第16期 情報化推進懇談会 第6回例会:平成16年3月23日(火) 『新しい技術で新しいビジネスの創造を』 講 師 日本電気株式会社 市場開発推進本部 ニューITエバンジェリスト 林 雄代 氏 財団法人 社会経済生産性本部 1 『新しい技術で新しいビジネスの創造を』 ― プロフィール ― 日本電気株式会社 市場開発推進本部ニュー ITエバンジェリスト ◆略 はやし ゆうしろ 林 雄代 氏 歴◆ 1981年日本電気株式会社入社、パーソナルコンピュータの開発に従事し、国内向け デスクトップ機の開発、海外向けノートPCの開発を担当。日本電気ホームエレクトロニ クス株式会社出向を経て、現在市場開発推進本部ブロードバンド&モバイル事業戦略グル ープ、ニューITエバンジェリストとして、ブロードバンド、インターネットビジネス、 データウエアハウス、モバイルコンピューティング、ASP、ユビキタスなどITコンサ ルテーションを中心とした新しいテクノロジを利用したソリューションの開発、普及活動 を推進中。 ◆主な著書◆ NEC CP/Mの100%活用法 テクニカル−イン編著 技術評論社 CPM/M86 実践マニュアル 技術評論社 Gソフト開発室 ASPのすべてがわかる本 日本能率協会マネジメントセンター 2 『新しい技術で新しいビジネスの創造を』 1.ユビキタス社会の到来 <過去 10 年間の主な出来事> ユビキタスは国を挙げて日本が育てていく重要なITの一つであり、今後、世 の中の主流になってきます。そして、ITは指数関数的なスピードで進歩し、こ れから5年間で過去 10 年に起こったことに匹敵するほどの変化があると考えられ ます。日本で初めて商用インターネットサービスが始まったのが 1992 年、ウィン ドウズ 3.1 の日本語版が初めてできたのが 1993 年です。たかだか 10 年でどちら も大変普及し、進歩を遂げています。直近のトピックスとしては、2002 年に住基 ネットがスタートし、携帯のCDMA2001-X、FOMAなどのサービスが始まり、 KDDIでは定額料金制パケット通信も開始されました。 <2010 年までに実用化される技術> 日経産業新聞が各企業のCTO(技術責任者)に、今度はどのようなテクノロ ジーが重要な要素になるかと聞くと、1位「家庭用燃料電池」、2位「産業用燃料 電池」、3位「IPv6技術関連製品・サービス」、4位「ICタグ」、5位「有機 ELパネル」という結果でした。今後、これらのテクノロジーを使った新しいビ ジネスができていくと考えられます。 <e-Japan 戦略Ⅱへの期待> e-Japan 戦略Ⅰでブロードバンドが日本中に広まり、昨年そのインフラの利用を 目的としたe-Japan 戦略Ⅱが発表されました。Ⅱでは医療、食生活、中小企業金 融、知、就労・労働、行政サービスの 7 分野でブロードバンドの利用促進、アプ リケーションの使い方を広げていくことが提言され、世界に先駆けたユビキタス 時代を日本に築こうとしています。 <通信インフラの普及予測> ブロードバンド回線の普及率は、ADSLだけの数字でも 1000 万加入を超えま したが、利用者はほとんど時々Webを見る、メールをするといったナローバン ドでも十分なことしかやっていません。これはブロードバンドで流すコンテンツ が不十分なためだと考えられるので、そこに新しいビジネスチャンスがあるので はないかと思います。 <電子化による新たな行政スタイル> e-JapanⅡ7 分野の一つに、電子行政があります。これまで行政には意思決定プ ロセスの遅さ、縦割りによる重複業務等があり、政府、自治体も含めてIT化が 後れていました。これについては住基ネットが始まってから、行政手続きの簡素 3 化やオンライン上での処理など、多くの改善の試みがなされています。 <ユビキタスネットワークの登場> ユビキタスネットワークは和製英語で、欧米ではユビキタスコンピューティン グという使い方をします。中身も若干違っていて、日本は名前のとおり、よりネ ットワークにシフトした形を考えており、欧米はあくまでもコンピュータを中心 に置いています。日本はあえてユビキタスネットワークという言い方で日本発の ものを世界に広めようとしているわけですが、いずれにしてもワイヤレス技術を 使ってどこでもコンピュータがつながる環境、つまり無線を使っているところが ポイントです。 <ユビキタス社会> ユビキタスのキーワードは「つなぐ」です。つまり、ユビキタス社会とは、人 と人、人とコンピュータ、物と物が、いつでも、だれでも、どこでも、何とでも、 どの端末でもつながる世界です。