聴覚障害疑似体験 - 宮城教育大学しょうがい学生支援室

聴覚しょうがい学生支援セミナー ~聴覚障害疑似体験~
日時:平成 22 年 5 月 26 日(水)
会場:宮城教育大学附属図書館
参加者:支援学生 13 人 聴覚しょうがい学生 1 人 教職員 5 人
内容
1.疑似体験
①モコゲーム
②フルーツバスケット
③単語当てゲーム
2.グループディスカッション・発表
3.まとめ
1.疑似体験
①モコゲーム
病院、駅、レストランの 3 つの場面が設定されている。それぞれホワイトボードに書か
れていることを遂行すること。
病院では、受付の人からの質問に答える。駅では、自分が行きたい所までの切符を購入
する。レストランでは、料理と飲み物とデザートを注文する。
注意することとして音声言語禁止。声を出さずに、病院の窓口、駅員、ウェイトレスと
やり取りを進めること。音声言語以外であれば、どんな手段を使っても構わない。声を出
したらその時点で失格となる。
(疑似体験① モコゲーム開始)
駅員とのやり取り
レストランで注文をする様子
②フルーツバスケット
皆で輪になり、その中にきこえない人役を数人もうける。きこえない人役は、ヘッドホ
ンをかけ外からの声がきこえないようにしてゲームに参加する。
1 人 1 回は体験できるようにしたいので、交代の合図を出すまでそのまま着けていてほし
い。
(疑似体験② フルーツバスケット開始)
③単語当てゲーム
ある単語の高音域の部分がカットしてある音声をきき、何と言っているのか単語を当て
る。以前に体験している人は、その時の記憶をもとに当てても構わない。
1 問につき 3 回繰り返し音声を流す。
(疑似体験③ 単語当てゲーム開始)
(解答後)
今、きいてもらったものは、高音の領域をはずしたデータである。高い音域がきこえに
くい人たちのきこえの状態は様々なので、皆がこのようにきこえているわけではないが、
きき取りにくい人がいるのは確かだ。
15 問の結果、正解していたかどうかは別にして、いろいろな回答が出るということは、
それだけ様々なきこえ方をしているということである。
2.グループディスカッション
グループ(A・B)に分かれ、3 つの疑似体験を通して感じた事を話し合ってもらいたい。
グループごとに司会を決め、司会を中心に話を進める。そこで話し合われた内容を模造紙
に書き出し、それを後で発表してもらう。
(ディスカッション開始)
(発表)
A グループの発表の様子
B グループの発表の様子
Aグループ
①モコゲーム
・手話が分からなくて、へこんだ。
・手話が分からなくて、
「もう一度言ってほしい」とか、まだ自分が理解していないという
ことすら伝えるのが難しかった。
・レストランや、病院は聞かれることや言う事が大体決まっているから上手くできたが、
駅はいろいろあったので全然できなかった。
②フルーツバスケット
・ヘッドホンをしていて普通に声を出している分には、少しきこえが悪くなっても普通に
きくことはできた。しかし、途中で声を小さくするように言われてからはきき取りが難
しくなった。
・聴覚しょうがい者はきこえないイメージが強いけれど、話すことも大変だと思った。
・手話も音声もなしと言われ、身ぶり手ぶり、ジェスチャーしか方法がない時に、それす
ら使えないとなると、どうやって伝えたらいいか本当に難しいということがわかった。
・紙に字が書けなかったとしたら、書かなくても通じるようなことを喋ろうと思った。
・口の動きでなるべく伝えられるように、はっきり喋るなど工夫できると思った。
③単語当てゲーム
・全然きき取れなくて諦めたくなった。
・以前 もこの単語当てをしたことがあったにも関わらず、初めてきいたような単語も多く、
あんまり正解できなかった。
・これが単語ではなく、文になったら本当に大変だと思った。
Bグループ
①モコゲーム
・手話がわからないと大変だと思った。手話が速くてわからないこともあり大変だった。
・言われていることが分からなくてきき返したかったが、何度もきき直すのは気まずい感
じがした。
・レストランはメニューがあって指し示すので簡単だった。
・駅は臨機応変に対応する必要があって大変だと思った。
②フルーツバスケット
・テーマを言う人が背を向いていると口の動きがわからなくなり、何を言っているのかテー
マを把握するのが大変だった。
・途中から手話も音声もなしでテーマを伝えなければなくなった時、自分が持っているも
のや着ているものを示すというように、テーマが限られてくると思った。
③単語当てゲーム
・文字数すら当たらず、答えをきいてもしっくりこないものもあった。ひずんでいると、
そのひずみが他の単語でも同じようにきこえ、他の単語との区別がつかなくなった。こ
れが日常会話になったら大変だと感じた。
3.まとめ
(松﨑丈先生より)
まとめというよりも、ディスカッションの報告の感想と、自分自身が聴覚しょうがい者
という立場からの意見を含めて話をする。
報告を見て、皆が心理的に凄く苦しい体験をしたということが分かった。「難しい」「大
変」などマイナスのネガティブな体験が多かったようだ。
皆からは、聴覚しょうがい者、例えば私は「大変だ」「わからない」という困難な体験を
いつもしているように見える?そんな生活をしていたら、私は家に引きこもり鬱になって
しまうかもしれない。確かに皆が言うような大変な経験は小さい頃からしてきた。しかし、
引きこもることなく今、大学に来られるのはなぜか?
