熱分析装置を用いた溶融塩による塩化ビニルの分解反応の解析

熱分析装置を用いた溶融塩による塩化ビニルの分解反応の解析
○
藏屋英介
横浜国立大学 大学院 工学研究院 環境エネルギー安全工学 藏屋英介
概要
溶融塩による塩化ビニルの分解反応について熱分析装置(TG/DTA)を用いて解析を行った。解析を行うに
当たり、アルミナセルと白金容器を組み合わせ、熱分析を行いながら溶融塩との反応を実現できるセルの製
作を行った。PVC の熱分解反応は、脱塩化水素反応とともに炭化水素の発生が起こりいずれも吸熱反応であ
るが、PVC と溶融塩の反応では、脱塩化水素と水酸化物イオンとの中和反応と、ポリエンと溶融塩との水素
発生反応といういずれも発熱反応が起こっていることが明らかとなった。そのほかにも熱分析の解析結果か
ら、実機開発を進めるための非常に重要な知見が得られた。
1
はじめに
近年の最終処分場の減少により廃プラスチックの処理が深刻化し、さらに焼却にともなって発生する
ダイオキシンが社会問題となり、ごみ中に含まれる廃塩化ビニルが原因と疑われ焼却処分の敬遠に拍車
がかかってきている。このような背景を受け、焼却、油化法に代わる方法として溶融塩の利用に着目して無
公害のポリ塩化ビニル(PVC)の分解法を開発し、有機ハロゲン化合物を不活性な雰囲気において水酸化ナ
トリウム溶融塩と反応させることにより無害で安定な無機塩である炭酸ナトリウム、塩化ナトリウムへ完全
に分解できることを見出している。しかしながら、溶融塩の非常に高い反応性から装置材料、分析・計測方法
など限定され詳細な解析は困難を極める。本研究では、溶融塩による塩化ビニルの分解反応について熱分析
装置(TG/DTA)を用いて解析を試みた結果について報告する。
2
2.1
熱分析装置による反応の分解反応の解析
熱分析装置による分解反応の解析
基
準
物
質
Tr
試
料
Ts
金
属
ブ
ロ
ッ
ク Tw
試
料
皿
炉
ビーム
ΔT
DTAの原理
T
TGAの原理
図1 TGA/DTA の測定原理
写真 1 TGA/DTA 測定セル(石英セル)
- 26 -
熱分析は、温度の変化に伴う重量の変化や 2 つの物質間の温度差を温度の関数として求めることができ、
プラスチックなどの高分子ポリマーの熱分解過程の解析等に使用されている。本研究では、熱分析装置を用
いて溶融塩と PVC との反応における重量変化、熱の出入り等をリアルタイムに計測し、分解反応の解析を行
った。
これまでの知見で熱分析装置を用いて溶融塩と PVC の反応を解析した例はなく、
初めての試みである。
図 1 に示差熱分析(DTA)ならびに熱重量分析(TGA)の測定原理を示す。DTAの基本原理は、試料と基
準物質を同一の熱的条件で加熱または冷却し、両者の間に生ずる温度差ΔTを温度Tに対して記録する。TGA
は、加熱時の反応による試料の質量変化を連続的に測定する。最近では、DTAとTGAが同時に測定できる装
置も開発され、本研究ではDTAとTGAを同時に測定できる装置を使用した。写真 1 に熱分析装置の測定部を
示す。写真は石英製セルであるが、溶融塩によって石英セルは容易に溶解してしまうため、溶融塩とPVCの
反応解析にはアルミナセルを用いている。石英セルの下に白金製の試料皿があり、その内部にそれぞれ熱電
対が埋め込まれている。図 2 に塩化鉛(PbCl2)のDTA/TGA曲線を示す。塩化鉛は、500℃で融解しDTA曲線
では 500℃付近に融解による吸熱のピーク
TGA
mg
150
DTA
uV
発熱
0
吸熱
-50
融解
50
-100
塩化鉛(PbCl2)のTGA/DTA
500
600
700
Temp [゚C]
DTA曲線は、基線に対し上に凸のピークが
-150
800
に塩化鉛は、融解と同時に徐々に揮散し始
めTGA曲線から約 750℃で完全に揮散し
てしまうことがわかる。本研究では、この
重量減少
400
きTGA曲線には、重量の変化が見られない。
発熱、下に凸のピークが吸熱となる。さら
100
0
見られる。融解や凝固、相転移が起こると
900
熱分析装置DTA/TGAを用いて、溶融塩と
PVCの反応を解析した。
図 2 TGA/DTAの一例~塩化鉛(PbCl2)のTGA/DTA
2.2
測定セルの作成
溶融した水酸化ナトリウムは、反応性に富み、ガラスはもちろんのこと
石英ガラスも溶解する。また、溶融塩との反応は、金属あるいは金属イオ
ンの存在により触媒として作用するケースも多く、ニッケルや白金といっ
