2.68MB - トッパンホール

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S トッパ ン ホールプレス
Vol.75[ Jan. 2015]
隔
月
発
行
75
三浦一馬(2013.10.23)
© 藤本史昭
[対談]四戸世紀(クラリネット奏者)
× 西巻正史(トッパンホール・企画制作部長)
現代クラリネット界の潮流を語る
―アンドレアス・オッテンザマーの位相
Artist Interview
伊藤 恵(ピアノ) ふたりのシューマンに憧れて―
イェフィム・ブロンフマン(ピアノ)
稀代のプロコフィエフ弾き、
その真実… 柴田克彦
[ Schedule 2015.1 〜2015.6 ]
[ Information ]
[ Review ]トーマス・ツェートマイヤー ヴァイオリン人生を映し出した24のドラマ
第8回 トッパン チャリティーコンサート
ランチタイムコンサート Vol.75 上野通明(チェロ)
はきっと、プラスチックリードを使った音だからでしょう。
AndreasOttensamer
“は
西巻:気候や環境に左右されない良さはあっても、音の粘りや
にかむ”みたいな微妙な表情が聴こえてこない。含蓄に富んだクラ
リネットの音色から、直截的な感情表現に向いた音に傾向が変化
した気がします。
四戸:第一級のオーケストラのトッププレーヤーにも使っている人
はいますよ。世界中飛び回ってコロコロ環境が変わるなか、リード
の調子が悪いと本当にみじめですから、気持ちは分かりますけどね。
西巻:一定のクオリティは保ちやすいでしょうけどね。そもそも、
クラリネットの音のイメージ――ハートに近く、深くてあたたか
みのある人間のぬくもり――は、現代の新しい音の傾向からは失
われつつある気がします。
四戸:クラリネットで《ツィゴイネルワイゼン》を吹くような超絶
技巧の人が出てきて、意識や技術の傾向がそちらへ流れてしまっ
た。連綿と伝えられてきた味わい深さのようなところは、置き去り
にされたかも知れませんね。ブラームスがマイニンゲンでミュー
ルフェルトが吹くウェーバーの協奏曲を聴いて驚いた、というエ
四戸世紀×西巻正史
ピソードがあります。すぐクララ・シューマンに手紙を書いて「こ
んなクラリネットは聴いたことがない、なんと素晴らしい音なん
現代クラリネット界の
潮流を語る
だろう」って。そして創作意欲が掻き立てられたというね。そうい
う演奏は、本当に心に直接訴えかけてすごい感動を呼ぶ質の音を
持っています。そもそもクラリネットは、オケ中でソロがはじまっ
たら、その音だけで満足させる瞬間があるべきだと思うんです。
西巻:音の
「質」
は決定的ですよね。でもいつもリードを削って調整
して、繊細なリードのコンディションを管理し続けるのは大変だ
から、労力からの解放、便利さに負けちゃうのかな。
四戸:録音ではプラスチックは楽ですしね。安定した音を出し続
けられる。
西巻:さびしいですね。でもそういうなかで、若手はすごく上手く
はなっていますね。その筆頭は、マーティン・フロスト、アレッサ
ンドロ・カルボナーレあたり。次の世代が、今回のアンドレアス、
彼の兄でウィーン・フィル首席のダニエルになるのかな。
四戸:アンドレアスとは何年か前に、ベルリン・フィルで来日した
アンドレアス
の位相
ときに少し話しました。好青年で演奏もしっかりしていましたよ。
基本がきちっとしたなかに、昔じゃ考えられない都会的なセンス
というか、ウィーンとはかけ離れた…。
西巻:ウィーン出身とは思えない洗練を感じますよね。実に颯爽と
していて格好いい。ヴェンツェル・フックスとふたり、ベルリンの
首席はいまオーストリア系ですね。
四戸:ウィーンには伝統的に、
クラリネットらしいぬくもりのある、
インタビュー写真:藤本史昭
トッパンホール主催公演への出演回数が最も多い管楽器奏者といえば、四戸世紀。トッパンホールライヴシリーズCDには、9タイトル中5タ
オーケストラに合う重厚でダークな音の伝統があるんです。アン
ドレアスやフックスは逆にベルリンが合う。
西巻:今風というか、切れ味のいい音楽をしますからね。その音と
イトルにもわたって、その足跡を刻んでいます。若き日から国内にとどまらない活動を展開してきた日本管楽器界の至宝を迎え、2月のアン
新しいレパートリーへの志向。それが、これから面白い存在になる
ドレアス・オッテンザマー公演を前に、クラリネット界の現状や注目の若手奏者、そのなかでのアンドレアスについて伺いました。
かもしれないと思い、今回企画した理由です。
四戸:アンドレアスには、伝統的なものをしっかり吹いていってほ
しい気持ちがあります。
西巻:まず、最近のクラリネット界をどうご覧になっているか、か
とが増えるといった理由でしょうけど、私の感覚では驚きです。そ
らお願いします。