特に注目したいのは端末で、今まで電話機は電 話機、コンピュータもコンピュータとしかつながりませんでしたが、iモードが 出てきて携帯電話がコンピュータとつながるようになり、家電製品にもネットに つながるものが出てきました。 <ユビキタスオフィス> 最近の自動車はほとんどエレクトロニクスの塊ですから、車の整備工場ではマ ニュアルなどを参照しながらの作業となり、作業効率が上りません。将来はHM Dなどを使ってメンテナンスマニュアルを参照しながら作業を進める事が可能と なります。オフィスでは、IP電話を使ってコミュニケーションを取り、ICタ グでだれがどこにいるか位置を確認することがすでに実現されつつあります。商 談をするときも、必要なデータがすぐ入手でき、このお客様は有望かどうかとい う情報がショートメッセージなど使って随時伝えられます。さらに、グローバル 化で海外の人との会議が増えると、言葉の問題が出てきます。今、NECでは自 動翻訳機の実験を成田で行っていますが、海外旅行というシチュエーションに限 れば、かなり実用化に近づいています。 <ホームコントロールサービス> 家庭の外から携帯電話を使って、ビデオの録画など家の中にある家電をコント ロールすることはすでに実用化されています。また、最近はお子さんの誘拐や連 れ去り事件が頻発していますが、お子さんにGPS付き携帯やPHSを持たせて おけば、今どこにいるのか、会社からでもすぐに見つけられます。 <コンシューマーサービス> 生活支援では、究極の端末としてウェアラブルコンピュータが出てくるでしょ う。モバイルでは電子マネーの普及が始まり、JRのスイカのようなものがこれ 4 から小口の決済に使われるようになります。コミュニケーションでは自動翻訳機 が登場し、健康・医療面では家庭用医療機器(体重計、血圧計など)がネットに つながると、日常的に個人のデータを主治医に送って分析とアドバイスが受けら れます。つまり、ありとあらゆるところでユビキタスが実現する時代が到来する のです。 2.ユビキタス時代のオフィス <5年後のPCのあるべき姿> ユビキタス時代には、働くスタイルも変わってきます。IP電話の普及によっ て電話機がオフィスの机の上から消え、パソコンにはマイク、スピーカー、カメ ラが標準添付されます。代わって、キーボードがオプションになります。ソフト ウェアなどは対価を支払ってオンラインでダウンロードしてくる形が主流になり、 ハードディスクもインターネットを通したデータセンターが提供してくれるもの を使えば必要なくなるので、パソコンからディスク装置が消えます。将来、パソ コンを買ってくると、IDが書かれた紙が一枚入っていて、それでインターネッ トサービスプロバイダにアクセスすると、あなた専用のディスを提供してくれて、 一定の容量を月額幾らで貸してくれて、当然バックアップもそこでしてくれると いう姿が実現するでしょう。 もちろん自分のデータをよそに預けてしまってだれかに見られないかとか、も しそこにウィルスが入り込んだらどうなるかという心配はありますが、そこはセ キュリティで対応するしかありません。 さらに、パソコンを買うと今の電話のようにモバイル子機がついてきて、それ でパソコンと連携を取りながらいろいろな作業をするような形が出てくるでしょ う。ただ、その子機が携帯になるかPDAになるかはまだ意見が分かれるところ です。 <音声認識> キーボードがオプションになると、入力のしかたで重要になるのが、音声認識 です。この技術は、昔は特定話者しか認識できませんでしたが、最近は不特定話 者でも認識率がかなり向上し、実際にカーナビなどは音声でコントロールするよ うになっています。携帯電話も、梅田の地下街などで、音声によって行きたいお 店までナビゲーションしてくれるサービスが実験段階に入っています。 <バイオメトリックス(確実な個人認証)> IDやパスワードはよく忘れる人がいますが、絶対忘れないのが、自分の体の 一部を使うバイオメトリックス(生体認証)です。中でも指紋による認証装置は かなり小型化され、パソコンのキー1個分で実装できます。顔認証も目の位置、 5 眉毛の位置などを使って変装していてもきちんと見分けられるようになりました。 実際に今これらの技術を使って総務省が成田でeパスポートの実証実験を行って います。 バイオメトリックスの手法は、先ほどの指紋、顔のほかに虹彩、静脈、掌形、 声紋、署名などがあり、認識率はどの方法もかなり向上しています。心理的抵抗 という点では、指紋以外はあまり問題ありません。 