プロジェクト報告書 Project Report 提出日 (Date) 2011/01/19 室内音響シミュレーションと音響空間の設計 Simulation of room acousitics and Design of acoustic environment b1008244 吉田理貴 Riki Yoshida 1 背景 強し使用した。このソフトは建築物をモデリングし、そ の建築物の残響時間や音の可視化をすることができるた 現在の未来大学内の音響空間は良いものとはいえな め、その建築物の音響空間の問題点や改善方法を知るこ い。この大学の理念とも言える「オープンスペース、 とが出来る。また、モデリングした室内に吸音材を設置 オープンマインド」という考えに基づいて、壁を取り払 したときの音響空間の特性も計算可能なため、改善策を い大きな空間で構成するとともに、講義室や教員の研究 提案するのに適していると判断した。 室の壁は透明にして、誰でもいつでも外から中の様子が シミュレーションソフトを使って中講義室をモデリン 分かるように大学を設計している。しかし、このような グしたとしても、そのデータに信憑性がない。そこで、 構造上、作業スペースは人の声が聞こえてうるさい、講 実際の中講義室で音響測定を行い、残響時間を調べる。 義室は先生の声が聞こえにくいなどの音響空間を作り その残響時間とモデリングした残響時間を比較すること 出してしまっている。しかしながら、このような状況で により、データの妥当性を検証する。データの妥当性を も、音響空間を改善する方法はある。壁や天井、机など 確認し、モデリングしたデータが正しいものとして、中 の反射特性、吸音率などを調整することで、人の声のざ 講義室の改善案の作成を行うことを目標とする。 わつきを軽減したり、先生の声を聞きやすくすることは 可能となる。 2 課題の設定と到達目標 3 音響理論 3.1 フーリエ変換 ここで、フーリエ変換とは、時間領域における関数を 本プロジェクトの最終目標は、本学の中講義室の音響 周波数領域における関数に計算し直すための変換を行う 空間の改善策を提案することである。中講義室の音響空 作業のことである。h(t) を時間領域関数とすると、これ 間が改善されたかどうかの基準として、残響時間に注目 をフーリエ変換すると、H(f ) となる。フーリエ変換は する。残響時間とは室内の音響空間を評価する基本的な 以下の式で定義される。 ∫ 概念であり、反響の長さを表す量である。どのくらいの 残響時間が最適であるかは、 「最適残響時間」という概念 がある。参考としてイギリスの建築音響基準で示された 教室の残響時間は、0.4∼0.6 秒となっている。そこで、 ∞ H(f ) = h(t)e−j2πf t dt −∞ フーリエ変換は一般的に複素数となるので、 H(f ) = R(f ) + jI(f ) = |H(f )|ejθ(f ) 本学の中講義室の残響時間をこの基準に近づけるために は、どのようにすれば良いかを考える。 音響空間の改善策を提案するにあたり、まず始めに音 に関する理論や知識を習得した。その理由としては、音 に関する理論や知識がなくては、音響空間を改善策を提 案しようとしても、それが本当に理論的に正しいことな と表現できる。ここで、R(f ) はフーリエ変換の実数部 I(f ) は虚数部であり、|H(f )| は振幅で、θ(f ) は位相角 と呼ばれ、以下の式である。 |H(f )| = √ R2 (f ) + I 2 (f ) θ(f ) = tan−1 [I(f )/R(f )] のかが判断できないためである。その後、中講義室の残 また、フーリエ変換の逆の作業として逆フーリエ変換が 響時間の測定とシミュレーションを行った。 ある。逆フーリエ変換とは、フーリエ変換の時間領域関 シミュレーションを行うために、まず、市販されてい 数と周波数領域関数の変換を逆に行う作業である。すな る Catt-Acoustic というシミュレーション用ソフトを勉 わち、時間領域から周波数領域への変換がフーリエ変換 なのに対し、周波数領域から時間領域への変換を行うの 対称が求まるのであれば、この逆変換によって時間信号 が逆フーリエ変換である。逆フーリエ変換は以下の式で f (n) が正確に離散信号として求まることを意味してい 定義される。 る。また、そのような対称性を持たなければ、元の信号 ∫ ∞ h(t) = に戻らないことになる。(参考:[1] 2 章 フーリエ変換, [3] H(f )ej2πf t df 6 節 Fourier 級数の複素関数表現) −∞ 逆フーリエ変換を用いると、フーリエ変換 H(f ) からも 今回の測定では重要となる畳み込み積分というものが との時間関数 h(t) を求めることができる。