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群馬県立産業技術センター研究報告(2012)
メルトフローレイト測定法による樹脂材料の劣化促進試験
田島 創・和田智史*・鏑木哲志**・横山 靖***
Thermal degradation processes of plastics studied by means of melt flow rate measurement
So Tajima, Satoshi Wada, Tetsushi Kaburagi, and Yasushi Yokoyama
高密度ポリエチレン(HDPE)、ポリメチルメタアクリレート(PMMA)、ポリアセタール(POM)のメル
トフローレイト(MFR)を測定することにより、240℃付近の熱による劣化促進試験を行った。劣化促進
試験は、MFR を繰り返し測定するサイクル試験により実施された。主鎖に酸素を含む POM と側鎖に酸素
を含む PMMA の MFR 値は、サイクル回数が増えると増加した。一方、主鎖、側鎖共に酸素を含まないポリ
エチレンでは、MFR 値は、最初低下し、その後増加した。HDPE について測定された MFR 値を低下させる
劣化過程の活性化エネルギーは 26 kJ/mol と見積もられ、POM で得られた劣化過程の活性化エネルギー
(108 kJ/mol)より小さい値であった。MFR サイクル試験により、酸化劣化初期過程とその後に生じる
分解過程との速度論的解析が行える可能性が示唆された。
キーワード:メルトフローレイトサイクル試験、樹脂、劣化
Degradation processes of high density polyethylene (HDPE) and poly(methylmethacrylate) (PMMA) and
polyoxymethylene (POM) were investigated by means of melt flow rate (MFR) cycle test at around 510 K.
The MFR values for PMMA and POM increase simply with the number of cycle times. On the other hand,
the values for HDPE initially decrease with the number of cycle times, then turn to increase. The activation
energy of the first process for HDPE (46 kJ / mol) was smaller than that of the degradation process of POM
(108 kJ / mol). It have been suggested that both of the initial oxidation degradation process and the
decomposition process of resin occurs after the first process can be investigated by using MFR cycle test.
Keywords:Melt flow rate cycle test, resin, degradation, decomposition
1
まえがき
に測定することが必要である。樹脂の劣化は、
ヒドロ過酸化物を原因とする劣化と安定な酸化
輸送機器に共通する課題として、車体の軽
物生成に由来する劣化とに分類される
1)
。熱や
量化が検討されている。金属では従来の鋼材
光により励起された状態にある分子は、酸化な
よりも軽量なアルミニウム材やマグネシウム
どの化学反応を生じて、最終的には主鎖が切断
材などが材料置換の検討の対象となるが、汎
される。このため、樹脂劣化の分析は、動的に
用性やコストの面から樹脂材料はさらに魅力
は酸化が生じている過渡状態をとらえることに
的な材料である。これらの背景から、種々の
より、静的には酸化された後の反応生成物とし
樹脂材料の輸送機器への適用可能性が検討さ
て酸化や分解された状態の樹脂を分析すること
れると共に、それら材料のリサイクル性や耐
により成される。動的な分析手法により樹脂の
候性などについても同様に検討されている。
劣化に係わる過渡状態をとらえることは、樹脂
樹脂材料のリサイクル性や耐候性を評価す
るためには、当該樹脂材料の劣化状態を迅速
の劣化過程を制御する上で特に重要である。
動的な分析手法として、一般に樹脂材料の耐
熱性を議論する場合、熱天秤測定を中心とした
環境・省エ ネ係、* バイオ ・食品係 、** 技 術支援係 、
