料にはさまざまな材料と形状
失検討結果を示す。これは擬似共振形フライバックコンバ
<2-1> コア形状と種類について
がある。材料については次項「インダクタ」にて紹介する。
ータで、1次巻数を変えることにより、スイッチング損失、
ここでは形状を紹介する。図1にトランスに使用される主
銅通損失、銅損、鉄損を算出している。これにより損失の
なコア形状を示す。トロイダルやカットコアの歴史は古い
少ない巻線を設計している(1)。
が、最近はスイッチングトランスにも使用されている。フ
[W/div]
div]
ェライトコアも EI→EER→PQ と巻線や磁束を考え小型化
108 turn
LossALL=
LossALL=4.5W
されている。また LP,EPC などの形状は薄型化を考慮でき
Loss ALL
Loss SW&
SW&Di
Switching Frequency
る。最近では薄型を目的としたシート形状のものがあるが
Loss Core
[20kHz
20kHz/
div]
kHz/div]
Loss winding
これは「スイッチング電源における技術動向」にて紹介す
Loss switching
る。
Primary winding Np[
Np[25turn
25turn/
turn/div]
div]
図3
損失検討結果
Fig. 3. Result of Loss.
スイッチングトランスとは外形やコストの制約が大き
い。この制約の中でノイズを低減する巻線技術がある。図
4にフライバックコンバータトランスのノイズ低減構造図
を示す。電位変動の大きい部分は図中の変動電位の部分と
なり、2次側巻線とに寄生容量Cが存在する。この寄生容
図1 コアの形状
量Cを充放電することとなりコモンモードノイズの増加と
なる。通常巻線すると電位変動部分は2次側と距離が近く
Fig. 1. Structure of Core.
<2-2> 巻線の線材について 線材には絶縁被覆や材料形
なり寄生容量 C は大きい。これを巻始めと巻終りを考慮し
状などいくつかの種類がある。図2に線材の主な種類を示
て構成すれば寄生容量 C は小さくなりノイズを低くでき
す。通常は単線が一般的であるが、高周波電流時の表皮効
る。このような方法にて低ノイズ化することによりノイズ
果の対策のためリッツ線などがある。また絶縁能力を上げ
フィルタの小型化なども可能である。
るための三層絶縁線がある。銅断面積を上げるためエッジ
トランスの高効率化、小型化において低損失と高周波数
ワイズ巻やオメガ巻がある。これらの技術は小型化に影響
化の必要がある。今後更なる材料及び構造の改善が必要で
するものである。
今後の課題となっている。
1
度であり、高周波での使用にも適しているが、コスト面の
問題を抱えている。
2.0
飽和磁束密度[ T ]
珪素鋼板
通常トランス断面図
1.5
純鉄ダスト
1.0
アモルファスリボン
センダスト
0.5
低ノイズトランス断面図
フェライト
0
1
図4 ノイズ低減化のトランス構造
Fig. 4. Structure of Low Noise Transformer.
図5
3.
10
100
1000
周波数[kHz]
10000
主な磁性材料の使用周波数域と飽和磁束密度
Fig. 5. Characteristic of Typical Magnetic Materials .
