4.試料浮遊溶融技術と無容器材料生成プロセス

J. Plasma Fusion Res. Vol.83, No.2 (2007)1
3
9‐
14
3
小特集
微小重力環境を利用したプラズマプロセスへの誘い
4.試料浮遊溶融技術と無容器材料生成プロセス
栗林一彦
宇宙航空研究開発機構
(原稿受付:2
0
0
6年1
1月3日)
メルトからの凝固・結晶成長において容器(ルツボ)を使わないプロセスのメリットは,ルツボ壁からの不
純物の混入の回避と,ルツボ壁を優先サイトとする不均一核生成を抑制の2点に集約される.このため化学的に
活性な物質や高純度物質の処理が可能となり,また大過冷却状態からの核生成や急速凝固,新しい相の非平衡凝
固といったプロセスが可能になる.本稿では,まずこのような無容器プロセスを実現するための実験手法を概説
し,次いで,無容器プロセスの実験例として過冷メルトからの準安定相生成についての筆者らの最近の実験を紹
介する.
Keywords:
containerless processing, levitation, undercooling, metastable phase
れたことから,当初は $""
!
"% !!
#が均一核生成の限界と
4.
1 無容器プロセス実験法
メルトから凝固核を生成する過程は,融液を保持するた
考えられたが,その後,分散された液滴を不活性乳濁液に
めのルツボの壁や融液中の介在物といった,異物質による
入れることにより $""
"% #!
!
#となる結果も数多く報告さ
触媒作用に大きく依存する.均一核生成を実現するには異
れている[2,
3].
物質との濡れ角を大きくするか,あるいは異物質そのもの
フラックス浸析法とは,触媒作用の小さいフラックスで
を減らすしかない.無容器プロセスとはこのような観点か
試料を覆うことにより容器の接触を避け,不均一核生成サ
ら考えられた実験手法であり,疑似的な手段も入れて,分
イトを低減する方法である.この方法により分散法とたい
散法,フラックス浸析法,浮揚法,ドロップチューブ法の
して変わらない $""
!
"% "!
"$という結果がバルク試料に
4種類が知られている(図1)
[1].
おいても報告されている[1].
分散法とは融液を不均一核生成サイトの数よりも多くの
浮遊法とは,ルツボを使わずに試料を空中に浮遊溶融保
細かい液滴に分割し,不均一核生成サイトを含まない液滴
持する手法であり,無容器プロセスという述語を生む土台
を作ることにより,その液滴を過冷させた際の最大過冷度
にもなった実験手法である
[4].ルツボを用いずに試料を
を測る方法である.多くの純金属の最大過冷度がこの方法
空中に保持するには,電磁力,ガスの動圧,超音波,磁化
($":過冷度,"%:融点)と測定さ
によって $""
!
"% #!
#
力といった,重力に打ち勝つための外力の付加を必要とす
る.なかでも大きな浮揚力が得られる電磁浮遊は,対象と
なる試料が導電性物質に限られるものの,制御が容易なこ
とから広く用いられている.
一方,ドロップチューブ法とは,メルトをチューブの上
部から噴射,チューブ内を自由落下させ落下中に冷却凝固
させる方法であり,原理からも明らかなように試料の温度
を直接測ることは極めて困難とされる.このため試料サイ
ズをパラメータとする,核生成・相選択のカイネティクス
の解析が中心となり,準安定相やガラスといった材料その
ものの生成が目的となる場合が多い.この点で前述の無容
器浮遊実験手段とは趣を異にする.
本章では,電磁浮揚と,非導電性のセラミックス材料へ
の適用が可能なガス浮揚を取り上げる.なお近年使用例が
増加している静電浮遊炉については他[5]を参照されたい.
図1
4.
1.
1 電磁浮揚
$中に導電性の物体を置いたとき,その物体に対し
磁場 !
不均一核生成を抑制するための実験法.
4. Containerless Materials Processing and Related Experimental Techniques
KURIBAYASHI Kazuhiko
139
author’s e-mail: [email protected]
!2007 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.83, No.2 February 2007
てマクスウェル方程式:
'%%
'
'#$
'
!
'%!(
'#"
(
(
'%!
!
'$
'
%%!
'$
'%$$
'
!
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
と,オームの法則:
'
'
'
'
%
"
%%(
")
#!
)
(6)
'は電場,!
'は磁束密度,%
'は電流密
が成り立つ.ただし "
度,$は透磁率,%は導電率,)は物体の速度である.式
(6)に回転演算('#)を施し式(1),(2),(3),(5)を
代入すると,
' " #'
(
!
