「御堂筋サイクルピクニック」を通じた自転車まちづくりへの展開の可能性

参加型イベント「御堂筋サイクルピクニック」を通じた自転車まちづくりへの展開の可能性
-運営と参加者意識、車道におけるアピール走行、走行リーダーの育成-
(公財)公害地域再生センター 藤江 徹
大阪市立大学大学院工学研究科 吉田長裕
(公財)公害地域再生センター 鎗山善理子
1.背景と目的
近年、交通事故全体に占める自転車関連事故割合は拡大
傾向にあり社会問題となる一方、健康や環境への意識、利
用ニーズの高まりを受けて、わが国の自転車施策も転換期
を迎えている。
わが国の自転車の保有台数(全国)は、2008 年時点で約
6,900 万台と増加傾向にあり、5km 未満の移動の約2割は
自転車が利用されているなど、都市内交通等において重要
な移動手段となっている。自転車は持続可能な社会にふさ
わしい乗り物として、欧米においては積極的に自転車走行
のためのソフト及びハード面での環境整備が進んでいるが、
わが国では、自転車専用の走行空間がないため、歩道走行
に伴う自転車事故が問題となっている。
2011 年 10 月に、警察庁では、自転車は「車両」である
ということの徹底を基本的な考え方とし、車道を通行する
自転車と歩道を通行する歩行者の双方の安全を確保するこ
とを目的とする総合的な対策を打ち出した。続く 2012 年
11 月 29 日に、警察庁と国土交通省が連携し、
「安全で快適
な自転車利用環境創出ガイドライン」1)を作成している。
その後の各地での自転車の走行空間の整備にあたっては、
計画策定・整備・評価・総合的な取り組み全体において、
市民との関わりが重要視されつつある。
大阪市では、2010 年近畿圏パーソントリップ調査による
と交通手段に占める自転車分担率は 23.5%と高いが、自転
車の多くは歩道を走行し、歩行者の 9 割が自転車に危険を
感じた経験があるとの調査結果もある(2007 年 大阪市政
モニター調査)
。近年は、放置自転車対策や 2013 年に大阪
市内初となる自転車レーンの整備が本町通りで行われ、
2016 年 4 月には大阪府自転車条例の制定が施行され、自転
車を取り巻く環境は変化しつつある。
一方、自転車利用者自身(市民)の意識については、1990
年代から放置自転車台数が全国最多であった大阪市では、
「自転車=まちの邪魔物」といった自転車へのマイナスイ
メージが強かった。利用環境の整備が着実に進んでも、自
転車利用の多いまち・大阪であるからこそ、多様な市民の
自転車への意識や関わり方の一つ一つの変化が、まちのあ
り様を変えていくことにつながっていくといえる。
こうした背景を踏まえ、
本稿では市民参加型イベント
「御
堂筋サイクルピクニック」の活動を実践してきた。本研究
では、これらの実践活動から、市民参加型の自転車まちづ
くりの展開や課題を、参加者アンケート調査やイベントを
1
構成する取り組み内容に基づいて、活動エリアを含めたま
ちづくりへの展開の可能性について整理することとした。
2.御堂筋サイクルピクニックの概要と活動エリアの状況
(1)御堂筋サイクルピクニックの概要
大阪駅から南に伸びるメインストリート「御堂筋」で開
催される御堂筋サイクルピクニックは、
「もっと自転車レー
ンを!(第 1~9 回は「御堂筋に自転車レーンを!」
)
」と
「自転車の適正な利用(ちゃんと走ろう!)