*** 計測係
熱分析が行われる。これは樹脂材料の主鎖切断
- 33 -
の数平均重合度に対する MFR 値のプロットから
によるガス化を含む大規模な反応温度域での
測定結果を評価することになる
2)
得 ら れ る 回 帰 式 は 、 log(MFR)
。同じく動
2
=
11.7
-
的な分析手法として、主鎖の切断の前に生じ
3.4log(n), R
る副鎖や樹脂末端の酸化劣化初期過程につい
た、PE とポリプロピレンについては MFR 値は重
ては、樹脂を加熱した際の酸化による発光を
量平均重合度に逆比例することが報告されてい
測定し、劣化状態を推定するオキシルミネセ
る
ンス(OL)法が提案されている
1,3)
4)
=
0.97 が得られることが、ま
。これらの報告から、同一の樹脂の場合、
樹脂の分子量が高い場合には MFR 値が低くなり、
。しかし、
熱天秤測定では初期の酸化による微少な重量
逆に樹脂の分子量が低い場合には MFR 値が高く
変化を測定できず、OL 法では樹脂の側鎖の酸
なることが認められる。
化と主鎖の切断を区別して捉えることが難し
ポリスチレン(PS)系樹脂の重量平均分子量
かった。樹脂の劣化を議論する際の酸化劣化
に対する MFR 値のプロットを図 1 に示す。図1
初期過程と主鎖切断過程を網羅する分析法の
開発が望まれていた。
本研究では、樹脂劣化の新しい動的な分析
方法として、樹脂の流れ性を測定するメルト
フローレイト(MFR)試験を行うことにより、
樹脂の酸化劣化初期過程とその後に生じる主
鎖切断による劣化を測定することを試みた。
MFR のサイクル試験を行った時の MFR 値の増
減から、酸化劣化初期過程とそれに続く分解
過程の速度論的解析を行った。
図1
2
2.1
方
法
PS 系樹脂において測定された重量平均分子量に
対する MFR 値のプロット。
の プ ロ ッ ト か ら 得 ら れ た 回 帰 式 は 、 MFR =
材料
樹脂材料として、主鎖と側鎖に酸素を含ま
-0.0002( 重 量 平 均 分 子 量 )+13.718、 R2 = 0.95
ない高密度ポリエチレン(HDPE、プライムポ
であり、良い相関が得られた。樹脂の劣化反応
リマー社製)、側鎖に酸素を含むポリメチルメ
が主鎖の切断を生じるのであれば、結果として
タアクリレート(PMMA、和光純薬社製)、主鎖
分子量が低下するため、主鎖の切断を伴う劣化
に酸素を含むポリアセタール(POM、旭化成社
過程を MFR 値から推測することが可能と考えら
製)を用いた。樹脂材料は乾燥器により 80℃
れる。
で 3 時間乾燥後試験に供した。
2.2
3.2
装置
MFR サイクル試験
使用済みプラスチックのリサイクル方法とし
MFR 値の測定には、メルトフローレイト自
動化システム(東洋精機社製、完全自動化シ
ステム 520)を用いた。樹脂材料の重量平均
て、樹脂の劣化状態を MFR により推定する手法
分子量は、分子量分布測定システム(島津製
脂材料( R)のそれぞれの MFR 値を測定し、MFR 値
作所社製、D5280LCS M-PDA)により測定した。
の比( MFR(R) /MFR(V) )を根拠として使用済みプ
全ての実験は、空気存在化において実施した。
ラスチックの再利用法を判定する方法である。
が提案されている
5)
。この方法は、樹脂メーカ
ーから供給されたバージン材( V)と使用済み樹
本研究では、上記使用済みプラスチックのリ
3
結果及び考察
サイクル方法とは異なる樹脂の劣化状態を推定
する手法を開発し、実験を行った。この手法と
3.1
樹脂の分子量に対する MFR 値
PE や POM などの樹脂の分子量は、 MFR 値に
より推測できることが知られている
4)
。POM
は、樹脂の融点以上の温度における MFR を同一
のサンプルについて少なくとも 3 回繰り返し測
定する、いわゆる MFR サイクル試験を行う手法
- 34 -
である。サイクル試験を行うことにより、サ
イクル回数毎の樹脂の MFR 値が得られ、当該
温度における樹脂の劣化過程の速度定数並び
に活性化エネルギーを算出することが可能と
なる。具体的な手法を以下に示す。
①乾燥された樹脂の MFR 値(MFR1 )を測定する。
② MFR1 を与えた樹脂を粉砕し、再度 MFR 値
(MFR2 )を測定する。
③ MFR2 を与えた樹脂を粉砕し、更に MFR 値
(MFR3 )を測定する。
図2
④上記①から③の結果から樹脂の劣化状態に
空気飽和化における POM の MFR サイクル試験の
結果
ついて判定する。判定方法は次の通りである。
MFR1 > MFR2 > MFR3 の場合、樹脂はほとんど
劣化していないと判断される。
MFR1 > MFR2 < MFR3 の場合、樹脂は酸化劣化
