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目次
はじめに
………………………………………………………………………
2
Ⅰ 宗教文化教育のための基本文献
1 宗教別 ………………………………………………………………………
2 地域と宗教文化
…………………………………………………………
3 宗教学・辞/事典 …………………………………………………………
4
9
10
Ⅱ 世界遺産と宗教文化
1 世界遺産と宗教文化のリスト
2 個別の世界遺産の解説例
………………………………………
………………………………………
13
19
Ⅲ 博物館と宗教文化
1 宗教文化に関係する博物館リスト ………………………………………
2 主要博物館紹介
…………………………………………………………
32
34
Ⅳ 映画と宗教文化
1 宗教文化圏別
…………………………………………………………
2 テーマ別
…………………………………………………………………
43
62
付録 DVD
1
はじめに
本報告書は、2011 年度から 14 年度までの 4 年間にわたって実施された科学研究費
補助金・基盤研究(B)
「宗教文化教育の教材に関する総合研究」
(代表者・國學院大
學教授 井上順孝)による調査・研究の成果として刊行するものである。
この研究は宗教文化教育の教材を開発し、大学における宗教文化教育の具体的方法
の向上を目指してなされた。2011 年 1 月に國學院大學研究開発推進機構内に場所を借
り、宗教文化教育推進センターが設立された。同年 11 月に第一回の宗教文化士認定試
験が実施され、2014 年度までに 7 回を数えている。これは宗教文化教育を広く実施し
ていくためのシステム構築が具体化した典型例と言える。
宗教文化教育を充実させていくには、教員側が自らのスキルを向上させるための努
力を怠らないことが不可欠である。そのためには適切な教材を共同で開発していくこ
とがきわめて有効である。現代のような多様な宗教情報が満ち溢れる時代においては、
個々の教員が収集しうる情報には大きな限界があるからである。
教員側のスキル向上を図る一環として、授業研究会を実施した。互いの教育法を検
討するとともに、宗教文化やそれに関わる人々の行動を観察するための共同調査も複
数回実施した。
それとともに、オンラインで宗教文化教育の教材データベースを作成し、教員のみ
ならず学生、その他宗教文化に関心をもつ一般の人も参照できるようにした。
本報告書では、オンラインで作成したデータの概要紹介を中心とする。すなわち宗
教文化教育の基本文献、宗教と深い関わりをもつ世界遺産のデータベース、宗教文化
を学び実感する上で参考となる博物館のデータベース、そして宗教文化の理解に参考
になる映画のデータベースについて示した。
研究期間中に作成された情報の一部はウェブ上に公開され、逐次アップデートされ
ている。本冊子ではその概略を示し、どのような情報を収集したかを紹介したい。デ
ータベースは膨大であるので、添付の DVD に、より詳細なデータベースの情報を記
載した。併せて利用していただきたい。
作成に当たっては、研究代表者が作成したものの他、研究分担者、連携研究者に提
供していただいたデータなどを参照した。とくに報告書として原稿化するにあたって
は、基本文献については天田顕徳、冨澤宣太郎、世界遺産については加藤久子、博物
館については村上晶の各氏にお手伝いをいただいた。またウェブ上に公開された情報
の利用にあたっては、今井信治氏に協力していただいた。この場を借りて篤く御礼申
し上げる。
2015 年 1 月
研究代表者 井上順孝
2
研究代表者・分担者・連携研究者
研究代表者
井上順孝(國學院大學教授)
研究分担者
岡田正彦(天理大学教授)
小田淑子(関西大学教授)
木村敏明(東北大学准教授)
櫻井義秀(北海道大学教授)
土井健司(関西学院大学教授)
星野英紀(大正大学教授)
連携研究者
稲場圭信(大阪大学准教授)
岩井洋(帝塚山大学教授)
加瀬直弥(國學院大學准教授)
河野訓(皇學館大学教授)
久保田浩(立教大学教授)
黒崎浩行(國學院大學准教授)
澤井義次(天理大学教授)
鈴木岩弓(東北大学教授)
田中雅一(京都大学教授)
塚田穂高(國學院大學助教)
鶴岡賀雄(東京大学教授)
西岡和彦(國學院大學教授)
平藤喜久子(國學院大學准教授)
村上興匡(大正大学教授)
矢野秀武(駒沢大学教授)
山中弘(筑波大学教授)
弓山達也(大正大学教授)
渡辺学(南山大学教授)
3
Ⅰ 宗教文化教育のための基本文献
1 宗教別
各文献は項目ごとに発行年の新しい順に並べた。また 1990 年以降に刊行されたものに
限った。
(1)宗教一般
・井上順孝編著『要点解説 90 分でわかる!ビジネスマンのための「世界の宗教」超
入門』東洋経済新報社 2013 年
日本と世界の宗教について基礎的知識を養ってもらうことを目的として編集されている。
それぞれ現地調査の体験のある研究者が、インド宗教(冨澤かな担当)
、上座仏教(矢野秀
武担当)
、イスラム(八木久美子担当)
、オーソドックス(井上まどか担当)などを分かり
やすく説明している。ビジネスマン向けと銘打っているが、学生にとっても近づきやすい
入門書である。
・井上順孝『図解雑学 宗教(最新版)』ナツメ社 2011 年
宗教についての知識が比較的乏しい人でも読みやすいように構成されている。世界の宗
教文化の概要や歴史がコンパクトにまとめられている。宗教一般に関わる基礎知識、世界
の各宗教についての解説などからなる。見開きで構成され、片側に図表やイラストが載せ
られている。
・藤原聖子『世界の教科書でよむ〈宗教〉』筑摩書房(ちくまプリマー新書) 2011
年
世界各地の教科書を取り上げ、各国の宗教教育のありようを比較し、その特徴を明らか
にした書。分析からは各国の宗教事情や人々の暮らしぶりが垣間見える。その意味で、本
書は宗教教育にのみ留まらず、現代における各国の宗教の姿も描きだしている。
・井上順孝編『世界の宗教 101 物語』新書館 1997 年
日本や世界の主な宗教について、その発生と成立過程や現代的状況が幅広く収められて
いる。三大宗教はもちろんのこと、ジャイナ教、ゾロアスター教、シク教、バハーイ教な
どの宗教、また日本宗教は神道や仏教の他に近代以降に展開した多くの新宗教についても
解説してある。とりわけそれぞれの宗教がどのような経緯で成立したかに注意を払ってい
る。末尾には簡単な年表が付されている。
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(2)神話・古代宗教
・吉田敦彦編『世界の神話 101』新書館 2000 年
世界各地の神話が、
見開き2頁で平易に説明されている。
11の神話圏が設定されており、
また「洪水神話」などのテーマごとに神話が配列・分類されている。それぞれの神話の特
徴とともに、多くの神話に共通する要素を考えていく手引きにもできる。
・松村一男『神話学講義』角川書店 1999 年
古代から存在し続ける神話という対象に向かい、人々がどのようなアプローチをとって
きたのかを解説している。レヴィ=ストロースやエリアーデといった著名な学者の神話研
究を学説史として分析しながら、神話学という学問分野がどのように生成し、展開してき
たかについて示している。
(3)ユダヤ教
・臼杵陽『イスラエル』岩波書店(岩波新書) 2009 年
イスラエル現代史が政治・文化・宗教という焦点から論じられる。シオニズムとイスラ
エル建国の関係、アラブ諸国との戦争と和平、宗教勢力の伸長など、今日の国際情勢を理
解する上で不可欠であるイスラエルに関する知識がコンパクトにまとめられている。
・市川裕『宗教の世界史 7 ユダヤ教の歴史』山川出版社 2009 年
ユダヤ教が成立した紀元前 10 世紀頃から現代のユダヤ教の姿までを追っている。ユダ
ヤ人社会の形成と展開を、神殿の崩壊により離散せざるをえなかった人々が、独自の共同
体を形成し信仰を継承してきた歴史から明らかにしている。
・ダン・コーン=シャーボク著、熊野佳代訳『ユダヤ教』春秋社 2005 年
ユダヤ教の信仰・実践についての基礎的な知識や、聖書時代から現代までのユダヤ人の
歴史について解説している。世界観や価値観を異にする人々とどのようにつきあうか、宗
教間の対話は可能かなど、現代に生きる人々が直面する諸問題にも言及している。
・ニコラス・デ・ラーンジュ著、柄谷凛訳『ユダヤ教入門』岩波書店 2002 年
「ユダヤ人とは誰か」という問題意識を背景に、ユダヤ人の離散の歴史や、ユダヤ教に
基づく宗教実践・価値観を初学者にも分かりやすく解説している。また、ユダヤ教を取り
巻く現代の宗教的・社会的状況にも触れ、ユダヤ教の姿が多角的に示される。
(4)仏教・ヒンドゥー教
・山下博司『古代インドの思想 ―自然・文明・宗教 』筑摩書房(ちくま新書) 2014
年
5
インド宗教の特徴をとくにインドの自然環境と関連づけて考察している。
ヴェーダ宗教、
ジャイナ教、仏教といったインドの諸宗教が発生してくる過程がよく分かる。
・B・K ホーキンズ著、滝川郁久訳『仏教』春秋社 2004 年
世界観や価値観の異なる人々との対話は可能だろうか。本書ではこの問いを念頭に、仏
教の思想・実践の解説だけでなく、これまでに世界中で、仏教と社会とがどのような関係
を結んできたかに議論の力点が置かれている。
・宮元啓一『わかる仏教史』春秋社 2001 年
古代インドのブッダの時代から、中国を経て日本へ至るまでの仏教の歴史が、簡潔明瞭
に紹介されている。インド、中国、日本の仏教史において、仏教思想がどのように変遷し
ていったのかを当時の社会情勢との関連で読み解く。仏教の全体的な歴史像を把握しよう
とするときに参考となる。
・宮元啓一『仏教誕生』筑摩書房(ちくま新書)1995 年
比較思想研究の手法に基づき、ブッダの思想にスポットをあて誕生・生成期の仏教の本
質に迫っている。
古代インドにおいてブッダの思想はどのような点で革新的であったのか、
他派の思想とどのような関係を結んだのか、これらの問いに向き合っている。
(5)キリスト教
・月本昭男『決定版 図説旧約・新約聖書』学研パブリッシング 2013 年
天地創造からイエスの奇跡といった著名な物語など、旧約・新約聖書のダイジェストを
簡潔に紹介している。
地図や人物相関図のほか聖書の出来事を描いた有名な絵画まで、
様々
な図解が豊富に取り入れられており、聖書の世界を視覚的に想像したいときの一助となろ
う。
・大貫隆『聖書の読み方』岩波書店(岩波新書) 2010 年
聖書を特定の宗教・教派に限られた書物としてではなく、人々に広く開かれた一冊の本
として読むための案内書である。聖書学の大家である著者が、難読箇所への向き合い方を
示すことで、聖書の読み方を指南しようとする。
・松本宣郎編『宗教の世界史 8―キリスト教の歴史 1 ―初期キリスト教~宗教改革』
山川出版社 2009 年
・高柳俊一・松本宣郎編『宗教の世界史 9 ―キリスト教の歴史 2~宗教改革以降』山
川出版社 2009 年
教会の歴史それ自体よりも、国家・政治・文化など、社会とキリスト教の関わりに注目
したシリーズ。初期キリスト教から現代のキリスト教のありようまでが通史的に叙述され
ている。また、キリスト教を受容した民衆の宗教意識にも目配りし、宗教と人間との関係
が総体的に考えられている。付録として「キリスト教用語解説」が収められており、便利
6
である。
・芦名定道・土井健司・辻学『現代を生きるキリスト教』教文館 2000 年
第一部は、キリスト教と聖書の概論、第二部は、家族、貧困、グローバリゼーション、
いのち、平和、環境、終末論などの現代的な諸テーマを、聖書学・キリスト教思想史・現
代のキリスト教思想の 3 つの観点から論じている。
・土井健司『キリスト教を問いなおす』筑摩書房(ちくま新書) 2003 年
平和を説くキリスト教が、なぜ十字軍などを組織するなど戦争に関わってきたのか。本
書はこのような問いへの思索から、キリスト教思想の本質に迫ろうとする。キリスト教徒
によるユダヤ人迫害などの事例を通じて、
隣人愛とは何か、
祈りとは何かを提示している。
(6)イスラーム
・八木久美子『グローバル化とイスラム ―エジプトの「俗人」説教師たち』世界思想
社 2011 年
インターネットなど新しいメディアの普及に代表される現代社会の変動のもとで、イス
ラム社会はどのように変容したか。エジプトにおける「俗人」ムスリムの対応を通じて、
グローバル化とイスラムの関係性を問うていく。
・菊地達也『イスラーム教 ―「異端」と「正統」の思想史』講談社(講談社選書メ
チエ)2009 年
スンニ派とシーアがどうして形成されることになったか。両者の違いは何か。その後そ
れぞれどのように展開していったか。イスラームを学ぼうとする人がまず知りたくなるこ
うした基本的な展開を解説している。
・小杉泰・江川ひかり編『ワードマップ イスラーム ―社会生活・思想・歴史』新曜
社 2006 年
現代世界を理解する上で不可欠のイスラームの姿を、生活・思想・歴史・政治という視
点から多面的に描き出す。日常生活はもちろん、イスラームの歴史から現代政治までが紹
介される。宗教と生活が一体化しているイスラームを理解する上で役立つ。
・桜井啓子『日本のムスリム社会』筑摩書房(ちくま新書) 2003 年
日本に定住した外国人ムスリムが直面している現状に焦点をあてている。日本という異
教の地でイスラームの規範に則った生活を送ろうとする外国人ムスリムの模索の全体像が、
著者の綿密なフィールドワーク調査によって示される。
・大塚和夫『イスラーム的―世界化時代の中で』日本放送出版協会 2000 年
「イスラーム的なるもの」とは何か。エジプト・サウジアラビア・スーダンでの人類学
7
的調査を基に、西洋文明と対峙するイスラームという文明の姿を描き出す。中東和平が世
界的課題となった今日に求められる知識を提供する書である。
・中村廣治郎『イスラム教入門』岩波書店(岩波新書) 1998 年
イスラームの誕生や儀礼的・法的規範から様々な分派の成立までを、歴史の流れの中で
丁寧に解説している。
また、
タリバンを生み出す現代イスラームの状況にも触れることで、
イスラームを複眼的な視野で描きだそうとする。
・小杉泰『イスラームとは何か―その宗教、社会、文化』講談社(講談社現代新書) 1994
年
「イスラームとは何か」を宗教・社会・文化という側面からわかりやすく解説している。
宗教としてのイスラームと、その歴史、そして、イスラームの原理によって成り立ってい
る社会の仕組みを論じることで、イスラームの全体像を提示しようとする。
(7)現代の宗教
・渡邊直樹責任編集『宗教と現代がわかる本(2007~続刊中)』平凡社 2007 年~続
刊中
渡邊直樹編集による平凡社の年次刊行物。現代社会における宗教のありようを一般読者
にも分かりやすく紹介しようとしたもので、対談、座談会、エッセイ、小論などから構成
されている。データ篇には、前年に話題となった宗教者の言葉や、用語・新語解説、書評
なども採録しており、専門家にとっても新しい情報を得る手段となる。
・星野英紀ほか編『聖地巡礼ツーリズム』弘文堂 2012 年
現代における「聖地」の諸相に目を向けている。キリスト教やイスラーム、仏教などの
伝統的な聖地の他、アウシュヴィッツなどの負の「聖地」
、アニメの「聖地」など、新しい
タイプの聖地/巡礼とツーリズムの動態を分析することで、現代の宗教の特徴を考えよう
としている。
・井上順孝編『映画で学ぶ現代宗教』弘文堂 2009 年
映画を楽しみながら宗教文化の理解を深めることを一つの目的にしている。もともと宗
教をテーマにしているいわゆる宗教映画のみならず、コメディやアクション、恋愛映画な
ど、様々なジャンルの映画 88 を題材に取り上げている。
「宗教を知っているとどう面白く
見えるか」
「この映画から宗教について何が学べるか」
、
という観点から解説を行っている。
・小池寿子『死を見つめる美術史』筑摩書房(ちくま学芸文庫) 2006 年
彫刻や絵画、その他の美術作品の解釈を通じて、古代から現代にかけて、ヨーロッパで
は死がどのように理解されてきたかという問題に取り組む。豊富な図版により死を見つめ
てきた人々の心を描き出そうとする。
8
2 地域と宗教文化
(1)日本
・佐藤弘夫『鎌倉仏教』筑摩書房(ちくま学芸文庫) 2014 年
鎌倉仏教に焦点をあて、なぜこの時期に後世に大きな影響を与えた仏教者が輩出したか
を論じている。法然、栄西、親鸞、道元、日蓮、一遍などが取り上げられている。
・岡田莊司編『日本神道史』吉川弘文館 2010 年
古代から近代にいたるまでの神道を通史的に述べている。考古学の成果もとりいれ、古
代の神道の祭祀など、神道の起源に関わるような議論を知ることができる。
・井上順孝監修『すぐわかる日本の神社―『古事記』『日本書紀』で読み解く』東京
美術 2008 年
天地開闢から神功・応神神話までの日本神話の紹介・解説とともに、神話に由来する全
国の神社を詳解する一冊。8 章+付録で構成されており、章ごとに神話のダイジェストと
「神社用語の基礎知識」がついており、神話についての専門的知識がなくても、個々の神
社と記紀神話との関係が理解しやすくなるような構成である。
・石井研士『データブック 現代日本人の宗教(増補改訂版)』新曜社 2007 年
目に見えない世界のことと思われがちな宗教という存在を、目に見える「数字」の形で
検証している。世論調査や統計資料などの計量的なデータを用い、現代の日本における宗
教の姿に客観的に迫っている。図表も多く掲載されている。
・井上順孝『神道入門―日本人にとって神とは何か』平凡社(平凡社新書) 2006 年
古代から現代にいたる神道の展開を「見える神道」
「見えない神道」という切り口から解
説している。神道を伝える回路、神道を伝えた人々、神道に込められた情報という視点か
ら、神社や神社制度、神道家や国学者、神道の教えや儀礼などを説明している。
・末木文美士『日本宗教史』岩波書店(岩波新書) 2006 年
記紀神話から新宗教の出現までの日本の宗教史を幅広く扱っている。日本の宗教を通史
的に扱いながら、日本文化の特徴を考えていこうとする。
・鈴木範久『日本宗教史物語』聖公会出版 2001 年
宗教の起源や定義についての考察から始まり、現代社会における宗教が関わる諸問題に
至るまでを幅広く論じたもの。
・宮家準『修験道』講談社(講談社学術文庫) 2001 年
日本固有の山岳信仰である修験道の思想や組織、修行実践のあり方などが筆者の体験を
9
織り交ぜながらコンパクトにまとめられている。
・末木文美士『日本仏教史―思想史としてのアプローチ』新潮社(新潮文庫) 1996
年
日本の仏教史を追っている。6 世紀に仏教が日本に伝播し定着していく中で、その時々
の政治や文化、習俗とどのように溶け合い変質を遂げたのかという点を丁寧に解説する。