」をアピールし
ながら自転車走行する取り組みである。歩行者も自転車も
安心して通行できる環境づくりを、自転車ユーザー側から
も求めていこうと、2011 年 10 月からスタートし、例年、
春と秋に開催し、2016 年4月で 10 回目を迎え、のべ 2,000
人超がアピール走行に参加している。
御堂筋サイクルピクニックを企画・運営しているのは、
一般企業のサラリーマンや NGO 職員、自転車販売店員、
教師、デザイナーなど様々な肩書をもったボランティアで
あり、サイクルピクニック・クラブという有志によるコミ
ュニティである。主催団体である自転車文化タウンづくり
の会・代表の新田保次大阪大学名誉教授は、その趣旨とし
て「自転車の道づくりと利用者の人づくりを両輪として御
堂筋サイクルピクニックの取組みを進めていきたい。御堂
筋サイクルピクニックが市民に定着し、大阪は、自転車が
安全に快適に、そして楽しく利用できる、日本一のまちだ
2)
と自慢できるようになることを願っている」
と語っており、
趣旨に賛同する市民が集まった活動が特徴である。
当初は、一回あたり 100 人程度の参加者で走行していた
が、自転車雑貨やフードマーケット、タンデム自転車など
の試乗会等が行われる 500 人前後のイベントとなっている。
800
600
400
200
0
第
1
回
第
2
回
第
3
回
第
4
回
第
5
回
アピール走行者
第
6
回
第
7
回
参加者
第
8
回
第
9
回
第
1
0
回
スタッフ
図 1:御堂筋サイクルピクニック参加者数(人)
(2)御堂筋における道路空間再編の状況
舞台となる御堂筋は、1937 年に、延長約 4.4km、幅員約
44m、銀杏並木や地下鉄の建設など画期的な規模で、近代
都市の基礎を形づくる大阪のシンボルロードとして、受益
者負担による多数の市民や企業の協力を得ながら、建設さ
れた。建設当初は2方向通行であったが、増加する自動車
交通と渋滞問題に対応するため、1970 年の大阪万国博覧会
開催時に南行きの一方通行に変わった。
現在は、南向き一方通行で両端 2 本の緩速車線と4本の
本線、計 6 車線からなり、梅田となんばを結ぶ大動脈とな
っている。御堂筋の自動車交通量は、40 年前と比較すると、
約 4 割減少している一方、御堂筋を通る自転車の交通量は
約 7 倍に増加している。
2014 年 10 月 15 日から 11 月 14 日には、御堂筋の道路空
間再編に向けた大阪市としての基本的な考え方などをとり
まとめた「御堂筋の道路空間再編について(案)
」に対する
パブリックコメントの募集が行われた。2016 年 3 月 1 日か
らは、
「御堂筋の道路空間再編に向けたモデル整備」
として、
千日前通以南の側道を閉鎖し、自転車通行空間化するとと
もに、歩道を拡張する整備が進められている(2016 年秋完
成予定)
。
(3)他の市民参加型イベントとの違い
昨今、各地で様々な自転車イベントが開催されている。
地域の名所を巡り、グルメを楽しむサイクリングであった
り、レース形式であったり、自転車教室などである。主催
は、自転車関連企業や行政が主催しているものが多い。こ
うしたイベントとの違いは、
「自転車利用者から、自転車を
使ったみちやまちづくりをポジティブに提案する」ことを
目的にしていることである。こうした趣旨に賛同する企業
やボランティア(毎回約 70 名参加)の協力の下、毎回改善
点を見直しながら規模を拡大しつつ運営している。
づくりに関わるプログラムの活動状況を整理した。
表 2 イベント記録
自転車文化タウンづく http://blog.goo.ne.jp/cycletown-osaka
りの会、活動ブログ 3)
御堂筋サイクルピクニ http://cycleweb.jp/cyclepicnic
ック、Home Page 4)
4.調査結果の概要
(1)イベント参加者の属性
イベント参加者の構成として、男性が 8 割と多く、年齢
は10 代から70 代まで、
様々な年代が参加している
(図2)
。
自転車の利用頻度は、
「よく使っている人(ほぼ毎日、週 2
~3 回)
」が 65%と多く、
「月 4~5 回」15%、
「たまに利用
する人」19%である。自転車の利用目的としては「趣味」
が 67%と最も多く、
「買い物などの日常生活」34%、
「通勤・
通学」が 29%となっている。
イベントへの参加動機(図 3)では、
「自転車が走りやす
いまちになってほしい」が 51%、
「自転車イベントが楽しそ
うだったから」が 36%、
「自転車を安全に楽しみたいから」
28%、
「友人・家族が参加するから」26%、
「御堂筋に自転車
レーンをつくりたいから」22%と続き、イベント趣旨への
賛同と自転車イベントへの関心が、参加者の動機となって
いることがわかる。
18%
22%
3.研究の方法