また、ネガティブな思いだけで暮らしていれば、家にいても大学にいても苦しいだけだ。
では、今、大学にいる聴覚しょうがい学生はどうしているのかと顧みてもらいたい。
疑似体験で皆は、
「手話がわからない」「背中を向けられるとわからない」「途中で諦めた
くなった」と感じた。それは、自分からコミュニケーションの場から逃げるというような
行動をとりたくなるということ。それゆえに、私を含め聴覚しょうがい者は、“知りたい”
という思いが強い。
私は、情報の得られない寂しさと苦しさを解決するために、“知りたい”“わかりたい”と
いう思いを持って活動し続けたいと思っている。
モコゲームで、皆は通じないという苦しみを体験した。それとともに、
「少し通じた」
「わ
かった」という経験もしたはず。そのわかった時の気持ちは?少しでも通じた時の気持ち
はどうだった?
報告には書かれていない。そこが気になった。
少しだけでも通じた時はホッとしたり、わかり合えるのはいいことだという気持ちにな
ったと思う。その「わかり合えた!」という喜びと安心感を、我々きこえない者はたくさ
ん経験したいと思っている。だから、少しぐらい通じなくなっても諦めずに係わりを続け
ていこうと活動している。
その“わかり合いたい”
“知りたい”という思いは、皆、共通に持っているはずなのだが、
きこえる人は、もしかすると“わかり合う”“通じ合う”ということが当然のことと感じて
いるのかもしれない。とすれば、今回の疑似体験で“通じない”という経験はショックが
大きかったのではないかと思う。
このセミナーの目的は、
「通じないから難しい。大変だ」と、気持ちを退かせてしまうこ
とではなく、そのような気持ちになった時に「自分は何をしたらいいのか。何をしなけれ
ばならないのか」というような問いをもって考えてほしい、ろう学生の立場になって考え
てほしいということにある。
現在、聴覚しょうがい学生も講義できこえる学生と共に分かりたい、先生や他の学生と
コミュニケーションを充分にとりたいという思いを強く持っている。
その思いが実現するように、きこえる学生は聴覚しょうがい学生の気持ちを理解した上
で、お互いに「わかり合いたい」という気持ちを持って支援することが大切であると思う。
ただ「支援をしてあげる」というだけでは、本当の意味の“わかり合える”という思い
で活動しているとは言い難い。
私は、きこえる学生にはもっと「わかり合いたい」という気持ちを持って、聴覚しょう
がい学生と一緒に“わかり合える”環境を作ってほしいと常々考えている。
皆がこの支援の大切さに少しでも気づいてくれて、これから一緒にボランティア活動に
参加してもらえれば嬉しい。
聴覚しょうがい学生は様々な辛い経験をしているが、実際には皆が想像する以上の心理
的な問題に直面することもある。
例としては少ないが、精神的に非常に疲れてしまい鬱になったり、人との係わりに疲れ
てしまい、関係を切って家に引きこもってしまうこともある。
そのような人の状況を見ると、周りの人との“わかり合える”経験がもっとたくさんあ
ったならば、そこまで悪くなることはなかったのではないかと思う。
そういう意味でも聴覚しょうがい学生支援は、悪い状況になる前にお互いに支え合って
生きていけるよう支援するという意義もある。
今回の疑似体験を通して、きこえないことの大変さ難しさを理解するに終わるのではな
く、
「何ができるのか」
「これからどうすれば良いのか」あるいは、「聴覚しょうがい学生の
立場になったらどうすればいいのか」など前向きに考え活動してもらいたい。