インドの仏教とも中国の仏教とも違う「日本仏教」の特質に迫っている。
(2)東アジア
・浅見雅一・安廷苑『韓国とキリスト教』中央公論社(中公新書) 2012 年
宗教人口の過半数がキリスト教信者である韓国におけるキリスト教の歴史と現況を解説
している。18 世紀以降の「受難」の布教開始から、世界最大規模の教会をソウルに建てる
に至った現在のキリスト教の姿までを追うことで、韓国社会の実情にも光を当てている。
・加地伸行『儒教とは何か』中央公論社(中公新書) 1990 年
「儒教とは何か」という問いを中心に、中国にとどまらず、朝鮮、日本など儒教文化圏
における儒教のありようが論じられている。宗教性と礼教性という二つの観点から儒教思
想を読み解くとともに、その思想の歴史的展開が説明されている。
(3)その他
・藤原聖子『現代アメリカ宗教地図』平凡社(平凡社新書) 2009 年
動画投稿サイト「YouTube」に投稿された動画を読み解き、アメリカの宗教事情を解説
するという新しい研究方法をとっている。多民族国家アメリカで、多様に存在する諸宗教
の「現実の姿」が、簡潔かつ平易にまとめられている。
・森孝一『宗教からよむ「アメリカ」』講談社(講談社選書メチエ) 1996 年
アメリカの宗教分布やその歴史的背景について解説を行っているほか、
「人種のサラダボ
ウル」とも呼ばれるアメリカが「みえざる国教」とも呼ぶべき精神的基盤によって統合さ
れている様子を描いている。
宗教から超大国アメリカの統合原理を読み解こうとしている。
3 宗教学・辞/事典
(1)宗教学・宗教社会学
・井上順孝『フシギなくらい見えてくる! 本当にわかる宗教学』日本実業出版社 2011
年
10
キリスト教、イスラーム、仏教など、世界の主要な宗教の成り立ちと展開を確認すると
ともに、基本的な用語についての解説をしている。宗教社会学、宗教心理学といった研究
視点からの紹介もテーマごとになされ、さらに生命倫理、宗教文化教育、認知科学など新
しい分野への言及もある。
・棚次正和・山中弘編著『宗教学入門』ミネルヴァ書房 2005 年
世界の諸宗教の解説を通じ、人々が宗教を求める理由に迫っている。
「体験」の視点と「社
会」の視点という二つの視点から宗教現象を複眼的にとらえている。用語解説や、文献リ
ストなどの付録も充実している。
・脇本平也『宗教学入門』講談社(講談社学術文庫) 1997 年
宗教学の入門書であるが、宗教を人間の生活現象の一つとして捉え、人間生活における
宗教の機能と役割の解明を試みている。世界の諸宗教の客観的な比較を目指す、宗教学の
方法について論じている。
(2)辞/事典
・松村一男ほか編『神の文化史事典』白水社 2013 年
世界中の神々の名前の語源や属性をまとめた事典。個別の項目には、特徴やタイプを示
すキーワードが付され、
キーワード索引からの個々の神々の比較も行いやすい。
巻末には、
キーワード索引の他、地域別出典一覧、参考文献一覧が付されている。
・世界宗教百科事典編集委員会編『世界宗教百科事典』丸善出版 2012 年
時代とともに、多様性、複雑性を増していく世界の宗教現象・宗教文化を理解するため
の基本的知識がおさめられている。宗教ごとの展開を捉えようとする視点と、地域ごとの
状況を把握しようとする視点という複眼的な視点に基づいて、二部構成になっている。巻
末に本事典に取り上げられた主要事項が宗教ごとの年表になっていて便利である。
・星野英紀ほか編『宗教学事典』丸善出版 2010 年
事典全体が 10 のテーマで構成され、現代の宗教学の全体像が見渡せる。各項目は 2 頁、
4 頁または 6 頁の中項目主義で、従来の宗教学の基幹概念や方法を改めて整理し、今後の
研究の方向についても言及している。
・井上順孝編『現代宗教事典』弘文堂 2005 年
現代宗教を理解するための基本的用語、宗教団体や関連機関名、人名、書籍名などが解
説されている。他の類似の事典には収められていないような新しい用語もいくつか項目と
なっており、現代における宗教の展開を把握するのに役立つ。1 月 1 日から 12 月 31 日ま
で、その日に起こった近現代の宗教関連の出来事が各頁の下に記されているのがユニーク
である。
11
・大林太良ほか編『世界神話事典』角川書店 2005 年
世界の神話が豊富に紹介されている。二部構成となっており、前半は、創世神話、英雄
神話など、世界の神話を分野別、項目別に概観する。後半は日本、中国、イラン、スラブ
など地域別に神話を通観する。写真や図版が多く取り入れられている。
・塩尻和子・池田美佐子『イスラームの生活を知る辞典』東京堂出版 2004 年
イスラーム教徒はどのように日々の生活を送っているのかが、発祥のアラブ地域の現地
情報を交えながら解説されている。見出し語は 4500 に上り、信者の名前のつけ方から、
食物、女性観、銀行など、イスラームの生活習慣を解説している。実践的イスラーム案内
と位置づけられる。
・中村元ほか編『岩波仏教事典(第二版)』岩波書店 2002 年
仏教用語を中心に、経典・典籍・人名・寺名・仏具・儀礼・習俗など、広く 4800 項目
を収録している。初版を全面的に改訂し、チベット関係、東南アジア関係、インド思想史
に関する約 600 項目が増補されている。
・大貫隆ほか編『岩波キリスト教辞典』岩波書店 2002 年
ハンディな構成であるが、キリスト教の信仰や思想、文化的な広がりといった専門的な
内容までが総合的に扱われている。また、欧米の文学や芸術を深く楽しむための基礎知識
なども豊富に盛り込まれている。
・大塚和夫編『岩波イスラーム辞典』岩波書店 2002 年
2011 年の 9.11 テロ事件後に刊行されたイスラム教の事典ということもあり、現代世界
とイスラム教の関わりが強く意識されている。
イスラームの教えや実践の理解だけでなく、
イスラームと現代世界の関係についての理解に役立つ。
・國學院大學日本文化研究所編『【縮刷版】神道事典』弘文堂 1999 年
1994 年発行『神道事典』の縮刷版。神道の歴史と現状が体系的に理解できるよう、9 部
構成のそれぞれ冒頭に部ごとの概説が付されているほか、記紀神話の系譜や記紀神名対照
表、文献一覧、年表などの付録資料も充実している。
・井上順孝ほか編『【縮刷版】新宗教事典〈本文篇〉』弘文堂 1994 年
日本の新宗教について調べる際、第一に利用される『新宗教事典』のカラー口絵と資料
篇を除いた縮刷版。手に取りやすくなっている。教団の沿革や信者数などの基本データを
提示しながら新宗教を解説するとともに、新宗教の社会的機能についても触れている。
12
Ⅱ 世界遺産と宗教文化
1 世界遺産と宗教文化のリスト
ユネスコ世界遺産のうち、宗教文化を学ぶことができると判断した約 500 の文化遺産を
ウェブサイト上(https://sites.google.com/site/cercreligiousculture/)にリストアップした。
2014 年末現在でそのうちの 125 件については解説を掲載した。ここに取り上げている世
界遺産は宗教施設のほか、霊廟や聖地・聖域、宗教施設を多数含む都市景観、博物館など
多岐にわたっている。トップサイトでピンクの印がついた箇所をクリックすると当該の世
界遺産の解説にリンクされる。
また、タグを「宗教別表示」に切り替えると、次のような約 500 件分の世界遺産リスト
が表示される。エクセル表の「宗教」
「大陸」などの項目からプルダウンでキーワードを選
択することによって、例えば「
『アジア』にある『キリスト教』に関連する文化遺産のリス
ト」だけを表示させるなど、オリジナルのリストを作成することもできる。
13
解説を掲載している世界遺産リスト(125 件)
(◎印は本報告書に解説を収録しているもの)
--------------------あ行--------------------------アヴィニョンの歴史地区:教皇庁宮殿、司教の建造物群、アヴィニョンの橋
◎アウシュヴィッツ=ビルケナウ ナチス・ドイツの強制絶滅収容所(1940-1945)
◎アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群
アスクレピオスの聖地エピダウロス
アテネのアクロポリス
◎アユタヤと周辺の歴史地区
アルジェのカスバ
アルビの司教都市
◎アンコールの遺跡群
イスタンブールの歴史地区
イスファハーンのイマーム広場
厳島神社
14
イランのアルメニア修道院群
ウィーンの歴史地区
ウルネスの木造教会
ウルル、カタ・ジュタ国立公園
雲崗石窟
エスファハーンのジャーメ・モスク(金曜モスク)
エルサレムの旧市街とその城壁群
オスン-オソボ聖林
--------------------か行--------------------------カザン・クレムリンの歴史遺産と建築物
カスビのブガンダ王族の墓
河南登封の文化財 天地之中
カルタゴの考古遺跡
カルバリア・ゼブジドフスカ:マニエリスム建築と公園が織りなす景観と巡礼公園
カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン修道院跡と聖マーティン教会
紀伊山地の霊場と参詣道
キージ島の木造教会と集落
◎曲阜の孔廟、孔林、孔府
慶州(キョンジュ)の歴史地区
クニャ=ウルゲンチ
クラクフの歴史地区
グラーツ市歴史地区とエッゲンベルク城
ケルンの大聖堂
国立歴史文化公園「メルヴ」
古都京都の文化財
古都奈良の文化財
コローメンスコエのヴォズネセーニエ教会
--------------------さ行--------------------------サマルカンド-文化交差路
サモス島のピタゴリオとヘラ神殿
ザルツブルクの歴史地区
ザンクト・ガレンの修道院
サンクト・ペテルブルグの歴史遺産と建造物
サンティアゴ・デ・コンポステーラ
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路
ジェミーラの考古遺跡
◎始皇帝陵と兵馬俑坑
シャルトル大聖堂
15
植民都市サント・ドミンゴ
シベニクの聖ヤコブ大聖堂
スカン・グアイ
スケリッグ・マイケル島の修道院
ストーンヘンジ、エイヴベリーと関連する遺跡群
聖カトリーナ修道院地域
聖山アトス
聖書ゆかりの遺跡丘=メギド、ハゾル、ベエル・シェバ
聖都カイラワーン
セルギェフ・ポサドのトロイツェ・セルギェフ大修道院
ソチカルコの古代遺跡地帯
石窟庵(ソックラム)と仏国寺(ブルグクサ)
ソルターニーイェ
--------------------た行--------------------------◎泰山
隊商都市ウワダン、シンゲッティ、ティシット、ウワラタ
タフテ・スレイマーン
◎チチェン・イツァの古代都市
チュニスの旧市街
チョガー・ザンビール
ティパサの考古遺跡
ティムガッドの考古遺跡
ティワナク:ティワナク文化の宗教的・政治的中心地
テオティワカンの古代都市
デルフィの考古遺跡
デルベントのシタデル、古代都市、要塞建築物群
天壇
トマールのキリスト騎士団の修道院
敦煌の莫高窟
--------------------な行--------------------------日光の社寺
ノヴゴロドと周辺の歴史的建造物群
--------------------は行--------------------------バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群
ハイファおよび西ガラリヤ地方のバハイ聖地群
バグラティ大聖堂とゲラティ修道院
バチカン市国
16
パトモス島の聖ヨハネ修道院のある歴史地区(ホラ)と聖ヨハネ黙示録の洞窟
パンノンハルマのベネディクト会修道院と周辺の自然環境
バンベルクの旧市街
ヒヴァのイチャン・カラ
平泉 ‐仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群フィリピンのバロック様式の聖堂群
フィレンツェの歴史地区
フェズの旧市街
◎富士山-信仰の対象と芸術の源泉
福建土楼
ブハラ歴史地区
ブッダガヤの大菩提寺
仏陀の生誕地ルンビニ
プラハの歴史地区
ベルリンのムゼウムスィンゼル(博物館島)
法隆寺地域の仏教建造物群
ポポカテペトル山麓の 16 世紀初期の修道院群
ボロブドゥールの仏教寺院群
--------------------ま行--------------------------マウルブロンの修道院群
マチュ・ピチュ
マラケシュの旧市街
マルタの巨石神殿群
マルボルクのドイツ騎士修道会の城
ミクナースの旧市街
ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院と『最後の晩餐』
◎ムザブの谷
ムツヘタの歴史地区
メテオラの修道院群
モスクワのクレムリンと赤の広場
モスタル旧市街の石橋と周辺
--------------------や行--------------------------ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会群
要塞都市ベニー・ハンマード
--------------------ら行--------------------------ラサのポタラ宮の歴史遺跡群
ラリベラの岩窟教会群
17
ランスの大聖堂、サン=レミ修道院、ト宮殿
◎琉球王国のグスク及び関連遺産群
◎龍門石窟
リヨンの歴史地区
リラの修道院
レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ
ローマの歴史地区
--------------------わ行--------------------------ワルシャワの歴史地区
18
2 個別の世界遺産の解説例
以下に示された解説は、すでにウェブ上に公開されているものの一部である。解説では
関連する宗教名を示し、どのような面でその世界遺産が宗教文化に関連しているかに焦点
を当てている。
下線が引いてある用語は、宗教文化教育推進センターのホームページにおいて、
「三択ク
イズ」
、
「博物館と宗教文化」
、
「映画と宗教文化」などのサイトとリンクされているもので
あり、サイトの教材を横断的に利用できるように工夫されている。またその中で用いてい
る画像は、本科学研究費補助金のメンバーからの提供が主たるものであるが、その他、宗
教文化教育に関心を有する研究者等より提供していただいたものも含まれている。
なお、ウェブ上の世界遺産の解説は、今後も継続的に更新される。
(1)アウシュヴィッツ=ビルケナウ ナチス・ドイツの強制絶滅収容
所(1940-1945)
[ユダヤ教、キリスト教]
アウシュヴィッツ=ビルケナウ
収容所は、1940 年にナチス・ドイ
ツ占領下のポーランドに建設され
た。1942~1944 年には「ユダヤ
人問題の最終的解決」
の名の下に、
多数のユダヤ人が収容され、命を
落とした。アウシュヴィッツ博物
館によれば、1945 年 1 月 27 日に
収容所が解放されるまでの死者は
約 130~150 万人、その内ユダヤ人は約 110 万人とされる。この一連の迫害は、ユダヤ教
の宗教用語から派生した「ホロコースト(燔祭)
」という語でも呼ばれるが、これは旧約聖
書の「レビ記」に記された古代ユダヤの供犠で、祭壇上で生贄の動物を丸焼きにし、神に
捧げることを指す。現在に至るまで、アウシュヴィッツはユダヤ人にとっての巡礼地とな
っており、イスラエルの学校や軍隊から派遣される団体見学者をはじめ、北米・欧州等、
世界各国のユダヤ系市民が巡礼に訪れている。
一方、収容所で亡くなったのはユダヤ人だけではない。ナチスの占領に抵抗したポーラ
ンド人、当時「ジプシー」と呼ばれたシンティ・ロマ、ソ連軍の捕虜、同性愛者、エホバ
の証人の信者なども収容され、その多くが命を落とした。
ポーランド人については、カトリック聖職者、政治家、教師、作家・芸術家など、社会
的に影響力を有する人々が、時には根拠もなく「反ナチス的活動に関与した」として逮捕
され、16 万人がアウシュヴィッツに収容された(半数が収容所内で死去)
。終戦後の 1947
年、
アウシュヴィッツ収容所跡地は国立博物館に認定され、
ポーランド人の聖地となった。
特に、収容所で他の囚人の身代わりとなって処刑されたマキシミリアノ・コルベ神父への
崇敬が高まり、同神父が 1971 年にローマ教皇庁によって福者に列せられ、その後、1982
19
年に聖人とされてからは、全世界のカトリック信者にとっての巡礼地ともなっている。
博物館の年間訪問者数は 1959 年~1963 年頃には 30 万人、1960 年代後半から 2004 年
まで 50~80 万人で推移していたが、ポーランドが EU に加盟した 2004 年以降、一気に
100 万人を超えた。ユネスコ世界遺産への登録は 1979 年である。
現在、アウシュヴィッツ収容所(第 1 アウシュヴィッツ)では、煉瓦造りの建物が展示
室として利用されており、収容者の遺品(靴、衣服、髪の毛、鞄、義手・義足、眼鏡、日
用品など)や当時の写真や地図、収容所で使用された道具、ベッドやトイレなどのほか、
地下牢、死刑場、遺体の焼却炉(再現されたもの)が見学できる。ビルケナウ収容所(第
2 アウシュヴィッツ)には、広大な敷地を囲む鉄条網や囚人を運んできた鉄道の引き込み
線、見張り台、収容者が寝起きしていたバラック、
「ガス室」として知られるクレマトリウ
ムが一部保存され、最奥部の洗濯場跡には、囚人たちが残した戦前の平和な時代の写真が
展示されている。
→ホロコースト以前のポーランド(現在のウクライナ西部、リトアニア南部を含む)
は人口の 1 割をユダヤ人が占め(約 300 万人)
、大都市では住民の 3 分の 1 ないし 4
分の 1 がユダヤ人であった。これは、13 世紀にヨーロッパ各地でユダヤ人の迫害や
追放が始まった際、ポーランド王・諸侯が彼らを受け入れたことに起因する。ポー
ランド全土に点在したユダヤ人コミュニティはイディッシュ語で「シュテットル」
と呼ばれ、ユダヤ教の戒律に基づいた独自の生活文化が維持された。映画「屋根の
上のバイオリン弾き」では、この戦前のシュテットルにおける農民の暮らし(服装、
食べ物、婚約・結婚の儀礼のほか、祖霊を呼び覚ましお告げを受けようとする場面
もある)が見どころの 1 つとなる。後半には、19 世紀以降、旧ロシア帝国領(現ウ
クライナ)で激化したポグロム(ユダヤ人襲撃)の様子も描かれる。
→映画「愛のイェントル」では、シュテットルでの宗教指導者(ラビ)の暮らしや
神学校でのユダヤ青年の日常が描かれる。
(2)アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群
[キリスト教]
イタリア中部にある人口 2 万人強の小さな町アッ
シジは、聖フランチェスコ聖堂、サン・ダミアーノ
教会、サンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂など、
この地で誕生し人々の敬愛を集め続ける聖フランチ
