胃食道逆流症(GERD)

胃食道逆流症(GERD)
北里大学外科
はじめに
片 田 夏
也
る.
胃 食 道 逆 流 症(Gastroesophageal Reflux Dis-
GERD の病態
ease:GERD)が新しい疾患概念として注目され
るようになって久しい.GERD が注目されている
GERD の病態のうち,主たるものは逆流防止機
理由は,GERD は胸焼けなどの症状を引き起こし
構の破綻である.逆流防止機構は LES と食道裂孔
健康な生活に障害をきたす点に加え,欧米のみな
部分の横隔膜脚の圧により維持されており,その
らず最近本邦でも罹患率が上昇していることによ
機能に障害が生じると逆流が生じる.逆流の機序
る.GERD を定義すると,
「GERD は胃内容物の逆
には次の 3 つのパターンがある.1)普段は正常の
流によって不快な症状あるいは合併症を起こした
LES 圧を示しながら,胃壁の伸展刺激などにより
状態を指す.」
(2006年 Global Consensus Montreal
嚥下とは関係なく一時的に LES が弛緩し逆流が
Definition)となる.本来,食道胃接合部には下部
生じる(一過性 LES 弛緩),2)食道裂孔ヘルニア
食道括約筋(Lower Esophageal Sphincter:LES)
の併存などにより LES 圧が低下もしくは喪失し
などにより構成される逆流防止機構が備わってお
逆流が生じる(free reflux),3)一時的な腹圧の上
り,胃内容物が食道に逆流するのを防いでいる.
昇により逆流が生じる1).食道炎の逆流機序のう
ところが何らかの原因で逆流防止機構が破綻する
ち,軽症例では一過性 LES 弛緩が,重症例では
と,胃酸などの胃内容物が食道内に逆流し胸焼け
free reflux の果たす役割が重要であると考えられ
などの症状を引き起こす.健常人でも食後などに
ている.逆流性食道炎の病態のうち,食道体部の
胃酸が食道内に逆流することはあるが,生理的な
運動機能障害も重要な要因のひとつである.食道
範囲を超えて胃酸が食道内に逆流すると様々な症
体部における蠕動波高の低下や痙攣様収縮波の出
状を引き起こす.GERD の症状として胸焼けや呑
現は,食道内に逆流した胃酸などの逆流物質のク
酸などの定型的な症状に加えて,非定型的な症状
リアランス能が低下し,結果として胃酸が食道内
として非心臓性胸痛,喘息様発作,咳そう,嗄声,
に長時間にわたって停滞することにより GERD
咽喉頭違和感などがあげられる.胃酸が食道内に
が生じる.
逆流して,食道粘膜に粘膜障害と呼ばれるびらん
GERD の診断
や潰瘍が生じると
「逆流性食道炎」
と診断される.
逆流性食道炎は粘膜障害を基本とした形態学的診
GERD の診断は,胸焼けなどの自覚症状の問診
断であるのに対し,GERD は粘膜障害の有無にか
を中心としてなされる.上部消化管内視鏡検査は
かわらず胃食道逆流により生じる病態全体を包括
粘膜障害を伴う逆流性食道炎の診断には不可欠な
したより広い疾患概念である.最近,食道に粘膜
検査である.粘膜障害の重症度はロサンゼルス分
障害を認めないにもかかわらず胃食道逆流による
類にて表記されることが多い.ところが,本邦で
症状を認める非びらん性逆流症(Non-erosive re-
は GERD の中で NERD が約60%を占めていると
flux disease:NERD)の治療薬が保険適応となっ
報告されており2),GERD 全体の診断法として感
たこともあり,NERD がトピックスとなってい
度は高くない検査法である.GERD の手術適応を
41
食
道
2
胃食道逆流症( GERD)
考慮する際,上部消化管バリウム造影は,GERD
なくとも PPI による治療よりは GERD の病態を
と関係の深い食道裂孔ヘルニアの形態と程度を評
考慮した根治的な治療であると言える.
価する上で有用である.24時間食道 pH モニタリ
GERD の手術適応
ング検査は,食道内に逆流する胃酸を経時的,定
量的に評価しうる点で GERD の客観的診断に有
GERD は良性の機能性疾患であるだけに絶対
用である.
