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プロジェクト報告書(最終) Project Final Report
提出日 (Date) 2011/1/19
地域に根ざした数理科学教育
Supports for regional education in mathematical science
1008101 林知史 Tomofumi Hayashi
1 背景
わかりやすい標語で表現し,発表の際にも用いることに
した.
国際教育到達評価学会 (IEA) の調査 (国際数学・理科
本プロジェクトでは小学生を対象としたグループAと
教育動向調査 2003 年)[1] によると,日本の学生の数学
中学生を対象としたグループBにわかれ,グループAは
への意識は低く,Benesse 教育研究開発センターの調査
科目間の断絶である「ヨコのすきま」を,グループBで
[2] によると小 6 から中 1 にかけては大幅に低下する結
は時間経過に伴った断絶である「タテのすきま」を埋め
果となっている.この調査結果は,日本の学生の「理数
ることを課題とした.小学生は科目間の垣根が低いの
離れ」によるものではないだろうか. これに対して, 政
で,他科目との繋がりを明示するような教材を作り授業
府は教育課程の改善などを始めとした数々の対応策を打
を実施することで「ヨコのすきま」を埋め,算数自体へ
ち出している, 長崎大では学生に大学の実験公開や出前
の興味が高まると期待できる.一方,中学生は 単元間
授業を行い, 東北大では最先端の研究成果を披露し, 研
に合理的な接続や関連付けが無いことが,学習の理解の
究室に招待するという試みを行ったという [3]. 普段数
弊害になっているため,知識の可視化を行い,関連付け
学や化学をつまらない, 役に立たないと感じていた子供
を行うことで,「タテのすきま」を埋めることに,繋が
たちはその教育コンテンツに驚き,感動したのではない
ると考えた.
だろうか.2007 年の同調査では学生の意識の向上がみら
グループAは昨年に本学と函館市の間で結ばれた小大
れたものの,国際的に見た相対的数値は依然低く,理数
連携協定を活用し,市立柏野小学校という実践フィール
離れの懸念は解消したとはいえない.一方,既設の教育
ドにおいて,おもしろ算数クラブ内での授業実施とその
コンテンツに目を向けると,教育指導要領の調査から
効果の検証を目標とした.グループBでは,中学生は文
は,教えられる知識量は十分だが,単元間に合理的な接
字式の導入や単元学習が始まるため,知識が断片化しや
続や関連付けが無いため,日常への応用が困難になり,
すくなっていることに着目した.そこで,中学生の知識
その学習の理解への弊害となっている.本プロジェクト
を全て使って解くことのできるような学習プランを製作
では,教育項目の合理的な接続や関連付けという観点か
し,時間経過によって断絶してしまったカリキュラム間
ら,公立大学という特性を活かし,地域における数理科
の融合を目標とした.
学の学習支援の開発と,その実践を目標とし,一年間の
また,課外活動として出張オープキャンパス,未来祭
活動を行った.
参加型企画,キャンパスコンソーシアム函館主催アカデ
2 課題の設定と到達目標
ミックリンク 2010 の一般の方々向けのイベントにも積
極的に参加した.これらの活動は,学外の方々へ活動内
現在,学力低下をめぐって,さまざまな教育研究が行
容を紹介することを目標とした.
われているが,本プロジェクトが注目したのは,単元や
学年の進行,進学という時間経過に伴う「断絶」である
[2].これと同時に,本プロジェクトは,同一年次におけ
3 課題解決のプロセス
グループAは(1)他科目と融合した学習プラン,
(2)
る科目間の「断絶」も重要であり,その解決として学習
グループワーク形式での教育プログラム,(3)手を使
指導要領も総合型学習を奨励しているのではないかと考
いながら考える授業らの3点を中心に教材作成を行い,
えた.本プロジェクトは,時間経過に沿った断絶を「タ
計5回の授業を行った.第1回目の訪問では「数の不思
テのすきま」,科目間の断絶を「ヨコのすきま」という
議」をテーマに情報と数学の繋がりの紹介と学習を目
トボトル, 各項で加える量を水, というような, 抽象的な
的に授業を行った.第2・3回目の訪問では「2進数と
対象を身近なオブジェクトに置き換える工夫を行った.
