シンポジウム2 「ABC トランスポーターの重要性」

シンポジウム2
「ABC トランスポーターの重要性」
オーバービュー(座長)
東京大学
楠原洋之
肝疾患と ABC トランスポーター
千葉大学
関根秀一
癌と ABC トランスポーター
産業医科大学
内海
脂質代謝と ABC トランスポーター
京都大学
松尾道憲
薬物輸送と ABC トランスポーター
東北大学
大槻純男
健
シンポジウム2「ABC トランスポーターの重要性」
座長:楠原洋之
紹介
所属:東京大学大学院薬学系研究科・分子薬物動態学教室・助教授
略歴:1997 年東京大学大学院薬学系研究科薬学専攻修士課程終了、2003 年薬学博士。1998 年 1 月に
東京大学大学院薬学系研究科・助手、2004 年1月に同講師、2005 年 4 月から現職。
研究テーマ:医薬品の体内動態を制御することを目標に、腎排泄、血液脳関門・血液脳脊髄液関門に
おける薬物トランスポートシステムの解析を行っている。
研究室のホームページ:www.f.u-tokyo.ac.jp/ sugiyama/
肝疾患と ABC トランスポーター
○関根秀一、堀江利治
千葉大学大学院薬学研究院生物薬剤学研究室
伊藤晃成
東京大学医学部附属病院薬剤部
[email protected]
肝臓は生体内老排泄物や薬物の代謝産物などの異物の生体外への排泄に中心的な役割を担って
いる臓器であり、代謝酵素が豊富に存在するため薬物代謝過程で発生する活性酸素による酸化ス
トレスに曝され薬剤性肝障害の発症につながる。また C 型肝炎や肝硬変などの慢性肝障害におい
ても活性酸素が生成し、それが肝障害に寄与していることが知られている。これら肝障害時に発
生する活性酸素から細胞を守る内因性の抗酸化物質であるグルタチオン(GSH)が低下すると、肝臓
の代謝・輸送系が障害を受け、肝機能を低下させる。中でも肝特有の細胞機能の一つである胆汁
排 泄 を 司 る 胆 管 側 膜 に 局 在 す る ABC ト ラ ン ス ポ ー タ ー で あ る MRP2(Multidrug
resistance-associated protein 2)、BSEP(Bile salt export pump)、MDR3(Multi drug resistance
protein 3)及び ABCG5/8 などは胆汁流生成の律速段階であり、その機能低下は胆汁うっ滞を生じ
黄疸として表在化する。またこれらのヒトにおける遺伝子欠損はそれぞれ Dubin-Johnson 症候群
(MRP2)、進行性家族性肝内胆汁うっ滞 2 型(BSEP)、3 型(MDR3)、シトステロール症(ABCG5/8)
の病態の原因となり、中には肝移植が必要となるほど重篤な場合もある。また、これら胆汁うっ
滞は細胞内にそれらの基質を蓄積させ、肝障害の増悪につながることから、肝障害時におけるこ
れらの胆管側膜における発現量及び、その制御機構を解明することは重要である。
胆管側膜におけるトランスポーターの発現は主に、転写因子を介した mRNA 量の変動を介した転
写―翻訳レベルにおける長期的な調節機構と mRNA の変動を伴わず、トランスポーターの細胞内ト
ラフィッキングやターゲッティングの異常による局在性の変化による短期的な調節機構の2種類
が知られている。今回は、酸化ストレスを誘発させた肝障害モデルにおいて、これら MRP2、BSEP
の転写調節因子を介した長期的な制御機構、局在変化を介した短期的な制御機構について、これ
までの報告や講演者らが得た成果などを紹介する。特に、講演者らが得た酸化ストレス暴露によ
る細胞内 GSH 低下時における短期的な MRP2 の局在制御と細胞におけるその生理学的な役割につい
て言及したい。
参考文献
1. Ji B, Ito K, Sekine S, Tajima A, Horie T.: Ethacrynic-acid-induced glutathione depletion
and oxidative stress in normal and Mrp2-deficient rat liver. Free Radic Biol Med.
