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題目「活動理論の定義に至る道のり」

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高取憲一郎最終講義
2014 年 3 月 15 日
題目「活動理論の定義に至る道のり」
1 平凡社『最新 心理学事典』
(2013)の「活動理論」の項目執筆に至る過程において,
今の時点で振り返ってどのような地点を通過してきたか,という問題意識から,20 歳ぐら
いの学生時代から,ここ 5 年前ぐらいまでの道のりのポイントを述べる。
2 平凡社『最新 心理学事典』
(2013)の「活動理論」の項目
かつどうりろん 活動理論 Activity Theory (原稿)
[活動理論の発生]
活動理論はその源流を 1917 年のロシア革命後に成立した旧ソ連の文化歴史学派(ヴィゴツ
キーVygotsky,L.S.、ルリヤ Luria,A.R.、レオンチェフ Leont’ev,A.N.など)に求められる。この
3 名は、文化歴史学派のトロイカと呼ばれているが、最年長者であったヴィゴツキーの名前を
冠してこのグループをヴィゴツキー学派と呼んでもいいであろう。ロシア革命後の百家争鳴の
さまざまな思想潮流のルツボの中から生まれたいわば革命の落とし子でもある。そのために、
マルクス主義と心理学の統合をめざした理論であるという色彩が濃厚である。
そもそも、活動 activity というのは人間と自然との間の物質代謝、すなわち、人間が自然に
対して働きかけ、その反作用として自然から人間が働きかけられるという側面を表した言葉で
あった。これは、当時、隆盛を極めていた行動主義心理学が外部環境からの刺激により人間が
受動的に影響されるという側面を強調していた点と対極をなすような人間観であり、人間の外
部世界に対する能動性を強調したことに意味がある。
このような視点から、活動理論は活動の軸の上で心理過程が展開するという側面に重心を置
いていた。たとえば、不随意的記憶 involuntary memory という活動と記憶の関係を研究した
テーマがあるが、そこでは記憶というのは活動するなかで不随意的に生起するという点が強調
された。
ところが、このような人間と外部世界との相互作用の側面のみに集中していた活動理論が変
化してきたのはロモフ Lomov,B.F.とレオンチェフとの論争以降である。ロモフは、それまでの
心理学に特徴的であった人間と外部世界の関係のみに注目するという立場を、一面的であると
批判して、人間と人間の関係、すなわちコミュニケーション communication の側面も重視す
る必要性を強調した。われわれ人間は、日常生活のほとんどの場合において単独で、孤立して
活動しているのではなくて、他者との協同の中で活動している。そうすると、その中で生ずる
心理過程も他者との協同という側面が必然的に入り込まざるを得ない。
もともと、ヴィゴツキーも、人間の文化的行動様式には二つの側面、すなわち、人間と自然
との側面(活動)と人間と人間との側面(コミュニケーション)があると考えていたし、レオン
チェフも人間と世界との結びつきは他の人々とのコミュニケーションにより媒介されると考え
ていた。だが、初期の段階では、このコミュニケーションの側面がややもすれば軽視されてい
た活動理論において、コミュニケーションにスポットライトが当てられたことは以後の活動理
論の展開に新たな広がりをもたらすことになった。なぜかというと、活動に加えて、コミュニ
ケーションを織り込むことにより、共同体 community という組織や集団を心理過程が形成さ
れる基盤として据えつけることを可能にしたからである。
[活動理論の展開]
まず、アメリカでは、以前からブルナーBruner,J.たちによって、ヴィゴツキー派の心理学
は注目されていたのであるが、ソ連に留学したワーチ Wertsch,J.V.やコール Cole,M.らによっ
て新ヴィゴツキー派が成立することになる。
