平成 16 年度アイランドキャンパス報告書 十島村平島における住民の 医療に対する意識調査と 診療所での実習 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 国際島嶼医療学講座 1 は じ め に 鹿児島県には特有の気候、風土、文化を持つ27の有人島嶼が存在し、人々 の暮らし方を通じて病気の発生や健康に影響を与えています。また、医療面 でみると医師の確保や重症患者の搬送の難しさなど特別の対応も必要です。 こういった特徴をふまえた上で医学生や大学院生への教育や島嶼をフィー ルドとした研究を通して予防やプライマリーケアまで含めた地域包括医療 の支援を行うことを目的として、平成 14 年に鹿児島大学に国際島嶼医療学 講座が新設されました。まだ、開設されたばかりの若い講座ですが、すでに、 のべ 150 名の学生を対象に離島の病院や診療所における実習、南西諸島にお ける長寿の要因に関する研究、中国やボリビアとのがん予防に関する国際共 同研究、JICA の研修生(インドネシア、フィリピン)の受け入れなど実績を 上げつつあります。 今回は離島での学生教育の一環として、離島振興協議会の助成(アイラン ドキャンパス)を受け、平成 16 年 9 月 15 日∼17 日に十島村の平島で、1) 離島医療に関するアンケート調査、2)平島へき地診療所での医療実習(診 療の見学)、3)動脈硬化に関する測定、4)住民に対するがん予防のため の講演会(「個人の体質に合わせたがん予防−最近の研究− 嶽﨑)を行い ました。平島を訪問したのは、正規のカリキュラムである基礎医学特別コー スの実習に参加した医学部医学科3年の学生4名と当講座の新村英士講師、 嶽﨑の計6名です。 本レポートは、平成 16 年度アイランドキャンパス報告書のうち、1)学 生が作成し自分たちでインタビューを行った調査結果と2)動脈硬化測定結 果を抜粋してまとめたものです。医学科の3年生はまだ、臨床の医学的知識 を習得していない段階ですが、離島医療の現場を体験できたことは離島医療 の実情を理解する一助になるとともに、これからの勉学に勤しむ良い動機付 けにもなったと思っています。また、アンケート調査は離島医療の実情を理 解し考察するだけでなく、住民と接する良い機会でもありました。 最後に、このアイランドキャンパスを実施するにあたって、医療実習実施 を快諾して頂いた平島へき地診療所の松永医師(中之島診療所からの巡回) と日高看護師、講演会を準備して頂いた十島村役場の皆様、アンケート調査 と動脈硬化測定に協力して頂いた平島住民の皆様、さらに、このような機会 を用意して頂いた離島振興協議会に深謝いたします。 平成16年12月22日 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 国際島嶼医療学講座 教授 嶽﨑俊郎 講師 新村英士 医学部医学科3年4名 2 1.離島医療に関するアンケート調査 1)はじめに 私たちは2004年9月15日∼17日の3日間、離島実習として鹿児島県十 島村平島に行ってきました。本実習の目的は、離島の風土・生活(特に医療につ いて)直接体感し、目の当たりにすることで離島についての理解を深めることに ありました。また、離島に住む方の受療の実態と要望に関する調査を通じて、離 島の医療の実際を知り今後の離島医療支援に役立てる目的もありました。 位置:東経129°32′ 北緯29°41′ 面積:2.08平方キロメートル 人口:84人(平成12年 国勢調査より) 平島はトカラ列島の北部に位置する小さな島です。 島には小さな診療所が 1 つありますが、医師は常駐しておらず月に 2 回診療にや ってきます。看護師は1人島に常駐しています。 3 2)対象者と方法 対象者:平島に現在居住している人。 