1 特 集 体験メディア:体験共有から知識創造を促すユビ キタス技術 Experience Medium: Towards Knowledge Creation Enhanced by Experience Sharing 角 康之 Yasuyuki Sumi 京都大学 情報学研究科 Graduate School of Informatics, Kyoto University [email protected], http://www.ii.ist.i.kyoto-u.ac.jp/~sumi keywords: experience medium, knowledge sharing, communication support, experience capturing by multiple sensors, conversation around bookshelf, PhotoChat. 1. は じ め に • 従来の人とコンピュータのインタラクションは言語 情報に偏っていたが,映像,音声,触覚提示といっ 我々人間は,感動や知識を他人と共有するために,様々 た五感的,身体的な情報が多用される. なメディアを発明し利用してきた.少し前までは本,新 こういった概念を実現するためのユビキタス・コンピュー 聞,ラジオ,テレビといったメディアが主流であったが, ティング,ウェアラブル・コンピューティング,センサ 昨今のインターネットの普及は,瞬時に時空間を超えた ネットワーク,メディア処理といった研究領域をまとめ コミュニケーションを可能にし,モバイル技術の発展も て,本稿では「ユビキタス技術」と呼ぶこととする. 相まって,誰もが気軽にどこからでも知識や感動を発信 こういったユビキタス技術の発展を背景に,筆者らは, できるようになった.とは言え,現状のモバイル技術や 感動や知識の源泉である「体験」を通した協調や知識創 ウェアラブル技術は,ディスプレイ,キーボード,マウ 造を増幅するメディア技術,つまり,体験メディアの研 スの利用を想定したデスクトップ・コンピューティング 究開発に取り組んでいる.体験メディアが支援対象とす のパラダイムの延長線上にあり,通常のパーソナルコン ることは以下の 4 点にまとめられる. ピュータを小型化したに過ぎないものが多い. 体験の記録 環境や道具に埋め込まれたセンサ類が協調 それに対し,来たるユビキタス社会では,我々はコン 的に動作し,体験シーンの映像・音声データやその ピュータの存在を意識せずに,より自然にあるがままの ときの状況(誰が,いつ,どこで,誰と,何を)を 状況や体験をいつでもどこでも誰とでも共有し合うこと 表すデータを自動的に,あるいは,非常に簡易的な が可能になることが期待される.このとき重要となる概 操作で記録する. 念は,先人達が言ってきたこと(例えば [Weiser 93, Ishii 体験の振り返り・気づき 自分自身あるいは他人の体験 97, Norman 98, Dourish 01])を筆者なりに解釈してま データの閲覧や,状況に応じた検索を支援すること とめると以下のようになる. で,体験の振り返りや新しい視点の気づきを促す. • コンピュータは従来の姿を消し,日常的な環境や道 具に埋め込まれる. • 個別のコンピュータを利用すると言うより,複数のコ ンピュータや入出力手段が分散協調的に動作し,複 数の人やグループとインタラクションする. • 人はコンピュータ単体を意識して使うのではなく,日 常的な道具をあるがままの姿で利用することで,間 接的にコンピュータ群,さらにはその先にいる他人 とインタラクションする. 体験の言語化と発信 体験に関わる自分の考えや気づき を言葉で表現し,興味や状況を共有する他の人への 発信を支援する. 体験の演出と創造 体験の現場において,体験者同士の 協調を促したり,他人との関係への気づきを促すこ とで,体験そのものをより有意義なものにすること を助ける. 「体験メディア」という表現は筆者らの造語なので,まだ それほど普及した言葉ではない.