年 頭 の 挨 拶 夫 晴 藤 (昭 ) の建物は斬新なデザインが 注目され、建築デザイン専 伊 薬理学 のご案内 中谷 晴昭 教授 日時 平成 年2月4日(水)午後3時半 医学部第一講義室 場所 私の不整脈研究 ─基礎研究医として過した 年間をふりかえって─ ゐのはな同窓会の皆様、 門月刊誌「新建築」 (新建築 ゐのはな同窓会長 周年記念事業もほぼ初期の ました。記念誌、医学部理 生殖生物医学 念の言語化と並んで最大の 演題 懸案でありました新同窓会 明けましてお目出度うござ 月号でも紹介 た。再生医療実現への大き 性の臨床研究が始まりまし ートを移植する加齢黄斑変 ら作製した網膜色素上皮シ ンター病院でiPS細胞か 理化学研究所、先端医療セ す。昨年9月には、神戸の 明るい未来も垣間見られま も多々見受けられますが、 周辺には落ち着かぬ出来事 広く、また繰り返し利用頂 各講座、事務部、学生と幅 す。ホールにつきましては、 ほぼ毎日利用されておりま 新ゐのはな同窓会館は、 て厚く御礼申し上げます。 きました。ここにあらため 多くの方々からご寄付を戴 数々の困難な社会状況の中、 念事業の推進にあたっては、 されました。135周年記 社発行)の います。 館も完成いたしました。こ 年森 清隆 教授 日時 平成 年2月 日(金)午後3時半 場所 医学部附属病院西棟1階講堂 演題 精子と卵子の出会いのために ─基礎研究から不妊症診断と治療への挑戦─ 医療情報学 目標を達成することができ 講 場所 ゐのはな記念講堂 医療情報学が医学・生物学を造る われますが、課題も多いか 目覚ましいものがあると思 今後の医学・医療の発展は 使用されておりますが、こ 室の方は主に学生の部活に 方にも使われています。和 らず、薬学部、看護学部の かぎりです。医学部のみな されているようです。千葉 地のようですね!」と絶賛 の窓からの緑は「リゾート おります。特に事務室北側 上げます。 躍されますようお祈り申し には本年もご健康にてご活 私の歩んだ道─新しき検査診断学を求めて─ と考えます。千葉大発の研 医学会、猪之鼻奨学会の事 究を期待しております。ゐ ちらも他部局の方も使用さ 務室もありますので相互の を1月初旬にオンライン会 新春インタビューの動画 報にて配信します。 事務室が明るく広くなり、 連携もスムーズに行く事と ゐのはな同窓会員の皆様 幸いです。 のはな同窓会の目的である 演題 野村 文夫 教授 日時 平成 年2月 日(火)午後3時半 場所 ゐのはな記念講堂 分子病態解析学 ─これからの医療パラダイムシフトと医療情報学─ 演題 高林 克日己 教授 日時 平成 年2月 日(火)午後1時半 37 れています。 始まったものと思われます。 いていることが多く嬉しい な一歩で、まさに新時代が 昨今、医学・医療とその 終 葉の折には訪ねて頂ければ ゐのはな同窓会賞受賞候補者募集要項 第 二 〇 回( 二 〇 一 五 年 度 ) ゐ の は な 同 窓 会 賞 の 受 賞候補者を左記により募集いたします。 一、受賞対象者 本会員で、医療活動の顕著な業 ①社会貢献賞 績により、社会に高い貢献をし た個人またはグループ。 医学および広く文化の各領域に ②功労賞 お い て、 千 葉 大 学 お よ び 千 葉 大 学ゐのはな同窓会に多大の貢献 をした者。 二、表彰 (三件以内)盾および賞金(総額 ①社会貢献賞 三十万円以内)を贈呈します。 (一件以内)盾および賞金十万円 ②功労賞 を贈呈します。 三、応募方法 所定の申請用紙により、二〇一四年十二月一 日から二〇一五年一月三十一日までに申請し て下さい。 四、受賞者の決定 選考委員、常任理事会の議を経て、会長が行 います。 審査結果は二〇一五年五月中頃までに各申請 者に通知すると共に、ゐのはな同窓会報に掲 載します。 五、問い合わせおよび申請用紙請求先 課外活動団体 会員から 人事異動 著書紹介 雑文雑談 地区ゐのはな会報 オンライン会報 会館設立 編集後記 紙 面 紹 介 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 千葉大学医学部内、ゐのはな同窓会事務室 申請用紙は同窓会ホームページよりダウンロ ードすることが出来ます。 年頭の挨拶 各地区会長挨拶 就任挨拶 各地ゐのはな会 クラス会 研修プログラム 研修医だより 追悼文 学生教育 学内情報 〜 〜 〜 40 38 31 29 28 27 25 26 23 最 お見えになった方々からは、 思います。会員の皆様も来 お褒めの言葉をいただいて 21 18 13 11 11 9 6 4 2 1 3₉ 医学部支援もこの一助とな ればと思います。 おかげ様をもちまして、 千葉大学医学部創立135 24 21 26 32 30 10 7 5 3 20 14 12 義 13 17 17 編集発行者 千葉大学医学部 ゐのはな同窓会報編集部 〒260⊖8670 千葉市中央区亥鼻1⊖8⊖1 千葉大学医学部内 ゐのはな同窓会 電 話(043)202-3750 FAX(043)202-3753 e-mail:[email protected] HP:http://www.inohana.jp/ 千葉大学医学部同窓会報 第168号 題字 故鈴木五郎(大11卒 元ゐのはな同窓会長) 27 27 27 27 10 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (1)2015年 1 月 1 日 ゐのはな同窓会各地区会長挨拶 生方を中心に活動されてい ましたが、筑波大学が発足 の追及等々)にも触れ大学 今後の展開はどうあるべ はある。 一方、歴代の同窓会長が、 会のホームページを開設し 苦労を理解することとなる。 きか、一つ、埼玉ゐのはな 人の真摯な苦悩と日々のご 埼玉とは縁がないわけで い た、 「お坊ちゃま」であ もない。3月9日の東京大 る。 %、20 名程度、会費の集まり 総会への出席者は常時 予定です。 〜 空襲で焼け出された後、我 めるにはどうすべきか、若 何をなすべきか、関心を高 同窓会の活性化のためには ニュースを伝達、意見の交 に常任理事会などの情報や スを持つ会員にはより頻繁 を伝達する。メールアドレ て、より多くの同窓に情報 は2010年が して以降、つくば市や土浦 が家は転々とした末、埼玉 手の活躍の場はどうあるべ 換等も可能にする。つまり、 市を含む県南地域の医師が は深谷で終戦を迎えること きか等々を喫緊の課題とし 情報伝達手段に工夫を加え でトップレベルの話を伺う いことです。また、診療面 高齢者などという肩書まで りになってしまった。後期 いつの間にか大変な年寄 直属の諮問委員会という形 ことができる機関が、会長 意見や不満を直接伝達する 昨年の理事会では、若手の 公的病院等に勤務する同窓 する。また、県内の大学・ い情報ネットワークを構築 て会報や総会のみに頼らな した。 %、2014年 となった。国民学校1年生 て苦慮されてきた姿を常任 12年が 亥鼻の丘に学び、縁があ の夏であった。銃後の戦争 理事会を通して見てきた。 増えています。その結果、 って職場あるいは生活の場 年2月3 を記憶する最後の年齢と言 されましたが、本会にとっ ことは私どもにとって新た %という状況です。 をここ茨城県におく我々に えようか。昭和 が とって、母校の発展のニュ 本会の会員数も増加し、現 最近では、筑波大学整形 ースは誇りであり、うれし 会員数は113名になりま 外科教授に千葉大学から山 て大きな喜びであるととも に活力を生む源でもありま ゐのはな会茨城県支部 新会長 中 田 義 隆 (昭 ) 崎正志先生(昭 )が赴任 に本会の活性化につながる 至近距離にあり救命救急セ 1回の総会が開催されてい 1〜2回の役員会、2年に 本会は原則として1年に いは悩みを語り合える、そ の場として、楽しみをある す。さらに日常の情報交換 同窓の諸先輩のお手伝いが、 はと考えるがいかがか。 頂戴してしまっている。 で承認された。各県支部に との連携を密にする工夫は 2月に筑波大学附属病院の ンターを有する新設の筑波 地域を守る〝若手〟の仕事 月 日のゐのはな同窓会 埼玉県ゐのはな会の現状 について触れる。 若手との交流が増せば、 関心の高まりも期待できる であろうし、従来から問題 を目にしながらなんとかお が一つ一つ努力してゆかね 問題点は数々あるであろう もつながることであろう。 会員はおよそ350余人、 であった会費納入の改善に 役に立てればと励んできた。 会を8月の日曜日に定例で な同窓会の常任理事を退任 忙しくなったためにゐのは が、日本医師会での仕事が 編集長野口哲夫先生(昭 ) ように気を付けたいもので を吸収している。会報は、 いように、現代トピックス を依頼して「今」を忘れな 施設で活躍する同窓に講演 高齢者にだけにはならない 若手を遮る元気過ぎる後期 会費は年間5000円、総 平成 年、阪信先生(昭 ) 開催し大学の教授陣や他の であった。常に先輩の後姿 ないか。 メディカルセンター病院長 と心得て続けてきたつもり 月に第5号が発刊の 埼玉でのこの 余年の間、 も共通する問題があるので 茨城県支部総会において会 のような場としてこの会が になります。現職は公益財 団法人筑波メディカルセン ター代表理事およびつくば と思います。 ます。会報は 年前から2 を受け継ぐことになりまし た。 私は昭和 年卒でインタ ーン終了後に千葉大学神経 され私が引き継ぐことにな の下に定期発行され、執筆 いっても間違いなかろう。 埼玉が第2の故郷であると 教育改革、研究の高度化、 そして、大学が直面してい せるようになっていった。 が気になる、此処でも若手 る大問題(独立行政法人化、 が、参加者の固定化、減少 幹事で定例開催されている ある。 元気な高齢者は良いが、 った。それまでは遠くの事 者も徐々に増加して内容も ばなるまい。 大学から埼玉へ出張とな ゐのはな同窓会埼玉県支部 新支部長 吉 川 広 和 (昭 ) として同窓会を感じていた ますます充実してきている。 生まれは東京下町、両国は また年1回のゴルフコンペ るようになって、大学の諸 千歳町、鼠小僧の墓がある )の 後を引き継いで、埼玉ゐの も林田和也先生(昭 はな同窓会の支部長を仰せ の参加が望まれるところで 埼玉で過ごしたことになり、 先輩、教授陣とも顔を合わ 過した。随分と長い年月を ったから、今年で ったのが昭和 のが、常任理事会に出席す 35 年を経 ゐのはな同窓会埼玉県支部の 市医師会長を務めています。 支部長を引き継いで 本会は長らく水戸・日立 など県中・県北の同門の先 40 年4月であ 13 地域との一層の関連性など 伊藤敏夫先生(昭 )の 48 精神医学教室に入局しまし 祝 叙 勲 秋の叙勲 瑞宝中綬章 嶋田 裕(昭 ) 46 た。昭和 年に助手に、1 瑞宝重光章 瑞宝双光章 43 今年 年に1度発刊を続けていて、 役立つようにしていきたい 歳である。 学脳神経外科の助教授とし ことと期待しています。 り、昭和 年4月に筑波大 て赴任しました。昭和 年 14 に就任し、以来現在に至り 日生まれの 年後に脳神経外科教室の新 ゐのはな会茨城県 支 部 の 会長を 引 き 受 け て 20 40 ます。茨城に居付いて 年 75 50 回向院の幼稚園に通園して つかった。 52 平成 年 39 10 10 鈴木 守(昭 ) 神尾 鋭(昭 ) 30 29 36 45 12 長に選出され、前任の佐藤 平成 年(2014年) 58 35 42 30 設に伴い同教室の助手に移 36 60 52 忠夫先生(昭 )から会長 26 25 26 37 35 31 各地区会長挨拶 (2) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 就 任 挨 拶 千葉大学予防医学センター ス解析も開始しましたが、 できる疾患では、オミック できるように努力したいと し、一緒に体制作りを実現 え、ご助言、ご指導を賜れ 大学関係の皆様方のお力添 は私にとって本当に幸運な できる指導環境を得たこと えております。また、診療 と相俟って重要であると考 ることは、卒後教育の充実 門の野原裕教授の主催する て参りたいと存じます。 献できる診療科運営に努め 重視し、獨協医科大学に貢 面では診療各科との連携を ことでした。 獨協医科大学整形外科学教 平成 年に本学に赴任い も考えずに、一念発起して 療を実現したいと願ってお 学の先生方と一緒に高度医 信しています。ぜひ千葉大 田教授の指導方針にしたが 領域をつくるな。 」という金 く修練し、診療面での苦手 脊椎外科領域をカバーすべ っておりました。 「すべての 脊柱変形の多くは特発性や 患者に対する手術を数多く 全国からの困難な脊柱変形 (昭 )をはじめとした千葉 年齢層の治療に取り組み、 ら超高齢者にいたる幅広い 特に脊柱変形では乳幼児か 窓会の諸先生も多く、数え 手がけて参りました。従来、 た、北関東にはゐのはな同 長( 昭 たが、本学には稲葉憲之学 の地を踏むことになりまし 療と研究を重ねてきました。 たしました際は単身で関東 だき、脊椎外科を中心に診 室助教授としてご採用いた 平成 年には北大整形同 ますよう心よりお願い申上 整形外科学講座 主任教授 獨協医科大学 まだまだ力不足ですので、 げます。 考えています。 生方のお力添えによる様々 ゲノム研究の道に足を踏み りますので、ご興味のある い、後頭頚椎移行部から仙 種 市 洋 (昭 入れることになりました。 先生方はどうぞ声をかけて 切れないご支援をいただき、 ) 、福田健副学長 専門領域の変更、民間から ください。 今日に至ることができまし ) 遂行する程、その難しさを 感じています。オミックス 解析は疾患の理解を高める 重要な一ツールですが、唯 関 根 章 博 な角度からの連携研究があ 一無二ではなく、多くの先 ム広域解析が重要になると って活きた情報になると確 生体影響解明研究部門 教授 確信し、 歳を超えた年齢 18 先天性側弯症など小児整形 47 しました関根章博です。千 明研究部門教授に就任いた 防医学センター生体影響解 こともあり、ミレニアムや した師匠の下に配属された 路だったと思います。卓越 アカデミアへと、大きな岐 剤師、看護師、臨床検査技 一方、医師に限らず、薬 座主任教授を拝命いたしま 獨協医科大学整形外科学講 た。そして、関東エリアで した。 は高橋和久千葉大学教授 師等、医療に従事する多く ましたが、少子高齢化の著 の方々が、遺伝子診断・病 しい昨今では成人脊柱変形 国際 疾患と外傷に対する外科治 析を用いた国内・国際プロ 高相晶士北里大学教授(平 療の研鑽を積んで参りまし 葉大学での研究および教育 昭和 野原裕前教授以来の当教 期でもありました。当時、 難しさを痛感させられた時 発に成功しましたが、その 部門に所属し、2薬剤の開 製薬会社では薬理・生化学 研究に従事してきました。 大学医学研究科で8年間、 究センターで6年間、京都 理化学研究所遺伝子多型研 ーゲット抽出を目指し、病 た、多因子性疾患の創薬タ 分かってきた状況です。ま でき、アプローチの仕方が 因・易罹患性遺伝子が解明 漸く、幾つかの疾患での原 析に取組んできましたが、 性疾患等のゲノム網羅的解 作用、遺伝性疾患、多因子 教育の場を通じて情報提供 度な医療に当たれるよう、 クス研究の知識を有し、高 です。その方たちがオミッ ダーとして活躍されるはず 必ず医療や研究現場でリー 感じます。それぞれの専門 応用した脊柱再建術を主た ストゥルメンテーションを 変性疾患に対する脊椎イン 脊椎外傷、脊椎腫瘍、脊椎 れる場合もあると思います。 当時の北大では脊柱側弯症 知識に加え、膨大なオミッ るテーマとして諸先輩たち 本学を卒業される方たちは、 をはじめとした脊柱変形、 クス情報の取扱いを要求さ が精力的に研究・診療を行 有用である場合が多いもの うことは治療上、きわめて 部位に直接外科的処置を行 の主要部分にあたるため同 椎体、椎間板といった脊柱 形外科医にとって不慣れで 群に囲まれた病巣に対する での一般整形外科修練の後、 肝、腎などの臓器や大血管 割き整形外科の魅力を伝え 卒前教育にも十分な時間を ところであります。また、 ステムの構築を進めている て、系統だった卒後教育シ す。就任後最初の仕事とし 敬遠されがちです。しかし、 れに取り組む所存でありま 脊柱班に所属いたしました。 外科的処置を行うため、整 平成4年から北大整形外科 です。この前方手術に熟練 の育成が必須で、全力でこ 域にわたる質の高い外科医 手外科など整形外科の全領 外科、スポーツ整形外科、 せていただきます。 げ、私の就任のご挨拶とさ 賜れますようお願い申し上 も旧倍のご指導、ご鞭撻を におかれましては、今後と ゐのはな同窓会の先生方 じます。 く御礼を申し上げたいと存 ともこの場を借りまして厚 ご支援をいただきましたこ 等のゲノム解 HapMap の機会を賜りましたこと、 を卒業後、1年間千葉大学 ましたので、私自身数多く 元)の4名の現役整形外科 医科大学教授(昭 ) 、山崎 態の理解、治療、治療効果 第三内科に在籍し、昭和 教授が活躍されており、私 に対する治療ニーズが高ま (昭 )、加藤義治東京女子 や副作用予測、早期予防・ 年4月に出身地にある北海 室のモットーは「治せる医 の教授就任に際して大きな り、対象症例は増加の一途 ジェクトに従事させて頂い 診断・治療の確立、iPS の前方手術の経験を積むこ 療の実践」です。これには た。金田教授は胸椎腰椎前 たことも大変良い経験にな 細胞の臨床応用、臨床試験 とができました。胸椎腰椎 方手術の世界的なパイオニ 心より感謝申上げますとと っています。その後、縁あ 道大学整形外科(金田清志 前方手術では周囲を心、肺、 脊椎外科のみならず、関節 研究企画も併任したことか 態の分子メカニズムでの理 52 解のため、標的細胞の取得 58 53 61 ら、今後の新薬開発には網 62 年千葉大学医学部 もに、千葉大学の一員とし って京都大学医学研究科に 教授主催)に入局いたしま 正志筑波大学教授(昭 )、 て高度医療を確立できるよ の場面等で、オミックスの した。北大病院と関連病院 を辿っています。 う精一杯頑張りたいと思っ 所属し、次世代シークエン 知識が欠かせなくなる時代 アで本邦随一の実績があり ています。 が近い将来に迫っていると 大学同窓の先輩や同僚、ま 48 いた薬剤応答性の違い、副 平成 年9月1日より予 18 外科の範疇に含まれており 61 柱領域における、あらゆる 26 平成 年4月1日付けで、 骨・骨盤にいたる全ての脊 40 私は、製薬会社で 年間、 サーやタイピング技術を用 26 羅的遺伝子発現解析やゲノ 15 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (3) 就 任 挨 拶 画像診断の基礎と臨床応用 教授からはCTやMRIの に診療する基本を、荒木力 治療の他、患者さんを大切 らは核医学や小線源放射線 たしました。内山暁教授か 成7年に助手として復学い お声をおかけいただき、平 の後の世界標準となり、国 まとめた研究成果によるそ 放射線治療成績を多施設で にⅠ期非小細胞肺癌の定位 て積極的に行いました。特 放射線治療を世界に先駆け 発し、高精度な体幹部定位 クを一体化させた装置を開 には診断用CTとリニアッ 放射線治療装置の更新の際 でした。平成 年に本学の における造影度との関係」 病理組織、臨床経過、CT 瘍の悪性度・活性度の評価 放射線科専門医を多く育成 ーズは急速に高まっており、 ともどうかよろしくお願い 療における放射線科医のニ 存じます。また、今後の医 研究に努めてまいりたいと 創出をキーワードに診療・ 密な画像診断と治療方法の ご鞭撻叱咤激励のほど今後 におかれましては、ご指導 ます。ゐのはな会の諸先輩 献につながると考えており 指導することが社会への貢 山梨大学医学部 ちまして、山梨大学医学部 をご指導いただき、治療に 際的に最も汎用されている ─猪之鼻奨学会の歴史的資料─ さらなるご支援による 新たな展開を祈願して 公益財団法人 猪之鼻奨学会会長 鈴 木 信 夫 (昭 ) 平成元年に本学(当時は山 時有水昇教授)に入局後、 業し、放射線医学講座(当 山梨大学では両者共存して かれ、講座としてもそれぞ 腫瘍(治療)学に明確に分 的には画像診断学と放射線 現在の放射線医学は学問 知的財産として製品化され 開発した成果は山梨大学の 学も増えてきておりますが、 独自の呼吸換気量モニタを れ独立して存在している大 全国に普及しています。そ 影響に関する研究を行い、 治療における呼吸性移動の 肺癌や肝臓癌などの放射線 も引用されています。また の肺癌治療ガイドラインに る無償の努力がなされてき べく、数多くの諸先輩によ す。研究者と学生を支援す が管理運営してきた団体で 大学医学部と薬学部の教官 1世紀の歴史を持つ、千葉 猪之鼻奨学会は、およそ 公益財団とし られることと の特典が与え ては、税法上 団化して、寄付行為につい なお、一昨春には、公益財 た、千葉大学としても大い 同然になろうとしていた木 同窓会館内事務局は、廃屋 た。それまでの旧ゐのはな っ越しすることができまし 同窓会館のビルの一室へ引 ならびに多くの寄付者によ その活動の財源については、 伊藤晴夫会長以下の担当者 に誇るべき組織なのです。 造構造物でしたので、安心 寄付金で賄われてきました。 り建立された、新ゐのはな これまた、数多くの方々の っております。これまで、 る次第です。その作業が将 能性を秘めていると推察す ゐのはな同窓会との関係は、 どの歴史の糸をほぐせる可 す。お陰様で、 しての事務作業が可能とな なっておりま 財政上もお互いに助け合い 来可能なためには、本公益 ら、おそらく、学術研究な 載されており、その内容か 之鼻奨学会の活動内容が記 さい。それら資料には、猪 らせしました。ご参照くだ 号送付の際同封)にてお知 のはな同窓会会報第166 会発行の広報紙第 号(ゐ に、その一部を猪之鼻奨学 しました(写真参照)。すで 料が存在することを再認識 梨医科大学)に研修医とし 講座を運営しております。 ての組織維持 ながらの運営とのことでし 平成 年1月1付けをも 大 西 洋 (昭 放射線医学講座 教授 放射線医学講座教授に就任 役立つ研究のあり方の基本 て赴任いたしました。本学 自分自身も研修医時代に核 の他、学会活動として様々 は、事務局員 たが、事務局の場が同じ建 財団を強固にする必要があ National Comprehensive ( NCCN ) Cancer Network に縁がありましたのは、内 な新規照射技術のガイドラ の御努力もあ るでしょう。そのためにも、 年に千葉大学医学部を卒 教授がご病気で急逝され、 任しましたが、内山暁初代 人事で成田赤十字病院に転 で研修した後に千葉大学の ったためです。3年間本学 ション先の一つが本学であ 医学講座の研修医ローテン り、千葉大学医学部放射線 葉大学医学部のご卒業であ する体軸方向照射法」や Tを利用した頭部腫瘍に対 あり、最初の原著論文は「C 技術開発や治療効果判定で 技術を応用した放射線治療 主な研究テーマは画像診断 生かされたと考えています。 ことが、その後の研究歴に 事できる環境に身をおけた 線治療の両面から診療に従 線治療技術の開発と臨床応 いてはさらなる高精度放射 の検討を、放射線治療にお バイスの開発と臨床的意義 りました。 ですが、ゐの その事務局 ります。 行し出してお て は 新 規 画 像 撮 像 法 や Inのデ terventional radiology 今後は、画像診断におい 本学の初代の助教授であり はな同窓会の に、莫大な猪之鼻奨学会資 をお願いする次第です。 18 拶申し上げます。私は昭和 山暁初代教授(昭 )が千 医学を含む画像診断と放射 イン作成や保険収載に携わ り、順調に進 物内となり、今後も緊密に ました荒木力先生が第二代 用を進め、より低侵襲で精 教授として赴任された際に 「 ところで、引っ越しの際 助け合うことがなされれば ) いたしました。これまでお を身につけることが出来ま 申し上げます。 世話になりましたゐのはな した。 秘められた宝物 同窓会の皆様に慎んでご挨 12 今後とも、皆さまのご支援 63 と願う次第です。 47 26 による脳腫 201Tl SPECT 33 63 就 任 挨 拶 (4) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 各地ゐのはな会 だより 東京ゐのはな耳鼻科医会 平成 年8月7日に例年 開催しています銀座2丁目 のホテルモントレにて第 回東京ゐのはな耳鼻科医会 が開催されました。今回は 勉強会としての講演を自由 が丘で開業され、本会の幹 事もされている笠井創先生 )から花粉症の動向 と、9月に女子医科大学主 (昭 催の日本耳鼻咽喉科感染 症・エアロゾル学会のパネ リストとして講演される口 腔咽頭領域の局所処置の内 容の一部について話してい 医局員と研修医、関連施設 拶をいただき、参加者の先 ) 、林崎勝武(昭 ました。会終了後には有志 野妙子(昭 藤典代(昭 ・大阪大) 、奥 ) 、工 森豊(昭 ) 、宮下久夫(昭 で2次会と流れさらに楽し 生からの近況報告がなされ 駒込病院の先生方、八千代 い会となりました。出席者 である三井記念病院、都立 医療センターをはじめとす ) 、吉原俊雄(昭 の出身大学は様々ですが、 ) 、和 )笠井創(昭 る日本医科大学出身の先生 ゐのはな同窓会OB関係で (昭 ) 、三浦巧(昭 ) 、大 (昭 は卒年順に神田敬(昭 ) 、 谷 地 直 樹( 昭 ) 、永田博史 方とも巾広い交流の場とな 田 二 郎( 昭 りました。