3.ユビキタス時代のワークスタイル <変わるオフィス環境> ユビキタス時代になると、フリーアドレスオフィスがどんどん出てきます。こ れによって机の数を減らすことができ、フロア面積そのものも小さくなって経費 がかなり削減できます。また、eラーニング、電子会議を使うことによって、場 所や時間を選ばずにインターネットを通して研修や会議ができるようになります。 さらに、IPv6でオフィス管理をすると、エネルギー消費を 30%削減でき、携 帯情報端末、電子ペーパー、電子インクを使えば本当のペーパーレスも可能です。 <IP電話−場所・状態を問わないコミュニケーション> フリーアドレスオフィスになると固定の内線電話がなくなり、個人の携帯やパ ソコンを使ったIP電話がそれに代わる役割をします。例えばタブレットPCに マイクとスピーカーをつないで、無線LANのエリア、ホットスポットに入ると、 無料で内線電話として使えます。 IP電話の効果はもちろんコスト面もありますが、ほかにも組織変更に柔軟に 対応できる、アプリケーションと連携させられるといったことがあります。特に これからのIP電話は、いかにアプリケーションと連携させるかが勝負だといわ れています。その一つの例として、IPコンタクトセンターでは、お客様からの 問い合わせがあったとき、オペレータ側でお客様の画面そのものを見ることがで き、的確な指示が出せます。 <アドホックネットワーク> 無線LANの中で注目されているのが、アドホックネットワークです。無線L ANの交信エリアは非常に狭いため、エリアが重なっていなければ交信できませ んでしたが、周りに同じ端末がばらまいてあれば、それぞれのエリアをうまく使 って自動的にIP網のルーティングをかけ、それぞれの端末どうしが Peer to Peer でコミュニケーションを始めます。このテクノロジーをダイナミックルーティン グといい、すでに実用化されています。 例えば、災害時に通信網がずたずたになったところに、端末になるチップをヘ リコプターでばらまいてやると、自動的にコミュニケーションを取り始めて、ま 6 たたく間に通信インフラが回復できます。 <ペーパーレスの理想と現実> オイルショックでトイレットペーパーの買い出しに走ったころからペーパーレ スは言われてきましたが、プリンタの高性能化でプリントアウトが容易になり、 今のオフィスはかえって紙であふれています。いつでもネットワーク上で確実に そのデータが入手でき、自分のパソコンの複雑なディレクトリから必要な書類が すぐ取り出せるなら、だれもプリントアウトはしないはずですが、安心のために とりあえずプリントアウトしておくのです。 <ペーパーレス実現化への道> ユビキタスの環境と無線LANを合わせて使うと、自分の求めるデータがいつ でも、どこでも入手でき、今度こそ本当にペーパーレスが実現可能です。しかも フリーアドレスオフィスでは自分の机がなく、書類の置き場所がありませんから、 必要なものはデータの形で持たざるをえません。 電子文書に対する不満といえば、必要なときに読めないことですが、これはユ ビキタスで解決できます。紙とディスプレーを比べると、まだ紙のほうがはるか に解像度が高いのですが、今、電子ペーパーや電子インクの研究もかなり進んで きています。 <新しいサービス> これから出てくる新しいサービスは、「いつでも」「どこでも」を促進するもの と思われます。まず、生活スタイルが 24 時間化してきているので、それに合わせ てサービスの提供時間を拡大することが考えられます。一例として、Webによ る受付やコンビニを利用した配達がすでに行われています。 モバイルと位置情報を組み合わせたサービスもあるでしょう。携帯電話による エリアマーケティングや、モバイルとICカードを組み合わせたRFIDがその 例として挙げられます。そのほかに、モバイルとICカードを組み合わせたIC カード搭載携帯電話による決済サービスや、ITSなど自動車のインターネット 化によるサービスが出てきています。 <RFID(ICタグ)> RFIDの使い方として、特に流通関係で注目されているのは、ポイントカー ドです。そもそもポイントカードは、購買履歴が分かって分析はかけられますが、 ポイントカードが出されるのはいちばん最後の決済のときで、せっかく来店され たお客様に持っている情報をもとに商品をお勧めすることができません。 昔は優秀な店員さんがいて、お客さんの顔と名前、そのかたがいつ何を買った かを全部覚えていて、来店されたときに「林さん、今日はこれはいかがですか」 と声を掛けていました。