校正って、これでいいんですよね

(3)著者校正と推敲
校正って、これでいいんですよね?
・手書き原稿の時代には、著者はゲラになった言葉
〜編集者が 校正するとき〜
(活字)と対面して、初めてみずからの言葉を客
観化した
2010 年 11 月 26 日 大西寿男(ぼっと舎)
・手書きの原稿はまだ著者の肉体と深く結びついて
いて、言葉自身が肉体をもっていない
at 新大阪丸ビル新館:勁版会 ・ワープロやパソコンでデジタルフォントを手軽に
あつかえるようになり、著者が書式や段落設定、
● はじめに:校正をめぐる 5 つの誤解
ルビ、見出しなど、編集的要素も加味できる
・その結果、ディスプレイやプリントアウトした紙
① この原稿、明日までにざっと見ておいてくれる?
上で、まだ生まれたばかりの言葉がすでにあたか
も客体化されたかのような錯覚を生む
内容とか表現は見なくていいから。
・これは著者校正の作業を一部先取りすることであ
② 校正者は正しい日本語の規範。
って、いわゆる推敲ではない
赤ペン 1 本でてきぱきとまちがいを訂正する。
③ むずかしい漢字を読んだり書いたりできる。
● 第 2 部:校正の原則と役割
④ 校正は何やってたんだ!(怒)
(1)デジタル時代の校正とは?
⑤ 要するに、まちがい探しでしょ? 校正って。
・校正という作業の 2 つのかたち……引き合わせ
● 第 1 部:編集者の校正、校正者の校正
/素読み
・校正という行為の 2 つの営み……正す/整える
(1)編集者の校正
・原稿は草稿、初校が原稿……言葉が生まれ落ちた
ままの姿で泣いている
・著者と読者の顔が見えている
・短期間に草稿を磨きあげ完成型へと近づける、素
・原稿(言葉)にどんな形を与えるか。編集方針・
読みの力が求められる【図 1】
造本設計をみちびきだす読み
・援助職としての校正……受け身であることと「積
・原稿に書かれていない部分への意見や、大幅な加
極的傾聴」(active listening)
筆・訂正・削除を、直接、著者に提示することが
・校正者は言葉を力づける(エンパワメントする)
できる
言葉の助産師さんであり、カウンセラーである
・目次立て、表記の統一など、編集者の校正には決
定権がある
素読み
▲
(2)校正者の校正
整える
正す
・著者や読者といった、いっさいの生身の人間から
離れて、純粋にゲラの言葉のみと向かいあい、対
話する
・著者の肉声でも校正者の肉声でもなく、ゲラの肉
声を聴く(黙読のうちに)
・校正者は著者とじかに会って打ち合わせることを
引き合わせ
しない。つねに編集者を介して疑問出しや確認を
図 1 ● 校正のベクトル。縦軸が校正の肉体とすると、横軸は
おこなう(ゲラの肉声をかき消さないように)
校正の精神を表わす。活版時代の校正からデジタル化した現在
・編集者の編集方針・造本設計にもとづく
へと、破線のように、校正の比重が移ってきている。
1
・見落としを何もかも校正者の責任に帰してオトシ
【エンパワメント(empowerment)
】
政治・経済・地域・家庭など様々な領域で、人
マエをつけるのは非生産的
びとが互いに力を合わせ、よりよい社会を築く
・すべてのスタッフの共同責任として、なぜ誤りが
ために、自分で意思決定し、行動する能力を身
生じたか検証していくことが、再発防止のために
につけること。性差別などによって、人々が潜
も必要
在的に持つ能力を生かすことができない状況を
・差別表現、名誉毀損、営業妨害、プライバシーの
変えるための概念。——『imidas』
侵害、盗作・盗用【p. 3 例文 3】
・ コ ス ト 削 減 の 現 実 世 界 で は、 そ し て、DTP に
見られるように小まわりのきく技術環境では、
校 正 者 が 編 集 や 製 作 と 連 携 し、 何 段 階 に も 有
(2)積極的受け身
機 的 な(organic な ) チ ェ ッ ク 体 制 を 敷 く 協 働
(collaboration) が、これまで以上に求められて
・校正者は言葉自体を自律した“いのち”として迎
いる
える……あたたかい言葉はよりあたたかく、冷た
・校正者の「人間宣言」……下請けロボットではな
い言葉はより冷たく
いからこそ、人間の言葉を読みとり、すくいあげ
・言葉から(ゲラ・活字から)痛みやよろこびを感
ることができる。編集者や製作者と対等な、1人
じとる感覚
ひとり名前をもった専門職
《片脚のない男と腫瘍をもつ男が
・フリーの校正者にとってありがたいのは、出版社
震災後の神戸で出会う》
側にしっかりとした窓口担当者がいてくれること
⇒《右脚のない男と〜》
・窓口担当者は、校正者が働きやすいように条件を
・言葉のあるべき姿……「ら」ぬき言葉の許容と、
整えるだけでなく、校正の成果やミスを校正者に
表記やスタイルの統一
フィードバックする
・言葉にとってどうなのか……著者への疑問出し
・よい出版社には、すぐれた校正者が集まる
が、かえってよくないこともある
(2)校正の仕事はどのように評価されるべきか?