ワーチは特にコミュニケーションの側面に注目してヴィゴツキー派心理学を新たに展開し
た。その中では、科学的概念と生活的概念の織りあわせとしての対話型授業とか、新たな思考
の発生装置としての対話などが追求された。
1
また、コールは活動とコミュニケーションからなる共同体の中で学習が行われる様子を研究
した。個人の学習活動がたんに個人の頭の中だけで行われるのではなく、その個人をとりまく、
学習集団のあり方とか、学習施設の経営方針、その所在地の地域の社会的・風土的環境、さらに
大きくはその地方、その国の社会的あり方や教育政策、経済状態などによって、個人の学習活
動も規定されていることを明らかにした。それは、庭としての文化 culture as garden モデル
として表されている。
また、同じくアメリカの新ヴィゴツキー派に属するロゴフ Rogoff,B.は共同体型(参加型)学習
モデルを提唱している。コールの場合と同様に個人の学習活動は集団の中で営まれることを、
組織のレベル、個人と個人の間のレベル、個人のレベルの三水準ごとに明らかにした。それは、
徒弟制、導かれながらの参加、アプロプリエイション appropriation(他人の所有物を自分のも
のにすること)である。
さらに、アメリカではレイブ Lave,J.とウェンガーWenger,E.(1991)の正統的周辺参加
legitimate peripheral participation という概念も重要である。人間が生まれてから一人前の大
人になるためには共同体という社会の存在が必須であることを明らかにしたからである。この
視点は、わが国における昨今のフリーター問題を考える際にもきわめて重要な視点になってい
る。正統的周辺参加が明らかにした教育法は、初めは簡単なあまり重要でない仕事から、徐々
に重要な仕事へと移行していって最終的には一人ですべてをこなすことが可能な一人前の労働
者として成長していくプロセスを描いているのだが、同時にそのプロセスは一人前の大人とし
て人格的にも成長していくプロセスでもある。フリーターとか非正規労働者として、細切れの
仕事を与えられるだけで使い捨てにされるようなプロセスとは対極の世界を表しているのであ
る。
フィンランドでは、エンゲストローム Engeström,Y.が注目される。以前から、北欧は活動
理論の影響の強い地域であったが、なかでもエンゲストロームはレオンチェフの弟子を自認す
るだけあって、活動理論の原型を強く感じさせるモデルを提唱している。エンゲストロームの
モデルは、もともとヴィゴツキーが刺激と反応のS-R理論図式へ媒介項として記号 sign を挿
入して、その記号を媒介として人間は外部刺激へと働きかけるとしたS-X-R図式を拡張し
たものである。彼は、媒介項として道具 tool と共同体を挿入することによって資本主義社会に
生活し労働する人間の問題を説明しうるモデルを提出したといえる。
さらに、ピアジェ派(ジュネーブ学派)と活動理論とのかかわりも指摘しておきたい。ピアジ
ェ派の一部の人たちは、ヴィゴツキーの最近接発達領域という概念とピアジェの知能の発達論
を統合する試みを行ってきた。たとえば、ペレ・クレルモン Perret-Clermon,A.N.(1980)はピ
アジェの言うところの保存がコミュニケーションを介することによって、それまで獲得されて
いなかった児童に獲得されることを明らかにした。
このようなピアジェ派と活動理論、ヴィゴツキー派の統合というテーマに関して、チャプマ
ン Chapman,M.(1991)の認識の三項関係モデルを落とすわけにはいかない。彼は、能動的主体
と知識の対象との関係(操作的相互作用)と能動的主体と対話者との関係(コミュニケーション
的相互作用)という三項図式が 7、8 歳頃に子どもの内面に形成されることにより、知能の発
達段階の前操作期から具体的操作期への移行が行われると考えたのである。
以上のように、旧ソ連において 20 世紀の初めに誕生した活動理論は、活動の軸に加えてコ
