ナノ粒子複合インクを用いた熱電変換モジュールの

ナノ粒子複合インクを用いた熱電変換モジュールの開発
豊田丈紫*
嶋 田 一 裕 **
橘泰至*
加藤直孝*
廃 熱 を 利 用 し た 熱 電 変 換 技 術 に よ る 省 電 力 機 器 向 け 電 源 供 給 を 実 現 す る た め , インクジェット印刷を活用
した熱 電 変 換 モ ジ ュ ー ル の低 コ ス ト 製 造 技 術 開発を行った。 低 温 焼 成 に有効な接着剤として導電性ガラスを合成
し,500℃以下で 焼 付 可 能 な バナジウム系ガ ラ ス フ リ ッ ト が 得 ら れ た 。 こ の フ リ ッ ト を 熱 電 粉 末 と 混 合 し て イ
ン ク 化 し , イ ン ク ジ ェ ッ ト 印 刷 を 用 い て 24対 の 熱 電 素 子 回 路 を 形 成 し て 熱 電 変 換 モ ジ ュ ー ル を 試 作 し た 。
こ の 熱 電 変 換 モ ジ ュ ー ル は 365℃ の 温 度 差 で 1.3mWの 出 力 が 得 ら れ た 。 こ れ よ り , 720対 の 熱 電 変 換 モ ジ ュ
ールの構成で無線センサーの動力として必要な電力を供給可能であることがわかった。
キーワード: 熱 電 変 換モジ ュール ,導 電性ガ ラス フリ ット ,イン クジェ ット 印刷
Development of Thermoelectric Module Using the Nanoparticles Composition Ink
Takeshi TOYODA, Kazuhiro SHIMADA, Yasushi TACHIBANA and Naotaka KATO
In order to realize electric supply for power-saving apparatus by the thermoelectric conversion technology using waste heat, low
cost production technology development of the thermoelectric conversion module which utilized ink-jet printing was performed.
Electrically conductive glass was synthesized as binding materials in low-temperature calcination, and vanadium based glass frit possible
with a glow was obtained below 500℃. The ink which mixed this frit with thermoelectric powder was produced, and the thermoelectric
conversion module was made as an experiment by forming 24 pairs of thermo element circuits using ink jet printing. The thermoelectric
conversion module was obtained output 1.3mW at a temperature difference of 365℃. It was found that, above which is capable of
supplying the necessary power as the power of the wireless sensor in the configuration of the thermoelectric conversion module
consisting of 720 p-n pairs.
Keywords : thermoelectric module, conductive glass frit, ink-jet printing
1.緒
言
太 陽 光や 人工 光, 熱, 振動 など のエ ネル ギー を収集
電 変 換 と は , 2種 類 の 熱 電 材 料 で 構 成 さ れ る 熱 電 素 子
の両端に温度差をつけることで熱起電力が発生する
す るこ とに より ,消 費電 力が 極め て少 ない 機器 のエネ
「 ゼー ベッ ク効 果」 の原 理を 利用 した 発電 方法 である。
ル ギー 源を 確保 でき る可 能性 があ る。 近年 ,身 の回り
セ ラミ ック ス系 の熱 電材 料は ,耐 熱性 や化 学的 安定性
に ある ごく わず かな 未利 用エ ネル ギー から も電 気エネ
に 優れ 安価 に製 造で きる ため ,素 子 材 料と して 有用で
ル ギ ー を 回 収 す る エ ネ ル ギ ー ・ ハ ー ベ ス テ ィ ン グ (環
熱エネルギー
境 発 電 )が 注 目 さ れ て い る 。 環 境 発 電 は , 無 線 セ ン サ
高温
ー 等 の無 給 電動 作を 実現 し , IT技 術 と組 み 合わ せる こ
と でオ フィ スや 工場 内で の長 期間 のモ ニタ リン グや空
調 制御 等の エネ ルギ ーマ ネジ メン トシ ステ ム を 実現す
電極
n型
p型
-
+
温度差
電位差
る うえ で重 要な 技術 であ る。 一方 で, 工場 等で は大量
(ゼーベック効果)