れに、私などレオポルト・ウラッハにかぶれてクラリネットを始め
西巻:伝統に新しい光を当てる感じでね。
四戸:今は何でもグローバルという言葉が使われますが、クラリ
たようなものですが、彼のように実に重厚な、本当に芯があって
四戸:たとえば、フロストもすごくて、化け物的なテクニックと音
ネット界もウィーン風、ドイツ風、フランス風…と、聴けばすぐ分
ゆるぎない音を出す人は減りましたね。
楽性を持っていますが、
彼の場合はソリスティックすぎるかな、
と。
かった昔とはかなり変わりました。レパートリーだけではなくジャ
西巻:音が細く鋭くなってますよね。40歳から下の世代は特に、
西巻:最新のコンテンポラリーがよく合いそうですよね。頭抜けた
ンルも、何でも吹けないと今はやっていけない。コンクールでは
そういう感じがします。
上手さは、ホルンのバボラークやチェロのケラスとイメージが重
実に多彩な曲が課題に出ます。どんな作品もこなして、それぞれ
四戸:お気づきでしたか。実は今、プラスチックリードが流行り始
なります。ジャンルを進歩・進化させる存在で、5年くらいすると
の音色を出せる人が残っていくのかなと思いますね。
めているんです。プラスチックリードとマウスピースをピッタリ
後に続く人がみんな上手くなっているというような。
西巻:近年急速に奏者の音色が似通ってきたのは、なぜでしょう。
合わせられる優秀な技術者が出てきて、彼らのつくったものから
四戸:でもモーツァルトなんか吹け過ぎて速すぎちゃうから、モー
四戸:楽器のセッティングかな。以前は、ドイツ管なら必ずドイツ
吹き心地の良いものを選択できるようになってきました。私も試
ツァルトの言葉が聞こえないところがでてきちゃってる
(笑)
。
のマウスピースとリード、フランスならフランスで揃えていたの
しましたが、でもまだ使う気にはならない。ある程度までの音色、
西巻:音楽はテクニックだけじゃもちませんよね。
が、ここ10年くらいで、ドイツ管にフランスのリードを合わせて
音は出せて便利でしょうけど、本当に自分が出したい最終的なイ
四戸:その点、アンドレアスはバランスがいいというか、すごく上
吹くような人が増えました。吹きやすさ、音量的なこと、できるこ
メージからは遠い。倍音とかね。音量の細さ、小ささが気になるの
手いし今風でもあるけど、どこか行き過ぎない魅力がある。正統
稀代のプロコフィエフ弾き
ブロンフマンの真実
2009年11月、イェフィム・ブロンフマンは、
トッパンホールでリサイタルを行うことに
なっていた。そのとき(幻となった)プログラム
に以下の旨を記した。
「彼は、世界屈指の大型ヴィルトゥオーゾで
あり、キャリアもトップクラスだ。しかし日本
での評価は、海外ほど高いとは言い難い。強大
なパワーと明晰なテクニック、全音域に亘る美
音に圧倒されて、音楽自体を把握できかねてい
るのか? 真価に触れる機会が少ないだけなの
か? 今回は、こうした疑問に一定の答えが出
るであろう、注目のリサイタルである」。
この言葉は、5年以上経った今もそっくり
生きている。彼は、病気で当公演を中止後、日
本でリサイタルを行っていないからだ。だが
2015年3月、遂に日本での約7年ぶりのリサイ
タル&トッパンホールでの初リサイタルが実
現する。しかもプログラムはプロコフィエフの
《戦争ソナタ》全曲。かくもエキサイティングな
コンサートは滅多にない。
1958年旧ソ連に生まれた彼は、12歳でラ
フマニノフの協奏曲を弾いてデビュー。73年
イスラエルに移住し、75年メータ指揮/モン
トリオール響と共演して国際的なデビューを
飾った。78年渡米。ジュリアードやカーティ
ス音楽院等で学び、89年アメリカの市民権を
取得した。つまり彼は、ロシア流で基礎を固め、
アメリカ流で仕上げをした(この過程は近代ロ
シア物に相応しくもある)
。
以後の活躍は目覚ましい。世界の大半の一流
柴田克彦
オーケストラと共演し、著名演奏家との室内
楽、有名ホールでのリサイタルを行い、録音は
グラミー賞等を受賞。ベルリン・フィルの
「ピア
ニスト・イン・レジデンス」
も務め、ウィーン・
フィルの日本ツアーでもソロを弾いた。
ブロンフマンを形容する語句を集約すれば、
“強靭な音”
“超絶的な技巧”
“壮大なスケール”
、
と同時に“緻密さ”
“しなやかさ”
“繊細さ”など。
いわば“豪快さと抒情味を併せ持つ”完璧なま
でのピアニストだ。特に1音1音の明確さは驚
異的。それでいて温かさも失わない。とはいえ
“大=パワー”と“小=繊細さ”を同時に感じれ
ば、印象は“大”が勝る。そこが聴き手の理解を
阻んでいるのかもしれない。この点、細部まで
漏らさず感知できるトッパンホールで聴く意
Artist Interview
アンドレアス・オッテンザマー(クラリネット)
2015 年2月26日(木)19:00
西巻:今回のプログラムはどうですか?
