人工膝関節全置換術後の階段昇降における良好群と不良群の比較

第 49 回日本理学療法学術大会
(横浜)
5 月 31 日
(土)13 : 55∼14 : 45 ポスター会場(展示ホール A・B)【ポスター 運動器!骨・関節 23】
1043
人工膝関節全置換術後の階段昇降における良好群と不良群の比較
鈴木 壽彦1),平野
樋口 謙次4),中山
和宏2),五十嵐祐介3),田中
恭秀3),安保 雅博5)
真希4),石川
明菜3),姉崎
由佳4),川藤
沙文1),
1)
東京慈恵会医科大学附属病院リハビリテーション科,2)東京慈恵会医科大学附属葛飾医療センターリハビリテーション科,
東京慈恵会医科大学附属第三病院リハビリテーション科,4)東京慈恵会医科大学附属柏病院リハビリテーション科,
5)
東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座
3)
key words 人工膝関節全置換術・階段・機能評価
【はじめに,目的】人工膝関節全置換術(以下 TKA)後,平地歩行は良好であるにもかかわらず,階段昇降自立に時間を要する
症例や,昇降がスムーズに行えないと感じている症例は少なくない。本学附属 4 病院(以下 4 病院)共通の評価表では,階段昇
降が良好でないと感じている症例は,術後 3 週で約 4 割,術後 12 週経過しても約 3 割存在していた。そこで今回,患者の主観
的評価を基にした階段昇降良好群と不良群の間には,どの様な機能の違いがあるのか,検討する事を目的とした。
【方法】前述の共通の評価表は,理学療法士が評価する機能評価と患者の主観的評価である問診票で構成されている。問診票は
5 段階スケールで答えてもらう質問紙法となっており,
「日常生活動作 16 項目(5:楽にできる∼1:できない)
」
,
「疼痛 8 項目
(5:痛くない∼1:激しく痛む)
」
,
「満足度 7 項目(5:満足∼1:不満足)
」の全 31 項目で構成されている。本研究はこの評価表
を用いた後方視的調査である。対象は 2010 年 4 月から 2013 年 8 月まで 4 病院にて TKA を施行し,術後 3 週,術後 8 週,術後
12 週の各評価時期の調査項目に不備がない症例とした。なお両側同時 TKA 例は除外した。機能評価の調査項目は疼痛の有無,
術側・非術側それぞれの膝屈曲・伸展 ROM および膝屈曲・伸展筋力(Nm!
kg)
,Extention Lag の有無,跛行の有無,5m 最大
歩行時間,TUG,膝屈曲 60 度の範囲でスクワットを繰り返し,10 秒間に何回できるか測定するクイックスワット
(以下 QS)の
15 項目である。問診票の調査項目は「階段を昇る」
「階段を降りる」の 2 項目とし,5:楽にできる∼1:できないの 5 段階のうち
5,4 と回答した群をそれぞれ昇段良好群(167 例)
,降段良好群(124 例)
,1,2 と回答した群をそれぞれ昇段不良群(172 例)
,
降段不良群(205 例)とに分類した。なお 3 と回答した症例は除外した(n=391 例)
。統計解析は昇段,降段それぞれの 2 群間
において,前述の調査項目を対応のない t 検定及び χ2 検定にて比較した。さらに階段昇降にどの機能評価が影響を及ぼすか検証
するために,問診票の階段昇降を目的変数とし,2 群間の比較で有意差を認めた調査項目を説明変数にしてロジスティック回帰
分析を行った。その後抽出された調査項目に関して,階段昇降が楽に行えるか否かを判断するカットオフ値を得るために,Receiver Operating Characteristic Curve(以下 ROC 曲線)から曲線下面積(Area Under the Curve 以下 AUC)を算出し,感度・
特異度からカットオフ値を求めた。統計解析ソフトは SPSS(ver.20)を使用した。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,当学の倫理委員会の承認を受け,ヘルシンキ宣言に則り施行した。
【結果】
階段昇降良好不良の 2 群間で比較した t 検定及び χ2 検定では,疼痛の有無,術側・非術側の膝屈曲 ROM および膝屈曲・
伸展筋力,Extention Lag の有無,跛行の有無,5m 最大歩行時間,TUG,QS 回の 12 項目に有意差が認められた。この 12 項目
を説明変数にした多重ロジスティック回帰分析の結果,モデル χ2 検定は昇段,降段ともに p<0.01 で有意であった。判別的中率
は昇段で 69.3%,降段で 65.3% であった。抽出された因子は昇段では TUG と QS(p<0.01),降段では患側屈曲 ROM と TUG
(p<0.01)
,QS と歩行時間(p<0.05)となった。抽出された変数における AUC,カットオフ値は昇段の TUG では,0.74,11.8
秒 QS は 0.74,9.2 回であった。同様に降段での患側屈曲 ROM では 0.61,117 度,TUG では 0.67,10.7 秒,QS は 0.69,9.2 回,
歩行速度は 0.68,4.6 秒であった。
【考察】昇段降段ともに抽出された因子は TUG と QS であった。TUG と階段昇降の相関は過去報告されており,階段昇降が複
合的な運動を必要とするためと言われている。QS は我々が独自に取り組んでいる伸張"
短縮サイクル(Stretch"
Shortening Cycle 以下 SSC)
運動である。SSC 運動は踏切動作などのスポーツ分野に限らず,通常歩行にも認められる運動であり,瞬発的に
大きな力を発揮できると言われている。階段昇降を良好にするためには,瞬発的な筋力の発揮が必要と考えられ,このため QS
が階段昇降に影響を及ぼしたと考える。降段では屈曲 ROM が因子として抽出された。屈曲角度が不十分であると,効率的な降
段につながらず,二足一段を余儀なくされる。このため降段時において屈曲 ROM が抽出されたと考える。本研究では昇降の手
順に関して限局しておらず,二足一段で良好と感じる症例もいれば,一足一段で不良と感じる症例もいる。昇降方法を分類した
うえで,患者の主観的評価を反映していくことが,今後の課題だと言える。
【理学療法学研究としての意義】TKA 術後患者の階段昇降に関して,主観的に楽昇降可能と判断する場合の関与因子を抽出し
た。今回の結果は患者満足度を高めるうえでも,理学療法研究の意義があると考える。