(1)アンケート調査
2015 年のイベント参加者にアンケートを実施し、イベン
ト参加動機と自転車施策の評価を得た(表1)
。
実施主体
方法
対象
期間
回収数
設問内容
表 1 アンケート概要
自転車文化タウンづくりの会
筆記式アンケート
「自転車文化タウンづくりの会」主催の御堂
筋サイクルピクニック(第 8 回)参加者
2015 年 4 月 19 日(日)10:00-15:00
101 件
1)イベントへの参加動機(1 問)
2)自転車施策についての評価(3 問)
3)回答者属性(8 問)
5%
18%
19%
19%
10
20
30
図 2 参加者の年齢層
40
50
60
n=101
自転車が走りやすいまちになってほしい
自転車イベントが楽しそうだったから
自転車を安全に楽しみたいから
友人・家族が参加するから
御堂筋に自転車レーンをつくりたいから
自転車仲間に出会いたかったから
大阪市内を自転車で走ってみたかった
行きたいお店が出店していたから
その他
車道の走り方、ルール等を知りたかった
(2)イベント記録に基づいた活動資料の整理
表2にあるイベント及びその関連する活動記録から、自
転車まちづくりへの展開可能性のある自転車利用者のひと
0% 10% 20% 30% 40% 50%
図 3 参加の動機
2
n=101、複数回答
(2)自転車施策に対するイベント参加者の評価
自転車施策について問うと、最近の放置自転車に対して
は、以前と変わらないと感じている人が 43%、悪化してい
る(非常に増えた、やや増えた)と感じている人が 31%、
良くなった(やや減った、非常に減った)と感じている人
が 27%となっている。一方、最近の自転車の走行マナーに
ついては、半数以上(53%)が以前と変わらないと感じて
おり、悪くなった(やや悪くなった、とても悪くなった)
と感じている人は 30%、良くなった(とても良くなった、
やや良くなった)と感じている人は 17%であった。放置自
転車については 7 割の人が、走行マナーについては 8 割の
人が、近年の自転車施策の効果を感じていない、参加者に
はこうした点に問題意識を持っている人が多いといえる。
さらに、
「今後、自転車をちゃんと使うために最も重要だ
と思うことは?(3つまで)
」という問いに対しては、
「自
転車利用者への教育・講習」と「自転車レーンの整備」が
最も多く 63%を占めており、自転車走行空間の整備と利用
者教育の普及を望む声が多かった(図 4)
。
このように、自転車を利用する立場から、その置かれて
いる状況への問題意識、改善への要求を持つ人が多く参加
している。こうした人々とともに、自転車のより良い使い
方を体験・共有・発信することで、今後、自転車環境改善
を先行していけるのではないかと考えている。
様子を見てもらい、自転車に対するネガティブな印象が変
わるものを期待している。一方、参加者の中には車道走行
の経験が少ない人も多いことから、ベテランの人達と車道
走行をいっしょに経験することで、模範となる自転車利用
者が増えていくことも期待している。
(2)アピール走行方法の検討
御堂筋サイクルピクニックのアピール走行は、10 人 1 組
で、30 チーム 300 名が一列になって約 5km の車道走行を
行う。先頭は、事前にルートを走行し、集団走行の誘導方
法を理解している走行リーダーが担い、最後尾をサブリー
ダーが担っている。リーダーは、初めて車道走行を行う人
もいるため、走行前に自転車安全利用五則、安全走行の注
意、手信号(左折、右へ移動、ストップ)
、一時停止などを
レクチャーする。普段自転車を利用していても、手信号を
実践している人は少ないため、自動車や前後の自転車との
コミュニケーションが事故を防ぐことを理解してもらう。
最後尾のサブリーダーは、後続する車両との距離やメンバ
ーの走行状況を見極め、時には、体を張って、グループの
安全を確保する役割を担っている。
第一回(2011 年 10 月)には、ロードバイク、ミニベロ、
ママチャリから、
二人乗りのリカンベントやカーゴバイク、
タンデム自転車まで様々な自転車約 100 台が集った。初の
アピール走行後、参加者から「普段何気なく走っている道
自転車利用者への教育・講習
もみんなで走ると、路駐の車の多さが目立った。まだまだ
自転車レーンの整備
自転車で走るには課題が多いですね」
、
「車道を逆走する自
道路や歩道の拡幅
転車が一番危険」
、
「視覚障がい者もタンデム自転車があれ
ば御堂筋を安全に走行できることがわかりました」といっ
駐輪場の整備
た感想が出ている。
自動車ドライバーへの啓発
第4回(2013 年 4 月)では、アピール走行参加者が 300
警察の取り締まり強化
人を超え、参加者の多様化に合わせて、走行するグループ
案内・標識の設置
を「しっかり」と「ゆっくり」に分けることでスピードに
その他