により傾きが直線を示したことから、反応の次
初期過程にあるが、主鎖の切断過程が進行す
おける k をそれぞれ 0.017、0.062、0.100/回と
る可能性があると判断される。
見積もった。
図 3 に示すように、式 1 に示した反応速度式
数を1に、直線の傾きから 200、210、230℃に
MFR1 < MFR2 < MFR3 の場合、樹脂は主鎖の切
断過程が進行する可能性があると判断される。
この MFR サイクル試験は、使用済みの製品
や材料があればその樹脂の劣化状態を判定す
ることが可能であるため、例えばバージン材
の保存などが必要ないといった利点を持つ。
さらに劣化状態が推定されたならば、反応
速度論より、反応の次数や反応速度定数(k )
を得ることができる。
3.3
図3
POM の MFR サイクル試験
空気存在化において測定されたサイクル数に対
する ln(MFR1 / MFRt )のプロット
荷重 2.16kg 重、温度保持時間(熱による処
理時間)300 秒において POM の MFR サイクル
空気存在化での POM の MFR 値の低下を与える
試験を行った。試験温度 190℃、210℃、そし
反応の 200℃~230℃における活性化エネルギ
て、230℃における MFR サイクル試験の結果を、 ーを Arrhenius の式(式2)より求めた。
表1及び図 2 に示す。温度 190℃では、繰り
返し回数に対して MFR 値の変化は観測されな
k = A
exp(- ΔE / RT)
(2)
かった。一方、温度 210℃と 230℃では、回数
が増すと共に MFR 値の増加が確認された。
測定された MFR 値の変化を反応速度式に当
てはめ、 MFR 値の変化を与えている反応の次
ここで A は頻度因子、ΔE は活性化エネルギー、
R は気体定数、そして、T は温度をそれぞれ表し
ている。
数及び k を見積もった。ここで t は、MFR サ
図 4 に、1/T に対する lnk を示す。直線の傾
イクル試験のサイクル数、 MFR1 は 1 回目のテ
きから、空気存在化における POM の MFR 値の低
ストで測定された MFR 値、 MFRt は、 t サイク
下を与える反応の 200℃~230℃における ΔE を
ル時に測定された MFR 値をそれぞれ示す。
108 kJ/mol と見積もることができた。この ΔE
は、筆者が算出した POM(同一グレード)4) の引張
k t = ln( MFR1 /MFRt )
(1)
強さ保持率が 60%に低下する劣化反応の活性
化エネルギー102 kJ/mol とほぼ一致した。
これらの結果から、MFR サイクル試験により、
- 35 -
樹脂の分子量の低下や強度低下の原因となる
反応について、劣化の速度と活性化エネルギ
ーを測定できることが示唆される。
250 ℃
230
210
190
図5
サイクル回数に対する HDPE の MFR 値
についてプロットすることにより MFR 値の低下
を示す反応の活性化エネルギーを 28 kJ/mol と
図4
空気存在化における POM の MFR 値の低下を与
求めた(図 6(b))。この活性化エネルギーは、
える反応の Arrhenius プロット
OL 法で測定された樹脂の酸化劣化初期過程の
活性化エネルギー42 kJ/mol 1) と概ね一致した。
3.4
HDPE の MFR サイクル試験
荷重 2.16kg 重、温度保持時間(熱による処
(a)
理時間)300 秒で温度 190, 210, 230, そして
250 ℃
250℃においてそれぞれ行った HDPE の MFR 値
230
を表 1 及び図 5 にそれぞれ示す。
210
温度 190 ℃での HDPE の MFR 値は、繰り返
し回数 6 回(1800 秒)までは繰り返し回数に
依存せず、11.6 g/10min 程度であった。温度
210 ℃および 230 ℃で測定された MFR 値は、
繰り返し回数 6 回(1800 秒)まで、繰り返し
回数が増加するのに従って減少した。また、
(b)
温度 250 ℃で測定された MFR 値は、繰り返し
回数4回(1200 秒)で最低値を示し、更に回
数を増やすと徐々に増加した。このことから、
樹脂の分子量の低下、すなわち熱による劣化
反応が生じていることが示唆された。
主鎖切断を伴う劣化が生じている場合には、
PS で見られた MFR 値の増加(分子量の低下)
が確認されるはずである。ここで観測された
MFR 値の低下が分子量の増加を表しているの
であれば、熱処理により樹脂内で何らかの反
図6
応が生じていることが推測される。
HDPE における MFR の測定回数に対する Ln(a/a-x)
のプロット(a)と Arrhenius プロット(b).