神田敬先生(昭 )から乾杯の発声やご挨 ・大阪医大) 、三橋敏雄 藤宏文(昭 ) 、藤原剛(昭 といっても当然最高気温は いて知っておくべき基本か 題〟 」と題し、乳癌診療につ 年はいくぶんしのぎやすい、 癌の診断と治療〝最近の話 暑の中で行われますが、今 ら最新の話題、ハリウッド 部間の垣根の低いことであ 名で、千葉大学の強みは学 葉大学の将来展望」の演題 ました。徳久先生からは「千 わかりやすくご講演を頂き り、医学部単独ではなく他 ました。中村先生からは「乳 度を超えた真夏日での開 催でした。総会ではまず物 学部の様々な専門性や職種 )に出 )が して今年4月に千葉大学学 招きし特別講演が開催され 生(昭 )のおふたりをお とも融合して先進的な教育 リーの手術で話題になった 針谷英世先生(昭 てこられた埼玉県支部会長 て吉川広和先生(昭 田文章先生(昭 ) 、井上幸 でたく米寿を迎えられる有 万先生(昭 ) 、四家正一郎 喜寿を迎えらる妹尾素淵先 ) 、根岸敬矩先生(昭 ) 生(昭 ) 、三木亮先生(昭 に出席者皆でお祝いを致し ました。 総会に続き、昭和大学医 学部外科学講座乳腺部門教 授中村清吾先生(昭 ) 、そ な会は例年通り8月の第4 長に就任された徳久剛史先 テル大宮」で開催されまし 日曜日の た。例年8月の末という酷 BRCA遺伝子のことなど 故者の清水惟義先生(昭 ) 、 女優のアンジェリーナジョ 席者全員で黙祷を捧げまし なく続きました。最後に長 業報告、本部報告、と滞り 部・支部誌編集部からの事 計報告、監査報告、ゴルフ ) 、 た。議事は支部長挨拶、会 ) 、日野剛 ) 、加藤雄一(昭 野本実(昭 ) 、中村宏(昭 (昭 ) 、持田晃(昭 ) 、伊 伊藤敏夫先生(昭 年にわたり埼玉支部を率い 介( 平 2) 、 佐 内 明 子( 平 部会長退任の意向を表明さ ) 、晝間清(平元) 、柴啓 3) 、吉田耕(平3) 、岩本 れたことに伴い、後任とし )が支 ) 、大 容武(平5) 、小林伸宏(平 5) 、小野健一(平 多和優里(平 ) 、牧角祥美 ) 、黒川友哉 れました。また、本年度め (平 ) 、吉原晋太郎(平 ) 、 推挙され満場一致で承認さ 柳 嘉 典( 平 た会となりました。1年に (平 )が参加し益々若返っ 1度、夏の恒例の会として 先生(昭 ) 、島田恒郎先生 27 ただきました。もう一人の 講演は東京女子医科大学八 千代医療センタ─耳鼻科科 定着しましたが、また来年 27 26 、中島顕先生(昭 ) 、 の夏さらに充実した楽しい (昭 ) 会となるよう企画していく (吉原俊雄) こととなりました。 埼玉ゐのはな会 27 長となられた三枝英人先生 される、嚥下機能の基礎と 58 21 年度の埼玉ゐのは 26 39 (日本医科大学)より専門と 28 44 53 57 59 12 日に「パレスホ 平成 38 嚥下障害の治療について、 全身的なアプローチと耳鼻 咽喉科的アプローチの両者 についての有意義なご講演 講演会の後は例年通り笠 58 19 30 40 57 をいただきました。 井創幹事と私の司会で懇親 35 25 52 52 53 58 61 22 24 会が開かれ、今年は 名強 と多くの先生のご参加を頂 きました。ゐのはな同窓会 OBの先生、女子医科大学 35 30 38 52 59 63 15 57 58 59 19 26 52 37 26 40 48 50 23 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (5) 各地ゐのはな会 や研究システムを構築して 写真右から )、永野俊雄(昭 ) 、浅 茶 女 大 理 )、 加 濃 正 明( 昭 (植松武史) 前列:豊田二美枝(昭 ・ 栃木透(平 ) 旧第二解剖学教室 OB・OG会 見 敦( 昭 ) )、 奧 村 康( 昭 後列:岩倉弘毅(昭 ) 、高 市川・浦安ゐのはな会 写真右から 前列:加藤友衛(昭 ) 、秋 )、道場信孝(昭 西千葉医師の会 大変興味深いお話を御伺い する事が出来ました。最後 に参加者で記念撮影を行い、 日(月) 、 次回からは予防医学センタ ー所属の先生方もお誘いす 平成 年 月 ることを約束し、散会とな りました。 西千葉「鮨割烹みどり」に 船津恵一(昭 ) 、篠塚正彦 写真右から 前列:鈴木昌彦(昭 )、五 杉田克生(昭 ) ) 、 十嵐辰男(昭 ) 、徳久剛史 れました。当番幹事である (昭 )、今関文夫(昭 名の参加者で和やかに行わ した徳久剛史先生以下、 ) 、 に千葉大学長に就任されま 開催致しました。本年4月 ) 、 て恒例の西千葉医師の会を ) 、 山龍男(昭 ) 、松丸信太郎 ) 二列目:田中則好(昭 木下敏子(昭 市川・浦安ゐのはな会は、 (昭 毎年秋に開催いたしており 年 日(土)に市川市「栃 ますが、今年は平成 月 ) 角谷明子(昭 ) 、税所宏光(昭 参加いたしました。秋山龍 英明(昭 ) 後列:西野卓(昭 ) 、島田 名が (昭 男先生の乾杯で始まり、東 木屋」で開催され、 17 いく研究大学として日本の リーダーとなるであろうと の将来展望を示され、会員 一同大変意を強く致しまし 月4日湯島ガーデ ンパレスで、旧第二解剖学 本年 教室OB・OG会が開催さ (昭 )、神田敬(昭 ) 、永 邦大学の島田英明教授から )、 年 森 清 隆 ・熊本大)、羽地達次 田 一 郎( 昭 60 乾杯の音頭で開会、まずは 拶、五十嵐辰男教授による ー林秀樹教授から開会の挨 4) 、大渓俊幸(平9) 、吉 樹(昭和 ) 、潤間励子(平 純(平元・佐賀医大) 、林秀 後列:川平洋(平4) 、野村 (川平洋) 歓談となりました。潤間励 田知彦(平9) 話、多数の い効果のお のすばらし よる部局へ 資金獲得に 型の競争的 ました。大 味しく頂き お料理を美 題を提供し、 が各々の話 その後各自 きました。 伺う事がで いお話まで 代の懐かし 神戸大学時 徳久学長から Super Global と今後の戦略、 University あり、話に花が咲きました。 た直後のめでたい時期でも 子先生のお父様が叙勲され 54 おしまいの懇親会では特 別講演のお二人の先生を囲 れた。電子顕微鏡は今や研 11 ( 加藤友衛、篠塚正彦) フロンティア医工学センタ 48 40 た。 みながら、出席者の近況報 究方法の一部に過ぎず、微 (昭 26 38 47 林克日己(昭 )、伊藤光政 告などを行いながら盛況の 52 54 うち散会となりました。 紹介があり、旧交を温めな がら有意義な情報交換を交 え、懇親を深めました。 59 11 28 38 46 35 40 31 大森病院消化器センターの 見子(昭 ・京都大農) 、金 54 57 10 ・九州歯大) 、前川眞 たない。当時の昔話に花が 出席者のお名前を卒年順、 細形態学は単独では成り立 (昭 敬称略で記します。石井邦 )、 小 宮 山 伸 之 神宮和彦(山梨医大・昭 ) 、 伊藤俊紀(川崎医大・平 ) 、 (永野俊雄) 子光生(元JEOL) 、出澤 野泉(昭 )、得丸幸夫(昭 )、吉澤卓(昭 )、渡辺 清 吾( 昭 (昭 )、杉浦敏之(昭 )、 12 63 63 26 42 真理(平元) )、 斎 藤 弘 司 (昭 )、諏訪敏一(昭 )、 伊 藤 進( 昭 (昭 )、済陽高穂(昭 )、 大友一夫(昭 )、徳久剛史 (昭 )、小川富雄(昭 )、 野口哲夫(昭 )、五月女直 樹(昭 )、木村純(昭 )、 )、 小 林 彰 (昭 )、中村勉(昭 )、上 林 田 和 也( 昭 51 52 53 56 51 30 30 44 30 37 35 50 35 40 52 50 咲き、楽しい時間を過ごす )、 新 井 多 喜 男 亮(昭 )根岸敬矩(昭 )、 39 43 45 48 49 (昭 )、門山周文(昭 )、 50 52 )、伊藤博(昭 )、中村 54 57 18 18 ことが出来た。 30 31 吉川広和(昭 )、赤井壽紀 40 43 46 48 木村道雄(昭 )、井坂茂夫 49 53 恒家(昭 )、植松武史(昭 53 55 12 10 )、 井 上 幸 万( 昭 敏 夫( 昭 30 )、高橋康(昭 )、伊藤 26 38 43 43 48 51 52 58 60 夫( 昭 27 (昭 )、森碧(昭 )、三木 30 各地ゐのはな会 (6) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 ク ラ ス ) 会 三一 会 ( 昭 太郎君よりご寄付があり、 会となった。 前列:神尾鋭、北川定謙、 お見舞いの品をお送りした。 写真右から 次に、杢保文彦君の乾杯 中澤弘、香田真一、森博志 後列:杢保文彦、庵原昭一、 の音頭に続き、しばし楽し く歓談、さらに、順に近況 年の集い 山紫会 (昭 卒業 ) 向づけに関して将来の核医 学分野が世の中に大きく寄 与することを学ばせて頂い たことに感謝している。併 傘寿にあって植村研一兄 せて深く弔意を捧げたい。 が現在大きな公的病院の管 卒の我等山紫会は平成 年 敏雄、松丸信太郎、小野清 ある産婦人科領域での四次 兄も畢生のテーマの1つで をしていること、小林充尚 名、殆ど全員が今年傘寿を (小野清四郎) 幕張で開催された。参加 理者として活き活きと仕事 年(1959年) つのも忘れた。最後に、記 昭和 やゝ雨模様の午後、平成 勝と来年の無事再開を祈念 迎えたことになる区切りの 元エコーの完成、妊婦さん た舘野之男兄が数年にわた 級の中で異彩を放ってい んとか元気だが所用欠席 ことも素晴らしい。当日な を熱をこめて語ってくれた の赤ちゃんとの感激の対面 年。各自夫々の越し方を想 会。はじめに物故者への黙 る長患いのあとであったが い現在を語り合った。 祷を捧げた。今回は、船橋 松丸信太郎君の司会で開 日、ニューオータニ 3月 糸町駅近くの東武ホテルレ して、三献の手締めにて閉 〜7時半開催された。参加 バント東京にて午後4時半 20 茂君( 年 月 日)、西沢 四郎 高澤五郎、加藤繁夫、白井 34 念写真を撮り、諸兄のご健 31 年9月 日(土)、JR錦 報告を開陳して、時間の経 55 34 16 26 24 26 者は 名である。 12 公男君( 年4月 日)で 護君( 年3月 日)、志村 10 26 会務報告。現在、会員は ある。続いて、事務局より 16 研の臨床部長にあり、幾多 逝去された。長いこと放医 活躍中2名。厚労省の発表 名、連絡とれず3名、海外 才、女 で健康寿命は男性 才とさらに延びた由で 間」など数々の啓蒙書を世 大著をはじめ「放射線と人 写真右から これは自賛である。 命は あるが我が山紫会の健康寿 性 に出されたことは特筆すべ 才の大台にあると、 君)。次に、本年度春の叙勲 きことである。福島原発事 残され「放射線医学史」の の斯界での輝かしい業績を 19 綬章を受章した中澤弘君に 名中 名(不詳・江連盛臣 80 71 12 26 (在外邦人枠)にて、旭日小 74 26 25 年度ゐのはな同窓会賞功 ス有志の推薦により、平成 中澤君は、かつて、クラ ラスを贈り、お祝いした。 一同として江戸切子の小グ ついてお知らせし、クラス してきたが、山紫会全員参 りで記念になる企画を実行 て二十年、三十年目の区切 らない。山紫会は級を挙げ であろうと思うと残念でな 積極的な発言を望んでいた 故に関して対内的対外的に 田口勝、赤星至朗、野口夫 後列:坂田早苗、矢野柾多、 吉川保雄 雄、藤田昌宏、伴野恒雄、 村研一、神田芳郎、松本博 津金澤督雄、野口徹男、植 前列:谷嶋俊雄、吉井功、 80 35 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (7) ク ラ ス 会 促進功労について在米国日 多年にわたる日米医療交流 労賞を受賞されたが、今回 出すことが出来たこと、故 野・榎本両君の熱意で世に 村書店) 」の全訳出版を舘 加の「医学思想の源流(西 川喜之、山本成元 尚、遠藤幸男、松原保、塩 飯田静夫、齋藤篤、小林充 人、飯田暢子、片山純男、 (谷嶋俊雄) 本大使館の推挙により受賞 された。その後、中澤君よ あるが舘野兄には医業の方 言葉も思い出深い。私事で 川喜田愛郎教授のおほめの 次に、辻輝蔵君と西原源 された。 り、受賞とお礼の挨拶がな 23 ゐのは な 酒を呑まないのに面倒見の ていると。伯野中彦君は連 年4回のミニ 会の幹事役、 放射線診断を楽しんで働い 年5 嵐山散策は観光客が溢れて な庭を楽しみ、当初予定の 会は を手に再会を約し散会。来 年のゐのはな 比し、今日財政赤字日本の キューバの共産主義生活に 杉岡昌明、岩倉弘毅、油井 前列:石山淳一、高井満、 写真右から た。また逢う日まで。 捧げてから始まりました。 年の物故者3名への黙祷を いるため取りやめて旅館に 贅沢振りを嘆いていた。矢 真知子、森豊、安達惠美子、 宴会参加者は総勢 クラス会 (昭 ) 前立腺がんを克服して現 野靖子さんは将基面誠君が 矢野靖子 午後5時半より 年度ゐの はな クラス会を、垣例の 名、う 菊水での宴会は、この一 入りました。 役で働く岩倉君の軽妙な司 無医村医療貢献で保健文化 二列目:土井修、中村嘉孝、 泊は 名です。京都インタ 月 日(土)を予約しまし 会で、アドリブ指名による 賞を得たあの田野畑村を再 黒岩璋光、小林總介、小野 休中のキューバ旅行で観た リンクにも拘わらずワイン 帝国ホテル東京で開催した。 全員スピーチに。フリード 訪、大震災にて田野畑村の ち夫人同伴が 組、菊水宿 35 た平成 年5月 日(土) 喜寿から傘寿前の齢だが、 有名な駅が消滅していたと よい兄貴分)の乾杯で開宴 27 せてくれた。昨年のクラス 後のシニアライフを淡々と 会 健やかなる 誰かを知 し 、 会 員 諸 兄 姉 の 摂 生 、 節 らんや 杜甫」と記したが、 食ぶりを垣間見た。省エネ 記念写真で筆者の隣に座っ 現 役 ま た は 、 第 一 線 を 引 退 会報告の末尾に「明年この 自適に旅行、ゴルフや趣味 もソフトドリンクヘシフト 向こう三軒両隣りなど助け 後の厳しい疎開、被爆体験、 法改正などを自己の戦中戦 が進める集団的自衛権、憲 倍首相(戦争体験のない) 三郎君はアベノミクスの安 驚嘆。平素は寡黙な入枝幸 介、柳沢健一郎、高梨健治、 可愛い舞妓さん2人の踊り 四列目:大野孝則、大原啓 三郎、吉川正宏 瀬川襄、福士和夫、入枝幸 幸雄、伊東治武、山根友二 卒後 年経って初めて実現 三列目:伯野中彦、本多満、 き、夢は舞妓さんをはべら 郎 し、美しい芸子さん3人と 時はやった芸者小唄を唄い ーン時代、金欠3人組は当 が来た。僕らに全てを話し 別れた。翌朝急逝の知らせ ね」と万感迫る辛い想いで 理に離し、 「頑張れよ、また いたが、強い握手の手を無 いと息も絶え絶えに話して するためもう一度退院した など残してきた仕事を処理 つけ患者の紹介、スタッフ 自院の現状と将来、かかり 間の福士和夫君から電話が ドオピニオンの体験から、 総合相談センターのセカン 人社)について、彼のがん 家族の相談より〜(保健同 る対処のために」〜患者と 再発をのりきる─納得でき した「がんでは死なない、 ック通いと4月に彼が上梓 り、放射線被曝の健康チェ 災後福島に共同診療所を創 センターの松江寛人君は震 お見舞いに沼津市立病院へ。 何時も前向きな元国立がん あり、急遽、岩倉弘毅君と 生きがいとQOLを優先す ライフを語る中にあって、 内視鏡専門医資格更新には 郡山の十林賢児君は消化器 奏した。早々に出席返事の ーとその薀蓄を披露、実演 長としてハモニカをもって 日浦利明君は介護老健施設 の引揚者体験を追加した。 争引揚者なので共鳴し自己 熱く語りかけた。筆者も戦 大さを先の戦争体験を通じ じ、国のトップの責任の重 代の日本国家の行く末を按 合いエピソードから、孫世 復がまだ不如意らしい。 良、勝田貞夫、伊藤文雄 最後列:松江寛人、砂倉瑞 日浦利明 んでくれましたが、女性陣 関東の無骨者達は大いに喜 とお酌で飲む宴会となり、 参旧会 (昭 ) 医以外はほとんど定年退職 者ばかりの近況報告は健康 状況報告が多いのですが、 それぞれ人生を充分楽しん お年寄り慰問をし、昭和初 め彼も参加せざるを得ない め2名に大震災後減じたた ラス部で活躍している油井 楽しみだ。締めに市民コー 田正男、深尾立の三人が幹 ンターンをした鈴木守、塚 は、京都第二日赤病院でイ く喋った大河原君が亡くな となりました。よく飲みよ スと関東一本締めでお開き りの鈴木守夫人のフラダン でいる様子でした。飛び入 期からの懐かしのメロディ 事となり、新緑の京都観光 会はなくなり、早くから皆 明け方まで飲み続ける二次 さんが昨年と同じく主導し を兼ねて5月 と事前キャンセル。郡山市 近くの料亭旅館菊水に泊ま の医療現場は人的資源の回 「青い山脈」を全員で合唱し て 閉 会、 「毎年クラス会や ったためか、部屋に戻って れ!」の声を受けて来年も に先ず黙祷を捧げた。返信 五月晴れの京都駅八条口 寝ついたようです。 翌朝は曇り空でしたが、 る会としました。 を配慮して2次会はセット 菊水の素晴らしい庭を鑑賞 ところで司会の岩倉君から、 します。ロコモ同輩の夜道 に集合し天竜寺に向かい、 彼の出身地での「木更津甚 加山作造の雲龍図を特別拝 学会主催のセミナー(於: せず、記念写真と帝国ホテ 欠席理由のコメントを見て ル寄贈のキイホルダー(毎 土井修君は聖路加国際病院 句を鑑賞する会」 (於:木更 退職後フルタイムで電子カ 新の条件となり、彼の施設 もらった後に、勝田貞夫君 ためには、専門医が彼を含 が研修施設基準を維持する (AKB と銘打って、秋葉 ルテによるフィルムレスの しながら朝食を済ませ銀閣 福岡)に参加することが更 11 年クラス会をしているお礼) 観し、趣向を凝らした有名 くソフトタッチで語った。 全員スピーチが終わった 日に南禅寺 卒後 周年を祝う参旧会 39 (杉岡昌明) のご意見は不明です。開業 て安堵したのだろう。故中 る再発ガン患者の自己決定 50 津富士屋 季眺)への粋な お誘いがあった。後日談が ハガキをファイルして供覧、 の道標を書いたと何時にな 18 原の居酒屋〝和が家〟での 37 山君を含め 名の物故会員 50 す飲み会でした。その夢は ながら先斗町界隈をうろつ ていた中山博君の具合が悪 などに打ち込むエンジョイ 12 五月晴れで真夏日となっ (同窓会プラン絢爛)。 37 以外のアルコールと料理の 30 37 消費量は激減、ビール注ぎ 37 総じて元気な姿を 名が見 37 26 17 30 37 いと昨年 月末にテニス仲 23 26 11 ク ラ ス 会 (8) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 年卒クラス会 最後列:崎山樹、重松秀一、 昭和 山下(竹内)明美、本村八 河野守正、塚田正男、三浦 見一雄、鈴木守、林懐良夫 恵子、秋草克彦夫人、山口 徹蔵夫人、宍戸英雄夫人、 人、芸妓 謝蕪村や池大雅の襖絵など 正敏夫人、高根健夫人、山 山本弘、山口正敏、万本盛 二列目:重松秀一夫人、深 のある通常観られない室内 本弘夫人 三、林懐良 尾立夫人、計見一雄夫人、 を案内して貰い、続いてお 三列目:芸妓、今野貞夫、 寺に向かいました。銀閣寺 庭拝観では多数の修学旅行 阿部一憲、三浦徹蔵、宍戸 (深尾立、塚田正男、 鈴木守) 千葉大学医学部に進学した では東求堂の特別拝観で与 の学生達に混じったためか 英雄、芸妓、秋草克彦、計 進学 窓会館で再会しようと約束 はり新装成ったゐのはな同 藤塚万里子、林雅恵、永野 二列目:千葉彌幸、栗山喬 前列:高岡邦子、神津玲子、 子、舟橋満寿子 写真右から 之、唐沢祥人、髙山直秀、 居雅江、梶尾高根、網代成 し、クラス会はお開きに成 俊雄先生、橘正道先生、鳥 保坂忠成、斎藤弘司、堀井 りました。 文 千 代、 堀 川 義 文、 Sesin 、古山信明、宿谷正毅、 Jong と一緒でした。何と沖縄か 課程が有り、数名の留学生 クラスです。当時は留学生 田中寿一、赤井壽紀、飯田 三列目:中村宏、仲尾清、 靖男 年に た。次の青蓮院では時間が 薗部友良、小山哲夫、青木 少なくツツジの美しい庭や 秀治、竜崇正、長谷川洋機、 藤塚光慶、松清央、中嶋弘 最後列:盛克己、岩間汪美、 らの2名も留学生扱いでし 年卒クラス会は たので隔世の感が有ります。 回 国宝の青不動像の絵などを 第 東京ステーションホテルで 道、東紘一郎、滝川弘志、 日(土)新装成った 人からいもぼうのいわれを 人の出席を得まし 山樹永久幹事から聞かされ たクラス会費の心配など崎 とに驚き、残り少なくなっ たいもぼうが高くなったこ 生をお呼びする事が出来ま 正道先生の2名の基礎の先 成られた永野俊雄先生と橘 て私達が学生の時に教授に た。今回は特別ゲストとし 開会宣言の後で物故会員 した。 て散会となりました。 来年の幹事は、崎山樹、 遠藤毅および河野守正君が (中村宏) 開催予定の行事を 写真右から いものです。 元気で日本選手を応援した 次の東京オリンピックも皆 大発展を見てきましたが、 手の活躍とその後の日本の ックの年に卒業し、日本選 両君が出席すると言う大き 得、沖縄からは仲尾、堀川 ん、林さん御夫妻の参加を プ君が、上海からはヨンさ 回は遠くタイからパンロッ しい歓談と成りました。今 りに会えた同級生同士の楽 賓挨拶と進み、後は久し振 の盛克己君が挨拶をし、来 および9月です。 発行月は1月、5月、 す。なお、本会報の 本会報に掲載致しま へお知らせください。 ついて同窓会事務室 催予定とその内容に 会など種々の行事開 学会、研究集会、 ゐのはな会、クラス お 知らせください 前列:深尾立、鈴木(永山) なクラス会を開催する事が の8名に黙祷をした後で、 弓、永山(奧野)恵美子、 出来、大いに旧交を温める 千葉で行うことになりまし 舞妓、木内政寛、伊藤晴夫、 事が出来ました。次回はや 宴席に入りました。幹事長 舞妓、遠藤毅、高根健、塚 た。 年前の東京オリンピ 鹿島孝、鈴木秀、星野聡 行い、 9月 43 聞かせて貰い、昔は安かっ で有名な平野屋に到着。主 の八坂神社境内のいもぼう 急ぎ足で拝観し、昼食会場 私達の学年は昭和 周年記念 皆若返ってはしゃいで写真 50 和田源司、 Pallop Charu、久野宗寛、北原宏 vanij 39 千葉大学医学部 を撮りあいなどしていまし 43 20 17 44 田正男夫人 50 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (9) ク ラ ス 会 研 修 プ ロ グ ラ ム 小児科 学会活動などに参加し、サ の留学を積極的に支援して 礎研究(大学院進学も含む) 、 学院への進学・学位取得後 活を送れるよう職員をあげ しく考えずに楽しい研修生 最後に平成 年9月末を す。 て指導・支援しております。 もって私は院長職を退任し 患など内分泌疾患、小児糖 新病院では研修トレーニン 尿病。 いきます。また臨床分野で 名誉院長となり、 月より の留学も可能です。 景山雄介先生(昭 )が院 ブスペシャリティの専門 長となりましたのでご報告 医・資格を取得します。大 グセンターを新設し、研修 いたします。今後ともよろ ・新生児:低出生体重児、 医のみならず看護師も含め 疾病合併母体から出生した 児(院内出生のみ受け入れ) て基本的な技術研修を行う 6名+協力型2名 医療法人社団誠馨会 しくお願いいたします。 千葉大(2)、福島医大、岐阜大、 金沢医大、北里大 千葉大学大学院医学研究院 小児病態学助教 予定です。また、従来から 26年 [千葉大学小児科の研修内容] 千葉メディカルセンター の当院の強みであるスポー 4名+協力型0名 名誉院長・千葉大学医学部臨床教授 千葉大(2)、秋田大、愛媛大 千葉大学医学部附属病院 25年 小児科での研修の特徴は、 千葉大からの派遣・出身医 馬 大、 副 院 長 ) 、小野寺誠 2名+協力型2名 患、感染症、神経疾患・発 ツ医学、消化器、不妊治療 院長) 、市川治彦(昭 ・群 内科:瀧澤史佳(昭 をセンター化するのに加え、 師 千葉中央メディカルセンタ 、副 ーから循環器内科と心臓血 管外科が転籍し心臓血管セ ンターを新設します。この (平元)、布施まさみ(平8) 、 3名+協力型2名 千葉大、北里大 落 合 秀 匡 (平₉) なり、高度な専門性を求め 崎製鉄健康保険組合千葉病 臨床研修病院としての取り 天野佳子(平8) 、福田吉宏 千葉大(2)、金沢医大 24年 られる希少な疾患や、集学 組み ように新病院に相応しい診 23年 療機能を充実させていきま (平9)、伊達みどり(平9) 、 2名+協力型3名 新医師臨床研修制度のス た。中規模病院ではありま 大分大、獨協医大 [千葉大学小児科の特徴] 長障害・内分泌疾患・糖尿 的治療が必要な重篤な疾患 タートと同時に管理型(現 すが、精神科以外の多くの 22年 月1 病の専門診療を行っていま 院として開設しました。開 基幹型)および千葉大の協 が増加し、それに伴って増 診療科を標榜しており、プ 2名+協力型3名 年 専門医療および3次救急ま す。 設にあたり千葉大医局より 力型病院となりました。基 改築を重ね平成9年には3 ライマリーケアを中心とす 千葉大(2) 年9月竣工、 でを担当します。アレルギ 科・歯科の5科の医師を派 幹型としては今年度まで 年 60床(現315床)とな る初期研修にふさわしい病 21年 山 本 義 一 (昭 ) ー免疫、感染症、神経、血 を経験できることです。一 遣していただき、その後順 が少ないことは否めません。 