フーリエ変 ある。畳み込みは 2 つの関数から、他の関数を作り出す 換の条件として、h(t) が可積分 (積分しても発散しない) 操作で、多くの分野できわめて重要な働きをしている。 であるときにフーリエ変換、逆フーリエ変換の対が存在 畳み込みは次の畳み込み積分で定義される。 する。計算機上でフーリエ変換するには、時間区間を無 ∫ ∞ y(t) = −∞ 限には取れなく、信号は連続時間関数にはできない。時 h(τ )x(t − τ )dτ = h(t) ∗ x(t) 間区間は有限の区間に設定するが、このとき分析したい こ こ で 、関 数 y(t) を 、h(τ ) と x(t − τ ) の 畳 み 込 み 信号の周波数成分のうち、最低周波数を f0 とするとこ と呼び、この式の積分を畳み込み積分とする。この の周波数の整数倍の周波数成分があると仮定したことに 畳み込み積分をフーリエ変換すると、以下の式が得 なり、積分区間 T0 は T0 = 1/f0 を取り、フーリエ級数 ら れ る 。こ こ で 、y(t), h(t), x(t) の フ ー リ エ 変 換 を 、 に展開することになる。 Y (jω), H(jω), X(jω) とする。 ∫ ここで、信号は T ごとにサンプルされると仮定する。 時刻 t = kT でサンプルされた離散信号 f (kT ) を f (k) {h(t) ∗ x(t)} e−jωt dt −∞ } ∫ ∞ {∫ ∞ = h(τ )x(t − τ )dτ e−jωt dt −∞ −∞ {∫ ∞ } ∫ ∞ = h(τ ) x(t − τ )e−jωt dt dτ −∞ −∞ {∫ ∞ } ∫ ∞ −jω(T +τ ) = h(τ ) x(T )e dT dτ −∞ −∞ {∫ ∞ } ∫ ∞ −jω(T ) = h(τ ) x(T )e dT e−jωτ dτ −∞ −∞ ∫ ∞ ∫ ∞ −jωτ = h(τ )e dτ x(T )e−jωT dT と表せば、離散化されたフーリエ変換は、 F (m) = N ∑ f (k)e−j ∞ Y (jω) = nπ N mk k=0 となる。ただし、N は正規化された時間区間 (1 周期) である [0 − 2π] を N 分割でサンプルするときの整数と する。また、整数 m は基本周波数の m 倍の周波数を 表す。 −∞ 離散周波数での F (m) の性質として、以下の式を挙 −∞ = H(jω)X(jω) げる。 F (N − m) = N ∑ したがって、畳み込み積分のフーリエ変換は、それぞ f (k)e−j 2π N (N −m)k f (k)e+j 2π N (m)k れの変数のフーリエ変換を掛け算するのと同等である。 k=0 = N ∑ (参考:[1]4 章 畳み込み積分) e−j 2π N (N )k k=0 = N ∑ シミュレーションを行う上で 3 次元の波のふるまいを +j 2π N (m)k 知る必要がある。そのために、波動方程式 (Helmholtz f (k)e k=0 方程式) ∗ = {F (m)} ここで、*印は複素共役をとることを意味している。し たがって、上式から離散変換では、0 から の係数と N n 3.2 波動方程式 N 2 ∇2 φ ≡ ∂2φ ∂2φ ∂2φ + 2 + 2 ∂x2 ∂y ∂z (1) 1 ∂2φ c2 ∂t2 (2) − 1 まで + 1 から N までの係数は互いに協約対象 になっていることが判明した。このことは、離散信号を 有限個の長さフーリエ変換すると、周波数軸で共役対称 の形に必然的になってしまうことを意味する。この共役 ∇2 φ = この式を用いて波のふるまいを調べる。またこの式を 座標と時間に関して変数分離を行うと、 (∇2 + k 2 )A = 0 (3) 座標と時間を変数分離したことで振動する波を表現す ることができる。 4 測定 測定を行う目的として、現在の中講義室の音響空間 測定場所 後方 周波数 [Hz] 音圧レベル [dB] 残響時間 [sec] 250 100 1.75 500 106 1.5 1000 102 1.2 2000 99 1.14 表2 教室後方の残響時間 を測定することによって、中講義室の特性や残響が 起こっている場所、最後に中講義室の残響時間を求め シュミレーション上で求めた中講義室との結果の妥当 性を示すことである。まず、中講義室の特性つまりイ ンパルス応答を TSP 信号というインパルス応答を求 めることができる音源を用いて求める。次に、中講義 室で正弦波を発し残響時間を求める。