ェスコの精神が今も息づく世界文化遺産の宝庫であ
る。
裕福な商人の一人息子として生まれ放蕩の限りを
尽くしていたフランチェスコは 1206 年、
「早く行っ
て私の壊れかけた家を建て直しなさい」という神の
声を聞いて回心し、全財産をなげうって廃墟と化し
ていたサン・ダミアーノ教会を再建する。その後布
教の座として用いていたポルツィウンコラ礼拝堂、
20
そしてそこで聖フランチェスコが亡くなったとされるトランジト礼拝堂の両者を格納する
ように建てられたサンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂など、聖フランチェスコの足跡
をたどることのできるアッシジは、キリスト教徒に人気のある巡礼地となっている。
彼の名を冠した聖フランチェスコ聖堂は上下二段に分かれており、上はゴシック様式、
下はロマネスク様式になっている。しかし、この聖堂の見どころは建築様式よりもその内
部を埋め尽くすフレスコ画にあると言えるだろう。
特に上の教会の壁面を飾るジョットとその弟子たちが描いた
「聖フランチェスコの生涯」
は圧巻である。それまでのキリスト教会絵画は、現在も東方正教会のイコン画としてその
形式を残すビザンチン様式で描かれてきた。神の非人間性・厳格さを表わすために用いら
れたその硬質な表現は、ジョットによって大きな転換を迎える。小鳥に説教をしたと言わ
れる愛の聖人、聖フランチェスコの人間的な優しさを、そして聖フランチェスコの死を嘆
く弟子たちの悲嘆にくれた表情・しぐさをダイナミックに示した 28 枚のフレスコ画は、
その後花開くルネサンス芸術へとつながるものとして美術史においても重要な意味を持っ
ている。
→聖フランチェスコの生涯については映画「ブラザー・サン、シスター・ムーン」を
参照。
→映画「薔薇の名前」の主人公ウィリアムは聖フランチェスコが設立したフランチェ
スコ会の修道士である。彼の粗末な衣服を腰縄で留めただけの姿は全てを捨てて清
貧に生きることを旨としたフランチェスコ会を体現していると言えるだろう。なお、
聖フランチェスコが実際に着用していたとされるつぎはぎだらけの衣服が聖遺物と
して聖フランチェスコ聖堂に納められている。
(3)アユタヤと周辺の歴史地区
[上座部仏教]
バンコクの北 64 キロ程離れた場所に位置する古代
都市アユタヤは、アユタヤ王朝(1351 年~1767 年)
の首都として 400 年以上にわたって栄えた。アユタヤ
王朝の歴代の王たちは上座部仏教を篤く信仰し、この
地には実に 400 もの寺院が建設された。
多くの寺院にはストゥーパ(仏塔)がみられる。こ
れらは 14 世紀半ばから 15 世紀半ばにアユタヤ王朝が
スコータイ王朝を併合したことに伴い、スコータイ王
朝が採用していたスリランカのストゥーパの様式を取
り入れて建造された。通常ストゥーパには仏舎利が納
められるが、アユタヤのワット・プラシーサンペット
(
「ワット」は「寺」の意)のストゥーパには代々の国
王やその親族の遺骨が納められている。仏教寺院を象
徴しながらも、王朝の重要人物の墳墓としても機能し
ていたという点は、当時の仏教の役割を考える上でも
21
興味深い。
アユタヤ王朝はインドシナ半島の中部にまで勢力を伸ばしたため、その建築様式にはス
コータイ王朝の影響のみならず、ヒンドゥー教の影響を受けたクメール文化の影響もみら
れる。中心部の西にあるワット・チャイワッタナラームは、
「アユタヤのアンコール・ワッ
ト」とも呼ばれる。
1767 年、ビルマ軍によってアユタヤ王朝は滅ぼされ、アユタヤの宮殿や寺院も徹底的に
破壊された。寺院遺跡内に首がとれた仏像などが多くみられるのはこのためである。現在
では修復も進み、タイでも有数の観光地となっている。
(4)アンコールの遺跡群
[ヒンドゥー教、仏教]
東南アジア、カンボジア北西部に
ある都市遺跡で、石や煉瓦で建設さ
れた大小の寺院や祠堂、貯水池、橋
梁などから成る膨大な数の遺跡群で
ある。アンコールは 9 世紀から 15
世紀まで、現在のカンボジアの基と
なったクメール王朝の首都として栄
え、遺跡もその当時のものである。
最もよく知られているのが遺跡群
の中でも最大のアンコール・ワット
である。12 世紀前半にヒンドゥー教
寺院として建造されたが、後に仏像を祀った形跡も見られる。寺院全体がヒンドゥー教の
世界観を象徴しており、また、回廊にはヒンドゥー神話の物語などが浮き彫りで描かれて
いる。一方で、村人は水への信仰を寺院の一部に取り込み、自分達の信仰を反映させたと
もいわれる。
アンコール・ワットの北約 1.5km に位置するアンコール・トムは、13 世紀初頭ジャヤ
ヴァルマン 7 世によって首都と定められた場所である。王は仏教を篤く信仰したため、仏
教的要素の強い建物が多く残る。なかでも、バイヨン寺院には、ヒンドゥー教と仏教の双
方の要素が混ざり合ったクメール独特の美術様式を顕著に認めることが出来る。
アンコールの遺跡群に見られる建築様式の多様性は、カンボジアの文化がクメール民俗
信仰やヒンドゥー教、そして仏教といった諸要素が分かちがたく絡み合って形成されてき
たということを物語るものであろう。
(5)龍門石窟
[仏教]
洛陽の南方にある龍門石窟は、敦煌の莫高窟、大同の雲崗石窟とならび、中国三大石窟
に数えられる。伊水の川岸の急峻な石灰岩の崖に 2,345 の窟や仏龕(仏像や位牌を安置す
22
る壇)が掘られ、10 万体の仏像と 2,500
の造像題記や碑文、60 の仏塔(パゴダ)
が建造された。川の西岸は龍門山、東岸
は香山であるが、龍門山の洞の方が圧倒
的に質量に優れ、北魏、隋代に彫られた
古いものが残る。なお、香山には詩人・
白居易(白楽天)が修復して隠棲した香
山寺があり、墓も残っている。
石窟の造営は、北魏の孝文帝が洛陽に
遷都した 493 年頃に始まり、その後 4 世
紀にわたって続けられた。最も盛んに造
営が行われたのは 493~534 年にかけての時期で、最古の洞窟は 499 年頃に完成した古陽
洞である。孝文帝の発願で造営されたが、これに賛同した多くの貴族や官吏、宗教者が多
額の寄進を行った。正面には皇帝の寄進により三尊(中央が釈迦如来、脇の 2 体が菩薩)
が彫られており、保存状態は良くないものの、衣服の美しさを強調したこの時期の彫像様
式の特徴が見てとれる。また、仏像の由来を記した造像題記の中に優れたものが多く、
「龍
門二十品」と呼ばれる名筆の内、19 品がこの洞にある。
517 年頃に完成した賓陽中洞では、従来の三尊形式に、老若二人の比丘像を加えた五尊
形式が確立され、527 年に完成した皇甫公窟などでもこの形式が踏襲されている。そのほ
か、天井に蓮華が彫られた蓮華洞などの大型窟がこの時代に造営された。しかし、その後
の内乱により北魏は分裂、戦乱の時代に入り、仏像の造営も一旦、下火となった。
唐代に入り、当初は道教が重視されたが、第三代皇帝高宗とその后で後に皇帝となる則
天武后の治世に仏教が再び尊重されるようになり、
龍門の造営も活気を帯びた。
潜渓寺洞、
壁一面に 1 万 5 千の仏像が彫りこまれた万仏洞などがこの時期に彫られた。中でも一際目
を引くのは高宗の勅願により、皇后・武氏(則天武后)が化粧料 2 万貫を寄進して造らせ
たとされる奉先寺洞の巨大仏像群で、表情や服装などが中国化された唐代仏教彫刻の代表
作である(675 年完成)
。洞の内部には 9 体の巨大な仏像が安置されており、中央の盧舎那
仏(大日如来)は高さ 17m にも及ぶ。後には、則天武后により東岸の香山でも造像が行
われるようになった。
(6)曲阜の孔廟、孔林、孔府
[儒教]
儒教の開祖として知られる孔子は、
山東省曲阜の地で生まれ、B.C.479 年
に没した。孔子の言行を、後に弟子が
まとめたものが『論語』であり、
『大学』
『中庸』
『孟子』
と並んで儒教の経書
(四
書)となっている。孔子の死後、曲阜
の旧居は廟へと改築された。
漢代以降、
23
儒教が国教となり孔子の地位が高まるにつれて、歴代皇帝の手厚い庇護と崇敬のもと、廟
の規模は増していった。現在では、孔子のかつての住居を中心として 100 を超える堂宇が
立ち並ぶ廟へと姿を変えている。
唐代には、州・県に孔子廟をつくることを命じる詔が出され、それ以降中国各地に孔子
廟が見られるようになったが、
「曲阜の孔子廟、孔林、孔府」はその総本山である。
日本にも、東京都の湯島聖堂をはじめとして各地に孔子廟が存在している。孔子廟の存
在は、極東アジアにおける儒教、儒学の展開を知る上でも重要なものであるといえよう。
(7)秦の始皇帝陵と兵馬俑坑
[古代宗教(中国)]
◆秦の始皇帝陵
B.C.221 年に中国に初めて中央集権国家を作り上げ、
「始皇帝」
となった嬴政(えいせい)
は、B.C.247 年に 13 歳で秦王になると、卜占により自らの陵墓の場所を驪山(りさん)
の山麓に定め、整備に着手した。その後、周辺諸国(韓、趙、魏、楚、燕、斉など)に勝
利を収めるたび、陵の造営は熱を帯び、皇帝の座に就いて以降、その規模はさらに拡大し
た。とはいえ、中国の陵墓は、日本の古墳などとは異なり、墓室が地中深くに造られるた
め、生前に墳丘を築くわけにはいかない。始皇帝が築いたのは、現在は巨大な墳丘の地中
に埋もれている地下世界であったと考えられる。古代中国には、人間は天と地(=父と母)
からそれぞれ魂と魄を授かって生を受け、死を迎えると魂魄は再び天と地に帰っていくと
いう思想があり、高い墳丘と深い地下世界はそれぞれ天と地を現したものと考えられる。
『史記』には、のべ 70 万人の労働者が帝国各地から集められ、労役に従事したと記さ
れる。地下深くに実物大の宮廷が建造され、天井には空が描かれ、水銀を流して川や海を
表現したとの記述もある。2002 年以降、陵を発掘することなく、リモートセンシングなど
の技術で内部の状況を探る調査が進められ、地下 30m の地点に大きな空間があることや
土に大量の水銀が含まれていることなどが判明している。墳丘の傍からは、行政官を等身
大で表現した像(文官俑)
、力士や俳優とみられる百戯俑、青銅製の水鳥やその飼育係の俑
が出土し、
『史記』の記述を部分的に裏
付けるものとも考えられている。
その他、墳墓の西側の斜面から、等
身大の半分程度の大きさの銅製の馬車
が発見されている。その他の俑とは異
なり等身大ではない理由として、始皇
帝の魂を運ぶために造られた可能性が
示唆されている。
始皇帝の死後 1~2 年かけて、第二
代皇帝により墳丘やそれを囲む壁など
が築かれ、始皇帝陵はほぼ完成したと
みられる。現在の墳丘の高さは 76m、
東西 345m、南北 350m であるが、完
24
成当時はさらに規模が大きく、皇帝を祀る祭殿などもあった。
◆兵馬俑坑
1974 年、始皇帝陵から 1.5km 東の村で、3 人の農夫が井戸を掘っていたところ、陶器
の等身大の兵士の像が地中に埋もれているのを発見した。すぐに大規模な発掘調査が開始
され、1 号坑からは 1,087 体の兵士(戦闘の陣形に配置された歩兵と騎兵の立像、それを
側面から防衛する射手の像)が発掘された。およそ 6 千の兵・馬の像(兵馬俑)が地中に
埋もれている可能性が示唆される。
像は皇帝の兵馬の数を正確に表現したものと推察され、
1 体ずつ表情やポーズ、服装などが異なっている。軍は東向きに配置されており、秦が戦
った 6 か国に対峙しているものと考えられる。1 号坑は 1979 年以降、全体をドームで覆
い、博物館として公開されている。
1 号坑の北側で発見された 2 号坑からも 1,500 体の兵士と馬車、馬の俑が発見され、3
号坑からは 68 体の将軍や高官、4 頭立ての馬車などが発見された。発掘作業は今も進めら
れている。
(8)泰山
[道教]
中華人民共和国山東省に位置する標高約 1,545m
の山。道教の聖地として知られる。
始皇帝以来、歴代の皇帝たちは霊山と崇められて
きた泰山への参詣をおこなっていた。泰山のふもと
には、歴代の皇帝たちが儀礼(封禅)をおこなった
岱廟がある。また、泰山には東岳大帝が祀られてお
り、死後魂は泰山に帰るとの信仰も篤い。東岳大帝
は、泰山府君とも称される中国古来の神であるが、
仏教の閻魔大王と習合し、人間の寿命を司り、死者
の生前の行為の善悪を裁く神として信仰されるよう
になった。
民衆の信仰や道教、仏教などの諸要素が複雑に絡
み合いながら、泰山をめぐる多様な信仰世界は形成
されているといえる。さらに、多くの文人墨客の作
品の題材になるなど、泰山の存在が中国の宗教、文化伝統に対して与えた影響は大きい。
(9)チチェン・イツァの古代都市
[古代宗教(マヤ文明)]
ユカタン半島において、
千年にわたり栄えたマヤ・トルテカ文明を代表する都市の 1 つ。
町の南側に残るのは 5~8 世紀に造られたマヤ文明の遺跡、北側は 10~13 世紀に造られた
トルテカ文明の遺跡である。5 世紀に都市を建設したマヤ系のイツァ人は、7~8 世紀頃に
一度、都市から去ったとみられるが、10 世紀にその末裔が再移住して来て都市を再興した。
25
都市は 2 つの大きな泉(セノーテ)のそばに造られており、
「チチェン」とはマヤ語で
「泉のほとり」の意。この泉は 8 世紀頃から宗教儀礼に使われるようになり、
「聖なるセ
ノーテ」として巡礼地となった。石造りの神殿やモニュメントからは、マヤとトルテカの
世界観、宇宙観が明らかとなる。
【主要な宗教的建造物】
◆カラコル:マヤ文明の遺跡で、らせ
ん階段を持つ円形の塔。カラコルとはカ
タツムリを意味する。夏至と冬至の日に
だけ最上階の窓に太陽の光が差し込むこ
とから、天文観測に用いられていたもの
と考えられている。
◆イグレシア(教会)
:600~700 年頃
に造られたマヤ文明の遺跡で、外壁には
雨の神であるチャックの面のほか、複雑
な幾何学文様が彫刻されている。後年、
建物を発見したスペイン人が、これをイグレシア(教会)と呼んだ。
◆カスティージョ(城砦)
:トルテカ文明の遺跡で砦(カスティージョ)と呼ばれるピラ
ミッド。東西南北に 91 段の階段が配置されており、頂点の1段分とあわせると 365 段とな
る。周囲には 52 のレリーフ(浮彫)が描かれているが、春分の日と秋分の日、年に 2 度だ
け、台座の蛇のレリーフと影が連結し、翼の生えた蛇が天から舞い降りたように見える仕
掛けとなっている。
◆戦士の宮殿:トルテカ文明の遺跡で、宮殿の正面には戦士のレリーフが彫られた 60
本の柱が並び、中央にチャック・モールと呼ばれる兵士像が横たわっている。チャック・
モールは神に供物を運ぶとされ、
首と足を立て、
腹部に生贄の心臓を置く盆を載せている。
◆球技場:マヤの都市においては、一般に、大規模な球技場が建設され、儀礼として樹
脂を固めた球を肘や腰で(手を使わずに)打ち合う球技が行われていた。チチェン・イツ
ァには 13 の球技場が残されており、中でも大球技場はメキシコ最大規模。競技場は高さ
5m の壁で囲まれ、壁の上部に取り付けられた輪にボールを通すと得点とみなされた。栄
誉ある勝者が、神に生贄として捧げられたと考えられており、壁にはそのような図像が彫
刻されている。
◆骸骨棚:トルテカ文明の遺跡で、神殿の基壇とみられる壁に骸骨のレリーフが彫られ
ている。生贄の頭蓋骨を並べるための棚であったという推測もある。
◆生贄の泉(セノーテ)
:直径 60 メートル、高さ 20 メートルの泉は単なる水源ではな
く、水の中に住むチャックという雨の神のための生贄や財宝を投げ入れる場所であった。
発掘調査で人骨や祭具が大量に見つかっているが、当時は、ここに投げ入れられた生贄は
蘇り、財宝は戻ってくると信じられていた。
26
(10)ムザブの谷
[イスラーム]
先住民ベルベル人の一部族であるムザブ族は、コーラン(クルアーン)を厳格に解釈し、
その独自の解釈に忠実に生活することで「イスラームの清教徒(ピューリタン)
」と呼ばれ
る。現在のアルジェリアではスンニー派が主流であるが、ムザブ族は、10 世紀頃に北アフ
リカの一部で支持を集めていたイバート派の教えを現在まで受け継いでいる。
10 世紀当時、イバート派は主流派から異端とみなされ迫害されていたが、1013 年、長
い放浪の旅の末にサハラ砂漠北部の涸れ谷に定住した。ムザブ族は、不毛の地に深さ 100m
にも及ぶ井戸を掘り、木を植え、都市の周りには突発的な豪雨による洪水を防ぐための防
護壁を張り巡らせ、5 つのオアシス都市を築いた。
都市は平等の思想に基づいて建設されており、その原則はモスクにも適用されている。
礼拝のための建物であっても、他の建物より大きかったり華美であったりすることは認め
られていない。モスクは日干しレンガで作られ、壁が白く塗られているだけである。また、
12 世紀に造られたシャーバ・モスクは地下にある。武器弾薬庫、食糧貯蔵庫としても機能
し、襲撃を受けた際には人々はモスクに逃げ込んだ。ミナレットは見張り塔の役割も果た
し、先端に行くほど細くなり、突端は王冠のような形をしている。
斜面の最も高い場所に建てられたモスクを中心に、谷には民家が同心円上に広がってい
る。ムザブ族の住居は、椰子の木組みに泥の壁を塗り固めた矩形のもので、色合いも均質
である。一般的なイスラーム建築とは異なり、小さな明かり取り以外に窓がなく中庭もな
い。このように、非常にキュビズム的な都市景観は、ル・コルビュジェやミース・ファン・
デル・ローエなど、西欧の建築家を魅了し、大きな影響を与えた。特に、エル・アティー
フにあるシディ・イブラヒムの霊廟は、コルビュジェの代表作「ロンシャンの礼拝堂」の
デザインに強い影響を与えたと言われる。
ムザブの谷には、住民の慣習や道徳面を監督する審判官(テブリア)が存在する。結婚
などの習俗や、衣服など生活一般について厳しい戒律があり、外出の際、女性は白いチャ
ドルで全身を覆い、片目だけを出すのが一般的である。都市は迷路のように入り組んでい
るが、
これは
「邪視
(悪意のある視線を相手に向けることで呪いがかかるという民間信仰)
」
を防ぐ意味があるという。重大な罪を犯した者は町の一区画に隔離され、
「犯罪者」どうし
で共同生活を送るという伝統的刑罰が現在も行われている。ガルダイヤ以外の 4 つの町で
は旅行者の宿泊や飲酒・喫煙は禁じられ、イスラーム教徒以外はガイドなしで立ち入るこ
とができない。住民と会話を交わすことや人物写真を撮影することも禁じられている。
(11)富士山-信仰の対象と芸術の源泉
[日本の宗教(神道・仏教・民間信仰)]
富士山に関わる信仰の歴史は古く、
『万葉集』にも富士を称え崇める歌が見出せる。平安
時代には富士山に山岳仏教がもたらされ「富士修験」が興った。江戸時代には村上光清
(1682-1759)と食行身禄(じきぎょうみろく)
(1671-1733)の活躍によって、富士信
仰が民衆に広がり、江戸を中心に富士山を崇敬する集団(富士講)が多数組織された。江
27
戸時代後期には、
「江戸八百八町に八百八講」と謳われるほど富士講は大流行した。講徒は