的な手術適応を明記することは困難であり,実際
に様々な学会で提唱されている適応はそれぞれ微
GERD 治療の考え方
妙に異なっているのが現状である.本稿では現在
GERD の治療目的は,自覚症状の早期改善,内
主流となりつつある腹腔鏡下手術の観点から,
視鏡所見を改善し治癒させること,再発,合併症
SAGES(Society of American Gastrointestinal En-
の併発を防ぐことにある.GERD は患者の QOL
doscopic Surgeons)のガイドラインが提唱してい
を著しく害することがあることを考慮すると,治
る適応を以下に記す.すなわち,1.内科的治療に
療目的のうち重要なことは症状の改善であり,外
失敗した症例,2.年齢,治療期間,医療費など諸
科的治療に対してもこの点が要求される.GERD
事情により内科的治療に成功しても外科治療が望
の治療方針として,GERD が良性の機能性疾患で
ましい症例,3.Barrett 食道や狭窄,高度の食道
あることから,外科的治療を考慮する前に初期治
炎を合併する症例,4.巨大な食道裂孔ヘルニアに
療として生活,食事指導をベースとした内科的治
よる出血や嚥下障害などの合併症を有する症例,
療を行うべきであることは言うまでもない.内科
5.喘息,嗄声,咳嗽,胸痛,誤嚥などの非定型的
的治療に使用される薬剤としては,酸分泌抑制薬
な症状を有したり,24時間食道 pH モニタリング
であるプロトンポンプ阻害薬(PPI)が最も有効で
で高度の逆流を証明しうる症例である4).ただし,
ある.Chiba らによるメタ解析によると,PPI によ
食道狭窄や短食道を伴った GERD 症例に対する
る内視鏡的な逆流性食道炎の消失率は平均84%,
手術は治療成績が必ずしも良好ではなく,術式に
自覚症状の消失率は平均77%であることから,
工夫を加える必要がある点で注意を要する.
3)
PPI はほとんどの症例で有効であると言える .
ところが,GERD は PPI によりひとたび治癒が得
低侵襲外科治療としての腹腔鏡下手術
られたとしても,内服治療の中止により再発しや
の導入
すいという点に注意すべきである.また,内服を
GERD に対する逆流防止手術の歴史は古く,以
中止せず PPI による維持療法を行ったとしても,
前は開腹術または開胸術にて行われていた.1990
再 発 を 完 全 に 防 ぐ こ と は で き な い.そ も そ も
年代前半より,特に欧米で逆流防止手術のアプ
GERD の病因は多くの場合,胃酸が過剰に分泌し
ローチとしてより低侵襲な腹腔鏡が使用されるよ
ていることではなく,胃食道逆流防止機構の破綻
うになり手術症例数が飛躍的に増加した.手術の
にある.逆流防止機構が破綻するメカニズムとし
アプローチ法として腹腔鏡が導入されたことによ
ては食道裂孔ヘルニアや一過性 LES 弛緩の関与
り,開腹術と比較して,術後の疼痛の軽減,経口
が重要であり,それにより胃酸の病的な食道内逆
摂取時期・在院期間・社会復帰までの期間が短縮
流をきたし様々な逆流関連症状が生じる.この点
されるなど多くの利点がもたらせた5)6).また,
を考慮すると,PPI による治療は主病因ではない
Catarci らは逆流防止手術における開腹手術対腹
胃酸の分泌を単に対症療法的に抑制しているにす
腔鏡手術の RCT による治療成績をメタ解析して
ぎず,根治的な治療とは言い難い.一方,外科的
いる7).これによると両者に再発率,
術後つかえ感
治療は噴門形成術により GERD の主病因である
の発生率,再手術率に差はなかったが,morbidity
逆流そのものを防止しようとするものであり,少
は腹腔鏡手術のほうが有意に低かったとしている
42
2007年(平成19年)度後期日本消化器外科学会教育集会
表 1 逆流防止手術の治療成績 7)(開腹対腹腔鏡の RCT)
症例数
mo
r
bi
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y(%)
再発(%)
つかえ感(%)
再手術(%)
1
8
7
1
8
8
2
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1
0
.
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3
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7
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1
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1
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1
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5
2
.
6
開腹
腹腔鏡
(*:有意差あり)
図 1 腹腔鏡下逆流防止手術の体位と機器のセッティングの 1例(文献
3
3より転載)
食
道
2
(表1)
.手術手技に関しては,今後本邦でも逆流防
る.
CO2による気腹圧は原則として8mmHg として
止手術の主流になるであろうと予想される腹腔鏡
いる.左上腹部に12mm のトロカーを留置するこ
下手術につき解説する.