た金属セルの使用もできない。さらに、溶融した水酸化ナトリウムは非常
にぬれやすく、予備試験の結果からも徐々にセル壁面を伝ってあふれ出て
しまうことが明らかとなっている。そこで、熱分析装置を用いた解析を行
うにあたり、溶融塩があふれ出ないようなセルの作成を行った。写真 2
に実験に使用したセルを示す。実際に反応を起こさせるセルは、外形 6mm
φのアルミナ製で、溶融塩があふれ出ないようにするために外形 6mmφ
の白金容器を加熱しながら均一に外周を広げ、アルミナセルに密着するよ
うな大型のふたを製作した。白金容器上部に 0.5mm 程度の穴を開け反応
写真 2 実験に使用したセル
下部~アルミナ、上部~白金
によって発生したガスを放出できる構造とした。このセルにより予備試験を行ったところ熱分析装置の汚染、
溶融塩の流出等の問題を解決することができた。
- 27 -
2.3
実験方法
前節の測定セルを用いて、熱分析を行い溶融塩と PVC の分解反応における TGA/DTA を求めた。熱分析装
置には、島津製作所 DTG-60H を使用した。溶融塩には水酸化ナトリウム:水酸化カリウム(50mol%:50mol%、
融点約 190℃)混合溶融塩を用い、PVC には和光純薬製の PVC 粉末(重合度 n=1100)を使用した。混合塩は
あらかじめ所定の分量で混合した後、一度アルミナるつぼ内で融解させてから急冷させたものを使用した。
まず測定セルに混合溶融塩を 25mg 程度とり、熱分析装置で秤量した。さらに測定セル内に粉末の PVC を約
10mg とり、溶融塩との合計重量を秤量して試験に供した。測定は、アルゴン雰囲気中で常温より 5℃/min で
400℃まで昇温した。参照実験として、PVC 粉末のみを測定セルにいれ、同じ昇温条件で DTA/TGA 測定を行
った。
3
結果および考察
図 3 に PVC 粉末のみならびに溶融塩に PVC 粉末を加えた試料の DTA/TGA 曲線を示す。実線が PVC 粉末
のみ、破線が溶融塩に PVC 粉末を加えたときのものである。PVC 粉末のみの場合、220℃付近から脱塩化水
素による重量の減少が始まり、260℃で急激に反応が進行する。DTA 曲線も急激な重量減少に伴い脱塩化水
素反応による吸熱のピークが見られる。300℃付近で TGA 曲線の減少は緩やかになるものの 360℃付近まで
重量は減少し続け、380℃まで昇温させると重量は 64.58%減少した。PVC の脱塩化水素反応は、(1)式に示す
ように進むと考えられている。
熱分析データ解析
ファイル名:
機種名:
試料名:
試料量:
セル:
雰囲気ガス:
ガス流量:
PowderPVC+Salt 2003-07-28-1.tad
DTG60H
PowderPVC+Salt
33.709[mg]
アルミナ
アルゴン
50[ml/min]
[温度プログラム]
加熱速度 ホールド温度 ホールド時間 ガス
[゚C/min ]
[ ゚C ]
[ min ]
5.00
400.0
0
アルゴン
TGA
%
DTA
uV
261.36゚C
減量
-5.352mg
-64.575%
脱塩化水素反応
による吸熱反応
TGA
20.00%
中和による発熱反応
DTA 100.00uV
DTA with molten salt
TGA with molten salt
DTA
TGA
266.75゚C
減量
-3.661mg
-10.861%
塩の溶解による吸熱
100.00
図3
200.00
Temp [゚C]
300.00
400.00
PVC 粉末のみならびに溶融塩に PVC 粉末を加えた試料の DTA/TGA 曲線
- 28 -
-(CH2-CHCl)-
PVC
→
-(CH=CH)-
Polyene
+
(1)PVCの脱塩化水素反応
HCl
PVC は、この脱塩化水素によって重量として 58%減少することになる。PVC の熱分解は、塩化水素の発生だ
けではなく脱塩化水素によって生じるポリエンの一部も 300℃付近から熱分解を起こし、炭化水素を生成し
ていると考えられる。
今回の分解試験において溶融塩に水酸化ナトリウム:水酸化カリウム混合塩を用いている。混合塩の融点
は、水酸化ナトリウム(融点:316℃)単独に比べ、約 190℃と低く、PVC の熱分解が始まるよりも低い温度
で融解した溶融塩を PVC に接触させることができる。PVC 粉末に溶融塩を加えたとき DTA 曲線(破線)に
おいて 100℃付近に吸熱のピークが見られた。TGA 曲線に変化が見られないことから水酸化ナトリウム:水