'
'
)
#!
)
% ' !"'#(
(
( $%
図2
浮遊液滴に働く電磁力と表皮効果.
(7)
が得られる.簡単のため物体の運動を無視し()%!),磁場
'は *成分のみを有し,
の時間変化の影響のみを考え,また!
+のみの関数とすると,式(7)は
(#!*
(
!
!$% * %!
(
(
(
+#
(8)
'についての拡散方程式となる.交流磁場に対して
となり !
'
! の時間変化は角振動数 &の正弦関数で与えられるので,
式(8)の解は
!*(
+
!
(
!%!+"#%&(&(!+"#)+
)
%$%*
""
#
ただし,#%(
"
&$%)
#
図3
(9)
コイルと磁力線の関係.
(10)
#
#
! +
#
#
! +
(第2項) & ! % #
$#
となる.ここで $%,&はそれぞれ実数部,虚数単位である.
式(9),(10)より,導体内部の磁束密度は一様ではないこ
(第1項) & ! % #
$'
と,すなわち表面で最も大きく試料中心部に向かって指数
"
%にま
関数的に減少することが導かれる.磁場が表面の "
で減少するときの +を表皮厚さ(skin depth)とよび#で表す
(12)
(13)
と な る.す な わ ち 両 者 の 比 は,(非 回 転 力)/(回 転 力)
"
#で近似でき,交流磁場の周波数が高いほど非回転力
&'
(図2参照).
が支配的となることが理解される.
一方,導体の単位体積当たりに作用する電磁力(ローレ
図3は模式的に示したコイルと磁力線の関係である.
ンツ力)は,式(1),(5)より次のように導かれる.
(a)の場合,垂直方向の力は浮揚力として作用するが水平
'%%
'
'
#
#!
方向の安定性はなく,導体は磁界の拘束範囲から飛び出し
やすくなる.そこで(b)のようなコイルが考えられている.
"
'
'
'#!
)
#!
% (
$
" !
"!
'
'
'
'
!
!
$
')
! '(
$
)
% (
$
$
#
これは浮揚コイルの上部にこれと位相が180°異なる安定化
コイルを設けたもので,試料は図に示すように磁力線密度
の極小部近傍において自重と浮揚力が釣り合った位置に保
(11)
持される.
4.
1.
2 ガス浮揚
式(11)に回転演算('#)を施すと右辺第2項は0になる
ので,第1項が試料の回転や変形を担う回転力項,第2項
電磁浮揚炉は浮揚力が大きく浮揚位置の制御も比較的容
が試料表面に垂直に(磁力線に垂直かつ磁力線密度の減少
易であるが,導電性物質に限られる点で汎用的とは言い難
する方向に)働く圧縮力を担う非回転力項であることがわ
い.その点,次に述べるガス流の差圧を利用した浮揚炉は,
かる.試料表面に沿った *方向に代表長さ '
(試料サイズ)
汎用性の高い簡便な浮揚法として近年利用が広がってい
を取り,式(9)を用いて各成分を書き直すと
る.
図4はディフューザー型浮揚装置とディフューザーのス
140
Special Topic Article
図4
4. Containerless Materials Processing and Related Experimental Techniques
K. Kuribayashi
ディフューザー型浮揚装置(ADL)
と物体が受けるポテン
シャルの模式図.
図5
チルアンビル付きの ADL.ノズル部が左右に分割すること
により液滴は落下し,下部に設けられたチルアンビルによ
り急冷・結晶化される.
図6
液相(L)
,安定相(S s)
,準安定相(S ms)の自由エネルギー
の温度依存性の模式図.三相のエントロピー SL,Ss,Sms
の間には SL > Sms>Ss の関係があり,したがって融解に伴
うエントロピー変化&Sf には,&Sf,s>&Sf.ms の関係が成り
立つ.
ロート部において物体が受けるポテンシャルの模式図であ
る.図中の &はディフューザーの出口からの距離,% は物
体の質量,$
"は重力加速度である.Bernoulli の定理に従え
ば,ディフューザースロートの両端での流速の違いによっ
て生ずる圧力差と,ガスの動圧とのバランスにより,ポテ
&$&
ンシャルがミニマムになる (
が存在するはずである.