37(11):1718-1729, 2004
2. Sekine S, Ito K, Horie T.: Oxidative stress and Mrp2 internalization. Free Radic Biol
Med. 40(12):2166-2174, 2006
講演者紹介
所属:千葉大学大学院
薬学研究院
生物薬剤学研究室、助手
経歴:2003 年千葉大学薬学部卒業、同年千葉大学大学院医学薬学府総合薬品科学専攻修士課程
学、2005 年より千葉大学大学院薬学研究院生物薬剤学研究室、助手。
所属学会:日本薬学会、日本薬物動態学会、日本薬剤学会
研究テーマ:胆汁排泄トランスポーターの局在制御機構の解明
入
がんと ABC トランスポーター
内海健
産業医科大学分子生物学教室
[email protected]
薬剤感受性を制御する多くの分子標的が登場し、薬剤による適切な個別化療法の新しい展
開が注目されている。特に ABC トランスポーターは多種類の抗がん剤の輸送排出をはじめ、
低分子異物に対する生体防御システムの重要な役割がある。抗がん剤治療においては ABC
トランスポーターのがんでの発現のみならず、薬物動態にかかわる肝臓、腸管での発現調
節、ストレス応答時の発現制御機構を解明する必要がある。今回は
[1]腫瘍細胞自体の ABC トランスポーターの発現制御--現在まで P-gp、MRP ファミリー、
BCRP など6種類の ABC 蛋白が抗がん剤の細胞外への排出に関わり、抗がん剤治療を抵抗
なものにしている。肝臓癌、大腸癌における ABC トランスポーターの発現と抗がん剤の感
受性について述べたい。
[2]ABC トランスポーター遺伝子発現には個人差がある--個人差には SNP を初めとする遺
伝的要因と環境変化による発現変化を明らかにすることが重要である。我々は薬物排出ト
ランスポーターの発現量や活性に影響をおよぼす遺伝子多型を多数同定し発現との相関を
明らかにした。また、MRP2 の発現が肝臓の炎症により影響をうけることも見いだした。
肝臓や腸管における MRP2 の発現制御の多様性について言及したい。
(3) 生体内では種々の酸化ストレスとトランスポーター--がん細胞や肝臓は常にストレス刺
激にさらされている。我々は最近ストレス応答性の転写因子 ATF4 の過剰発現株を作成し
た。これらの株は多剤耐性形質を示し、細胞内グルタチオン濃度が著明に上昇していた。
薬剤感受性関連因子の発現を見ると、グルタチオン合成酵素(γGCS)やグルタチオン転移酵素
(GSTpi)の発現亢進のみならず、薬剤排泄ポンプである BCRP や MRP2 の発現も亢進していた。
がんの抗がん剤治療を考える場合 ABC トランスポーターの関与は非常に大きく、さらなる
基礎的な研究の進展を進める必要がある。
参考文献
1. Hisaeda,K., Inokuchi,A., Nakamura,T., Iwamoto,Y., Kohno,K., Kuwano,M. and Uchiumi,T.
Interleukin-1ß represses MRP2 gene expression through inactivation of interferon regulatory
factor 3 in HepG2 cells:
Hepatology, 39: 1574-1582, 2004
2. Kohno K, Uchiumi T, Niina I, Wakasugi T, Igarashi T, Momii Y, Yoshida T, Matsuo K,
Miyamoto N, Izumi H. :Transcription factors and drug resistance.
41:2577-2586. 2005
Eur J Cancer.
