バス事業における公的役割に関する一考察

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バス事業における公的役割に関する一考察
鶴指 眞志・松澤 俊雄
目 次
1.は じ め に
2.バス事業運営の環境変化と動向
3.規制緩和の効果
3.1 英国におけるバス事業の規制緩和
3.2 日本におけるバス事業の規制緩和
4.バス事業運営の環境変化と公の役割
―都市・地域交通を中心に
4.1 コミュニティバス
4.2 英国における Quality Partnership
5.補助金の必要性に関する理論的考察
5.1 Mohring(1972)による議論
5.2 Gwilliam et al.(1985)の議論
6.お わ り に
1.は じ め に
バス事業の近年の動向ならびに政策上の課題についてみると,わが国では複数の交通手段と
競合する(都市)域内乗合バス事業の退潮的傾向のなか,相対的には貸切バスや高速バス事業
部門には成長がみられる。またわが国規制緩和後では,制度的に容易になった赤字路線からの
退出傾向がかなり見られる反面,同じバス事業内で,参入面での大きな変化は見られない。一
方では,赤字路線からの民営事業者の撤退後,公や NPO 法人によるコミュニティバスの運行
が行われ,住民の足を十分とは言えないが補足している情況もある。
また英国では,1986 年の域内バス規制緩和後,ロンドンなどの対象地域を除いた規制緩和
地域では,一部浪費的競争と運営上のネットワーク喪失などが利用の退潮に拍車を掛けたとこ
ろも多い。とくに大都市地域(Metropolitan Area)でのバス利用者の退潮が著しい。そのため
1990 年代半ばからは,バスの走行環境や運行上の施設における改善や利用者への情報提供と
いった,事業に直接関わらない限定的ではあるものの,Quality Partnership(QP)という形で
公民が連携することによって地域交通の利便性の回復が図られている。アメリカでは伝統的大
都市以外の各都市で,個別交通手段(乗用車)に代替する中量規模交通手段としてのバスが重
視され,公的助成のもと比較的高いレベルでの運行がなされている。
英国では規制緩和後ロンドン以外において,バスの運行計画・維持ならびに運行自体は,社
会的に維持が必要な補助金(public subsidy)路線を除いて民間の会社に委ねられている(規制
バス事業における公的役割に関する一考察
223
図 1 日本,英国,米国における輸送人員の変化(全国値)
〈出所〉日本:交通経済統計要覧(各年版),英国:Transport Statistics Great Britain 2012,(https://www.gov.uk/
government/publications/transport-statistics-great-britain-2012),米国:Public Transportation Fact Book, Appendix A:
Historical Tables(http://www.apta.com/resources/statistics/Pages/transitstats.aspx)
注)日本は乗合バス全体であり,2010 年の値は入手できていない。英国は域内バス,域内バス以外あるいはコー
チ,そしてトロリーバスを含む。米国は域内バスや急行バスなどを含み,加えて,トロリーバスも含む。
緩和後,平均的に 80% 以上のサービスは営利的ベースで行われているが,地方圏(Shire
County)では補助金付きサービスが 30% 前後を占める)。福祉的料金割引や燃料税の割り戻し
(現在は形態を変えている)の形での公的補助(いわゆる隠れた補助)も依然収入に占める割
合は大きい。何れかの形にせよ人々の日常的移動で普遍性をもつ域内バス(都市バス)事業に
対する公的補助は必要であると思われる。その根拠について本稿では,Mohring(1972)と
Gwilliam et al.(1985)にもとづきみてゆきたい。
2.バス事業運営の環境変化と動向
まずはバス事業の動向を見ると次のことがわかる。図 1 は日本,英国,米国それぞれにおけ
る,バス全体の輸送人員の変化を見たものである。日本においては高度経済成長をピークにバ
スの輸送人員が減少していることがわかる。また,英国では一貫してバスの輸送人員が減少し
224
経済学雑誌 第114巻 第 3 号
てきているが,1990 年代に底を打ち,2000 年以後は若干の増加が見られる。これら 3 国の減
