27 第五章 答志島において実施されているエコツーリズム事業について

第五章
答志島において実施されているエコツーリズム事業について
鳥羽市答志(とうし)島では,海島遊民くらぶと島の旅社推進協議会(以下,島の旅社)
の二団体によってエコツーリズム事業がそれぞれ実施されている.本章では,ヒアリング
調査と参与観察,文献調査によって把握した同島の基本情報と海女文化,海島遊民くらぶ
と島の旅社が同島において実施しているそれぞれのエコツーリズム事業について述べる.
5-1
答志島の概要
5-1-1 答志島の基本情報
答志島の位置を図 5-1 に示す 1).同島は,鳥羽港の北東約 2.5 km に位置する人口 2,578
人の鳥羽市最大の島である.島内には「答志」と「答志和具」「桃取」の 3 集落が存在す
る 2).漁業と観光の調和のとれた地域振興を目指しており,地元の良さを活かした地域ビ
ジネスの展開に向けた取り組みが行われている.同島への交通手段としては,JR 鳥羽駅か
ら徒歩で 5 分の佐田浜港からの定期船が 1 日約 20 便運航している 2).なお,本土との架橋
建設を実現させるため,3 町合同で「答志島架橋建設促進協議会」が設立され,その必要
性と方策について検討が進められている 2).
図 5-1 答志島の位置 1)
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5-1-2 答志島の海女文化について
答志島は,就業者の約 9 割が漁業に従事しており,鳥羽市の中でも特に漁業が盛んな地
域である.また,同島全体の海女人口は 152 人であり,同市の中でも最も多い 3).同島に
おける海女漁は,答志地区と和具浦地区,桃取地区の 3 ヵ所で行われており,それぞれの
海女人口は,答志地区 88 人,和具浦地区 62 人,桃取地区 2 人である 4).同島において,
サザエやアワビなど高価な水産物の漁が解禁される期間は年間を通しておよそ 2 週間であ
る 3).同島の漁協は,水産資源の保全に特に注力しており,海女に対して漁期や使用する
道具の規制を厳しく行っている.
同島では,普段は夫婦漁を行っており,この限られた期間のみ海女漁を行う海女,それ
以外の期間もワカメなどの磯物を獲る海女が存在する.一方で,同島の女性であっても海
女漁を行っていない女性も多い 3).答志島の女性が海女になるかどうかは,結婚した夫の
家の稼業や職業に大きく左右される.夫の家の稼業が夫婦漁であれば,妻も夫婦漁を行う
ことになる.一方で,夫が漁業に従事しておらず,島外に出稼ぎに出ている場合は,日中
の空いた時間に海女漁を行う女性も存在する 3).同島の漁師のほとんどが漁業のみを専業
としている一方で,同島の海女のほとんどは同島の旅館などで副業をしている.
5-2
海島遊民くらぶが答志島において実施するエコツーリズム事業
5-2-1 エコツアーの内容について
海島遊民くらぶが答志島において実施するエコツアーは「船で行く! 漁師町の島ラン
チ」というものである 5).同ツアーの参加料金は,1 人あたり 6,000 円,所要時間は約 3 時
間半,参加可能人数は 2~19 人である 5).また同伴するスタッフの人数は 1 人もしくは 2
人となる.同エコツアーの日程を表 5-1 に示す 5).
同ツアーでは先ず,鳥羽駅から徒歩で 5 分の場所にある海島遊民くらぶの事務所から佐
田浜港まで約 15 分間歩き,同港の定期船乗り場から定期船に乗船して答志島の和具浦港に
移動する.同くらぶの事務所から答志島までの移動時間は約 50 分であり,その間に観光客
はスタッフから鳥羽の真珠文化や漁業文化の歴史についての解説を受ける.
和具浦港に到着後は,昼食をとるロンク食堂にむかって路地裏散策をする.同散策では,
すれ違った島民に対してスタッフが海女文化などの島独自の文化について質問をするよう
になっている.そのことで,観光客は島民の答えから直接島の文化について学ぶことにな
る.昼食はロンク食堂において,島で水揚げされた水産物や磯物を用いた郷土料理を楽し
む.ロンク食堂を経営する橋本鶴枝氏は,50 年以上海女漁を続けている現役の海女でもあ
るため,観光客は料理を食べながら,橋本氏から海女漁の魅力や経験談について聞くこと
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ができる.