ドット絵」をテーマに情報と図工と数学の繋がりの紹介
中学生にはペットボトルが大量にあることを想定しても
と学習を目的に授業を行った.第4・5回目の訪問では
らい, そのペットボトルに収まりきる状態を収束, 大量の
「音と数」をテーマに音楽と図工,理科,数学の繋がりの
ペットボトルを用いても収まりきらない状態を発散とし
紹介と学習を目的に授業を行った.おもしろ算数クラブ
て, 収束・発散を予想してもらう形式をとることで, 極限
に参加している児童は4年生,5年生,6年生の全3学
の概念を, 中学生にも理解しやすい形にした. 可視化が可
年,参加人数が13人となっている.そのため,児童に
能な等比級数は, 大量のペットボトルに見立てた紙を用
対する幅広い対応が必要となった.授業実施において,
意し, 加える水の量を鉛筆で塗りつぶすことで, 手を動
予備知識,言葉使い,時間配分を工夫した.第一回目お
かしながら収束・発散を見て感じることのできるように
もしろ算数クラブ実施日の周辺では,四年生児童が分数
した. 可視化が不可能な公比を持つ等比級数についても,
から少数への変換を未学習だったため,授業内で「格好
同様にペットボトルに水を加える操作を行い, 可視化に
いい」先取り学習として取り入れた,こうすることで,
よる収束・発散の予想ができないことで, 手計算の必要
授業内で児童の理解にあまり差がでないようにした.ま
性を自然に促した. 手計算も複雑で不可能な調和級数に
た,「右辺」といった言葉を「式の右側」の様に変換し,
ついても, 可視化と手計算を行った. ここで, 別の操作が
授業中に参加児童が理解できる言葉使いを心がけた.こ
必要なことを促し, 不等式を用いた数の比較までの行程
の工夫をこなすことで,授業において一番理解してほし
を明確にすることができる. 以上のように同様の手順を
いことに集中してもらった.他にも,授業内で使用した
踏み続けることで, 別の操作が必要な箇所を明確にした.
スライドでは,イラストやグラフなどによる視覚に訴え
開発した授業プランを確かめるために, 中学生4名を本
る様な表現をを多用することにより,参加児童の関心を
校に招き, 実験授業を実施した. 実験参加者が 4 名とい
教材に集め,視覚と聴覚の両方から内容の理解を深める
うこともあり, 実験授業ではほぼ 1 対 1 の状態で大学生
ことを心がけた.第三回授業での合体ドット絵の制作,
がサポートすることができ, 早い段階で理解度の低い部
各授業内においての班ごとで与えられた問いを解くなど
分を発見・解決できた.
のグループワークや,第五回授業での楽器製作,イラス
次に課外活動について述べる。出張オープンキャンパ
トやグラフといった視覚に訴える情報の活用といった五
スでは,本大学への興味の増加を目標としている.手段
感を刺激する工夫を取り入れ,全五回の訪問授業を実施
として,本大学で行っているいくつかのプロジェクトの
した.
紹介を行った.我々もプロジェクト活動の紹介を行うた
め,このイベントに参加した.このイベントでは限りあ
る時間の中で,我々の活動内容が多くの人に理解が出来
るよう努力した.初めに,紹介を行う形式を述べる.今
回の出張オープンキャンパスでは各プロジェクトに限ら
れたスペースで活動内容を紹介するため,ポスターセッ
ション形式で行われた.この形式ではいくつかのポス
ターと口頭のみで紹介を行うため,ポスタ−のみでも活
動内容が理解できる必要があると判断した.そのためポ
スター制作を行う際に、以下の二点に注意した.
図1
おもしろ算数クラブの様子
第1点は,来訪者に足を留めてもらう工夫である.文
章はあまり載せず,イラストや写真を多様することで,
グループ B の開発した学習プランの題材である級数
は, 発散が自明ではないものを採用した. また, 具体的な
形で級数の収束・発散が予想できるように, 総和をペッ
我々の説明全体の情報量を制限し,視覚的に活動内容を
理解してもらう.
第2点は,専門用語を使用しない工夫である.プロ
ジェクト内での専門用語を使用せず,一般の方々が理解
を一列に並べ,全体像から両グループの細部までの活動
できる言葉を使用する.
内容を一般の方々に披露する.さらに私たちが授業を実
これらを踏まえ,出張オープンキャンパスでは限りあ
施した際に活用したスライドや各授業で使用した補助教
る時間の中で,我々の活動内容ができるだけ多くの人に
材の展示,実際の授業の様子を撮影した映像を流した.
理解が出来るよう努力した.
4 成果の評価
未来祭参加型企画は,未来祭実行委員会側からの要請
があり,プロジェクトメンバー全員で話し合いを行った
グループAでは,毎回授業後に取ったアンケートと,
結果,このイベントへの参加が決定した.この未来祭参
おもしろ算数クラブの反省会に取ったアンケート結果よ
加型企画では,本大学内での看板授業であるプロジェク
ると,児童のほとんどが算数と他科目との繋がりを見出
ト学習の活動内容を来訪者に紹介する.手段として出張
していた.このことから,科目間融合が成功し,当初の
オープンキャンパスと同様,ポスターセッション形式を
目標である,児童の科目間の断絶にあたる「ヨコのすき
とり,さらに道具を展示した.来訪者に活動内容を理解
ま」を埋めることができ,算数の理解と関心を高めるこ
して頂き,「算数を学ぶ」のではなく,「算数と触れ合う
とが成功したといえる.