図 6 に MFR サイクル試験の測定温度毎にサ
イクル回数に対する ln(MFR1 /MFRt )プロット
ら反応が 1 次の反応であり、直線の傾きから
MFR 値低下の反応速度定数は 250℃において
0.039/回であり、1 次反応と仮定した場合の MFR
値増加の反応速度定数は同じ温度において
0.037/回と見積もられた。MFR 値低下を示す反応
温度毎の見かけの速度定数を見積もることが
速度定数が僅かではあるが増加を示す反応速度
できた。見かけの反応速度定数を温度の逆数
定数より大きいことから、HDPE の劣化反応が逐
を示す。それぞれの温度に対し繰り返し回数
に対する ln( MFR1 /MFRt )が直線を示すことか
- 36 -
表1 POM, HDPE,そして, PMMAのMFRサイクル試験のM FR値、反応速度定数(k)、そして、反応の活性化エネルギー(E).
M FR値 / g/10min
樹脂
温度 / ℃
サイクル
回数
HDPE
POM
PMMA
190
200
210
230
190
210
230
250
250
1
17.94
20.96
24.74
34.69
11.53
15.09
18.62
23.95
30.3
2
18.03
21.31
26.32
38.34
11.52
14.81
18.16
22.67
31.3
3
21.94
27.81
43.02
11.70
14.32
17.53
22.37
31.8
4
18.14
-
-
-
-
11.73
14.07
16.75
21.28
-
5
-
-
-
-
11.61
13.7
16.47
21.75
-
6
-
-
-
-
11.65
13.55
15.92
22.71
-
7
-
-
-
-
-
-
-
23.64
-
8
-
-
-
-
-
-
-
24.61
-
9
-
-
-
-
-
-
-
26.48
-
0.006
(r)
0.017
(r)
0.062
(r)
0.100
(r)
0.004
(-)
0.0229
(d)
0.0316
(d)
0.0383
(d)
0.031
(r)
k / 回1)
0.037
(r)
E / kJmol -1
108
28
1) rはM F R 値の増加を、dは M F R 値の低下をそれぞれ示す。
HDPE では、250℃で MFR 値の低下が観測され、
次反応的に進行することが MFR サイクル試験
その後 MFR 値の増加が観測された点、 MFR 値の
により観測できたと考える。
増加の k が HDPE と PMMA で同程度である点から、
樹脂材料で観測される比較的低い活性化エ
ネルギーを示す反応は、ヒドロ過酸化物の均
HDPE の MFR 値の増加を伴う過程に、少なくとも
等開裂(活性化エネルギー:約 35 kJ/mol)
側鎖の酸化過程が含まれていることが考えられ
などが示されている
1)
。HDPE の MFR 測定によ
る。
り観測された MFR 値の減少を伴う反応として、
主鎖切断を伴わない HDPE の酸化反応(酸化劣
4
まとめ
化初期過程)が可能性の一つとして考えられ
る。
樹脂の流れ性を測定するメルトフローレイト
3.5 PMMA における劣化測定
(MFR)試験を行うことにより、樹脂の酸化劣化
HDPE で測定された繰り返し回数に伴う MFR
初期過程とその後に生じる主鎖切断による劣化
値の減少が、OL 法で観測されている樹脂の酸
を測定することを試みた。
化劣化初期過程を観測しているのであるなら
LDPE、HDPE、そして、PMMA について、MFR を
ば、HDPE の副鎖に酸素を含んでいる樹脂材料
繰り返し測定して得られた値より、樹脂の初期
である PMMA では、酸化劣化初期過程( MFR 値
劣化過程と樹脂主鎖の開裂を伴う劣化過程を推
の低下)の活性化エネルギーは低下し、主鎖
定できることが示唆された。
切断( MFR 値の増加)が優位に生じると考え、
250℃における PMMA の MFR サイクル試験を行
文
献
った。MFR 値を表 1 に示す。PMMA では、250℃
で HDPE において観測された MFR 値の低下は観
1)木村潤一、山田理恵、特開 2002-195951.
測されず、 MFR 値の増加が確認された。PMMA
2) 孫 玲ら、Netsu Sokutei 30(4) 167-172.
に お け る MFR 値 の 増 加 を 示 す 反 応 の k は
3)斎藤幸廣ら、Netsu Sokutei 25(3) 56-66.
0.031/回であり、HDPE において見積もられた
4)安永茂樹、プラスチックス
11, 82-87,
2012.
0.037/回と同程度であった。
5)佐伯大志ら、特開 2006-123193.
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