・信じることと疑うこと……行間を読むのでなく、
裏を嗅ぎとろうとするのでもなく、言葉へのあた
たかく冷静なアプローチ
・まちがい探しの減点法では、素読みが中心のい
・対話では、相手の感情の流れ、意識の流れを感じ
ま、言葉の助産師さんでありカウンセラーである
る。さえぎらない。相手の言葉を妨げたり、他の
べき校正の仕事を、正しく評価できない
言葉に置き換えたりしない
・納期までの時間や校正料は短縮・削減されてきて
・これらの読みは、言葉のもつ性質と力:変化した
いるのに、校正に求められる仕事の質・量はかえ
い/定着したい性質。不特定へむかう力/排他的
って増えている実態にそぐわない
な力、という相反するはたらきによる
・なによりも、減点法は校正者を萎縮させる
・
「積極的受け身」(active passive)の態度
……「縁の下の力なし」とは似て非なる方法論
● おわりに:編集者が校正するとき
● 第3部:校正者の「人間宣言」
・校正の専門技術は校正のプロにまかせるとして、
情報発信の時代に“校正のこころ”はみんなのも
(1)危機管理としての校正
の
・本づくりのプロセスのなかから、校正という必要
・本づくりはチームワークであり総合芸術
不可欠な作業がぬけ落ちることのないように
・まちがい探しから品質保証へ【p. 3 例文 2 と図 2】
・とりわけ編集者のみなさんには、みずから校正者
・内容は編集が、造本は製作が、装幀はデザイナー
を兼ねなければならないとき、いったん編集者で
が、校正は言葉の表現の質を、裁きではなく、正
あることを忘れて、“校正者として”ゲラの言葉
確な公平さをもって保証する
と向きあっていただきたいと、切に願います
2
【例文 2】───────────────────
私の祖父は明治 30(1898)年に、徳島県のちっ
■■■■■明治 30(1898)年■■■■■■■■
ちゃな漁港で生まれました。長じて京都の竹細工
■■■漁港■■■■■■■■■■■■■■■■■
職人のところへ奉公に出たらしいのですが、生来
■■■■■■■■■■出たらしい■■■■■■■
のあきっぽさか、数年で神戸・新開地へ。神戸は
■あきっぽさか■■■■■■■■■■■■■■■
日本における映画発祥の地で、当時の新開地は東
■■■■■■映画発祥の地■■■■■■■■■■
の浅草と並ぶ、西日本最大の歓楽地だったそうで
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
す。
■■
疑問出し
㆘
・明治 30(1898)年→明治 31(1898)年 or
明治 30(1897)年?
私の祖父は■■■■■■■■■に、徳島県のちっ
・漁港→漁師町 or 漁村?
ちゃな■■で生まれました。長じて京都の竹細工
・出たらしい→出されたらしい?
職人のところへ奉公に■■■■■のですが、生来
・あきっぽさか→あきっぽさからか?
