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 ∼戦争と暗号の歴史∼
暗号というものは、戦争と共により高度なものとなっていった。中でも日本が初めて体験した暗号戦争は「日露戦争」である。
暗号戦争または情報戦争とも言われ、日露戦争こそ暗号解読の後に来る「情報分析」の重要性を永久に記憶させる情報戦争であった。
大まかに言うと「暗号戦争に対するロシアの油断が日本を勝利に導いた」ということである。次から詳しく説明していく。
エピソード ∼日露戦争前夜 1903年∼
当時の駐ロシア公使でった栗野慎一郎が交渉相手であるロシア皇帝の閣僚の一人、ベゾブラゾフの会話である。
栗野「日本側の立場をより十二分に配慮してもらえまいか?」
ベゾブラゾフはあざ笑いながら「それはそうと栗野さん。私の名前が最近変わったようですな」
話し終わり、別れた後栗野は呆然となった。
※ベゾブラゾフの暗号名を日本は使っており(情報がロシアに漏れないように)、使用頻度が多かったため、暗号化したベゾブラゾフの
名前を、ベゾブラゾフ本人の前で使ってしまっていたのである。
栗野はロシアが日本側の主張を断ったため、その結果を日本に送る。そして日本政府は戦争開戦を決意、その主旨を栗野に伝えるため
ロシアにばれないよう暗号化した文を送り、後々の2月6日にロシアに正式に通告することとした。
しかし栗野はロシア皇帝による観劇会があり、ロシアの重要人物と会わなければいけない。日本側は戦争をすることを内密にしているため
欠席すれば怪しまれてしまうそれがある。なので栗野は出席し、当日ロシア皇帝に挨拶に向かうのであった。
皇帝は笑顔で手を振り、抱きつかんばかりの態度で話しかけてきた。栗野は何とか平静を保ちやり過ごす。そして挨拶は終了。
ほっとした栗野の元にある一人の男が近づいてきた。
そしてその男は「日本もとうとう終わりですな」と言った。
その人物はフランス大使であった。栗野はその一言で
「ロシア皇帝は開戦を知っていたのではないか。わざとあのような振る舞いをしたのでは。」と考えた。
実際には全くその通りで、日本の情報をフランスは既に知っていたのだった。栗野は情報戦争に敗れ去っているという現実をまじまじと
見せつけられたのであった。
※ロシアと同盟関係にあったフランスが日本大使館の打電している暗号文を傍受、解読してロシアに流していた!
しかし!
なぜ日本の情報を知っていたロシア艦隊は日本海軍の奇襲を防ぐことができなかったのか!?そして開戦前に暗号戦争に勝利している
はずのロシアが敗れる結果となってしまったのだろうか!?
それは!
天候や兵力、海軍の訓練や維持、組織論に対する考えの違いも関係しているが、「ロシアの日本に対する油断」が大きく関係していたの
であった!!
詳しく言うと .....
ロシア側は日本の暗号を完璧に読み解いていたのにも関わらず、日本の国力や、戦争に対するモチベーションを読み違えていたために
結果として負けたのである。
※いくら暗号を解読しても、その情報を分析し、現実に反映させなければ解読していないのと同じになってしまうのである。