富士吉田に宿坊を構える御師とよばれる人々に率いられて富士山登拝を行った。講徒たち
は、宿坊内の木花咲耶姫命と食行身禄像
を祀った神殿の前で御師からお祓いを受
け、富士吉田口から登山し、帰りは須走
口から下山した。
また、富士講の人々は遠く望む富士の
姿を模して、富士塚と呼ばれる小山を築
いた。こうした富士塚に登ることで、富
士登拝を疑似体験することができた。現
在でも千駄ヶ谷の鳩森八幡神社など、都
内各地で現存する富士塚を見ることがで
きる。
しかしながら、明治新政府の宗教政策によって、神仏習合的な富士講の活動は変化を強
いられることとなり、富士講の勢いは次第に削がれていった。この時期に富士講の一部は
実行教、丸山教、扶桑教として教派神道化を果たし、現在まで受け継がれている。戦後に
は富士登山をレジャーとして楽しむ風潮が定着し、富士講の衰退は決定的となった。
世界文化遺産登録の際には、富士山が「文化創造の源泉」であり、また「信仰の対象」
であるということの二点が行政によってアピールされた。これによって、聖なる山として
の富士山に再度注目が集まっている。
博物館と宗教文化のページ
≫富士吉田市歴史民俗博物館
≫御師旧外川家住宅(富士吉田歴史民俗博物館付属施設)
≫富士博物館
(12)琉球王国のグスク及び関連遺産群
[民俗、民間信仰]
沖縄各地では、12 世紀前後から 17
世紀にかけて按司(あんじ)と呼ばれ
る地方の支配者が石造りの城砦(グス
ク)を築いていた。世界遺産の中心と
なるのは首里城をはじめとしたこうし
た島内各地のグスクである。グスクの
内部には拝所が設けられており、その
沖縄の信仰世界にふれることができる。
しかし、この地の信仰を語る上でもっ
とも重要なのは、関連遺産として登録
されている斎場御嶽
(せいふぁうたき)
28
である。御嶽(うたき)とは沖縄および周辺諸島にみられる聖域の呼び名であり、地域の
祭祀の中心となる場である。
なかでも斎場御嶽は琉球王家にとって最も重要な御嶽であり、
現在でも地域の人々の信仰を集める場所である。
琉球王朝時代、斎場御嶽は王朝の最高の祭祀官であった聞得大君(きこえおおきみ)に
よって掌管されていた。聞得大君とは、国王の姉妹、または王妃に与えられた役職であり、
聞得大君をトップとして各地の祝女(ノロ)と呼ばれる女性神官たちが組織され王朝時代
の祭祀を司っていた。斎場御嶽は聞得大君の就任式が行われる場でもあった。
斎場御嶽では、いくつかの拝所のある参道を登っていくとこの御嶽の中心である三庫理
(サングーイ)に到着する。三庫理は、切り立った岩が重なり合うことによって人が通れ
るほどの三角形の空間が形成されている場所である。その空間を抜けると、12 年に一度開
催される儀礼「イザイホー」
(現在では中断している)で知られる久高島を遥拝することが
できる。斎場御嶽や久高島は、琉球王国の正史『中山世艦』
(1650)の冒頭「琉球開闢之
事」において、開闢の神であるアマミク(アマミキヨとも)によって創造された 7 つの聖
地の一部である。
沖縄において斎場御嶽をはじめとする各地の御嶽が重要な聖域であることは現代でも変
わりがなく、地域の祈りの空間の保持と観光化とを両立させる試みが模索されている。
博物館と宗教文化のページ≫
沖縄県立博物館
29
Ⅲ 博物館と宗教文化
「博物館と宗教文化」のサイトでは、宗教文化を学ぶことができる全国の博物館を紹介
している。現在 110 件の博物館について解説を公開しており、ウェブサイトでは以下に掲
載した地図、および都道府県別リストから博物館の詳細をみることができる。現在公開中
のデータのうち、主要な 20 か所の博物館について以下に解説を掲載する。
トップページ(https://sites.google.com/site/cercmuseums/)に表示されている図。
拡大縮小が自由で、ピンをクリックすると当該博物館にリンクされる。
30
1 宗教文化に関係する博物館リスト
(ゴチックのものは本報告書に解説を収録)
【北海道】アイヌ民族博物館(旧:白老民俗資料館)
、有珠善光寺宝物館、後藤純男美術館、
平取町立二風谷アイヌ文化博物館、北海道開拓記念館、北海道大学植物園・北方民族資料
室、三浦綾子記念文学館
【青森県】青森県立郷土館、市浦地区歴史民俗資料館、棟方志功記念館
【岩手県】遠野市立博物館、遠野伝承園、中尊寺讃衡蔵、毛越寺宝物館、もりおか歴史文
化館
【宮城県】塩釜神社博物館、瑞厳寺宝物館、仙台市博物館、東北歴史博物館
【秋田県】秋田県立博物館、秋田市民俗芸能伝承館
【山形県】出羽三山歴史博物館、土門拳記念館、本間美術館、山形県立博物館
【福島県】福島県立博物館
【茨城県】茨城県立歴史館、鹿島神宮宝物館
【栃木県】栃木県立博物館、日光東照宮宝物館、日光二荒山神社付属宝物館
【群馬県】群馬県立歴史博物館
【埼玉県】花蹊記念資料館、埼玉県立嵐山史跡の博物館、埼玉県立さきたま史跡の資料館、
埼玉県立歴史と民俗の博物館、淑徳大学書学文化センター
【千葉県】大原幽学記念館、香取神宮宝物館、鹿野山神野寺宝物殿、国立歴史民俗博物館、
芝山古墳・はにわ博物館、千葉県立房総のむら
【東京都】出光美術館、印刷博物館、江戸東京博物館、大倉集古館、国立西洋美術館、五
島美術館、東京藝術大学大学博物館、駒澤大学禅文化歴史博物館、國學院大學博物館、書
道博物館、玉川大学教育博物館、東京国立博物館、東洋文庫ミュージアム、根津美術館、
府中市郷土の森博物館、松岡美術館、早稲田大学会津八一記念博物館
【神奈川県】神奈川県立金沢文庫、神奈川県立歴史博物館、鎌倉国宝館、三渓園
【新潟県】
(準備中)
【富山県】立山博物館(旧:立山風土記の丘)
【石川県】石川県立歴史博物館
【福井県】おおい町暦会館
【山梨県】アフリカンアートミュージアム、御師旧外川家住宅(富士吉田市歴史民俗博物
館付属施設)
、清春白樺美術館、平山郁夫シルクロード美術館、フィリア美術館、富士博物
館、富士吉田市歴史民俗博物館
【長野県】茅野市神長官守矢資料館、蓼科高原美術館
【岐阜県】市立飛騨民俗村、岐阜県博物館、関市円空館、高山祭屋台会館、内藤記念くす
り博物館
【静岡県】熱海市立澤田政廣記念館、上原仏教美術館、三嶋大社宝物館
【愛知県】熱田神宮文化殿、南山大学人類学博物館
【三重県】斎宮歴史博物館、神宮徴古館、神宮農業館、神宮美術館、せんぐう館、パラミ
タミュージアム、三重県立熊野古道センター、本居宣長記念館、皇學館大学研究開発推進
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センター佐川記念神道博物館
【滋賀県】大津市歴史博物館、竹生島宝巌寺宝物館
【京都府】京都ギリシアローマ美術館、京都国立博物館、京都府京都文化博物館(旧:平
安博物館)
、廣隆寺霊宝殿、金比羅絵馬館、承天閣美術館、醍醐寺霊宝館宝聚院、鐵眼一切
経版木収蔵庫、東寺宝物館、仁和寺霊宝館、平等院ミュージアム鳳翔館、風俗博物館、細
見美術館、龍谷大学龍谷ミュージアム
【大阪府】大阪歴史博物館、大阪市立美術館、国立民族学博物館、正木美術館、藤田美術
館
【兵庫県】兵庫県立歴史博物館、頴川美術館、香雪美術館
【奈良県】入江泰吉記念奈良市写真美術館、春日大社宝物殿、元興寺極楽坊総合収蔵庫、
興福寺国宝館、天理大学附属天理参考館、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館、奈良国
立博物館、奈良国立文化財研究所飛鳥資料館、奈良国立文化財研究所平城宮跡資料館、奈
良町資料館、法隆寺大宝蔵院、大和文華館
【和歌山県】高野山霊宝館、和歌山県立博物館
【鳥取県】鳥取県立博物館
【島根県】島根県立古代出雲歴史博物館、八雲立つ風土記の丘
【岡山県】岡山県立博物館
【広島県】厳島神社宝物館、耕三寺博物館、平山郁夫美術館、ホロコースト記念館、宮島
町立宮島歴史民俗資料館
【山口県】
(準備中)
【徳島県】大塚国際美術館、徳島県立博物館
【香川県】金刀比羅宮宝物館
【愛媛県】愛媛県立歴史民俗資料館
【高知県】
(準備中)
【福岡県】九州国立博物館、九州歴史資料館、西南学院大学博物館、太宰府天満宮宝物殿、
宗像大社神宝館
【佐賀県】
(準備中)
【長崎県】有馬キリシタン遺産記念館、島原城、長崎市遠藤周作文学館、長崎市ド・ロ神
父記念館、長崎歴史文化博物館、日本二十六聖人記念館、平戸市生月町博物館・島の館、
松浦史料博物館
【熊本県】天草市立天草キリシタン館
【大分県】
(準備中)
【宮崎県】宮崎県立西都原考古博物館、宮崎県総合博物館
【鹿児島県】中村晋也美術館
【沖縄県】沖縄県立博物館、佐喜眞美術館
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2 主要博物館紹介
【北海道・東北】
アイヌ民族博物館(旧:白老民俗資料館)
住所:北海道白老郡白老町若草町 2 丁目 3 番 4 号
リンク:http://www.ainu-museum.or.jp/
関連展示資料:アイヌ民族祭具
[特色]アイヌ民族博物館本館内でアイヌに関する資料を見ることができるほかに、本
館周辺は近代ゾーンとコタンゾーンにわかれた野外博物館となっており、アイヌの住家や
狩猟道具、舟などが復元・展示されている。野外の施設では民族楽器や織物、伝統料理の
体験学習ができるほか、イオマンテ(クマの霊送り)
、イワクテ(物の霊送り)
、チプサン
ケ(舟降ろしの儀式)
、シンヌラッパ(先祖供養)といったアイヌ信仰儀礼が定期的に実施
されており、来館者は自由に見学することができる。これらの儀礼は、アイヌの文化伝承
の保存事業の一つとして企画されている。
遠野伝承園
住所:岩手県遠野市土淵町土淵 6 地割 5 番地 1
リンク:http://www.densyoen.jp/
関連展示資料:民間信仰、伝承行事
[特色]柳田國男の『遠野物語』に描かれた遠野地方の農家の生活様式が再現されてい
る。国の重要文化財である「菊池家曲り家」では蚕の飼育、伝承行事の再現を見学できる
ほか、農業や馬、蚕の神様として知られるオシラサマ千体を祀った御蚕神堂(オシラ堂)
(写真)も見どころとなっている。予約をすれば、語り部を囲んで遠野の昔話を聴くこと
もできる。敷地内には、柳田にこの地の伝承を語って聞かせた佐々木喜善の記念館も併設
されており、
『遠野物語』のルーツに触れることができる。
33
【関東】
国立歴史民俗博物館
住所:千葉県佐倉市城内町 117
リンク:http://www.rekihaku.ac.jp/
関連展示資料:古代祭具、埴輪、鏡、神社祭具、仏具、民間祭具
[特色]歴史学・考古学・民俗学の調査研究と、資料公開による教育活動のために、昭
和 56 年に設置された研究機関。原始・古代に関する第 1 展示室から、現代(1930 年代か
ら 1970 年代)に関する展示が行われている第 6 展示室まである。それぞれの展示室では、
各々の時代の信仰実践にかかわる祭具等の展示がなされている。特に「列島の民俗文化」
をテーマにした第 4 展示室では、全国各地の民俗祭事にかかわる貴重な資料が豊富に揃え
られている。また中庭には古代日本の碑の正確な複製品、復元品が並ぶ「碑の小径」が常
設されている。
國學院大學博物館
住所:東京都渋谷区東 4-10-28
リンク:http://www.kokugakuin.ac.jp/oard/index9.html
関連展示資料:祭祀土器、祭祀石器、葬送具、鏡、神道祭具、仏具、修験祭具、卜骨、
校史
[特色]展示は 3 つのゾーンに分かれており、それぞれ祭祀遺跡に見るモノと心、神社
祭礼に見るモノと心、國學院の学術資産に見るモノと心というテーマが設けられて展示さ
れている。大神神社(奈良県)の山ノ神遺跡磐座(写真右)や、吉田神道行事壇、各神社
の祭祀で供えられる神饌などが再現ないし復元されており、過去から現在にいたる祭祀の
かたちを実際に目で見て学ぶことができる。
印刷博物館
住所:東京都文京区水道 1 丁目 3 番 3 号 トッパン小石川ビル
リンク:http://www.printing-museum.org/
関連展示資料:印刷技術
[特色]印刷技術の発展の歴史が時系列的に展示されている。そのなかで、仏典や聖書
34
の複製を目的とした原始的な印刷技術から、グーテンベルクによる活版印刷、現代におけ
る古文書のデジタル化技術に至るまで、宗教と印刷技術の密接な関係が紹介される。
「かん
じる」
「みつける」
「わかる」
「つくる」といった体験を重視し、印刷だけでなく映像展示に
も力が入れられている。半径 8 メートル、水平方向の視野角が 120 度、高さが 4 メートル
のカーブ型スクリーンを有する VR シアターでは、時期によって上映プログラムは異なる
が、
「唐招提寺~金堂の技と鑑真和上に捧ぐ御影堂の美~」など、古代遺跡や寺院の映像も
上映されている。
東京国立博物館
住所:東京都台東区上野公園 13-9
リンク:http://www.tnm.jp/
関連展示資料:祭具、葬具、美術資料、考古資料
[特色]
日本美術をメインにした本館では仏教の興隆を展示物とパネルで紹介している。
中世の仏教美術に関する資料の展示も充実しており、作品を通して日本仏教の変遷を学ぶ
ことができる。東洋館では、中国、朝鮮半島、東南アジア、西域、インド、エジプトなど
の美術と工芸、考古遺物が展示され、法隆寺宝物館では、1878 年に奈良・法隆寺から皇室
に献納され、戦後に国に移管された宝物 300 件あまりが収蔵・展示されている。
東洋文庫ミュージアム
住所:東京都文京区本駒込 2 丁目 28-21
リンク:http://www.toyo-bunko.or.jp/
関連展示資料:図書、歴史資料、考古資料
[特色]アジア全域の歴史と文化に関する東洋学の専門図書館として、日本最大・最古
の歴史を持つ「東洋文庫」の博物館。貴重書の保存と展示を両立させるために、最新の SFX
技術を取り入れた展示方法を用いている点が特徴的である。歴史と文化を扱った 100 万冊
に及ぶ東洋文庫の蔵書の全容を、映像を通してわかりやすく解説しており、アジア地域の
歴史・文化を視覚的に体感することができる。また、所蔵資料のデジタル化にも力を入れ
ている。
博物館には閉架式の閲覧室も設けられており、借り出しはできないものの、一般に無料
で公開されている。書誌データはインターネットを通じて検索ができる。
35
【中部】
立山博物館
住所:富山県立山町芦峅寺 93-1
リンク:http://www.pref.toyama.jp/branches/3043/home.html
関連展示資料:祭具、葬具、建造物
[特色]かつての立山信仰の拠点集落であり、現在も歴史的遺構や景観、資料を残す芦
峅寺にある博物館。
「展示館」
(常設展、年 2 回の特別企画展を行う)
、映像資料で立山の
自然と立山曼荼羅の世界を体感する映像ホール「遙望館」
、
「まんだら遊苑」の 3 つの施設
を中心に構成されている。それら以外にも 13 ヘクタールの広い敷地には、平安時代の中
頃に起源をもつ立山雄山神社、室町時代に起源をもつ閻魔堂、かつての景観をしのばせる
「宿坊」や「布橋」
・
「うば堂基壇」などの復元施設を含めて 11 の施設がある。それぞれ
の施設は、教界・聖界・遊界と名付けられた 3 つのゾーンに配置されており、とくに「遊
界ゾーン」にある「まんだら遊苑」は、
「立山曼荼羅」の世界をオブジェやアート等で体感
するというコンセプトのもとに建てられたユニークな施設である。同施設では、
「立山曼荼
羅」の世界を来館者に五感で体感してもらおうと、地獄の世界を表現した「地界」
、立山登
拝路を表現した「陽の道」
、立山浄土を表現した「天界」
、布橋灌頂会の籠りの儀式を表現
した「闇の道」の 4 つの世界が、音や光、香りのアート作品で再現されている。
【近畿】
せんぐう館
住所:三重県伊勢市豊川町前野 126-1
リンク:http://www.sengukan.jp/
関連展示資料:宮大工道具、模型、映像
[特色]第 62 回神宮式年遷宮を記念して、遷宮の際の社殿造営・御装束神宝奉製の技
術を展示するために伊勢神宮外宮勾玉池のほとりに建設された博物館。式年遷宮に使われ
る道具や装束、神宝が展示されているだけではなく、匠たちがそれらの伝統工芸を実際に
完成させていく過程が映像やパネルで紹介されている。神宮式年遷宮が伝えて来た技術や
精神性を来訪者に身近に感じてもらうことを目的として、各種講座・体験学習なども開か
れている。
社殿造営に関わる展示室「永遠の匠たち」では、外宮正殿の東側(正殿に向かって右側)
4 分の 1 が原寸大で再現されている。外宮正殿は単なる模型ではなく、第 62 回の遷宮と同
じ宮大工が技法、材料など実際の遷宮とまったく同じように建造したもので、博物館の見
どころとなっている。
京都国立博物館
住所:京都市東山区茶屋町 527
リンク:http://www.kyohaku.go.jp/
36
関連展示資料:祭具、葬具、古文書
[特色]
1897 年の開館以来、
主として平安時代から江戸時代にかけての京都の文化財を、
収集・保管・展示するとともに、文化財に関する研究、普及活動を行っている。博物館は、
明治古都館(旧帝国京都博物館本館)と平成知新館(平常展示館)
、文化財保存修理所、茶
室「堪庵」から成る。国宝『千手千眼陀羅尼経残巻』
、
『日本書紀神代 巻上下』
(吉田本)
その他、副葬品や平安時代から鎌倉時代までの仏像など、日本の宗教文化に関わる多くの
国宝、重要文化財が所蔵されている。同館が所蔵する豊富なコレクションはデータベース
化されており、ホームページからの検索が可能である。館蔵品のうち 5 千件を超える作品
について、それぞれの作品に関する文字情報と 1 万点以上の画像をインターネット上で閲
覧することができる。
龍谷大学龍谷ミュージアム
住所:京都市下京区西中筋通正面下る丸屋町 117
リンク:http://museum.ryukoku.ac.jp/
関連展示資料:歴史資料、考古資料
[特色]仏教の総合博物館をコンセプトとして、仏教の誕生から現代の仏教までをわか
りやすく紹介している。平常展では、2 階展示室を「アジアの仏教」
、3 階展示室を「日本
の仏教」とし、仏教の誕生と歴史的展開をたどれるようになっている。なかでも 3 階展示
室では特に浄土真宗の展開、本願寺の歴史を紹介する「親鸞聖人と浄土真宗」をテーマに
した展示が充実している。また、博物館では浄土真宗本願寺派第 22 代門主・大谷光瑞が
1902~14 年の間に 3 回にわたって派遣した「大谷探検隊」
(仏教東漸の軌跡を辿った日本
で最初の学術探検隊)による貴重な将来品や探検隊員が使用していた品々を集めた約 9 千
点のコレクションを所蔵している。そのほかの貴重資料としては、国宝「類聚古集(るい
じゅこしゅう)
」
(万葉集の歌をテーマ別に編纂した書)
、重要文化財「念仏式」
(1135 年に
書写された南都浄土教系の文献)等がある。
国立民族学博物館
住所:大阪府吹田市千里万博公園 10-1
関連展示資料:祭具、生活用具、民俗資料、考古資料
