第6回 岡崎 勝世 教授(文化科学研究科文化構造研究) ドイツ

第6回
岡崎 勝世 教授(文化科学研究科文化構造研究) ドイツ啓蒙主義歴史学と最近の研究
思想史的史学史へ
岡崎 勝世(西洋史学)
思想史的史学史へ
ベルリンの壁が崩壊した 1989 年末当時、私はミュンヘンにいました。それは私が派遣されていた
「長期研修」が半ばに達した頃で、ドイツが大きくかわっていく様子を、新聞やテレビ、街頭での様々
な出来事からつぶさに目撃しました。とはいえ、このように日々ドイツの激動を目の当たりにしなが
ら、しかし他方では、歴史学者の著作を中心に、18 世紀ドイツ啓蒙主義者たちの著作に没頭する毎日
を送っていました。
この時以来現在まで、私は「ドイツ啓蒙主義歴史学研究」を
テーマとしてきました。250 年前から約1世紀間営まれたドイ
ツにおける歴史学に関する研究ということになりますから、こ
のテーマを聞かれた方には、何か浮世離れしているというふう
に受け止められるかもしれません。しかし、彼らが活動した 18
世紀後半から 19 世紀前半は、自然科学の発展と啓蒙主義の影
響が背景にあり、さらにイギリスの産業革命とフランス革命の
影響が直接及んできて、ドイツが様々な変革を迫られていた時
代でした。
そうしたなかで歴史学者たちが時代の課題を受け止めながら
歴史学を大きく変革していった過程の研究は、私には決して他
人事ではありませんでした。それは急速に変化する現代におけ
る歴史学の役割という問題に深いところで通じていますし、し
かも私が滞在していた当時のドイツは、まさにこの問題を日々
考えざるを得ない状況だったからです。
私は、元来、思想史への関心から歴史学研究に携わるようになりました。ドイツに研修に行く頃に
はそこから史学史に関心が移りつつあった頃でしたが、この経験から、私の研究内容と研究方法が定
まってきたと、今は、考えています。
この時から歴史学の変化・発展について、歴史学内部の動きよりは、これを歴史学とそれを取り巻
く時代との関係の側から調べることに、また、具体的にはこの関係が最も大規模な形であらわれる、
世界史記述の研究に重点を置くようになりました。そしてその世界史記述については、それをとりま
く、時代に特徴的な「世界観(空間的意味での)
」
、
「人間観」
、
「時間の観念」という、三つの側面から
分析するという方法を、意識的に採るようになりました。そしてこうした研究を勝手に思想史的史学
史研究と名づけ、この考えに基づいて計画を立て、以前からの研究をまとめなおすとともに、新たな
研究を始めました。
これまでとこれから
この計画のうえで、
現在までに発表できた著書は、
三冊になります。
まず『キリスト教的世界史から科学的世界史へ−ドイツ啓蒙主義歴史
学研究−』
(勁草書房 2000 年)は、私の中心的テーマに関する研究
をまとめたものです。ゲッティンゲン大学で歴史学教授をつとめたガ
ッテラー、シュレーツァーは、いずれも最初は伝統的・キリスト教的
世界史(普遍史)から出発しています。
しかしやがてこれを批判するようになり、文化史的世界史(啓蒙主
義的世界史)を記述するようになります。この転換の原因や転換の過
程、その世界史記述の意味などについて、先ほど挙げた三つの側面と
の関係に注目しながら明らかにしようと努めました。
他方、
『聖書VS.世界史』
(講談社現代新書 1996 年)は、彼らが
出発点で所属していた聖書を直接的基盤とするキリスト教的世界史
(普遍史)について、それが成立した古代から、中世、宗教改革時代におけるその展開や大航海時代
以後に迎えた危機を経て、ついに 18 世紀に消滅するまでの歴史を記述したものです。
最後に、
『世界史とヨーロッパ』
(講談社現代新書 2003 年)は、上記の二著で採った方法を全時代
に適用して、古代ギリシアから 20 世紀前半までの、ヨーロッパにおける世界史記述の歩み全体を概
観したものです。
現在は、二つの方面で研究を進めています。一つは、ドイツ啓蒙主
義歴史学の研究を一層推進することです。ここでは、まだまだ究明す
べき課題がたくさん残っています。そのうち、現在は「人間観」の変
化と歴史学の変化との関係について深める作業を行っています。
「リンネの人間論」
(
『埼玉大学紀要 教養学部 第 41 巻』
、2006
年)はその一端です。もう一つは、日本における世界史教育の歴史を
明らかにするということです。上記の二冊の新書では、そこで扱って
いるテーマとかかわる限りで、日本における世界史教育について調べ
て書いてみました。
しかしこの調査の過程で驚いたことは、
これまで、
「世界史教育」という観点からの、明治期から現在までの歩みを通観
する研究が見られないということでした。
そこで、これまでのヨーロッパの史学史研究を下敷きにしながら、
この空白を私なりに埋めてみたいと考えるようになりました。基本資
料の探索という全くの初歩から始めなければならなかったので、予測
したより時間がかかっています。もう少し細部に関し詰めなくてはならない部分がありますが、しか
し、まもなく結果を公表できるだろうと考えています。
この間、その時々の研究内容を、学部の特殊講義や大学院での講義などに組み込んで学生・院生の
皆さんに話してきました。こうした機会がなかったら、とても研究をまとめることはできなかったで
しょう。私の場合、著書は、講義という活動の結果以外の何ものでもないと言えます。私の拙い講義
を辛抱強く聴いてくださった学生・院生の皆さんに、この意味で、心から感謝しています。
(平成19年7月23日寄稿)