少要因としてはいくつか考えられるが,共通する要因として,とりわけモータリゼイションの
深化によるところが大きいといえる。
次に図 2 は輸送人キロの変化をやはり 3 国でみたものである。輸送人キロで見ると日本は
1990 年前後まではほぼ一定の水準を保っていたが,2000 年までに大きく減少することになっ
た。他方,英国は減少傾向が進んでいたものの,1990 年代からはほぼ一定の水準を保っており,
米国についても同様のことが言える。これら図 1 と図 2 からは,既にそれぞれの国においては
モータリゼイションの深化は頭打ちとなっており,バスから自家用車へのシフトが落ち着くよ
うになった事に加えて,環境意識の高まりもあり,政策的にバスを含めた公共交通の利用を促
すような方向性がとられるようになり,それらがバスの輸送人員や輸送人キロの安定化につな
がっているといえる。具体的な例として米国では,低落を続けていたバスが,自動車による混
雑・環境悪化に対処すべく都市政策の一環として補助金や専用レーン等の走行環境や運賃制度
の改善によって再生し,以前より大きい役割を果たすようになった 1)。
そして,図 3 は日本と英国における地域別乗合バス輸送人員の変化を見たものである。日本
においては,三大都市圏以外において輸送人員が,ほぼ一定割合で減少していることが分かる。
三大都市圏においても減少傾向が見られるが,その割合は三大都市圏以外と比して緩やかであ
る。他方で,英国においてはイングランド都市圏と非都市圏では輸送人員の減少傾向が見られ
るものの,ロンドンでは 2000 年以後増加傾向さえ見ることができる。ロンドンは後述するよ
うに,1986 年の英国域内バス事業規制緩和において,規制緩和対象外地域となったわけだが,
この輸送人員の増加には,2000 年前後にロンドンにおいて景気状態が良かったこと,トラベ
ルカードの導入で地下鉄や国鉄郊外線とのネットワークを強化するなど 2),いくつかの要因が
考えられる。
一方,図 4 は英国の域内バスの地域別にかぎり,供給側のサービス水準である車両キロを見
たものであるが,いずれの地域においても 1986 年の規制緩和以後若干の増加を見た以外は大
きな変化はない。この車両キロの増加は,規制緩和によって生じたミニバスの大幅進出や路上
競争の発生などの要因が考えられる 3)。
最後に,図 5,図 6,図 7 はそれぞれ日本におけるバスの輸送人員,輸送人キロ,車両キロを,
乗合バス,貸切バス,自家用バス別で変化を見たものである。乗合バスについては先述のよう
に高度経済成長期までは大きく増加したが,それ以後は減少傾向が続いている。一方,貸切バ
スや自家用バスでは,特に前者が 1960 年から 1970 年にかけて大きく増加したもののその後は
一定になる傾向が見られる。さらに,輸送人キロと車両キロで見ると貸切は一貫して増加傾向
1) 松澤(1999)p. 62。
2) 松澤(2005)p. 130。
3) 同上 p. 129。
バス事業における公的役割に関する一考察
225
図 2 日本,英国,米国における輸送人キロの変化(全国値)
〈出所〉同上
注)それぞれ全てのバスの合計である。米国の 1980 年以前のデータは入手不可能であった。
図 3 日本と英国における乗合バス輸送人員
〈出所〉日本:交通経済統計要覧(各年版),英国:Transport Statistics Great Britain 2012
注)英国は域内バスの輸送人員である。また,英国におけるイングランド非都市圏のデーターは 1985 年から入
手可能であり,日本の 2010 年のデータは入手不可能であった。
226
経済学雑誌 第114巻 第 3 号
図 4 英国の域内バスにおける車両キロ
〈出所〉Transport Statistics Great Britain 2012
である。輸送人員がそれほど増加せず,これら輸送人キロと車両キロが増加していることの背
景には,高速道路をはじめとする地域間道路の整備がある 4)。同様にして乗合バスにおいても,
輸送人員が一定割合で減少している一方で,バスの輸送人キロでの減少が 1980 年代からは若
干落ち着いていること,さらに,車両キロで見た場合には 1970 年代から一貫して安定してい
ることについても,高速道路などの地域間道路の整備が大きく影響していると言える。
3.規制緩和の効果
3.1 英国におけるバス事業の規制緩和
周知の通り,英国の域内バスの規制緩和がなされたのは 1986 年であるが,規制緩和に至っ
た経緯について,簡単に確認しておきたいと思う。まず,英国におけるバスの規制の大本とし