今回は9月16日に平島診療所を訪れた人13名、同日の午後8時から 行われた嶽﨑教授の講演会に参加した人11名の計24名(平島全人口 の29%)からアンケートを取ることができました。 方 法:私たちが平島へ出発する前日までに事前にアンケートを用意しました。 アンケートの内容は基礎配属のメンバーそれぞれが3∼5つの質問を出 し合い、その集められた質問を参考にメンバーで話し合い16の質問を アンケートとしました。 診療所では患者さんの診療前もしくは診療後にアンケートをとり、講演 会ではあらかじめ席にアンケートを用意し講演会が終わる時に回収しま した。内容は付録資料参照。 3)平島離島医療実習アンケート結果 今回の実習において行ったアンケートでは、以下のような項目について、島民の 方々にお答えいただきました。 まず、年齢ですが、診療所に訪れた方はほとんどが高齢者でした(図1参照)。 年代別人数 5 5 5 4 3 3 3 2 1 診療所受診者 講演会 1 0 年代 図1 4 0 80代 0 70代 0 60代 0 40代 0 0 50代 1 30代 2 20代 人 4 性別は、男女ほぼ同じ人数でした。 平島での在住年数は、ほとんどの方は生まれてからずっとということでした。 職業には、農業、漁業、公務員、主婦、サービス業などがあり、診療所受診者で は農業の方が多く、講演会来場者では公務員の方が多かったです。(表 1参照)。 職業別人数 職業 診療所受診者 講演会来場者 計 公務員 1 6 7 農業 7 0 7 漁業 1 0 1 サービス業 1 1 2 主婦 0 4 4 その他 1 0 1 無職 2 0 2 表 1 現在の同居人の数については、高齢者の方は夫婦2人で住んでいる場合が多く、 家族の方は鹿児島県本土や、県外に住んでいらっしゃる場合が多かったです。 平島の診療での年間診療回数は、高齢者の方は12回以上受療している方が多く、 講演会来場者の方では、この1年間に1度も受診したことがない、もしくは1∼2 回だけ受診したことがある方がほとんどでした(図 2 参照) 。 12 10 8 6 4 2 0 1 2 回 ∼ 3 ∼ 5回 6 ∼ 1 1 回 診療所受診者 講演会来場者 1 ∼ 2回 0回 人 年間診療所受診回数 回 図 2 持病の有無についてですが、診療所の受診者では高血圧や腰痛がある方が多く、 5 非受診者では、持病がある方は少なかったです。 平島に診療所しかないことへの不安についてですが、ほとんどの方が不安を感じ ているようでした(図 3参照)。 不安(講演会来場者) 不安(診療所受診者) いいえ 23% 無回答 8% 0% いいえ 9% はい 69% 無回答 9% はい 82% 図 3 また、具体的にどういった点が不安だということについては、急病や重病の際の 不安を感じている方がもっとも多く、他には、診療科が少ない、医師が常駐してい ないなどがありました。 万一、重病にかかった際、島を離れて治療を受けるか否かという質問については、 島を離れて治療することを望む人がほとんどでした。また、診療所受診者のほとん どが、本土の病院での受療を勧められた経験があるとのことでした。ヘリでの搬送 の経験は、3人の方に経験があり、原因は交通事故などということでした。 予防に対する意識については、ほとんどの人が大切だと思っているようでした。 最後に、医療面で望むことにつては、医師の常在、診療科を増やしてほしいなど があり、診療科としては、整形外科を作ってほしいという方が多かったです。(表 5参照) 6 医療面で望むこと 項目 診療所受診者(人数) 医師の常在 7 診療科を増やしてほしい (整形外科) (耳鼻科) 9 (6) (3) 搬送をスムーズに 2 大学病院からの巡回診療 1 置き薬への対応 1 表 5 4)平島離島医療実習アンケートの考察 まず初めに、アンケートを行うにあたって、対象者が質問票を読めない(視力お よび漢字の認識)という問題と、面接時に方言のためにコミュニケーションが十分 にとれないという問題に直面しました。