内科・外科・整形外科・眼 支喘息、アトピー性皮膚炎、 般小児に関しては若干症例 ・免疫・アレルギー:気管 しかし後期研修の間に地域 次他の診療科の医師も派遣 名 採 用 し て お り、 近 年 は 分野研修(各分野専門医に 年川崎製 2名+協力型3名 液腫瘍、循環器、内分泌、 食物アレルギーなどの小児 の基幹病院において一般小 されるようになりました。 徐々に定員を増やし( よる直接指導) りました。平成 群馬大、新潟大 病院の沿革 新生児の7つの専門班をお アレルギー疾患、小児膠原 児疾患・新生児集中治療の 当初は主に川鉄の職員と家 度から 名)研修医の育成 種相談。 2.小児科内セミナー/研 鉄とNKKの合併に伴い 院であると思います。よい (1週間) 誠馨会への事業継承により はじめとするコメディカル 小児科の一般研修が終わ 「千葉メディカルセンター」 は協力的であり、各診療科 20年 他の一般病院での研修と異 き、地域の診療所、県内の 病、原発性免疫不全症。食 経験をしっかり積むことが 族の医療を担っていました に力を入れる方針としまし ・小児神経:てんかん、脳 究会への参加 医療を提供するにはコミュ の連携も良好で気軽に相談 2名+協力型3名 達のおくれ・てんかん、成 関連・協力病院・施設と密 物経口負荷試験。生物学的 が、年々地域の皆様の信頼 生児期および小児期におけ 炎・脳症、脳変性疾患、ミ 3.地方会での発表・論文 葉病院」と名称変更をしま 「JFE健康保険組合川鉄千 できるという風土がありま 2名+協力型4名 東海大、高雄医学大(台湾) 小児の一般診療から高度 接な連携をとって、専門的 製剤。急速経口免疫療法。 できます。 を得て右肩上がりに患者数 る内科疾患のみにとどまら トコンドリア病、 作成(年2〜3回) と変わりました。これを契 筑波大、香川大 19年 日開院の予定です。 小児科診療を展開すると同 ・感染症:慢性・遷延性の のことが経験できます。 ず、先天性疾患や小児期に 候群 4.全国学会参加(年1回 機に病院の建替え計画が実 18年 年4月川 時に、小児科一般診察から 呼吸器感染症、尿路感染症、 1.3ヶ月ごと4期の専門 発症した慢性疾患で生涯に ・血液、腫瘍:小児血液疾 った後は専門班に属して、 幸いにも当院では看護師を 川崎病、そのほかの循環器 小児科専門医+サブスペシ 年 疾患。 2名+協力型3名 当院は、昭和 先端高度医療および2次・ 上部消化管機能異常、免疫 わたる診療を必要とする患 患、小児がん(白血病、悪 大学病院小児科では以下 3次救急診療までを担当し 不全症の幹線管理、予防接 者さんの全人的・包括的医 健保組合から医療法人社団 した。さらに平成 専門外来として、アレルギ ・内分泌:低身長・成長障 症 Gorlin 療(成育医療)を行ってい 程度) ニケーションが不可欠です。 5.千葉東病院での腎研修 ー疾患・膠原病・免疫不全 月 性リンパ腫、固形腫瘍、脳 症、血液疾患・白血病・腫 す。卒後研修といっても難 対象疾患は、一般病院の 腫瘍)、造血幹細胞移植。 当科の診療の対象は、新 ます。 29 現し、平成 年3月着工、 滋賀医大、三重大 48 12 27 58 10 17年 26 ます。 10 58 57 2名+協力型1名 26 ャリティを持ち、臨床・基 ような急性疾患だけでなく、 ・循環器:先天性心疾患、 26 千葉大、信州大 平成16年 人数 基幹型研修医出身大学 年度 10 害、性発達異常、甲状腺疾 千葉メディカルセンター初期研修医採用実績 41 15 23 瘍疾患、心臓病、新生児疾 25 研修プログラム (10) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 瀬 座 勝 志( 平 )、 星 野 晋 (平 )、齊藤昌也(平 ・ 新潟大)、神経内科:新井洋 縄田健斗(平 ・昭和大)、 脳神経外科:景山雄介(昭 、院長)角南兼朗(昭 )、 (昭 )、山口美香(平3)、 和賀井望(昭 ・北里大)、 牧野隆宏(平 ・三重大)、 三ツ橋茂雄(昭 )、産婦人 外科:山本義一(昭 、名 科:河田誠(昭 )、伊藤桂 研修医だより 後期研修に臨んで 熟な自分には知らないよう な神経症候を神経内科の諸 先輩方に教えていただきな がら診療を行っていく毎日 を非常に楽しく感じていま 青 墳 佑 弥 (平 ) 悩まされます。正解となる て多彩多様で、絶えず頭を き起こす症状・症候は極め 一方で、脳神経障害が引 す。 行っています。また、ほぼ 治療法が確立されていない 千葉大学医学部附属病院神経内科 全ての患者にリハビリが必 疾患も多い中で、周りの先 子( 平 )、 佐 藤 美 香( 平 )、秋山文秀(平 ・金沢 大学病院に入院されてく と実感しています。今は、 とって大変学ぶことが多い 要となり、多くのコメディ 生方にご指導いただきなが 野田あすか(平 )、齊藤佳 大)、小児科:鈴木裕子(昭 カルの協力無しでは治療が 誉院長)、髙石聡(昭 、副 (平元)、嘉藤貴子(平2)、 院長)、佐久間洋一(昭 ・ 弘 前 大 )、 岩 﨑 好 太 郎( 昭 ・ 福 島 医 大 )、 当 間 智 子 (平5・弘前大)、遠藤悟史 成り立たないのも神経内科 る患者は市中病院では診断 ら診療を行うことは自分に 私は平成 年3月に千葉 まだまだ迷惑をかけてばか の特徴です。 )、髙橋喜子(平 ・佐賀 医 大 )、 眼 科: 宮 崎 泉( 昭 )、海保朋未(平 ・日本 大学を卒業し、同年4月よ りですが、一日でも早く先 子(平 )、皮膚科:田島綾 ) 自由診療の体制で再開 夫(昭 、副院長)、平山次 大)、山崎博範(平 )、佐 藤祐介(平 ・埼玉医大)、 子(平 医学センター」として (平 )、整形外科:森川嗣 郎(平3・東京医大)、藤田 )、形成外科:大森直 医大)、泌尿器科:始関吉生 輩方の一助となれるよう いたしました。 耕司(平4)、橋本将行(平 がつかないような疾患や稀 日々努力していこうと思い っている自主臨床治験を受 大学柏の葉診療所東洋 60 7)、岩﨑潤一(平 ・群馬 (昭 例えばPOEMS症候群と 間の初期研修を行いました。 少疾患の方が多くいます。 り千葉市立青葉病院で2年 いう末梢神経障害をきたす 年4月より千葉大学 ます。 けに日本各地より紹介され 平成 医学部附属病院神経内科に 疾患は全国に400名程度 内科医が大学病院に勤務し てきます。当然入院してく 柏の葉診療所が「千葉 23 19 の稀少疾患かつ難病ですが、 ており、教授の率いる末梢 る方も多く、その治験に携 休診していた千葉大学 21 57 50 63 19 入局し、今年度は同院にて 17 11 63 20 後期研修を行っています。 神経グループを筆頭に多く 平成25年 3 月末から 16 59 48 16 11 16 20 その多くの患者が当科で行 58 56 56 54 当科には現在 人の神経 のグループに分かれて診療 理由としては、神経症候学 わることで今後の新規治療 の面白さでした。麻痺、感 法を開拓していく一端を担 間が設けられたりしていま 覚異常などの神経学的症状 を行っております。その中 す。病棟業務での後期研修 と、腱反射などの神経診察 で我々後期研修医は病棟業 医の受け持ち患者数は3~ 所見から病変部位を照らし 自分が神経内科を決めた 5人程度と他の科と比較し だすことがなによりも楽し えることを嬉しく思います。 て少ないのですが、その分 かったのです。まだまだ未 務を行ったり、ある期間は 一人ひとりの患者に対して 平成26年10月15日(水)より再開 53 12 57 16 24 多くの時間をかけて診療を 国立大学法人 千葉大学柏の葉診療所 東洋医学センター 58 11 14 20 24 集中的に検査手技を学ぶ期 28 26 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 研修医だより (11) 研修プログラム 随一の手術者。スキーでは の中心人物として生理学実 時々「東大脳研一派は」と 年ノー 習の充実にもお励みになり、 だ の を 見 た こ と が な い。 その頃からは脊髄生理学 ット教授のもとに留学、以 人以上が教室から輩出した。 理学教授 ゃったのは、日本一や世界 にも香港シンポジウム「筋 教授ノーベル賞受賞」その かが書いた。 「祝朝永振一郎 生理学教室の食堂黒板に誰 7月 熊谷信夫先生は、平成 歳の生涯を閉じ 一を目指しておられたから だと思う。 「来世」が仏教語なら、本 年に引き継がれ、以後会 年には待望の会誌 員の面倒を見つづけました。 平成 間先生、安らかにお休みく 「 亥 之 鼻 信 州 」 を 創 刊 し、 道筋をお示しいただきまし 我々後輩のため今後の会の た。 ださい。 世紀なら千葉大 学医学部の後輩におまかせ 年よ に意を注がれ、つい最近ま ご退職後も須坂の地域医療 ーザパーティをしたりして 会話教室を開いたり、ギョ 外からの研修生には中国語 年前 毎年受け入れ、また中国と タイ、中国からの研修生を ご存知でした。何しろ年賀 度から現在のことまでよく に研修に来た医師の卒業年 室。福田篤郎助教授の第二 正夫教授の生理学教室へ入 ことになる。卒業後、鈴木 より3年程短く卒業された 出席発表され、昭和 年に 会議には必ずと言えるほど 合会議、その他重要な国際 に開かれる国際生理科学連 は助講会で、千葉大学医学 は、実は私だ。…かつて私 生は、 「来世は、と書いたの 板の前に集まった。本間先 時、期せずして教室員が黒 は」と書き足した。夕方6 赴任当初は、医師は8名、 坂病院に赴任されました。 まれ、昭和 医学部第一外科で研修を積 卒業され、その後千葉大学 て昭和 年千葉医科大学を け、旧制松本高等学校をへ が認められ、平成 そこで手術の講演をしてお の名誉顧問に招請されまし 中国河北医科大学付属病院 れも先生のバックアップが で毎日散歩しながら勉強し、 心配するなとおっしゃって た。中国語をNHKラジオ あったからと思っておりま 事に関しては何があっても ことでした。産婦人科の仕 状が毎年800枚以上との としては記録的な若さで助 教授に就任された。 年秋の このような長年のご功績 00年の歴史を持つ「信州 年間母体死亡もなく、訴 療出来ました。おかげ様で くれましたので安心して診 は、東京におけるシンポジ 部からは、百年間ノーベル 叙勲では瑞宝小綬章を授与 た。昭和 年間病院の発展に尽力され、 ゐのはな会」の会長を昭和 任され、平成6年までの ります。 生理学教授就任の後任とし ウム「伸張反射への理解」 されました。また千葉大学 先生は家庭にも才能にも 恵まれた。ノーベル研究所 の医師が常勤になりました 私の後にも多くの診療科 訟もありませんでした。こ 30 年長野県立須 て昭和 年おそらく本学卒 に世界の碩学を集めて主宰 一般、結核病床合わせても 髄運動系。臨床部門に進出 研究の主流は筋紡錘、脊 された。 150床の小さな病院でし それまで神経生理学では カエルが主な実験動物であ ったが、教室のグループは らの感覚情報の研究に力を 24 33 28 61 50 先生を中心に、レプラ患者、 する大学院生とは各器官か ポリオ後遺症の電気治療に 36 ある。」 賞は出ない、と言ってしま の関係が深く昭和 年には 須坂病院在職中はブラジル、 報収集力が衰えず、 海外との交流関係も深く、 時までたっても記憶力、情 現役を続けておられました。 交流を深めていました。何 で老健施設の施設長として 坂病院の礎を築かれました。 教えていただきました。海 どこ、寿司屋はここ等色々 は半端でなく、床屋はどこ した。先生の面倒見の良さ りお世話になってまいりま 婦人科医として昭和 後輩で、その関係で私は産 見澤裕吉先生のテニスでの 先生は前産婦人科教授高 ください。 熊谷信夫先生を偲んで 信州ゐのはな会会長 感覚器」、第1回ノーベルシ 後誰かが「医学生理学賞は 63 って物議をかもしたことが 日 300床を超える現在の須 内 藤 威 (昭 ) ンポジウム「筋感覚と運動 先生は昭和3年4月 19 どんな難所でも先生が転ん 追 悼 日本生理学会実習指導書を から脳の情報生理学に転向 中島祥夫教授に引き継がれ、 また中島教授や学外研究者 とも共同研究をされた。 教授在任中、国内外の生 後、自他共に許すグラニッ 朝永振一郎のノーベル賞 人、臨床教授5 日逝去されました。謹んで 受賞発表の日のこと。第一 月1日長岡市でご出生。長 制御」など国際学会への参 ここ信州伊那の地で生を受 年 岡中学4年修了、旧制新潟 本間教授に」と書き足し、 信州ゐのはな会名誉会長 高校を経て千葉医科大学を またその後で誰かが「来世 日 21 そそがれた。日本生理学会 追 悼 本間三郎先生 か「エックルス( 昭和 年には日本学術会 経生理学実習を充実された。 ベル賞)一派は」とおっし 議第7部会員に当選、後に 励まれた。先生はその頃「平 第 期同部長に就任された。 衡回路法」を考案され、低 され、昭和 年退官、次期 年ストックホルム 63 加、外国留学等広く門戸を 本間先生は、大正 年4 す。 トの高弟であった。先生ご 神経生理学研究所のグラニ のカロリンスカ・ノーベル 昭和 ーになられた。 周波治療学会の主要メンバ ゲッティンゲン大学医学部教授 元運動神経生理部長 髙 野 光 司 (昭 ) 第三代生理学教授、本間 58 自身および、我々弟子たち 三郎先生は平成 年6月 13 す。 られました。 48 編纂され、もちろん本学の神 33 世界に開かれた。3年ごと 59 53 10 27 ご冥福をお祈り申し上げま 27 昭和 年卒業。普通の年限 86 26 11 22 30 12 医学部同窓会支部として1 63 26 年に病院長に就 21 27 追 悼 文 (12) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 生き方、医師の生き方を身 けておられました。人間の どうぞ安らかにお休みくだ 断部長、昭和 間ありがとうございました。 昭和 年4月には 年4月には放射線診 書き、病変の広さ、形状を 板に胃の手術標本の絵まで 始まりました。最後には白 とが思い出されます。ゴル を大変楽しみにしていたこ 生、私と三人で碁を打つの らも私たちは多くの影響を ていました。人間的な面か 患者さんからも大変慕われ 医学関係以外の多くの方や とおもしろい著書もあり、 が、みな先生の人柄にひか 国立がんセンター病院長に フについては「俺のゴルフ れたのだと思います。現在 さい。 は百獣の王だ」 (つまりスコ をもってわれわれに示して 書いていき、 「この範囲がが 大きくなった須坂病院も先 んで、この部分でがんが筋 いたのだと思います。長い 就任なされています。 生の「心の賜物」と思って の消化管の国際学会に出席 た。欧州、米国、豪州など 多くのお弟子さんがいまし にも熱心であり、国内外に 法の国内外での普及、教育 早期胃がんに関する診断方 白壁先生、市川先生は、 く同一のものでした。私は 浸潤部位も書かれた絵と全 写真でがんの大きさ、形状、 生の書いた絵と寸分違わぬ 示されるのですが、市川先 最後に本物の切除標本が提 まで説明をしていました。 層にまで浸潤している」と クター平三郎漫遊記」など ました。学術書の他には「ド アが百十)などと言ってい をお祈りしたいと思います。 受けた先生でした。ご冥福 おります。また病院での中 すると、どの懇親会でも私 うな思いで、どうしてもこ 魔法でも見せられているよ しい思い出ばかりです。先 料亭、カラオケ、など懐か などが集まる)、医局会後の ら三が日、医師、近所の人々 正月料理(熊谷家に暮れか 国旅行、毎年の南枝夫人の が日本人だとわかると数多 くの人が、私の周囲に集ま のような技術を習得したい なりました。市川先生の指 いただきました。その厳正 先生と一緒に仕事をさせて 健施設「やすらぎ」で再び 私は、ここ一年ばかり老 ても残念でなりません。 き大先輩を失ったことはと した。心の支柱ともいうべ 手術法を確立された中山恒 には世界で初めて食道外科 この当時は、第二外科教室 関する研究をなされました。 ともに消化管二重造影法に されていた白壁彦夫先生と 入局、当時第一内科に在籍 1日より放射線医学教室に 局、その後、昭和 年9月 いて、放射線治療、放射線 り、国立がんセンターにお 垣洋一先生が在職されてお じく千葉大医学部卒業の梅 ーの放射線治療部には、同 この時、国立がんセンタ 部に赴くこととなりました。 がんセンターの放射線診断 による早期治療が大切であ をし、その後に市川先生が れておらず、研修医が読影 例の結果はだれにも教えら せん。この読影会では、症 した時のことは忘れられま 川先生の読影を初めて目に 著者は胃X線読影会で市 先生は昭和 年4月に国立 「レントゲン賞」を受賞して るとの考えに基づき、市川 読影を行うというものでし 日本人としては二人目の についての功績で独国より 第一内科教授の大藤正雄先 ある七段を有しており、元 はアマチュアの最高段位で フを愛していました。囲碁 あり、こよなく囲碁とゴル 離れると少年のような所が 私生活においては病院を した。 読み勉強させていただきま さぼるようにこれらの本を 際」 (金原出版)をはじめ多 関しては「胃X線診断の実 ていただきました。著書に 合掌 の発見方法の確立は消化管 って来て、市川先生に二重 と思い、市川先生の所で仕 導は厳しいものでしたが、 は朝日賞、昭和 さはお変わりなく、どこに 明先生がおられ、千葉大学 た。先生の読影が始まると てもらっている者が本当に 行っても、いつでも「若者 における消化器外科の黄金 診断の黄金時代が築かれま 本当に我が目を疑う読影が 37 29 領域における世界的な業績 市川平三郎先生の ご冥福をお祈りいたします 生は若者たちが須坂で楽し 森 山 紀 之 (昭 ) めるよういつも心を砕いて 造影を教わった話をするの 事をさせていただくことに 年に、国のがんに には驚きました。市川先生 年に 合医学賞を受賞、平成 価されており、昭和 る業績は、国内外で高く評 院長)がご逝去されました。 がん研究センター)が設立 国立がんセンター(現国立 昭和 対する対策を、国家的な観 の消化管二重造影法に関す には世界中の名酒が並んで おりました。あの強い中国 点から遂行する目的で、東 たです。 先生は我々後輩にとって されました。当時、がんの に は、 「消化器放射線診断 決して怒鳴るようなことは 死亡数の第一位であった胃 学、特に胃がんの早期診断」 理解できるような指導をし なく、理詰めで行い、教え がんによる死亡数を減じる 年 市川先生は、昭和 年、 ためには、まず、早期発見 年には総 のできる場所であり、また 年に石川内科学教室に入 に正しいことを教えるのが した。市川先生は昭和 年 数の著書があり、我々はむ 自分の役目だ」とおっしゃ 時代にあたり、これに加え に研究所、集団検診部長、 39 おられます。 っていました。毎週施設の ての白壁、市川両先生の二 11 49 重造影法による早期胃がん えてくれる存在でもありま 千葉医科大学を卒業、昭和 た。安心してつかまること ( 享 年 九 十 歳 ) 大きな岩のような存在でし 35 そそり立つ厳しい圧力を与 45 年卒、元国立がんセンター 京、築地の旧海軍病院跡に 市川平三郎先生(昭和 となりました。 51 48 おられました。先生のお宅 48 のお酒をまた痛飲したかっ 23 回診時にはご自身が一番具 23 合が悪いのに、皆を元気づ 24 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (13) 追 悼 文 学 生 教 育 %は、卒業後、医 る医療面接・身体診察演習 使い実践に即した英語によ 修病院で研修しており、さ 研究を推進する初期臨床研 師として海外留学・研修・ 験者の 等を医学英語専任講師及び らに初期研修後はCC留学 医学論文読解、模擬患者を 医師の協力により多面的に 経験者の %が後期研修医 行っている。また、成績、 インジェ大学附属海雲台白病院 アレルギー内科/リウマチ科 院し、最も新しい最先端の 医療設備が備わっている。 アレルギー内科もリウマ 実習について 結佳 チ科もほぼマンツーマンで 医学部6年 金木 指導して頂いた。回診、カ そこで医学書やインターネ 生は非常に親切にして下さ として千葉大もしくは千葉 1か月で、韓国、釜山にあ ットを利用して勉強するこ り、素晴らしい環境で充実 県内病院の各領域で研究、 る仁済大学海雲台白病院の 仁済大学は韓国の釜山近 日 診療に貢献しており、グロ アレルギー内科、リウマチ 郊にある私立総合大学であ とが出来た。 〜2014年3月 日の約 私は2014年2月 ーバル医療人としての活躍 科で2週間ずつ臨床実習を る。医学部には千葉大学同 はじめに 英語能力等を基準に選抜し が期待できる。今後さらに する機会を頂いた。 様、1学年約100人の学 ンファレンス、論文抄読会 たCC留学希望者(4 ─6 派遣・受入留学者が増え、 留学を志望した主な理由 への参加、検査見学、外来 年 次 ) を 対 象 に、 「医学英 その経験が学生の将来に生 は①学生のうちに海外の医 した実習を行うことが出来 語・アドバンスト」を開講 きることを臨むと共に、同 た。 指した英語医療面接、身体 学、中国・天津中医薬大学、 し、海外における実践を目 科大学、タイ・マヒドン大 診察の反復応用演習、症例 窓会の諸先生方からの本プ 米国・ボストン小児病院、 プレゼンテーション演習を アレルギー内科では、気 った。病院に図書室があり、 見学、講義を全て英語で行 の変化において新興国の台 カリフォルニア州立大学ア 集中的に指導しており、本 仁済大学について 頭などによる競争が近年激 ーバイン校移植外科等が加 日本を取り巻く国際環境 化する中、徳久学長主導の わった。平成 年度は派遣 文部科学省「スーパーグロ Inje大学からの留学生と共に、左から3番目山本修一病院長、5番目朝比奈真由美先生、6番目山内かづ代 仁済大学は5つの大学病 した。アレルギー検査とし 英語でプレゼンテーション 次の日までに調べて先生に 管支喘息、アレルギー性鼻 生が在籍している。韓国は プログラムを経験した本学 療の現場を自分の目で見た 名、受入6名の交流を行 援を賜りたくお願い申し上 ログラムへのご指導、ご支 ーバル大学創成支援」に採 げます。 アレルギー疾患の発症機序 学生の派遣先大学からの評 英語教育に力を入れており、 炎、アナフィラキシーなど 価は高い。 仁済大学でも2年次から3 い、その数は年度ごとに増 台白病院は2010年に開 コメディカルの方々、医学 台白病院で出会った先生方、 院を持ち、その中でも海雲 ぱいだった。しかし、海雲 であり出発前は不安でいっ 海外留学は初めての経験 つである。 い②英語でコミュニケーシ 択された。医学部としてこ を確実にクリアすることが ョンをとりたい、という2 れまでの取組実績を基に更 各国医学部留学の条件とな や検査法、治療法、免疫の 加している。また、協定校 ある米国・イリノイ州立大 っている。本学では平成 機序などについての講義を とは学生間のみならず教員 学シカゴ校、トーマスジェ 年度より留学を6年一貫医 年次へはTOEFL100 間交流教育研修を積極的に での課題として、 「高い英語 ファーソン大学、韓国・イ 学英語プログラムのゴール 点以上が進級条件になって に先導的試行に挑戦し、我 コミュニケーション能力」 ンジェ大学のほか、卒業生 の1つに位置付け、1年次 また、過去のCC留学経 が国社会のグローバル医療 行い、相互大学の医学教育 外協定校との病院診療参加 および「英語による医学知 の主催するユタ大学放射線 から医学部在学中の留学を 受け、毎日課題が与えられ、 発展に努めている。 型実習であるクリニカルク 識の理解」の必要性は年々 科、トロント大学呼吸器外 キャリアプランに含めた英 14 いる。 人を育成していくことが求 ラークシップ(以下CC) 高くなっており、客観試験 医学部留学を推進する中 交換留学、研究留学、臨床 科等と交流を行ってきた。 等) TOEFL, USML step1 今年度以降はドイツ・ライ し、千葉大学との協定校で ( 見学等のプログラムを構築 学部では平成 年度より海 められている。これまで医 26 語客観試験の実施と対策、 仁済大学の学生と金木(左から2番目) 26 プツィヒ大学、シャリテ医 アレルギー内科 Park 先生(左)と 20 25 下、千葉大学は平成 年度 16 50 50 年国際交流・学生留学報告 2014 医学教育研究室 国際交流・医学英語プログラム担当 山内 かづ代 (平 ) 11 25 学 生 教 育 (14) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 トなどでたくさんの情報を 今の時代、インターネッ 生方、スタッフの方々に心 葉大学医学教育研究室の先 ださった仁済大学および千 今回の留学に尽力してく 針を立てるチームで、血液 際に、評価を行い、治療方 についてコンサルトされた に約 症例を経験し、移植 が終わります。実習期間中 ルテに記載し、実習の一日 後医師として自分がどのよ 期間ではありましたが、今 4週間という非常に短い 場面も少なくありませんで 痛感し、悔しい思いをする 医学英語の知識量の不足を つのチームによって構 機会もありました。 ウンドにも同行させて頂く 生のあり方など様々な点で 日米で医師の働き方や医学 受けました。自分のプレゼ ては、プリックテストや気 知ることが出来るが、やは から感謝しております。あ 家族に心より感謝致します。 行う能力が高く、根拠に基 生は非常にアセスメントを うに思います。UICの学 異なるところが多かったよ かもしれません。 