()
ポテンシャルの深さと &
(はディフューザーの向きに依存
する.すなわち図に示すようにディフューザーを上向きに
)が加わるため,ポ
した場合は位置のポテンシャル("%$
"&
テンシャルは深くなり &
(は減少する.逆に,ディフュー
)はポテンシャルは浅くな
ザーを下向きにした場合(!%$
"&
り&
(は増加する.もとよりポテンシャルの深さと &
(は物体
の密度にも依存するが,ディフューザーを用いれば,上向
き下向きを問わず,試料を無容器状態で保持できる可能性
のあることがわかる.これにレーザー照射を加えればエア
ロダイナミックス浮揚炉(Aerodynamic Levitator; ADL
あるいは Aerodynamic Trapping Levitator; ATL)になり,
酸化物や直径が 2∼3 mm 以下の液滴といった,電磁浮揚が
適用できない試料の浮遊溶融の強力な武器となる.なお
ディフューザーは様々な形状が可能である.図5は筆者の
研究室で使用している ADL であり.スプラット急冷装置
定 相,準 安 定 相 の 過 冷 度 で あ る.両 相 の 融 点 に は
と組み合わせることにより,さまざまな過冷度からの急冷
#%!+$#%!*+の関係があるため,過冷度は &#*+"&#+とな
る.また &!+,&!*+は,&#+,&#*+に対応した固相と液相
を可能にしている.
の自由エネルギー差であり,それぞ れ &!+$&")!+&#+,
4.
2 無容器プロセス材料実験−過冷メルトから
の準安定相の創製−
&!*+$&")!*+&#*+で近似される.一方,圧力一定の下で
メルトが凝固するのは,液相の自由エネルギー !&と固
ピーに負号を付したものであるから,三相のエントロピー
'
'
の Gibbs の自由エネルギーの温度による微係数はエントロ
&
相の自由エネルギー ! の差 &!=! !! が負の場合であ
"&,"+,"*+の間には "&$"*+$"+の関係があり,融解に
り,融点では &!=0となる.固相の自由エネルギーを準
伴うエントロピー変化 &")には,&")!+$&")!
*+の関係が成
安定相と安定相で比べた場合,準安定相の自由エネルギー
り立つ.すなわち準安定相は安定相よりも高エントロピー
!*+は安定相の自由エネルギー !+よりも大きい.そのた
の相といえる[6].
め,融点は準安定相の方が常に低くなる.図6はこれらの
核生成の古典論
[7]によれば,核の形状を球とした場合
の臨界核の生成のためのエネルギー障壁&!#は,液相と固
相の間の界面エネルギー %により &!#%%$#
&!#と表され
関 係 を 模 式 図 的 に 示 し た も の で あ る.す な わ ち,#%!+,
#%!*+はそれぞれ安定相,準安定相の融点,&#+,&#*+は安
141
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.83, No.2 February 2007
図7
安定相と準安定相の %G *が等しくなる %T と %Sf,ms の関
係,左上への移動,すなわち安定相に比べて準安定相の
%Sf が小さいほど,また%T が大きいほど準安定相の生成が
容易になる.
る.&と し て 負 の エ ン ト ロ ピ ー モ デ ル(neg-entropy
model),すなわち &は界面近傍の液体原子の規則的な配列
によって生ずるエントロピーの損失とするモデル
[8,
9]
&#
%%%+&
#
#'',$'%
&
(14)
を用いれば %""は
%""$
%%+&%
%&$
図8
(15)
"
となり,準安定相が生成される条件 %"-"$%",は
$
%%+!,"!%&,-"
%%+!%&-
YFeO3 における自発的な復熱(recalescence)過程の高速
VTR 写真(上)
と,同時に計測した X 線回折パターン,およ
び 比 較 の た め に 載 せ た LuFeO3 の 回 折 パ タ ー ン(下)
.
LuFeO3 とほぼ同じ回折パターンを示す YFeO3 は準安定な
六方晶であることが示唆される.
(16)
点の第二相は異なったパターンを示す.これは YFeO3の
で記述される.つまり相の選択は %%+と %&に支配される.
ファセット状の初相は LuFeO3と同様の準安定な六方晶で
"
か ら 導 か れ る 臨 界 の 過 冷 度 %&*を
図7は %"-"#%",-
あることを示唆する.
%%+の関数として示したものである.図から明らかなよう
よく知られているように ABO3で表されるペロブスカイ
に,準安定相は %%+!,-#
%%+!-が小さいほど生成しやすい,言
ト構造の安定性は,$',$(,$) をそれぞれ A イオン,B
い換えると %%+の小さな相ほど低過冷度でも生成すること
イオン,酸素イオンの半径とする寛容性因子(tolerance
になる[10].
factor ; &!)
[13]
図8は YFeO3における自発的な復熱(recalescence)過程
&!#
の高速 VTR 写真と,同時に計測した X 線回折パターン,お
よび比較のために載せた LuFeO3の回折パターンである
$'!$)
$(!$)'
($&
(17)
[11,
12].希土類鉄ペロブスカイト REFeO3(RE:希土類
で記述され,"
!