昼食の後は,和具浦港の島の反対側に位置する答志港まで徒歩で移動し,同港から定期
船に乗り,海島遊民くらぶの事務所に戻ってくる.その移動の間に,観光客はスタッフか
ら島の文化について再度説明を受け,ツアー全体を通しての疑問点についてスタッフに質
問することができる.また,観光客の希望によっては,同くらぶの事務所に到着後に,島
の文化以外にも海女漁や真珠産業など鳥羽市の文化や産業について説明を受けることもで
きる.
表 5-1
船で行く!漁師町の島ランチのツアー日程 5)
日程
海島遊民くらぶ事務所から答志島へ移動
路地裏散策
昼食
答志島から海島遊民くらぶ事務所に移動
内容
事務所から定期船乗り場に徒歩で移動し,定期船で答
志島の和具浦港に向かう.
スタッフが,路地裏ですれ違う島民に話しかけ,島の
文化について尋ねる.
現役海女である橋本鶴枝氏が営むロンク食堂で昼食を
とる.
事務所では,観光客に対してスタッフが,島の文化に
ついて補足説明を行う.
5-2-2 特徴について
海島遊民くらぶが答志島において実施するエコツーリズム事業の特徴は,観光客が海女
などの島民と接する機会が多い点である.海島遊民くらぶ代表者の江崎氏は,答志島の魅
力とは独自の文化を継承している島民の生活そのものであると捉えており,ツアーの中で
は観光客が島民と触れ合う機会を大切にしている 6).そのため,ツアーでは比較的人通り
が多い路地を通るようにしている.また,昼食では,観光客への対応に慣れている橋本氏
が経営するロンク食堂を訪れることにしている.すれ違う島民や橋本氏に最初に話しかけ
るのは,海島遊民くらぶのスタッフである 7).スタッフは,島の文化について熟知してい
るが,観光客のためにあえて島の文化について問いかける.江崎氏は,スタッフが一方的
に説明するよりも,スタッフと島民との会話から島の文化について学ぶ方が,答志島の魅
力が伝わりやすいと考えている 6).もちろん,スタッフと島民とのやりとりを通して,疑
問に思ったことを観光客が島民に尋ねることもできる.このツアーで,予め協力を依頼し
ている島民は,ロンク食堂の橋本氏のみであるため比較的,観光客の希望する日時に応じ
やすい.一方で,エコツアー当日にすれ違う島民によっては話を聞くことができないこと
もあり,スタッフには臨機応変な対応が求められる 7).また,島の生活圏で多くの島民と
接することから,ガイドするスタッフと島民との信頼関係が不可欠である.
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5-2-3 優れている点について
海島遊民くらぶが答志島において実施するエコツーリズム事業の優れている点は,観光
客が島の文化に直接触れることができる点と同くらぶの収益における利益率が高い点であ
る.
同くらぶは,ツアーの中で観光客が島民と触れ合う機会を大切にしている.そのため,
観光客は,島の方言や暮らしぶりなど島民からしか学ぶことができないことまで学ぶこと
ができる.島独特の文化を島民から直接学ぶことができる同事業は,参加した観光客から
好評を博しており,東京都などの遠方からのリピーター客も多い 6).
また,同事業は海島遊民くらぶにとっては収益における利益率が高いという点が優れて
いる.同事業におけるツアーの内容は,同島を巡るものであり,同島への往復の交通費と
昼食代金は必要であるが,入場料などの料金は必要ない.同ツアーは必要経費が少ないた
め,収益における利益率は高い 7).また,相差町のツアーとは異なり同ツアーでは,一度
に約 60 人の観光客が参加可能であり高い利益が期待できる.
5-2-4 問題点・課題について
海島遊民くらぶが答志島において実施するエコツーリズム事業では,島民の協力が不可
欠であり,島民の生活や仕事に支障が出る可能性がある点と,ガイドするスタッフと島民
との信頼関係が不可欠であるため実施できるスタッフが限定される点が問題点である.