物事の見方が少し変わる… りではありませんでしたが、 と感じます。楽しい事ばか と同様、参加して良かった 私もやはり先輩方の感想 えます。 ーションとなったように考 したが、今後の良いモチベ ンテーション能力の低さや 道過敏性検査、鼻鏡検査な り実際に自分の目で見て体 おわりに どがあり、プリックテスト 験することに勝ることはな 成されています。 Consulta- ンを行います。その後、最 は他科の入院患者 終的な治療方針についてカ tion team は私自身もやっていただい た。担当の 内科と腫瘍内科の両方をカ 先生は非常 Park りがとうございました。 ムの一員として実際に評価 づいた治療方針を短時間で ーニングカンファレンス (研修医・学生向け)から始 生活について ンパス内の 計画する能力が高い印象を 実習の一日は朝8時のモ 過ごしました。病院から徒 で Guest house シカゴ滞在中は大学キャ 歩5分の距離に位置し、近 求められています。 し、治療方針を立てる事が バーします。学生にはチー いと実感した。 医学部6年 福田 ました。 まります。その後、血液腫 くの駅から電車を利用する 今回、交換留学プログラ はじめに イリノイ大学シカゴ校 血液腫瘍内科 に優しい方で、私のことを 常に気遣って下さり、本当 に良い先生にめぐり会えた とうれしく思う。 リウマチ科では外来見学 が中心だった。新患患者に ついては、先生とディスカ 瘍内科へコンサルトのあっ 訴えや症状の現れ方などか 交換留学プログラムに応 は珍しい疾患の理解を深め や文献検索が可能でした。 ト向けの講義やシミュレー 日は米国医学生やレジデン Rに費やし、木曜日と金曜 曜日はほとんどの時間をE た。基本的に月曜日から水 実際を観察するものであっ 国の救急科における診療の は4週間のプログラムで米 滞在する機会を得た。それ ン大学病院(TJUH)に 5月にトマスジェファーソ 有難いことに2014年 ついての机上の知識につい 医学教育システムは疾患に 扱っていた。一方で日本の 入退院や治療方針の決定を 論スキルや検査のオーダー、 く、症候に基づいた臨床推 では疾患についてだけでな 国の医学教育カリキュラム ように訓練されていた。米 ながらの意思決定ができる Hの医学生はまるで医師さ テムの違いである。TJU 日本と米国の医学教育シス 陽介 ションに参加していた。今 てはよく扱うが、臨床で応 全部で 回のシフトに入り、 用可能な実践的な知識につ 回のERでの診療において 医学部6年 山内 フィラデルフィアからの贈り物 た患者のリストを確認し、 ムに参加させて頂き、イリ 勿論のこと、将来の自分の 募した理由は、①医学英語 たい(鎌状赤血球症など) 10 診療科は血液内科の入院 ノイ大学シカゴ校(UIC) 実習内容 ら疾患を推測した。関節リ 医師像について考えたり、 力を向上②日本の医学教育 何とかして言いたいことを が挙げられます。先輩方が 針についてディスカッショ ウマチ、全身性エリテマト の診断基準を再び英語で勉 強した。 今回の留学では韓国の医 最後に 韓国の歴史や文化にも触れ が他国と比べてどのように 相手に伝えよう、相手の言 口を揃えて「参加して良か の ーデスや強直性脊椎炎など ッションしながら、患者の 磨育子 を 扱 う B&M transplant うに働いて行きたいかを考 や sick cell team のラ える素晴らしい機会でした。 team 20 にて4週間実習して参りま 患者を診る inpatient team 、 ラウンドまでの時間に自分 と約 分でダウンタウンま した。はじめに、留学の準 腫瘍内科の inpatient team 、 で問診・診察を行って治療 で出る事ができます。週末 方針を考えます。 Hematol- には現地で知り合った留学 備から大変お世話になりま 移 植 の blood & marrow した医学教育研究室の先生 、鎌状赤血 と Oncology それぞれの 生達と観光を楽しむ事もで transplant team ogy 方、書類準備にてご尽力頂 球症を専門で扱う ラウンドでは英語でケース き ま し た。 ま た、 寮 内 は sickle cell きました学務の皆様、 Ad- team 、そして私が実習させ プレゼンテーションを行い、 が完備されており、週 Wi-fi の て頂いた consultation team アテンディング達と治療方 末でも自室からカルテ閲覧 vanced Medical English たりすることができ、非常 異なるのか③海外留学を考 皆様、支えてくれた友人や に貴重な時間を過ごすこと えている為、学生のうちに いたいことを理解しようと った」とおっしゃっていた 医学教育担当のProf. Tekian、一緒にUICへ行った 内山君と 療現場を実際に体験し、医 が出来た。英語でコミュニ するのは、英語力をつける 事も、志望する動機となり Fellow の Dr. Zia(B&M Transplant team)と Dr. Shergill (Consultation team)と。病棟での最終日に 学的な知識を得られたのは ケーションをとらざるを得 のにはもってこいの環境だ 様々な主訴をもつ143例 回のTJUHでの滞在は米 いてはあまり扱わない。今 最も興味深かったことは、 国の医学生やレジデントが の診察を経験した。 12 ない状況に身をおくことで、 様子を見てみたい④日本で ったと思う。 5 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (15) 学 生 教 育 の医学生は医療チームの一 大学病院においては、米国 れた良質な教育を受けるた いた。医師は全米で統一さ たTJUHと千葉大学の全 の現実化にご尽力いただい 撮像します。そこで得られ 脳を特殊な拡散強調画像で ます。アメリカの物価は日 どのように教育を受け、病 たデータを用いて神経繊維 院で働いているかを間近で の走行を描写するのですが、 母体となる研究施設を見学 するという生活を送ってい 室に行き、6時頃には帰宅 平日は朝9時半頃に研究 です。 だけを描画することが可能 自分の興味のある神経投射 ームステイを申 私はWEBから個人的なホ ることが必要となります。 住居は自分自身で手配す るなど非常に印象的です。 すが、さらにはMEGを世 していることはもちろんで せていただきました。 も楽しく一ヶ月間研究をさ ティにあふれる方で、とて 見てくださるほどバイタリ 貴重だと思います。また高 が、体験できるのは非常に (MGH)と Har- ことができます。コーヒー Hospital vard-MIT Health Sciences を頼んでも一食$7 ─9程 (HST)が 度で食事をすることができ & Technology ての方に感謝を示したい。 員として働いており、実際 フィラデルフィアには仲間 に病歴聴取、身体診察、症 め、誰が優秀かが一目瞭然 観察する機会を与えてくれ 動が容易であり、標準化さ まさしく、医学を共に学ぶ であり、病院間で人材の移 た。そして日本と米国間で れた医学教育をより良いも 本と同じような物価です。 例プレゼン、カルテ記載を のとするために共同して取 もさせていただきました。 行うことで労働力として利 何も加工していないデータ の医学教育システムの違い 用されており、実際の症例 への愛の街という意味があ について深く考える機会を るが、今回の得難い経験は 与えてくれた。 り組むことが可能であった。 仲間、フィラデルフィアか らの贈り物である。 に基づいて指導を受けてい ました。その中で、昼食時 る拡散強調画像を用いて神 に開催される病院での画像 し込んだところ、 ボストン子供病院について 私は高橋先生の研究室で カンファレンスに出席した 医学部5年 宮崎 裕大 研究留学 Boston Childrenʼs Hospital 最後に、今回の臨床留学 た。学生への講義やシミュ 持ちの方には非常におすす 米国の医学生は日本の医 などの医療画像において世 学生と全く異なっていた。 はMRI 自炊する場合は肉類が非常 ではすべての神経投射が描 Martinos Center 画されてしまいます。そこ やCT、 magnetoencepha- に安いです。 :脳磁図(MEG) 、 で、自分の興味がある神経 lography さらには 最後に 投射が通る部位を Region of Positoron emis(ROI)として (PET) 研究に少しでも興味をお Interest sion tomography レーションは教育活動のロ 指定します。例えば、皮質 ーテーション期間にあるレ めなプログラムだと思いま 明らかに彼らの社会的なス す。ハーバード大学という キルは優れており他の医療 界トップレベルの研究機関 ジデントにより実施されて です。9Tという強磁場の おり、現場で使える医学知 脊髄路を描画したい場合に 従事者や患者さんとの良好 は、一次運動野や内包後脚 なコミュニケーションが築 世界トップクラスの環境を 識について教育を受けてい 一ヶ月という短い期間です た。 MEG設備など施設が充実 けていた。また彼らは多様 をROIとして指定すれば、 MRIや一基3億円もする 性をもつチームの中で働く はヒトの胎児の脳の発生に なり医療を提供)に参加し レスの人達に学生が中心と る学生団体の活動(ホーム ていた。 担保されていた。全米での ラムも おり、レジデンシープログ 機関により質が担保されて は されていた。米国の医学生 BCHはハーバードの関連 あるボストンにあります。 サチューセッツ州の州都で CH)はアメリカ合衆国マ 室では通常臨床で行われい しており、高橋先生の研究 すさを反映することを応用 強調画像が水分子の動きや いた。そのチームは医学部 学習教材の発展に寄与して 医学教育の標準化は良質な により質が ACGME といった FSMB/NBME た際に、彼らのチームビル 入学前の学生からレジデン と呼ばれ JeffHOPE ディングスキルに非常に驚 病 院 で あ る う え に、 U . S . るものよりも高解像度で計 でベスト子供病院に 測できます。 News 医学教育は全米で標準化 選ばれるなど、全米でも研 関するテーマをいただきま ことについてよく訓練され 究・臨床共にトップレベル ボストン子供病院( Bos- 経繊維の走行を可視化する :B 技術です。この技術は拡散 ton Childrenʼs Hospital のすばらしい病院です。 界 で 初 め て 開 発 し た Prof. 橋先生は産後直後にも関わ にお会いでき らず私や他の学生の面倒を David Cohen トまで多様な にあってしまい ました。ボスト う ンは宿泊施設が した。まず死産した胎児の 本プログラムでは、千葉 非常に高いので 研究室のメンバーと。左から2人目が高橋先生。右端が宮崎。 現地での生活について メンバーから り、 Martinos Center とい 先に送金してし Massachusetts General まったため詐欺 構成されてお 大学を卒業された高橋恵美 研究室について 先生に師事することができ 十分に検討する などを利用する のカフェテリア に隣接する病院 昼食は研究室 す。 ことが必要で ます。高橋先生のご専門は 脳 の 発 生 で、 D i f f u s i o n (DTI)と Tract Imaging 呼ばれる技術を習得するこ と が で き ま す。 D T I は Magnetic Resonance Im(MRI)の一種であ aging 研究室のある建物 り、皆初対面 にも関わらず 屋根瓦式にチ ームが有効に 機能していた。 彼らは多様性 をチームから 排除するので なく、取り込 むノウハウを 持っていた。 ER 研修最終日 Senior Resident の Jeff と共に 学 生 教 育 (16) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 翠 大学夏季 Inje Problem Based (PBL) プログラム報告 Learning 日] 医学部3年 相田 入学当初から留学に興味 [ 8 月 や TOEFL〈問診、身体診察、 C-map 作 があり、 TOEFL も 自 主 的 に 受 験 し て い 成〉 iBT 午前中は の学生が受 Inje 講している血液・腫瘍学の 倍像を観察す 100 るのは初めてで、貴重な体 した 。 × 10 験になりました。 完成〉 Schema で調べた Learning Goal 元に した。 [8月 日] を完成させま Schema 内容を発表し合い、それを Schema〈 講義を見学しました。 作成〉 〈検査データ開示、 は、 や は り 午 後 の PBL 受験と解答作成から始 MCQ まります。その後、血液検 ンパ生検の結果が与えられ 〈告知、発表会〉 査、胸部 ました。これらの検査デー ました。昨年度より3、4 ープとして行われます。午 、 PET CT 、リ CT 前 中 は、 ま ず 模 擬 患 者: は通常6人を1グル PBL 年生でも応募できる本プロ の作成に Schema グラムが設置されたので、 タを元に 入ります。 各班の代表者が自分の班の げて議論しました。午後は 日] 3年生は、 [8月 の学生た Inje ちと昼食を取った後別れを 受ける上でプラスになった たことは今後臨床の講義を というテーマで、留学に纏 究者にとって留学とは?」 大学)から、 「いま医科学研 えている人には勿論、そう いただきました。留学を考 わる実務的な内容等をお話 と感じています。 切で、長い時間を共にする でない人にも勉強になりま の学生たちは大変親 Inje 中で、将来の医師像や互い した。その後は学生による 惜しみながら帰国の途に就 の国の文化についても話が ポスター発表が行われ、本 きました。 及びました。彼らのおかげ でした。 PBL の学生たちの積極性、 Inje で非常に実のある留学にな 学からは谷口が発表いたし 英語力、推論力の高さに刺 病態の原因を掘り下げてい 激を受け続けた り感謝したいと思います。 口 絢 が 名と例年より減ったも のの、各ポスターの前では 活発な議論が交わされまし た。夜は夕食会と懇親会で、 学生と教員を交えて、大学 生活のこと、研究のこと、 今後のキャリアパスのこと 免疫学坂本明美先生、医学 生理学三木隆司教授、粘膜 本学からの参加者は、代謝 学、山梨大学、千葉大学に 学である東京大学、群馬大 トリートには、従来の四大 にて開催されました。本リ ホテル東京ガーデンパレス 五回夏のリトリート」が、 医養成コンソーシアム・第 ができました。低学年の医 いご経験をお聞きすること 研究分野について非常に分 ついて」というテーマで、 横断的研究とMD研究者に ら「オートファジーの分野 水島昇先生(東京大学)か ました。特別講演1では、 スターセッションが行われ ののち、特別講演二つとポ 一日目は、参加者の紹介 の発表も大変素晴らしく、 表いたしました。どの大学 本学代表としては谷口が発 学生でも理解できる内容で、 代表者が 分間ずつ発表し、 た七大学から、教員十六名、 かりやすくお話いただき、 加えて、横浜市立大学、東 視野を広げることの重要性 学生四十名が参加しました。 MD研究者としての興味深 北大学、金沢大学を合わせ を感じさせられました。続 質疑応答も盛り上がり、参 よる口頭発表は、5大学の なりました。続いて学生に な話題も多く、大変参考に した。自分達にとって身近 の決断のお話などを伺いま 回のターニングポイントで というテーマで、卒後の数 から「私のキャリアパス」 仁田亮先生(理化学研究所) ました。特別講演3では、 演一つと口頭発表が行われ など、様々なディスカッシ 部五年高崎敦史さん、医学 いての特別講演2では、倉 ョンが遅い時間まで繰り広 部三年谷口絢、医学部二年 知慎先生(ペンシルベニア 深澤嘉樹さん、吉岡正揮さ 邵東鈺さん、坪坂歩さん、 明けて二日目は、特別講 げられました。 医学部一年杉田明穂さん、 んでした。 医学部3年 谷 日の ました。今年は発表者の数 く思考プロセスは臨床に即 年8月 、 第五回 夏のリトリート 開催報告 関東研究医養成コンソーシアム 午 前 中 は SP へ の 告 知 と しており、それを経験でき をしました。 disdiscussion では、今回の SP が cussion 2014年度 (S Standardized Patient P)を 分間問診します。 問診が終わると2度目の診 [8月 日] 午前中は釜山博物館を訪 今後抱える社会的問題を挙 参加したいと考えていまし た。 3年生での応募を決意し 問し、韓国の歴史、釜山の 察について話し合います。 再び た決め手は一緒に授業を受 ける に問診と身体診察を SP 歴史を学びました。 の学生が3年生で Inje します。今回の主訴はリン を発表します。私 Schema パ節腫脹で、喉を見たりリ 平成 14 二日間にわたり、 「関東研究 15 も前へ出て発表させて頂き あることでした。また、本 ました。 Inje 大学同窓会長を囲んだディナーにて。中央列が千葉大からの参 加メンバー。右端が相田。 午後は血液標本を顕微鏡 プログラムに昨年参加した ンパ節を触診しました。 で観察する実習に参加しま 23 26 21 先輩方からの情報を元に持 ち物や勉強の準備をするこ 分)を受けた 午 後 は5問 の Multiple(MCQ) Choice Questions 日本と韓国は時差も無く、 ( 制 限 時 間 とができました。 discussion で す。 皆 で 直 前 に 受 け た 後、学生だけで の解答を作って提出し MCQ 夏の釜山は気候も千葉と似 たです。 整理しながら マップ)を途中まで作成し 釜山タワーにほど近い都 [8月 日] ました。 〈 受験と解答作成を行います。 1日目と同様、まず 完成〉 C-map [8月 日] 市部、南浦に宿を取って宿 [8月 日] に参加する5人で石 PBL で私たちと同じ班に PBL で調 Learning Goal べた内容を発表し合い、そ を完成させ C-map [8月 日] ました。 れを元に その後 た。 華街である西門へ行きまし 画してくれ、総勢 名で繁 なっている は MCQ 泊しました。 (概念 C-map た後、午前中に得た情報を ているため過ごしやすかっ 10 から有志5名が親睦会を企 の学生の中 Inje 教授にお会いしました。夜 17 13 22 18 15 19 20 10 10 16 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (17) 学 生 教 育 第 168 号 学 生 教 育 (18) ゐ の は な 同 窓 会 報 ができたと思います。閉会 加者は皆刺激を受けること わらせることなく、医学研 を「楽しかった」だけで終 すことができました。これ 日に 式後に、希望者は東京大学 都内にて開催予定で、本学 究者になるという目標をよ が主幹校として準備・進行 でのラボツアーに参加しま いる学生が一同に会し交流 を担うことになっておりま り明確にし、今後の学究に を深めることができるだけ す。様々な形でご支援いた 18 した。 でなく、プレゼンテーショ だくことがあると思われま 来年度は8月 、 ンスキルの改善に繋がった すが、どうかよろしくご支 「みんなで考えよう─これからのがん治療」 繋がればと思います。 り、研究でご活躍されてい 予約不要 二日間のリトリートを通 る先生方にじかにお話を伺 援、ご指導、ご鞭撻いただ 千葉大学病院 市民公開講座 して、研究に興味を抱いて うことができ、モチベーシ ョンアップに繋がったりと、 ければ幸甚です。 大変に有意義な時間を過ご 参加無料 17 日 時 2015年1月25日(日) 13:00~16:10 (患者会ブース展示開始・診療科紹介パネル設置は12時から) 会 場 京葉銀行文化プラザ 6 階「欅(けやき)」 開会挨拶 病院長:山本修一 基調講演 1 千葉県が推進するがん対策 松尾晴介(千葉県健康福祉部健康づくり支援課課長) 基調講演 2 がん患者が直面する課題─がん相談支援センターに寄せられた相談内容から 笠井亜紀(附属病院がん相談支援センター) 基調講演 3 がん患者が直面する課題─患者の視点から 阿南里恵(NPO 法人キャンサーネットジャパン・厚生労働省がん対策推進協議会委員) 総合討論 「がん患者が直面している諸問題」 司会:長嶋健(千葉大学病院) 滝口裕一(千葉大学病院) パネリスト:齋藤とし子(アイビー千葉) 五十嵐昭子(NPO 法人支えあう会「α」) 金井弘子(ねむの会) 藤田敦子(NPO 法人ピュア) 鈴木敬子(オレンジ・リーフ) 無料 参加 坂本佳子(千葉大学病院・ソーシャルワーカー) 鈴木のり子(千葉大学病院・看護師) 閉会挨拶 千葉大学病院副病院長:高林克日己 不要 予約 千葉大学病院 市 民 公 開 講 座 「みんなで考えようーこれからのがん治療」 日時 1月25日 2015年 13:00∼16:10 (患者会ブース展示開始・診療科紹介パネル設置は12時から) 会場 主 催 千葉大学医学部附属病院 開会挨拶 千葉大学大学院医学研究院 千葉県が推進するがん対策 基調講演2 がん患者が直面する課題̶がん相談支援センターに寄せられた相談内容から 総合討論 お問い合わせ・連絡先 TEL:043-226-2806 催 松尾晴介 (千葉県健康福祉部健康づくり支援課課長) 笠井亜紀 (附属病院がん相談支援センター) がん患者が直面する課題̶患者の視点から 阿南里恵 (NPO法人キャンサーネットジャパン・厚生労働省がん対策推進協議会委員) 「がん患者が直面している諸問題」 司会: 長嶋健 (千葉大学病院) 滝口裕一 (千葉大学病院) パネリスト: 齋藤とし子 (アイビー千葉) 五十嵐昭子 (NPO法人支えあう会 「α」 ) 金井弘子 (ねむの会) 藤田敦子 (NPO法人ピュア) 鈴木敬子 (オレンジ・リーフ) 坂本佳子 (千葉大学病院・ソーシャルワーカー) 鈴木のり子 (千葉大学病院・看護師) 千葉大学病院副病院長:高林克日己 会場 そごう 東口 京葉銀行文化プラザ JR総武本線 要町駐車場 3分 千葉市民会館 千葉都 市モノ レール 至千葉寺 椿森陸橋 JR東千葉駅 要町交番 栄町駅 三越 至穴川 I.C. ☎043-202-0800(代表) 徒歩約 外・内房線 TEL:043-226-2806 千葉駅 千葉大学医学部 先端化学療法学(担当:庄司) 受付時間/10:00∼16:00 (土曜・日曜・祝祭日を除く) 千葉大学病院ホームページ(http://www.ho.chiba-u.ac.jp/) 至上野 至東京 京成 千葉駅 至佐倉 千葉大学医学部附属病院 千葉大学大学院医学研究院 (がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン) お問い合わせ 連絡先 受付時間/10:00~16:00(土曜・日曜・祝祭日を除く) 閉会挨拶 主 千葉大学医学部 先端化学療法学(担当:庄司) 病院長:山本修一 基調講演1 基調講演3 (がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン) けやき 京葉銀行文化プラザ 6階「欅」 至木更津・茂原 千葉大学病院ホームページ(http://www.ho.chiba-u.ac.jp/) 万葉軒 126 千葉神社 (19) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 学 内 情 報 ゐのはな同窓会支援 第9回亥鼻キャンパス留学生交流会 救急集中治療医学 織田 成人 生 命 情 報 科 学 田村 裕 リピン・マレーシア・スペ インであり、お国訛りなら ぬお国言葉(自国語)での 話に花が咲いていました。 今年度は、亥鼻地区の留 学生担当教員(織田成人教 亥 鼻 祭 2014年度亥鼻祭実行委員長 凱 の皆様を始め多くの方々の 医学部4年 松村 2014年度亥鼻祭につ いてご報告させて頂きます。 ご協力あってのことと存じ 授、戸井田敏彦教授、田村 亥鼻祭は今年度復活して この場をお借りして深く感 た後、ダンスサークル「舞 部)から挨拶の言葉を頂い ーナショナルサポートデス 部・山田眞規子氏) 、インタ が非常に少なかったのです 日目は生憎の大雨で来場者 2日に開催されました。1 ました。また看護棟内では ごとの出店テントで賑わい ージ上での演奏や、各部活 当日、記念講堂前はステ 謝申し上げます。 るために創設され、毎年の が、2日目は天気も盛り返 月1日と 周年を迎えることができま 恒例行事となりました「ゐ ク(渋谷圭美氏)が、木村 広々としたホールに於きま のはな同窓会館」の清潔で 交流会は、新築された「ゐ をはさんでの歓談が始まり 乾杯のかけ声により、料理 者・グランドフェロー)の 陰様で、無事に交流会を終 が見受けられたものの、お 施したため、至らぬところ ぎながら、見様見真似で実 1回〜8回)のご指導を仰 のも、ゐのはな同窓会会員 て亥鼻祭が続いております ご来場頂きました。こうし し、約2700名の方々に 器を使った医療系キャンパ 員が超音波検査や動物の臓 ふしぎ発見はブース毎に委 様々な企画が催され、身体 これも一重に、ゐのはな えることができました。 留学生の出身国は、中国・ ました。 1 2 2 台湾 1 1 71 0 8 スペイン 4 7 25 27 8 1 フィリピン 2 2 1 27 25 7 4 0 8 71 留学生の家族 8 4 1 0 0 0 13 その他 12 14 17 0 2 8 53 47 43 25 4 2 16 137 げます。 