project04.pdf

プロジェクト報告書(最終)Project Final Report
提出日 (Date) 2011/01/19
木星, 太陽, パルサーからの電波を捉える
Catching wide band radio signals from Jupiter, Sun, and pulsars
b1008020 山本雄太 Yuta Yamamoto
が可能であるが,その最大の特徴はフレア発生時の電波
1 背景
嵐となる.これは,太陽表面に起こる爆発現象であるフ
様々な波長の電磁波を観察することで天体や宇宙の様
レアの発生によってそこから様々な周波数の強い電波が
子を捉える電波天文学により, 可視光による観測を用い
発生するためであり,その影響によって広範囲の周波数
た従来の天文学では不明であった様々な事柄が解明され
帯で同時に強力な電波が受信される.しかし,フレアの
るようになった.観測の対象となる電磁波は X 線や赤
発生メカニズムは未だ完全には解明されていないため,
外線など多岐にわたり,観測対象に合わせて観測方法が
その発生予測は不可能であり,またフレアの発生は太陽
異なる.また,日本は電波天文学の先進国であり,ハワ
活動と同期するが太陽活動の動向は 11 年周期で変化す
イのすばる望遠鏡や電波望遠鏡を搭載した人工衛星の打
るため [3],太陽活動が活発でない時期では観測が困難
ち上げなど,研究が盛んに行われている [1].
となる.
約 80 年前から始まった電波天文学は科学技術の進歩
パルサーとはビーム状の電波を放射しながら高速で回
に応じて目覚しい発展を遂げており, 現在も世界中で宇
転している中性子星のことであり, その電波ビームが地
宙における様々な天体や現象についての研究がなされて
球の方向を指している場合のみ電波を受信することが出
いる. 宇宙, 特に天体から発生している電波には様々な
来るため,地球上では規則的なパルス信号として観測さ
種類があり, その中でも特徴的なものが木星, 太陽, そし
れる.パルサーは地球より遥か遠くに存在する天体であ
てパルサーである.
るため,その電波は地球に届くまでに星間電離媒質など
木星, 太陽, パルサー電波の特徴は次のようにまとめ
の影響で分散してしまう.そのため,綺麗なパルス信号
られる. まず, 木星は衛星であるイオとの作用によって
を得るためには分散を修正するための特殊な解析を行う
指向性の強い電波を円錐状に放射しており,その延長線
必要がある.また,その電波はとても弱いため,大規模
上に地球が位置している場合においてのみ電波を受信す
な電波望遠鏡による長期的な観測が必要となる.
ることができる.受信される電波には S バーストと呼
各天体の電波について簡潔に纏めたものは以下の通り
ばれる特徴的な信号が含まれており,その中ではごく短
となる (表 1). また,本プロジェクトの全体の流れは
時間に周波数が急降下するドリフト現象 (図 1) が見ら
図 2 のようになる.
れる.また,木星電波の受信可能性は確率で表されてお
り,その予測には特殊な計算が用いられる.
図1
ドリフト現象 [2]
太陽からは常に紫外線や赤外線, そして可視光線など
が放射されており,日中であればいつでも観測すること
図2
プロジェクトの全体図
表1
三品:観測手順担当
各天体についてのまとめ
各天体における電波観測の手順を学習し,観測ス
木星
太陽
パルサー
周波数 [Hz]
3M∼30M
10∼300G
種類によっ
電波の特徴
S バースト
フレア特有
て様々
なお,これらの役割はあくまで責任者として割り振られ
パルス信号
たものであり,実際の活動においては全員で作業を
行った.
の電磁嵐
発生メカニ
イオの影響
フレアの影
ズム
による電磁
響
ケジュールを設定する.
不明
3 課題解決のプロセスとその結果
放射
問題点
観測可能日
フレアの発
時が限定
生予測が不
電波の分散
可能
本プロジェクトにおける活動内容は大きく分けて次の
4 項目となる.
1. 各天体についての基礎知識の学習
2. 観測スケジュールの決定
3. 電波観測
2 課題の設定と到達目標
本プロジェクトの目標は木星,太陽,パルサーの各天
体からの電波を比較的簡単な観測システムを用いて受信
に成功することである. そして,その為に必要となる電
磁気学や信号処理,各天体についてなどの基礎的な知識
を学び, 観測に使用される機材やプログラムを正しく扱
うことが課題となっている. なお, 本プロジェクトは
NASA の教育プログラムである NASA JOVE Project
から提供された資料 [2] に基づいて行われている.