四戸:ウェーバーやブラームスに、アルゼン
ホセ・ガヤルド(ピアノ)
四戸:ヴァラエティがあって面白いですね。
ウェーバー:大協奏的二重奏曲 変ホ長調 Op.48
ピアソラ:
《タンゴの歴史》
より
〈ボルデル1900〉
〈カフェ 1930〉
〈ナイトクラブ1960〉
ガルデル:ポル・ウナ・カベサ
アンヘル・ビジョルド:エル・チョクロ *ピアノ・ソロ
レオ・ヴェイネル:ペレグの新兵募集の踊り Op.40
ブラームス:クラリネット・ソナタ第1番 ヘ短調 Op.120-1
レオ・ヴェイネル:2つの楽章
以前はクラリネットのプログラムといえば、
5,500 円/学生 2,500 円 全席指定
チンタンゴが並んでるんですね。レオ・ヴェ
イネルというのは?
西巻:ハンガリーの作曲家です。オッテンザ
マー家のルーツがハンガリーということで。
モーツァルトとウェーバーの協奏曲、ウェー
特別協賛:東急建設株式会社
バーのヴァリエーションにシュポワとか、ほ
とんどがお決まり。あとはシューマンのファンタジーシュトゥッ
クに、ブラームスの4曲が加わるくらい。それをあちこちで演奏し
て回ったわけですが、今はもう時代がまったく違う。いろいろな
ジャンルを吹かないと、あぁまた同じって、飽きられちゃう
(笑)
。
西巻:その意味からもなかなか意欲的なプログラムじゃないで
しょうか。アンドレアスの良さ、際立った魅力をしっかり味わって
いただけると思います。他に注目の若手は、いらっしゃいますか?
四戸:シュトゥットガルトのセバスティアン・マンツ。ミュンヘン
コンクールで久しぶりに1位になった人です。あとはシャロン・カ
ム。イスラエル人で、すでにソリストとしてドイツでも活躍してま
す。ウィーン・フィルのもう一人の一番吹き、マティアス・ショルン
伊藤 恵
う期待を持たせます。
ふたりのシューマンに
憧れて —
派の側面を持って、本道も歩いてほしいとい
José Gallardo
piano
も面白そうですよ。みんな順調に成長してほしいですね。
西巻:若い人はもう少し寄り道を考えてもいいと思う。山あり谷あ
い ま
人生の夏を力強く駆けるアーティストが、考え抜いたプログラムでその真価と現在を聴かせる
〈おと
なの直球勝負〉
。3年ぶりとなるこの人気シリーズに、いよいよ伊藤恵が登場します。20年をかけ
て完結したプロジェクト
「シューマニアーナ
(ピアノ作品全曲録音)
」に象徴されるように、伊藤のラ
イフワークは
“シューマンの探求”
。今回は、並々ならぬ情熱を傾け続けるこの原点=シューマンに強
くスポットを当てます。
りの方が、音楽に味が出るでしょうし。アンドレアスが寄り道をす
るかどうかはわかりませんが
(笑)
、いろいろな意味で貴重な才能だ
と思うので、いいスタンスで長く吹いてくれることを願っています。
(取材・文:トッパンホール)
トッパンホール企画協力公演
キラリふじみ・コンサートシリーズ ニューイヤーコンサート2015
キラリで煌めく綺羅星たち ―天才モーツァルトと遊ぶ―
キラリ☆ふじみへの企画協力第3弾。新年の清澄な空気をモーツァルト一色に彩ります。とびきりの顔ぶ
れの中心には、四戸世紀。その人柄を映したかのような温かく深い音色と優しい音楽性で、天才の光と影、
ユーモアと繊細な内面を浮かび上がらせ、おなじみの名曲から数々の新たな表情を引きだします。軽やか
に、晴れやかに。キラリ☆ふじみのニューイヤーコンサートも、ぜひお楽しみください。
「この企画は、ピアノ、クラリネット、ヴィオラによる
《ケーゲルシュタット・ト
リオ》を四戸さんとやってみたい、というところからスタートしました。演奏され
る機会の少ない曲ですが、今回のメンバーでトッパンホールで試弾したらあまり
に良くて、みなさまにお聴かせしたくなりました。感性豊かなアーティストを揃
え、新年を祝するアイネク、キラリにふさわしく
《きらきら星変奏曲》
、メインでは
傑作中の傑作《クラリネット五重奏曲》もお贈りします。名曲プログラムながら、
トッパンホール企画らしく一味もふた味も違う仕上がりをお約束します。