ミュニケーションの軸を設定することによって、旧ソ連を飛び出して、西側世界へとその後大
きく展開することになった。それは、アメリカの認知心理学やジュネーブ学派(ピアジェ心理
学)までも包含する広がりを見せているのである。 [高取憲一郎]
3 原点は 1968 年の学習会
テキストは芝田進午『人間性と人格の理論』
(青木書店,1961 年)
人間は労働によってつくられる
労働過程の二つの側面:技術的過程と組織的過程
言語活動過程(表現過程と伝達過程)と認識過程(反映過程と組織的過程)にも二つの側
面
2
『芝田進午の世界』
(桐書房,2002 年)
「芝田進午先生に導かれて」
私は、芝田先生とは直接お目にかかって話をしたとかという経験はない。ただ、学生時代に
一度だけ、芝田先生が京都の確か関西文理学院の校舎であったと記憶しているが、ベトナム戦
争の調査から帰国された後の講演会を聞きに行って、その時初めてお顔を拝見した。その時の
講演では、ベトナムから持ち帰られたボール爆弾の破片のようなものを手にされていたという
記憶がある。
私が、芝田先生のお名前を知るようになったのは、大学2年生の時である。当時、私の在学
していた大学は紛争中で授業がなく、大学近くの喫茶店で自主ゼミをしていた。そのゼミで教
材として使った本が『人間性と人格の理論』であった。文学部の心理学科に所属していた私は、
大学で講義される心理学にはどうしても興味を覚えることができなかった。そのような私にと
っては、この著書の第一部で展開されているソビエト心理学の成果を踏まえた心理学理論への
言及は、まさに目から鱗が落ちるという体験だった。それと同時に、このような大部の本を3
0歳過ぎで書くことができた人がいるという事実を知って、愕然としたことを思い出す。
その後、私は、学部から大学院へと進み、研究テーマに関してはいろいろ回り道はしたが、
最終的にはソビエト心理学を中心にして心理学を勉強することになった。やがて、縁があり、
鳥取大学教育学部に赴任することになった。赴任して間もない頃、私は、ソビエト心理学の活
動理論に沿った研究を続けていたわけであるが、その頃書いた拙い論文を芝田先生に送った。
それに対して、先生からはご丁寧な励ましのお葉書をいただき、感激した。さらに、その後、
ベトナムのある心理学研究者がロシア語で書いた論文の訳を、当時の唯研の機関誌に掲載でき
ないかと編集委員会に問い合わせたところ、たまたま芝田先生が委員長をされていたようで、
諸般の理由で掲載できないことをお手紙で知らせていただいた。同時に、
『マルクス主義研究年
報』になにか寄稿しないかと、お誘いいただいた。残念ながら、そのお誘いに対しては、いま
だに応えていないわけであるが、面識もない、しかも分野も異なる若輩者に対する暖かいご配
慮に対して感謝している。
また、その時頂いたお手紙を今取り出して読んでみると、その中で私に対して唯研への入会
を勧められており、私自身の記憶はもう一つはっきりしないのであるが、どうも、それをきっ
かけに唯研へ入会したもののようである。そのようなわけで、私の手元には、芝田先生から頂
いたお葉書とお手紙が、計3通、大事にしまってある。私は、昨年(2000 年)、『文化と進化の
心理学』
(三学出版)という著書を出したが、遅ればせながら、先生の論文執筆のお誘いに対し
て、その何分の一かは応えることができたかなと考えている次第である。
3 ロモフの「コミュニケーションと認識過程」
(1975)
ロモフは,個人的活動は共同的(集団的)活動の派生物であり,従来おこなわれてきたよう
に,心理過程を対象的活動との関連のみで研究するのは片手落ちであるという基本的認識から
出発する。そして,コミュニケーションの役割は,第一に,個人的経験の限界を克服すること
であり,第二に,コミュニケーションの過程において伝達される情報は,つくられ,発展させ
られ,より正確になるというように,コミュニケーションそのものが絶えざる認識の過程であ
り,第三に,コミュニケーションは共同的活動を遂行する諸個人の共同性の形成を保障すると
考えている。