しかし,知識共有や協 • 現在はコンピュータを使うこと自体がフォアグラン 調学習における「体験」の重要性は様々な分野で指摘され ドのタスクになっているが,今後は,見る,書く,会 ており(例えば [Lave 91, Nonaka 95, Clancey 97, Jain 話する,考える,作業するといった本来のタスクの 01, 杉本 08]), 「体験の記録・共有」や「ライフログ」と バックグランドでコンピュータが動作する. いったキーワードで様々な学術活動が行われている(詳 しくは [角 06] を参照されたい).現在の Web 等で行わ れている言語に頼った知識共有は,個別の状況から切り 離された知識の記録・蓄積・検索を志向する傾向がある ため,背景の重要な関連情報や雰囲気といったものがそ ぎ落とされ,それが誤解を招いたり,知識伝達の限界に つながる.体験メディアの重要なポイントは,体験周辺 設置型センサセット の状況を記録し,状況によって過去の体験の検索や再利 用を促すことである. IDタグ 以下,本稿では体験メディアに関わる筆者らの試みを 紹介する.最初に,共有体験を記録する手段として,複数 の視点による映像・音声を協調的に記録するシステムを 紹介し,そういったユビキタス技術が体験の言語化にど のような影響を与えるのかを考える.次に,研究室内の 日常的な会話的体験の共有を目指して開発された,共用 本棚周辺の会話流通を支援するシステムを紹介する.最 後に,メディアに強化された体験共有コミュニケーショ ンの例として,撮影された写真の上での気軽な会話を支 ヘッドセット 援する PhotoChat と呼ばれるシステムを紹介する. 2. 映像による体験の記録と言語化への影響 2・1 複数視点による体験記録システム 体験者自身の振り返りや,他人による追体験を助ける ための体験記録がどうあるべきかを議論する第一歩とし て,筆者らのグループは, 「会話する」, 「展示会を見学す 図 1 複数視点による体験記録システム る」, 「共同作業をする」といった,複数人による知識創 造に関わる体験シーンを,映像音声的に十分な視点・視 野で記録することを最初の目標とした [角 03].映像は, 発話の有無検出のみを行った. 各体験者の頭部に装着するカメラと,体験現場を捉える 一旦こういったインデクスが得られると,複数インデ 環境カメラを併用した.そうすることで,各体験者の一 クスの組み合わせ検索により,例えば, 「A さんが展示物 人称視点,会話や共同作業の相手による二人称視点,環 X を見ている」, 「B さんと C さんが展示物 Y を見なが ら会話をしている」, 「D さんと E さんの会話に F さんが 境側から体験者同士のインタラクションをとらえる三人 称視点の映像が同時記録されると考えた.音声は,各体 加わった」といったシーンを,容易に抽出することがで 験者ごとに接話マイクで記録した(図 1 参照). きる.そして,そういったインタラクションの解釈情報 単に映像・音声を大量に記録しただけでは,データへ を活用することで,体験要約ビデオの自動生成や,体験 のアクセシビリティは低い.かと言って, 「何を見た」, 「何 演出をするコミュニケーションロボットなどの応用シス を話した」, 「何をした」といった体験内容に踏み込んだ テムを開発することが可能になった [角 04]. インデクスを体験データに付与するのは,自動化は難し く,人手で行うにはコストが高すぎる.そこで筆者らは 2・2 体験のメタ認知的言語化 意味解釈には深入りせずに現象としてのインタラクショ 上記のようなシステムが広く普及したとしたら,我々 ン要素のみを自動抽出するアプローチを採った.具体的 はもはや自らの頭で考えたり記憶すること無しにその場 には,赤外線 LED の高速点滅により ID を発光する赤 にいるだけで,あらゆる体験シーンを記録し,必要なと 外線タグと,それを高速な画像処理で読み取る赤外線ト きに再利用することができるようになるのであろうか. ラッカを開発し [伊藤 08],赤外線タグを各体験者の頭部 筆者の回答は否である.例え,ある人が重要な現場に立 や,体験現場における対象物に取り付け,かつ,映像記 ち会い,体験データが自動的に蓄えられたとしても,そ 録用のカメラごとに同一の視点・視野になるように赤外 の人が単にその場に居合わせていただけで,その現場で 線トラッカを取り付けた.そうすることで,どこの視点 起きたことが意識にあがっていないのだとしたら,それ 映像にどの時点で誰(何)が映っているかというインデ は「体験した」ということにはならない.見たこと,聞 クスが自動生成される.