&"&!"#が安定な範囲とされている.た
元素)の浮遊溶融凝固試料の表面形状は,RE の原子半径の
だし REFeO3では &!が1からずれるに伴い,結晶構造が
減少に伴いLaFeO3での滑らかな球面形状からLuFeO3のご
LaFeO3の正方晶から YFeO3,LuFeO3の斜方晶へと変化す
つごつしたファセット形状に変化する.また結晶構造は
る[14].斜方晶を正方晶と比べた場合,格子の対称性の低
LaFeO3では斜方晶,LuFeO3では準安定相である六方晶を
下は格子振動モードの縮退をほどき,その結果,振動のエ
示すが,焼鈍後はいずれも安定相の斜方晶となる.写真の
ントロピーを小さくする.すなわちメルトの構造を完全に
左肩に記した経過時間からわかるように,試料の右上部に
等方的とすれば,正方晶から斜方晶への格子構造の変化は
発生したファセット状の初相は,約 100 ms後に高融点の第
%%+を増加させる.これは,熱力学的に安定な相の対称性
二 相 に と っ て 替 わ ら れ る.フ ァ セ ッ ト 状 の YFeO3は
が低い場合,高対称性の,言い換えれば高エントロピーの
LuFeO3とほぼ同じ回折パターンであるのに対して,高融
相が準安定相として存在する可能性を意味する.実際,低
142
Special Topic Article
4. Containerless Materials Processing and Related Experimental Techniques
K. Kuribayashi
(1975).
[3]J.H. Perepezko, J. Non-Crystalline Solids 156-158, 463
(1993).
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W. H. Hofmeister and R. Schiffman (1993, TMS, Pa, USA).
[5]T. Ishikawa, P.-F. Paradis and S. Yoda, J. Jpn. Soc. Microgravity Appl. 18, 106 (2001).
[6]K. Kuribayashi and S. Ozawa. J. Alloy Compd. 408-412,
266 (2006).
[7]K.F. Kelton, Solid State Physics 45, 75 (1991).
[8]F. Spaepen, Acta Metall. 23, 729 (1975).
[9]F. Spaepen and P.B. Meyer, Scripta Metall. 10, 257 (1976).
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0]K. Kuribayashi, K. Nagashio, K. Niwata, M.S. Vijaya Kumar and T. Hibiya', Mat. Sci. Eng A (in press).
[1
1]K. Kuribayashi, K. Nagashio, K. Niwata, M.S. Vijaya Kumar and T. Hibiya', submitted to J. Alloy Compd.
[1
2]K. Nagashio, K. Kuribayashi, M.S. Vijaya Kumar, T.
Hibiya, A. Mizuno, M. Watanabe and Y. Katayama, Appl.
Phys. Lett. 89, 241923 (2006).
[1
3]V.M. Goldschmidt, in Geochemische Verteilungsgesetze, VII,
Oslo, (1926) p.97.
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4]M. Eibschütz, Acta Cryst. 19, 337 (1965).
[1
5]M. Inoue, T. Nishikawa, T. Nakamura and T. Inui, J. Am.
Ceram. Soc. 85, 2157 (2002).
[1
6]福山博之 他,まてりあ 145, 507 (2006).
温では正方晶が安定な LaFeO3においても薄膜では高温相
として六方晶構造のペロブスカイトが存在することが報告
されており[15],六方晶構造が正方晶よりも高対称性,言
い換えれば高エントロピーであることを示唆する.すなわ
ち,大きく過冷した融液からは !!!の小さな相が準安定相
として生成されるという,式(16)のクライテリオンを支持
する.
4.
3 おわりに
筆者の生業とする無容器プロセスがプラズマ・核融合の
科学とどのような関係があるのか,ずぶの素人の筆者に
とっては闇の中に等しい.なんとか蛇に怖じずでお引き受
けしたものの,でき上がったものはいつもながらのやっつ
け仕事で気恥ずかしいというのが本音のところです.独り
合点,誤謬など,ご指摘いただければ幸いです.なお本稿
では過冷メルトからの凝固という浮遊溶融の一つの側面の
みを取り上げたが,過冷メルトの物性,構造等,浮遊溶融
ならではのアイテムは数多く存在する.興味ある方は他
[16]を参照されたい.
参考文献
[1]D.M. Herlach, Mat. Sci. Eng. R, 12, 177 (1994).
[2]D.H. Rasmussen and C.R. Loper, Acta Metall. 23, 1215
143