とにより,半切ガーゼなどを腹腔内に挿入して術
中の小出血に対応することができる.
腹腔鏡下逆流防止手術のセッティング
腹腔鏡下手術の手技
1)麻酔,体位,機器の配置
手術は全身麻酔下に行う.体位は開脚位,逆
GERD に対する逆流防止手術の根幹は破綻し
Trendelenburg 位とする.術者は患者の両脚の間
た逆流防止機構の再建にあり,以下の 4 つの要素
に立ち,第 1 助手は患者の左側,腹腔鏡担当の助
により構成される.
手は患者の右側に立つ(図1)
.
1)腹部食道の露出
腹部右側に留置した5mm のトロカーよりリト
2)トロカー挿入,気腹
図2のように上腹部に12mm のトロカー2本,5
ラクターを挿入し肝左葉を右側前方に圧排する
mm のトロカー3本,合計 5 本のトロカーを挿入す
が,リトラクターをサージカルアームなどで固定
43
胃食道逆流症( GERD)
図 2 腹腔鏡下手術のトロカー挿入箇所の 1例
(文献 3
4より転載)
図 3 胃穹窿部の授動(文献 3
4より転載)
図 4 開大した食道裂孔の縫縮(文献 3
4より転
載)
通常は食道後方で左右の横隔膜脚を縫合閉鎖
することにより開大した食道裂孔の縫縮を行
う.
すると便利である.腹部食道周囲を剥離しつつ,
食道裂孔ヘルニアにより胸腔側に移動した食道胃
接合部を腹側に引きもどし,
腹部食道を確保する.
2)胃穹窿部の授動
噴門形成術に先がけて,必要に応じて短胃動静
脈を数本切離して胃穹窿部を充分に授動しておく
(図3)
.胃穹窿部の授動のため短胃動静脈を切離
する手技が術後成績に影響するかについて検討が
されており,術後成績には影響を与えないとの報
告がある8)一方で,
血管切離群で術後 1 年以降の放
屁や腹部膨満感が多いとの報告もある9).した
大した食道裂孔の縫縮を行う.通常は2∼3針程度
がって噴門形成術を行う際には短胃動静脈の処理
の縫合閉鎖で充分である(図4).食道裂孔を縫縮
は必ずしも推奨されない.
する方法に関して前方から縫縮する方法と後方か
ら縫縮する方法とを比較したところ,術後 6 カ月
3)食道裂孔の縫縮
において両者は同等の成績を示したとの報告もあ
る10).
手術適応となるような GERD 症例のほとんど
は食道裂孔ヘルニアを伴っている.一般的には食
道の後方で横隔膜脚を縫合閉鎖することにより開
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2007年(平成19年)度後期日本消化器外科学会教育集会
図 5 Ni
s
s
e
n法(全周性噴門形成術)
(文献 3
4
より転載)
図 6 To
upe
t法(後方約 3
/
4周性噴門形成術)
(文献 3
4より転載)
4)噴門形成術
噴門部を胃穹窿部でラッピングすることにより
腹腔鏡下噴門形成術の種類と治療成績
噴門部を締め付け逆流を防止する.鉗子を右側か
GERD 症例に対する噴門形成術に際しては,噴
ら食道後面のスペースに通し胃穹窿部を把持した
門部における逆流防止と食物のスムースな通過と
後,それを食道の後面を通して右側に引き出し
いう相反する事象のバランスを保つ必要がある.
ラッピングを行う.胃穹窿部による噴門部のラッ
一般的に,ラッピングの周在性のみを考慮すると,
ピングの代表的な方法として,Nissen 法
(全周性,
Toupet 法より Nissen 法の方が逆流防止効果が高
図5)と Toupet 法(後方約3!
4周性,図6)の 2 種
いが,術後のつかえ感の発生率も高いと予想され
類があげられる.Nissen 法では左右のラップどう
る.以下に腹腔鏡下噴門形成術の種類と治療成績
しを2∼3針,Toupet 法では左右のラップと食道
の 報 告 の 概 要 を 記 す.腹 腔 鏡 下 Nissen 法 と
前壁を 4 針程度縫合してラップを食道壁に固定さ
Toupet 法の比較では,Nissen 法の方が,術後のつ
せて巻き付ける.このうち Nissen 法は欧米および
かえ感が発生しやすいとする報告がある11)一方
本邦においても最も標準的な術式となっている.