また,発話音声については,コ いたこと,感じたことを自分の言葉で表現し,自らの心 ストのかかる音声認識はせず,音声パワーの強弱による の中,あるいは他人との語らいの中で意識にあげること 2 で初めて, 「体験した」と言うことができると考えている. 本人の視点からの映像 環境側からの映像 とは言え,我々人間の認知能力だけで「立ち会い」, 「気 づき」, 「記憶」できる体験の量は限られている.その点, 前節で紹介したような体験記録システムを利用すること は,自らが参加した体験シーンを後で時間をかけて再体 験することを可能にし,また,二人称,三人称の映像を 見ることで,新たな視点への気づきを促すことが期待さ れる.つまり,体験メディアは体験を肩代わりするわけ ではなく,体験の機会を強化するものであると考える. そのことを検証するために,筆者らは,我々の体験記 録システムを利用した「メタ認知実験」を実施した [角 08a].ここで言う「メタ認知」とは,自らの認知を認知す ること,すなわち,自分がどう見聞きし,どう感じ,ど 一緒にいる人の視点からの映像 う行動しているのかを意識することを意味する.この実 験では,11 人の被験者(情報系大学の学部生)に参加し 図 3 メタ認知実験用の映像ビューワ てもらい,7 冊の写真集を見て回りながら各自に好きな 写真を選んでもらい,さらに,そのプロセスを振り返り 被験者はタイムスライダーを利用して好きな時間帯に移 ながらメタ認知的に言葉にしてもらうことを行った.写 動することができ,また,個別の視点映像を拡大表示す 真集閲覧の時間帯は我々の体験記録システムを利用して, ることもできる. 写真集から写真を選んでいる様子や,その周辺で被験者 メタ認知実験では,ビデオ閲覧がメタ認知記述の質と 同士が話している会話シーンを網羅的に記録した.図 2 量にどのような変化をもたらすのかを観察した.その結 は,メタ認知実験のときの様子である. 果をまとめると以下の通りであった. • ビデオ閲覧したときの方が,総じて,メタ認知記述 量が増えた.特に,自分や会話相手の発言,自分の 行動といった事実に基づいた記述が増えた. • ビデオ閲覧の仕方は,被験者のよって受動閲覧型(映 像全体を閲覧してからタイムスライダーを用いて気 カメラ IRトラッカ IDタグ になるシーンを見返す)と細部記述型(全体を通し てじっくりと映像を閲覧し,気になるシーンの度に こまめに一時停止してメモを書きとめる)に分かれ IDタグ た.細部記述型の被験者の方が,上記の傾向が大き かった. 図 2 メタ認知実験の様子 • 半年後に被験者にもう一度メタ認知記述をしてもらっ たところ,ビデオ閲覧があることによって自分自身 写真集閲覧の後に,各被験者ごとに,好きな写真を選 の体験を第三者的な視点で新たに再体験していると ぶときの自分の感じ方,写真の見方,他の被験者と話し いったコメントが多かった.また,時間が経過する たこと,感じたことを,できる限り多くノートに書き出 と自分の行動や心情を思い出すには一人称視点映像 してもらった(以下, 「メタ認知記述」と呼ぶ).その際, だけだと不十分であり,二人称・三人称視点の映像 自分の記憶のみでメタ認知記述してもらうセッションと, が状況を思い出すのに有効であることが観察された. 体験記録システムで記録されたビデオを閲覧しながらメ ここで紹介したような体験記録システムは,体験に基づ タ認知記述してもらうセッションを実施した. いた知識の創造プロセスに大きな影響を与えると思われ, 図 3 は,メタ認知記述の際に被験者が利用した映像 技術的発展の追及だけでなく,知識社会に与える影響と ビューワの画面である.画面左上には,自分の一人称視 運用を議論していく時期にあると考える. 点映像が常に表示され,右上には,閲覧中の写真集側か ら自分および会話の相手をとらえた三人称視点の映像が 3. 本棚周辺の会話シーン記録・再生による知 表示さえる.画面下には,最大 2 つまでの二人称視点,つ 識共有支援 まり会話相手のカメラがとらえた映像が表示される.二 人称視点映像と三人称視点映像は,赤外線タグ検出デー 前節で紹介したシステムは,豊富な映像・音声の記録に タを用いた状況認識により,自動的に適当なものが選択 より体験シーンのインタラクションを網羅的に記録して 表示される.