トリート社)にお礼申し上 学)、菱垣雄介氏(ジョブス 風間純一郎氏(東京芸術大 教授(国際教育センター) 、 いております、見城悌治准 わらず、毎年、ご参加を頂 また、ご多忙中にもかか ります。 るご協力の賜物と思ってお 問・田中裕二准教授)によ ン ス サ ー ク ル「 舞 部 」 (顧 同窓会・薬学部後援会・看 1 護学部同窓会・医学部有志 マレーシア 台湾・韓国・インドネシア・ インドネシア 5 スリランカ・タイ・ネパー 4 1 3 1 3 バングラディッシュ 4 15 中国 1 4 タイ 6 3 19 1 41 井田敏彦教授(薬学部) ・宮 出身国 1 崎美砂子教授(看護学部) ・ 医学部 薬学部 看護学 千葉県がん 国際教育 その他 部 センター センター 計 からの多大なるご支援とダ 看護学 千葉県がん 国際教育 その他 部 センター センター 計 2 ル・バングラデシュ・フィ 第9回亥鼻キャンパス留学生交流会 出席者集計 村岡英裕教授(国際教育セ 部)の開会の辞に続き、戸 して、織田成人教授(医学 流会: International Stu- レモニーで幕を開けました。 dent Festival in Inohana 記念撮影の後、木村定雄 」を開催しました。 名誉教授(本交流会の創設 Campus 定雄・西山真理子両先生(第 した。亥鼻祭は ております。実行委員一同、 裕准教授、野崎章子講師、 部 )・ 石 橋 正 己 教 授( 薬 学 (医学部・加藤美由紀氏、薬 菅波晃子特任助教) 、学務係 部 )・ 岡 田 忍 教 授( 看 護 学 平成 年7月 日(金)、 ンター) ・白澤浩教授(医学 亥鼻キャンパスに集う留学 12 部」によるオープニングセ 学部・渡邊美雪氏、看護学 生・教職員等の交流を深め 18 のはなキャンパス留学生交 11 26 計 医学部 薬学部 留学生 1 計 学 内 情 報 (20) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 スリランカ 1 1 ネパール 1 1 韓国 1 (21) 学 内 情 報 課外活動団体 ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 スならではのデモンストレ ーションを行い、看護ノス スメ企画では看護学部の学 生が日頃の成果を遺憾なく 発揮し、来場者の方々に看 護技術を丁寧に解説してい ました。また今年は受験相 談が大盛況で、廊下には長 蛇の列ができあがり、場内 整理に苦労いたしました。 そして薬学部棟でも卒業生 の方々による若手医療職の 生の話を聞けるブースや、 ACLS受講生による応急 救護体験ブースが開かれて いました。 大学祭は在学生だけのも のではなく、地域の方々、 卒 業 生 の 方 々、 ご 家 族 の 方々、はたまた未来の千葉 大生と繋がることのできる 貴重な場であると考えてお ります。そのような大学祭 が続くこと自体に意味があ ると思いますし、末永くこ の亥鼻祭が開催されること を切に願います。これから も亥鼻祭を温かく見守って 頂き、毎年足をお運び頂け 尚、ご寄附を頂きました れば幸いです。 方々へは御礼が遅れまして 大変失礼致しました。後日 詳しい企画の内容等に関し ましての報告書及び御礼状 をお送り致します。今後と も亥鼻祭をよろしくお願い 致します。 第57回 東日本医科学生総合体育大会 夏期競技結果 優勝 東京医科大学 北里大学 東京医科大学 新潟大学 秋田大学 山形大学 旭川医科大学 第3位 千葉大学医学部順位 獨協医科大学 2回戦敗退 日本大学 予選敗退 筑波大学 予選敗退 福島県立医科大学 予選リーグ敗退 獨協医科大学 予選リーグ敗退 順天堂大学 ベスト16 順天堂大学 第4位 千葉大学 旭川医科大学 筑波大学 ベスト4 帝京大学 聖マリアンナ医科大学 札幌医科大学 秋田大学 ベスト8 東京女子医科大学 千葉大学 筑波大学 順天堂大学 優勝 慶應義塾大学 東邦大学 北海道大学 ベスト8 秋田大学 聖マリアンナ医科大学 日本大学 初戦敗退 昭和大学 秋田大学 順天堂大学 群馬大学 予選リーグ4位 旭川医科大学 札幌医科大学 東京医科大学 自治医科大学 入賞なし 慶應義塾大学 山梨大学 防衛医科大学 信州大学 新潟大学 秋田大学 入賞なし 慶應義塾大学 東北大学 群馬大学 入賞ならず 東京女子医科大学 筑波大学 慶應義塾大学 入賞ならず 東北大学 慶應義塾大学 横浜市立大学 第5位 群馬大学 東京慈恵会医科大学 聖マリアンナ医科大学 第21位 北里大学 杏林大学 慶應義塾大学 第14位 信州大学 獨協医科大学 日本大学 ベスト4 第57回 東日本医科学生総合体育大会 夏期競技結果総合ポイント 第2位 第3位 千葉大学医学部順位 秋田大学 順天堂大学 12位/36校 硬式野球 硬式テニス(男子) 硬式テニス(女子) ソフトテニス(男子) ソフトテニス(女子) 卓球(男子) バレーボール(男子) バドミントン(男子) バドミントン(女子) サッカー バスケットボール(男子) バスケットボール(女子) 剣道(男子) 空手(男子) 弓道 水泳(男子) 水泳(女子) ヨット ゴルフ(男子) ゴルフ(女子) ラグビー 第1位 慶応義塾大学 個人成績 卓球(男子) 剣道 弓道 準優勝 聖マリアンナ医科大学 信州大学 杏林大学 山梨大学 群馬大学 北海道大学 信州大学 水泳(男子) 800m自由形 第7位:宮崎文平 200mバタフライ 第8位:堀内捷義 水泳(女子) 50mバタフライ 第4位:齋藤瑞恵 100mバタフライ 第7位:齋藤瑞恵 陸上部(男子) 800メートル準決勝進出:山本峻大 走高跳決勝:荒木貴裕 9位タイ ソフトテニス(男子) ダブルス:ベスト16 菅澤駿一・新井隆仁ペア バドミントン(女子) ベスト8:齋木彩絵 シングルス…ベスト16:山中崇寛 ベスト 32:川瀬勝隆 ベスト32:芹澤悠太 個人男子優勝:井田友明 となりました。PKもサド ンデスにもつれこむ大接戦 でしたが、千葉大は9人全 員が成功し、9︲8という スコアで勝利することがで 東医歯薬獣春リーグ1部で サッカー部は今年度の関 も優勝しており、春夏二冠 きました。 ットプレーで同点に追いつ 祐也 き、勝負はPK戦での決着 前主将 医学部5年 山本 回東日本 57 課外活動団体だより 年度第 26 サッカー部 優勝 平成 医科大学総合体育大会にお 35 きまして、千葉大学医学部 サッカー部は 年ぶりの優 勝を果たすことができまし た。今年の東医体は新潟県 の聖籠スポーツセンターア ルヴィレッジ・新潟市陸上 競技場にて8月5日から8 月9日の日程で開催されま した。一回戦は岩手医科大 学に5︲0、二回戦は東京 医科歯科大学に2︲1、三 回戦は日本大学に3︲2と 順調に勝利をおさめ、準決 勝まで進むことができまし た。準決勝では順天堂大学 との戦いでしたが、5︲1 年ぶりに東医体 と会心の勝利でサッカー部 としては 決勝の舞台に進むことがで きました。決勝の相手は3 年連続決勝に進出している 筑波大学でした。試合は前 半に先制点を奪われる苦し い展開となりましたが、後 半にサイド突破から1点を 返し、同点のまま前後半5 分ずつの延長戦に突入しま した。延長後半に追加点を 奪われましたが、直後のセ 12 達成ということになりまし た。勝因なのかはわかりま せんが、千葉大学医学部サ 他のスポーツにも似たよう ほど上達していく競技です。 じます。 にくつろいでいる部員の姿 スペースが有り、授業後等 じています。弓道場は畳の 亥鼻弓道部の良い所だと感 す。その達成のためには学 った正しい射をすることで 身体と心気、弓技が合わさ に命中させることでなく、 人と限られています。その ことになるため、その中で する全ての医科学生と戦う 個人戦では弓道競技に参加 収めることができました。 人戦男子優勝という成績を 競技におきまして、私は個 医科学生総合体育大会弓道 亥鼻弓道部で培われたもの っている弓道の実力は全て を始めたので、私自身が持 私は大学に入ってから弓道 にもなるということです。 今回の結果が下学年の励み たこと、そしてもう一つは で弓道を始めることができ つ目はこの素晴らしい部活 二つの喜びがあります。一 方向に作用するだろうと感 私たちにとってきっと良い 来医療に携わることになる きに弓に向き合うことが将 の姿を見ていると、ひたむ ているOB・OGの先輩方 なことですが、ご活躍され 活動にも力を注ぐのは大変 ます。勉学に忙しい中で部 ことの大切さに気付かされ 弓道をしていると努力する り、 私 達 は こ れ を 活 か し た。 応援ありがとうございまし 最後になりますが、皆様 力し続けたいと思います。 ながるよう、これからも努 千葉大学としての勝利につ 自身のみならず他の部員や 結果に慢心することなく、 ています。私自身も今回の 良い結果を残すことができ 弓道における目標はただ的 という言葉があるように、 の中には弓道部でしか得ら さんのことを学びます。そ 活動すること、その他たく 倫理性、集団の一員として を鍛えるだけでなく礼儀、 弓道部では体力や集中力 も見られます。 医学部は2013年にも東 ません。 「射は仁の道なり」 試合にも入賞しています。 れないこともあるかもしれ 医体で入賞し、全医体に出 練習の成果として数々の るのではないかと思います。 とって人生の大きな糧とな ことで、弓道経験は部員に あわせる奥深さを垣間見る が、その哲学的な面も持ち はあまりにも短いものです 生生活という限られた時間 千葉大学としても、近年 撻のほど宜しくお願い致し 体戦入賞など様々な大会で なことがあると思いますが、 では昨年度の東医体での団 ます。 弓道部 個人戦男子 優勝 中で、出場している選手は 優勝できたことをとても嬉 です。 日々心身の鍛錬を重ねてい ッカー部の強みは「チーム 友明 ベンチ外の部員の分まで戦 しく思います。この結果は 正しい弓の引き方をし、 亥鼻弓道部の歴史は明治 医学部4年 井田 う、ベンチ外の選手やマネ 私一人が努力するだけでは 緊張感を乗り越えて的に向 ごろ、千葉医学専門学校時 ます。 前主将 医学部4年 け継いでいる練習方法や指 千葉大学亥鼻弓道部が受 うに感じるからです。加え 自分の努力が認められたよ きたこと以上に、今までの せて 人の部員が活動して の部活では、現在男女合わ 周年を迎えようとするこ が設立されてからもうすぐ 員もめきめきと上達し、早 の熱心な指導により新入部 に弓を引ける環境や上級生 として入部しますが、自由 部員の大多数は未経験者 てこそだと思っています。 て、弓道は努力すればする っています。 に出ることができるのは 在籍しておりますが、試合 ネージャー含めて 名以上 ろだと思います。部員はマ 全員で戦える」というとこ ージャーは勝利を信じて必 得られなかったものだと思 かって真っすぐ矢を飛ばす 代にまでさかのぼります。 遠い新潟の地で行われた東 導内容が東医体に通用する います。 となる弓道場は亥鼻キャン 回行っています。活動場所 だけでなく部の結束力も高 導しあうことで、弓の上達 学年関係なく部員同士が指 も少なくありません。また、 パス内にあり、深夜〜早朝 練習ができる環境がある」 る部にとっては「いつでも に整った用具・施設を要す とができます。弓道のよう 日多くの仲間と会えるのも、 部・学年が違っていても毎 ですが、弓道場に来れば学 あります。弓道は個人競技 も練習していることも多々 自主練に行くと他の部員 まります。 のは大変恵まれたことであ でも自主的に練習を行うこ を除けば活動日以外もいつ 練習は主に火木土と週三 くから試合で活躍する部員 医体にもたくさんの方々が して努力していく所存です かって部員全員で切磋琢磨 ることなく、次の目標に向 の優勝という結果に満足す サッカー部としては、今回 っていきたいと考えます。 忘れずに自覚ある行動をと B・OGの方々への感謝を いう意識を常に持って、O ッカー部に所属していると 私達部員一同は伝統あるサ 応援に来てくださいました。 ことが示せたという点では 11 回東日本 死に声をかけるということ っています。同じ弓道部の ことができたときの気持ち 現在の活動場所「一如堂」 年度第 を全員ができていたからこ 部員と共に弓を引くことに は何とも言えない快感があ 平成 そ、優勝という結果を掴み よって弓の指導、話し合い ります。それは的に命中で 弓道部紹介 取ることができたのだと思 等から様々な刺激を受けま 井田 友明 また、このようなチーム した。 57 づくりができるのも、OB・ 26 OGの方々のご支援があっ 40 ので、今後ともご指導ご鞭 46 90 課外活動団体 (22) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 日々不自由なく弓道生活を 指し励んでいます。 場しました。さらに上を目 動を暖かく見守っていただ これからも亥鼻弓道部の活 技部顧問の小宮山伴与志先 もあります。体育会陸上競 づいていくことと思います。 のというのが競技力以外に っていく上で欠かせないも たな師範の先生をお迎えし、 大学生として陸上競技をや げます。2014年より新 生の受け売りですが、大学 を積み重ねるわけですが、 う一つの目標にしたいと思 る。これを陸上競技部のも 会性というものを身につけ に出て働く上で必要な、社 た携わることで、今後社会 す。そのことを理解し、ま をさせていただいておりま います。 らも見ていただけたらと思 もしておりますので、そち で試合結果の報告 Twitter 亥 鼻 陸 上 競 技 部 の H P、 亥鼻弓道部はますます活気 楽しむことが出来るのもO ければ幸いです。 また、このように私達が B・OGの先輩方のご支援 潮汐研究会 https://sites.google.com/ site/inohanarikuweb/ home Twitter:@_inoriku_ 金井 雅彦 り好きの友人に連れられて 付いていったのがきっかけ で、今より時間的余裕のあ った当時は毎日のように海 にでかけ、釣れもしないの に海に向かって竿を振り続 けていました。そして徐々 に「海」について分かるよ 営は学生だけではできませ ります。陸上競技大会の運 関わらなければならなくな けでなく、試合の運営にも 温かく見守っていただきま すので、亥鼻陸上競技部を はご報告等行ってまいりま お詫び申し上げます。今後 らくの間ご連絡をいたさず B・OGの先生方にはしば 人で現在構成されてい 医学部の4年生から6年生 理解する」というもので、 りを通して海洋の生態系を す。潮汐研究会の目的は「釣 だ1年半程の新しい団体で 潮汐研究会は設立からま で、普段どういった活動を な大会に参加していないの 設立から日も浅いので大き 表会があるわけではなく、 動部のように東医体や、発 な面が強いと思います。運 鼻という狭い世界にいては、 とに素直に驚きました。亥 想以上に釣り人口がいたこ 感じ、人を募ったところ予 りの楽しさを共有したいと ころ、もっと亥鼻の人と釣 うになり釣果もついてきた ん。審判の先生方、競技場 すようお願いします。また、 の 会長 医学部6年 身体づくりのために様々な の職員方、様々な〝大人た 末筆ではありますが、O っております。 練習を取り入れています。 ち〟にお世話になって競技 のようにただ試合に出るだ 生になりますと、中学高校 があってのものです。この 場をお借りして御礼申し上 陸上競技部は2014年 冬季練習の始めと終わりな 亥鼻陸上部復興してます 月現在、医学部9人、薬 どにはコントロールテスト おります。練習は週1回、 広い種目の選手がそろって 投擲の専門選手もおり、幅 ら長距離まで、更に跳躍、 した。トラックは短距離か 比べてかなり人数が増えま が1人しかおらず、当時に 自分が入学した時には先輩 3種目3人、女子2種目4 mで8位に入るなど、男子 部1年の山本峻大が800 関東医科大学対抗では医学 とが出来ませんでしたが、 は惜しくも入賞者を出すこ その結果今年は、東医体で しみながらやっております。 って練習成果の評価も、楽 と称して、体力テストも行 で活動内容が変わるという の天気、潮や風の状況次第 なくメンバーの都合と当日 体と違い、特定の活動日が うものです。他の部活や団 場にて釣りをしているとい 総半島や伊豆等の漁港や磯 表現をしてはいますが、房 系を理解する」と遠回しな 「釣りを通して海洋の生態 る団体です。 ています。 きたいと考え に参加してい 釣りの大会等 催されている して外房や東京湾などで開 拡大し、定期的な活動、そ います。将来的には規模を から不定期な活動になって どで、下級生が少ない現状 兼部している会員がほとん 現在は他の部活や同好会と 分もあるかとは思います。 上げます。 ひともよろしくお願い申し 皆様方のご支援のほど、ぜ きますよう、OB・OGの 欲しいと設立しました。 しでも多くの学生に知って 然や人との触れ合いを、少 つい忘れてしまいがちな自 計 日曜日に西千葉キャンパス 一風変わった同好会です。 代表 医学部4年 荒木 貴裕 名で活動しています。 学部8人、看護学部3人の しているのか伝わらない部 の陸上競技場にて行ってお 人が入賞することが出来ま 活動内容としては、その季 境を最大限に生かしていま い練習の中でも恵まれた環 用させてもらって、数少な の際にはそちらの器具も利 ともあり、西千葉での練習 上競技部を兼部しているこ 数近くの部員が体育会の陸 ます。我々陸上競技選手は にも代えがたいものがあり 打ち破った瞬間の喜びは何 すが、自分が過去の自分を 録にもものすごく興奮しま ウサイン・ボルトの世界記 間の爽快感です。もちろん ば、自己ベストを出した瞬 陸上競技の醍醐味と言え る方々との触れ合いなど活 調理して食べる、漁港にい のです。実際に釣った魚を に千葉を出発するというも かけて) 、明け方到着を目安 し(主に東京湾から外房に その時期に適した漁場を探 節に応じて旬の魚を決め、 した。当時釣 3年生の夏で めたのは大学 私が釣りを始 いと思います。 ていただきた ついて書かせ のきっかけに 最後に発足 今後潮汐研究会が長く続 り、試合前などは更に平日 した。 す。走るだけでなく、ウエ 動内容としてはアウトドア いています。自分を含め半 に青葉の森の競技場にも赴 10 20 イトトレーニングをはじめ、 その瞬間のために日々練習 11 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (23) 課外活動団体 ①五箇山 同窓会賛助金 200,000 会場費 10 橋本 英明 昭45 ①舞踏会 ②殿下のエスコート ③午後の散歩 ④クロイツエル・ソナタ 会員出品料 11名 330,000 案内状印刷・通信用品等 11 神山 英明 昭22 ①人形とサキソフォン 作品の感想と近況を親しく 昭38 お話しいただきました。 月5日 新たに出品を希望される 芳名録記帳来廊者は 名で、 切望して会を終了しました。 9 宮下 久夫 来年は、第 回展にあた ります。平成 年 同、同窓会からのご援助感 方は、ギャラリー向日葵の 484,000 合 計 昭36 52,000 8 川村 孝子 ①バレリーナS嬢 ②ドナウの曲がり角(ハン ガリー) ③模写:ヴェラスケス:「鏡を見るヴ ィーナス」 ④八ヶ岳高原にて 会 員 か ら 回ゐのはな 美 術 展 開 催 日まで開催を予 謝申し上げるとともに、是 平成 年9月 昨年より少し減りました。 斉藤誠一氏までご連絡をお 第 より 月 島田 哲男 ︵昭 ︶ 非新たに参加されます方を 定しております。出品者一 めか低調となり、会期中の り 月5日(日)まで、例 月4日(土)午後、会 432,000 ①モンマルトル ②静物 ③アルルのはね橋 ①自画像 柔道部OB会主催 田邊政裕教授退職祝賀会 )、 高橋敏信(昭 )、氷見寿治 (昭 )、鳩貝文彦(昭 (昭 ) 、丸山浩(昭 ) 、磯 野史朗(昭 ) 、伊藤桂(平 者の半数がそのまま参加し 3)、渡邉博幸(平4) 、山 公 彦( 平 3)、 白 鳥 享( 平 元)、大渕徹(平2) 、草塩 話に花をかせました。出席 史朗 (昭 ) 柔道部OB会主催で、総合 口 和 也( 平 7) 、鈴木修一 柔道部顧問 磯野 49 者は、田邊政裕(昭 ) 、坂 )の教 柔道部員であった田邊教授 ) 、花 田早苗(昭 )、鎗田努(昭 (平9)、沖野晋一(平 )、 ) 、田沢洋一(昭 )、葛西孝美(平 )、 堀部大輔(平 )、花岡大資 )、 )、 大 田 光 俊 )、大迫鑑顕(平 ) 、 藤 川 陽( 平 輪孝雄(昭 ) 、石場俊太郎 (平 林 謙 治( 昭 金丸良平(昭 ) 、浅井隆善 ) 、佐藤展將(昭 した。 ) 、 横山弘典(医学部4年)で ) 、 山 森 秀 夫 (平 千葉大学医学部在籍時より (昭 ) 、渡辺義二(昭 (京成ホテルミラマーレ)。 授退職祝賀会を行いました 政裕名誉教授(昭 日(土)に医学部 5₉ 医療教育研修センター田邊 6月 49 58 10 15 25 44 日(月)よ 年通り銀座ギャラリー向日 場に石井、川村、宮下、吉 26年度支出 昭40 昭40 52 59 11 16 41 年 (昭 間柔道部顧問を務められま は、教授就任後から約 した。参加者全員から田邊 教授への感謝とともに、各 自の現状報告や現役時代の エピソードなどが披露され ました。田邊教授には、記 念として御自身が中心とな って作成した『獅胆鷹目行 以女手』を表す千葉医学の ロゴマークを刻んだペアグ 年 ラスが贈られました。武道 離れが進む中、創設約 の伝統ある柔道部も現役柔 道部員が2名となりました が、参加した 名のOBか メッセージも送られました。 参加者の約半数が平成卒の OBであったことは、今後 の部活動活性化への良い兆 しでした。あっという間に 予定時間が過ぎ、記念写真 撮影後に近くの居酒屋で二 次会となりましたが、出席 45 第 回ゐのはな美術展は、 終日は台風接近の大雨のた 出品者は表の通りです。 49 45 48 葵にて開催いたしました。 0061東京都 先生と私出品者が三々五々 (〒104─ 願いします。 初めて平成卒業の先生をお お集まりになり、夕刻近く 平成26年10月10日現在 6 野口 眞利 7 吉川 広和 55 15 18 34 45 46 49 初出品は吉田克彦先生です。 川、野口、橋本、榎本、各 迎えいたしました。 ①航海 ①兎と向日葵 ②花束 ③果物 中央区銀座5─ 9─ 2F 3573─1 ℡& :03─ 平4 昭26 680) 4 吉田 克彦 5 伊東 進 の銀座アスターに懇親会の ①オランダ風衣装の女 ②或る日の海辺の風景 ③薔薇の花 席を移してそれぞれの出品 昭26 47 41 会期初めは天気にめぐま 3 石井 邦夫 49 10 昭47 13 2 榎本 貴夫 15 90 29 21 らは、柔道部再生への熱い 32 10 10 れ来廊者好調でしたが、最 第39回 ゐのはな美術展 出品作品 530,000 27 40 ①裸婦 ②裸婦 ③津軽海峡 ①兵馬俑-西安- ②鳴子温泉峡 ③コッソウォール-英国- 26年度会計報告 11 昭41 1 島田 哲男 26年度収入 39 26 39 10 Fax 作 品 卒業年 氏 名 合 計 ◎不出品者 石谷治彦・関根博・柴﨑晃(順不同) 87 写真右から 前列:吉川広和、宮下久夫、石井邦夫、川村孝子 後列:榎本貴夫、野口眞利、島田哲男、橋本英明 会 員 か ら (24) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 マルタ ・ ロ ー マ ・ ナ ポ リ 医学史を巡る旅 千葉大学教育学部基礎医科学 杉田 克生 (昭 ) 報で案内させていただいた 今年秋にはオンライン会 ご参加いただき、医学史へ を扱うように慎重に個別解 については物質の『分子』 そこに含まれる多元的要素 代医学史歴訪」に旅立った。 昨年は「ドイツ、チェコ近 会報の取材協力もいただき、 ゐのはな同窓会オンライン 願わくば会員の先生方にも と願う次第である。さらに 平成 大学院医学薬学府 年度 月入学者 [遺伝子制御学] 竹村亮 人 事 異 動 関根 章博 京大 院医学研究科特定 教授より 准教授 麻酔科学 石川 輝彦(昭 ) 附属病院講師より 講師 呼吸器外科 岩田 剛和(平 ) 医学研究院助教より 附属病院冠動脈疾患治療部 同部助教より 藤本善英(平5) 越山久美子 大西 洋(昭 ) (同准教授より) 放射線医学講座 山梨大学 他大学教授就任 [司法精神保健学特論] KRISHNAMURTHY SAKTHISRI [神経内科学] 人の病院などを訪れ、西洋 想的・文化的基盤に思いを (写真)、ナポリの不治の病 の〝俯瞰した視点〟を美味 医学の〝思想的・文化的基 如く、 「マルタ・ローマ・ナ 盤〟を知るべく見聞に努め ポリ医学史を巡る旅」を実 致すことなく、技術的な導 た。近くオンライン会報で 末廣健一 [細胞治療内科学] に、歴史を知るとは「古の 入・模倣に終始した」とす 閲覧できる予定である。ま 網野寛 [麻酔学] 手ぶり口ぶりが、見えたり べきと考えるからである。 像上の経験をいう」とある。 るポンペの批判を常に心す 聞こえたりするような、想 それを大義名分にして、西 た来年秋にはスペイン医学 しいワインを飲みながら語 ある事象が起きた過去と、 洋の文化的基盤の一部でも の歴史を学びたいと計画中 施した。