酸化カリウム混合塩の相転移が起こっていると推察される。混合塩の融点は、約 190℃付近であるが、DTA
曲線からも融解による吸熱ピークが見られた。また、TGA 曲線から融解とともにわずかに重量の減少がみら
れさらに温度を上昇させると徐々に発熱し、267℃に大きなピークを持つ発熱反応が見られた。これは、PVC
から溶融塩中の水酸化物イオンが塩素を引き抜き、(2)式のように反応したと考えられる。
-(CH2-CHCl)- + NaOH
→
-(CH=CH)-
+ NaCl
+ H2O
(2)
さらに、熱分解を起こす温度に到達すると熱分解による脱塩化水素反応との相乗効果で急激に反応が進行し、
塩化水素と水酸化物イオンとの中和反応にともなう急激な発熱が起こると考えられる。溶融塩の溶解による
吸熱と PVC の分解による発熱を比較した場合、発熱量のほうが非常に大きいことから実証機で処理を行なう
際、中和熱を有効に活用することによって特段の加熱を行なうことなく分解処理できることを示唆している。
重量は 266℃付近から反応が進行するに伴い減少し、380℃までに 10.86%の重量減少となる。これは、PVC
の塩素分が塩化水素として生成し、水酸化物イオンとの中和反応によって塩化ナトリウムとして塩中に固定
され、(2)式によって生成した水が溶融塩から脱離したためと考えられる。このとき、塩化水素との中和反応
によって生じたすべての水が脱離した場合、その量は PVC の重量に対し 28.8%となるはずであるが、それよ
りも少ない量となった。溶融塩に PVC 粉末を加えたとき DTA 曲線において 300℃を超えたところからさらに
発熱反応が見られることから、(3)式のようなポリエンの一部と溶融塩、水との反応により炭酸イオンの生成
と水素発生反応が起こり、(2)式で生じた水が消費されたため理論的な値よりも下回ったと考えられる。
-(CH=CH)-
+
-(CH2-CHCl)-
4NaOH
+
2H2O
→
2Na2CO3
+
5H2
+5NaOH
+
H2O
→
2Na2CO3
+
NaCl
(3)
+5H2
(4)全反応
本研究によって次の結論を見出した。溶融塩と PVC との反応により、
•
PVC 中の塩素は、NaCl として溶融塩中に補足される
•
溶融塩による塩素の引き抜きと熱分解による脱塩化水素反応が相乗的に起こる
•
塩化水素と水酸化イオンとの中和反応によって生じる水が一部脱離する
•
溶融塩の融解熱に比べ非常に大きな発熱をともない分解反応が起こる
•
反応熱によって系の温度を維持できる可能性がある
•
PVC の溶融塩による分解過程における炭化水素の発生は、PVC のみに比べ極僅かである
ことが明らかとなった。
- 29 -
4
さいごに
熱分析装置を用いた溶融塩と PVC の反応解析を行った例はなく、また、溶融塩の反応性により使用できる
材料も限定されていることからセルの製作には非常に時間を費やした。しかしながら、基礎試験や実機開発
の中で経験的にはわかっていたものの、今回の取り組みで実機開発を進めるための非常に重要な知見を得る
ことができた。なかでも実機プラントで処理を行う際、熱分解による脱塩化水素反応が起こる前に溶融塩と
いかに接触させるかで副生成物の発生を抑制することができ、また、塩化水素と溶融塩との中和反応による
熱を効率よく溶融塩の溶解に利用することができれば特段の加熱なく処理を連続的に行うことができること
を見出せたことは大きな成果であった。熱量の厳密な測定や、反応速度の解析、生成ガスの分析など、取り
組まなければならないことはたくさんあるが、この成果を大きな足掛かりとしていきたい。
参考文献
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Degradation and Stability , 22 ,P31-41 (1988)
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神奈川県産学公交
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端野、藏屋、朝倉 溶融塩討論会(2001)
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平成 13 年度 経済産業省 即効型地域新生コンソーシアム研究開発事業 報告書
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神奈川県産学公交流