インダクタ
(Frequency and Saturated Magnetic Flux Density)
<3-3>小型化に求められる技術と問題点
近年、半導体デバイスや実装技術の進歩により電力変換
装置に占めるインダクタ体積の割合が増加しており、イン
<3-3-1>巻線構造の工夫
小型化の為には磁性材料と巻
線双方での対策が必要である。例として、直流重畳特性の
ダクタの小型化の必要性が高まってきている。その要求に
答える為には、磁性材料の特性ならびに構造の両面からの
優れた磁性材料で小型化を行うには、矩形断面電線をバネ
技術開発が不可欠である。
状に巻くエッジワイズ巻を用いれば占積率を高められより
インダクタを構成する要素は巻線、磁芯、構造材(ボビ
大きい電流で使用でき、かつ少ない巻数となり効果的であ
ン、ケース等)であるが、特に巻線や構造については前節
る。また、高周波特性の優れた磁性材料で小型化を行うに
のトランスと共通する事項が多い。この節では主に磁芯(磁
は、リッツ線を用い、巻線の表皮面積を増やす事により銅
性材料)に関する事項を中心にして述べたい。
損を押さえることが効果的である。
<3-1>大電流用途に適した磁気特性とは
理想的なパワ
<3-3-2>ボビンレス、ケースレス化
構造材、絶縁材として
ー用途向け磁性材料の特性としては以下が挙げられる。
用いられているボビンやケースを省略することにより小型
・高飽和磁束密度、直流重畳特性が優れている
化を実現できる。技術的課題としては下記が挙げられる。
・電線-コア間の絶縁確保(塗装や磁性材自体の高抵抗
→駆動時の磁束密度を高められることから、磁路面積を
縮小(すなわち磁芯の小型化)できる。また、同電流にお
化による)
いてはより少ない巻数で同等のインダクタンスを得られる
・磁芯の機械的強度の確保(バインダ、成形、熱処理技術
ことから小型化できる
等による)
・鉄損が低い→ 回路の高効率化、低発熱
<3-3-3>高周波化
インダクタの小型化に最も直接的
に寄与するのが高周波化である。しかし高周波化は巻線の
・周波数に対する鉄損の増加が少ない
表皮効果による銅損の増加と磁芯の鉄損増加による発熱を
→高周波化による小型化を行いやすい
引き起こすことから巻線と磁芯両方での対策が必要とされ
・電流すなわち印加磁界の増加による鉄損の増加が少ない
る。磁芯に求められるのは高周波での鉄損の低減であるが、
→大電流での効率が良い
インダクタの
アプリケーションにより回路の駆動周波数が異なる事、磁
磁芯に用いる磁性材料は、要求される磁気特性やコストに
性材料により使用できる周波数が異なることから、どのア
よりすみわけがなされている。代表的な材質について図5
プリケーション・磁性材料での高周波化であるかを考慮す
に示し以下に述べる。
る必要がある。また、磁性材により鉄損成分の傾向が変わ
<3-2>パワー用途磁性材料の種類と動向
珪素鋼板は高い飽和磁束密度と透
磁率を持ちコイルを小型化できることから、さほど鉄損が
ることから、改良の手段も異なる。フェライト材の低損失
問題とならない商用~20kHz までの周波数域で良く用いら
化は精密な成分調整、焼成温度調整により行われているが、
れている。センダスト等の金属系ダストコアは珪素鋼板よ
性能に関する影響因子は追求され尽くされており、技術的
りも高い周波数域で使用でき、また形状的自由度も高いこ
改善の余地は少ない。しかし、ダストコア材に関しては組
とから小型化を図れる。フェライト材は鉄損の低い材料で
成・粉体プロセス・絶縁・熱処理等で、今後、高周波鉄損
あり、数百 kHz 以上の高周波においても使用でき、高周波
の低減以外でも高性能化が見込める可能性のある材料であ
化による小型化が最も期待できる。アモルファス材やナノ
る。
結晶軟磁性合金は、ダストやフェライトより高飽和磁束密
2
4.
フィルムコンデンサ
SEGMENT CELL
METAL SPRAY END
FUSE MARGIN
インバータ制御回路に使用される直流平滑コンデンサ
FUSING SLIT
は、長寿命・高信頼性に加えて、低損失・環境負荷低減な
どへの要求の高まりから、フィルムコンデンサへの置き換
えが進んでいる。しかし、限られたインバータユニットの
収容空間からすれば、平滑コンデンサが占める体積比率は
BASE FILM
METALLIZED METAL
MD MARGIN