マルタの聖ヨハネ 我々の記憶や知識で特徴づ 知るべく、各地の医学史を だ が、 会 員 の 先 生 方 か ら り合いたいと思うところで けられる現在との間に、時 巡る旅をしている。以前は 種々ご教示をいただければ 騎士団病院、ローマのサン・ 間の流れだけではなく何ら 全国公私病院連盟主催の医 教授 澁谷修一 [分子腫瘍生物学] かの因果関係や想像上の経 学史を巡る旅に参加してい 篠原彩子、孫慶淑 [分子ウイルス学] 験が想起されてくる。これ たが、その際は、ゐのはな 分子生体制御学 ある。 は時間の長短は別にして、 同窓会の諸先輩とも同行さ 幡野 雅彦(昭 ) 予防医学センター スピリト病院医学博物館 医師が患者を診療する際必 せていただいた。その後計 際に、 「それを生み出した思 ず働かせている脳機能であ 画が一時途絶えてしまった り、その意味では医師は誰 析すると同時に、全体模型 その際には、ゐのはな同窓 サン・スピリト病院医学博物館内観 岩沢勇也 [公衆衛生学] もが歴史家である。さらに が、昨年から同好の先生方 を俯瞰する視点を併せもつ 会の先生方から現地の関係 おいて成り立つものであり、 が参集して再開している。 必要がある」 (山内昌之「歴 者をご紹介ならびに多くの 訪れたベルリン医学史博物 史は何か」PHP文庫)と 館や病理学研究所などは動 情報もいただいたことには、 筆者は大学の講義や講演 画でオンライン会報に紹介 深く感謝致する所である。 の際に、可能な限り新知見 されているので、ご覧いた の指摘は、まさに医学も然 に至った経過を話すことに だきたい。 りというところである。 している。それは明治時代 10 郭書翰 [分子病態解析学] 26 「歴史とは混淆性や全体性に 文芸評論家小林秀雄の言 54 に西洋の学芸を取り入れる 57 63 11 63 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 人事異動 (25) 会 員 か ら 千葉大学 医 学 部 附 属 病 院 歯科・顎・口腔外科紹介 医学研究院口腔科学 教授 沢秀樹が主催させて頂いて か、平成9年からは私、丹 といっても過言ではないな の方々は口腔外科の創始者 されました。歴代の指導者 頃より格別なご高配を頂き 携構築におきましては、日 における円滑な医科歯科連 葉大学病院および関連病院 最後になりましたが、千 す。 ますようお願い申し上げま す。今後ともご暑誼を賜り 心より厚く御礼申し上げま 昭和6年からは、本学出身 は佐藤伊吉先生のご子息で 私の恩師の佐藤研一先生 虎男先生が着任されました。 おります。 おける口腔外科学教室の草 の佐藤伊吉先生が着任し、 同窓会員著書の紹介 ホアン・G・ローダラー(著) 髙野光司(昭 ) 、安藤四一 共訳 当され、その後、東京医科 る経緯がありました。大正 則的な診療科に格下げにな まざまな事情から単なる変 の際に私たちの教室は、さ 医科大学となりました。そ は千葉医学専門学校も千葉 医科大学に昇格となる大学 大正7年に医科専門学校は 外科の創設者であります。 お一人で、日本大学の口腔 は日本の口腔外科の開祖の り、初代の入戸野賢二先生 ぼ100年の時を刻んでお 科教室となってからは、ほ がございます。歯科口腔外 歯科が設置されている記録 外科部門に皮膚科とともに に遡り、明治8年には既に 学医学部の創設は明治7年 してまいりました。千葉大 腔外科学講座の設立に関係 教授退官後には東日本学園 科として認可されました。 に歯科口腔外科が正規診療 葉大学が発足し、昭和 年 年に新制の千 されたようです。第二次大 応召され、大変なご苦労を 多くの先生方も軍医として ました。佐藤先生をはじめ に第二次世界大戦がござい れました。しかも、この間 年間もの長きにわたり送ら のために、努力の日々を 葉大学歯科口腔外科学教室 誘いをお断りになられ、千 北大学からの教授就任のお 藤先生は帝国大学である東 築いてくださいました。佐 献され、今日の教室の礎を という学問領域の確立に貢 強薬、放射線治療効果増強 学初代教授となられました。 抑制薬、癌化学療法効果増 昭和 年には講座となり、 液腺細胞治療および抗菌効 東京大学分院から赴任され、 薬の臨床試験や世界初の唾 佐藤伊吉先生が新制千葉大 果のある義歯の開発も目途 を基に同定した新規癌転移 学では、蓄積されたデータ でなく、医学研究院口腔科 した歯科口腔外科診療だけ 附属病院でのQOLを考慮 全力で努力しております。 貢献すべく、教室員一同、 進医療と先端医学の推進に 現在では医学部における先 す。密な人間関係を軸に、 家庭的な医局となっていま 室ですので、結果、非常に 受けてきたという特異な教 半世紀を超える間、指導を う父子により、実質的には 吉先生、佐藤研一先生とい 教えを受けました。佐藤伊 の心得であると私は厳しく とが、教室の主催者たる者 歯科界を支える」というこ 腔外科の伝統を継承しつつ、 1は訳書初版発行以後のも 文献は200、その3分の (2008年)における引用 書のなかった証拠。第4版 本において比較するべき良 紀に及ぶロングセラーは日 友社より出版。3分の1世 により1979年に音楽之 の日本語訳は二人の同訳者 ルトガル語訳あり。第二版 ドイツ語、スペイン語、ポ 出てこないが対数への理解 要。 」と著者。微積分の式は よりも音楽的センスが必 いが、音符の基礎知識と何 る。物理学は高卒程度でよ 白。 「数式はできるだけさけ 内容は本の題名により明 神戸大学大学院数授だった 宇宙学者である。 し今や押しも押されもせぬ に就任。NASAにも関係 一が所長だったこともある) はオーロラ研究の赤祖父俊 究所の所長(この研究所長 なアラスカの地球物理学研 7年、今度は世界的に有名 そのまた約 年後、197 スが本書のもととなった。 は広く読まれているらしい。 物理」を開講、そのシラバ 程度は必要。米国、英国で が、学校教育は、中学卒の 全学部学生対象の「音楽の 教授に招聘され、本職外に 授。デンバー大学の物理学 後同大学で 年間物理学教 アイレス大学で理学博士。 ゼンチンで育ち。ブエノス マで生まれ、ウィン、アル 著者ローダラーは、ロー 昭和 年、堀越達郎先生が れました。昭和 年には中村平蔵先生が担 戦後、昭和 歯科大学教授となり、口腔 大学歯学部(現在の北海道 が立っており、早期の実現 の。とは言っても、入門書 年に 外科の中心人物になられま 医療大学)の創設に関与さ として格別よくなったとは に東京大学医学部教授、同 といっても言い過ぎではな のが翻訳より苦労だった、 新しくなったところを探す は、始めから終わりまで、 33 訳者のひとり安藤四一は、 い。 10 10 24 40 33 令が施行され、大正 した。昭和2年からは、後 を目指して日々研究を行っ 髙野 光司(昭 ) 思われない。筆者にとって 音楽の友社 定価四、八六〇円(税込) 新版﹁音楽の科学﹂ 音楽の物理学、精神物理学入門 33 年からは を輩出し、幾つかの大学口 「口腔外科学」、「口腔科学」 したので、 「千葉大学歯科口 分けとして、多くの指導者 私たちの教室は医学部に 丹 沢 秀 樹 (昭 ) 57 ております。 37 41 12 佐藤研一先生が教授に昇格 14 附属病院長になられた金森 54 会 員 か ら (26) 著書紹介 ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 ンゲン大学の無響室で得ら 学博士号を得た。ゲッティ みなのに早稲田大学から工 ディスにパイプオルガン演 ィンゲン留学時に、イェン 著者ローダラーはゲッテ ですが、共通しているのは、 れました。悩みは多種多様 の方が多数当センターを訪 抱えた患者さんやその家族 ないのです。 すぐさま「がん=死」では んには様々な過程があり、 ぶには 3.自分に合った治療を選 4.治療での不安、不満、 不信に対処するには 5.QOLを重視した人生 生坂先生の序文にも、 「現 むようにどこから見ても楽 在の医療環境の変化を考え しめる。 ストタレントなどとの討論 著名医師が実際の症例をド を経ながら、再度再現ドラ ラマで再現し、研修医がゲ マと2回目の討論後に病名 る と、 総 合 診 療 医 も comだけでなく、診 mon disease を絞り込み、最後に正解と 解説が発表されるという流 断のあたりがつくまでは稀 を送るには 是非お読み戴き、がん診療 能性が高く、経験したこと な疾患を含めて外来でのワ のない疾患にも迫れるだけ ークアップを期待される可 回か拝見したが、この本は 坂先生の登場した番組を何 まさにそのドクターGのダ の推論能力を身につけてお く必要がある。 」と記されて イジェスト版で、人を引き のお役にたてれば幸甚です。 れの番組である。私も、生 生坂 政臣(鳥取大・昭 )著 2.どんな治療をするのか か 1.なぜがんは再発するの されています。 この本は5つの章で構成 奏を習っているし、二人の クを受け、直ちに死を考え 翻訳者は時期こそ異なるが、 がんと言われた時にショッ どの様に対応したらよいの れた両耳相関度から発展し ォン・フンボルト財団研究 響学の世界的権威となった。 ともにアレキサンダー・フ て、コンサートホールの音 計測と計算によって、和大 れている状態です。 か全く分からず、途方に暮 研究した。時々世界のどこ 鼓は森で演奏するのが良い、 生としてゲッティンゲンで そのようながん患者さん という安藤の論義は、世界 の相談の事例をもとに本を 外来診療の Uncommon disease 説明と各2ページにまとめ 現症・現病歴・最終診断・ ある。であれば、この 臨床医の末席を汚す一員で うなかかりつけ医も、総合 これは、大変だ。私のよ いる。 り面白いので、読み出すと られているので、たった5 は、是非 common disease 机の上にいつも置いてブラ つけて放さない。その理由 日本医事新報社 定価四、七五二円(税込) 中村 眞人(昭 ) は、 の症例が網羅されて では死なないというのは理 止まらない。且つ、非常に 分の隙間時間にも読める。 いるにも関わらず、簡潔に 解できないと思います。し 為になる。皆さんも、是非 そして、一つの病気を知る 始めました。患者さんの声 わけではないことに気づき 療が最善の結果をもたらす ら、医師が考える最前の治 歳頃か 着く。各駅に停車する場合 かが起きるとどこかの駅に がんという電車に乗り、何 との間にはさまざまな過程 がんになってもがんと死 」を読 Uncommon disease その後、この「外来診療の われた李鴻章を助けたお礼 下関条約締結時に暴漢に襲 第三代堂主・佐藤進先生が 先日ある先輩に、順天堂 ドクターG」というNHK でのご活躍は、 「総合診療医 贈られたという話を聞いた。 いた本の装丁の素晴らしい 「妙手回春」という書を 乗った旅にたとえています。 に、 があります。それを電車に んで、まさに生坂先生が現 の本を購入した。次の日届 のワンクリックで生坂先生 宅に戻ると直ぐにアマゾン こもった推奨の言葉に、自 挨拶は初めて。会長の熱の なって7年間、このような ちょうど短編推理小説を読 症例一症例の内容が濃く、 かさばらない。さらに、一 も、薄くカバンに入れても に、妙手回春である。しか たような気分になる。まさ ことで、自分が名医になっ とを保証する。 ブラッシュアップされるこ な気分になり、日常診療が である。読むと非常に爽快 する全ての医師が読むべき ば。この本は、外来診療を ッシュアップを図らなけれ Un- かし、この本でがんに不安 是非読んで頂きたい」との に耳を傾けているようで、 代の妙手回春ではないかと でした。ところが 外にも、生坂先生の各方面 電話(043) 202⊖3750 FAX(043) 202⊖3753 e-mail:[email protected] てもらいたいのです。 実は聞き入れていなかった もあれば、途中から路線が 医師会理事会の会長挨拶は、 G 」 で は、 「ドクターG 〟 」と呼ばれる現役 General 事務局 ることに疑問を持ちません 業、1年間のインターン研 分かれていて電車を乗り換 の人気テレビ番組でのご活 躍で皆様ご存じだと思う。 思った。 ところで、何故生坂先生 えることもあり得ます。大 ここで、ご存じない諸兄 事なのは駅に停車したら、 の為に簡単に解説しておき どを抱き、どう対応すれば の本に出会ったのか。今年 よいのか分からずに悩んで の9月9日火曜日午後7時 年間に数 その時起こっていることを いるがん患者さんの支えに きちんと把握して適切に対 なる相談所(がん総合相談 たい。 「総合診療医ドクター 勤務しました。そして定年 退職するまでの 多くのがん患者さんを診て 分、私の所属する千葉市 処できれば、また電車は走 ることが期待できます。が 「大変面白い本がある。あま 〝 りだし穏やかな日々が訪れ センター)を平成 年に開 設しました。 30 きました。 その当時は医師側の倫理 に則って、過去のデータか これまでにがんの悩みを 個人情報保護法のため、 移動先が把握しにくくな っております。 ご協力くださいますよ うお願いいたします。 60 12 38 ら割り出した生存率や余命 住所変更・勤務先変更 された方は同窓会事務局 までご連絡ください。 こと。大学での日常診療以 修を経て国立がんセンター 現実に気が付いたのです。 松江 寛人(昭 ) がんになっても直ちに死で を患者に当てはめ治療をす はないということを理解し 話で始まった。私が理事に と考えている人には、がん い」としました。がん=死 イトルを「がんでは死なな 出版しました。本のサブタ は、美しいゲッティンゲン と音楽である。 的に有名な和太鼓の演奏を、 かで出会う三者を結ぶもの サントリー・ホールで聴い て、ただうるさいと感じた )著 筆者にもよくうなずけた。 松江寛人(昭 54 を感じ悩んでいる人たちに、 71 60 そして不安、不満、不信な 年に大学を卒 37 ー)病院の放射線診療部に 私は昭和 保健同人社 定価一、五〇〇円(税抜) がんでは死なない 再発をのりきる 37 ( 現・ 国 立 が ん 研 究 セ ン タ 37 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (27) 著 書 紹 介 雑 文 雑 談 ある老学徒の手記 年(1886) 『東京人類 の最初の調査報告は、明治 山武・長柄地方の横穴群 単なる伝説とは言い切れな いう。コロポックグルも、 現世人類と共存していたと 文を発表している。本邦に 海外の調査に同行して、論 龍蔵の夫人キミも、度々 学雑誌九号』に掲載された。 いのかもしれない。 年(1892)に、 本納(現茂原市)を旅行し 明治 た龍蔵が、この横穴群に触 伝(岩波文庫)の標題であ 身校千葉医学専門学校々歌 している。万年は本学の前 上田万年の言語学も聴講 の調査を行っている。台湾 龍蔵は、台湾でも原住民 設立した。所員は家族であ して、鳥居人類学研究所を 924)東京帝国大学を辞 生理学も学んだ。 の聴講生となり、組織学・ 石 出 猛 史 (昭 ) 人類学考古学者鳥居龍蔵 る。龍蔵は主に石器時代を の校閲を行っている。龍蔵 遣されて、インカ帝国の遺 からの渡来人とされている。 る。その後も外務省から派 の原住民は、インドネシア 跡の調査を行ったり、度々 (1870─ 1953)の自 研究領域として、千島・樺 は、独語・露語・蒙古語・ 原住民の一部族ツオー蕃か おける最初の女性考古学者 太・シベリア・遼東半島・ アイヌ語などに通じ、主要 ら採取した話として、かつ とされている。大正 年(1 満州・モンゴル・西南中国・ な論文は仏語で発表してい れていないのは、奇異な印 台湾・沖縄などの極東を中 る。選攻した研究に、必要 象がある。 東京帝国大学文学博士。 助教授で人類学教室を主宰 していく姿がうかがえる。 け出し、貪欲に知識を吸収 と思われる学問領域を見つ 小屋に住み、森林の樹から 族について触れている。穴 て居住していたという小人 53)没。享年八十二歳。 っている。昭和 満州・中国での調査に携わ ルは、旺盛な学習意欲と、 佐訳 NHK出版)を読む と龍蔵とアンリ・ファーブ った。後に両親と兄を連れ 的に遺跡調査の報告会を行 調べ仲間」を創立し、定期 域の長生・夷隅地区に密集 かけて、一宮川・夷隅川流 流域、鋸南町から和田町に われている。富津市の湊川 る横穴墓は、約四千基とい 千葉県内で見つかってい た。1万3千年程前まで、 フロレシエンスと命名され と同じホモ族に属し、ホモ 育んでいくものなのだろう。 れるものではなく、自分で ľ\Ŀ Ѽĭĸ º ĹŁĹ SºSøº ĹŁĹ fºĸÛĥÝSžºÿ Ὰ 0120-533-057 心に、調査研究を行った。 した。学歴はない。旧阿波 アとインドネシアの合同調 熱心な研究態度という点で、 年(19 藩時代から続く、徳島の裕 樹を駆け廻っていた。当時 時代の明治 年(1887) 、 まだその住居跡が残ってい 坪井正五郎は、大学院生 尋常小学校中退である。学 福な煙草問屋に生まれたが、 著『ファー Martin Auer ブルの庭』 (原題 Ich aber 渡辺広 erforshe des Leben 査隊が、インドネシア領フ 共通した資質を持っている。 2003年オーストラリ たという。 イヌ伝説上の小人族コロポ ローレス島のリアン・ブア 埼玉県吉見の横穴群(吉見 以後自宅で、高等小学校・ 洞窟で、身長1m程の女性 創造性というのは、教育さ の百穴)の調査を行い、ア 中学校までの課程を修学し ックグル(コロ=蕗 ポッ ク=下 グル=人)の住居 として報告した。現在は古 の骨を発見した。現生人類 校を立身保障の場とみなし 入会し、後の帝国大学人類 墳時代の横穴式墳墓とされ たためという。 学教室初代教授坪井正五郎 ている。 て上京し、正五郎の人類学 している。長生郡長柄町徳 歳で「徳島人類学取り 教室に、標本整理係として た。 歳で東京人類学会に の知遇を得る。 任用された。独自にカリキ 増の横穴古墳(徳増横穴群 $ $ 25 ュラムを作り、師の正五郎 å¯]«³ğ4¯]«5ĕêÚĮ4ı@3À(Ğ)*-ĺĻ3åcġ¤âľå;=Ć ŀĿ4 Į&< ´¨*-ôÃnóľ ¯ ¡ Á´¨Ŀ@ĺĻ~¯Sq*-940į15í2=7+2%¯]«5}úÖ SĩĂS ćÈĀ%;6Ġ¤âSİÌSËċ5Vħñë7-5ąët*/%=7+7-ÐÏ5ã4ă4äÞ@ö+â05"=7 ,Aý¼3¯]«ù£35¯Ĭ*/%=7,AÕú5Vħ¿32>~'"=7+FBQ:}úħÈ3.(7*/ 5į4ĝSĎĀ4ē$¸'í2>~'"=7+7-a©¿32>~'"=7+ %#~?,5MOCHûÜd{ěàj $ "% !""# !# ķ·îĐ 13 28 + -.,. 19 に頼んで、地質学・動物学・ 解剖学・発生学・古生物学 .-* + $& 52 県史跡)は見学すること が出来る。 16 18 MOCHûÜd{]âeÒĒ±ĸ wďòwďûÜvd{ Wð bĵìĶ _ģĸļĽĊØċûÜ ijªÙ oĊ°µĸ °ĵb3Ăæ^s °Ķě°µĸÆÓĤS ĔÔĸīāERDPTGĤ Į¤ĵ¤ĄàßX5 X ĮSY Į¤Ķ¶ıüĸ Uè Ģ ĸ ÿV ú[ Ĵ h è ĭz = ĸ S Âıüĸ UŁ UGOR DQTNıü8JQEITıüĸ UŁ UQTLJQEITıüĸ UŁ Uk]¼Äĸ ¯ ¡ ÁY»Ă槮ĸ vo±ÂČl0ĂæĈ~ĉ¯©ĦSĂæÑs 5Ăæg÷3Ė]¤Ąõęì|ĸÿ ½y xg | ¯ 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Ê`Ĩ·vđ· ·ĪÉKQ¹ĸ· ºÇ¤ĘÍ¥g÷ĘĕSĂæĸ¬uSĘjĘĕĂ æÍ¥g÷ þéĘĕÓĤĘĕĂæ·ºÇ¤Ę Í¥g÷ě]¼Äĸ ¯ ¡ ÁY»Ç âe5V²*/ě+>&op*/ě+>&Æ 0+ėğ4ÂıüĀ5l°3*/4940 +ě°µĀ4Æõħo3.(7*/5Ç¢ ¼3Đö#-*7+ 20 雑 文 雑 談 (28) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 ()' (29) 地区ゐのはな会報 ゐ の は な 同 窓 会 報 埼玉ゐのはな会 平成26年6月 第15号 ゐ の は な ・か な が わ 平成26年8月 第25号 第 168 号 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 オンライン会報 (30) オンライン会報案内 http://www.inohana.jp/online/index.html インターネットサイトであるオンライン会報では、病院紹介、ゐのはな同窓会員が経営する病院・医院・診療所の 紹介などをしております。病院紹介番組では、病院だけでなく、病院に勤務している先生も紹介するようにしており ます。さらに、千葉県内での経営の場合、千葉日報への掲載も連動させております。オンライン会報での紹介をご希 望の会員の先生は、ゐのはな同窓会本部へお申し出ください。なお、オンライン会報での紹介番組では、可能な限り、 番組内容に関連する新聞・雑誌の記事を併設するようにしております。 一方、求人・求職では医師募集欄も掲載しております。募集広告の掲載をご希望の会員は、ご寄稿も含めてご活用 ください。また、ゐのはな同窓会員が執筆した書籍の紹介もしております。著者へのインタビューを加え、書籍の内 容をより深く理解できるように、配慮しております。すでに、発刊済みの書籍がある会員で、オンライン会報での紹 介をご希望の先生は、ゐのはな同窓会本部へお問い合わせください。 本紙面では、以上の番組例をオンライン会報のトップページより転載してお示しします。どうぞ、ヤフーやグーグ ルなどから、オンライン会報と検索して各番組の動画をご覧ください。 オンライン会報 総合目次 Windows で動画をご覧になる場合は Internet Explorer を推奨します。 Macintosh で動画をご覧になる場合はプラグインソフト「Flip4Mac」をインストールしてください。 >> ダウンロード >> インストール方法 ただし「* Mac/ スマホ対応*」があるものは、プラグイン無しでご覧になれます。 ・病院紹介 ・同窓会員経営の病院・医院・診療所の紹介 ・生涯学習講座 ・求人・求職 ・インタビュー ・国際交流 ・都道府県医師対策 病院紹介の一覧はこちら ▼ ■病院紹介 ・オンライン書庫 ・話題 ・同窓会 ・クラス会・他大学等 ・ 「ほっとひといき」ちば通信(千葉日報) ・キャンパス便り ・協賛企業からのお知らせ NEW 青梅今井病院 ・ 「みとり」を重視した医療 ・同窓会活動に期待すること ▼ ▼ 院長 上田源次郎 映像を見る 映像を見る * Mac/ スマホ対応* 千葉日報 平成25年10月31日号より転載──堂垂伸治先生(昭60) オンライン会報の取材編 集に貢献して頂ける先生を 募集しております。参画可 能な先生は、取材や編集作 業などについての詳細を同 窓会本部までお問い合わせ ください。 (31) オンライン会報 ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 ■同窓会会員経営の病院・医院・診療所の紹介 NEW 精神科医療を語る 桜並木心療医院 院長 浅野 誠 映像を見る ・精神科医療の実践歴 映像を見る ・画家・作家としての精神科医 ─医療行為は医師をも変える─ ・院内施設の紹介 その1 映像を見る 映像を見る その2 映像を見る その3 映像を見る ・展示絵画の紹介 * Mac/ スマホ対応* その人らしい生活と人生を ささえて、はや13年 クリニックふれあい早稲田 ▼ 院長 大場敏明 ▼ ・介護医療関連報道から (2013年1月〜2014年6月) ▼ ▼ ▼ ▼ * Mac/ スマホ対応* ■求人・求職 NEW 医療・介護を通じて「あんしん」と「まごころ」を届けます 東京さくら病院 管理者・院長 東海林 豊 ・東京さくら病院 ▼ 事務長 氏 建人 WEB サイト ・東京さくらメディカルケアセンター ▼ 医師募集内容(PDF 60KB) WEB サイト 医師募集内容(PDF 66KB) 地域包括医療(ケア)を継承し、更に発展させる役割を担って 国保匝瑳市民病院 (写真左より) 事業管理者・病院長 菊池紀夫 事務局長 山内保則 内科科長 海野広道 独立行政法人国立病院機構千葉医療センター 研修医 八木久子 ▼ 医師募集内容(PDF 13KB) WEB サイト ■オンライン書庫 【書籍】 掲載書籍をご覧になりたい方は同窓会本部へご連絡ください。 1. 