の 廃熱 が存 在し てい るこ とか ら, 熱電 変換 技術 を環境
低温
発 電と して 利用 し, セン サー 用電 源へ 応用 する ことが
可 能 で あ る 。 図 1に 熱 電 変 換 素 子 の 概 念 図 を 示 す 。 熱
*
企画 指導部
**
化 学食品部
図1
熱電変換の概念図
1.基板への下部電極印刷
用 いて示 差熱 分析装 置(㈱リガ ク社製 ,Thermo Plus)で
2.p型素子印刷
ガ ラ ス 転 移 点 (T g )と 結 晶 化 温 度 (TC )を 求 め , 非 晶 質 構
造の確認 のため X線回折装置 (ブルカー㈱社 製 AXS, D8
ADVANCE)で 結 晶構 造を 評価 し た。 ガラ ス 試料 の導 電
電極
熱電素子(p型)
基板
3.n型素子印刷
性 は導 電性 付与 のた めの アニ ーリ ング 処理 を行 った後,
熱 電 特 性 評 価 装 置 (オ ザ ワ 科 学 ㈱ 社 製 , RZ-2001i)に て
4.上部電極→焼成(完成)
四端子法で求 めた。
2.2.2
ガラス
ナノ粒子複合インクの作製
ナ ノ 粒 子 複 合 イ ン ク は , 2種 類 の 大 き さ の 熱 電 粉 末
熱電素子(p型)
熱電素子(n型)
熱電素子(n型)
電極
熱電素子(p型)
と 以下 の方 法で 調整 した 導電 性フ リッ トを 用い て作製
し た。 まず ,得 られ たガ ラス 試料 を粗 粉砕 し, タング
図2
印刷技術を活用した熱 電素子化の概要
ス テン カー バイ ト製 の振 動ミ ルで 乾式 粉砕 した 後, エ
タ ノー ルを 溶媒 とし て湿 式ボ ール ミル にて 18時 間粉砕
あ る。 一方 で, 熱電 変換 モジ ュー ルと して 利用 する際
処 理 す る こ と で 約 2μ mの メ ジ ア ン 径 を も つ ガ ラ ス フ
の 熱応 力に よる 破壊 や, 煩雑 な構 造に 起因 する 製造コ
リットを作製 した。
ス ト の 増 大 と い う 課 題 が あ る 1) 。 一 方 で 印 刷 技 術 を 用
次いで,p型(Ca2.7La0.3Co4O9)およびn型(Ca0.9La0.1MnO3)の 粉
い るこ とで 安価 に熱 電変 換モ ジュ ール を製 造す ること
末 と 固 相 法 で 作 製 し た 約 2μ mの 同 粉 末 を 1:9の 割 合 で
が 可能 であ り, 更に 素子 が薄 膜化 する こと で熱 応力が
混 合 し た 後 , 熱 電 粉 末 に 対 し て 5wt%の 導 電 性 フ リ ッ
緩 和 さ れ , 耐 久 性 の 向 上 を 図 る こ と が 可 能 に な る 2) 。
ト を混 合し た。 イン ク化 には ,上 記の 混合 粉末 6gに対
図 2は , ス ク リ ー ン 印 刷 法 を 活 用 し た 熱 電 変 換 素 子 の
し て 1wt%の ア ラ ビ ア ゴ ム 水 溶 液 15mlと 微 量 の グ リ セ
製造方法を示 す。
リ ン を 加 え , 自 転 ・ 公 転 式 ミ キ サ ー (㈱ シ ン キ ー 社 製 ,
本 研 究で は, 低温 焼付 型の イン クを 新た に開 発し,
イ ンク ジェ ット 印刷 手法 と組 み合 わせ るこ とで ,低コ
ARE-310)にφ 1mmのア ルミナボー ルととも に投入し,
2000rpmで 10min混合処理を行った 。
スト化のため の技術開発を行った。
2.2
2.1
熱電変換モジュールの作製
2.実験内容
熱 電 変 換 モ ジ ュ ー ル の 作 製 は , 図 3に 示 す 非 接 触 デ
熱電粉末のインク化
ィ ス ペ ン サ ー 方 式 の イ ン ク ジ ェ ッ ト 印 刷 機 (武 蔵 エ ン
2.2.1
導電性ガラス試料の合成
イ ンク ジェ ット 印刷 によ る回 路形 成を 検討 する 場合 ,
ジ ニ ア リ ン グ ㈱ 製 , エ ア ロ ジ ェ ッ ト ) を 用 い , 30 ×
30mmの ガラ ス 基板 2枚に 約 2mm×4mmの 上 部電 極と 下
特 定の 位置 に熱 電粉 末を 含む 液体 を適 量滴 下す ること,
滴 下後 に熱 電粉 末同 士が 接着 して 熱電 素子 とし て発電
特 性を 持つ イン クで ある こと が必 要と なる 。今 回,イ
ン ク材 料と して ,あ る温 度で 部分 的に 溶解 する ことで
ノズル
接 着 し て 導 電 性 の 機 能 を 持 つ フ リ ッ ト (ガ ラ ス 系 の 微
粉 末 )を 添 加 剤 と し て 用 い る こ と と し た 。 フ リ ッ ト の
材 料は ,バ ナジ ウム 系の ガラ ス材 料に 注目 し た 。まず,
V 2 O 5 と BaCO 3 , WO 3 及 び Fe 2 O 3 を 出 発 原 料 と し ,
20BaO・ 10Fe 2 O 3 ・ xWO 3・(70-x)V 2 O 5の組成で x=0, 5, 10
の 所定 の組 成と なる よう に各 原料 を秤 量し た。 次に本
試 料を アル ミナ ルツ ボに 入れ ,720℃ で 1時 間保 持した
X-Yステージ
後 にグ ラフ ァイ トル ツボ 中に 流し 込み 急冷 処理 するこ
と でガ ラス 状に 固化 した 試料 を作 製し た。 この 試料を
図3
インクジェット印刷 装置の外観
ゼーベック係数 / μ VK-1
DTA / a.u.
