正しい技術文章作成のためのヒント

Web から編纂:’08.7.30:渡邊
正しい技術文章作成のためのヒント
正しい技術文章作成のためのヒント
大阪大学大学院情報科学研究科 大崎 博之
Tips for technical writing
1.2 2006/06/29 16:07:43
1. はじめに
この章では、具体的な例を挙げて、どのようにすれば正しい技術文書を書けるかを説明する。
例として、学部 4 年生が作成した文章を用いる。実例を挙げながら、技術文書として、どんな間違いがあり、
どうすればより良い文章になるのかを説明する。
小学校∼高校まで、国語授業で一通り日本語を習っているが、普段使う日本語と、論文で用いる技術文章
は少し違っている点がある。技術文章は、「厳密さ・簡潔さ・読み易さ」が重要です。しかし、普段の話し言葉、
メールや日記に書く日常的な文章では、それほど「厳密さ、簡潔さ、読み易さ」を意識していない。
本来なら、大学講義で、技術文書の作成方法を学ぶべきだが、ほとんどの日本の大学ではそういったカリキ
ュラムを設けていないので、技術文書の作成方法は基本的に独学で学ぶ必要がある。
どんな素晴しい研究成果も表現できなければ、研究成果も台無しです。技術文書を書けることは、正しい日
本語を書けることと同じで、技術文書作成の能力を磨いておけば、これから様々な場面で役に立つ。
2. 技術文章作成 3 つのポイント
技術文章は、特に以下の 3点が重要です。

厳密であること (論理的に正しく、一意に解釈できること)

簡潔であること (複数の表現があれば、最も簡潔なものを使うこと)

読み易いこと (思考の流れを中断しないこと)
これら少し具体的に言えば、以下のようになります。
R1. 主語、述語、目的語が何なのかを明確にする
R2. 指示代名詞を用いる場合は、対応する語が一意に定まるようにする
R3. 論理的な関係が正しく、あいまいさがないこと
R4. 5W1H (WHEN/WHO/WHERE/WHAT/WHY/HOW) を明確にする
R5. 口語的な表現 (「パケットが落ちる」等) を使わない
R6. 複数の表現があれば、最も簡潔なものを使う
以降の説明では、これらの 6 つを、技術文章作成のためのルール (R1∼R6) と呼びます。
3. 例文
リング型 P2P-VPN のデータの転送機能について述べる。リング型 P2P-VPN に帰属するノードをゲー
トウェイと呼び、ゲートウェイは配下に通信を行うユーザ端末を持つ。各ゲートウェイは連続する片方向の
IPsec トンネルで接続され、全体としてリング型のトポロジを構成している。通信を行いたい端末は、
まず自身が所属するゲートウェイに対してデータを送信する。配下からデータを受信したゲートウェイは、
IPsec トンネルを通して前方のゲートウェイにデータを送出する。
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4. どこが技術文書として問題なのか?
日頃から、技術文章を校閲/添削するトレーニングをしてない人が読めば、「まあなんとなく言ってることは
分かるかなあ」という感想を持つ。
しかし、技術文章としては、数多くの改善箇所がある。
この文章を題材の、「どこが技術文書として問題なのか」、「どうやって技術文書の問題点をチェックすればいい
か」、「どうやって技術文書を校正すればよいか」を説明する。
技術文章作成の 5 つ のルールを満たしているか チェックする。
リング型 P2P-VPN のデータの転送機能について述べる。
まず、突然すぎて何のために説明しようとしているのかが分からない 【R4】
また、「……の……の」と助詞が連続していて読みづらい文章
リング型 P2P-VPN に帰属するノードをゲートウェイと呼び、ゲートウェイは配下に通信を行うユーザ端末を持つ。
「帰属する」の主語があいまい 【R1】
「ノード = ゲートウェイ」としているが、一般的な用語の用法と異なる【R3】
「ゲートウェイが端末を持つ」の意味が分からない【R3】
万能動詞「持つ」の使用は避けるべき (R5)
「配下」の意味や、どの単語を修飾しているのかが分からない 【R3、R4】
「通信を行う」の主語が分からない 【R1】
「通信を行う」は冗長なので、「通信する」とすべき 【R6】
各ゲートウェイは連続する片方向の IPsec トンネルで接続され、全体としてリング型のトポロジを構成している。
「連続する」がどの単語を修飾しているか分からない 【R3】
「片方向」と「 IPsec トンネル」の関係が分からない 【R3】
一般に、IPsec トンネルは双方向です。「接続する」の主語が分からない (R1)
「全体として」が何を意味しているのか分からない
【R3】
通信を行いたい端末は、まず自身が所属するゲートウェイに対してデータを送信する。
「通信」が何のことか分からない 【R3、R4】
「所属する」が何のことか分からない【R3、R4】
「データ」が何のことか分からない 【R3、R4】
「…に対して…を送信する」ではなく、「…を…に対して送信する」のほうが(意味から)自然な語順。