この時、音源は 250,500,1000,2000Hz の 4 つの周波数の正弦波を使用 し、測定する場所は下図のようにする。 時の測定条件やその詳細については、ここでは書ききれ ないので省略する。 5 シミュレーション シミュレーションを行う目的としては、現実にそれが 実現できるかを示すことにある。また、現実で音響空間 の問題点や解決案を考えると膨大なコストがかかってし まう。そこで、シミュレーションを行うことで具体的な 音響空間の問題点を挙げ解決案を検討するれば、大きな コストダウンになる。 シミュレーションでは、中講義室をモデリングした。 モデリングした中講義室は下図のようになる。 図1 測定位置 実際に求められた残響時間は下表のようになる。 測定場所 前方 周波数 [Hz] 音圧レベル [dB] 残響時間 [sec] 250 97 1.9 500 101 1.64 1000 99 1.54 2000 100 1.35 表 1 教室前方の残響時間 図2 中講義室のモデリング 中講義室をモデリングする際には、未来大学の竣工図 を参考にし、机や照明などの竣工図に載っていないオブ 以上の結果から、中講義室の残響時間は推奨されてい ジェクトについては、自分達で計測した。中講義室のモ る残響時間と比べると約 3∼4 倍もあることが分かり、 デリング方法については、ここでは書ききれないので省 教室の前方の方が後方よりも全体的に残響時間が長いこ 略する。このモデリングした中講義室で残響時間は表 3 とは前方の方で音や多く反響していることを示している のようになった。 ことが分かる。この結果から、シミュレーションとの妥 当性を検証する。インパルス応答や残響時間を測定した この結果と中講義室で実際に測定したデータを比較し 妥当性を確認する。比較した結果が図 3 である。 周波数 [Hz] 残響時間 [sec] 250 2.01 500 1.87 1000 1.59 2000 1.25 表3 時間がどれだけ減少するかは図 5 ののようになる。 シミュレーションの残響時間 図5 吸音材を設置したことによる残響時間の減少 これからもわかるように、目標としていた 0.4 秒から 0.6 秒にまで残響時間を減少させることはできなかった が、高い周波数においては 0.6 秒に近い値を得ることが 出来た。この結果を私達のプロジェクトの最終提案とし 図3 測定とシミュレーションの残響時間の比較 て発表した。 参考文献 これより、モデリングした中講義室のデータが妥当で あるとして中講義室の改善案の検討に入る。 [1] E.Oran Brighan. The fast fourier transform. Prentice-Hall, 1974. (訳 宮川洋 今井秀樹. 高 6 実験及びシミュレーション結果 中講義室では、照明や換気口などの設備の干渉、可燃 性の物質を使ってはならないなどの制約があり、その制 約を守った上で吸音材を設置しなくてはならない。従っ て、今回提案する吸音材はグラスウールを使うことを想 定し、設置したイメージ図は図 4 のようになる。 速フーリエ変換. 科学技術出版社,1985) [2] 三木信弘.Fourier 係数と Fourier 変換-V.2.0. プロ ジェクト学習講義ノート,2010. [3] 三木信弘. 離散 Fourier 変換-その 2. プロジェクト 学習講義ノート,2010. [4] CATT. CATT-Acoustic v8 User’s Manual. Gothenburg Sweeden, 2007. [5] 久野和弘 他 8 名. 音響学 ABC-音・振動との出会 い-. 技報堂出版 (株), 2009. [6] 櫻井鉄也. MATLAB/Scilab で理解する数値計算. 東京大学出版会, 2003. [7] 木村 翔. 建築音響と騒音防止計画 第 3 版. 彰国社, 1999. [8] 前川 純一. 建築・環境音響学 初版. 共立出版 (株), 図4 吸音材の設置イメージ図 1999. [9] Trevor J. Cox and Peter D’Antonio Second edi- このようにする利点としては、吸音材を棒状にするこ とにより、照明や換気口などの設備のある場所を避けら れるようにしたこである。また、今回は吸音材を中講義 室の前に固めて設置したが、吊るすだけなのでその場所 に合せて設置が可能という利点もある。中講義室の残響 tion. Acoustic Absorbers and Diffusers:Theory, design and application. Taylor & Francis, 2009.
© Copyright 2024 Paperzz