リンク:http://www.minpaku.ac.jp/
[特色]
「みんぱく」の名で知られる同博物館には、異文化をより深く理解するための物
質文化、生活様式、芸能・音楽などの文化資料が多数集められている。現在、34 万点の標
本資料、7 万点の映像・音響資料、65 万点の文献図書資料などを所蔵する。学術情報セン
ターとして、種々の資料をデータベース化し、それらの資料と情報を公開している。博物
館内では、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、中国地域、日本の各展示場に地域別のテー
マ展示コーナーを設け、各地の伝統的な生活文化、信仰を理解するための資料展示を行な
っている。また、文化人類学と民族学の研究所として、研究調査の成果を機関研究、共同
研究、国際シンポジウムなどをとおして発信しており、最新の知見は出版やメディアだけ
でなく、講演会やゼミナール、フォーラムやウィークエンド・サロン、映画会や研究講演
などさまざまな催しものをとおして一般の人びとにも公開されている。
37
天理大学附属天理参考館
住所:奈良県天理市守目堂町 250
リンク:http://www.sankokan.jp/
関連展示資料:民族資料、考古資料
[特色]1930 年、天理教二代真柱中山正善によって創設された博物館。国内だけに留ま
らず海外からも希少な民族資料と考古資料が集められている。常設展では、アイヌ、朝鮮
半島、中国・台湾、台湾の先住民、バリ、ボルネオ、インド、アジアの海・河川、メキシ
コ・グアテマラ、そして日本という、それぞれの地域・民族の生活について資料と映像で
紹介されている。とくに世界各地の民族や生活に根差した「民俗信仰」の世界に関する展
示が充実しており、たとえばオセアニアの展示コーナーではパプアニューギニアの精霊信
仰について、台湾先住民族のコーナーでは台湾の祖霊信仰について学ぶことができる。
「移
民と伝道」のフロアでは、天理教の南北アメリカ伝道に関する展示がされており、同教団
の歴史の一端にも触れることができる。
奈良国立博物館
住所:奈良県奈良市登大路町 50
リンク:http://www.narahaku.go.jp/
関連展示資料:仏像、仏教美術
[特色]東大寺、興福寺、春日大社などに囲まれた奈良公園の一角に位置する。特に仏
教と関わりの深い古美術品や考古遺品などの文化財の保存、調査を目的としており、展示
室では、絵画、彫刻、工芸、建築などの仏教美術を釈迦、大乗、密教、浄土、禅宗と日本
仏教の流れに沿って展示をしている。併設の「なら仏像館」では、飛鳥時代から鎌倉時代
にいたるまでのすぐれた仏像が数多く展示され、中国・朝鮮半島の仏像もみることができ
る。国内の博物館では、もっとも充実した仏像展示を誇る。
法隆寺大宝蔵院
住所:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内 1-1
リンク:http://www.horyuji.or.jp/
関連展示資料:法隆寺の宝物、資料
38
[特色]和辻哲郎の『古都巡礼』等で著名になった百済観音を安置する百済観音堂を中
心として、東宝蔵と西宝蔵からなる。悪夢を良夢に替えてくれるという伝説をもつ夢違観
音像(白鳳時代)や推古天皇御所持の仏殿と伝える玉虫厨子(飛鳥時代)
、蓮池の上に座す
金銅阿弥陀三尊像を本尊とする橘夫人厨子(白鳳時代)をはじめ、百万塔や中国から伝え
られた白壇造りの九面観音像・天人の描かれた金堂小壁画など、日本を代表する仏教宝物
類を多数有している。
「法隆寺地域の仏教建築物」として世界遺産に登録された木造建築物
群と併せて、飛鳥・奈良時代の仏教美術に触れることができる。
【中国】
島根県立古代出雲歴史博物館
住所:島根県出雲市大社町杵築東 99-4
リンク:http://www.izm.ed.jp/
関連展示資料:出雲地方考古・歴史資料
[特色]2007 年に出雲大社の東隣に開館した博物館。テーマ別展示室では、出雲大社、
出雲国風土記、青銅器の 3 つのテーマから、島根の古代文化を紹介している。10 世紀に、
「雲太」ともよばれる高さ 16 丈(約 48m)という日本一高大な本殿があったという学説
に基づいて作られた縮尺 1/10 の「出雲大社本殿模型(平安)
」が見どころとなっている。
神話展示室では、
『古事記』を中心とした神話や、
『出雲国風土記』に記された地域色豊か
な出雲(系)神話のストーリーがアニメーションや CG で再現され、
「神話シアター」の
大画面で上映されている。
【九州】
九州国立博物館
住所:福岡県太宰府市石坂 4 丁目 7-2
リンク:http://www.kyuhaku.jp/
関連展示資料:考古・歴史資料、美術品
39
[特色]
太宰府天満宮に隣接している。
「アジアの玄関口」
というその立地上の性格から、
常設展示室は「文化交流展示室」と名付けられ、
「日本文化の形成をアジア史的観点から捉
える」をモットーに、日本とアジア諸国との文化交流の歴史に焦点をあてた展示が行われ
ている。日本の宗教文化の歴史について、諸外国との交流という観点から学ぶことができ
る。また、
「あじっぱ」と呼ばれるワークショップスペースも用意されおり、多様な文化や
歴史についての体験型展示にも力が入れられている。
西南学院大学博物館
住所:福岡県福岡市早良区西新 6-2-92
リンク:http://www.seinan-gu.ac.jp/museum/index.html
関連展示資料:考古資料・文字資料・信仰装飾
[特色]
:ユダヤ教や古代キリスト教について学ぶことのできる資料のほか、日本・九州
に渡ってきたキリスト教関係の史料、西南学院創立者である C.K.ドージャーゆかりの品を
常設展示している。特に、キリシタン制札(宣教師や信徒を密告するよう懸賞金を懸けて
奨励した札)やマリア観音など、九州におけるキリシタン弾圧やかくれキリシタンの信仰
にかかわる史料が充実している。中でも、
「魔鏡」は、表面は普通の銅鏡のように見えなが
ら、光をあてて反射光を投影すると十字架にかけられたキリストの像が映し出される仕組
みで、非常に高度な技術で作成された貴重なもの。
平戸市生月町博物館・島の館
住所:長崎県平戸市生月町南免 4289 番地 1
リンク:http://www.hira-shin.jp/shimanoyakata/index.html
関連展示資料:キリシタン関連資料
[特色]宣教師フランシスコ・ザビエルが 1550 年に平戸を訪問して以来、生月島では、
領主籠手田氏・一部氏がキリスト教に改宗したことから、島民のほとんどがキリスト教に
入信した。1587 年の伴天連追放令の後には多数の殉教者を出し、神父などの宗教指導者を
失いながらも、島民は口伝により密かにキリスト教の教えを継承した。今日も多くの島民
が、祖先から受け継いだ「かくれキリシタン」としての信仰を守っていると言われている。
博物館では、殉教に関する伝承や、祈りの言葉「オラショ」など、現在に伝わる「かく
れキリシタン」の日常的な宗教実践が紹介されている。
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天草市立天草キリシタン館
住所:熊本県天草市船之尾町 19 番 52 号
リンク:http://www.city.amakusa.kumamoto.jp/kirishitan/
関連展示資料:切支丹の資料、祭具
[特色]天草にキリスト教が伝来した 1566 年以降の歴史を、南蛮文化やキリスト教の
受容と興隆、禁教令とキリシタン弾圧、1637 年の天草・島原の乱、その後の潜伏キリシタ
ンの信仰の 4 つのゾーンにわけて展示している。中でも、国指定重要文化財「天草四郎陣
中旗」は、天草・島原の乱の際に一揆方が所持していたもので、戦闘の際に刀剣によって
ついたものと思われる傷や血痕なども残る。日本のキリシタン史における代表的な資料と
される。1966 年に開館し、2010 年にリニューアルオープンした。
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Ⅳ 映画と宗教文化
ここで紹介するのは宗教文化教育の教材として用いる候補となる映画・DVD である。
とくに注目すべき点などについて簡単な説明を加えてある。
なお個別の映画についてのさらに細かな説明に関しては下記の文献を参照のこと。
・井上順孝編『映画で学ぶ現代宗教』
(弘文堂、2009 年)
。
・井上順孝「
「映画・ビデオ/DVD」
(渡邊直樹責任編集『宗教と現代がわかる本 2007』平凡
社、2007 年~同『宗教と現代がわかる本 2014』平凡社、2014 年)
。
・井上順孝「宗教文化教育の教材としての映画」
(
『國學院大學研究開発推進機構 日本文
化研究所年報第 7 号』
、2014 年)
。
・井上順孝「宗教文化教育の素材としての日本映画」
(
『國學院大學 研究開発推進機構紀
要第 7 号』
、2015 年)
*最後の 2 つの論文は下記のサイトから PDF ファイルをダウンロードできる。
http://www.kokugakuin.ac.jp/oard/OARD-publications.html
1 宗教文化圏別
(1)日本宗教
①神道関連
『日本誕生』
(1959 年、監督:稲垣浩、日本)
ヤマトタケルを主題にするが、イザナギ・イザナミの国生みから描かれる。三船敏郎が
スサノオとヤマトタケルとの二役を演じている。神話に関心を持たせる場合の一つの手段
という程度の用い方になろう。
『ヤマトタケル』
(1994 年、監督:大河原孝夫、日本)
『日本誕生』のリニューアル版であり、ヤマトタケルが主人公である。特撮を大幅に取
り入れた作品である。ストーリーは、日本神話の内容からかなり逸脱した部分があること
に注意が必要である。
『靖国 YASUKUNI』
(2007 年、監督:李纓、日本/中国)
靖国神社をめぐる現代日本の二つの相反する立場を強調して描いた作品。すなわち靖国
神社を日本人の精神的支柱の一つとみなす立場に立つ人たちと、過去の侵略戦争のシンボ
ルとみなす立場の人たちの双方をドキュメンタリー風に描いている。
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②日本仏教
『日蓮と蒙古襲来』
(1958 年、監督:渡辺孝、日本)
日蓮は鎌倉に庵を結び、南無妙法蓮華経の旗を掲げて辻説法を行った。立正安国論を幕
府に提出したが、草庵を焼討ちされ弟子とともに身を隠す。しかし発見され伊豆へ流罪と
なった。北条時宗が日蓮の流罪を解いて数年後、日蓮の予言が事実となり博多に蒙古から
の使者が到着する。しかし日蓮は国を乱す狂僧として捕えられ、龍の口で処刑されること
になった。処刑は免れるも佐渡へ流刑となった。そして蒙古十万の軍船が襲来する。日蓮
は博多の一角で敵国降伏を祈り続けた。日蓮の生涯のどこが強調されてきたかが分かる構
成である。
『日蓮』
(1979 年、監督:中村登、日本)
少年時代から波乱の人生を終えるまで日蓮の生涯を描く。なおこの映画の企画者には妙
智會教団の宮本丈靖が名を連ねている。
『空海』
(1984 年、監督:佐藤潤彌、日本)
空海の「御入定 1150 年遠忌」すなわち没後 1150 年を記念して制作されたものである。
空海が中国に渡り密教を学ぶ様子や、帰国後奇跡を示す場面などもある。密教の特徴はど
ういうところに見出されるかに注目するといい。
『親鸞 白い道』
(1987 年、監督:三國連太郎、日本)
法然と出会った親鸞が、弾圧を受けながらも民衆に教えを広めていく姿を描いている。
監督の三國連太郎の同名の小説を映画化したものである。
『ファンシィダンス』
(1989 年、監督:周防正行、日本)
寺院の後継者として本山で修行することになった若者の姿を描いている。僧侶というよ
り、僧侶見習いの姿である。宗派名は明示されていないが、曹洞宗がモデルになっている。
『曼荼羅 若き日の弘法大師・空海』
(1991 年、監督:テング・ウエンジィ、日本/中国)
日中国交正常化 20 周年を記念して製作された。空海の青年時代を中心的に描いている。遣
唐留学生として中国に渡り、青龍寺の恵果阿閣梨から密教の全てを伝授される。
『MON-ZEN』
(1999 年、監督:ドーリス・デリエ、ドイツ)
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ドイツ人の兄弟が禅寺での修行をしようと日本にやってきてくり広げる騒動を描く。曹
洞宗の寺院で撮影している。日本の宗教文化が西欧人からはどう映るのかを考えるときに
役立つ。
『禅ZEN』
(2009 年、監督:高橋伴明、日本)
道元の生涯を描く。宋に渡った道元が、天童山の僧、如浄のもとで修行し、心身脱落と
いう悟りの境地を体験したことが描かれる。また新しい教えを広めようとしたときの、旧
勢力からの攻撃も描かれている。ややスピリチュアルな描き方になっている箇所もあるこ
とに留意したい。
③日本キリスト教
『沈黙』
(1971 年、監督:篠田正浩、日本)
遠藤周作の小説をもとにしている。江戸初期のキリシタンの弾圧の渦中の修道士の苦悩
を描く。主人公のロドリゴは実在のイタリア人修道士ジョゼッペ・キアラをモデルにして
いる。近世において政治権力者からキリスト教がどのようにみられていたかを考えるとき
の素材となる。
『親分はイエス様』
(2000 年、監督:斎藤耕一、日本/韓国)
キリスト教信仰に目覚めた元ヤクザの話で、実話に基づく。暴力団同士の抗争に明け暮
れていた二人のヤクザがキリスト教の信仰に目覚める話が中心である。契機となるのは、
二人の妻が韓国人で、彼女たちがキリスト教の熱心な信者であったことである。この映画
のモデルになった人たちは「刺青クリスチャン」の異名をもつミッション・バラバを 1993
年に結成し宣教活動を続けている。
『筆子・その愛 天使のピアノ』
(2007 年、監督:山田火砂子、日本)
石井筆子が夫の協力のもと、知的障害者のための福祉施設の設立に力を尽くし、自らの
子どもの知的障害とも向かいあった生涯を描く。石井夫妻は日本聖公会の信者であった。
キリスト教と社会活動というテーマに関わる。
『少年H』
(2012 年、監督:降旗康男、日本)
妹尾河童の自伝が映画化されたもので、第二次大戦前から敗戦直後までの少年時代が描
かれる。母親がキリスト教の熱心な信者であり、その言動がこの時期のクリスチャンの置
かれた立場を推察していく上で参考になる。
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④近代新宗教
『人間革命』
(1973 年、監督:舛田利雄、日本)
戦後、創価教育学会を創価学会と改称し、戸田城聖のリーダーシップのもとで教団が形
成され展開していく様を描く。北海道から上京した戸田が、当時小学校校長であった牧口
常三郎とともに歩んだ道を描く。二人は新しい教育法を目指すが批判され、日蓮正宗に入
信し創価教育学会を設立する。しかし、弾圧を受け逮捕される。牧口は獄中で死去するが、
戸田は 1945 年 7 月、敗戦直前に出獄し、新しく創価学会を設立する。牧口と戸田の師弟
愛も見どころである。
『扉はひらかれた』
(1975 年、監督:田中徳三、日本)
天理教の教えにおいて、教祖中山みきの神がかりが具体的にどのように理解されている
かが分かる。それまでの半生部分ではみきの顔が出るが、神がかり以後「おやさま」とな
ったみきの顔は写されない。みきを補佐することになる飯降伊蔵との出会い、末娘こかん
の大坂での布教の様子などが示される。
『続人間革命』
(1976 年、監督:舛田利雄、日本)
『人間革命』の続編である。混乱する敗戦直後の日本社会での創価学会・戸田城聖の活
動が描かれるが、戸田の「十界論」が具体的に示される。また戸田が自分の目指した活動
を山本伸一に託していく様も描かれる。山本伸一は池田大作のペンネームである。社会変
動と宗教の展開というテーマを扱うときの参考になる。
『おかげは和賀心にあり』
(1983 年、監督:石田勝心、日本)
金光教教祖金光大神(俗名赤沢文治)は農業を営んでいたが、しだいに神のしらせを感
じるようになり、農業をやめ宗教家としての活動に専念するようになる。弟子たち(出社)
が形成される過程も、教団史料を参考にしながら描かれている。なお、教祖による取次ぎ
を扱った DVD として『金光さま―とりつぎ物語ー』
(2009 年)
、
『続・金光さま―とりつ
ぎ物語ー』
(2011 年)がある。
『呉清源 極みの棋譜』
(2006 年、原題:呉清源、監督:田壮壮、中国)
天才棋士とうたわれた呉清源の生涯を描いた映画である。中国で生まれた呉清源は、囲
碁に才能を示し、西園寺公毅に勧められて日本に帰化する。1935 年にその西園寺が死去し
て強いショックを受け中国に帰る。そこで紅卍会を知る。さらに戦時中璽宇を知る。教祖
璽光尊に一時深く帰依したが、戦後 1948 年に教団を離脱する。冒頭に撮影当時の本人の
映像がおさめられている。
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⑤民俗信仰
『平成狸合戦ぽんぽこ』
(1994 年、監督:高畑勲、日本)
東京都の多摩丘陵のニュータウンで生活圏が縮小した狸たちが主人公である。
「化け学」
を使って人間に対抗するも、この戦術もなかなかうまくいかない。戦後の日本社会が経済
一辺倒になっていく様が寓話化されている。
『千と千尋の神隠し』
(2001 年、監督:宮崎駿、日本)
千尋という少女が異界に紛れ込み、湯屋で働くことになるが、そこにさまざまな姿をし
た八百万の神々がやってきて、奇妙な体験をする。民俗信仰におけるアニミズム、他界観
といったものを扱うときには、いい素材となる。
『憑神』
(2007 年、監督:降旗康男、日本)
浅田次郎原作の同名の小説をもとにし、江戸時代を舞台にした話である。貧乏神、疫病
神、
死神といった好ましくない神々を描いている。
日本の神はしばしば災いをもたらすが、
それを貧病死のテーマにまとめて扱っている。
福神がすぐ逃げてしまいそうなのに比べて、
貧乏神、疫病神などというのは、いったん取りつかれたら終わりという感覚は人情をつい
ている。日本人の神観念の特徴を学生に考えさせたいときなどに利用できよう。
(2)東アジア宗教
①韓国
『ハラギャティ』
(1989 年、原題:波羅羯諦、監督:イム・グォンテク、韓国)
尼を志したスンニョが経験する苦難を描く。尼になったり俗世間に戻って生活したりま
た尼になったりとする中で、独自の境地として菩薩行の実践に気付いていく。韓国の仏教
は多くの日本人に馴染みがないので、教材にするときには、背景を理解しようとする努力
が求められよう。
『達磨はなぜ東へ行ったのか』
(1989 年、原題:달마가 동쪽으로 간 까닭은?、監督:ペ・ヨンギュン、韓国)