281℃
tc= 331℃
290℃
x=0
376℃
x=5
発
熱
378℃
x = 10
吸
熱
100
200
300
400
500
600
導電率 / Scm-1
tg= 265℃
700
0
x=0
x=5
x =10
-100
-200
-300
-400
1
0.1
0.01
0
200
温度 / ℃
400
600
温度 /℃
図5
(a)熱重量測定
アニーリング処理 (500℃, 1h)したガラス(20BaO
・ 10Fe 2 O 3 ・xWO 3 ・(70-x)V 2 O 5, x=0, 5, 10)のゼー
ベック係数と 導電率
膨張率 /a.u.
t = 332℃
℃と T c =376℃, 378℃と なり, WO 3の 添加量が大きくな
t = 366℃
る に 従 い 上 昇 し た 。 ま た , 図 4(b)の 熱 膨 張 率 の 曲 線 は ,
x=0
す べ て の xに お い て 室 温 か ら 温 度 の 上 昇 と と も に 膨 張
膨
張
t = 373℃
収
縮
x=5
を 示し ,各 組成 のガ ラス 転移 点以 降で 収縮 を示 した。
x = 10
収 縮の 変曲 点は ,お おむ ね結 晶化 温度 と同 等の 温度で
あ り, これ らの 温度 以上 では ガラ スの 部分 溶融 により
100
200
300
400
500
600
700
温度 / ℃
(b)熱膨張測 定
図4 示差 熱分析の結果
〔 20BaO・ 10Fe 2 O 3・ xWO 3・(70-x)V 2 O 5, (x=0, 5, 10)〕
融着機能が発現することが明らかになった。また,X
線 回折 測定 結果 は, 両試 料と も非 晶質 材料 に特 徴的な
ブロードな回 折ピークのみが観察された 。
図 5に ガラ ス試 料を 500℃で アニ ーリ ング 処理 した後
の 電気 的特性 を示 す。 x=0では ,室温 から 500℃の範囲
で 10 -1 S/cm 以 上 の 高 い 値 を 示 し , ま た ゼ ー ベ ッ ク 係
部 電極 を印 刷し た。 次い で, 上部 電極 上に p型 と n型イ
数 は負 の大 きな 値を 示し た。 この こと から ,試 作した
ン ク にて それ ぞれ 約φ 1mmの 素子 を印 刷し た後 に大気
ガ ラス は良 好な 導電 性を 示す とと もに , 電 子を キャリ
中 にて 24時 間乾 燥さ せ, 下部 電極 と張 り合 わせ て電気
ア と す る n型 の 熱 電 材 料 の 機 能 を 有 す る こ と が 明 ら か
炉 中で 500℃ ,1時間 保持 する こと で熱 電変 換モ ジュー
になった。
ル を試 作し た。 得ら れた 熱電 変換 モジ ュー ルは ,熱電
発 電 効 率 特 性 評 価 装 置 (ULVAC RIKO社 製 , PEM-2)を
3.2
用いて発電特 性を評価した。
熱 電特 性へ 及ぼ すフ リッ トの 添加 効果 を調 べる ため ,
3.結果と考察
3.1
表1
フリット添加焼結体の熱電特性
熱電性能におけるフリットの添加効果
(測定条件:500℃,大気中)
導電性ガラスの物性評価
p型
フリッ
フリッ
トなし
ト添加
図 4に 合 成 し た 導 電 性 ガ ラ ス の 示 差 熱 分 析 測 定 の 結
果 を 示 す 。 図 4(a)の 熱 流 (DTA)は , 250℃ 付 近 か ら 600
℃ にか けて 相変 化に 伴う 発熱 や吸 熱の ピー クが 観察さ
れ , そ の 位 置 か ら ガ ラ ス 転 移 温 度 (T g) , 結 晶 化 温 度
(T c) が 求 ま る 。 本 測 定 結 果 か ら , x=0 で は T g =265℃ ,
T c =331℃ で あ り , x=5, 10で は そ れ ぞ れ T g =281℃ , 290
ゼーベック係数
(μ V/K)
導電率
( S/cm)
n型
フリッ
フリッ
トなし
ト添加
160
174
-120
-137
9.4
10.3
4.3×
10 -2
1.5
