オペレーショナル・リスク計測の新手法は リスクの実態を捕捉できるか?

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Risk management リ ス ク 管 理
オペレーショナル・リスク計測の新手法は
リスクの実態を捕捉できるか?
バーゼル銀行監督委員会からオペレーショナル・リスク計測の新手法が公表された。各行は新手法が有す
る感応性・非感応性を正しく理解するとともに、規制対応に留まらずリスクの実態を捕捉できるよう、管
理の高度化を進めることが望まれる。
図表 粗利益(現行手法)とBI(新手法)の比較
金融危機時、海外の多くの銀行では収益が減少し、規
制上のオペレーショナル・リスク(以下、オペリスク)
量も、収益の増減に比例する仕組みであったが故に減少
金利
した。しかし実態としては、むしろオペリスク量は増大
サービス
の一途を辿っていたと言われている。このような問題の
解決に向け、バーゼル規制におけるオペリスク計測手法
の見直しが始まった。
財務
粗利益(現行手法)
BI(新手法)
金利収益-金利費用
(金利収益-金利費用)
の絶対値
手数料収益-手数料費用+
その他業務収益
手数料収益+手数料費用+
その他業務収益+その他業務費用
トレーディング勘定の
ネット損益
(トレーディング勘定のネット損益)
の絶対値+
(銀行勘定のネット損益)の絶対値
配当金収益
(含まない)
その他
(出所)バーゼル銀行監督委員会「オペレーショナル・リスクに係る標準的手法の見直
し」市中協議文書(2014年10月)を基に野村総合研究所作成
標準的手法の見直しによる問題の解決
なってしまう。しかし損失超過になっても業務自体が
なくなるわけではないため、実態としてオペリスクは存
バーゼル銀行監督委員会(以下、バーゼル委)は
在する。そこで新手法では、粗利益に代わるものとして
2014年10月、市中協議文書「オペレーショナル・リ
Business Indicator(以下、BI)(図表)を定義し、
スクに係る標準的手法の見直し」を公表した。現行の枠
これをオペリスク量の新しい代替指標とした。具体的な
組みではオペリスク計測の手法として、基礎的手法(以
特徴としては、「金利」や「財務」において損益の絶対
1)
2)
下、BIA )、粗利益配分手法(以下、TSA )、先進的
3)
値を用いたり、「サービス」の収益と費用を足し合わせ
計測手法(以下、AMA )から各行が選ぶことになっ
たりすることで、収益の減少や費用の増加にも対応でき
ている。このうちBIAとTSAは標準的手法とも呼ばれ、
るようにしている。さらに現行の指標には含まれていな
どちらもオペリスク量を代替する指標として「粗利益」
い「その他業務費用」や「銀行勘定のネット損益」も加
4)
を用い 、これに「掛目」を乗じることでオペリスク量
えた。新手法は銀行が行うあらゆる業務の規模を捉える
を算出している。また、TSAは8つのビジネス・ライン
ことで、その業務自体に潜むオペリスク量をBI に反映
を設け、それぞれに12%〜18%の異なる掛目を設定
させようとしている。
している。今回バーゼル委から公表された見直し案は
②掛目の見直し:規模(BI)に応じた設定
このBIAとTSAを一本化するとともに、「指標」と「掛
バーゼル委が実施した分析では、TSAにおいてビジネ
目」を見直すことで現行の問題の解決を目指している。
ス・ライン毎に異なる掛目を設定することの定量的な根
以下ではそれぞれの見直しの概要を説明する。
拠が得られず、リスク感応度の向上に繋がっていないこ
①指標の見直し:新指標の導入
とが明らかになった。そこで新手法ではビジネス・ライ
前述の通り、現行の標準的手法は「粗利益」を代替指
ンを廃止し、BIで捉える銀行の「規模」が大きくなるほ
標として用いているため、収益が減少(または、費用
ど掛目が大きくなるよう設定 している。これによって
が増加)するとオペリスク量も減少する。極端な例と
規模が大きな銀行ほど、オペリスク量も大きくなる。
5)
して、損失超過が発生した場合はオペリスク量がゼロに
8
野村総合研究所 金融 ITナビゲーション推進部 ©2015 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved.