そのノウハウを電子的に置き換えようというのが、ポイ 7 ントカード連携のICタグです。例えば入り口にアンテナを立てておいて、ポイ ントカードにRFIDを取り付けておけば、入り口でだれが来たかが認識でき、 それによって的確に個別の対応がされると、お客様のカスタマーロイヤリティが 高まります。 4.ユビキタス端末 <ユビキタス端末に要求される機能> 端末は今のところ携帯電話が一歩進んでいますが、要求される機能はどんどん 高まっています。これは日本だけのようで、使いもしないのに高機能であればあ るほど売れるのです。どんな機能が必要になるかというと、音声、データ通信は 当たり前で、きれいなディスプレー、ブラウザ搭載、簡易入力装置、カメラ、動 画、位置情報、ICカード、燃料電池、外部インタフェースなどです。 インターネットに接続されている端末でいちばん多いのは、昨年の時点で携帯 電話になりました。これからは「インターネット=パソコン」ではなく、「インタ ーネット=携帯電話」になってくると思われます。 <ユビキタス社会の課題> あるアンケートで、ユビキタスネットワークに対する利用者の不安として1番 目に挙げられたのは、個人情報の流出です。これについては、つい最近、経済産 業省がこういうものを使ううえでのプライバシーに対する提言をホームページ上 で発表していますので、ぜひご一読ください。 2番目が、ネットワークの信頼性です。ユビキタスが普及し生活に密着してく ると、ライフラインと同じように、ネットワークが止まることは死活問題になり ます。 3番目は、支出の増加です。今でも若者たちは、パケット代が払いきれなくな るほど携帯を使っていますが、ユビキタスになるもっと使うようになりますし、 端末のサイクルがさらに短くなり、新しい高機能のものへの買い替え費用もかさ みます。 4番目に、操作が複雑で使えないことによって、自分だけ置いていかれる心配 があると答えています。いわゆるデジタルデバイドです。 <技術で解決できること、できないこと> 危険であっても、経済性や利便性があれば人は受け入れます。例えば、インタ ーネット、クレジットカード、自動車などは、扱い方を間違えると大変危険なも のですが、現在はどれもよく使われています。ユビキタスも、危険だけれども使 わざるをえない状況になってくると思います。 また、個人が選択できるものと、できないものがあって、例えばJRが嫌いで 8 もその駅に私鉄が通っていなければJRを使うしかありません。ユビキタスも、 みんなが使い始めて、それでなければ何もできなくなったら、先ほどの課題を少 しでも解決しながら使っていくしかないのです。 技術で解決できない課題は、社会的な規範や契約によって制限をかけていく、 いわゆるマナーでの解決があります。すでにネチケットという言葉があるように、 インターネットを使ううえでのマナーが知らず知らずのうちに身についています。 それは明文化されたものではなく、法律で決まっているわけでもありませんが、 常識的な問題としてこうあるべきだというものです。ユビキタスにも恐らくユビ チケット(私の造語)なるものが出てくるだろうと思います。 5.これからの5年間 <ユビキタス社会に向けて準備しておくこと> これから5年間で、IP電話、無線LAN、携帯電話の高速化、情報家電、I Pv6、無線タグ、センシングの実用化などが起こるでしょう。それに向けて企 業がやらなければいけないことで、2004 年にすぐに始めるべきことは、セキュリ ティ対策です。そして、緊急ではないけれども 2004∼2005 年でやっておきたいの は、IP電話導入の検討、無線LANへの対応、RFIDの利用についての検討 です。 今すぐ始めて、遅くとも 2005 年までにしておくことは、個人情報保護対策です。 個人情報保護法律が施行されると、関係会社も含めた対策を取っておかないと罰 せられることになります。調査をしておき、2006 年以降、本格的に対応を検討す ることは、IPv6への対応です。 2007 年以降、真のユビキタスサービスとしていずれ検討が必要なことは、セン シングです。今、携帯電話に速度センサーをつけて持ち主の状況が分かる、プレ ゼンス管理の研究が東大などで行われています。すぐには実用化されないとして も、プレゼンスをいかにうまく使って新しいサービスを提供するかが、私はこれ からの一つのポイントになってくると考えています。 以 9 上
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