(
」西巻)
「ケーゲルシュタットとはボウリングの前身といわれる遊戯で、モーツァルトが
これに興じながら書いたとされています。編成が特殊で、音楽的に洒落て弾くの
も簡単ではありませんが、モーツァルトらしい遊びごころに満ち、彼の力強さと
影の部分とがはっきり感じられる見事な作品です。島田さん、原さんとは試弾の
て素晴らしい個性に出会えたと思いました。全編モーツァルトという幸福なプロ
グラムを、若い才能と一緒に心をこめてお届けします。
(
」四戸)
2015 年1月10日(土)15:00
四戸世紀(クラリネット)
/島田彩乃(ピアノ)
/原 麻理子(ヴィオラ)
/田島高宏(ヴァイオリン)
/渡邉ゆづき
(ヴァイオリン)
/門脇大樹(チェロ)
モーツァルト:セレナード《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》ト長調 K525 /ケーゲルシュタット・トリオ 変ホ長調 K498 /
きらきら星の主題による変奏曲 ハ長調 K265 /クラリネット五重奏曲 イ長調 K581
一般 3,500 円/大学生・シニア(65 歳以上)2,500 円/高校生 1,500 円/中・小学生 1,000 円
主催:公益財団法人キラリ財団 会場:富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ(東武東上線 鶴瀬駅)
お問い合わせ・ご予約:キラリ☆ふじみ 049-268-7788
したい。
協 奏 曲 は 最 近 も 耳 に す る 機 会 が あ っ た。
2014年2月、アラン・ギルバート指揮/ニュー
ヨーク・フィルとのリンドベルイの協奏曲第2
番だ。この現代曲でも彼は、モダン性と温かみ
を併せ持つ音楽を聴かせたが、聴衆の度肝を抜
いたのは、アンコールで弾いたプロコフィエフ
のソナタ第7番の終楽章だった。超速テンポに
よる明瞭かつ推進力抜群の演奏は圧巻の一語。
楽曲と彼の凄みを心底実感させた。
今回は、7番の全曲どころか、6 ∼ 8番の《戦
争ソナタ》をまとめて聴ける。第二次大戦中に
書かれた3曲は、激烈なダイナミズムと難技巧
が続く中に、暗い情熱やリリシズムが配分され
た、コンポーザー=ピアニストの集大成的な
傑作。その上、均整美の6番、濃密な7番、柔ら
かな8番と各曲趣が異なる。1曲弾くだけでも
難儀ゆえに、3曲通すプログラムなどまず見な
い。むろんこれは稀代の“プロコフィエフ弾き”
ブロンフマンでこそ成し得る業。彼は、1987
年録音のソニーへのデビュー盤「ソナタ第7、8
番」で既に鮮烈な快演を展開し、見事な全曲録
音も行っている。だが日本では長い間そのソナ
タを弾いていない。
円熟の今これらを弾くこと、そして聴くこと
は、限りなく意義深い。
(しばた・かつひこ/音楽評論家)
イェフィム・ブロンフマン(ピアノ)
2015 年 3月3日(火)19:00
プロコフィエフ《戦争ソナタ》
全曲
ピアノ・ソナタ第 6 番 イ長調 Op.82
ピアノ・ソナタ第 7 番 変ロ長調 Op.83
ピアノ・ソナタ第 8 番 変ロ長調 Op.84
7,000 円/学生 3,500 円 全席指定
特別協賛:株式会社 安藤・間
は大変だし思い切ったことですが、私をシュー
マンへと誘った人・クララの作品も並べて、ふた
りへの私の想いを凝縮したプログラムに仕上げ
ました。
私のシューマンへの決定的な入口は、音楽好
きな伯母から贈られた一冊の本
「クララ・シュー
マン―真実なる女性(原田光子・著)
」
。高校を卒
業してザルツブルク(モーツァルテウム音楽院)
に留学する前に、ぜひ読みなさい、と渡されて。
もう、クララに夢中になりました。本当にすごい
人。ラヴレターのように贈られるロベルトの作
品を次々に弾いて世に広め、父親の猛反対も押
し切ってついには彼と結ばれ、子をたくさん生
んで育て、それでも生涯ピアニストだったうえ
に作曲までして…“尊敬”
の文字しか浮かびませ
ん。心から憧れました。