の■■■■■■、数年で神戸・新開地へ。神戸は
・映画発祥の地 OK ?(資料 1・2)
日本における■■■■■■で、当時の新開地は東
の浅草と並ぶ、西日本最大の歓楽地だったそうで
資料 1:京都新聞 2010 年 6 月 11 日付
す。
「日本で初めて映画の試写実験に成功した場所
はここ」
。京都市中京区の高瀬川沿い、元立誠
図 2 ● 校正のネガとポジ。上は疑問出しをしたネガ。
下はこれでよいとしたポジ。
小の正門近くに「日本映画発祥の地」の駒札が
設置……1897 年に大阪商工会議所会頭を務め
た実業家稲畑勝太郎氏が、パリで映写機とフィ
ルムを購入。この地にあった京都電燈株式会社
【例文 3】───────────────────
の中庭で上映した……
「朝からずっと、部屋のカーテン閉めきって、男
資料 2:神戸映画資料館 ホームページ
2 人でいったい何やってんでしょうね?」
神戸にエジソンの発明した活動写真の装置、
キ ネ ト ス コ ー プ が 上 陸 し た の は 明 治 29 年
「男どうしの愛情と言うとなんだか、ちょっと困
(1896)
、これが日本の映画事始めとなりまし
りますが、ここで言う愛情とは同志としての愛な
た。
んです」
3
● 校正をめぐる 5 つの誤解への答え
① この原稿、明日までにざっと見ておいてくれる?
内容とか表現は見なくていいから。
◆
──編集方針が決まっていない原稿は、じつは校
校正 10 のポイント ◆
正できません。言葉を正すにせよ整えるにせよ、
判断基準がないからです。また、校正は一定の注
● 編集者であることを忘れ、
意力を維持する作業ですので、
“ざっと見る”は
校正者としてゲラと対話する
“何も見ていない”に等しくなってしまいます。
● 言葉のいのちに即す
そして、内容や表現と切り離された言葉はありま
せんから、誤字脱字や表記の統一は、文章の全体
● 調べものを厭わない
に照らして考えなければなりません。
……辞書や参考文献、出典、データベース
② 校正者は正しい日本語の規範。
● 第三者の意見を求める ex) 差別表現
赤ペン 1 本でてきぱきとまちがいを訂正する。
● パソコンのディスプレイで校正しない。
──まず、
“正しい日本語”という絶対的な根拠
紙に出力する
を、私たちはもっていません。言葉は生もので、
……見落としや目の疲労を防ぐ。
時・所・相手の三位一体によって移り変わりま
出力結果をチェックできる
す。また、校正者には、どんな決定権も与えられ
● データを改変するときは、他のスタッフが
ていません。赤ペンではなくエンピツを持って、
見てもわかるよう、ゲラ等に記録しておく
疑問や確認を出すのが校正の仕事の大半です。
● 段落スタイルや文字スタイルの活用
③ むずかしい漢字を読んだり書いたりできる。
……一括変換できる=校正の一工程が減る
──ほめてくださっているのですが……。校正者
● 組版データの共有と積極的活用
は、知識に頼るよりも、むしろ辞書や資料にあた
るプロフェッショナルであるべきです。それは、
● 校正のための時間と場所を確保する
たんに正確な知識を求めるだけではなく、ゲラの
……集中力を保つ
言葉を理解するための体験といえます。
休息と気分転換
……いわゆる“目を変える”
④ 校正は何やってたんだ!(怒)
● 制作スタッフのチームワークと
──できあがった本に誤植や誤認があったとき
コミュニケーション能力を高める
に、ひとり校正者のみが詰め腹を切らされるのは
割に合いません。現在のように、短期間のうちに
原稿の精度を高めなければならない条件のもと、
校正者は最大限の努力をしているのですから。著
者や編集者や製作担当も見落とした誤りは、制作
チーム全体の問題として、なぜチェックできなか
ったのかを検討し、今後に生かすことが生産的で
本づくりと校正
はないでしょうか。
◆
ぼっと舎
〒 155-0033
東京都世田谷区代田 6-27-13-2A
◇ ◇ ◇
Mail : [email protected]
Tel & Fax : 03-6751-2627
Keitai : 090-8770-3823
http://www.bot-sha.com
http://twitter.com/bot_sha
⑤ 要するに、まちがい探しでしょ? 校正って。
──まちがいを見つけることは、もちろん大事で
不可欠ですが、ここの文章はこれでいい、まちが
っていないと保証することも同じだけ大事です。
校正者は言葉を裁くのではなく、言葉を力づける
援助の専門職なのです。
4