で,術後 1 年以上では両術式間で差がないとする
なお,Nissen 法に際してはラップの締めすぎを回
報告もある12)13).逆流防止効果に関しては両術式
避する目的で,54∼60Fr. ブジーを噴門部に挿入
食道体
間で変わらないとする報告が多い7).また,
し calibration を行った状態でのラッピング操作
部の運動機能が低下している GERD 症例に,Nis-
が推奨されている.Nissen 法,Toupet 法のいずれ
sen 法を行うと,下部食道の駆出力が弱いために
においても左右のラップを数針程度左右の横隔膜
下部食道に到達した食物が新たに形成された噴門
脚へ固定することによりラップの頭側へのすべり
部を通過することができず,術後に強いつかえ感
出しを防ぐことが可能であるが必須の操作ではな
が 出 現 す る こ と が あ り,こ の よ う な 症 例 に は
い.
Toupet 法が適しているとの報告がある14).一方
で,両術式間の術後つかえ感の発生は術前の食道
45
食
道
2
胃食道逆流症( GERD)
運動機能とは無関係であるとの報告もある11).
るか,術後早期のつかえ感を回避するかを勘案し
て決定することが望ましい.
北里大学外科では29例の GERD 症例に対して
腹腔鏡下手術を施行した.術式の内訳は Nissen
逆流防止手術の長期治療成績
法が 8 例,
Toupet 法が18例,
その他が 3 例であり,
Nissen 法と Toupet 法の治療成績(術前→術後,
開腹術による逆流防止手術の長期治療成績に関
mean±SD)を以下に示す.24時間食道 pH モニタ
しては,5年以上の長期にわたり良好であるとの報
リングにおける逆流時間率(%,Fraction time
告をすでに多数認める7,18).一方,腹腔鏡下手術が
pH<4)は Nissen 法:15.3±8.8→0.5±0.9(p<
開始されて15年ほど経過した現在になりようや
0.01)
,Toupet 法:19.2±22.1→4.6±11.3
(p<0.01)
く,腹腔鏡下手術の長期治療成績も明らかになっ
と両術式で有意な逆流防止効果を認めたが,Nis-
てきた.表2に示したように,腹腔鏡下逆流防止手
sen 法では術後全例で逆流時間率が正常化した.
術の 5 年以上の長期治療成績(有効率)はおおむ
食道内圧検査における LES 圧(mmHg)は Nissen
ね80∼90%と開腹手術と比較しても遜色のないも
法:12.2±5.7→21.5±6.7(p<0.05),Toupet 法:
のである19)∼25).本邦では手術症例数が欧米のそ
12.0±4.6→16.9±5.7と Nissen 法 で の み 手 術 に よ
れには至っておらず,まとまった症例数による治
り LES 圧が有意に上昇し,その結果がより高度の
療成績の報告26)27)は一部の施設からに留まってい
逆流防止効果につながっていると推測された.
るのが現状である.
その他の噴門形成術として食道の前壁のみを
腹腔鏡下手術の問題点
ラップする前壁噴門形成術(Dor 法)があげられる
が,本法による逆流防止は不十分であるとの報告
GERD に対する腹腔鏡下手術には,いくつかの
15)
16)
も多く
,実際にはアカラシアに対する Heller
問題点が含まれている.そのうちの重要な問題点
myotomy に付加する噴門形成術としての役割が
として,手術成績が外科医の経験と技量に左右さ
大きい.そのほか高度の食道炎により短食道をき
れる点があげられる.特に現時点で手術症例数の
たした症例には,linear stapler などで胃を切離す
少ない本邦においては,この点が問題である.本
ることにより腹部食道の延長をはかり,同部に
邦では日本内視鏡外科学会が2004年度より内視鏡
Nissen 法を加える Collis-Nissen 法が有効である
手術手技に関する技術認定制度を導入した.審査
17)
との報告もある .最終的にどの噴門形成術を適
の対象となる手術手技として腹腔鏡下逆流防止手
用するかは,その症例の逆流のメカニズムなども
術も含まれている.技術認定の評価項目や審査基
よく考慮した上で,高度な逆流防止効果を期待す
準も公表されているので参考にされるとよい28).