ツアーにおいてスタッフが声をかける島民の多くは,島の女性である.島の女性は,海
女漁や旅館における仕事などを兼業しており,突然話しかけられることは,仕事の妨げに
なることもある.海島遊民くらぶのスタッフは,エコツアーの際には,状況を判断した上
で島民に話しかけるように努めているものの,島民の多くは仕事を中断して観光客に対応
していることがほとんどである 7).島民の多くは,仕事や家事で忙しくても,遠方から来
てくれた観光客のためにできる限りの対応をしたいと考えている.しかし,島民は正式に
依頼を受けているわけではなく,協力に対して対価が支払われることもない.島民の多く
が兼業しているのは,日々の生活のためであり,仕事を犠牲にしてまで無償で観光客に対
応することは,島民の生活に対する支障にもなる.
また,同事業は,島の生活圏で多くの島民と接することから,スタッフと島民との信頼
関係が不可欠である.なお,ツアーの中で島民に話を聞くことができないこともあり,ス
タッフには臨機応変な対応が求められる.そのため現在,海島遊民くらぶにおいて答志島
でのエコツアーを担当しているスタッフは 3 人のみである 7).若手スタッフは島民との充
分な信頼関係を築くまでは,同島のエコツアーをガイドするスタッフに同行するに止まっ
ている.
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5-3
島の旅社が答志島において実施するエコツーリズム事業
5-3-1 エコツアーの内容について
島の旅社が答志島において実施するエコツアーには,「路地裏つまみ食い体験と海女小
屋」というものがある 8).このツアーの参加料金は 1 人あたり 4,000 円,参加可能人数は 4
~30 名である 8).同エコツアーの日程を表 5-2 に示す 8).
同エコツアーにおいて観光客は先ず,JR 鳥羽駅に近い佐田浜港から市営定期船を利用し
て,同島の和具浦港に向かい,同港でスタッフに迎えられる.そして,同港においてスタ
ッフからツアー内容の確認と注意事項の説明を受ける.その後,昼食をとる海女小屋(観
光専用)を目指して路地裏散策を行う.同散策において,観光客は,事前に承諾を得てい
る飲食店において,島の郷土料理をつまみ食いすることができる.郷土料理を提供するの
は,島の豆腐屋や弁当屋などである.同散策の後は,観光施設として使用されている海女
小屋にて昼食をとる.ここでは事前に依頼を受けた現役の海女(雇用されていない)が,
普段漁を行っている服装で観光客の対応をしているため,観光客は海女漁について説明を
受けるのみでなく,実際に使用されている海女漁の道具を鑑賞することができる.昼食の
後は,和具浦港まで徒歩で移動して同港にてスタッフに見送られ,エコツアーは終了であ
る.
また,島の旅社は,依頼があれば小学生の遠足や修学旅行のためのエコツアーも実施し
ている 9).そのような場合のツアーの内容は,主に次の 2 つである.1 つ目は「路地裏スタ
ンプラリー」である.同ツアーでは,小学生が 4~5 人のグループに分かれて,島の路地裏
においてスタンプラリーを行う.島の旅社のスタッフが,各地点でスタンプを持って待機
しているが,その地点は島民にしかわからないような場所ばかりである.そのため,子ど
も達は,島民に話しかけて,目的地の場所を尋ねる必要がある.その際に,子ども達は島
の文化についての話も聞くことができる.2 つ目は「海女・漁師のはなし」である.同ツ
アーの様子を写真 3-1 に示す.同写真は,同島の観光用の海女小屋内部で撮影したもので
ある.このツアーでは,島の旅社が依頼した海女と漁師が,島の漁業文化について子ども
達に話をする.島の旅社のスタッフは全員が答志島に在住していることから,講師を依頼
される海女や漁師はスタッフの家族や親戚が多い.
表 5-2
日程
和具浦港に集合
路地裏散策
昼食
和具浦港にて解散
路地裏つまみ食い体験と海女小屋のツアー日程 8)
内容
エコツアー内容の確認
昼食をとる海女小屋(観光専用)を目指して路地裏散策を行う.その際に,
島の豆腐屋や弁当屋などのいずれかの店において郷土料理を食べる.
海女小屋で海女が,水産物を炭火で調理して観光客に提供する.