決して余裕のあるものではなく、小形軽量化へのニーズは
高い。また、益々厳しくなる高耐圧化と同時に、国内市場
図7蒸着電極
のみならず海外市場も見据えた場合の広範な使用環境温度
Fig. 7. Metalized electrode
<4-2>低インダクタンス化 小形軽量化が要求される車
への対応も加味すれば、それらの要件を満足させる為の要
素技術開発が、フィルムコンデンサメーカーに課せられた
両用途では、インバータ回路の低インダクタンス化により
重要な課題である。
サージ電圧を抑制することでのスナバコンデンサレス化技
<4-1>小型化への取り組み
術も拡がりを見せている。配線構造の最適化による回路中
図6にフィルムコンデンサ
の線路インダクタンスの低減に合せて、平滑コンデンサに
の変遷グラフを示す。フィルムコンデンサは、電鉄車両用
も低インダクタンス化の強いニーズがある。
の平滑コンデンサとして古くから採用されており、パワー
コンデンサを構成する単位構成素子の形状や配列の最適
デバイスおよび制御方式の進歩に伴う技術革新を経て、継
化を通じて、角型構造での収納効率を向上させ、配線バス
続的に小形・軽量化を図ってきた。
バーの形状と配線構造の最適化・簡素化により、インバー
タ平滑用コンデンサとして最適な低インダクタンス化
ヒューズ機構付き蒸着電極
100
90
300
イ
ン
ダ
ク 200
タ
ン
ス 100
値
50
(nH)
0
体
80
積
70
・
60
質
50
量
40
の実現を可能にしている。
<4-3>高リプル電流耐量化
体積、
体積、質量
に、インバータ回路用コンデンサとして要求される性能
には高周波・大電流耐量が挙げられる。コンデンサ自身
の損失は高周波リプル電流による発熱となる為、結果と
インダクタンス値
・
コ
25
ス
20
ト
15
して使用される雰囲気温度を制限することになる。コン
デンサの損失は、主に誘電体損失、内部電極金属(箔体
コスト/
コスト/μF
(%) 10
5
0
低インダクタンス化と共
や蒸着金属等)や配線での導体損失などによる等価直列
1965
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
抵抗(ESR)損失と、漏れ電流による損失からなるが、
2005
高周波領域における発熱因子としては等価直列抵抗損
図6 フィルター用フィルムコンデンサの変遷
失の影響が支配的になる事から、この損失分を如何に低減
Fig. 6. History of film-capacitor for FILTER
コンデンサの小型軽量化を実現するための重要なポイン
していくかが高周波・大電流耐量の向上、ひいては高温耐
トの一つとして、誘電体材料の薄膜化と高耐圧化が挙げら
用化の鍵となる。一般的に、ヒューズ機構付き蒸着電極の
れる。コンデンサの体積は、誘電体の単位厚み当たりに課
採用はESRを増加させる要因となるが、蒸着パターンの
せられる電圧ストレス、すなわち誘電体の電界強度の二乗
改良や蒸着金属膜厚の最適化によりこの問題を解決し、ヒ
にほぼ比例することから、誘電体材料を如何に薄膜化して
ューズ機構による保安性能と低損失化を両立させる事で、
品質・機能を確保するかが、コンデンサの小型軽量化を図
適切な保安機構を備え、高周波・大電流への高い耐量を併
る上での重要な課題となる。
せ持つ、小型・軽量で高信頼性のフィルムコンデンサを実
現している。
誘電体材料を薄膜化するために必要なフィルムの耐圧性
<4-4>今後の展望
能の向上はコンデンサメーカー各社で様々な取り組みがな
今後、益々需要の拡大が期待される電
鉄車両、及びハイブリッド自動車をはじめとした次世代自
されている。
動車用途では、その動力となる電動機を制御するためにイ
図7に蒸着電構成図を示す。ヒューズ機構付き蒸着電極
の採用や、それら蒸着電極構成と蒸着金属膜厚の最適化な
ンバータが用いられ、そのインバータシステムの小形軽量
どにより、誘電体材料の高耐圧化(高電位傾度化)ならび
化・高効率化が課題となっていることは前述の通りである。
に誘電体の薄膜材料の適用が可能となり、コンデンサの小
フィルムコンデンサの技術革新にはその加工技術のみなら
型・軽量化を実現している。
ず、よりパフォーマンスの高い新誘電体の市場投入も含め
て素材メーカー各社の原料系の技術革新が期待される。
3
5.
