斜めPC鋼材を用いた学校施設の外付け耐震補強工事の施工

プレストレストコンクリート技術協会 第19回シンポジウム論文集(2010年10月)
〔報告〕
斜めPC鋼材を用いた学校施設の外付け耐震補強工事の施工
㈱富士ピー・エス
正会員
○濵田
直明
村田
奈穂
㈱富士ピー・エス
㈱富士ピー・エス
正会員
船川
武彦
㈱富士ピー・エス
正会員
林田
則光
1.はじめに
本報告は,既存建築物の外付け耐震補強技術の一つである,斜めPC鋼材を用いた耐震補強構法(パ
ラレルユニット構法)による学校施設の耐震補強工事の施工について紹介する。既存建築物の耐震補
強は,既存柱梁フレーム内に耐震壁や鉄骨ブレースなどを組込む構面内補強と既存建物の外構面に補
強フレームを取り付ける外付け補強がある。外付け耐震補強は補強後の室内空間の使用環境にも影響
がなく,工事期間中も居ながらの施工が可能という特徴があるため,学校施設等の補強として要望さ
れている。
本工事の涌津小学校が所在する花泉町は,岩手県の最南端に位置し,冬でも比較的温暖な気候に恵
まれた田園の町である。そこに昭和48年に建設された本建物は築30年以上経過している。耐震診断結
果より,建物長辺方向(X方向)において構造耐震指標Isが構造耐震判定指標Isoを下回り,耐震補強
の必要があると判断され,耐震性能を向上させることを目的に耐震補強工事が実施された。
2.工事概要
2.1
建物概要
以下に、建物概要を示す(写真-1)。
工事名称 :一関市立涌津小学校耐震補強工事
建物名称 :涌津小学校
棟番号5-1,2,3
所在地
:岩手県一関市花泉町涌津字松の坊26-1
用途
:小学校校舎
写真-1
構造種別 :鉄筋コンクリート造
規
模
:地上3階,塔屋1階
補強前の外観
2ΔPicosθ
P0
P0 -ΔPi
P0
延床面積 :1,889m2
P0 +ΔPi
基礎形式 :直接独立基礎
θ
2.2
構法概要
θ
初期緊張力導入時
本構法は,PCa 柱と梁部材から成るフレームの対角状に斜め
図-1
PC 鋼材を配置・緊張した補強フレームを圧着接合により既存
建物と一体化するもので,フレーム内の斜め PC 鋼材水平力と
フレーム柱のせん断力が地震力に抵抗する。この場合,変形に
伴って引張側の斜め PC 鋼材は張力を増し,圧縮側は張力を開
放することで両方の PC 鋼材が地震力に抵抗する(図-1)。
ここで,斜め PC 鋼材の引張ひずみが降伏ひずみ以下となるよ
−377−
水平抵抗力の考え方
Py
PC
鋼
材
P0+ΔP
引張側鋼材の張力変動
張
P0
力
圧縮側鋼材の張力変動
P0-ΔP
ε0- Δε
うに,地震時変動荷重に対し斜め PC 鋼材を弾性域内で,かつ
引張状態に留めるように初期プレストレスを導入する(図-2)。
地震時時
(Po+ΔPi)cosθ―(Po―ΔPi)cosθ=2ΔPicosθ
ε0
ε0+ Δε
εy
PC鋼材歪
図-2
斜め PC 鋼材の地震時荷重変動
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〔報告〕
2.3
補強概要
耐震診断結果より,X 方向1階 ~3 階の耐
震補強が必要と判断されたため,X 方向の各階
について斜め PC 鋼材を用いたパラレルユニッ
トで補強計画を行った。補強は,A 通りの南側
バルコニーの外側にパラレルユニットを設置す
る計画とした。配置図を図-3,図-4 に示す。
図-4
図-3
基礎伏図(パラレルユニットの配置)
A 通り軸組図(パラレルユニットの配置)
表-1
補強計画に際しては,補強後の居室内の使用性に影
靭性指標 補強前 補強後 目標値
判定
F
Is
Is
rIs
響がなく,室内からの眺望や通風・採光を確保できる
点,基礎梁は現場打ちコンクリートであるが,上部構