4. データ解析
以下より,各項目について説明する.
3.1 各天体についての基礎知識の学習
まず,プロジェクトを行ううえで必要となる基礎知識
の学習としてセミナーを行った.セミナーは全 6 回で,
各項目において担当を設定し,担当者が事前に作成した
資料を用いて指導教員を含めた全員の前で担当項目につ
いて発表を行った.セミナーの項目と担当は以下の通り
である.
今回のプロジェクトは少人数で行われるため,グルー
1. アンテナの構造と歴史 (担当:山崎)
プ編成は行わずに各班員に対して役割を与えた.その役
2. 電磁気学の基礎 (担当:山本)
割分担と課題は次の通りとなる.
3. 電磁波 (担当:村上)
山本:プロジェクトリーダー
本プロジェクトにおけるリーダーとして全体を取
りまとめ,書類の作成や機材の使用予約,担当教員
との連絡など,円滑なプロジェクト運営を行う.
村上:解析担当
4. パルサー (担当:三品)
5. 太陽 (担当:水島)
6. 木星 (担当:全員)
3.2 観測スケジュールの決定
実際に電波観測を行う前に,各天体における観測手順
電波観測によって得た各天体の信号データの解析
を学習し,それに基づいて観測スケジュールを決定し
手順についての学習および解析プログラムの開発を
た.このとき,木星については電波受信可能性の高い日
行う.
時が限定されているため,NASA JOVE Project より
水島:アンテナ担当
提供された資料に添付された木星電波観測用のソフト
本プロジェクトにおける電波望遠鏡となるアンテ
ウェア(図 3)を用いて電波観測日時を決定した.
ナの詳細および設置方法等について学習する.
また,パルサーと太陽については基本的にいつでも観
山崎:レシーバ担当
電波観測において使用されるレシーバの詳細およ
び操作方法等について学習する.
測できるため,プロジェクトの進捗状況と天気予報に
よって随時観測日を決定した.なお,太陽の観測につい
作成されたものを参考にして,各天体ごとに最適な解析
方法を備えたものを作成した.完成した解析プログラム
は 2 種類であり,1 つは木星電波と太陽電波の解析用プ
ログラム,もう 1 つはパルサー電波解析用プログラムと
なる.これは木星電波と太陽電波の信号データは同様の
処理によって解析されるが,パルサー電波の信号データ
解析には特殊な方策が必要となるためである.
3.4.1 木星
図 3 木星電波発生予測計算用ソフトウェア [2]
木星電波用の解析プログラムでは,信号データから周
波数スペクトル図を得ることができる.スペクトル図の
ては NICT の web ページ [4] を参考にしてフレア発生
縦軸は周波数,横軸は時間となっており,色の濃淡で電
の頻度を調査し,比較的活発であると思われる時期に測
波の強弱を表している.
定を行うこととした.
周波数スペクトル図の画像を出力した後に,ドリフト
3.3
現象の様子を目視によって探し,その周波数降下率 (ド
電波観測
事前に設定した観測予定日時に基づいて,実際に電波
リフト率) を算出する.そうして導かれたドリフト率を
観測を行った.電波観測ではそれぞれの責任者が調査し
木星電波についての過去の研究資料と照合し,木星電波
た情報に基づいてアンテナの設置や観測,撤去などを
のドリフト率と合致した場合,信号データが木星電波で
行った.観測場所は大学構内の中庭で,芝生の上にアン
あることが証明される.
テナを設置して観測を行った.実際に電波観測を行った
解析の結果,データの中にドリフト現象を発見するこ
日時は次の通りとなる (表 4).
とは出来なかった.よって,その理由を以下のように考
察した.
表2
電波観測日時
5 月 21 日
太陽
16:36∼17:17
6月2日
太陽
16:20∼16:52
6 月 25 日
パルサー
20:28∼21:28
10 月 22 日
パルサー
17:45∼19:49
11 月 11 日
木星
14:05∼15:50
11 月 11 日
パルサー
17:30∼19:30
木星電波は前述の通り観測可能な日時が限定されてお
り,その日時において天候が良好な場合のみ観測が可能
となる.そのため,今回のプロジェクトにおいて木星電
波受信に失敗した最大の原因は天候だと考察された.