これらの複数映像は時間同期して再生され, 3 振り返るのには良いが,日常的な運用には適さない.そ ように,研究室メンバーが暗黙的に共有しつつ,しかし, の主な理由は,ユーザが特殊なセンサ類を身に着けなけ あまり明確には記述されていない知識が散見されると思 ればいけないことである.そこで我々は,研究室内の共 われる.そういった話題は,ミーティングの場や居室での 用本棚に焦点を絞ることで,環境センサだけで研究室メ 雑談にも繰り返し現れるものであると考えられるが,本 ンバー間の会話シーンをとらえ,日常的・長期的な会話 棚周辺はそういった話題を効率よく収集することができ, 流通を支援することを目的としたシステムを試作した [三 さらに,それらの話題を本に仮想的に「貼り付ける」こ 木 07]. とで興味の近いメンバー間での会話循環が容易になるの 大学で教員をしていると,日常的に学生と研究に関す では,と考えた. る打ち合わせをしたり,何気ない立ち話で情報交換をす いったん会話シーンを特定の本に関連付けることがで る機会が多い.そういった会話の多くは,新しい研究ア きれば,会話内容自体を意味解釈せずとも,本や論文に イデアや背景話題といった重要な内容を含んでいるにも 関する情報は Web 上から豊富に得ることができる.それ かかわらず,そのほとんどは記録に残らない.また,そ は書誌情報であったり,文章そのものの PDF であった の内容は,そのとき目の前で会話していた学生にしか関 り,さらには,本や論文の評判情報や互いの関係性に関 係ないわけではなく,多くの内容が他の学生とも共有す する情報も得られる.したがって,会話の中身を解釈し べきものである.そこで,研究室内の会話シーンを適当 なくても,関連付けられた本の情報に基づいて会話に関 なサイズで切り出し,適した相手に適したタイミングで 係しそうなキーワードを抽出したり,関連する他の本を 提供する方法を検討した結果,本棚に注目することとし 推薦する,といったことが可能になる. た.筆者の個人的なやり方かもしれないが,学生と研究 の話をするとき,その内容を記憶にとどめる手段として, ユーザ認識用のカメラで・・・ 関連する本を紹介したり,関係する学会予稿集を手渡す 手の出し入れ映像 手元認識カメラアレイ 各々の映像の 背景差分を計算 ことが多い.つまり,会話の塊を本に「貼り付ける」こ とを試みる.一方,研究室の共用本棚には,その研究室 に関係のある教科書や予稿集があり,その貸し出し状況, 汚れ具合が研究室メンバーの興味や時事話題に対応して ユーザ識別 いる場合が多いのではないだろうか. 書籍情報 本棚前での利用者の行動 Web上 本棚周辺の会話 利用情報 流通支援システム 眺める 会話する 出し入れ 本の出し入れ箇所が推定される Col:2 Row:2 タイムスタンプ:05/20 11:23 図 5 ユーザの識別と本の出し入れ行為の認識 文献の参照や推薦 会話シーンの貼り付けや再生のきっかけとして,本の 出し入れ行為を利用することとした.つまり,図 5 に示 プレゼンテーション ディスカッション 研究アイデアの ドキュメンテーション 研究サーベイ • • 過去の会話シーンを 再生 → コミュニティ 知識の流通 頭部方向 UserA す通り,本棚の上部と側面部にカメラのアレイを設置し, ミーティングスペース 手の出入りの対象となる棚の識別を自動化した.そして, • 手の出入りが検出されると,その時間的周辺で行われた • 会話がその棚に貼り付けられ,また,その棚に貼り付け られた過去の会話シーンが,本棚の横に設置されたキオ 居室 スク端末上で自動再生される.多くの場合,同じ棚には 関連する本が並べられているので,本を一冊ずつ識別し 図 4 本棚周辺の会話流通支援システムと研究室での位置づけ なくても,棚ごとで会話シーンを管理することは妥当で あると考える.もしも個別の本を特定してもっと深い関 図 4 は,試作したシステムの概念図である.研究室内 連情報を探索したい場合は,一つの棚に入っている本は におけるメンバー間の知的会話の場としては,ミーティ 高々20 冊程度であるから,キオスク端末にその一覧を表 ングスペース,居室,そして,本棚などが置かれた共用 示し,タッチパネルによってユーザに選択してもらって スペースなどが考えられる.