一方で、私の人生の大切なポイントには、必
ずロベルトがいました。5歳で有賀和子先生に
ときから初めて合わせたという気もせず、ともに少し日本人離れした感性があっ
味は大きい。
また彼の
“大”
なる面は、
“巨匠的”な方向性を
示唆している。よくリヒテルやギレリスに例え
られるが、彼はまさにそうした“巨匠的な大き
さ”を有する今や稀少な存在だ。かようなタイ
プは、年輪を加えたあるとき、音楽がグンと深
まる可能性を秘めている。比較的新しい録音で
あるジンマンとのベートーヴェンの協奏曲の
柔和さ、ヤンソンスとのチャイコフスキーの協
奏曲の余裕も、変貌を予感させる。その意味で
も、57歳を前にした今回のリサイタルに注目
今回、シリーズ名にある“直球”の言葉が飛び
込んできて、シューマンを全面的に取り上げる
ことに決めました。
《クライスレリアーナ》と《幻
想曲》
は、いずれも彼の最高傑作と言って言い過
ぎではない2曲。どちらも大作で、一度に弾くの
つくとき聴いていただいたのが、
《子供の情景》
。
中学では同門の子がみんなショパンのバラー
ド1番を習っているのに、私だけ《アベッグ変奏
曲》
。有賀先生はシューマンを得意になさってい
たので、私に何かを見出してくださったのかも
知れません。ザルツに行くきっかけになったハ
ンス・ライグラフ先生の桐朋学園でのレッスンで
も、有賀先生のすすめで《幻想小曲集》をみてい
ただきました。ザルツに行ってからも、ライグラ
フ先生が次から次にくださる課題はシューマン
ばかり。その最初が《クライスレリアーナ》でし
た。そのうち先生ったら「ショパン弾きはたくさ
んいても、シューマン弾きはなかなかいないか
ら、きみ、なるといいぞ」
とおっしゃって
(笑)
。振
り返ってみると、自分でシューマンを選んだと
いうよりは、与えられたものに一生懸命取り組
んできた、ということかも知れません。
それでもシューマンにどっぷり浸かってきた
のは、凄く共感するところがあるからです。彼の
作品を通じて感じるのは
“たったひとりの人へ伝
えようとする想い”
。偉大な先達ベートーヴェン
という巨大な壁、幻聴など終わりのない病苦…
多くの葛藤のなかで作曲し続けた人ですが、作
品の根底に究極的に流
れているのは“ひとり
の人への愛”だと感じ
ます。それで私も、演
奏会で弾いていても、
そこに何人お客さまが
いらしても、作品のさ
まざまな感情を表現す
る一方でシューマンに
気持ちを重ねて、どこ
PRESS 75
か“たったひとりの人のために弾く”ようになっ
ていった気がします。音楽には、ときに時間を越
えて記憶やイメージを喚起、刺激する力があり
ますから、お客さまが聴きながら、誰かを思う気
持ちを重ねてくださったら嬉しいですね。
《クライスレリアーナ》と《幻想曲》は、シュー
マンのなかでも特にロマン主義志向が強く表れ
た2曲。階級制度が無くなって平等が謳われる
ようになり、個人の感情が大切にされはじめた
時代を象徴する作品かも知れません。ちょうど、
クララとの恋愛がピークを迎えた時期に作られ
ました。2曲は作品番号こそ隣り合わせですが、
全然違う書き方がされています。
《クライスレリ
アーナ》は、8つの小さな曲によるひとつのツィ
クルス。初版はショパンに献呈されていますが、
実は「笑ったり泣いたりしながら、きみのことを
想って書いた」というクララ宛ての手紙が残っ
ています。3日くらいで仕上げたという、恋人を
想う強い情熱の勢いが書かせた曲ですね。
《幻想
曲》
はベートーヴェン生誕65周年のときの、リス
トの呼びかけがきっかけで作曲されました。
ベー
トーヴェンへのオマージュ的な大きなソナタ形
式で、
《遥かなる恋人へ寄す》
の引用からは、ベー
トーヴェンという巨星への尊敬と挑戦を見るこ
ともできます。そして曲頭に添えられたシュレー
ゲルの詩には、クララへの深い想いが潜められ
ていると言われています。
そんな2曲ですので、プログラムにクララ作品
を合わせました。彼らはまさに相思相愛。彼女の