タイトルは達磨太子が東に来たことを問う禅の公案に由来する。禅宗ではインドを西、
中国を東と対比させることが多い。インドから中国へ禅を伝えた達磨太子は「西天第 28
祖」で「東天第 1 祖」である。映画は山奥でひたすら修行に励む老僧、彼に仕える若い僧、
そして老僧が育てている孤児を中心に進む。
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『開闢』
(1991 年、原題:개벽、監督:イム・グォンテク、韓国)
東学の教祖・崔済愚は民を惑わせたとの罪で処刑される。弟子の一人崔時亨が後継者と
なるが、彼も長く逃亡生活を強いられる。この逃亡生活を中心に描くが、1894 年に甲午農
民戦争が起こり、崔は処刑される。信者たちは「開闢はいつなのか」と嘆く。
「開闢」とい
う観念は韓国近代の民族宗教を理解しようとするとき、欠かせない概念である。
『私たちのしあわせな時間』
(2006 年、原題:우리들의 행복한 시간、監督:ソン・ヘソン、韓国)
死刑囚のチョン・ユンスと元歌手のユジョンの心の通い合いを描くが、ユジョンの伯母
がカトリックの修道女で、彼女の振る舞いに韓国におけるキリスト教の一つの姿を見て取
れる。赦しというテーマが背景にある。韓国社会においてキリスト教がもっている影響を
考える上でも役立つ。
『訪問者』
(2006 年、原題:방문자、監督:シン・ドンイル、韓国)
職がなく離婚状態のホジュンは、ワンルームでかなりすさんだ生活を送っている。彼と
宗教の勧誘に来たイ・ケサンとの交流が描かれる。ケサンの信じる宗教はエホバの証人と
思えるような描き方になっている。
②中国・香港
『少林寺三十六房』
(1977 年、原題:少林三十六房、監督:劉家良、香港)
17 世紀の清の時代の伝説的な拳法の達人劉裕徳(リュー・ユテ)を主人公とする。劉が
中国河南省の名刹嵩山少林寺において課せられた修行の様子がかなり具体的に描かれる。
主人公の劉裕徳は、17 世紀に実在した僧である三徳和尚がモデルになっている。中国では
禅と念仏が習合したことに留意したい。
『少林寺』
(1982 年、原題:少林寺、監督:ベニー・チャン、香港)
禅宗の作法も出てくるが基本的にアクション映画である。しかしながら、この映画は中
国のみならず世界的に一大拳法ブームをまき起こし、嵩山少林寺の今日の復興の一大契機
となった。
(3)南アジアの宗教
『ガンジー』
(1982 年、原題:Gandhi、監督:リチャード・アッテンボロー、インド/英国)
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弁護士として南アフリカに渡ったガンジーが人種差別を身を以て経験し、それに対する
非暴力の闘いを決意する。1915 年にインドに帰って暴力を用いない抵抗運動を進める。第
二次大戦後にインドは独立するが、ヒンドゥーとムスリムの対立は激化し、ガンジーもま
たヒンドゥー至上主義者により暗殺される。ガンジーが重視したアヒンサー(非暴力)の
姿勢を理解する際にも参考となる映画である。
『リトル・ブッダ』
(1993 年、原題:Little Buddha、監督:ベルナルド・ベルトルッチ、米国)
ニューエイジ的な関心からのブッダ映画であるが、一般的に広まっているブッダの伝記
を踏まえているので、
欧米からのインド仏教観の一つという意味で見るのがいいであろう。
「四門出遊」の話に基づく場面、苦行の様子や奇跡譚、中道についての悟りの場面などが
視覚に訴えやすく映像化されている。
『ボンベイ』
(1995 年、原題:Bombay、監督:マニラトナム、インド)
ジャーナリスト志望の青年セーカルとムスリムのシャイラー・バーヌとの恋愛を中心に、
ヒンドゥー教徒とムスリムの間の摩擦を扱う。家族の反対を押し切りふたりは結婚する。
双子の男の子が生まれ、幸せな生活を送っていたが、1992 年に起こったアヨーディヤー事
件にふたりとその息子たちも暴動に巻き込まれていく。
『セブン・イヤーズ・イン・チベット』
(1997 年、原題:Seven Years in Tibet、監督:ジャン=ジャク・アノー、米国)
第二次大戦中にインドで捕虜になったオーストリアの登山家ハラーは、登山隊の隊長で
あったアウフシュタイナーとともに脱走し、チベットのラサにたどり着く。そこで幼いダ
ライ・ラマ 14 世に謁見する。
『クンドゥン』
(1997 年、原題:Kundun、監督:マーティン・スコセッシ、米国)
ラサのポタラ宮殿に住んでいたダライ・ラマ 14 世がチベットからインドへ亡命するま
での半生を描いている。彼の自伝『チベットわが祖国』に基づいている。チベットの首都
ラサのポタラ宮殿に住んでいたが、中国軍の駐留で緊迫した状況を迎える。チベットへの
抑圧は厳しさを増していくなかに、ダライ・ラマは密かに脱出し、ヒマラヤを越えてイン
ドに亡命する。今日のチベット問題を考えるときに外せない映画である。
『恋する輪廻~オーム・シャンテイ・オーム』
(2007 年、原題:Om Shantio Om、監督:ファラー・カーン、インド)
脇役専門の俳優オーム・プラカージュが美貌の人気女優シャンティにあこがれる。ある
日オームは殺されそうになったシャンティを助けようとして大やけどを負い、さらに車に
轢かれて死ぬ。その車を運転していたカプール夫妻の間には、その日に男の子が生まれ、
オーム・カプールと名付けられるが、この男児にオームは転生するという筋である。娯楽
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映画だが、インドにおける輪廻転生の考えの現代的表象として見れる。
『ヒマラヤ、風がとどまる所』
(2008 年、原題:Himalaya, Where the Wind Dwells、監督:チョン・イルス、韓国)
死者と向かい合うネパール人たちの姿が描かれる。韓国で働いていたネパール人のドル
ジが事故で死んだので、彼が働いていた工場主の兄がドルジの遺骨を故郷へもっていく。
ドルジの死を知った妻がマニ車を左回しする光景が出てくる。ネパールの民族宗教の考察
につながる。
『聖者たちの食卓』
(2011 年、原題:Himself He Cooks、監督:バレリー・ベルトー/フィリップ・ウィ
チュス、ベルギー)
シク教の本山、ハリマンディル・サーヒブ(通称「黄金寺院」
)で行われている信者たち
への食事の提供の様子を描いたドキュメンタリー。1 日に 10 万人分の食を無料で提供する
という仕組みの一端がダイナミックに示される。一見の価値のある映像でシク教の理解に
資する。
『ライフ・オブ・パイ~トラと漂流した 227 日』
(2012 年、原題:Life of Pi、監督:アン・リー、米国)
パイ一家が貨物船に乗ってインドからカナダに向かっているときに嵐で船が転覆する。
パイだけが救命ボートにしがみつき一命を得るが、そこにはトラが一頭いた。トラと向か
いあって 227 日もどう生きながらえるのかは表向きの筋である。宗教と民族が絡まる問題
をメタファーで語る手法である。
『Buddha2~終わりなき旅』
(2014 年、監督:小村敏明、日本)
原作は手塚治虫。『手塚治虫のブッダ』(2011 年)の続編であり、ブッダが苦行の旅
に出てから独自の悟りを開くまでの時期が描かれる。ブッダの修行だけでなく、周辺の人
間模様の描写も描かれる。タッタやミゲーラなど仏典には見られない人物も登場する。さ
まざまな形の苦を描くことで、一切皆苦の教えを表現しようとしている。
(4)ユダヤ教
『十戒』
(1956 年、原題:The Ten Commandments、監督:セシル・B・デミル、米国)
旧約聖書の出エジプト記の記事をもとに、モーゼがエジプトで虐げられていたイスラエ
ルの民を率いて紅海を渡りカナンの地に至るまでの話を描く。シナイ山で神から十戒を受
ける様子や海が割れる特撮が公開当時は話題となった。
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『屋根の上のバイオリン弾き』
(1971 年、原題:Fiddler on The Road、監督:ノーマン・ジュイソン、米国)
ウクライナの村に住んでいるユダヤ人であるテヴィエ一家の 5 人の娘たちのそれぞれの
生き様を描く。20 世紀の初めのロシアではポグロムと呼ばれる集団的な迫害事件が起こっ
たが、一家も追放の運命となる。
『炎のランナー』
(1981 年、原題:Chariots of Fire、監督:ヒュー・ハドソン、英国)
ユダヤ人のハロルドがケンブリッジ大学に入学し、プロテスタントの宣教師を目指すエ
リックと陸上競技の良きライバルとして競いあう。ハロルドは反ユダヤ主義に直面し、エ
リックは 1924 年のパリオリンピックに出場が決まるが、安息日の戒律に直面する。
『愛のイエントル』
(1983 年、原題:Yentl、監督:バーブラ・ストライサンド、米国)
ポーランド生まれのユダヤ人作家アイザック・バシェヴィス・シンガーの小説をもとに
したミュージカル。ラビである父と暮らしていたイエントルが父の死後、学びを続けよう
としてぶつかる辛苦を描く。
『約束の旅路』
(2005 年、原題:Va, Vis et Deveins、監督:ラデュ・ミヘイレアニュ、フランス)
エチオピアに住んでいたファラシャと呼ばれる黒人のユダヤ人たちの過酷な運命を扱っ
ている。実際に起こった出来事を踏まえている。ファラシャをイスラエルに移住させる「モ
ーセ作戦」が 1984 年 11 月に始まった。この作戦でイスラエルに移住した主人公の少年シ
ュロモは、実はユダヤ人ではなかった。だが、母が息子だけでも救おうと、子どもを亡く
したばかりの別の母親に託してイスラエルへ送ってもらった。シュロモはフランス系ユダ
ヤ人の里子として育てられるが、黒い肌のシュロモはイスラエルでいろいろな差別を受け
る。民族紛争から旧約聖書の解釈までさまざまな重い課題が詰まっている。
『ソハの地下水道』
(2011 年、原題:In Darkness、監督:アグニェシュカ・ホランド、ドイツ/ポーラン
ド)
実話に基づいた映画である。戦時中はポーランド領で戦後はウクライナ領になったルヴ
フ(現リヴィウ)でナチスの支配下に置かれたユダヤ人の逃避行が主題である。ルヴフに
は大きなゲットーがあった。
地下に潜むユダヤ人たちの息の詰まるような日々が描かれる。
地下ではユダヤ人たちが過ぎ越しの祭りをささやかに祝い、そこから画面が上に移動し、
地上の教会ではミサが行われているシーンがある。両者の対比が独特のアングルになって
いる。
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(5)キリスト教
①神
『天地創造』
(1966 年、原題:The Bible: in the Beginning、監督:ジョン・ヒューストン、イタリ
ア/米国)
『旧約聖書』の創世記の 1 章の天地創造から 22 章のイサクの生け贄までの話を描いた
もの。聖書の記述に沿うように映像化している。キリスト教徒が伝統的に理解してきた聖
書解釈に近いと考えられる。
『オー! ゴッド』
(1977 年、原題:Oh, God!、監督:カール・ライナー、米国)
神が眼鏡をかけ野球帽をかぶった老人の姿で登場する。神はみずからが神であることの
証明として「GOD」と書かれた名刺を差し出したりする。本来は神に姿などないのだが、
それだとわかりにくいだろうと主人公が受け入れることの出来る平凡な格好にしたという
理由づけがなされている。この映画はシリーズ化され、
『オー! ゴッド 2/子供はこわい』
(1980 年)
、
『オー! ゴッド 3/悪魔はこわい』
(1984 年)が制作された。米国における神
表象の変化を考えるときの材料となる。
『ブルース・オールマイティ』
(2003 年、原題:Bruce Almighty、監督:トム・シャドヤック、米国)
ブルースが「神よ、あんたは仕事をしていない」と悪態をついてしまったことが神の登
場を招く。神が「お前さんそう言うけれどこれでなかなか大変なんだぞ。なんならちょっ
と神様をやってみろや」とブルースに神の役を任せることとなる。ローカル・テレビ局の
リポーターであるブルースは、こうしてドタバタ劇を始めることとなる。
『エバン・オールマイティ』
(2007 年、原題:Evan Almighty、監督:トム・シャドヤック、米国)
『ブルース・オールマイティ』の続編であるが、下院議員に当選したエバンが主役であ
る。この映画では毎朝セットした時間とは異なる 6 時 14 分に目覚ましが鳴るといった具
合に、
「614」という数字が謎めいた数字として用いられる。やがてこれは創世記 6 章 14
節を意味することが分かる。これはノアの箱船の話の一部をなし、それに沿った展開とな
る。
『ノア 約束の舟』
(2014 年、原題:Noah、監督:ダーレン・アロノフスキー、米国)
創世記のノアの箱舟に関する記述を一応の下敷きにしているが、創作部分も多い。とく
に堕天使は機械人として描かれていて、従来の聖書映画とはかなり異なる内容である。聖
書に基づく映画は今後どのように変わっていくのかを考えさせる。
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『神は死んだのか』
(2014 年、原題:God's Not Dead、監督:ハロルド・クロンク、米国)
無視論を説く大学教授と神を信じる大学生の教室における議論に一応焦点があてられて
いるものの、神を信じる方が幸せになるのだというメッセージを込めた映画で、神の存在
をめぐる議論の質はさほどではない。米国の保守的キリスト教の潮流を踏まえて見るべき
映画である。
②イエス・キリスト
『バラバ』
(1961 年、原題:Barabbas、監督:リチャード・フライシャー、イタリア)
バラバとはイエス・キリストが十字架にかかったとき、ともに十字架にかけられること
になった極悪人である。ローマ帝国の総督ピラトが民衆に向かってイエスかバラバのどち
らかを釈放するから選べと言ったのに対し、民衆はバラバの釈放を要求する。人殺しも平
気で行う凶悪な盗賊として投獄されていたバラバは思いがけず釈放される。ところがバラ
バの愛人レイチェルは、イエスを救世主と信じるようになり、それゆえ石打ちの刑に処せ
られ死ぬ。バラバは荒れすさび、さらに殺人や盗みを繰り返す。
『奇跡の丘』
(1964 年、原題:II vangelo secondo Matteo/The Gospel according to St.Matthew、
監督:ピエル・パオロ・パゾリーニ、イタリア/フランス)
マタイによる福音書に示されるイエス・キリストの言行を無神論者であるパゾリーニ監
督が映像化した作品。奇跡は奇跡として描きだしている。
『ジーザス・クライスト・スーパースター』
(1973 年、原題:Jesus Christ, Superstar、監督:ノーマン・ジュイソン、米国)
イエス・キリストの人間としての悩みや苦しみを、ミュージカルにして描いて評判とな
った。次の映画とともに、西欧におけるイエス理解の変遷を考えるときの参考となる。
『キリスト最後の誘惑』
(1988 年、原題:The Last Temptation of Christ、監督:マーティン・スコセッシ、
米国)
イエスとマグダラのマリアとの愛が生々しく描かれ、従来のイエスを描いた映画とは大
きく様相が異なっている。エロスに満ちたイエス像が前面に出ていて、一部に上映反対の
運動も起きたほどである。
『ライフ・オブ・ブライアン』
(1979 年、原題:Monty Python’s Life of Brian、監督:テリー・ジョーンズ、英国)
イエスは登場しないが、間接的にそのメシア扱いが皮肉られていて、徹頭徹尾キリスト
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教をおちょくった映画である。英国のコメディグループであるモンティ・パイソンが中心
的な役を演じている。イエス・キリストが生まれたのとほぼ同時に、一つ隣りの小屋でブ
ライアンが生まれたという設定で始まる。ブライアンは自分の意思に反してメシアにまつ
りあげられて、最後は処刑されてしまう。宗教の創始者や教えをどこまで茶化すことが許
されるのか。そうしたことを考えさせる。
『パッション』
(2004 年、原題:The Passion of the Christ、監督:メル・ギブソン、イタリア/米国)
キリスト教用語としてのパッションはイエス・キリストが十字架にかかった最後の一日
を指す。カトリック教会で「十字架の道行」として描かれる場面にそった描写である。ギ
ブソン監督の宗教観が強く反映しているとされる。
『マリア』
(2006 年、原題:The Nativity Story、監督:キャサリン・ハードウィック、米国)
受胎告知からイエス誕生までが主要な部分である。
マタイによる福音書をベースに描く。
天使ガブリエルからの受胎告知をひたすら信じるマリア、ベツレヘムでの降誕のシーンな
どは、信仰者の世界観を映像化しようとしたものとして理解できる。
③ローマ教皇
『法王さまご用心』
(1992 年、原題:The Pope Must Die、監督:ピーター・リチャードソン、英国)
ローマ教皇が突然死去し、次の教皇を選ぶこととなった。ところが耳の遠い書記官が名
前を聞き違えたため、枢機卿でもなく片田舎の修道会の司祭であったアルビーニツィが突
然教皇に選ばれる。ドタバタ喜劇に近いが、アルビーニツィが就任の記者会見の場で、避
妊はどう思うかという質問には「いいことですね」と答える。女性司祭はどうかという質
問には「大歓迎です」と答える。なかなか皮肉も込められている。
『ローマ法王の休日』
(2011 年、原題:Habemus Papam、監督ナンニ・モレッティ、イタリア)
コンクラーベでようやく選ばれた新しいローマ教皇が、
それを嫌がって逃げ回るという、
ほとんどありえない想定の話。コンクラーベの最中にバレーボ-ルに興ずる枢機卿たちの
様子を描くなど、いくぶん茶化し気味のシーンがいくつかある。
④修道院・修道会
『尼僧物語』
(1959 年、原題:The Nun's Story、監督:フレッド・ジンネマン、米国)
1930 年代、ベルギーに住む女性ガブリエルは、医者の父をもち、看護婦として働いてい
た。しかしコンゴの病院で働くことを夢見て修道院に入ることを決意する。修道院でもら
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った名前が、シスター・ルークである。物質的欲望を絶つ清貧と貞潔を守ることには揺ら
ぎのなかったルークだが、
服従という戒律が繰り返し彼女の試練となる。
ラストシーンで、
オードリー・ヘプバーン演ずるルークが、誰に見送られることもなく修道院を出るときの
様子が静かに描かれる。ヨーロッパにおいて修道院が果たしてきた社会的機能を考える上
でも役立つ。
『ブラザー・サン シスター・ムーン』