こういう問題も島を巡回する医師について は、大きな問題なのであろうと思いました。 平島に住んでいる人の同居状況を見たときに高齢者は家族と別居して夫婦で住 む人が多いという結果がありましたが、島出身の若い人達は鹿児島県本土及び、県 外に移住している方が多いという話を聞き、島の高齢化が進んでいるということを 実感しました。 受療回数についてですが、受療回数は持病の有無の結果とリンクしていました。 診療所受診者の多くの方には持病があるため、巡回診療にはほぼ毎回訪れているよ うでした。 普段生活するうえでは、島での医療に対してそれほど不安はないが、救急の際に 対する不安が大きいようです。 急病時のヘリ搬送は膨大な費用(約300万円)がかかるため救急車を呼ぶよう な感覚でヘリを呼ぶことができず、医師は患者と行政との間で板ばさみになるとい う現実もあると聞きました。 医療面での要望では、急病時、重病時に備えての医師の常在や搬送をスムーズに してほしいなど、不安な点を反映する結果となりました。また、加齢により腰痛や ひざ痛などを患っている方が多いため、整形外科医、理学療法士の巡回を行い、リ ハビリ法の指導を行うことも必要だと感じました。 予防に対して、大切だと思っている方がほとんどでしたが、島での医療が不十分 で不安に感じている方が多いため、できるだけ病気にならないようにしたいと思っ ている方が多いのではないかと考えました。また、平島で取れる農作物の種類には 7 限りがあり、生野菜よりもビタミン剤のほうが安価ですむという現実もあるそうで す。 5)謝辞 私たちの平島における離島医療実習は平島の方々、十島村役場の皆様、鹿児島県 離島振興協議会、診療所の方々のご協力で大変有意義な実習にすることができまし た。アンケートに協力していただいた皆様と丁寧な説明で実習のサポートをしてく ださった医師の松永宏明先生と看護師の日高五月さん、丁重にもてなしてくださっ た民宿の方々や島民の皆様には心からお礼を申し上げます。 8 9 3.動脈硬化に関する測定結果 1)なぜ動脈硬化の測定が必要か? 日本人の三大死亡原因はガン、脳卒中、心筋梗塞です。このうち脳卒中および心 筋梗塞はいずれも「動脈硬化」が原因です。では動脈硬化とはどんな病気でしょう か? まず動脈とは心臓から体のすみずみまで血液を送り届けるための管(血管) のことです。年をとると人間誰でも体のあちこちが老化していきます。顔にシワが 増え皮膚の張りが無くなるのと同じで動脈も衰えていきます。若くて弾力性がある 血管は丈夫ですが、古くなった輪ゴムが切れやすいのと同じように血管も老化して 固くなるともろくなり破れやすくなります。また、コレステロールなどが血管の壁 に貯まって血管が狭くなり流れが悪くなってしまいます。この結果、脳の血管が破 れたり(脳出血、くも膜下出血)、詰まったり(脳梗塞)、心臓の血管が詰まったり (心筋梗塞)してしまいます。 ではどうすればこれらを予防できるのでしょうか? 年を取るのは神様が決めた ことなので誰も避けられませんが、危険因子を少なくすることによって動脈硬化が 進んでいくのを遅くすることが出来ます。動脈硬化の危険因子とは高血圧、糖尿病、 高コレステロール血症、喫煙、肥満などのことで、この様な状態が続くと動脈硬化 は実際の年齢以上にどんどん進んでしまいます。これらの危険因子の怖いところは 特に大きな「自覚症状が無い」と言うことです。血圧や血糖値が少しくらい高くて も、ほとんどの人は痛くも痒くもなく日常生活に支障をきたすことはありません。 そのため、高血圧や糖尿病に気付くのが送れたり、健診で指摘されても「仕事が忙 しい」「家事が大変で時間がない」などと言って病院を受診しなかったりします。 すると動脈硬化は知らない間にどんどん進んでしまい、ある日突然、脳卒中や心筋 梗塞で倒れてしまうことになるのです。 