関するストレスを減らした。さらに走行リーダーの確保が
0%
20% 40% 60% 80% 課題となったため、第 5 回(2013 年 9 月)から事前に走行
n=101、複数回答 リーダー講習会(3 回)を開催し、走行マニュアル(図 5)
を作成している。
図 4 自転車をちゃんと使うために最も重要だと思うこと
アピール走行において、試走等で議論されたのは、①駐
5.イベントを通した自転車まちづくりへの展開可能性
車車両の避け方、②交差点における車両や歩行者との折り
(1)アピール走行に関する考え方
合いのつけ方、③自転車歩行者専用信号の横断方法、④信
アピール走行は、
「ちゃんと走ろう!」&「自転車レーン 号のない交差点における安全確認方法、⑤逆走自転車への
を!」を御堂筋利用者にアピールすることを目的としたも 対応、などであり、その都度、リーダー同志が互いの経験
ので、イベント参加者はテーマカラーである青いものを身 や考えを出し合い、リスクの発生予測や基本的な走行ルー
に着けて車道を走行する。他の自転車利用者の模範を示す ルの理解・共有を行いながら対応策を検討してきている。
ために、道路交通法に基づいた適正な車道走行を安全に実
践することを目指している。
アピール走行の役割としては、
「自転車は車道が原則」と
いうルールはあるが、車道を走行する自転車に対して、ま
だまだ多くの人は戸惑いを感じる状況にあることから、実
際にルールを守り他者とコミュニケーションをとれる自転
車利用を実践し、御堂筋の自動車利用者や歩行者からその
写真 1 アピール走行の様子
3
これまで 10 回、のべ 2000 名がアピール走行を行ってい
るが、幸いにも、事故は起きていない。こうした実践を踏
まえると、それぞれの道路形態に合わせた「安全な走り
方」を理解し、ハンドサインなどで他者とのコミュニケー
ションを実践すれば、他の地域でも、車道上でのアピール
走行は可能であろう。
やしていくことが効果的だと考える。
さらに、子ども、高齢者、女性など、こうしたイベント
への参加が難しい層に向けた出前講座の実施、地域特性に
応じた走行方法の再定義などを実践的・体系的に進めるこ
と、関係機関との協働体制づくりが重要といえる。
(3)走行リーダーの育成、実践的学びの場を増やす
走行リーダーの育成は、市民参加型イベントを安全に実
施し、継続的な取り組みとしていくためには大切な観点で
ある。リーダー講習会を実施し、ルートを実際に走り、意
見交換しながら、
「ちゃんと走る」技術・判断を実践的に
学んだ人は、その後も、日常生活の中で、安全な走行を実
践できる。ちゃんと走る人が増えれば、自転車へのイメー
ジも変わっていくだろう。さらに、そうしたリーダーから
の学びの機会を増やしていくことが、これからの自転車ま
ちづくりの核となると考える。
図 6 提案:御堂筋に自転車レーンを!
参考・引用文献
1)警察庁・国土交通省(2012)
『安全で快適な自転車利用
環境創出ガイドライン』
2)新田保次(2013)
「御堂筋サイクルピクニック開催にあ
たって」
、
『機関紙りべら 127 号』P181、公益財団法人公
害地域再生センター(あおぞら財団)発行
3)自転車文化タウンづくりの会、活動ブログ、日本語、
図 5 走行マニュアル(手信号・駐車車両をよけるとき)
http://blog.goo.ne.jp/cycletown-osaka 2016.6.29
6.提案づくり
4)御堂筋サイクルピクニッククラブ、御堂筋サイクルピク
主催者である自転車文化タウンづくりの会では、第 3 回
ニック、日本語、http://cycleweb.jp/cyclepicnic 、2016.6.29
御堂筋サイクルピクニック(2012 年 9 月 22 日)を通じて、 5)藤江徹(2016)
「緑の交通政策と市民参加 新たな交通価
どんな自転車レーンが良いか?についてアンケート(投票
値の実現に向けて」
、大久保規子編著、P181-204 第 8 章市
コーナー、及び、WEB 投票、回答 103 名)を行い、御堂筋
民からの提案「道路の使い方を変えたい!」
、大阪大学出
における自転車レーン整備案を作成している(図 6)
。
版会発行
その内容は「東側の緩速車線に南向き一方通行で自転車
が走行できる空間をつくる」というもの。それにあたって
は、銀杏並木など緑地帯の構造は大きく変えずに、緩速車
線を走る車は速度 30 キロ/時に制限し、駐停車禁止とする、
としている。
こうした、提案内容を広く情報発信し、行政や警察にア
プローチすることを通じて、自転車の走行環境を皆で考え
る機会を広げていきたい。
7.まとめ
自転車走行空間の整備や交通ルールの啓蒙にあたり、自
転車への関心を持つ人が多い現状において、御堂筋サイク
ルピクニックなどの市民参加型の場を通じて、担い手を増
写真 2 出発前に「御堂筋サイクルピクニック!」
4