ここで紹介するシステムは, も,それほど負担にはならない. その中で特に本棚周辺に焦点を当てた.本棚周辺では, 一方,ユーザ識別は完全に自動化されることが望まし 本の探索や持ち出しが行われる他に,メンバー間の会話 い.なぜなら,本システムを利用するたびに明示的なユー が頻繁に行われる.そういった会話の中には,本の中身 ザログインをすることは日常的な利用性を著しく阻害す に関することや本同士の関係についての話題,本の評価 るし,誰がいつ本棚周辺の会話に参加したか,といったこ に関する話題,最近購入したり購入が必要と思われる本 とは自動的にインデクスとして登録したい.そこで,本 の話題,研究室に関係の深い学会に関する話題といった 棚正面の目線の高さに複数のカメラを設置し,オムロン 4 社の OKAO システムを利用してユーザ識別を自動化し, 拘束されない体験共有コミュニケーション(同一の体験 「A さんが一人で本の探索をしている」とか「B さんと を共有している人同士のコミュニケーション)を支援す C さんが会話をしている」といった状況を自動認識する ようにした.OKAO システムは顔の向きも識別できる るシステムの例として,PhotoChat と呼ばれるシステム [伊藤 06, 角 08b] を紹介する.我々が日々の体験を記録 ので,特定の棚をしばらく注視しているといった情報も, したりそこから得られた知識を表現・発信する手段として シーンの切り出しや情報提示のトリガとして利用した. 現在最も日常的に用いている手段は,紙と鉛筆によるメ モ書きとデジタルカメラではないだろうか.PhotoChat はこれら二つの機能を融合し,さらに複数ユーザの作業 協調を促すことを目的としたシステムである. 4・1 PhotoChat のシステム概要 PhotoChat は,カメラモジュールとペンタブレットを 有する携帯パソコン上で動作することを想定したソフト ウェアである.ユーザは,デジタルカメラのように写真 撮影をすることができ,撮影した写真上にペンで直接書 き込みをすることができる.撮影された写真と書き込み のストロークデータは,無線 LAN を介して実時間で他の PhotoChat 端末にも配信されるので,PhotoChat ユー 図 6 本棚周辺会話の閲覧システム ザ同士で,写真を実時間で共有し合ったり,写真の上で 「会話」をすることが可能になる.PhotoChat のシステ 図 6 に本システムの情報閲覧用の画面例を示す.この ム構成を図 7 に示す. 画面を本棚横に設置されたタッチパネルつきキオスク端 末に表示した.個別の棚に対するアクセスが無い間は,ス 入力(カメラ画像) タンバイ画面として,本棚全体の背景画像上に,現時点 写真管理 までのすべての会話シーンのサムネイルをコラージュ状 他の端末 他の端末 他の端末 他の端末 に貼り付けた画面を表示する.そうすることで,どの棚 が多く利用されているかが一目瞭然になる. データベース 配信制御 本棚前のユーザが個別の棚に手を差し伸べる,あるい は個別の棚をしばらく注視すると,その棚が画面上で選 入力(タブレット) 出力(表示) 択され,そこに貼り付けられた会話シーンが自動再生さ れる.会話シーンの再生データは,本棚後方に置かれた カメラによって 1 秒あたり 1 枚ずつ撮影された写真の連 書き込み 管理 図 7 PhotoChat のシステム構成 続再生ビデオと,本棚に設置されたマイクで録音された 音声である. PhotoChat はサーバを持たず,各端末で動作している ユーザが再生された会話シーンに興味を持った場合は, システムが無線 LAN のピア・トゥ・ピア接続により,す ビデオシーンの早送り・巻き戻しをしたり,特定の会話 べての写真と書き込みを端末間でバケツリレーしながら 参加者を選択してその人が参加した会話シーンを検索閲 共有し合う.利用に伴うデータは,写真データ,書き込 覧することもできる. みのストロークデータ,閲覧や書き込みタイミングに関 本システムの日常的な運用はまだこれからであるが, するログデータであり,それらが各端末に蓄えられる. 研究室内のシニアメンバー(教員やポスドク)による学 PhotoChat 特有の機能として,写真のハイパーリンク 生へのお勧めの本の紹介とか,学会の論文募集に関する 機能がある.