NOTE
1)
Basic Indicator Approachの略。
に分けて掛目を設定。また、オペリスク量が連続的に
2)
The Standard Approachの略。
3)
Advanced Measurement Approachesの略。
変化するよう、各閾値を超えた分にのみ当該レイヤー
の掛目を適用するレイヤード・アプローチという計算
8)
各行がそれぞれのビジネス環境を踏まえ、経営の立場
で「最適」と考える自己資本の水準。
手法を提案している。
9)
原則6“Risk Identification and Assessment”
。
4)
一 部 の 国 で は TSA の 代 わ り に 代 替 的 手 法(ASA:
Alternative Standardised Approach)を認めてい
6) リスクが顕在化した場合でも銀行が破たんしないよ
る。ASA ではリテール・バンキング、コマーシャル・
バンキングについて粗利益ではなく貸付総額を用い
う損失額を自己資本の枠内に抑えるために、バーゼル
規制(第一の柱)において要求される自己資本の水準。
る。なお、日本ではASAの使用は認められていない。
可能性もある。
10)詳 細 は 金 融 I T フ ォ ー カ ス 2 0 1 4 年 1 0 月 号「 リ ス
7) AMA においても過去5年以上の内部損失データを使
ク管理パラダイムの進化論」を参照。
http://fis.nri.co.jp/ja-JP/publication/kinyu_itf/
backnumber/2014/10/201410_4.html
5) BI の金額(ユーロ)に応じ、
1億以下:10%、
1億超10
億以下:13%、10億超30億以下:17%、30億超
用することが求められている。一方、標準的手法には
外部損失や損失シナリオが含まれていないことを考
11)原則4
“Operational Risk Appetite and Tolerance”
。
12)ピア・レビュー結果によると、原則4と6は、全11の原
300億以下:22%、300億超:30%の5つのレイヤー
えると、AMA よりも規制資本への影響が大きくなる
則の中で最も導入が遅れている2原則でもある。
このように、新手法のBI も内部管理という面では万
新手法に潜む注意点と
真の管理高度化に向けて
全な指標というわけではない。そのためバーゼル委は内
部管理の高度化について規制資本とは切り離し、すべて
新手法は現行の主な問題点を解決し、リスク感応度を
の銀行に対し「健全なオペレーショナル・リスク管理の
改善している。これによって、各銀行はオペリスクに
ための諸原則」を遵守させる方針を示している。本市中
6)
対し今までよりも適切な量の規制資本 を積むことにな
協議文書と同時に公表された「『健全なオペレーショナ
る。しかし新手法を導入するだけで、オペリスクの実態
ル・リスク管理のための諸原則』の実施状況に関するピ
把握と内部管理の高度化が期待できるかというと、そこ
ア・レビュー結果」では、各原則の導入状況や事例が紹
までは望めないだろう。その根拠として、新手法のリス
介されていて参考になる。中でも筆者が重要と考えるの
ク感応度に係る限界と注意点を挙げておきたい。
は「リスクの特定と評価」 である。損失が発生したオペ
一つ目は、新手法が内部の統制の強度に感応しないこ
リスク事象だけでなく、関連するデータやニアミスの情
とである。これは「特定の業務規模に対し、等しく特定
報を含めて広く収集・分析することの重要性が述べられ
のオペリスクが潜む」という前提に基づいているからで
ている。このような関連情報には潜在的なオペリスクの
ある。しかし本来は同じ規模の銀行でもマニュアルやシ
実態が反映されている可能性が高い。規制とは別に、こ
ステムの整備状況、ルールの遵守状況、行員の教育態勢
うした情報について内部で指標を設定し管理に活用する
といった統制の強度によって業務に潜むオペリスクの実
ことが望ましい。実際に本邦の先進的な金融機関では、
態は異なる。BIはこのような統制の差を反映せず、あく
様々なオペリスク関連データから潜在リスクの予兆指標
まで統制前の固有リスクに感応することに注意したい。
を構築し活用することでフォワードルッキングな管理を
二つ目は、オペリスクの顕在化に対し事後的にしか感
実現している 。さらに、指標を定義し定量的に管理す
応しないことである。今回BI に追加された「その他業
ることで、リスク許容度
務費用」には事務事故や不正等のオペリスク事象で生じ
結果として、改善すべき対象とその成果が可視化され、
た損失が含まれる。新手法では直近3年間のBI に掛目を
リスク削減を伴うPDCAサイクルが回り始める 。
乗じた値の平均値を用いるため、この損失がペナルティ
単なる規制の変更だと考えるのではなく、真のオペリ
7)
9)
10)
11)
の設定がしやすくなる。その
12)
として3年間自己資本比率に反映される ことになる。
スク管理高度化に向け、各行はこの機会に自らのオペリ
ここで注意しなければならないのは、事後的な感応性は
スク実態の捕捉と実効性のある管理を検討してほしい。
単なる規制資本としての保守性の意味合いしかもたず、
8)
経済資本 のためには役に立たないという点である。内
Writer's Profile
部管理に有効に活用するためには、大規模な損失が発生
太田 賢吾
するよりも前に苦情等の小さな異常に感応するフォワー
ERM事業企画部
副主任コンサルタント
専門は金融機関のリスク管理
[email protected]
ドルッキングな指標を用いることが望ましい。
Kengo Ohta
Financial Information Technology Focus 2015.2
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