曲からは、彼女がロベルトの内面的なものをい
かに愛していたか、彼をいかに尊敬していたか
が聞こえてきます。女性らしい繊細さやあたた
かさ、純真な乙女心、穏やかな母性など、クララ
はピュアでラヴリーで、ちょっとメルヘン(笑)
。
女性の活躍が困難だった時代、作曲家としての
才能にもリストなど当時の名だたる音楽家から
の多くの賛辞が残っています。作品を弾くと、彼
女がピアニストとしてもどれほど優れていたか
がよくわかる。全編を通して、ふたりのシューマ
ンの才気と、強いつながりをお聴きいただけた
らと願っています。
実は、クララの本をくれた伯母は、長いあい
だ凸版印刷さんで校正の仕事をしていた人でし
た。伯母はもう亡くなりましたが、ご縁の深い場
所での私のシューマン・プログラムを、きっと天
国で喜んでくれていると思います。
(写真:藤本史昭/取材・文:トッパンホール)
〈おとなの直球勝負 14〉
伊藤 恵(ピアノ)
2015 年1月24日(土)15:00
クララ・シューマン:
ロベルト・シューマンの主題による変奏曲 Op.20
ロベルト・シューマン:クライスレリアーナ Op.16
クララ・シューマン:4つの束の間の小品 Op.15
ロベルト・シューマン:幻想曲 ハ長調 Op.17
5,000 円/学生 2,500 円 全席指定
特別協賛:株式会社 安藤・間
日時
トッパンホールチケットセンター
主催公演
公 演
(10:00〜18:00 日祝休
[主催公演日は営業]
)
日時
トッパンホール ニューイヤーコンサート 2015
山根一仁
/北村朋幹
7 (水)
[三浦一馬
19:00 トリオ・マリーナ
(ヴァイオリン)
1/
(ピアノ)/
(バンドネオン)/原
特別協賛:鹿島建設株式会社
特別協賛:株式会社 安藤・間
アンドレアス・オッテンザマー(クラリネット)
(ピアノ)
特別協賛:東急建設株式会社
イェフィム・ブロンフマン
3 (火)
19:00
(ピアノ)
特別協賛:株式会社 安藤・間
ヴァレリー・アファナシエフ
25 (木)
19:00
〈ランチタイムコンサート〉
[全席指定]
2 / 19 12:15 Vol.75 上野通明
Vol.76 藤木大地
4/ 23 (木)
12:15
Vol.77 宮崎貴子
6/ 3 (水)
12:15
(木)
(チェロ)
ショスタコーヴィチ ―才能の開花―
(カウンターテナー)
ウィーンからのラヴレター
(フォルテピアノ)
(ヴァイオリン)
(ピアノ)
5 / 13 (水)
19:00
(ピアノ)
特別協賛:株式会社 安藤・間
ジャン=クロード・ペヌティエ(ピアノ)
※やむをえず、
曲目・出演者などが変更になる場合もございます。あらかじめご了承ください。 ※開場は開演の30分前となります。
※未就学児のご入場はご遠慮ください。なお、全主催公演で託児サービスをご利用いただけます[有料・要予約]
。お申し込み・
お問い合わせは(株)マザーズ 0120-788-222まで。
2014年12月中旬現在
〈歌曲の森〉~詩と音楽 Gedichte und Musik ~ 第16篇/第17篇
クリストフ・プレガルディエン(テノール)
(ピアノ)
(金) ミヒャエル・ゲース
15 19:00
詳しくは、
オフィシャルWebサイトでご案内しています ※チケットもお申し込みいただけます
http://www.toppanhall.com/
トーマス・ツェートマイヤー カプリース全曲
ヴァイオリン人生を映し出した24のドラマ
第8回 トッパン チャリティーコンサート
*本公演の収益は、公益財団法人ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)
に寄附し、途上国の人々が識字を身につけるための教育支援に活用さ
れます。
小菅 優(ピアノ)
2015年3月12日
(木)19:00
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109
:ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 Op.110
:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111
チケット料金:5,000円 全席指定
林 美智子(メゾ・ソプラノ)
2015年3月13日
(金)19:00
河原忠之(ピアノ)
ビゼー:歌劇《カルメン》より〈ハバネラ〉
サティ:ジュ・トゥ・ヴ(あなたが欲しい)
プーランク:《月並み》より〈パリへの旅〉/〈ホテル〉
ドリーブ:カディスの娘たち
ヴィアルド:カディスの娘たち
R.アーン:わが詩につばさありせば/クロリスに
ドヴォルジャーク:わが母の教えたまいし歌/歌劇《ルサルカ》より〈月
に寄せる歌〉
武満 徹:小さな空/昨日のしみ/小さな部屋で/うたうだけ/ぽつね
ん/○と△の歌/三月のうた/死んだ男の残したものは/翼
チケット料金:5,000円 全席指定
チケットのお申し込み・お問い合わせ:トッパンホールチケットセンター
編集後記
名俳優の相次ぐ訃報に、世の中が悲しみに暮れた 2014 年末。
ふた
りの代表作が放送され、
若かりしころの血気盛んな様に懐かしさを感
じ、晩年のしっとりと落ちついた大人の色気ただよう演技に心をうた
れました。
まさしく目で、背中で語る演技は、若手の目指すべき高みで
あり、憧れだったに違いありません。
それは音楽の世界も同じ。2015
年前半の主催公演は、円熟の大人の凄みと、若手のフレッシュなパ
ワーを感じるコンサートが目白押し。
まずは、いま乗りに乗っている若
手が集うニューイヤーコンサートで新年の景気付けを!
(雪)
ランチタイムコンサート
チェロ界待望の新星現る!
いま聴いていただきたい若手
アーティストの旬の演奏をお届
けする〈ランチタイムコンサー
ト〉
。無料ながら、本格的な演奏
会が楽しめるとあって、毎回多く
のお客さまに好評をいただいて
います。2月はチェロの上野通明。
トッパンホール初登場となった
2014年8月の〈ランチタイムコン
サート〉では、しなやかな歌と確
かなアンサンブル能力を存分に
聴かせました。その1 ヵ月後には、
第21回ヨハネス・ブラームス国際コンクール(チェロ部門)で優勝、
大きな話題を呼びました。今回は、ショスタコーヴィチが自身の個
性を作品に投影しはじめたころのソナタを選曲。上野の内に秘め
たる魅力が大きく花開くコンサートになること間違いなし。いまま
さに、うなぎ上りの新星の挑戦にご期待ください。
〈ランチタイムコンサート Vol.75〉
上野通明(チェロ)ショスタコーヴィチ―才能の開花―
2015年2月19日
(木)12:15
島田彩乃
(ピアノ)
ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ ニ短調 Op.40
入場無料(要予約/お一人様2席まで)
受付期間・お申し込み方法:
[一般]1/16
(金)
~1/26
(月)*ハガキ(抽選制・当選者のみ通知)
〒112-0005 東京都文京区水道1-3-3「ランチタイムコンサート Vol.75」受付係
(住所、氏名
(フリガナ)
、電話番号、希望席数を明記ください。
)
[会員]1/9
(金)
~1/26
(月)*窓口・電話・Web
※当紙に掲載している内容について、許可なく複製あるいは転用することを固く禁じます。
世界には貧困、差別、紛争などにより教育を受ける機会に恵ま
れず、
「識字」を身につけることができなかった人々がたくさんいま
す。そのほとんどが女性とも言われており、これらの女性が識字を
身につけることは、本人や家族の生活の向上のためにも必要不可
欠なことです。トッパンホールの運営母体である凸版印刷は、国際
社会の課題である「識字能力の向上」を支援するチャリティーコン
サートを2008年より毎年開催しています。
8回目となる今回も、コンサートの趣旨に賛同した二組のアー
ティストが登場します。まずは、抜群のテクニックと鋭い洞察力、