つまり,それまでに撮られた写真のサムネ 会話などが,自然な本棚周辺の体験を通して流通してい イルを新しい写真(あるいは白紙)上にドラッグ&ドロッ くことを期待している. プして,写真間のハイパーリンクを作ることができる. 4. PhotoChat:写真の上に書き込むことに 4・2 PhotoChat によるコミュニケーション形態の特徴 これまでに様々な機会に PhotoChat の利用実験を行っ よる体験共有コミュニケーション支援 てきた.利用の場を大まかに分類すると,博物館や動物 ここまで紹介した試みは環境センサに依存しているた 園の見学や展示会・学会参加といったイベント型体験共 め,特定の場所に拘束された体験を扱うものであった.こ 有,日々の打合せや講演会参加といったミーティング型体 こでは,モバイル機器を利用することで,特定の場所に 験共有,研究室内の機器等に関するノウハウを蓄積する 5 日常体験からの知識共有と多岐にわたった.以下に,こ は,知識量的には何ら新しい情報を提供しないが, (物理 れらの利用実験から観察された,PhotoChat の定型的な 的に離れているにも拘わらず)会話に参加している状況 使われ方を紹介する. を自他共に共有する,言わば「つながり感」を提供する. § 1 気軽な会話を通したつながり感の共有 図 8 は,典型的な利用パターンを示す例である.ユー 験共有コミュニティは,このような「つながり感」を重 ザの一人が撮影した写真の上に,複数のユーザが書き込 視することがうかがえる. みをしている様子を表す.ユーザは互いに異なる色のペ § 2 体験知識の整理 図 9 は,ハイパーリンク機能を用いて,動物園で撮影 PhotoChat 写真を見返すとこのような例は多いので,体 ンを利用する傾向があるため,複数ユーザが写真の上で した写真を使って地図的サマリを作成している様子であ 「会話」をしている様子が読み取れるだろう. る.展示会場のフロアマップなどを利用する場合もあれ ば,この例のように,いわゆる「認知マップ」的な地図 が作成される場合もある. 図 8 展示物に関する質疑応答 図 8 は博物館での利用実験において観察された例であ 図 9 お気に入りの動物マップ(動物園にて) る.複数の PhotoChat ユーザが博物館内でそれぞれ自 由に見学を行っている最中に,興味のある展示物につい て会話をしているときのものである.あるユーザがある 通常,体験時の走り書きのメモは断片的なものになり 展示物に注目して撮影したことで,他のユーザから即座 がちであり,かと言って現場で詳細な整理をしようとす に「何コレ∼?」といった書き込みがあり,それに対し ると,元々の目的である体験への集中力を損なうことに て第三者の博物館勤務の専門家が「山車の車輪です」と なる.その一方で,ハイパーリンク機能を用いた整理は いった回答している.昨今,多くの博物館が,見学者に 比較的単純な作業であり,複数ユーザによる協調作業も よる自由な参加型見学を推奨している一方で,限られた 可能である.したがって,ハイパーリンク構造は体験の 人数の説明員(専門家)がいかにして効率的に大勢の見 断片に機械可読な構造を与える有効な手段であると考え 学者達の見学に関わることができるかが課題となってい る.ハイパーリンクされたサムネイル間には,矢印等の る.そう言った意味では,PhotoChat はその課題にある 記号が度々利用されるので,そういった図的記号の自動 程度応えるメディアとなりうるであろうと考えられ,博 認識を実現すれば,現場でのグループ協調的な知識構造 物館で実施される来訪者参加型のワークショップなどで 化の効果は加速的に発展すると考えられる. PhotoChat を活用できると考えている. 図 8 からは,他にも PhotoChat の特徴を読み取るこ § 3 新しい使い方の発明 PhotoChat は,大変単純なツールである.それゆえに, とができる.つまり,あるユーザが撮影した写真に対し ユーザ自身がその場で新しい使い方を発明し易い. 例えば,複数人で一緒に博物館見学をしていたときに, て,その本人が何らかのメモを書き込むよりも先に,他 のユーザが「何コレ∼?」といった書き込みをしている. はぐれた人の閲覧中の写真の上に「今どこにいるの?」 