ロモフ・レオンチェフ論争
1980年前後を中心にソ連で行なわれたいわゆるロモフ・レオンチェフ論争は,活動と交通と
いう二つの概念をめぐって行われた。
ロモフの主張は次のようなものであった。従来,活動理論に立つソビエト心理学も含めて,
一般に心理学,とくに認識過程を研究してきた心理学(たとえば,思考,知覚,記憶,判断な
ど)の重大な誤りは,もっぱら主体と周囲の世界(外界)との間の関係のみを研究対象にして
いて,実際にそのような心理的過程が生じているところに関与している主体と主体との関係(こ
の関係を,活動に対して交通あるいはコミュニケーションと呼ぶわけだが)を無視してきた。
3
われわれの日常生活を考えてみても,われわれは決して単独で生活しているわけではなく,必
ず,自分以外の無数の他人との間にとり結ばれている人間関係のネットワークの網の上で生活
している。そうすると,当然のことながら,心理過程も主体と対象との関係(活動)の軸上の
みで研究するというのは片手落ちで,交通(コミュニケーション)の軸上でも研究されねばな
らない。このように考えるロモフの研究は,交通(コミュニケーション)と認識過程の関係に
重点を置くものにならざるをえなかった。
一方,レオンチェフの主張は次のようなものである。ここで,少し注意しておくと,この論
争に加わっているのはソビエト心理学の歴史のなかで,『活動・意識・人格』の著者として著
名なレオンチェフ・アー・エヌとその息子の言語心理学者レオンチェフ・アー・アーの両者で
ある。まとめて,レオンチェフ理論としてくくることができる。さて,レオンチェフはロモフ
の言うところはもっともであると認めた上で,ロモフのように活動と交通を独立させてとらえ
るのではなく,交通を活動のなかに含めて考えればなんら問題ないのではないかということを
主張した。
私は,たしかにレオンチェフの言うように,交通を活動のなかに含めて考えればそれでいい
のではないかという見解も一理あるとは思うが,それでは,ソビエト心理学とそれ以外の心理
学との間の差異を明らかにできないのではないかと思う。ソビエト心理学の特徴は心理過程を
社会的に把握するという点であり,狭い封鎖地帯に閉じ込められていた心理学を社会科学の沃
野へと解き放つ基礎を築いたという点である。そのときのキーワードが活動であったわけだが,
活動に加えて交通(コミュニケーション)を独立させることは,上に述べたソビエト心理学の
優れた点をさらに明瞭にするのではないかと考える。
L.H.Strickland (Ed.) Soviet and western perspectives in social psychology, Pergamon
Press 1979 → ロモフとアメリカ認知心理学の出会い
4 1988 年夏から 1989 年夏まで ハンガリー科学アカデミー心理学研究所へ
きっかけはパタキ論文
パタキ(ハンガリー科学アカデミー心理学研究所所長)の 1983 年の論文「自己像のいくつか
の認識的側面」
,コバーチ(編)
『認識過程と人格の心理学的研究』ナウカ(モスクワ)所収
ハンガリーの大学生,労働者,中学生を対象に調査,社会や所属集団への言及よりも身近な
人間関係への言及が多い→私生活主義
パタキ「逸脱行動のいくつかの問題」『心理学雑誌』1987 年 4 号
70 年代末から 80 年代初めにかけて社会的不適応(自殺,犯罪,アルコール,ドラッグ,精
神障害など)が増加,→経済格差の拡大と低賃金,第二経済,第二次ハンガリー動乱寸前の状
態という人もいた。それでも隣のルーマニアに比べればはるかにまし。
CHEIRON(行動科学と社会科学の歴史に関するヨーロッパ学会)1988.9.5~9.8
「心理学史におけるヴィゴツキーとその思想」が三つのテーマのうちの一つ
ネチヌ(パリ)
:
「知識対象の心理学理論を目指して―空虚な世界から人間的宇宙へ」→カッ
シラー,メイエルソン,ヴィゴツキー,ワロンの 4 人は,主体と客体の間を媒介するシステム
(象徴形式,作品,心理的道具と道具的行為)を通じて個人は物理的宇宙を意味のある宇宙(人