会員著書 ・「序文」 「目次」を読む その鎮静、ほんとうに必要ですか ・がん終末期を生き抜く人の尊厳は守る‼ さくさべ坂通り診療所 ▼ NEW 映像を見る ・込み入った疼痛の理由を明かす 副院長 鈴木喜代子 ─緩和ケアの柱は、全人的ケアにある─ ▼ 院長 大岩孝司 映像を見る ・深い持続的な鎮静は安楽死 ▼ ─終末期がんの疼痛は避けることができる─ 映像を見る ・疼痛とせん妄 ▼ ─終末期ケアに伴うふたつの課題─ 映像を見る * Mac/ スマホ対応* 会 館 設 立 (32) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 (平成26年11月30日現在) 新ゐのはな同窓会館寄附者ご芳名 高額寄附者ご芳名 同窓会員 医療機関 ) 第一三共(株) 武田薬品工業(株) 田辺三菱製薬(株) 中外製薬(株) (株)ツムラ ファイザー(株) 千葉大学医学部附属病院 臨床医学研究助成会 ) ) ) ) ) ) (医)船橋整形外科病院 医学部後援会 小塙 清 同窓会員 (医)船橋整形外科病院 土屋 與之(昭 羽生富士夫(昭 (医) 志方記念三木クリニック 東船橋病院 千葉中央メディカルセンター 川鉄千葉病院 JFE (医)大平会嶺井第一病院 旭神経内科病院 100万円以上ご寄附 (敬称略) 矢野浩二朗(平 300万円以上ご寄附 同仁会 企業・法人等 財団法人 200万円以上ご寄附 企業・法人等 (株)千葉京成ホテル 鳥居薬品(株) 俊雄(昭 企業・法人等 つね(昭 谷嶋 昌義(昭 谷嶋 アステラス製薬(株) 加藤 弘毅(昭 医学部後援会 キッコーマン(株) 岩倉 医学部後援会 小太郎漢方製薬(株) 北千葉整形外科 嶺井 進(昭 伊藤 晴夫(昭 今津 曄(昭 赤井 壽紀(昭 唐澤 祥人(昭 辛 秀雄(昭 中村 陽子(昭 大西久仁彦(昭 ) ) ) ) ) ) ) ) 旭 俊臣(昭 ) 早乙女 勇(昭 ) 秋葉 哲生(昭 ) 福井 博行(昭 ) 白澤 浩(昭 ) 土屋 広明(昭 ) 角田 隆文(昭 ) 仲野 公一(昭 ) 岡本 和久(平2) 土井 茂治(平3) 小山 虎信(公衆衛生学) (株)エスアールエル エーザイ(株) エース損害保険(株) エルメッドエーザイ(株) 科研製薬(株) 大塚製薬(株) 小野薬品工業(株) (株)大塚製薬工場 化研生薬(株) SMBC日興証券(株) 赤星工業(株) 鹿島建設(株) 企業・法人等 保健施設 さかき光陽 (医)三愛記念病院 旭化成ファーマ(株) (株)北原防災 勝又自動車(株) あすか製薬(株) アストラゼネカ(株) 聖隷浜松病院 聖隷佐倉市民病院 岩渕薬品(株) (株)石渡商事 (医) 耳鼻咽喉科なかのクリニック (医) 社団明生会東葉クリニック アステラス製薬(株) 鈴村医院 (医)志方記念三木クリニック 下都賀総合病院 (医)三愛記念そが病院 (医)社団よつ葉会介護老人 (医)みはま病院 (医)習志野第一病院 (医)木下産婦人科医院 (敬称略) 埼玉県厚生連 熊谷総合病院 (医)三橋病院 寄附者ご芳名 一般個人 輝山 道和 片野 鈴枝 加藤 良二 久保田勘也 稲瀬 進藤 旭神経内科病院 聖隷横浜病院 栄研化学(株) クラシエ製薬(株) グラクソ・スミスクライン(株) 協和醗酵工業(株) エスエス製薬(株) キリンファーマ(株) 杏林製薬(株) キッセイ薬品工業(株) アルフレッサファーマ(株) キッコーマン(株) 国保旭中央病院 千葉中央メディカルセンター 医療機関 63 57 57 57 56 50 48 48 47 44 44 43 43 40 39 38 (株)ウチダ和漢薬 石井食品(株) (医)井上記念病院 (医)船橋クリニック 東船橋病院 (医)徳風会髙根病院 (医)大平会嶺井第一病院 (医)かすみクリニック 川鉄千葉病院 JFE 上都賀総合病院 37 36 35 34 29 24 11 帝人ファーマ(株) (株)ツムラ 直樹 上川床総一郎 (株)ケーヨー テルモ(株) 狩野 京葉銀行 トーアエイヨー(株) マイラン製薬(株) 京葉工管(株) (株)東葛幸文堂 持田製薬(株) 丸石製薬(株) 興和(株) 東和薬品(株) ヤマサ醤油(株) (株)ヤクルト 塚本總業(株) 小太郎漢方製薬(株) 富山化学工業(株) (株)銚子丸 (株)小山商会 千葉営業所 佐藤製薬(株) 鳥居薬品(株) クラシエ薬品(株) サノフィ・アベンティス(株) 京成建設(株) (株)ザ・マンハッタン (株)ヤンセンファーマ 東京海上日動火災保険(株) 明治製菓(株) 参天製薬(株) ニプロファーマ(株) 成田山新勝寺 わかもと製薬(株) ワイス(株) ロート製薬(株) 山崎製パン(株) (有)サン・プラニング 日本イーライリリー(株) 千葉大学医学部 日本新薬(株) 相田 英二 浅井 俊治 新井 英雄 有里 敬代 飯田 義三 井窪 保彦 池田 裕介 石田 和弘 和泉みどり 井上 憲二 岩花久仁子 大橋 茂 大庭 恵 尾形新一郎 奥山 広明 小谷野 信 誠 清 片岡 加藤 平山 敏雄 廣瀬 俊夫 藤井 康史 藤田 邦臣 堀江 利彦 松岡 才二 松村 雅生 宮本 績輔 村井 健二 森口 毅 雄一 山田 小関 洋男 小塙 清 齊木 教朗 櫻井 茂 佐藤 恒明 鈴木 壽郎 杉浦 英一 高浦 和彦 高橋 恒雄 田島 啓二 田中 清七 坪井 良眞 富永 庸平 豊田 浩史 中川 康 中田 徹亮 奈良 謙司 林 英一 日野修一郎 マルホ(株) 菊池 敏美 丸万壽司 北爪 秀政 三井ガーデンホテル千葉 工藤 琢也 三井住友海上火災保険(株) 蔵田 昌子 (株)ミノファーゲン製薬 黒川 道徳 小曽根卓朗 (株)サラト 財団法人 同仁会 (株)ナリコー (株)サンリツ 日本化薬(株) 沢井製薬(株) (株)三和化学研究所 日本ケミファ(株) 日本製薬(株) 相原 教之 赤倉功一郎 附属病院臨床医学研究助成会 (株)志学書店 シェリング・プラウ(株) 日本臓器製薬(株) 塩野義製薬(株) 日本たばこ産業(株) 医学部後援会 白鳥製薬(株) 日本ベーリンガーインゲルハイム(株) 安達 哲夫 ノバルティスファーマ(株) 荒木 拓次 バイエル薬品(株) 飯田 豊 (株)パイオニア 飯野 秀也 萬有製薬(株) 池内 英男 ファイザー(株) 石神 博昭 石山礼美子 東日本旅客鉄道(株)千葉支社 菅原工芸硝子(株) ゼリア新薬工業(株) (株)正文社 第一三共(株) 大正製薬(株) 大日本住友製薬(株) 大鵬薬品工業(株) タカイ医科工業(株) ホテルニューオータニ幕張 武田バイオ開発センター(株) 富士タクシー(株) 伊東 龍也 武田薬品工業(株) (株)富士フィルムメディカル 井福 正博 田辺三菱製薬(株) 扶桑薬品工業(株) 海村 昌和 (株)千葉銀行 ブリストル・マイヤーズ(株) 太田 昌男 (株)千葉京成ホテル 古谷乳業(株) 緒方 一 千葉中央会計事務所 ボーソー油脂(株) 岡本 弘子 千葉日産自動車(株) (株)ほてい家 小野 文雄 (株)千葉薬品 ホテルグリーンタワー幕張 笠間 昭彦 勝俣 賢二 中外製薬(株) 山本 幸一 吉井 仁実 吉澤 尚嗣 若松 英彦 和田 正英 医学部後援会 環境影響生化学 敏和 神経生物学 鈴木 山口 淳 薬理学 坂下 育美 発生生物学 信康 明人 綾子 病理部 徹 谷澤 馬杉 与儀 実久 吉岡 雅之 与芝 真彰 脇田 正実 渡邉 修 武一 久保 優子 室山 充時 地野 和範 計良 循環型地域医療連携システム学 久永 関矢 先端和漢診療学寄附講座 石井伊都子 仲村 将高 放射線医学 細川 裕之 岩村 千秋 山下 政克 救急集中治療医学 川内 大輔 免疫発生学 吉田 医学部教職員等 鵜澤 渡邉 彦憲 鈴木 直基 佐々木宣明 國府田幸夫 石谷 治彦 君島善次郎 昭 鈴木 東洋 橋本 眞 水沼 三郎 渡辺 兼司 梅沢 亮 大平 馨 香取 郁雄 佐藤希志雄 専 窪谷 満雄 多賀谷 譲 西堀 乙彦 藤崎 滋 宮崎 隆次 板垣 修造 伊東 和人 海老原恒雄 昭 信藤 羊一 茂又 真祐 家本 誠一 神山 英明 千田喜久雄 昭 新井 正 大磯 英雄 国井 光智 佐藤 壹三 萩野 裕 本間 三郎 壽 昭 横江 康夫 寛 森島 猪二 西澤英三郎 藤江 寛忠 梶山 豊 竹蓋荘一郎 山﨑 康弘 隆 来仙 北澤 幸夫 野際 英雄 川島 恂二 近内 康夫 渡邊 昌平 久保田亨一 村島 正博 堀江 千葉大医・旧助手会 博夫 英夫 芳樹 事務部 薬丸比呂志 昭 倉田 昭 賢次 浦野 下山 孝平 正冬 橋本 水間 専 吉田 昭 朝倉 忠孝 佐藤 進一 田中 進 専 川辺 敏 悦朗 山田 井出源四郎 衛 義人 平形 池 二郎 山崎 衛 昭 長田 浩 草間 隆 尚 横地 専 浩 今島 同窓会員 田中 洋 昭 ⑫ 昭 清水 富雄 川田 哲也 細胞分子医学 昭 宮城 聡 臨床分子生物学 清水 金子 浩一 川端 基彦 岸野 光広 木下 富夫 熊谷 武久 栗原 俊夫 甲田 伸也 後藤 喜章 小西 敏郎 小林 洋一 酒井 雄一 佐藤 千鶴 下平 坦 須賀 秀晃 泉水 卓 高橋 修 竹本 勝己 橘 稔 塚田 俊行 遠山 高葊 豊田 弘 永井 玉枝 中川 洋一 名倉謙二郎 武川 寛樹 総合診療部 専 政高 西織 哲大 東ヶ崎邦夫 大平 善之 薬剤部 平賀 幸弘 広沢 邦浩 福元 廣次 藤川 卓哉 堀井 宏志 前田 雅治 松田 一男 三田 信明 武藤大二郎 好則 森 豊 八木 毅典 山田 21 22 23 23 24 15 16 16 17 17 18 18 19 19 20 20 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (33) 会 館 設 立 石原 眞 郡山 春男 齋藤 豊一 中島 浩二 古江 増蔵 三宅 和夫 勝呂 安 石郷岡 寛 清水 健三 新田 実男 福島 渓二 鷲田 一博 一色 重義 上野 高次 九島 璋二 斉藤 嘉一 奈良 四郎 眞 裕 平岡 前田 寛 大野 信次 柿栖 米夫 斎川 俊一 三瓶 善康 竹内 盈 中山 重男 宮入 繁夫 和田 大林 泰 木村 康 小林 準三 鈴木 文男 高野 俊男 田中 光 土屋 與之 中島 令一 永瀬 治彦 長澤 仁一 福永 和雄 専 伊佐 博夫 石井 貞一 植草富二郎 大橋 平治 奥野 文雄 河野 正賢 下坂正次郎 土田 功一 中村 彰 中村 精男 久安 徹 南谷 幹夫 山口 寅三 藤 恒好 昭 池田佐嘉衛 越後貫 誠 葛田 瑞世 専 相磯 敬明 石毛 義治 円城寺 栄 河崎 明彦 木内 達弥 嶋田 勉 高木 美典 中澤 甫計 中野 正義 中村 裕 畑 徹 宮内謙二郎 渡邉 良彦 岡田 宏一 神山 一郎 霜島 正雄 鈴木 一郎 德政 義和 中村 瞭 幡野 永由 福山 正臣 山川 晋吾 山本 惇 中村 和之 長崎 邦泰 菱木 達明 武藤 滋 月岡 道雄 寺島東洋三 青木 宣昭 市川 邦男 粕谷 秀雄 神原 昌言 島田 光重 下野 武 竹之内 弘 中田 秀明 長嶋 晟 奈良林 定 船曳 甫 森川 二郎 稲田 正實 佐久間光史 石井 克巳 石川 哲也 太田廣三郎 山﨑 義人 渡辺 武夫 昭 阿部 定生 伊藤 進 大倉 淳男 四家正一郎 土手内守人 細田 裕 大和 渡部 士郎 専 大沢 弘和 津村 澄雄 平川 達 昭 阿部 忠夫 有馬 忠正 大濱 博利 小沢 昭司 櫻井 稔 住吉 孝男 高見澤裕吉 原 恒男 武宮 三三 中野 清幸 鍋谷 欣市 藤田龍五郎 三橋 慎一 渡辺 武 専 石橋 源三 壬生倉 勝 昭 青木太三郎 阿部田辰一 上野 正和 奥井 勝二 横山 宏 石井 邦夫 糸井 久雄 久我 哲郎 武井 稔 西宮 脩 柳澤 文憲 吉田 敏郎 小関 芳昌 内藤 和穗 亘敬 森 有田 文章 井上 幸万 小川源太郎 礒垣 弘 河目 堯介 黄田 照光 荘司 榮徳 橋爪 壮 関口 和夫 得本 真義 長崎 進 広田 和俊 本間 康正 渡辺 勲 秋山 龍男 石川 佳夫 梅澤 英正 小田 博之 小幡 裕 金子 敏郎 川邊 兼美 熊谷 信夫 小山隆一郎 柴﨑 晃 鈴木 正剛 平林 健六 塚本 勉 戸賀崎義洽 長谷川正博 古川 英政 松本 龍二 山下 泰徳 吉田 道 若杉幹太郎 昭 荒木 晃 大藤 正雄 鹿山 德男 佐藤 忠夫 柴田千葉男 冨岡 清海 中野 繰一 長谷川 透 福島 通夫 和田 房治 昭 青木 昭治 浅見 敦 新井多喜男 伊谷 昭幸 岩井 忠志 片山 喬 貴家 昭而 小林 茂 後藤 澄夫 指田 和明 恭二 達哉 典男 加藤 一雄 唐木 清一 窪田 靖夫 小澁 雅亮 澤田 勤也 清水 惟義 鈴木 正巳 武市 亨 寺嶋 克郎 成田 光陽 平田 正雄 本位田泰介 森山 山田 吉田 志村 昭光 高橋 宣光 十束 支朗 中島 和彦 永野 俊雄 藤山 嘉信 松田三樹雄 南園 義一 森田 茂 一郎 吉原 昭 庵原 昭一 海老原雄一 加藤 繁夫 桑原 久 杉山 伸子 西原源太郎 森 碧 山野 元 昭 有馬 道雄 石川 正士 柏木 登 三枝 一雄 仙波 恒雄 髙橋 英世 谷川 久一 中村常太郎 健次 正明 昭 依田 村上 西村 忠雄 野本 昌三 林 達幸 福田 陽 前田 昌利 和 勇二 富久 雄三 敏夫 一良 行男 駿一 昭彦 有馬 道男 大原 一夫 窪田 叔子 佐野 迪雄 島崎 淳 中塚 正夫 根本 幸一 羽生富士夫 米本 秋元 淺利 石神 伊藤 大坪 加濃 小林 小林 斉藤 清水 良平 正道 石川 相原 茲明 恭子 英詩 高橋 康 滝口 光雄 富田 裕 中野 政雄 野本 和男 古屋 大雄 丸川 和太 靖 俊二 村瀬 横田 渡邉 上原すゞ子 小野清四郎 北川 定謙 香田 真一 辻 輝藏 船橋 茂 慶三 山口 飯塚 正章 大久保惠司 康敬 敦夫 神田 收茲 斎藤 幸洋 高橋 柳子 竹内 達 戸川 清 夏目 隆一 野口 照義 芳賀 士郞 平嶋 毅 藤田 真 耕治 牧野 横尾 和田 安里 洋 稔生 石川 磯野 可一 宇野 一眞 岡本 達也 小高 稔 加藤 直幸 上山滋太郎 小林みち子 花岡 建夫 椎名 益男 嶋田 俊恒 菅谷 健彦 髙野 光司 辻 陽雄 長崎 護 林 國春 谷川 章子 御子柴幸男 昭 赤星 至朗 植田 伸夫 遠藤 幸男 倉持 正昭 坂田 早苗 清水順三郎 光保 柾多 勝 宏 鈴木 高彦 多田 富雄 関 泰男 原 久彌 藤田 昌宏 矢崎 矢野 田口 横山 昭 光生 達夫 雨宮 浩 公道 市村 岡田 軽部 清水 文七 髙木 學治 武田 從信 土井 偉誉 新美 仁男 森 冨喜子 檜垣 有徳 吉田 貞利 石川 哮 大井 利夫 岡村 隆夫 軽部冨美夫 野口 徹男 原沢寿三男 石川 尭夫 植村 研一 春日 建邦 齋藤 篤 塩川 喜之 清水 精子 髙木 良章 津金澤督雄 佐藤 俊一 石川美智子 金子 勇 小林 延年 近藤洋一郎 小野寺美津雄 柏戸 正英 新井 禮子 小形岳三郎 松原 保 谷嶋 俊雄 山本 成元 横山 哲夫 吉井 功 海保 允 北方 勇輔 河野 宏 榊原 秀三 佐藤 重明 佐藤 通 鈴木 茂 中田 益允 成田 静子 長谷川鎮雄 堀田とし子 真島 吉也 三橋 稔 村松 準 英雄 山崎 昭 明昭 吉野 藤塚 立夫 前嶋 清 守山 洋一 横山 健郎 加藤 昌義 川村 光毅 吉川 武彦 栗原 正明 吉永 雅俊 今野 昭義 青木 謹 鈴木 伸典 関 幸雄 谷合 明 塚原 重雄 中田 義隆 野本 一夫 長谷川幸子 新井 一夫 岡田 信道 小野沢君夫 36 神田 敬 草刈 隆 阪 信 貞永 嘉久 佐藤 甫夫 嶋田 裕 千野宗之進 永田 一郎 西川 侃介 藤村 眞示 堀江 武 迪也 善昭 松山 増田 つね 孝一 谷嶋 横山 石下峻一郎 小越 章平 加藤 喜市 川村 孝子 北原 敬二 栗原 稔 黒田 健昭 近藤 省三 齋藤 利隆 白石 博康 鈴木 光 瀧澤 英夫 谷口 滋 中島 伸之 野尻 雅美 長谷川修司 福山 悦男 隆 淵上 松本 修道 逸郎 山崎 吉井 昭 金武 禧之 金城 和夫 黄田 江庭 香西 襄 関谷 信平 高野 正義 谷 修一 楯 二郎 寺嶋 周 中田 瑛浩 成瀬 孟 林 恵美 平形 征 浅野 尚 穴沢 輝一 大木 勲 大和田英美 昭 山本 駿一 油井 信春 綿引 義博 宍倉 正胤 岩倉 弘毅 田島 誠 高梨 健治 中山 博 原田 康行 藤森 宗徳 堀口 東司 森 豊 柳沢健一郎 小野 幸雄 勝田 貞夫 油井真知子 石山 淳一 伊藤 文雄 安達恵美子 37 38 34 35 31 32 33 29 30 26 26 27 27 28 24 25 25 会 館 設 立 (34) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 伊東 治武 入枝幸三郎 奥山 隆保 大原 啓介 黒岩 璋光 斎藤 全彦 杉岡 昌明 瀬川 襄 高井 満 中村 嘉孝 伯野 中彦 福士 和夫 布施 吉弘 村田三紗子 矢野 靖子 山口 國行 吉川 正宏 佐々木 守 實 渡辺 安達 元明 木下 敏子 大津 裕司 加藤 友衛 北村 温 栗原 伸夫 畔田 浩 佐藤 裕俊 薗部 和子 玉置 哲也 十河 正寛 寺島 市郎 鳥羽 剛 長山 忠雄 野本 泰正 林 直諒 藤本 重義 松井 宣夫 三井 静 嶺井 進 村山 憲太 山口 宗彦 渡部 浩二 昭 秋草 克彦 阿部 一憲 飯田 義信 上原 朗 遠藤 毅 大塚 嘉則 岡野 照美 貝田 豊郷 河井 克仁 木内 政寛 小林 俊憲 今野 貞夫 坂田 晃康 重松 秀一 清水 天 鈴木 守 高沢 博 千葉 胤道 永山恵美子 根岸 敬矩 平形 昭代 万本 盛三 村上 信乃 矢島 義忠 山下 明美 山本 弘 昭 青木 至 遠山 敬介 漆原 昌人 大木 健資 大本 恭平 山口 正敏 山下 武広 米満 道子 三木 亮 緑川 隆 宮治 誠 山岸 亜人 若新 政史 天海 照夫 今津 曄 海老沼光治 原 輝彦 深尾 立 三浦 徹蔵 本村八恵子 白井 鎮夫 鈴村 博一 高根 健 塚田 正男 那須野光政 角張 雄二 川西 恭子 古謝 景春 小林 豊 斉藤 裕康 崎山 樹 清水完次朗 大森 忠昭 小野健次郎 伊藤 晴夫 瓜生 東一 大河原邦夫 鰺坂 秀明 田井千津子 小野田昌一 苅谷 英郎 税所 宏光 辛 京碩 島 毅 曽野 文豊 高瀬 靖広 瀧澤 弘隆 田中 則好 栃木亮太郎 西村 和子 伊藤 ルミ 日景 高志 石神 敏子 山浦 晶 吉川 広和 新井 茂郎 飯島 一彦 王子 明 落合 武徳 柏原 英彦 菊池 義公 小林 英夫 三枝 俊夫 佐々木 望 塩沢 博 白濱 龍興 鈴木 弓 高山 和夫 竹島 徹 塚本 嘉一 永井 公大 中村 宣生 半澤 儁 福田康一郎 御園生正紀 溝口 勝 鎗田 努 渡辺 一男 昭 関 三千代 板谷 喬起 大沼 直躬 片倉 透 能勢 晴美 倉田 矩正 鈴木 一郎 高崎 健 田中 弘一 宮坂 斉 中村 謙介 西牟田敏之 野崎 忠信 林 龍哉 日笠山一郎 藤澤 武彦 宮本 忠昭 森田 清 安田 耕作 吉野 紘正 昭 青木 靖雄 赤尾 建夫 林 雅恵 石井 豊信 一瀬 正治 岩間 汪美 太田 東吾 鹿島 孝 加藤 之康 川村 功 栗山 喬之 國保 能彦 神津 玲子 安江 万二 竜 良方 渡辺 寛 石井 従道 伊藤 達雄 関 隆郎 勝俣 剛志 冠木 敦子 更科 廣實 谷口 克 高部 吉庸 内藤 準哉 中島 克巳 鍋島 和夫 忍頂寺紀彰 服部 孝道 比嘉 英麿 平賀 一陽 藤田 優 森田喜崇子 守屋 秀繁 林 益子 渡辺 道典 弘司 哲夫 赤井 壽紀 足立 英雄 飯田 秀治 磯村 勝美 伊藤 進 網代 成子 小澤 俊 梶尾 高根 唐澤 祥人 北原 宏 宗寛 久野 小山 斎藤 佐藤 英樹 佐野 元昭 鈴木 昭一 楊 思勝 高山 直秀 田代 亜彦 千葉 彌幸 鳥居 雅江 仲尾 清 中林 正雄 高岡 邦子 藤原 克己 星野 聡 堀川 義文 盛 克己 竜 崇正 矢島 寿夫 直孝 横堀 昭 浅野 武秀 飯塚 登 石渡堅一郎 遠藤 晴久 岡崎 壮之 落合 靖男 河崎 純忠 小藤田禮章 窪田 勝也 神津 照雄 佐久川輝章 辛 秀雄 東山 都紀 田沢 洋一 東山 義龍 中村 陽子 西村 則之 林 恒男 萩巣 敏子 佐藤 文彦 宿谷 正毅 鈴木 秀 諏訪 敏一 滝川 弘志 玉井 輝章 土田 弘基 鳥居 敏明 中嶋 弘道 中村 宏 藤塚 光慶 舟橋満寿子 高良 宏明 千本 英世 中林 清美 西島 浩 林崎 勝武 林 雅意 星山 圭鉱 源司 忠成 松清 央 李 思元 和泉 佳子 齋藤 康榮 篠原 義賢 須藤壮一郎 飯島 信行 石川 達雄 内海 武彦 遠藤 政隆 奥村 康 加部 恒雄 高橋 容子 黄田 悦子 高地刀志行 和田 保坂 堀井文千代 細井 湧一 間山 素行 高橋 秀禎 吉井與志彦 力 吉田 行夫 渡辺孝太郎 和田 堀江 弘 矢田 洋三 山岸 厚子 吉田 明弘 吉田 操 渡辺 義郎 榎本 純子 向井 將 与儀 裕 渡辺 義二 済陽 高穂 相 田 尚文 有賀 直文 家里 憲二 一戸 彰 梅津 亮二 小俣 政男 北島 忠昭 黒田 重史 堺 常雄 菅ケ谷純弘 加来 俊貞 今田屋 章 内田 朝彦 大森耕一郎 浅野さとえ 高橋 正年 滝沢 淳 寺澤 捷年 伴野 悠士 中山 章 野田 宏子 長谷川 毅 林 泰 宮薗千代子 アントニージョセフナポレオン 昭 新井 裕二 伊藤 文二 石場俊太郎 細山 公子 榎本 正満 奥山 和明 木村 邦夫 腰塚 格 杉山 吉克 住吉 徹是 高橋 長裕 千見寺 勝 天神 弘尊 中野 義澄 永岡喜久夫 橋本 英明 花輪 孝雄 平山 博久 古川 隆男 宮原 弘次 湯原 幹男 吉田 光宏 渡部十九六 昭 一夫 奉祐 千葉 幸恵 高瀬 直子 牛嶋紃二郎 大友 荻原 門井 隆司 金田 庸一 木澤 功 北野 邦孝 久保木正夫 大川 昌権 櫻井 幸弘 鈴木 直人 高瀬 学 多賀谷 茂 田畑陽一郎 丹羽 有一 浜崎 智仁 久田 俊和 川村ひろみ 文 隆雄 保阪 善昭 三浦 利重 山室美砂子 与那嶺和子 恒夫 渡部 昭 石川 詔雄 稲葉 憲之 榎本 貴夫 大野 一英 岡 信男 河西十九三 菊池 友允 栗原 正 菅野 勇 鈴木 光二 相馬 光弘 若山 曜子 中嶋 征男 長尾 啓一 西野 卓 輔治 葉山 賴隆 礒部 洋子 神崎 頼仁 木口 博之 沓掛 伸二 結束 温 小林 弘忠 杉本 和夫 河村 和子 高橋 誠 谷口 瓔子 中村 欽哉 長谷川吉則 濱野 和哉 恵一 瑛一 平野 船津 保坂 京子 幸夫 柳橋 矢端 孝宣 康之 吉田 若林 伊藤 文憲 宇津見和郎 大岩 孝司 大西久仁彦 尾形 実 加藤 誠 北沢 栄次 眞山 和徳 勝呂 徹 鈴木 信夫 田井 東風 唐司 則之 中村 和郎 西川 哲男 野口 武英 進 檜垣 松川 正明 吉田 象二 若山 芳彦 渡辺 滋 昭 南 昌平 森山 紀之 山路 正文 山本 義一 横山 徹夫 保阪亜莉沙 千見寺ひろみ 赤松 徹 旭 俊臣 岩田 泰子 猪股 弘明 上野 正純 梅田 透 大槻 俊夫 小川 富雄 笠貫 順二 金塚 東 君塚 五郎 片桐 博子 河野 陽一 小林 道生 坂口 明 白井 厚治 須崎 勢至 鈴木 洋文 高島 常夫 竹中 正治 徳久 剛史 中村 明 灘岡 壽英 野口 哲夫 羽鳥 文麿 広谷 忠彦 48 小澤 弘侑 冠木 徹彦 小島 荘明 崎山比早子 関谷 宗英 妹尾 素淵 黒田 紀子 高野 元昭 竹内 龍雄 角田 興一 長尾 龍郎 野口 眞利 服部 芳夫 武者 廣隆 柳沢 貫一 山田 勝巳 渡邉 攻 昭 天羽 達郎 飯島 幸雄 大島 仁士 大塚 明彦 若新 洋子 神谷 努 桑木 絅一 小林 伸行 佐々木徳秀 里村 洋一 島田 哲男 鈴木 豊 髙橋 淳一 竹内 豊 田中 文隆 飯田 龍一 中島 忍 市川 清子 平澤 博之 福田 淳 47 45 46 44 42 43 41 39 40 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (35) 会 館 設 立 守田 政彦 安野 憲一 山田 均 横山 淳一 山森 秀夫 力武 知之 脇坂 正美 岩本 逸夫 上村 重明 大内 美南 大場 敏明 小川 清 兼坂 俊章 木内 信二 木村 秀樹 髙圓 博文 小林 健一 後藤 澄雄 佐藤 展將 末石 眞 鈴木 晴彦 早乙女 勇 高安 賢一 千葉 次郎 内藤 威 永山 洋子 内田 宏子 野村 馨 広瀬 彰 千見寺 徹 前川 岩夫 保高由美子 浅野 誠 一木 昇 上村加代子 昭 青柳 博 浅井 隆善 石神 博昭 江原 正明 片桐 誠 田辺恵美子 菊地 紀夫 小林 裕夫 桜庭 庸悦 鈴木 洋一 高原 善治 田中 順子 田中 正 田邊 政裕 南郷 晃 飛澤 彰 西山 裕孝 野村 恭子 鳩貝 文彦 三上 恵只 弓削 一郎 長谷川 純 渡辺 博子 森川 眞一 渡辺 順子 青柳 光生 有田 正明 岩津都希雄 篠宮 正樹 隆 元英 土佐 寛順 富谷 久雄 秋谷 徹 飯田 眞司 入江 氏康 大塚 裕 沖本 光典 鴨下 博 川口 英昭 木村 道雄 後藤 信昭 佐伯 直勝 佐野千寿子 佐藤 武幸 鈴木 亮二 武井 泉 田中 秀之 田中 眞 田町 誓一 土佐 純一 中村 文子 西山眞理子 入江 澄子 金子 作蔵 菅野 治重 木村 純 五月女直樹 内藤 正文 永瀬 譲史 高橋 道子 西山 徹 野村 文夫 増田 政久 松谷 和徳 宮崎 彰 村野 俊一 山岸 文雄 山本 博憲 昭 赤嶺 正裕 森本 典子 岩崎 秀昭 小野 純一 小野 和則 門山 周文 川村 健二 伊古田裕子 小松 健祐 斎藤 典男 篠塚 正彦 塚本 剛 寺野 隆 南波 美伸 菱沼 静男 布施 秀樹 蒔田 国伸 松谷 正一 皆川 秀夫 八木橋美範 山本 和夫 昭 五十嵐辰男 稲田 晴生 尾崎 正彦 香村 衡一 北澄 忠雄 久保田浩一 横須賀 收 三潴 忠道 森 照男 山上 岩男 吉澤 卓 吉原 俊雄 若林 正治 川俣 泰男 小林 敏生 菅沢 寛健 角南 兼朗 武永 博 寺井 勝 得丸 幸夫 仲田 勲生 野々村裕子 荻野 幸伸 石川てる代 宇田川晃一 新井 貞男 石川 洋 上田源次郎 昭 中尾 照逸 小林けい子 秋田 徹 井坂 茂夫 大塚 芳克 小野 元子 鏡味 勝 河合 誠義 黒崎 知道 児島 孝行 坂本 薫 佐藤 兼重 高橋 和久 寺崎 太郎 中山 朝行 林 春幸 姫野 雄司 紅谷 明 蒔田 順子 松村 勉 森 順子 由佐 俊和 登坂 薫 野積 邦義 本田 徹 増村 道雄 宮内 大成 宮崎 勝 森野 正明 山本日出樹 奥野 妙子 大迫 政智 海宝 雄一 香村 玲子 小林 純 鈴木 久史 高田 俊一 塚田 和美 中村 勉 林田 和也 兵頭 明夫 福田 薫 古川 斎 升田 吉雄 松前 孝幸 安田 敏行 山縣 正庸 四元 徹志 木村 正幸 小林 彰 鈴木 孝雄 須田 啓一 高橋 敏信 中沢 肇 中山 大典 檜前 薫 広岡 昇 伏島 堅二 堀部 和夫 松岡 明 湊 明 山口 一 善重 山田 安 徳純 伊藤 公道 上野 泉 遠藤 和男 織田 成人 加藤 義治 北村由美子 荏原実千代 鈴木 文晴 高良 健司 塚本 哲也 徳重 克彦 内藤 隆 中村 弘 花岡 明宏 塚田 純子 山川 久美 山口 哲生 吉田 英生 李 元浩 和田 二郎 渡邊 昭 淨 五十嵐忠彦 石毛 俊行 大内純太郎 掛田 充克 小林 進 近藤 福雄 下条 直樹 杉浦 信之 鈴木 良一 高野 正一 巽 浩一郎 宮崎 泉 林 北見 宮本 恒彦 恒家 渡辺 昭 有我 隆光 