造はプレキャストの柱,梁を使用(柱と柱は機械式継
ぎ手による接合,柱と梁は PC 鋼材による圧着接合)す
るため工期が短縮できる点などが配慮されている。
補強目標の靭性指標 F は F=1.0(層間変形角
R=1/250rad.)とした強度抵抗型の補強である。
表-1 に示すように補強前の構造耐震指標 Is に対して,
補強後の Is が目標値の rIs を満足するように,パラレ
ルユニットフレームを 3 階で 3 構面,2 階と 1 階で 5 構
耐震性能
1構面の
平均補強耐力
3階
1.0
0.43
0.82
0.7
OK 1409 kN (32φ-w)
2階
1.0
0.34
0.75
0.7
OK 2137 kN (40φ-w)
1階
1.0
0.34
0.72
0.7
OK 1813 kN (40φ-w)
表-2
斜めPC鋼棒諸元
1階(1X1) 2階(2X1)
部位
JIS G 3109 JIS G 3109
規格
B種1号
B種1号
鋼種
40mm
40mm
呼び名
1257.0mm2 1257.0mm2
断面積
1357.5kN
1357.5kN
引張強度
1169.0kN
1169.0kN
降伏強度
緊張時
993kN
993kN
許容
引張強度 定着完了時
935kN
935kN
設計緊張力
420kN/本
436kN/本
3階(3X3)
JIS G 3109
B種1号
32mm
804.2mm2
868.5kN
747.9kN
635kN
598kN
279kN/本
面設置する計画としている。また,斜材に用いた PC 鋼
棒は,必要補強耐力を考慮し,3 階では 32φ-w,2 階,
1 階では 40φ-w を用いている(表-2)。
補強ユニットフレームと既存建物の応力伝達は,ユ
:既存躯体
ニットフレームに生じる水平せん断力をバルコニ-下
:新設フレーム
部に増設したスラブを介し,PC 鋼棒による圧着接合に
よって既存建築物へ伝達している(図-5)。また,基礎
図-5
既存との圧着接合(上部)
部は増設スラブを介してあと施工アンカーによって伝
達している(図-6)。地震時の変動軸力については,圧
縮力は既存と新設した直接基礎を介して地盤へ伝達し,
引抜き力が大きい箇所についてはアースアンカーによ
る抵抗としている。また,面外方向力の処理を,基礎
:既存躯体
:新設フレーム
部では新設つなぎ梁を介してあと施工アンカーにより
行い,上部では PC 鋼棒圧着接合により行っている。
−378−
図-6
既存との接合(基礎部)
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掘削
3.施工
本構法の施工フローを図-7, 均しコンクリート打設・墨出し
図-8に示し,以下に主な工種
基礎梁あと施工アンカー施工
について述べる。ここでは地
震時引抜き用のアースアンカ
ー施工についての説明は省略
する。
既存梁鉄筋探査
埋込み斜めPC鋼材の設置
基礎梁内に配置される斜めPC
足場組立
圧着用コア削孔
PCa柱,梁製作
埋込み斜めPC鋼材の設置
PCa柱,梁建て込み(1層ごと)
鉄筋・型枠組立
横締め配線・緊張(1層ごと)
斜めPC鋼材配置・緊張
コンクリート打設
圧着接合部鉄筋・型枠組立
型枠解体
3.1
〔報告〕
仕上げ・埋め戻し
図-7
圧着接合部コンクリート打設
圧着PC鋼材緊張・グラウト
基礎梁施工フロー
斜めPC鋼材接続部の防錆処理
鋼材は,セット用の支持台を用
いて固定した。基準墨から墨出しを行い,その墨に従って予め
製作しておいた支持台を,均しコンクリート上にホールインア
仕上げ
図-8
ユニットフレーム施工フロー
ンカーにて固定し,その支持台にPC鋼材を設置した。
斜めPC鋼材設置状況を写真-2に示す。配置角度については
角度計を用いて所定の角度が得られるようにし,既存建築物か