2)平島での測定結果 今回、平島に動脈硬化の程度を測定する機械を持ち込み診療所やコミュニティー センターで住民の皆さんの動脈硬化の程度を計測しました。その結果をまとめたの が次のページのグラフです。横軸が年齢で右に行くほど大きくなっています。縦軸 は CAVI と呼ばれる動脈硬化の程度を表す指標です。この CAVI というのは数字が大 10 きくなるほどつまりグラフの上に行くほど動脈硬化の程度が進んでいることを表 します。濃い青の線は年齢ごとの平均値で、水色で囲まれた範囲がそれぞれの年齢 での正常範囲です。グラフを見ていただければ判りますが今回の計測ではほとんど の方が正常範囲に収まっています。さらに詳しく見ていくと平均値より低い方や正 常範囲よりも低い方もいらっしゃいます。これらの方達は動脈硬化をおこしにくい よい生活習慣を持っていると考えられます。しかし逆に 40 歳代から 50 歳代の方で 正常範囲を超えている方も数人いらっしゃいます。一概にはいえませんがこれらの 方は他の方に比べてやはり脳卒中や心筋梗塞になる危険性が高いと考えられます。 先程述べましたように動脈硬化は予防できます。高血圧、糖尿病、高コレステロー ル血症、喫煙、肥満などの危険因子を少なくすることによって予防できます。お心 当たりがある方は巡回診療で来られる鹿児島赤十字病院の先生に一度ご相談くだ さい。 11 添付資料−1 離島医療に関するアンケート 今回、鹿児島大学医学部医学科の学生実習の一環として、離島医療に関する実態調 査を行うことになりました。これは、離島に住む方の受療の実態と要望に関する調 査を通じて、医学生の理解を深め、今後の離島医療支援に役立てようとするもので す。調査の趣旨をご理解の上、何卒、ご協力をお願い致します。 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 国際島嶼医療学講座 教授 嶽﨑俊郎 学生一同 以下の項目に関して、番号に○、もしくは空欄に文字を記載して下さい。 ①年齢は何歳ですか? ( )歳 ②性別は? (1. 男 2. 女) ③平島に何年住んでいますか? ( )年 ④平島以外の土地に住んでいたことがありますか?(1.ある 2.ない) ⑤職業は何ですか? (1.漁業 2.農業 3.自営業 4.サービス業 5.公務員 6.その他 7.主婦 8.無職) ⑥現在、何人でお住まいですか? ( )人 ⑦(65 歳以上の方への質問)ご家族はどちらにお住まいですか? (1.同居 2.鹿児島県内の島 3.県本土 4.県外) ⑧平島の診療所では年間何回くらい受療しますか? (1. 0 回 2. 1∼2 回 3. 3∼5 回 4. 6∼11 回 5. 12 回以上) ⑨持病はありますか?(高血圧、腰痛など) (1.ある 2.ない) ⑩平島には大きな病院はなく診療所しかありませんが、そのことに対する不安を感 じますか? (1. はい 2. いいえ) ⑪どういった点が不安ですか?( ) ⑫万一重病にかかった場合、島を離れて治療を受けることを望みますか? (1.絶対望まない 2.できる限り望まない 3.望む 4.強く望む) ⑬平島の診療所で、本土の病院での受療を勧められたことがありますか。 (1. ある 2. ない ) ⑭今までに重症時にヘリ搬送などで本土の病院に送られた経験がありますか? (1. ある 2. ない ) ⑮病気にかからないようにする(予防)は大切だと思いますか? (1. 強く思う 2. 思う 3. どちらでもない 4. あまり思わない 5. 全く思わ ない) ⑯医療面で何か望むことがありますか? 1. 医療機関への搬送をスムーズにしてほしい 2. 常勤の医師がほしい 3. 診療科を増やしてほしい 4. その他 ご協力ありがとうございました。 12
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