上杉 健哲 雄賀多 聡 神﨑 哲人 栗原 和男 潮平 芳樹 杉原 茂孝 砂田 荘一 亀井太美子 康弘 將道 十川 永井 和男 桂司 野田 蓮沼 寿治 一雄 氷見 深澤 勝久 三忠 前田 宮崎 恭利 湯口 智靖 羅 昭 弘道 幾夫 眞人 好孝 雅敏 祐子 克生 伊澤 英次 今関 文夫 萬 伸子 軍司 祥雄 小林 繁樹 仁 英明 篠遠 白𡈽 杉田 角南 田川 鶴田 中村 福田 吉田 石橋 巌 植松 武史 長 雄一 久木田親重 昭彦 勝訓 英夫 斎藤 康文 柴橋 博之 須藤 義夫 田中 篤 土田 豊実 鳥居 俊男 長島 通 橋本 尚武 氷見 京子 平賀 幸弘 藤田 明 英雄 松井 諸田 吉永 渡辺 正義 眞人 哲文 正治 足立 武則 伊丹 純 伊藤 博 上田 昌弘 小川 利隆 加藤 邦彦 川副 泰成 五島 茂之 座間 秀一 清水 俊行 鈴木 裕子 髙田 博之 瀧口 正樹 武内 重康 友利 秀憲 中村 広志 長谷川 潔 松本 俊一 福武 敏夫 松村竜太郎 三浦 望月 森永 吉川 昭 天野 穂高 岩井 直路 大嶺 靖 小川 真 川島 利彦 小森 功夫 下山 真彦 島田 薫 角谷 明子 酒井 直美 髙原 正信 丹沢 秀樹 豊泉惣一郎 井関 徹 伊藤 隆 岩﨑 伸行 岡 陽一 笠松 紀雄 亀井 克彦 髙 在完 小林 史朗 繁田 美香 杉山 隆夫 平良 眞人 田川まさみ 道永 麻里 土屋 明弘 中島 一彰 永嶌 薫 馬場 章 福井 博行 堀内 啓 松村千恵子 道永 幸治 森石 丈二 湯山 琢夫 脇田 久 石津谷義昭 ピアス洋子 岡田 淳一 海保 隆 木村 文夫 篠崎 克己 下山 直人 白澤 浩 龍野 一郎 佐野 信昭 田宮 敬久 土屋 広明 角田 隆文 中澤 功 難波 清 松本 玲子 丸山 尚嗣 守月 理 山口 卓秀 山本 恭平 昭 池田 政文 岩立 康男 亀山 伸吉 今田 進 平井真紀子 鈴木 俊英 滝口 裕一 田中 泰弘 豊﨑 哲也 西村 元伸 深沢 毅 星岡 明 宮副 一郎 山崎 正志 山本 修一 昭 赤倉功一郎 磯野 史朗 伊豫 雅臣 岡本 弦 小野崎郁史 桑原 聡 下山 恵美 高梨 一紀 田中 尚武 中川 宏治 平井 伸治 星野 育男 光永伸一郎 晃 持田 中村 清吾 幡野 雅彦 丸 宏昭 古川 敬芳 一彰 友典 安原 真一 山西 和久 石川 信泰 加藤 雄一 岸 幹夫 近藤 克則 品田 良之 高木 一也 田島 和幸 築藤 玲子 長門 義宣 日野 剛 武城 英明 丸山 浩 昌男 俊司 森田 山﨑 敬二 横内 伊豆 敦子 市川 智彦 岸 雅子 奥脇 治郎 勝木 利行 幸田 圭史 高石 聡 高橋 弦 露口 利夫 西島 由美 藤本 肇 久裕 尚之 松原 村井 秀幸 守矢 山内 直人 吉田 正美 昭 加藤 直也 菊地 浩之 木元 博史 佐藤 晴彦 清水 宏明 須藤 知子 園田 昌毅 寺内 隆司 長門 文子 西脇 哲二 林 偉明 松永 保 安達 智江 石井 浩 石田 厚 今牧 瑞浦 香川晃太郎 昭 竹田 秀一 長 晃平 豊沢 忠 堂垂 伸治 鍋谷 圭宏 林 秀樹 森嶋 友一 保元 明彦 阿部 恭久 有田 洋右 石島 秀紀 岡田 朝志 菊野 薫 北崎 等 窪田 徳幸 古口 徳雄 佐野三千広 60 61 58 59 昭 秋葉 哲生 麻生誠二郎 安東 昌夫 上田 志朗 大森 景文 上村 公平 河内 文雄 北川 道隆 小出 義雄 斉藤万比古 佐々木 健 篠遠 彰 勝呂 慶子 高林克日己 戸塚 清一 57 54 55 56 53 51 52 49 50 会 館 設 立 (36) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 山本 光之 渡邉 和義 安蒜 聡 五十嵐裕章 井上 雅子 佐藤 典子 北川 憲一 木元 正史 興村 義孝 坂井 誠一 鈴木 昌彦 田邉 信宏 土屋 英明 豊根 知明 中 信一 並木 隆雄 宮澤 幸正 郁 薫 師尾 吉野 有田 誠司 石井 光子 伊藤 宏文 小田 健司 片橋 立秋 金田 庸一 木村 直弘 櫻本 薫 沢田 貴志 新藤 寛 芹澤 徹 高谷 美成 中澤 亨 西村 美樹 萩原 雅司 古谷 雄三 三浦 信之 村上 康二 結城 崇夫 昭 青江 知彦 秋元 英里 押田 正規 坂本 明美 大曽根義輝 加藤 大介 小山 秀彦 今野 慎 坂本 直哉 佐々木結花 志賀 英敏 菅谷 啓之 関川 敏彦 田島 康夫 富澤 稔 二宮栄一郎 佐藤さゆり 松江 弘之 安原 晃一 山口 浩史 昭 青木 俊郎 粟飯原直人 石井 秀始 井上 寿久 宇野 隆 大塚 将之 笠原 靖紀 金山 竜沢 黒須 克志 小松 尚也 獅子原正樹 杉浦 敏之 徳山 竜彦 中村伸一郎 仲野 公一 熊谷 匡也 呉 青洋 三枝 敬史 佐々木 一 佐藤 直秀 新見 將泰 鈴木 正人 武田 恒弘 中馬 敦 中村 道夫 野首 光弘 福田 浩之 松永 正訓 山内 雅人 遊座 潤 村松 俊範 渡辺 啓治 傳田 忠道 中世古知昭 安達 佳宏 猪狩 英俊 石川 輝彦 内田 佳孝 江澤 英史 柿沼 由彦 金井 文彦 蟹澤 泉 小林 欣夫 佐藤 正俊 白井よんえ 朝比奈真由美 青柳 正彦 飯嶋 義浩 大賀 優 江畑 龍樹 西内 徹 深澤 元晴 松井 芳文 丸 泰司 満山 大吉 茂木 健司 横手幸太郎 渡部 良夫 平元 植田 健 加藤 厚 北村 伸哉 佐粧 孝久 杉戸 一寿 須関 馨 関根 郁夫 田垣内祐吾 手塚健太郎 花澤 豊行 原木 真名 船橋 伸禎 南野 徹 八木さやか 平2 安西 尚彦 石川 文彦 老沼 和弘 大渕 徹 岡田 吉弘 勝見 明 神川 康也 神戸 敏行 五月女 隆 佐藤 宏 清水 栄司 鈴木 啓悦 鈴木 敏幸 髙栁 建志 長嶋 健 藤原 剛 松下 一之 三木 隆司 村岡 秀樹 吉留 博之 渡辺 絵里 平栗 雅樹 皆川 真規 宮内 英聡 八木 毅典 大森 繁成 菊池 周一 金 民世 真田 昌彦 鈴木 実 須藤 真児 高瀬 完 知久 毅 中島 文毅 濱野ナナ子 太田 真 小風 暁 岡本 和久 嘉藤 貴子 川名 秀忠 木下 知明 佐藤 悟郎 傳田 和美 鈴木 淳也 鈴木 洋人 田内 利幸 田中 保彦 安藤 策郎 石和田稔彦 塚本 真 野澤 聡志 林 裕家 丸山 紀史 吉富 秀幸 平3 早川 睦 市川 千秋 石塚 伸子 倉持 宏明 小島 博之 斎藤 雅彦 下枝 宣史 白鳥 享 竹内 孝治 中島 光一 二村 静子 宍倉めぐみ 松野 公紀 三浦 文彦 平4 阿部 雄造 磯部 公一 池田 雄次 遠藤 恒宏 加藤 里絵 小泉 健一 阪井 守 貞広 智仁 樋口 佳則 町田南海男 三橋 繁 矢花 孝文 山本 正二 平5 天野 景治 太田 詔 久保 聡志 中川 晃一 浜田 洋通 藤井 克則 湯浅 譲治 吉村光太郎 郁修 天野 晋 今井 直樹 草塩 公彦 小島 広成 小林 弘一 鹿間 毅 清水 公一 諏訪部信一 福山 貴裕 聡 伸行 茂治 健次 中山 畠山 土井 松本 三池 石井 徹 井上 淳 梅澤 正美 奥山 恭子 川平 洋 小宮 顕 櫻井 健一 高瀬 一嘉 獅子原薫子 鈴木 陽一 関谷 武司 徳永 進 花岡 英紀 深町 唯博 藤本 善英 本橋新一郎 平6 秋池 太郎 碓井 宏和 唐木 千穂 笠川 隆玄 黄 舜範 河野 世章 櫻田 秀樹 宗 永元 大門 雅夫 松尾 幸治 水鳥川俊夫 平7 新井 誠人 金子 透子 木原 真紀 竹内 男 当間 雄之 服部功太郎 光宏 橋本 郁芳 桂子 細井 松本 敬子 溝渕 勝宏 村田 横張 平8 賢司 三橋 修 隆之 恵子 押田 岡田 恵子 谷嶋 奥村 克彦 吉田 浅井 利大 天野 佳子 井上 博 尚子 今井 雅子 岸 宏久 坂尾誠一郎 淳一 真一 杉本 克己 奥 佳代 中村 晃 原 佳奈子 福田 和司 増田 山口 鵜飼 伸一 大鳥 精司 小高 謙一 門野源一郎 香西由美子 元 齋藤 武 諏訪園 靖 髙森 尉之 功 哲郎 外浦 丸田 吉田 伊藤 彰 神作 憲司 陣内 彦良 武田 真一 野村 知弘 松井由紀子 和也 秀行 東 守洋 前田 仁士 輝明 溝渕 宮内 山口 孝一 英輝 阿部 敦 天野 豊 隆明 今村 岡本 小倉 智彦 雄一 好絵 曉彦 小椋 健司 三階 貴史 高屋敷 吏 哲博 千葉 豊田 平澤 平野 和田 平9 伊豫田 稔 富田 美佳 志田 崇 杉下 圭治 多田 弘子 田宮 亜堂 岩田 雅子 照井エレナ 一也 日暮 浩実 河野千代子 吉田 平 慶太 成樹 雅子 夏代 久保木 知 淳子 愛波 照井 平野 溝口 山本 平 上原 七生 井上祐三朗 上野 直之 岡本 明子 清田 昇 新保 正貴 所 知加子 松浦 玄 三村 尚也 矢野浩二朗 長谷川宏美 平 窪田 伸矢 窪田真理子 森 有紀 岩田 剛和 上原淳太郎 平 秋山 類 金井 慎一 平 渡辺 美佳 薄井 正俊 仙波 宏章 野村征太郎 平 有川 俊輔 榎原 雅代 片桐 明 松木 悟志 平 髙柳 俊作 新津 富央 花岡 大資 柳澤 如樹 上原 孝紀 嘉納 寛人 鈴木英一郎 平 吉井 石橋 啓如 田中 純子 清水 怜 中島 正之 淳 門平 忠之 酒井 望 中村 順一 大門 道子 平 川名有紀子 平野 剛 森 由美子 甲賀かをり 鈴木 修一 田中 政道 多田 素久 外岡 亨 沼田 理 星山 琇 安井 山広 渡邉 栄三 玉井 恒憲 豊田 玲子 菱木はるか 三浦 陽子 藤井 朋子 大森 佳子 伊藤 彰一 椎名 明大 寺山 修史 野口 美香 森谷 純治 木下 香 清水 秀文 末永 忠広 西村 基 三澤 園子 宮本 牧 吉住 博明 河村 治清 腰塚 周平 日暮真由美 幸部 吉郎 直文 正行 沙知 内野 康志 大 雅彦 憲子 由子 正幸 高瀬 陽子 真優 敦史 木村 加藤 野村 櫻井 山本 杉山 岡山 山地 宮城 上原 雅恵 篠崎 勇介 高橋 宏 土居 厚夫 野口佐綾香 櫻井 隆之 岩澤 真理 太和田彩子 栃木 順久 Visser藤尾純子 立石 李 泓 上野 高尚 見目 智紀 嶋 謙一郎 半田 聡 齊藤 景子 高本真己子 永井 勝也 増田 渉 平 熱海佐保子 門田 朋子 公衆衛生学 荻野 彰 関根 憲治 羽田 明 安戸 一皓 法医学 佐藤 明男 林 伸宇 山川 貴菜 髙市 麻貴 田所 重紀 野村 亮太 渡邉 大智 片桐 諒子 歩 吉原晋太郎 松岡 乗本 将輝 小山 虎信 竹腰 昌明 水野 武昭 森 井上 勝博 千里 井上 雄元 宇野 司 木内 夏生 北原 漠 能川 浩二 環境生命医学 喜多 和子 菅谷 茂 橘 正道 環境労働衛生学 海村 朋孝 小関久美子 永井 道 吉井 聡美 環境影響生化学 平 下山 恭平 平 竹本 直輝 平 森本 侑樹 吉村 晶子 平 有川 理紗 武内 祥子 平 関澤 京 砂原 暁子 武藤 剛 吉村 健佑 19 20 21 22 23 25 12 13 14 15 16 17 18 10 11 62 63 第 168 号 ゐ の は な 同 窓 会 報 (37) 会 館 設 立 会 千葉大学医学部平成4年の会 ゐのはな 昭和 年卒同期会 9,258,000 福 30,454,861 裕司 346 4,190,861 多田 121 青才 文江 26,264,000 教職員 225 (元職員も含む) 55,549,000 渡辺 170 寛休 重樹 惠一 3,440,000 野呂瀬一美 篠原 武内 土屋 内山 清春 大木 保秀 小河原克訓 小野 可苗 木村 孝雪 工藤 逸郎 大川 和子 坂本 洋右 佐藤 匡司 椎葉 正史 嶋田 健 髙橋美惠子 翠川 鎮生 森川 裕一 盛永 智子 横江 秀隆 先端応用外科学 治文 和彦 海宝 雄人 佐久間洋一 神宮 牧野 16 茂谷 久子 上林 直子 露崎 俊明 整形外科学 麗子 修久 洋男 鎌田慶市郎 小関 寺田 三橋 田村 裕 心臓血管外科学 52,109,000 守 正英 分子生体制御学 小野﨑 晃 鈴木 弘祐 田波 秀文 渡邉英一郎 耳鼻咽喉科学 小林千鶴子 松宮 護郎 手術部 伊賀 浩 久保田 亨 篠原 靖志 原田 昇 元山 逸功 生命情報科学 及川 貞 式江 内山 幸信 奥田 桂子 川島柳太郎 勇次 光一 寄付者 高地 光世 木村 定雄 細胞治療内科学 池上 智康 風戸 豊 小林 淳二 齋藤 康 清水 公子 臓器制御外科学 小林 賢二 鈴木 啓之 岡本 美孝 亀谷 秀夫 橘 昌孝 山越 隆行 腫瘍内科学 足立 公代 宇野沢隆夫 越後貫道子 多田 馬場 北田 平成26年11月30日現在 佐藤 彌生 麻酔学 宮崎 瑞明 中谷 行雄 豊田二美枝 森山 行雄 俊夫 飯寄 奈保 総合診療部 矢沢 伊藤 孝文 生坂 政臣 薬剤部 久原 厚生 佐久間 淳 須田 恵 寺田 洋臣 日暮 恊 米満 裕 精神医学 大森 栄 先端和漢 ) 新ゐのはな同窓会館設立事業会募金状況報告書 伊賀恵美子 岡村 大樹 佐野 伸 皮膚科学 黒田 啓 伊藤 文子 佐藤 千鶴 松本 英夫 分子病態解析学 米満 博 形態形成学 年森 清隆 外山 芳郎 発生生物学 齋藤哲一郎 動物病態学 日下 忠文 放射線医学 笠原 裕司 クラス会 ゐのはな同窓会 4248 七葉会(専 ) お詫びと訂正 165号 頁 第 回ゐのはな美術展 24 ただきます。 島田哲夫→島田哲男 お詫びして訂正させてい 島田哲夫→島田哲男 写真キャプション 島田哲雄→島田哲男 表 開催 タイトル 38 河野 治 呼吸器内科学 清水 栄 橋爪 一光 診断病理学 田那村 宏 神経生物学 小平 昌 代謝生理学 桑木 共之 眼科学 張ヶ谷健一 荒居 龍雄 伊東 久夫 遠山 富也 中村 修 呼吸器病態外科学 五窓会(専 55,197,244 3592 268,742,244 2300 213,545,000 1292 合 計 金 額 件数 金 額 148 3,775,000 54 5,483,000 94 後援会会員 43,791,383 2928 173,480,383 1827 129,689,000 1101 同窓会会員 37 合 計 ゐのはな同窓会寄付金 千葉大学基金 件数 金 額 件数 53 154 企業等 石渡 東海 大原 むつ 柿栖 米次 水野谷 智 高綱 陽子 山中三千代 渡部 美博 脳神経外科学 岩瀬 克郎 石川 徹 永野 修 遺伝子生化学 伊藤 勇夫 伊勢川直久 芦野 洋美 日和佐隆樹 生殖機能病態学 北川 元生 古木 新 腫瘍病理学 石井源一郎 小野寺 勉 葛田 憲道 小林 章弘 生水真紀夫 芳野 春生 遺伝子制御学 中島 裕史 八千会代表大沢弘和(専 ) 三方 一澤 泌尿器科学 恒元 博 中島 崇裕 吉野 一郎 細胞分子医学 年卒同窓会 葉々会 西千葉医師の会 もぐら会 千葉大学医学部脳神経外科学教室 北田光一教授退官記念事業会 30 分化制御学 26 23 25 矢作会代表永野俊雄(昭 ) 61 齊藤 隆 宮武昌一郎 内田 昭夫 免疫発生学 江原 和枝 小室 一成 杉林 昭男 元山 妙子 宮内 郁枝 諸岡 信裕 臨床分子生物学 一弘 忍足美代子 鵜澤 石山 信之 川上 武子 花城恵美子 昭和 石引 雄二 大隅 信幸 梶本 伸一 茂田 安弘 鈴木 文雄 冨岡 進 角谷 秀典 真鍋 溥 病原分子制御学 中山 俊憲 小児病態学 岩間 厚志 太田 要生 循環病態医科学 野田 公俊 薬理学 阿部 博紀 太田 節雄 金澤 正樹 近藤 正大 井上 優 門田 健 中谷 晴昭 感染生体防御学 43 会 館 設 立 (38) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 (39) ゐ の は な 同 窓 会 報 第 168 号 チラシポスター 開催のお知らせ Basiic & Clinical Research Conference Basic & Clinical Research Coonferennce Bassic & Clinical Research Conference 85 参加費:医師のみ 1,000 円(研修医、学生は不要) ちば Conference ちばBasic Basic & & Clinical Clinical Research Conference 日 時 平成 27 年 2 月 7 日(土)13:00 ∼ 17:00 場 所 京成ホテル ミラマーレ 6 階ローズルーム 千葉市中央区本千葉町 15-1 TEL:043-222-2111 ※本研究会はスカラーシッププログラムの講義としても位置づけております。 13:00 ∼ 開会の辞 千葉大学大学院医学研究院長 横須賀 收 先生 13:10 ∼ メーカーセッション 座長 千葉大学大学院医学研究院 心臓血管外科学 教授 松宮 護郎 先生 『静脈血栓塞栓症(VTE)∼肺塞栓症後症候群(post PE synd):病態と治療について』 演者 千葉大学大学院医学研究院 総合医科学講座 特任准教授 石田 敬一 先生 13:30 ∼ 講座紹介 座長 千葉大学大学院医学研究院 疾患生命医学 教授 幡野 雅彦 先生 『細胞分子医学教室における幹細胞研究について』 演者 千葉大学大学院医学研究院 細胞分子医学 教授 岩間 厚志 先生 『救急集中治療医学講座における研究について』 千葉大学大学院医学研究院 救急集中治療医学 教授 織田 成人 先生 14:30 ∼ 学生発表 座長 千葉大学大学院医学研究院 粘膜免疫学 東邦大学医学部整形外科学講座(佐倉) 助教 坂本 明美 先生 准教授 中島 新 先生 「ラットグリオブラストーマモデルに対する新規薬剤キャリアを用いた光線力学的療法の検討」 千葉大学医学部 3 年 木下 裕貴 「カプサイシン椎間板内投与による疼痛刺激がもたらす神経系賦活化への影響」 千葉大学医学部 4 年 西織 浩信 「医学部生による心臓超音波最新技術の習得、熟練した循環器医、 生理検査技師との重症大動脈弁狭窄症における定量的マルチレイヤー心筋ストレイン所見の比較」 千葉大学医学部 5 年 小野 亮平 15:15 ∼ コーヒーブレイク 15:30 ∼ 特別講演 座長 千葉大学大学院医学研究院 分子ウイルス学 教授 白澤 浩 先生 『心筋イオンチャンネルをめぐる機能研究 ー 若き医学生へのメッセージ ー』 演者 千葉大学大学院医学研究院 薬理学 教授 中谷 晴昭 先生 16:30 ∼ 学生講演表彰 司会 千葉大学大学院医学研究院 整形外科学 教授 高橋 和久 先生 16:40 ∼ 閉会の辞 千葉大学医学部附属病院 病院長 山本 修一 先生 【世話人(敬称略)】 国立大学法人 千葉大学学長 千葉大学医学部附属病院長 千葉大学大学院医学研究院長 千葉労災病院院長 千葉大学大学院医学研究院 臓器制御外科学教授 千葉大学大学院医学研究院 整形外科学教授 千葉大学大学院医学研究院 分子ウイルス学教授 千葉大学大学院医学研究院 薬理学教授 千葉大学大学院医学研究院 粘膜免疫学 【事務局】 徳久 剛史 山本 修一 横須賀 收 河野 陽一 宮崎 勝 高橋 和久 白澤 浩 中谷 晴昭 坂本 明美 千葉大学大学院医学研究院 整形外科学 大鳥 精司 電話 043−226−2117(内線 5303、 5304) FAX 043−226−2116 E-mail [email protected] 共催:ちば Basic & Clinical Research Conference 千葉医学会 / 第一三共株式会社 第 168 号 松本第一郎(専 神田 勝夫(昭 信藤 羊一(昭 福島 渓二(昭 市川平三郎(昭 大和田耕一(昭 中嶋 元(昭 伊東 雅文(昭 児島 三郎(昭 小杉 秀雄(昭 守岡 稔(昭 伊佐 博夫(専 下坂正次郎(専 千葉医学雑誌90巻5号 2014年10月 症 例 急性胆嚢炎に対する早期手術の検討 大塚亮太 丸山尚嗣 田中 元 松崎弘志 夏目俊之 宮崎彰成 千葉医学会奨励賞 く 腸内細菌によるエピゲノム修飾を介した腸管免疫制御メカニズムの解明 や 田崎 裕一(専 ) 山川 晋吾(専 ) 神保 鎮(昭 ) 久米 通生(昭 ) 真鍋 溥( 京都大・昭 ) 大山 隆男(昭 ) 吉田 明弘(昭 ) 杉田 敏夫(昭 ) 宮平 守博(昭 ) 寺田 夏樹(昭 ) 土屋 聖二(昭 ) 石川 成明(昭 ) 学 会 尾畑佑樹 第1277回千葉医学会例会・第3回臨床研修報告会 み 39 太田拓実 佐藤やよい 山本悠司 相川瑞穂 柳原章寿 お ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) ) 24 24 24 24 24 24 23 23 23 22 22 22 20 53 51 51 50 50 44 40 編 集 後 記 (40) ゐ の は な 同 窓 会 報 第1278回千葉医学会例会・平成25年度細胞治療内科学例会 第1288回千葉医学会例会・第31回千葉精神科集談会 研究報告書 平成25年度猪之鼻奨学会研究補助金による研究報告書 雑 報 科学論文における英語の話 33 27 24 24 関根郁夫 OAP 要旨 全国のゐのはな同窓会の皆様には日々ご健 勝のこととお慶び申し上げます。平成 年と なり、新年のご挨拶とともに第168号同窓 会報をお送り申し上げます。本号にも、各方 面の方々のご活躍の様子が満載され、心強い 限りです。巻頭には、伊藤晴夫同窓会長から 「年頭の挨拶」をいただきました。医療の発展 が目覚ましい中、新年を迎え「千葉大発の研 究」が一層飛躍することを願うところです。 2月には、中谷教授、年森教授、高林教授、 野村教授の最終講義が予定されており、多数 の方々がご聴講に来校されることを期待して おります。来校された際には新ゐのはな同窓 会館にもお寄りいただき、「リゾ ート地のよ う」と絶賛された事務室北側の窓からの緑を ご覧になられることをお勧めいたします。 なお記事満載の同窓会報の中に「オンライ ン会報案内」が紹介されています。動画を同 PainVision は腰椎固定術後の腰痛評価に有用である 小野嘉允 大鳥精司 折田純久 山内かづ代 青木保親 宮城正行 鈴木 都 久保田剛 佐久間詳浩 及川泰宏 西能 健 佐藤 淳 中村順一 志賀康浩 江口 和 阿部幸喜 藤本和輝 金元洋人 高橋和久 稲毛一秀 編集後記 亀井克彦 CHIBA MEDICAL JOURNAL Open Access Paper Original Paper PainVision apparatus is effective for assessing low back pain after fusion surgery Yoshimasa Ono, Seiji Ohtori, Sumihisa Orita, Kazuyo Yamauchi, Yasuchika Aoki Masayuki Miyagi, Miyako Suzuki, Gou Kubota, Yoshihiro Sakuma Yasuhiro Oikawa, Takeshi Sainoh, Jun Sato, Junichi Nakamura Yasuhiro Shiga, Yawara Eguchi, Koki Abe, Kazuki Fujimoto Hiroto Kanamoto, Kazuhisa Takahashi and Kazuhide Inage 27 原 著 散剤調剤における乳糖賦形量の減量とその評価 編 集 後 記 ) 窓会ホームページから閲覧できますが、残念 ながら同窓会報の紙面ほどは会員の皆様に周 知されていないようです。病院、診療所の紹 介、生涯学習講座、同窓会紹介、国際交流、 諸先生方へのインタビュー他、多くの動画情 報がインターネットを通じてご覧になれます。 正月の休日のひと時にでもホームページ上の 「オンライン会報」を是非クリックしてみてく ださい。なお会員の先生方からの診療所紹介 やあらたな企画のご提案などありましたら、 同窓会事務局までご連絡をいただきますよう お願い申し上げます。 ここ数年異常気象が続く中、今年は過ごし やすい年であることを願うばかりです。今年 がゐのはな同窓会の皆様ならびにご家族にと りまして良い1年になりますよう祈念してお ります。 杉田克生(昭 54 千葉医学雑誌90巻6号 2014年12月 築地茉莉子 増田和司 鈴木貴明 有吉範高 石井伊都子 症 例 診断困難であった乳房内リンパ節転移を認めた乳癌の1例 會田直弘 木村正幸 石岡茂樹 竹下修由 佐塚哲太郎 浅井 陽 田﨑健太郎 菅本祐司 福長 徹 宮澤幸正 松原久裕 エッセイ 論文について 髙野光司 海外だより メイヨークリニック留学記 岡本聖司 サンディエゴ留学記 村松佑太 学 会 第1262回千葉医学会例会・平成26年度第13回千葉大学大学院医学研究院 呼吸器病態外科学教室例会 第1275回千葉医学会例会・第34回歯科口腔外科例会 第1284回千葉医学会例会・第37回千葉大学大学院小児外科学講座例会 雑 報 英語論文を読むことと書くこと 関根郁夫 OAP 要旨 肝細胞癌における癌幹細胞の検出、特性解析、および癌幹細胞を標的とした 治療法の創出 千葉哲博 編集後記 岩瀬博太郎 CHIBA MEDICAL JOURNAL Open Access Paper The Chiba Medical Society Award(2014) Tumor-initiating cells in hepatocellular carcinoma: a possible therapeutic target 編集委員 写真左から 前列:鈴木信夫副会長 (昭47) 、 青木謹 (昭36) 、 三木隆司編集長 (昭63) 、伊 藤晴夫会長 (昭39) 、 高橋和久(昭(昭51)、坂本薫(昭51) 後列:木元博史 (昭61) 、 白澤浩 (昭57) 、 杉田克生 (昭54) 、 幡野雅彦 (昭57) 、 廣島健三 (昭54) 、 堀部和夫(昭52)、清水栄司(平2) Tetsuhiro Chiba 第七回(2015年度)千葉医学会賞および奨励賞候補者の公募について 第8回 ちば Basic & Clinical Research Conference 開催のお知らせ 90巻総目次・索引
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