通常であれば,他人の写真に落書きをしたり,ましてや と声をかけたり,自分のいる場所を知らせるために近く 本人よりも先に書き込むことは,少々不躾なことである. のランドマークを撮影する,といった工夫が観察された. しかし,PhotoChat は,そのような「お行儀の悪い」行 また,人探しの場面では, 「3 枚前の写真に写ってるよ」 為に対する心的障壁を下げ,それゆえにコミュニケーショ といった PhotoChat ならではの目撃情報が飛び交った ンそのものを楽しむことを許す効果があるようである. りする. 博物館内では,見学者自らが,撮影した展示物に関す 右上の方にはさらに別のユーザによる「何でしょう」 る即席のクイズを出し合ったりする様子も観察された. という書き込みを見つけることができる.この書き込み 6 ♦ 参 考 文 献 ♦ 博物館における協調学習では,展示者が一方的に展示情 報や学習課題を提供するだけでなく,見学者が各自の興 [Clancey 97] Clancey, W. J.: Situated Cognition: On Human Knowledge and Computer Representations, Cambridge University Press (1997) [Dourish 01] Dourish, P.: Where the Action Is: The Foundations of Embodied Interaction, MIT Press (2001) [Ishii 97] Ishii, H. and Ullmer, B.: Tangible Bits: Towards seamless interfaces between people, bits, and atoms, in Proceedings of CHI’97, pp. 234–241, ACM (1997) [Jain 01] Jain, R.: Digital experience, Communications of the ACM, Vol. 44, No. 3, pp. 38–40 (2001) [Lave 91] Lave, J. and Wenger, E.: Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation, Cambridge University Press (1991) [Nonaka 95] Nonaka, I. and Takeuchi, H.: The KnowledgeCreating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation, Oxford University Press (1995) [Norman 98] Norman, D. A.: The Invisible Computer, MIT Press (1998) [Weiser 93] Weiser, M.: Some computer science issues in ubiquitous computing, Communications of the ACM, Vol. 36, No. 7, pp. 74–84 (1993) [伊藤 06] 伊藤 惇, 角 康之, 久保田 秀和, 西田 豊明:PhotoChat: 互いの視点画像に「書き込む」ことによるコミュニケーション 支援, 第 20 回人工知能学会全国大会 (2006) [伊藤 08] 伊藤 禎宣, 岩澤 昭一郎, 土川 仁, 篠沢 一彦, 角 康 之, 間瀬 健二, 鳥山 朋二, 小暮 潔, 萩田 紀博:IrID:赤外線 LED による小型位置取得装置の実装と運用, 情報処理学会論文 誌, Vol. 49, No. 1, pp. 83–95 (2008) [杉本 08] 杉本 雅則:体験の増幅を目指した学習支援, 人工知能 学会誌, Vol. 23, No. 2, pp. 210–212 (2008) [角 03] 角 康之, 伊藤 禎宣, 松口 哲也, Fels, S., 間瀬 健二:協調的 なインタラクションの記録と解釈, 情報処理学会論文誌, Vol. 44, No. 11, pp. 2628–2637 (2003) [角 04] 角 康之, 間瀬 健二, 小暮 潔, 土川 仁, 片桐 恭弘, 萩田 紀 博, 伊藤 禎宣, 岩澤 昭一郎, 中原 