配下からデータを受信したゲートウェイは、IPsec トンネルを通して前方のゲートウェイにデータを送出する。
「データを受信」が何のことか分からない【R3、R4】
「 IPsec トンネルを通して」が何のことか分からない 【R3、R4】
「前方」が何のことか分かりません 【R3、R4】
「データを送出」が何のことか分からない 【R3、R4】
5. どうやって技術文書の問題点をチェックすればいいか
ほとんどの人は、技術文書 6 つのルール:R1∼R6 のどれがどのように満たされていないかを指摘されると、
その誤りを納得する。 しかし、「自分ではそのことに気付かない」という声をよく聞きます。
技術文書 6 つのルールの使い方の基本は、「なんとなくフィーリングで文章とらえるのではなく、文章を単語単位
に分解して、文章の論理的構造を細かく考える」ことです。次の文例で、チェックのしかたを説明する。
リング型 P2P-VPN に帰属するノードをゲートウェイと呼び、ゲートウェイは配下に通信を行うユーザ端末を持つ。
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【R1】. 主語、述語、目的語が何なのかを明確にする
まず、文章の文法的な構造を考える。 修飾節等は除いて、文章の骨格がどうなっているかを考える。
句点で二つの文が接続されている。
ノード を ゲートウェイ と 呼ぶ
目的語
つまり、次の二つの文で構成される。
と
述語
ゲートウェイ は 端末 を 持つ。
主語
目的語
述語
それぞれの文に対して、主語、述語、目的語が明確かをチェックする。 最初の文、には主語が無い。
主語が「我々」や「一般の人々」で自明の場合は省略できるが、この場合は自明でない。
二つめの文は、主語、述語、目的語が明確なので問題ない。
【R2】 指示代名詞を用いる場合は、対応する語が一意に定まるようにする
リング型P2P-VPNに帰属するノードをゲートウェイと呼び、ゲートウェイは配下に通信を行うユーザ端末を持つ。
この文章は指示代名詞(それ/これ/あれ/それら/これら/その/この/あの等)を用いていないので問題ない。
【R3】 論理的な関係が正しく、あいまいさがないこと
例文は二つの文が接続されたものなので、最初の文を見る。
(リング型 P2P-VPN に帰属する) ノードをゲートウェイと呼ぶ。
目的語
述語
「リング型 P2P-VPN に帰属する」という修飾節は、「ノード」にかかる。修飾節は、最も近い単語にかかる。
この場合、修飾関係に問題はない:(論理的に正しく、一意に定まっている)。
(リング型 P2P-VPN に帰属する) ノード
述語
主語
主語、述語の関係は問題ない。「帰属する」という言葉の意味がよく分からない。平易な表現を用いたい。
(リング型 P2P-VPN に帰属する) ノードをゲートウェイと呼ぶ。
目的語
述語
この文は、「ノード = ゲートウェイ」であるが、一般的な用語の用法と異なり問題。普通、「ゲートウェイ」は、何
らかを中継する装置だが、「何をどこからどこへ中継するのか」が書かれていないのでよく分からない。
【R4】
5W1H (WHEN/WHO/WHERE/WHAT/WHY/HOW) を明確にする
(リング型 P2P-VPN に帰属する) ノードをゲートウェイと呼ぶ。
WHEN:「いつ」が一意に決まらないので問題。
「本稿では……」、「以下の説明では……」 等の限定句を追加したほうが良い。
WHO:R3 で指摘したように主語が特定できないので問題。
「本稿では……」、「以下の説明では……」 等の限定句を追加し、主語=「我々」を明確にすべき。
WHERE:「どこで」が一意に決まらないので問題。
「本稿では……」とか「以下の説明では……」等の限定句を追加したほうが良い。
WHY:「なぜ」が一意に決まらないので問題。 「簡単のため……」等の説明を追加したほうが良い。
HOW:述語が単純 (……と呼ぶ) なため問題ない。
【R5】 口語的な表現 (「パケットが落ちる」など) を使わない
リング型P2P-VPNに帰属するノードをゲートウェイと呼び、ゲートウェイは配下に通信を行うユーザ端末を持つ。
この文章では口語的な表現を用いていないので問題ない。ただし、「持つ」は万能動詞で意味があいまい。
より具体的な単語に置き換えたほうがいい。「ちょっと表現が堅いかな?」と思うくらいが丁度いい。
【R6】 複数の表現があれば、最も簡潔なものを使う
リング型P2P-VPNに帰属するノードをゲートウェイと呼び、ゲートウェイは配下に通信を行うユーザ端末を持つ。
「通信を行う」が冗長。単に「通信する」としても意味が変わらない。できるだけ簡潔な表現を使う。
例えば、「測定を行う」、「測定方法について議論する」、「測定方法に関して説明する」の表現は使いません。
より簡潔な表現である、「測定する」、「測定方法を議論する」、「測定方法を説明する」を使います。
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6. どうやって技術文書を校正すればよいか ?