3.4.2 太陽
太陽電波の解析には木星電波用のプログラムを流用す
る.これは,太陽電波解析においても木星電波と同様に
周波数スペクトル図を導出し,そこからフレアの影響を
観測において使用されるアンテナはダイポールアンテ
目視で調査するためである.
ナとよばれるもので,2 本の柱の間に電波受信用のワイ
解析の結果,データの中に電波嵐を発見することは出
ヤーを繋げたものとなっており,これを 2 本 1 セットと
来なかった.よって,その理由を以下のように考察
し,計 2 セット使用した.なお,ワイヤーの長さは観測
した.
対象となる電波の半波長と同じ長さとなっており,前期
今回の観測ではフレアの影響による電波嵐を最大の特
では 7.1m,後期では 6.3m とした.また,レシーバは
徴として位置づけた.しかし,フレアは発生の予測が不
PERSEUS という機器を用いた.これは広い周波数帯
可能である為に太陽活動の状況に応じて観測を行わなけ
の電波を一度に受信することができる高性能なレシーバ
ればならないが,太陽活動は 11 年周期で活動しており,
となっている. 次に活動が最大となるのは 2012 年である.そのため,
3.4
データ解析
電波観測によって得られた信号データを IDL という
解析に優れたプログラミング言語を用いて解析を行っ
た.解析用のプログラムは前年度までのプロジェクトで
本年度の観測では観測日時において都合良くフレアが発
生する確立が低いものであり,フレア特有の電波嵐を受
信することが出来なかったと考察された.
3.4.3
パルサー
パルサー電波解析用プログラムでは,まず最初に信号
データから周波数スペクトルを導出した後に,パルサー
電波の分散度合いを表す分散指数に基づいて周波数スペ
クトルの修正を行う (図 4).なお,分散指数は各パル
サー固有の値であり,今回は木星電波の周波数帯と比較
的近い帯域で観測することが可能である PSR
B0809+74 を観測対象として設定し,その分散指数を計
図6
パルサー電波検知の為の閾値と時間
算に用いた.分散の修正を行った後にフーリエ変換に
よって信号の周波数を算出し,PSR B0809+74 の回転
周波数の部分に強い信号を検出することが出来れば成功
となる.
に必要な観測時間をグラフにしたものであり,縦軸は日
にち単位の時間,横軸は閾値を表している.閾値 10 で
は確実にパルサー信号を検知することが可能であるが,
グラフより閾値 10 を満たすには約 5 日間以上の観測が
必要となることがわかる.また信号検知の最低条件は閾
値 3 となるが,これを満たすには約 12 時間以上の観測
が必要となる.今回のプロジェクトではパルサー電波観
測を 2 時間単位で行っており,そのため閾値はおよそ 1
図4
電波の分散と修正のイメージ
となる.よって,解析の結果パルサー信号を検出するこ
とが出来なかったと考察された.なお,この閾値の導出
解析の結果,データの中にパルサー信号を発見するこ
方法の詳細はグループ報告書に記載されている.
とは出来なかった (図 5).よって,その理由を以下のよ
うに考察した.
4 まとめと今後の課題
本年度は従来の木星に加えて太陽とパルサーからの電
波の受信にも挑戦し,各天体や信号解析など,電波観測
に必要な知識を学習し,それらに基づいて実際に観測を
行った.天候不良等により満足な結果を得ることはでき
なかったが,各天体における信号観測に必要な条件につ
いて深く考察した.今後は今回のプロジェクトで学んだ
ことをあらゆる場面において活用していきたい.
参考文献
図5
パルサー電波の解析結果 (縦軸:強度,横軸:周波数)
[1] 小山 勝二 他: 見えないもので宇宙を観る, 京都大
学学術出版会,2006.
パルサー電波はとても弱い信号として地球に届くた
め,その信号を今回の観測で用いたアンテナによって検
出するためには,十分な観測時間を取ることによって膨
大な量のデータを得る必要がある.その観測時間条件に
ついては,計算の結果以下の図 6 が得られた.
これは受信されるパルサー電波の強度を 1Jy とした
場合において,本プロジェクトで使用されたアンテナを
用いた場合における信号検知の閾値と,それを満たす為
[2] NASA Project Radio JOVE CD-R, 2003.
[3] NASA Marshall Solar Physics, 2011.
http://solarscience.msfc.nasa.gov/SunspotCycle.shtml
[4] 独立行政法人 情報通信研究機構, 2008.
http://www.nict.go.jp/