淳, 神田 崇行:ユビキタス環 境における体験の記録と共有, システム制御情報学会誌「シス テム/制御/情報」, Vol. 48, No. 11, pp. 458–463 (2004) [角 06] 角 康之, 河村 竜幸:体験メディアの構築に向けて:体験 の記録・利用の技術動向, 第 20 回人工知能学会全国大会 (2006) [角 08a] 角 康之, 諏訪 正樹, 花植 康一, 西田 豊明, 片桐 恭弘, 間 瀬 健二:共有体験を通したメタ認知に対する複数視点映像の効 果, 情報処理学会論文誌, Vol. 49, No. 4, pp. 1637–1647 (2008) [角 08b] 角 康之, 伊藤 惇, 西田 豊明:PhotoChat:写真と書き 込みの共有によるコミュニケーション支援システム, 情報処理学 会論文誌, Vol. 49, No. 6 (2008), 掲載予定 [三木 07] 三木 可奈子, 角 康之, 西田 豊明:本棚を通した体験 共有コミュニケーション支援システム, 情報処理学会研究報告 (ヒューマンコンピュータインタラクション), Vol.2007, No. 99, pp. 55–62 (2007) 味に応じて問題を発見することが重要であると考えられ る.PhotoChat はそういった協調学習を促進すると期待 される. こういった新しい使い方の発見は,ユーザ自身の体験 参加の動機付けを高め,単なる体験記録の手段ではなく, 体験をより楽しむための道具となる. 5. お わ り に 体験を通した知識の共有や創造を促すことを目指した 体験メディア構築の試みを 3 つ紹介した. 一つ目は,体験の現場を一人称・二人称・三人称の視 点映像で記録するシステムを紹介し,そういった豊富な 映像情報が,自らの体験を振り返って言葉で表現する行 為への没入間を高め,また,自分の周りの状況に対する 気づきを促す効果があることを示した. 二つ目の試みは,研究室内の共用本棚周辺の会話流通 を促すことを目的としたシステムである.本棚前の会話 状況と本の出し入れ行為のみを認識するという単純な環 境センシング能力を利用することで,研究室メンバーの 何気ない興味や暗黙的知識に関わる会話シーンを抽出・再 利用できる可能性を検討した.そこでのポイントは,本 棚周辺という特定の状況に焦点を当てることで環境セン サを簡易化し,日常の研究生活の中に密な知識流通の場 を埋め込むことであった. 三つ目は,撮影,メモ書きといった行為を交換し合うこ とにより,体験現場での気軽なコミュニケーションを活性 化するシステム PhotoChat を紹介した.PhotoChat は, 「シャッターを切る」ことで自らの興味の視点や気づきを 顕在化し, 「写真に書き込む」ことで体験現場において知識 の断片を気軽に言語化することを支援する.PhotoChat では, 「撮影して書き込む」という誰にでもすぐに理解で きる簡易なインタフェースで利用を促しつつ,ハイパー リンクやタギング機能による知識整理への誘導を試みて いる. 今後,ここで紹介した環境メディア的アプローチとモ 〔担当委員:××○○〕 バイルメディア的アプローチを融合し,様々な場面で横 19YY 年 MM 月 DD 日 受理 断的に体験知識を記録・活用する枠組みを実現していき たい. 謝 辞 著 者 紹 介 ここで紹介した内容は多くの方々との共同研究の成果 角 であり,情報通信機構の民間基盤技術研究促進制度,文 康之(正会員) 1990 年早稲田大学理工学部電子通信学科卒業.1995 年 部科学省科学研究費補助金,情報処理推進機構の未踏ソ 東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻修了.同年(株) 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)入所.2003 年より 京都大学大学院情報学研究科助教授(現在は准教授).博 士(工学).研究の興味は,知識や体験の共有を促す知的 システムの開発や,人のインタラクションの理解と支援に 関わるメディア技術. フトウェア創造事業の補助を受けて実施された.ここに 記して感謝の意を述べる. 7
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