表 2 腹腔鏡下逆流防止手術の長期(5年以上)治療成績(過去 4年間の主な報告)
筆頭著者
症例数
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平均観察期間(年)
噴門形成術
有効率
引用文献
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2007年(平成19年)度後期日本消化器外科学会教育集会
手術成績を向上させてゆくには,手術手技の習熟
いないのが現状である.AGA(American Gastro-
のみならず,適切な症例選択も勝るとも劣らず重
enterological Association)は2006年10月に,
「より
要なポイントである.逆流防止手術の成功の予見
優れた内視鏡治療が開発される可能性はあるもの
因子として,Campos らは PPI が有効である点と,
の,現時点では GERD に対して内視鏡治療は適応
29)
とはならない」との声明文を発表している30).
症状が定型的である点を挙げている .PPI が有
効な症例こそ逆流防止手術の恩恵を受けやすいと
おわりに
いう一見矛盾した結果である.その他の問題点と
しては,適切な術式選択があげられる.噴門部の
GERD の主病因は胃酸の過剰分泌ではなく,胃
逆流を防止しながら通過障害をきたさない術式
食道逆流防止機構の破綻にある.内科的治療の中
を,場合によっては症例に応じて選択することも
心である PPI は確かに多くの症例で有効である
重要である.
が,胃酸分泌を対症療法的に抑制しているにすぎ
ず,長期にわたる,場合によっては生涯にわたる
GERD の内視鏡的治療
継続的な治療を要する.一方,外科的治療は逆流
GERD の新しい治療法として,管腔内視鏡を用
防止手術により GERD の主病因である逆流その
いた手技が最近登場した.GERD の内視鏡的治療
ものを防止しようとするものであり,PPI とは治
には次の 3 つのカテゴリーがある.①縫合法―1:
療のスタンスが異なる.ひとたび手術が成功すれ
Ⓡ
EndoCinch (Bard 社).食道胃接合部の直下の胃
ば内服治療の必要もなく逆流症状から開放されう
粘膜に内視鏡下に縫合を行って粘膜ひだを2∼3個
る点は手術療法の大きなメリットである.それに
形成し,この粘膜ひだによって逆流を防止しよう
加えて近年,低侵襲性の腹腔鏡下手術が導入され,
とするものである.本邦でも臨床試験が行われた
外科的治療はさらに魅力的な治療法となった.外
後2006年 4 月より「内視鏡下食道噴門部縫縮術」
と
科的治療の位置付けは,American College of Gas-
し て 保 険 収 載 さ れ て い る.①縫 合 法―2:Full
troenterology が作成した GERD ガイドラインの
Ⓡ
Thickness Plicator (NDO Surgical 社).親 内 視
中で最近になり改定されている.すなわち旧ガイ
鏡の中に細径の子内視鏡を挿入して,縫合操作を
ドライン(1994年)では,
「手術は薬物療法が無効
観察しつつ,親内視鏡先端の縫合装置で食道胃接
の際に考慮されるべきである」とあったのが,新
合 部 の 胃 壁 同 士 を 全 層 縫 合 す る.②焼 灼 法:
ガイドライン(1999年,200531)年も変更なし)では
.4本の針電極が内臓された
StrettaⓇ(Curon 社)
「長期の維持療法が必要と判断される患者におい
特殊バルーンを食道胃接合部で拡張させ,電極を
て,逆流防止手術は治療選択肢のひとつとなる」と
食道または胃壁に刺入し,電極にラジオ波を通電
なった.本邦でも,2002年に GERD 研究会が発表
させる.平滑筋部に瘢痕収縮をおこすことによっ
した GERD ガイドラインワークショップレポー
て逆流を防止しようとするものである.③局注
ト2002の中で,この新しいステートメントが採択
Ⓡ
法:Enteryx (Boston Scientific 社).食道胃接合
されている32).将来的には本邦でも外科的治療の
部の筋層に非吸収性で生体親和性のポリマーを注
位置付けを GERD の維持療法としてのひとつの
入する.
選択肢としてとらえ,手術適応を PPI 抵抗性の重
以上のうち Enteryx は重大な有害事象のため
症例のみに限定しないことが望ましいと考える.
2005年 9 月に市場から撤退した.GERD の内視鏡
今後,本邦でも増加傾向にある GERD に対して適
的治療はその低侵襲性から新しい治療法として期
切な症例選択に基づいた安全確実な腹腔鏡下手術
待が高まるところではあるが,いずれの手技にお
が普及してゆくことを期待したい.
いても安全性や長期治療成績の点で未解決部分が
多く,米国および本邦において普及にはいたって
47
食
道
2
胃食道逆流症( GERD)
文
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