らの距離についてはトランシット,下げ振りを用いて所定の位
置にセットした。
斜めPC鋼材の防錆処理は,ポリエチレンシースによる保護と
し,グリース,発泡ウレタンなどの伸縮性のある材料を基礎梁
コンクリート打設前にポリエチレンシース内に充填した。
基礎梁コンクリート打設時の振動や衝撃によって,斜めPC鋼
写真-2
斜め PC 鋼材設置状況
材が動くことの無いように,基礎梁の鉄筋および上部に配置し
た単管パイプにより控えをとるようにした。コンクリート打設
前状況を写真-3に示す。
3.2
PCa柱,梁製作
本工事においては,既存建築物との一体化を2階以上の梁に
ついて圧着接合としているため,バルコニー上にて既存梁を鉄
筋探査し,それをもとにコア削孔を行った。その圧着PC鋼棒の
孔位置を基準墨から測量し,PCa柱,梁に反映させ製作した。
型枠は3型枠とし,全45部材を18日間にて製作した。
3.3
写真-3
コンクリート打設前状況
PCa柱,梁建て込み
PCa柱,梁の搬入状況を写真-4に示す。建て込みは1階PCa柱
(柱頭分割により2部材とした),2階PCa梁の順に行い,各部
材について転倒防止・落下防止措置を行った。建て込み完了後
に2階梁横締め用PC鋼より線の挿入を行い,PCa柱とPCa梁の接
合部目地にモルタルを打設した。目地モルタルの緊張強度発現
後に横締め緊張を行い,PCa柱とPCa柱の接合部の機械式鉄筋継
ぎ手内部および接合部目地にモルタルを注入し,上階建て込み
へと移行した。2階,3階の建て込みを,上記施工方法にて各層
−379−
写真-4
PCa 柱,梁搬入状況
プレストレストコンクリート技術協会 第19回シンポジウム論文集(2010年10月)
〔報告〕
ごとに行った。建て込み状況を写真-5に示す。
3.4
斜めPC鋼材配置・緊張
カラーコーティングされた斜めPC鋼棒は,その表面を傷付け
ないようにナイロンスリングを使用して配置・接続した。1構
面内での緊張は偏心しないように,バランスよく荷重を導入す
るため,引き寄せジャッキ2台,ツインポンプ1台を使用して同
時緊張とした。補強フレーム全体においても偏心しないように,
バランスよく導入するため全体緊張計算を行い導入順序を決定
写真-5
建て込み状況
した。1階中央の補強フレーム内の斜めPC鋼材を1番目に緊張し,
その後左右対称に導入されるように緊張した。2階,3階も同様
の導入順序で行った。緊張状況写真を写真-6に示す。
3.5
圧着PC鋼棒緊張
圧着用PC鋼棒の配置は,PCa梁建て込み後に行い,ワッシャ
ー・ナットを手締めにて取付け,PCa梁の転倒防止にも補助的
に使用した。緊張時期は,バルコニー下部の増設スラブの配
筋・型枠・コンクリートなどの圧着接合部分完了後,増設スラ
ブのコンクリート強度が所定の強度発現後に建築物の外部側よ
写真-6
緊張状況
り行った。緊張はセンターホールジャッキ1台,油圧ポンプ1台
を使用して既存側梁部モルタルのなじみなどを取り除くため,
一度緊張した後に,再度緊張する2回緊張により行った。
既存側に均等に圧縮力を与えるために,PCa梁のスパン中央部
分から左右対称に緊張を行った。圧着PC鋼棒緊張状況を写真-
7に示す。
4.おわりに
本工事は平成22年1月に工事を完了している。今回はパラレ
ルユニット施工実績の中で,バルコニー先端に取付けた場合の
写真-7
圧着 PC 鋼棒緊張状況
標準的な施工事例を紹介した。また,本工事では外付け補強の
特徴を生かし,学校の授業を行いながら限られた施工条件の中
で終えることができた。
今後の学校施設や住宅施設などの耐震化率の推進に,本構法
がその一つの助けになれば幸いである。最後に,本工事の施工
にあたり,ご指導ご協力を賜りました関係各位に深く感謝の意
を表します。
写真-8
−380−
完成写真