セラミックコンデンサ
<5-1>自動車用セラミックコンデンサのトレンド
車載
用セラミックコンデンサはカーオーディオから始まって自
動車の電子化が進むのに伴って数多く利用されるようにな
り、パワートレイン系、エンターテインメント系、セーフ
ティ系などの ECU を中心に幅広く採用されている。
近年の環境問題への関心の高まりから、自動車市場では、
図8パワーエレクトロニクス用セラミックコンデンサ
ハイブリッド自動車(HEV)や電気自動車(EV)の開発が
Fig.8.Multi Layer Ceramic Capacitor for Power Electronics
進んでいる。その中で車載用インバータも時代とともに進
<5-3>パワーエレクトロニクス用セラミックコンデンサ
のアプリケーション
化しており、使用される平滑コンデンサもアルミ電解コン
前記セラミックコンデンサの特徴
デンサから、小型、高寿命と高性能化が進み、現在ではフ
は以下のアプリケーション用途でメリットがある。
ィルムコンデンサが主流となっている。
①平滑用途
さらに現在では、機電一体による小型化、低損失・高温
例えばアルミ電解コンデンサを平滑用途で使用する場
作動を目的としたスイッチング素子への SiC デバイスの適
合、許容リップル電流で選定すると過剰な容量になる場合
用が一部で始まり、コンデンサにもさらなる耐熱性能が要
がある。セラミックコンデンサは特に単位体積、単位容量
求されている。特にセラミックコンデンサは過酷環境での
あたりの許容リップル電流が大きいため、小型、低容量で
使用に耐えうる性能を有しており、パワーエレクトロニク
必要な平滑機能を得ることができる。
ス用途に特化したコンデンサも実用化されつつある(2)(3)。
②スナバ用途
セラミックコンデンサは、低 ESL、低 ESR のため高周波
<5-2>パワーエレクトロニクス用セラミックコンデンサ
の特徴
パワーエレクトロニクス用コンデンサとして、小
領域でのインピーダンス特性が良好である。また、小型、
型大容量、高許容リップル電流、高温保証などいった性能
高耐熱のためスイッチング素子近傍に実装可能であり、配
が要求されるが、セラミックコンデンサでは材料、構造を
線インダクタンスを小さくできる。これらの利点により、
改良し、これらの性能を満たしている。
良好なサージ除去効果を得ることができる。
もともとセラミックコンデンサは異種コンデンサと比較
6.
して非常に高い誘電率を持つセラミックスを材料としてい
まとめ
パワーエレクトロニクスに使用される受動部品において
るため、基本的に小型大容量を実現している。しかしなが
ら、例えば従来の汎用 BaTiO3 系セラミック材料では、DC
トランス、インダクタ、フィルムコンデンサ、セラミック
バイアス下での容量低下が大きい、誘電損失による発熱が
コンデンサを中心に紹介した。具体的にはトランスの巻線
大きいなど、パワーエレクトロニクス用途には適していな
技術,ノイズ低減技術の動向を調査した。インダクタにお
い面があった。
いては磁性材料などの技術開発が行われている。フィルム
また、一般的にセラミックコンデンサの接合材にははん
コンデンサにおいては低インダクタンス化、高リプル電流
だが用いられるが、はんだ接合は疲労破壊しやすく温度サ
化などの技術が進められている。セラミックコンデンサに
イクルでクラックが発生してしまうため、特に高温環境で
おいては、小型大容量、高許容リプル電流化が進んでいる。
本章で紹介した回路のほんどは実用化されたものであ
の使用には適さない。
そこで、DC バイアス下での大容量と低誘電損失を兼ね備
り,小型化を行うにあたり有用な内容である。CO2 削減や
えた専用のセラミック材料、基板からの機械的応力を吸収
エネルギー問題などと同様に、小型化へのステップとして
するための金属端子付き構造などが実用化されている。
効率改善が必要である。本章は受動部品に関する調査であ
パワーエレクトロニクス用として実用化されたセラミッ
るが、各特長を上手に使用したパワーエレクトロニクス回
クコンデンサの一例を図8に示す。外形:32mm×40mm×
路への応用をすると、より小型化が可能である。本報告が
3.7mm、定格電圧:DC250V、DC150V 印加時の実効容量:
これらの問題解決へ役にたてば幸いである。
38μF、許容リップル電流:25Arms(20kHz)、最高使用温
度:125℃である。
文
献
(1) 長井:「電力変換システム用の補助電源に有用な擬似共振形
DCDC コンバータの損失解析と最適設計」,電気学会全国大
会講演論文集 4-088 (平成 18 年 3 月)
(2) Automotive Electronics,2008 年 1 月号,pp.79-80
(3) 電波新聞,2007 年 1 月 25 日 1106 号,pp.16-17
4