間的世界)へと転換できると考えているということをワロン派の立場から主張
ガライ&ケチキ(ブダペスト)
:「ヴィゴツキーの遺産の二つの原理―活動と共同体」→「活
動-交通論争」に関連させてヴィゴツキーの見解を再考する。ヴィゴツキーにおいては,活動
と交通は最初から統合されていた。
「思考と言語」の言語は社会的関係を表している。
5 ヴィゴツキーとピアジェの統合への動き
Tryphon,A.& Voneche,J.(Eds.) Piaget-Vygotsky : the social genesis of thought, 1996
ピアジェ派のブロンカールの「レンガと接着剤」
1996 年にジュネーブで開催されたピアジェ生誕 100 年を記念する国際学会「成長する心(The
4
Growing Mind ) 」 に お け る あ る シ ン ポ ジ ウ ム で の , ジ ュ ネ ー ブ 大 学 の ブ ロ ン カ ー ル
(Bronckart,J-P)の報告。彼はその中で,ピアジェの知能の発達を建築物にたとえて,前操作期
に出現する記号的機能を建築材料としてのレンガと見なせば,具体的操作期に出現するコミュ
ニケーション機能は,接着剤の役割をすると指摘した。
ドワスたちは,社会的相互作用が認識(知能)に先行し、社会的相互作用によって個人の認識
(知能)は形づくられるとして,個人間協調は個人内協調に先行し,個人内協調を増進すると
表現している。
ペレ・クレルモン,パパンドロップルー→最近接発達領域と保存,言語獲得
チャプマンの認識の三項関係モデル
Chapman,M. The epistemic triangle : operative and communicative components of
cognitive competence. 1991
ピアジェの知能と社会関係のコインの裏表論(『知能の心理学』第 4 章)
瀬戸明のピアジェの同化と調節を労働過程としてとらえるという視点(瀬戸明『現代認識
論と弁証法』汐文社,1978)
6 結論
活動の軸に加えてコミュニケーションの軸を設定することによって、活動理論は旧ソ連を
飛び出して、西側世界へとその後大きく展開することになった。それは、アメリカの認知
心理学やジュネーブ学派(ピアジェ心理学)までも包含する広がりを見せているのである。
コミュニケーションを自立した軸として設定することにより,個人の枠を超えて,社会と
歴史の沃野へと心理学を解き放った(言語学の田中克彦の,言語学を社会科学の沃野へと
解き放つという思想と同義)
。その際に,ヴィゴツキーの心理間機能が心理内機能へと内化
される(母と子の関係で説明されるモデル)というモデルが鍵となる。ロモフ・レオンチ
ェフ論争で言えば,マルクス主義の視点からは修正だとみなされるが,活動の中でのコミ
ュニケーションを考えるのではなくて,活動から自立したコミュニケーションという軸を
設定したことが,この間の活動理論の世界的な発展にとって大きな鍵をもっていたのでは
ないか。活動という枠を飛び出して,コミュニケーションに重点を移すことによって,大
きな支持を得ることに成功した。
対話者
知識の
対象
操作的相互作用
能動的主体
コミュニケーション的相互作用
図1 チャプマンの認識の三項関係モデル
5
社会的
他者
環境
人間
図 2-1 ヴァルシナーの個人-社会エコロジー的枠組み(Valsiner,1989 より)
対象 1
対象 2
対象 3
人間
対象 4
対象 5
図 2-2 個人-エコロジー的枠組み(Valsiner,1989 より)
人格
意識
内
部
構
造
人的恒常性
性
格
才
能
認
識
諸
過
程
全人的反応
技
能
意
志
感
情
欲
求
言
語
2
図3
言語と心理諸過程および人格との関係
想
像
言
語
1
思
考
記
憶
知識
能力
注
意
知
覚
外内言
(大久保,1981 より)
6
感
覚
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