エコツアー全体を通じて観光客が疑問に思ったことにスタッフが答える
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写真 5-1
海女・漁師のはなしの様子(2015 年 11 月 7 日,筆者撮影)
5-3-2 特徴について
島の旅社が答志島において実施しているエコツーリズム事業も,海島遊民くらぶと同様
に,観光客が島民と接する機会が多い点が特徴である.ただし,島民にエコツアーへの協
力を予め依頼している点が,海島遊民くらぶとは異なる 9).これは,島の旅社のスタッフ
全員が答志島に在住しており島民の中に知り合いが多く,ツアーへの協力を依頼すること
が容易なためである 9).その際に,協力を依頼するのはスタッフの親戚や近所に在住する
親しい海女や漁師であることが多い.また,同島は離島であり,閉鎖された空間であるこ
とから,子ども達を監督することが容易であるため,子ども達が自由に学習できるツアー
を提供することができる 9).
5-3-3 優れている点について
島の旅社が答志島において実施するエコツーリズム事業の優れている点は,観光客が島
の文化に直接触れることができる点と子ども達が自由に学ぶことができるツアーを提供で
きる点である.
観光客に島の文化について解説を行う島民は,同旅社が予め協力を依頼した海女や漁師
である.同海女や漁師は,同旅社のスタッフと親しい者である.また,同島は離島であり,
閉鎖された空間であることから,子ども達を監督することが容易であるため,子ども達が
自由に学習できるツアーを提供することができる.同ツアーでは,子ども達が島の文化に
ついて自ら島民に質問する機会を多く設けており,子ども達の主体性を養うことができる.
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同ツアーは,三重県内の小中学校を中心に評判が広まりつつあり,多くの修学旅行や遠足
において活用されている9).
5-3-4 問題点・課題について
島の旅社が答志島において実施するエコツーリズム事業では,海島遊民くらぶと同様に,
島民の生活や仕事に支障が出る可能性がある点が問題点である.
島の旅社のエコツアーに関しては,予め島民に対して依頼をするため,依頼された島民
はツアー当日に仕事を行う事ができなくなる.答志島の海女である橋本加津代氏によれば
「姪っ子が島の旅社のスタッフであり,ツアーへの協力を依頼されると,仕事があっても
断りづらい」とのことである 10).休日にツアーに協力した場合には,体を休めることがで
きず,生活に支障をきたす場合もある 10).一方で,子ども達を対象とした「路地裏スタン
プラリー」についても,答志島で夫婦漁を行う中村さく代氏によれば「漁で使用する道具
は家の外に置いておくことが一般的であるが,ツアーが実施される時には子ども達にいた
ずらをされないように家の中に入れて保管せねばならず,手間がかかり負担である」とい
う 11).また,中村氏の友人で海女をしている女性は「子どもが怪我をしないように,漁に
使う重りを家の中に運び込んでいるが,高齢であることから家の中に運び入れるのに苦労
している」とのことである 11).子どもの少ない島において,ツアーの子ども達が訪れるこ
とは,島民の楽しみではあるが,生活や仕事の支障になっていることも事実である.
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<参考文献>
1) Google マップ:鳥羽市<https://www.google.co.jp/maps/place/%E7%AD%94%E5%BF%9
7%E5%B3%B6/@34.5223427,136.8583034,14z/data=!3m1!4b1!4m2!3m1!1s0x6004f9bafb4f7
a7b:0xe6f99e7d4bc37cff>,2016-01-18
2) 鳥羽市:鳥羽の離島へようこそ<https://www.city.toba.mie.jp/kikaku/ritoushinkou/toushijim
a/html/toushijima.html>,2015-12-07
3) 中村幸平,2015-12-07,会話
4) 海女習俗基礎調査報告書,三重県教育委員会 (2012)
5) 海島遊民くらぶ:ツアーメニュー<http://oz-group.jp/menu b.html>,2015-12-07
6) 江崎貴久,2015-10-05,会話
7) 桃園ゆかり,2015-10-28,会話
8) 島の旅社推進協議会:島人にふれあう体験<http://www.shima-tabi.net/special2.html>,
2015-12-07
9) 山本加奈子,2015-11-07,会話
10) 橋本加津代,2015-11-29,会話
11) 中村さく代,2015-11-29,会話
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