リング型 P2P-VPN のデータの転送機能について述べる。
> 本章では、まず、リング型 P2P-VPN の基本的なデータ転送機能を説明する。
リング型 P2P-VPN に帰属するノードをゲートウェイと呼び、ゲートウェイは配下に通信を行うユーザ端末を持つ。
>
以下では、リング型 P2P-VPN に参加しているノードを、「VPN ゲートウェイ」と呼ぶ。
VPN ゲートウェイには、複数のエンドホストが接続されている。 これらのエンドホストは、接続され
ている VPN ゲートウェイを介して、他のエンドホストと通信する。
各ゲートウェイは連続する片方向の IPsec トンネルで接続され、全体としてリング型のトポロジを構成している。
> 各 VPN ゲートウェイは、それぞれ 2 本の IPsec トンネルによって、他の VPN ゲートウェイと接続
されている。このため、リング型 P2P-VPN は論理的にリング型のトポロジを構成する。
通信を行いたい端末は、まず自身が所属するゲートウェイに対してデータを送信する。
> あるエンドホスト A が、他の VPN ゲートウェイに接続されているエンドホスト B とどのように通信
するのかを説明する。まず、エンドホスト A が送出したパケットは、エンドホスト A が接続されている
VPN ゲートウェイにすべて転送される。VPN ゲートウェイは、受信したパケットを、IPsec トンネルを
用いて、次の VPN ゲートウェイに転送する。
配下からデータを受信したゲートウェイは、IPsec トンネルを通して前方のゲートウェイにデータを送出する。
> パケットを受信した VPN ゲートウェイは、この VPN ゲートウェイにエンドホスト B が接続されてい
れば、受信したパケットをエンドホスト B に転送する。一方、この VPN ゲートウェイにエンドホスト B
が接続されていなければ、受信したパケットを、IPsec トンネルを用いて、次の VPN ゲートウェイに転
送する。
本章では、まず、リング型 P2P-VPN の基本的なデータ転送機能を説明する。
以下では、リング型 P2P-VPN に参加しているノードを、「VPN ゲートウェイ」と呼ぶ。VPN ゲートウェイには、
複数のエンドホストが接続されている。 これらのエンドホストは、接続されている VPN ゲートウェイを介して、
他のエンドホストと通信する。各 VPN ゲートウェイは、それぞれ 2 本の IPsec トンネルによって、他の VPN
ゲートウェイと接続されている。このため、リング型 P2P-VPN は論理的にリング型のトポロジを構成する。
あるエンドホスト A が、他の VPN ゲートウェイに接続されているエンドホスト B とどのように通信するのか
を説明する。まず、エンドホスト A が送出したパケットは、エンドホスト A が接続されている VPN ゲートウェイに
すべて転送される。VPN ゲートウェイは、受信したパケットを、IPsec トンネルを用いて、次の VPN ゲートウェイ
に転送する。パケットを受信した VPN ゲートウェイは、この VPN ゲートウェイにエンドホスト B が接続されてい
れば、受信したパケットをエンドホスト B に転送する。一方、この VPN ゲートウェイにエンドホスト B が接続さ
れていなければ、受信したパケットを、IPsec トンネルを用いて、次の VPN ゲートウェイに転送する。
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