講演者紹介
所属:産業医科大学分子生物学教室、講師、博士
経歴:1988 年大分医科大学医学部卒業、’93 年大分医科大学第一生化学大学院終了、同年
大分医科大学第一生化学
医学部第一生化学
助手、’93 年より米国 NCI-Frederick に留学、’96 年
助手、2005 年より産業医科大学分子生物学
九州大学
講師。
所属学会:日本癌学会、日本分子生物学会、がん分子標的治療研究会、米国癌学会(AACR)
研究テーマ:がん治療の分子基盤―転写因子から ABC トランスポーターまで
メッセージ:Simple is best, 実験は遊び心から
脂質代謝と ABC トランスポーター
○松尾道憲
京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻細胞生化学研究室
[email protected]
ABC(ATP-binding cassette)トランスポーターはよく保存されたヌクレオチド結合領域を1機能
分子あたり2つ持つ膜タンパク質スーパーファミリーで、ヒトには 49 種存在する。近年、多くの
ABCトランスポーターが脂質輸送を介して生体の脂質恒常性維持に関与することが分かりつつあ
り、高脂血症との関係からも注目されている。例えば、肝臓ではABCB4(MDR3)とABCB11(BSEP, SPGP)
がそれぞれホスファチジルコリンと胆汁酸を胆管へ排出し、小腸上皮ではABCG5 とABCG8 が植物性
ステロールとコレステロールを腸管へ排出する。脂質恒常性維持に重要なABCタンパク質の機能異
常は、様々な遺伝病、疾病を引き起こすことが分かっている。肺サーファクタントの分泌に重要
なABCA3 の変異は新生児肺サーファクタント欠損症、網膜でN-レチニルデンホスファチジルエタ
ノールアミンを輸送するABCA4 の変異は黄斑部変性症、ペルオキシソームに極長鎖脂肪酸を輸送
するABCD1(ALDP)の変異は副腎白質ジストロフィーを引き起こす。ABCB4, ABCB11 の変異はそれぞ
れ肝内胆汁うっ滞症Ⅲ型、Ⅱ型、ABCG5/ABCG8 の変異はシトステロール血症の原因となる。
マクロファージを含む末梢細胞では、ABCA1 と ABCG1 が肝臓へのコレステロール逆転送に働く。
ABCA1 の遺伝子変異は高密度リポタンパク質(HDL)が減少するタンジール病を引き起こし、ABCG1
ノックアウトマウスでは肝細胞とマクロファージに多量の脂質が蓄積する。我々は、ABCA1 がア
ポリポタンパク質 A-I(apoA-I)にコレステロールとホスファチジルコリンを排出し、生じた HDL
に ABCG1 がさらにコレステロール、スフィンゴミエリン、ホスファチジルコリンを排出すること
で、過剰の脂質を取り除くことを明らかにした。
これらの知見を含めて、ABC トランスポーターの脂質恒常性維持における重要性を紹介したい。
参考文献
1. 植田和光、高橋圭、小林綾、松尾道憲: ABC タンパク質が脂質を動かす 蛋白質 核酸 酵素 51:
342-349, 2006
2. Kobayashi, A. et al.: Efflux of sphingomyelin, cholesterol, and phosphatidylcholine
by ABCG1. J. Lipid. Res. 47: 1791-1802, 2006
3. Takahashi, K. et al: Purification and ATPase activity of ABCA1. J. Biol. Chem., 281:
10760-10768, 2006
4. 植田和光、高橋圭、小林綾、松尾道憲: 脂質輸送と ABC タンパク質
2005
実験医学 23: 842-846,
講演者紹介
所属:京都大学大学院農学研究科細胞生化学研究室、助手、博士(農学)
経歴:2000 年
究所
京都大学大学院農学研究科修了、’00~’01 年
博士研究員
オックスフォード大学生理学研
Wellcome Trust Travelling Research Fellow、’01 年より京都大学大学院
農学研究科細胞生化学研究室
助手
所属学会:日本分子生物学会、日本農芸化学会
研究テーマ:ABC トランスポーターの生化学的解析