1.5
TH= 531℃ T= 382℃
+
100
下部電極
電極+p型+n型
貼り合せ
50
0.5
0
熱電変換モジュール
(素子の集合体)
出力 / mW
上部電極+p型
電圧 / mV
1.0
0
10
30
40
0.0
50
電流 / mA
3cm
図7
図6
20
試作した熱電変換モジュールの発電特性
熱電変換モジュール の製造工程
可能である。
20BaO・ 10Fe 2 O 3 ・ xWO 3 ・(70-x)V 2 O 5 (x=5)の フ リ ット 粉
末 ( 平 均 径 0.6 μ m) を 準 備 し た 。 次 い で , p 型
4.結
言
(Ca 2.7 La 0.3 Co4 O 9 ) お よ び n型 (Ca 0.9 La 0.1 MnO 3)の 熱 電 粉 末
本 研 究で は, 熱電 変換 モジ ュー ルの 製造 工程 の簡略
(平 均径 2.0μ m)に 対し てフ リッ ト粉末 を5wt%添 加して
化 を図 るた めの 熱電 イン クお よび イン クジ ェッ ト印刷
均 一に 混合 し, 成型 した 後に 500℃で 1時間 保持 のアニ
手法の開発に ついて検討し,以下の結果 を得た。
ー ル 処 理 を 行 う こ と で 熱 電 素 子 を 試 作 し た 。 表 1に 素
(1) n型 の良導電性の熱 電材料として 機能する バナジウ
子 の 熱 電 特 性 の 測 定 結 果 を 示 す 。 p型 は 導 電 性 フ リ ッ
ム系の導電性 ガラス試料を合成した。
ト の添 加に より 電気 的特 性の 大き な差 異は 得ら れなか
(2) 熱 電 粉 末 に 添 加 す る こ と で , 500℃ の 低 温 熱 処 理
っ た 。 一 方 で , n型 は 導 電 性 フ リ ッ ト の 添 加 に よ り ゼ
条件で熱電粉末の素子化が可能である導電性ガラ
ーベック係 数と導電率が向上した。特 に導電率は4.3×
スフリットを 開発した。
10 -2 S/cm か ら 1.5 S/cm と 1桁 以 上 の 上 昇 が 認 め ら れ
(3) 導 電 性 ガ ラ ス フ リ ッ ト を 添 加し た 熱 電 粉 末 のイ ン
た 。 開 発 し た 導 電 性 フ リ ッ ト は , 500℃ の ア ニ ー ル 処
クを開発するとともに,インクジェット印刷 手法
理 によ り粉 末の 接着 効果 を示 すこ とか ら, 電気 的特性
を用いて熱電 変換モジュールを試作した 。
の 低下 を招 くこ とな く焼 結性 が向 上す るこ とが 明らか
になった。
参考文献
1) 豊田丈紫,佐々木直哉,嶋田一裕.“熱電変換セラミック
3.3
熱電変換モジュールの特性評価
図 6に 試 作 し た 熱 電 変 換 モ ジ ュ ー ル の 製 造 工 程 と 完
成 後の 外観 写真 を示 す。 熱電 モジ ュー ルは 素子 の大き
さ が 約 φ 1mmで 24対 の 直 列 か ら 成 っ て い る 。 図 7に 試
作 した 熱電 変換 モジ ュー ルの 発電 特性 を示 す。 モジュ
ー ル の高 温端 の温 度が 531℃, 低温 端が 149℃で ,モジ
ュ ー ル の 温 度 差 が 382℃ の と き の 開 放 電 圧 , 内 部 抵 抗
およ び最高出力 は0.1V, 2.2Ω,1.3mWで あった。この
結 果よ り省 電力 機器 の動 作に 必要 な電 気容 量( 単三電
池 規模 :1.5V,
25mA) は720対の 直列素 子で 構成され
る 熱電 変換 モジ ュー ルで 実現 でき る。 これ は, インク
ジ ェッ トの パタ ーン を改 良し て素 子の 集積 化を 図るこ
と で 無 線 機 器 と 同 等 の 大 き さ ( 約 5cm× 5cm) で 実 現
スのモジュール化技術に関する研究”.石川県工業試験場
報告,2007, No57, p.53-56.
2) 豊田丈紫.“熱電変換素子における熱応力の影響とモジュ
ール設計”.セラミックス,2011, No.46, p.933-937.