(1972 年、原題:Brother Sun, Sister Moon、監督:フランコ・ゼフレッリ、イタリア
/英国)
フランシスコ修道会の祖アッシジの聖フランシスコ(フランチェスコ)の生涯を描く。
フランシスコの生涯を映画化したものは数多く、『神の道化師、フランチェスコ』
(1950
年、イタリア)
、
『フランチェスコ』
(1989 年、イタリア)
、
『剣と十字架』
(1961 年、米国)
などがある。個々の修道会の起源に関心ある人には参考になろう。
『薔薇の名前』
(1986 年、原題:Le Nom de la Rose、監督:ジャン=ジャック・アノー、イタリア/
西ドイツ/フランス)
14 世紀に北イタリアのベネディクト修道院で起こった事件を描く。異端審問官が大きな
背後のテーマになっている。
『ミッション』
(1986 年、原題:The Mission、監督:ローランド・ジョフィ、英国)
18 世紀半ば、イエズス会の神父ガブリエルは、南米のパラナ川上流にあるイグアスの滝
に宣教を試みる。その地のグララニ族に布教を試み、しだいに信頼を受けるが、スペイン
とポルトガルの支配地域をめぐる協定に巻き込まれていく。史実をもとにしているから、
重い映画だが、考えさせる素材にはなる。
『天使にラブソングを』
(1992 年、原題:Sister Act、監督:エミール・アルドリーノ、米国)
マフィアに追われた女性が修道院で修道女になりすまして生活する。そこで聖歌隊を指
導したことで起こる出来事が描かれる。アメリカにおけるカトリックの社会的機能を考え
る参考となろう。
『大いなる沈黙へ』
(2005 年、原題:Die grosse Stille、監督:フィリップ・グレーニング、スイス/ドイ
ツ/フランス)
フランスのグランド・シャルトルーズ修道院の修道士たちの様子を追ったドキュメンタ
リー映画。ドイツ人のフィリップ・グレーニング監督が撮影したのだが、撮影自体の許可
までに十数年を要したという。沈黙というより静寂というべき時間の流れを運んでいる。
宗教文化と哲学的思索の両方にわたるテーマがある。
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『アヴリルの恋』
(2006 年、原題:Avril、監督:ジェラール・ユスターシュ=マチュー、フランス)
母親が死んだため、孤児になりトラピスチヌ修道院に預けられた修練女アヴリルは、正
式な修道女となるための修行をする。しかし、別れた兄を探すため礼拝堂を抜け出る。兄
と会い、世俗の生き方に足を踏み入れていく。それは当然修道院長の怒りを買う結果とな
る。
『ダウト~あるカトリック学校で』
(2008 年、原題:Doubt、監督:ジョン・パトリック・シャンリー、米国)
カトリック教会が経営する小学校の校長である修道女が、一人の神父の行状を疑う。黒
人の男子児童との関係についての疑惑である。疑われたフリン神父は、教会に新しい風を
もたらそうとしていた。説教もなかなか人気があった。黒人の男子生徒と神父との関係に
小さな疑惑を抱き、それを校長に告げたのは、学校で教えている若い修道女であった。カ
トリックの抱える問題に切り込んだ映画である。
『シスタースマイル・ドミニクの歌』
(2009 年、原題:Soeur Sourire、監督:ステイン・コニンクス、フランス/ベルギー)
「ドミニク、ニク、ニク」の歌詞で知られる歌は 1960 年代にレコードが発売され、世
界で 300 万枚以上売れたという。ドミニクの歌は「シスタースマイル」という歌手名でリ
リースされたが、この歌を作った実在の人物をモデルにした話である。修道院の描き方も
見逃せない。
『神々と男たち』
(2010 年、原題:Des Hommes et des Dieux、監督:グザヴィエ・ボーヴォワ、フラ
ンス)
1996 年 3 月にアルジェリア南部の町チビリヌで実際に起こったトラピスト会の修道士
殺害事件を題材にとっている。イスラーム過激派が近辺でテロを拡大させていく中での、
修道士たちの心の揺れ動きを中心にストーリーは展開する。宗教の違いにこだわることな
く、病人に薬を施し、生活を支える活動を続けていた修道士たちは、地元の人たちからの
信頼を勝ち得ていた。しかし、イスラーム武装グループが彼らを襲う。
『あなたを抱きしめる日まで』
(2014 年、原題:Philomena、監督:スティーヴン・フリアーズ、英国/ フランス)
1952 年のアイルランドから話は始まる。十代であったフィロミナは未婚で身ごもり、父
の意向で修道院に入れさせられる。フィロミナが出産した男児はある日、車でどこかへ連
れられて行く。別れてから 50 年後に娘の知り合いのジャーナリストの助けで息子探しを
始める機会を得るが、思いがけない事実を知る。
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⑤教会・牧師
『偽牧師』
(1923 年、原題:The Pilgrim、監督:チャーリー・チャップリン、米国)
チャップリンが脱獄囚を演じるモノクロの無声映画である。牧師に間違えられた脱獄囚
が教会で説教をする羽目になるシーンが面白い。煙草を吸いかけた牧師にたちまち鋭い視
線が集まり、それを察して煙草をしまうシーンなども絶妙である。当時のプロテスタント
教会の雰囲気を、いくぶんからかい気味に描写している。
『ゴスペル』
(2004 年、原題:Gospel、監督:ロブ・ハーディ、米国)
黒人牧師の子どもが父への反発を抱くが、葛藤をへて父の生き方を受け入ていく。デイ
ビッドは母が死にかけているとき、牧師の仕事を優先した父を許せなかった。家を飛び出
して、やがてR&B歌手として売り出す。セクシーなポーズで人気が出る。しかし父が病
床にいることを知り帰郷して、父の教会を立て直すためにクワイヤー(賛美歌隊)のアド
バイスをしたり、募金活動をする。
『ヤコブへの手紙』
(2009 年、原題:Postia Pappi Jaakobille、監督:クラウス・ハロ、フィンランド)
殺人罪で終身刑となっていたレイラの引き受け人となった老齢の牧師ヤコブ。ヤコブは
盲目である。彼は暗い過去をもつレイラに、自分宛の信者たちからの手紙を読むことを依
頼する。宗教家はなんのためにいるのか?人と人とのメッセージの交換の中で、救われて
いるのは誰か?そうしたことを考えさせる非常に良質な映画である。
⑥クリスマス
『三十四丁目の奇跡』
(1947 年、原題:Miracle on 34th Street、監督:ジョージ・シートン、米国)
ニューヨークのマンハッタン 34 丁目が舞台で、アメリカ人の当時の比較的素朴なサン
タ信仰を推測させるような内容である。リメイク版も 2006 年に作られた。
『クリスマスキャロル』
(1970 年、原題:Scrooge、監督:ロナルド・ニーム、米国)
チャールズ・ディケンズの 19 世紀半ばの小説『クリスマス・キャロル』を原作とする
映画。育った境遇もあって、まるで守銭奴のように生きているスクルージが、クリスマス
イブに過去、現在、未来の精霊にいざなわれて自分の姿を見て改心していくというストー
リーである。クリスマスキャロルの映画化はいくつかあり、2004 年の『A CHRISTMAS
CAROL』はミュージカル映画、2009 年の『クリスマス・キャロル』はディズニーのアニ
メ映画である。
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『サンタクロースになった少年』
(2007 年、原題:Joulutarina/Christmas Story、監督:ヨハ・ウリオキ、フィンラ
ンド)
サンタクロースの少年時代を描くという設定であるが、聖ニコラス伝説とは関わりはな
い映画である。
「フィンランド版サンタクロース」が誕生する話とでも見るべきファンタジ
ーである。しかし話としてはうまく作ってある。
『クリスマスのその夜に』
(2010 年、原題:Hjem til Jul、監督:ベント・ハーメル、スウェーデン/ドイツ/ノ
ルウェー)
クリスマスの夜にノルウェーの町で起こったさまざまな出来事を重ね合わせている群像
劇である。クリスマスイブなのに診察に出かけなければならない医師。物乞いをするも足
を止める人もなく、みじめに故郷へ帰るための金を手に入れようとする路上生活者。離婚
したが子どもに会いたくてたまらず、無茶苦茶な手段を使う男。妻子のある恋人の態度に
業を煮やす女性。クリスマスを祝わないイスラームの女の子の家に行き、望遠鏡で空を眺
める少年など。ある特定のメッセージを投げかけるというより、受け取る側の感性を重視
する映画である。
⑦その他
『聖処女』
(1943 年、原題:The Song of Bernadette、監督:ヘンリー・キング、米国)
1858 年にマリアを見たと注目されたベルナデットという少女の体験と彼女をめぐる人
間模様を描いた映画である。奇跡を奇跡として扱ってはいるが、たんに信仰礼賛の映画で
はない。神父たちはずるく立ち回っているようにも受け止めうるし、シスターたちは暗い
雰囲気が支配的である。ベルナデットの正直さと、奇跡認定の手続きの煩雑さとを対比さ
せているようにも見える。
『刑事ジョン・ブック 目撃者』
(1985 年、原題:Witness、監督:ピーター・ウィアー、米国)
アメリカ合衆国のペンシルバニア州を中心に住んでいるアーミッシュの生活が描かれる
場面がある。
刑事ジョン・ブックが担当した殺人事件にアーミッシュの母子が絡んだうえ、
自身にあらぬ疑いがかけられたので、彼はアーミッシュの村に隠れ住むことになる。アー
ミッシュの非暴力に徹する生き方が示されている。
『大富豪、大貧民』
(1997 年、原題:For Richer or Poorer、監督:ブライアン・スパイサー、米国)
アーミッシュの村に紛れ込んだ俗っぽい社長夫妻のドタバタぶりが描かれる。大会社社
長のブラッド・セクストンは、脱税を疑われ国税局の追及を受ける羽目になる。妻との逃
亡の旅をする羽目に陥り、アーミッシュの村にたどり着く。ふたりは信者になりすまし、
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そこでの生活を始めるが、彼らの生活についてゆくのに苦労する。原題の For Richer or
Poorer は、キリスト教式の結婚式のときに述べられる「富めるときも貧しきときも」とい
う文句である。
「大富豪、大貧民」ではこの映画の趣旨が分かりにくい。
『エリザベス』
(1998 年、原題:Elizabeth、監督:シェカール・カブール、英国)
カトリックとプロテスタントが争っていた 16 世紀のイングランドで、ヘンリー8 世の娘
でのち女王となったエリザベス1世の生涯を扱っている。英国国教会の歴史に関係する。
『風の行方』
(1999 年、原題 Inherit The Wind、監督:ダニエル・ペトリ)
キリスト教に進化論が与えた影響について考えるときには見逃せない映画である。1925
年にアメリカ・テネシー州の町デイトンで実際に起こった「スコープス・モンキー裁判」
を題材にとっている。教師のケイツは学校で進化論を教えたため、逮捕され裁判にかけら
れる。裁判ではケイツの弁護人ドラモンドと聖書に書かれている一言一句を信じる熱心な
クリスチャンであるブレイディとのやりとりが中心となる。ブレイディは答えながらしだ
いに興奮し、創造のときは紀元前 4004 年 10 月 23 日であると断言したりする。裁判自体
はケイツの有罪で終わるが、罰金わずか 100 ドルであった。
『人間消失』
(2000 年、原題:Left Behind、監督:ビル・コーコラン、カナダ)
キリスト教で言う携挙の概念が現代的にどう理解されているかの参考になる。終末のと
き、信仰をもつ者は天に挙げられ、持たない者はこの世に残される(レフト・ビハインド)
という考えである。続編に『人間消失トリビュレーション・フォース』
(2002 年、原題:
Left Behind II: Tribulation Force)がある。これはほとんどアクション映画である。
『サン・ジャックへの道』
(2005 年、原題:Saint Jacque... la Mecque、監督:コリーヌ・セロー、フランス)
きわめて仲の悪い 3 人兄弟が母の遺言で、スペインの聖地サンティアゴ(サン・ジャッ
ク)へ巡礼することになる。それが遺産相続の条件なのである。その巡礼の過程で生ずる
3 人の心理的変化が描かれる。
『ダ・ヴィンチ・コード』
(2006 年、原題:The Da Vinci Code、監督:ロン・ハワード、米国)
イエスとマリアとの間に子どもがいたという前提のもとにストーリーを展開させる。20
世紀前半にできた属人区という、カトリックでは珍しいタイプの組織であるオプス・デイ
も登場する。
『ジーザス・キャンプ~アメリカを動かすキリスト教原理主義』
(2006 年、原題:Jesus Camp、監督:ハイディ・ユーイング/レイチェル・グレイデ
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ィ、米国)
ミズーリー州のベッキー・フィッシャーという女性牧師が主催する子どもを対象とする
サマーキャンプの様子が中心的に描かれる。彼女は進化論を否定し、堕胎に反対する。
「ア
メリカをキリストの手に取り戻そう」というスローガンを繰り返す。子どもたちへの教育
が宗教界の将来の動向に非常に重要な意味をもつことを自覚し、
さまざまな道具を使って、
自分たちの信念を子供たちに伝える工夫をする。敵か味方かと、常に明確な二分法を突き
付ける。一部の子どもたちは思惑通りその枠で考えるようになる。キリスト教原理主義の
問題を考えるときに欠かせない素材となる。
『ルルドの泉で』
(2009 年、原題:Lourdes、監督:ジェシカ・ハウスナー、オーストリア、ドイツ、フ
ランス)
1858 年に少女ベルナデッタの起こしたとされる奇跡により、
フランスのルルドには今で
は年間約 600 万人もの人が訪れる。手足の自由がきかず、車椅子に乗ってこの地を訪れた
若い女性クリスティーヌが、ルルド巡礼のツアーに参加した際に起こった奇跡的な出来事
が描かれる。ルルドの現在の姿から信仰治療の問題を考えていくことができる。
(6)イスラーム
『アラビアのロレンス』
(1962 年、原題:Lawrence of Arabia、監督:デヴィッド・リーン、英国)
第一次世界大戦時、英国はメッカのシャリーフであるフサインに、ドイツ側のオスマン
帝国に対して英国側につけば独立させると約束する。ロレンスの任務はアラブ反乱軍を支
援することだった。中東の現代を理解する上でも非常に参考となる。
『ザ・メッセージ』
(1976 年、原題:The Message、監督:ムスタファ・アッカド、クゥエート/サウジ
アラビア/ モロッコ/リビア)
ムハンマドの生涯を扱った映画である。ムハンマドの説いた教えが、多神教の町メッカ
でどう広がっていったか、どのような波紋を周囲にもたらしたのかなどを交えつつ、ムハ
ンマドに従った人々の信念の深さが描かれる。商人たちでにぎわうメッカの物質主義と多
くの神々への崇拝。
ムハンマドの一神教の教えは、
多くの人々にとって衝撃的であったが、
若者を中心に帰依者が現れる。彼らはムハンマドを通じて次々と下される新しい啓示に引
きこまれ、親たちを説得していく。偶像崇拝禁止を配慮してのことであろうが、映画の中
ではムハンマドの姿や声は出てこない。
『ハーフェズ ペルシャの詩』
(2007 年、原題:Hafez、監督:アボルファズル・ジャリリ、イラン/日本)
タリーカと呼ばれるスーフィ教団の規則を背景とした映画である。シャムセディンはタ
リーカでコーランをすべて暗唱する修行をして試験に合格した。コーラン暗唱者だけに与
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えられる称号ハーフェズを獲得する。 ある日、宗教家の娘ナバートにコーランを教えるこ
ととなる。
ふたりは会話しながら視線を交わしたが、
この行為がこの教団では戒律違反で、
大きな問題となる。シャムセディンはハーフェズの称号を剥奪され、ナバートは父のもと
で学ぶ男と結婚させられることになる。
『ペルセポリス』
(2007 年、原題:Persepolis、監督:マルジャン・サトラピヴァンサン・パロノー、フ
ランス)
1979 年 2 月のイラン・イスラーム革命前に生まれ、革命後に成長期を迎えた女性の目
から描かれたアニメ映画である。主人公のマルジャンは、活発でブルース・リーの映画が
大好きな少女。しかしホメイニに率いられた革命で、自由が急速に失われていくのを実感
する。イラン・イラク戦争が始まり、女性に対する戒律遵守も厳しく迫られる。マルジャ
ンの将来を案じた両親は、彼女をウィーンへ留学させることにした。最初は楽しんだマル
ジャンだが、しだいに壁を感じていく。そしてテヘランの家族の元へ戻る。母に勧められ
今度はフランスへ旅立つ。全体としては革命後のイランで、宗教的な締め付けが厳しくな
ったことへのあきらめが強く漂う。
『アルゴ』
(2012 年、原題:Argo、監督:ベン・アフレック、米国)
イラン・イスラーム革命の年の 11 月に起こったイランの米国大使館占拠事件に基づい
て脚色された映画である。冒頭で事件に至る経緯が短く説明される。西欧化を進めつつ、
自らは贅沢な生活をしていたパーレビ国王がイラン国民の怒りを買ったこと。ホメイニに
率いられた革命の前に、
パーレビ国王がエジプトに亡命し、
最終的に米国に移住したこと。
そして国王の引き渡しに米国が応じず、これにイラン国民が怒ったことである。怒れる民
衆が米国大使館に押し寄せたとき間一髪でカナダ大使館に逃げ込んだ 6 人の米国大使館員
の救出劇が中心的ストーリーである。CIA で人質救出が専門のメンデスが単独イランに乗
り込み、6 人の救出にあたる。そこでとられたのがまことに奇抜なアイデアである。ただ
イスラムフォビアを助長しかねない場面もあるので、この点には要注意である。
『少女は自転車にのって』
(2012 年、原題:Wadjda、監督:ハイファ・アル=マンスール、サウジアラビア/ド
イツ)
サウジアラビアに住む 10 歳の少女ワジダが自転車に魅せられ、どうしても乗りたいと
思いそのための工面をしようとする。そんなときに一つのチャンスが訪れる。学校でのコ
ーラン暗唱大会である。とりわけ女性への戒律が厳しいとされるサウジアラビアにおける
女性の地位を考える上で参考となる映画である。
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(7)その他の宗教
『マルコムX』
(1992 年、原題:Malcolm X、監督:スパイク・リー、米国)
マルコムXの生涯を扱う。マルコム・アール・リトルは窃盗の罪で服役しているときに
ネーション・オブ・イスラムに改宗し、マルコムXと名乗るようになる。1952 年に出所す