メッセージ:ABC トランスポーターが関係しそうな話があれば、お気軽に声をかけてください。
共同研究大歓迎。
薬物輸送と ABC トランスポーター
○大槻純男
東北大学大学院薬学研究科、SORST・科学技術振興機構
[email protected]
薬物の作用の大きさを決める作用部位での薬物濃度は、吸収・分布・代謝・排泄で代表される各
薬物の体内動態によって決定づけられる。吸収・分布・代謝・排泄はすべて生体膜の透過過程を
含むため、各透過過程に存在する薬物輸送を行うトランスポーターは薬物の体内動態に何らか関
与をしており、そして間接的に薬効や副作用、薬物相互作用に影響を与えていることとなる。ABC
トランスポーターに関しても、すでに多くのサブタイプが薬物輸送を行い薬物動態に非常に大き
く関与していることが明らかになっている。このため、新薬開発の現場においても ABC トランス
ポーターによる薬物輸送は無視することはできなく、その意義はますます大きくなってきている。
現在までに ABCB1/MDR1、ABCC/MRP family、ABCG2/BCRP/MXR が薬物輸送に関わること
が明らかとなっている。これらの内、ABCB1/MDR1 がもっとも解析が進んでおり、その薬物輸
送への関与は血液脳関門において顕著である。血液脳関門は脳毛細血管内皮細胞が密着結合する
ことで形成されており、ABCB1/MDR1 は脳毛細血管内皮細胞の血液側の細胞膜に局在している。
従って、ABCB1/MDR1 は基質となる薬物を内皮細胞内から循環血液中に排出することによって、
薬物の血液から脳への移行を妨げている。ABCB1/MDR1 の働きは、単に血液から脳への薬物の
移行速度を低下させるだけではなく、定常状態における脳内の薬物量も低下することとなり、結
果、薬効の発現を制限している。胎児への薬物の移行に大きな影響がある血液胎盤関門では、
ABCG2/BCRP/MXR が機能している。また、小腸における吸収に関しては、小腸上皮細胞に発現
している ABCB1/MDR1 や ABCG2/BCRP/MXR が機能し、上皮細胞から小腸管腔へ薬物を輸送
することで吸収を制限している。同様に肝臓や腎臓においても複数の ABC トランスポーターが機
能して薬物の代謝や排泄に大きな影響を与えている。以上のように、どのようなトランスポータ
ーがどの臓器でどのように機能しているかは徐々に明らかになりつつある。しかし、一つの臓器
で単一のトランスポーターが機能しているのではなく、複数のトランスポーターが、おそらく協
調して、機能していると考えられる。今後、このようなトランスポーター群をどのように解析し
理解していくかが、薬物動態も含めて ABC トランスポーターの生体における役割を理解するため
に重要であろう。
参考文献
1.
Ohtsuki S: New aspects of the blood-brain barrier transporters; its physiological roles in
the central nervous system. Biol Pharm Bull. 27: 1489-1496 (2004)
2.
Shitara Y, et al.: Transporters as a determinant of drug clearance and tissue distribution.
Eur. J. Pharm. Sci. 27: 425-446, 2006
講演者紹介
所属:東北大学大学院薬学研究科薬物送達学分野、助教授、博士(薬学)
経歴:1996 年東京大学大学院薬学系研究科修了、96 年アメリカ・カリフォルニア大学サンディ
エゴ校及びバークレイ校留学、99 年より東北大学大学院薬学研究科科学技術振興事業団研究員、
99 年より東北大学大学院薬学研究科助手、00 年より同教室講師、03 年より同教室助教授、現職
00 年から 06 年まで東北大学未来科学技術共同研究センター助手、講師、助教授を兼任
04 年 平成 16 年度日本薬学会奨励賞受賞
05 年 フランス・アルトワ大学客員教授
所属学会:日本薬学会、日本生化学会、日本薬物動態学会、日本神経科学会、日本薬剤学会、米
国神経科学会(SFN)
研究テーマ:脳関門の輸送分子機構と中枢疾患への関与機構の解明