ことを目標とする.用いた道具は二進数を十進数に変換
実験終了後のアンケート結果より, 級数の性質の把握
して表示するものである,実際にそれを来訪者に操作し
が的確に行われ, 数学が苦手な生徒も具体的に収束・発
てもらうことで,教科書にはないタイプの算数と触れ
散をイメージできたことが確認され, また, 図を用いた可
合ってもらう.
視化と, 不等式による数の比較という中学の知識と, 本
来は高校以降に学習する内容との繋がりを, 生徒が見出
したことも確認されたため, 当初の目的が達成されたと
評価できる.
図2
企画で使用したツール
キャンパスコンソーシアム函館主催アカデミックリン
ク 2010 では,函館市青年センターで行われ,函館市の
図3
グループBの授業の様子
大学生が研究やプロジェクト学習を中学生や高校生な
どの一般の方々に披露する場である.我々は,昨年度以
次に課外活動について,述べる.出張オープキャンパ
上に地域の活動に積極的に参加する事で,さまざまな方
ス一日目は,会場が札幌駅の隣にある大型書店であり,
に算数と他科目の融合関係を知ってもらい,客観的な意
時間帯も学生が行きやすいため,多くの一般の方々が訪
見や評価を求めることを目標とした.その手段として,
れた.半分以上が中高生ということもあり,我々が予想
我々の活動内容がどのようなものであるかを細かく紹介
していた来訪者と一致していため,上手く活動内容を紹
するため,説明用のポスターを4枚作成した,1枚目の
介することができ,来訪者も大きな関心を示していた.
ポスターはプロジェクトの全体像,2枚目のポスターは
二日目の旭川では,会場が駅から少し離れていたため,
グループAの全体像,3枚目のポスターは実践フィール
一日目と比べると来訪者は少なかったが,少ない分一人
ドとして活動した,おもしろ算数クラブの内容,最後の
に対し丁寧に活動内容の紹介を行うことができ,深く理
4枚目はグループBの全体像である.これらのポスター
解をしていただいた.
図4
図5
出張オープンキャンパスの様子
アカデミックリンクの様子
活動で作成した学習プランの導入部分の改善を行い,全
未来祭参加型企画での来訪者は我々の予想人数を大き
く上回っており.多くの来訪者は我々の活動に興味を示
し,大きな関心を示していた.特に二日目の来訪者が多
く,学生の保護者と教育関係者がほとんどであった.中
には,グループAが実施しているおもしろ算数クラブを
「私の小学校でも実施してほしいと」いう意見も頂いた.
体の完成度の向上や,実際に中学校で実践すること.収
束・発散を直感的にイメージできる高校用の学習プラン
の開発が考えられている.また,本プロジェクトの活動
には地域貢献も含まれており,我々はこの活動が外部に
広がっていくことを,強く推奨するので,来年度も積極
的に課外活動へ参加し続けてほしい.
また,展示していた道具により来訪者の方々が「算数と
触れ合う」という目標も達成することができた.
最後にキャンパスコンソーシアム函館主催アカデミッ
参考文献
[1] 文部科学省 「国際数学・理科教育動向調査」
クリンク 2010 について述べる.当日は,函館の大学の
http://www.mext.go.jp/a menu/shotou/gakuryoku-
色々な研究やプロジェクトなどを見物し,意見を出し合
chousa/sonota/07032813/001/003.html
うことができた.我々のブースにも北海道大学水産学部
[2] Benesse 教育開発研究所
や教育大学の教授の訪問があり,このプロジェクトの目
http://benesse.jp/berd/center/open/chu/view21/
的や成果など詳しく説明した.その際の北海道大学の教
2006/01/c01toku 01.html
授は本プロジェクトに非常に興味を持たれ,最後のス
[3] 47NEWS 「科学者発掘計画」
テージ発表では,写真と共に「新しい教育方法の研究を
北大でも行っているので,機会があればお互いに情報共
有をしたい」というコメントとともに高く評価された.
中学生や高校生が審査に含まれるので,派手なパフォー
マンスに票が集まり表彰はされなかったが,教授や大学
院生には非常に高い興味や関心を持ってもらえた.
5 今後の課題
グループAでは教材自体の更なる改善が課題である.
教材のみでは授業を実施することが困難であり,原因と
しては,開発者のみが授業を展開することが前提とし
て,制作されたからである.この問題の対応策として,
ティーチングマニュアルの制作が考えられている.これ
により,教材があれば誰でも簡単に授業が実施できるよ
うにすることも挙げられている.グループBでは今回の
http://www.47news.jp