ると宗教活動を始めるが、やがて教団に失望して去り、ムスリムとして生きていく道を選
ぶ。
『アリ ALI』
(2001 年、原題:Ali、監督:マイケル・マン、米国)
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」という言葉で一世を風靡した元プロボクサーのモ
ハメッド・アリの半生を描いている。ボクシングが中心だが、宗教に関わる要素もけっこ
う重要である。彼は 1964 年にヘビー級王座に就くが、その翌日ブラック・ムスリムの団
体であるネーション・オブ・イスラームのメンバーとなった。マルコムXもこの教団に属
していたが、この頃離脱してスンニー派に属するようになった。マルコムXとも親交のあ
ったアリはマルコムXが暗殺されたことに大きな衝撃を受けた。アリもやがてスンニー派
に属する。ベトナム戦争に反対した彼は、最高裁でようやくその主張が通り、良心的兵役
拒否が認められる。黒人、そしてムスリムという、アメリカ社会で二重に覆いかぶさる差
別との闘いが描かれている。
2 テーマ別
(1)宗教紛争・テロ
①パレスチナ紛争
『シリアの花嫁』
(2004 年、原題:The Syrian Bride、監督:エラン・リクリス、イスラエル/ドイツ/
フランス)
ゴラン高原に住む一人の女性の結婚をめぐる政治、民族、宗教などの要素が渾然一体と
なった複雑な問題を描く。
ドルーズ派という日本人にはあまりなじみのない宗教が関わる。
この教派に属する一家の娘モナが結婚することになる。モナはゴラン高原のマジュダルシ
ャムス村に住んでいる。
花婿となるタレルは軍事境界線の向こうのシリア側に住んでいる。
それは通常の国境ではない。いったん、その境界線を越えたなら、家族の住む側、つまり
イスラエルが占領する地域には帰ってこられない。中東における宗教対立、民族対立が日
常生活にどのような煩わしさ、やるせなさをもたらしているかを考えさせる。
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『パラダイス・ナウ』
(2005 年、原題:Paradise Now、監督:ハニ・アブ・アサド、オランダ/ドイツ/パ
レスチナ/フランス)
ヨルダン川西岸地区の町ナブルスに住む 2 人の若者、サイードとハーレドが自爆攻撃の
実行者に選ばれてからの二日間が描かれる。自爆テロがパレスチナ問題の解決への道でな
いことは明らかであるが、
そうせざる得ないことを信じさせる論理を補強するものとして、
端々でイスラームの教えが用いられる。司令した男は、
「殉教したらどうなる?」というハ
ーレドの質問に、
「2 人の天使が迎えに来る」と答える。殉教は正義であり、神は正義を愛
すると答えるのである。
『撤退』
(2007 年、原題:Disengagement、監督:モス・ギタイ、イスラエル/イタリア/フ
ランス/ドイツ)
2005 年にガザ地区からイスラエルが撤退するときの話が主題である。
イスラエルがパレ
スチナ側に配慮しようとするときの、イスラエルの入植者たちの反対。そこでのユダヤ教
の宗教的指導者であるラビたちの振る舞いが描かれる。
『パレスチナ 1948 NAKBA』
(2011 年、監督:広河隆一、日本)
広河隆一監督がみずから取材した 40 年にわたる写真と映像を編集した映画である。ア
ラブ人、ユダヤ人の双方に多くのインタビューがなされている。広河監督はキブツダリア
で 1 年間働いていたとき、そこがもともとアラブ人の村ダリヤトルーハの土地につくられ
たものであることを知り、土地を奪われた人たちの取材を始めた。NAKBA とは、大惨事
を意味する。これはむろんアラブ人にとっての大惨事である。ナチスによって大虐殺を経
験したユダヤ人が、なぜパレスチナの地で迫害者となるのか。そこにはパレスチナは神よ
りイスラエルの民に与えられた土地だという旧約的信仰が存在する。
②その他
『ブラディ・サンデー』
(2002 年、原題:Bloody Sunday、監督:ポール・グリーングラス、英国)
1972 年1月 30 日の日曜日、北アイルランドのデリー(ロンドンデリー)市でデモをし
ていた一般市民 13 名が英国軍の発砲で死亡した事件を扱う。現場に居合わせた人物の原
作を基にしている。地元出身のアイバン・クーパー下院議員は運動を推し進めるため、平
和なデモを企画していたが、暴徒に手を焼く経験をしていた英国の軍隊はパラ部隊を投入
し、フーリガンを逮捕する機会をうかがった。狙撃兵はコースを外れた一群に対し発砲す
る。丸腰の市民が次々と倒れる。英国軍が英国民を殺害するという忌まわしい事件の勃発
である。
62
『11'9''01/セプテンバー11』
(2002 年、原題:11'9''01 September 11、監督:ケン・ローチ/ショーン・ペン他、フ
ランス)
2001 年 9 月 11 日の同時多発テロをテーマに制作された事件である。ショーン・ペン監
督、ケン・ローチ監督など、著名な 11 人の映画監督によるオムニバス形式の映画で、
「11
分 9 秒」と 1 カットの短編が 11 作品含まれている。それぞれ異なる宗教文化が支配的な
国の監督が独自の視点から作品を作っている。
これは宗教文化教育には必見の映画である。
『ミュンヘン』
(2005 年、監督:スティーブン・スピルバーグ、米国)
1972 年のミュンヘンオリンピックで、イスラエル選手が「黒い九月」を名乗るパレスチ
ナ人ゲリラの人質となって 11 名が殺された。イスラエルの諜報機関であるモサドは「黒
い九月」のメンバーの暗殺を計画する。テロは政治的な目的が大きいにしても、テロの対
象にはあらゆる人がなりうるということを考えさせる。
『麦の穂をゆらす風』
(2006 年、原題:The Wind That Shakes the Barley、監督:ケン・ローチ、アイルラ
ンド/英国/フランス)
北アイルランド紛争の渦中で起こった出来事を、若者たちの行動に焦点をあてて描く。
20 世紀はじめ英国の支配下にあったアイルランドでは、独自の言葉であるゲール語を話す
ことを禁じられていた。1921 年 2 月に和平条約が締結され、アイルランドは自由を手に
入れたかに見えたが、中途半端なその講和条約が、今度はアイルランドの内部での対立を
招くこととなった。条約を支持する者と不満を抱く者との間で内戦状態になる。若者がか
つての仲間から殺されるという事態になっていく。
(2)移民と宗教
①ヨーロッパ
『僕の国、パパの国』
(1999 年、原題:East is East、監督:ダミアン・オドネル、英国)
英国で生活しているパキスタン系一家に起こる騒動を扱う。一家はパキスタンからの移
民である夫と英国人の妻、その間に生まれた六男一女からなる。ファストフード店を営む
父親は、子どもたちの人生をムスリムとしての自分の思い通りに育てたいと考えている。
ところが父が勝手に決めたパキスタン系の移民の娘との結婚に反旗を翻す息子や、ことも
あろうに同性愛者であることが明らかになった息子も出てくる。末息子の割礼問題では大
もめ。子どもたちとの文化差は開く一方となり、子どもの幸せを第一に考えようとする妻
との関係もぎくしゃくしていく。宗教文化のズレが世代間で発生するという問題を考えさ
せてくれる。
63
『おじいちゃんの里帰り』
(2011 年、原題:Almanya - Willkommen In Deutschland、監督:ヤセミン・サムデ
レリ、ドイツ/トルコ)
今はもう老人となったトルコ人移民一世のフセインがドイツに来ることになった経緯と、
故郷への里帰りの旅のいきさつ、過去と現在とが交互に描かれる。多くのトルコ系移民が
ドイツに押し寄せた 1960 年代にドイツ入国労働者となったフセインは、ドイツでの生活
を選び、妻と子供 3 人をドイツに呼び寄せる。ドイツに行くときに、近所の人がかけた言
葉を通して、当時のトルコ人が描いたドイツへのイメージが分かる。十字架上の傷ついた
イエス像は、ムスリムの子どもたちにとっては、恐怖の対象でしかないのも面白い。
②米国
『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』
(2002 年、原題:My Big Fat Greek Wedding、監督:ジョエル・ズウィック、米国)
シカゴに住むギリシャ系アメリカ人女性トゥーラの結婚にまつわる話を中心に、ギリシ
ャ系住民のメンタリティが描かれる。ギリシャ系の人たちのギリシャの文化や宗教に強い
愛着ぶりが分かる。
冒頭部分で、
ギリシャ娘の三つの義務についてのナレーションがある。
それは、
「ギリシャ男と結婚すること」
「子どもを産むこと」
「死ぬまで家族の面倒をみる」
である。しかしトゥーラは知的で好奇心が強く、そうしたことに違和感をもっている。し
かし一目惚れしたイアンとの結婚にふたりの文化的、宗教的障壁が立ちふさがる。
『ゴッド・イン・ニューヨーク』
(2003 年、原題:God Has a Rap Sheet、監督:カメル・アメッド、米国)
大部分が微罪で留置場に送られた男たちによる会話で構成される。宗教や民族問題にま
つわるどきついほどのやりとりが交わされる。黒人、プエルトリコ系の彼の友人、この 2
人に乗車拒否したアラブ系タクシー運転手、音楽関係の制作会社で働くアジア系ビジネス
マン、その同僚のイギリス人、さらにユダヤ系、イタリア系、刺青師のアイルランド系の
人物の間で果てしない応酬が続く。それは偏見に満ちたやりとりへとエスカレートしてい
く。神の嘆きはこうだ。
「愛し合う能力を与えたのに、いがみあっている」
。原題の God Has
a Rap Sheet は、
「神は前科がある」という意味である。
『マイネーム・イズ・ハーン』
(2010 年、原題:My Name Is Khan、監督:カラン・ジョーハル、インド)
アスペルガー症候群のハーンは、たびたびいじめにあいながらも高い知能を見出されて
育つ。弟のつてでインドを離れ米国に移り住むことになる。そこでヒンドゥー教徒のマン
ディラに一目惚れし結婚する。マンディラは離婚していて一人息子サミールがいる。幸せ
な日々が続いていたが突然「9.11」事件が起こる。サミールがハーン姓になったことが一
因でいじめられ、死亡してしまう。激しいショックを受けたマンディラは、ハーンに対し
大統領に自分はテロリストではないと伝えるまで家に帰るなと言う。かくてハーンの奇妙
な旅が始まる。
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(3)カルト問題
①日本
『マルタイの女』
(1997 年、監督:伊丹十三、日本)
宗教団体「真理の羊」による殺人現場を目撃してしまった女優の磯野ビワコが主人公で
ある。マルタイとは、警察用語で護衛の対象になる人間を指す。裁判で証言をするビワコ
をつけ狙う信者から、刑事二人が守るという筋書きである。サフラン色の衣を着た真理の
羊の信者たちの集まりの光景は、閉鎖的な宗教団体のもつ不気味さを強調している。ビワ
コが目撃したのは、真理の羊に批判的であった弁護士夫婦の殺害であるから、これはオウ
ム真理教の幹部が坂本堤弁護士一家三人を殺害した事件を連想させる。
『A』
(1998 年、監督:森達也、日本)
1995 年のオウム真理教による地下鉄事件後、森達也監督が当時の広報副部長の荒木浩に
交渉して作成することになったドキュメンタリー映画である。凶悪な犯罪を犯した団体の
幹部とは思えないような受け答えをする荒木の素顔に迫ろうとしている。マスメディアが
ほとんどとり得なかった手法によってオウム真理教に肉薄した映画として注目される。被
害者の会の永岡弘行会長、あるいは住民との会話の場面などがいくつかある。社会的常識
を踏まえてなされた永岡会長らの主張に対し、基本的にかみ合うことのない信者側の回答
というシーンが繰り返されている。2001 年に続編の『A2』が制作された。
②外国
『ガイアナ 人民寺院の悲劇』
(1980 年、原題 Guyana: Crime of the Century、監督:ルネ・カルドナ・Jr、スペ
イン/パナマ/メキシコ)
1978 年に南米のガイアナで新興宗教団体の人民寺院(ピープルズ・テンプル)の信者た
ち 900 人以上が集団自殺した事件を題材にとった映画である。ほぼ実際の事件に沿った内
容となっている。集団自殺に至る経緯が具体的に描かれている。
『ホーリー・スモーク』
(1999 年、原題:Holy Smoke、監督:ジェーン・カンピオン、オーストラリア/アメ
リカ)
オーストラリアの女性ルースは、インドに旅し、そこでヒンドゥー教のある導師に魅せ
られ、結婚を決意する。母親はそれを聞いて驚き、
「脱洗脳」の専門家を探す。そしてアメ
リカ人のP・J・ウォータースを紹介される。彼の勧めに従い、母親は父親が危篤とうそ
を言ってルースを帰国させる。
騙されたことを知ったルースは激しく怒るが、その日からウォータースと一軒家に二人
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きりにさせられる。脱洗脳のための三日間のプログラムが実施されることになった。他人
の心を変えようとする人は、自分の心の崩壊に直面しかねないリスクをもつことも語って
いるようである。
『マーサ、あるいはマーシー・メイ』
(2011 年、原題:Martha Marcy May Marlene、監督:ショーン・ダーキン、米国)
カルト的集団からの生活から逃げ出した一人の若い女性の心理と行動を描いているが、
現実と過去の記憶とを交互に描写していくやり方が、サスペンス的な雰囲気を生み出して
いる。
一定期間特異な集団生活を送った人間には、
その集団特有の身体的記憶が刻まれる。
理性で判断しての是非とは別に、体と心が自然に反応してしまうというストーリーで、マ
インドコントロール論に関心ある人には参考になろう。
『ザ・マスター』
(2012 年、原題:The Master、監督:ポール・トーマス・アンダーソン、米国)
戦場から解放された米国の一兵士の心の悩みと、彼が信奉することになる小さな宗教集
団のリーダーであるランカスター・トッドとの相互依存の関係を描く。カルト問題に関心
をもつ人たちには考えさせることの多い場面がいくつか出てくる。
(4)オカルト
『エクソシスト』
(1973 年、原題:The Exorcist/L'esorcista、監督:ウィリアム・フリードキン、米国)
1970 年代半ばに世界的にオカルトブームがおこったときの火付け役を果たしたとも言
うべき映画である。少女に乗り移った悪魔を退散させることは至難のわざであることを描
き出す。おどろおどろしさはあるものの、呪術・オカルトブームは新しいものか、近代化
への揺り戻しか、そうした議論をするときに素材となる。
『オーメン』
(1976 年、原題:The Omen、監督:リチャード・ドナ、米国)
悪魔の子ダミアンは、アメリカ人の若い外交官の妻がローマの病院で産んだがすぐ殺さ
れた赤ん坊の代わりに、夫妻に育てられることになる。そして神父の警告もむなしく、彼
は次々と殺害に関与する。しばしば黒い犬が登場するが、DOG が GOD と逆のつづりであ
るから、黒い犬は悪魔の象徴としてこの種の映画では定番となる。悪魔が駆逐されず、神
の敗北のように見えるストーリーが『オーメン2/ダミアン』
、
『オーメン/最後の闘争』
とシリーズ化された。さらに最初の映画のリメイク版が『オーメン 666』として 2006 年 6
月 6 日に全世界で封切された。封切り日からして、666の悪魔の数字といわれているも
のにあやかっている。
『ザ・ライト』
(2011 年、原題:The Rite、監督:ミカエル・ハフストローム、米国)
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実在のアメリカのエクソシストをモデルにしている。タイトルのライト(Rite)は典礼
という意味である。アンソニー・ホプキンスが、神への信仰に迷いを感じる若き神学生マ
イケルに悪魔祓いを手ほどきする神父役になっている。神父自身が悪魔に憑依されてしま
うというシーンもあり、キリスト教にとって悪魔という観念は、現実的な恐怖であること
を描いている。
(5)人生儀礼
①日本
『お葬式』
(1984 年、監督:伊丹十三、日本)
葬儀は読経を始め僧侶が主導するイメージがあるが、それが葬儀屋に主導権が移ってい
る様子が描かれていて興味深い。戦後日本の葬送儀礼の移り変わりを示している。
『おくりびと』
(2008 年、監督:滝田洋二郎、日本)
納棺師が主人公である。自殺者、孤独死した老人、子ども、交通事故した若い女性等々。
この映画が話題になったのは、
死体と正面から向かいあう納棺師の姿を描いたからである。
『お葬式』が制作された時代よりも、さらに葬儀が宗教家離れしてきた現状を示してもい
る。
『遺体~明日への十日間』
(2012 年、監督:君塚良一、日本)
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災では多数の死者が出た。
ほどなく深刻な問題が起こる。
被災地の各地で突然の多数の遺体をどうしたらいいかである。この事態を、岩手県釜石市
の遺体安置所での実際の取材をもとに映画化したもの。死、とくに死体のリアリティから
目を背けがちな現代社会で、そうはいかない現実をつきつけている。
『あなたへ』
(2012 年、監督:降旗康男、日本)
海への散骨がテーマになっている。妻を亡くした男が遺言にしたがい、長崎から漁船に
乗って海に妻の遺骨を撒こうとする。
その途中でさまざまな出会いを経験することになり、
妻の想いも理解していく。
②外国
『祝祭』
(1996 年、原題:祝祭/FESTIVAL、監督:イム・グォンテク、韓国)
作家として成功していたイ・ジュンソプがソウルから故郷の全羅南道の長興に帰る。母
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が死亡したので、その葬儀の喪主とならざるを得なかったのである。韓国の伝統的な葬儀
の模様が描写されている。
『ブンミおじさんの森』
(2010 年、原題:Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives、監督:アビチャッ
ポン・ウィーラセタクン、英国、タイ、ドイツ、フランス、スペイン)
腎臓の病を患い透析をしているブンミは、自らの死期が近いことを悟る。亡き妻の妹を
自宅に招いて、ゆったりと死を待つが、彼らが夕食をしているとき、19 年前に亡くなった
妻の霊が姿を現わす。死の直前に妻の霊と会話を交わすシーンは、まるで生きた 2 人が語
らっているかのようで、現実の存在と霊的な存在との間に垣根が感じられない。現代にも
こうした死生観をもつ人々がいることを描く。
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