瑞々しい感性で注目を浴びている若手ピアニスト・小菅優がベー
トーヴェンの後期三大ピアノ・ソナタで、刺激的なステージをお届
けします。続いてはメゾ・ソプラノの林美智子。繊細かつ表情濃や
かな歌唱で聴くものを魅了する彼女の歌声に、柔らかな春の陽射
しを感じるコンサートをお楽しみください。
の意味を求め、
ひとり茨の道を歩みはじめた。そんな変節に人々は、
「彼はもう終わった」と囁いたが、ぶれることなく苦行僧のように
30年にわたって「道」を求め続けた男の人生が凝縮された圧倒的
なドラマ、それが今回のステージだった。ヴァイオリンの可能性、
限りない魅力を、極限まで突き詰めて提示し、170年以上にわたっ
てヴァイオリン界にいまなお君臨する化け物、パガニーニ。その稀
代の芸術家の執念、挑戦状の真意を、人とまったく異なる手法とア
プローチで汲みとり描きだした演奏は、息もつかせず、一瞬も眼を
逸らすことを許さず、聴き手にも極度の緊張と集中力を要求した。
技術上の、解釈の上での、新たな発見、創意工夫、驚きと喜び…、
そんな個々の事象の巧拙を超え、全曲演奏から浮かび上がったの
はヴァイオリン史上最大の作品、最高の名手に対し現代の知性と
技術の限りを尽くした求道者、その両者の対話、対決の姿だ。その
凄絶にして崇高な格闘は、
“弦のトッパン”にも新たな価値と意味を
与えてくれた。
そんなトーマスに心から感謝! そしてまた、同じ時空間を共有
した素晴らしい聴衆のみなさまにも心からお礼申し上げたい。皆さ
まの400のまなざしが、この風変わりなヴァイオリニストを燃えた
たせ、稀有な時間を創り出す導きになったのは明らかだ。
(西巻正史/企画制作部長)
©TOPPAN HALL 2015.1 KⅠ
ヴァイオリン音楽の至高の魅力と喜びに満ち、同時に、ヴァイオ
リンを弾くという行為への究極の挑戦、後世のヴァイオリニストへ
の果てしない挑戦状という意味で、パガニーニのカプリース全曲
は、世阿弥の「花伝書」に通ずる究極の曲集だ。
「カプリースは全曲
を通して弾くことで新たな意味を帯びてくる」と、かねてから話し
ていたツェートマイヤーには、パガニーニの真意がわかっていると
いう確信は、最初にライヴで彼のカプリース全曲を聴いた時から、
私の中で揺るぎないものとなっていた。それ故、
“弦のトッパン”で
の最初のカプリース全曲は、トーマス・ツェートマイヤーでなけれ
ばならなかった…。それ以外のアーティストという選択肢はこれま
で一度も考えたことがない。
今回、ようやくそのタイミングが訪れた…と、彼にこのプログラ
ムを提案した。
「残念ながら、ここ数シーズンはその予定はない」と
いう当初の回答から、1年以上にわたる交渉が始まった。最後はど
ちらかというと懇願
(?)
に近かったかもしれないが、
その結果、
トー
マスはようやく重い腰を上げて、パガニーニ全曲を弾くことに同意
し、このコンサートが実現した。
ザルツブルクから登場した正統派の寵児として、10代から天才
ヴァイオリニストの名を恣にした神童は、やがて自我に目覚め、現
代という時代に、ヴァイオリニストとして芸術家として生きること
http://www.toppanhall.com/ 制作:株式会社トッパングラフィックコミュニケーションズ 印刷:凸版印刷株式会社
INFORMATION
〒112-0005 東京都文京区水道1-3-3 (03)5840-2200
レジス・パスキエ
24 (火)
19:00 フィリップ・チュウ
8 19:00
6/
トッパンホールが選んだ若手ホープによる30分のミニ・コンサート
2/ 26 19:00 ホセ・ガヤルド
(金)
ルノー・カプソン
8 (月)
19:00 ダヴィッド・カドゥシュ
(ピアノ)
〈おとなの直球勝負 14〉
(ピアノ)
3/
公 演
(ヴァイオリン)
麻理子(ヴィオラ)/有吉亮治(ピアノ)]
24 (土)
15:00 伊藤 恵
(木)
03-5840-2222
発行日:2015 年1月1日 発行・編集: 広報部
SCHEDULE 2015.1 〜 2015.6