ては 1930 年交通法(Road Traffic Act 1930)にさかのぼる。この法による規制は,路線ごとに
4) 松澤(1999)p. 66。
バス事業における公的役割に関する一考察
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図 5 日本におけるバスの輸送人員
〈出所〉交通経済統計要覧(各年版)
独占的営業権を与える路線免許制を柱としたものであり,以後英国のバス事業はこの法によっ
て規制が行われていくことになる。しかし 1950 年代からの,モータリゼイションの進行によっ
てバスの輸送人員が減少をするという悪循環に陥ることになる。その悪循環とは具体的に,モー
タリゼイションが進展することでバスの輸送人員が減少し,バス事業の運営状況が悪化,結果
としてサービス水準も低下,それによって,モータリゼイションが更に進んでいくというもの
である。このような中,運営上の損失を埋めるべくバス事業に対する補助金も大幅に増加して
いくことになり,このような悪循環から抜け出すべく,制度上の見直しを迫られることになっ
た。その解決手法として 1979 年に保守党のサッチャー政権は,路線免許制の規制を撤廃し,
参入退出を自由化するといった規制緩和と,第二次世界大戦後からそのほとんどが国営企業に
よって運営されてきたバス事業を民営化する政策を打ち出すことになった。
このバス事業の規制緩和については,経済学的なロジックをベースとして様々な面から議論
が行われてきた。典型的には推進派として政府のバス白書である Department of Transport(1984)
があり,一方で消極派としては Gwilliam et al.(1985)などが挙げられる。表 1 は Pickup et al.
(1991)の整理に基づいて,規制緩和推進派と消極派の議論をまとめたものである。ここでは
本論に即して,バスサービスの性質からの競争の面,サービス水準という観点に絞って確認を
228
経済学雑誌 第114巻 第 3 号
図 6 日本におけるバスの輸送人キロ
〈出所〉同上
しておくことにする。
まず,競争面においては,バス市場がコンテスタブル市場か否かという点が大きな焦点となっ
た。推進派は,バス市場はコンテスタブル市場であり,競争圧力によって運賃の水準が適切に
保たれ,一方でサービス水準の上昇が見込まれるとする。他方,消極派は,バス市場はコンテ
スタブル市場ではない故,競争圧力が働かず運賃の上昇やサービス水準が不安定になるという
懸念を示した。
第二に,サービス水準については,コンテスタブル市場の是非という議論の一方で,内部補
助も含めた補助金に関する問題について,社会的余剰の観点からの議論が行われた。推進派の
意見として,規制緩和の目的の一つに,膨大に増加した政府からの補助金の削減,そして公平
性の面から疑問視される内部補助の撤廃を行い効率的な運営をさせるということがある。これ
について消極派は,内部補助については社会的に望ましくないと認めた上で,予算制約下での
社会的余剰最大化を行った場合の次善解として内部補助も存在しうるとして,補助金に関して
は総じて社会的余剰を増加させる可能性がある一方,内部補助の撤廃はとりわけ不採算路線や
オフピークの時間帯のサービス水準を低下させるという議論を行った 5)。
バス事業における公的役割に関する一考察
229
図 7 日本におけるバスの車両キロ
〈出所〉同上
さて,これらの議論を経て,結局は 1985 年に交通法が成立し,1986 年 10 月下旬にはロンド
ンを除く英国の域内バスサービスについて,路線免許制廃止を軸とする規制緩和がなされ,加
えて,国営バス事業の民営化が行われた。その後規制緩和の評価についても議論が多く存在す
るが,ここではコンテスタブル市場と補助金に関することに焦点を絞って議論することにする。
まず競争については,コンテスタブル市場であるか否かが大きな争点となったわけであるが,
実際には参入を 42 日前に知らせるいわゆる 42 日ルールをはじめとする参入障壁が存在するな
どの理由から,バス市場は不完全なコンテスタブル市場であるという議論が存在する。また新
規参入についても,ほとんどの場合既存事業者が参入を阻止するような状況が確認されてい
る 6)。一方で,かつて 1920 年代でも見られたような,バスの路上競争が各地で見られたが,
1990 年代後半頃より独占的,寡占的市場となり,安定化する傾向があるとされる 7)。
5) Gwilliam et al. (1985).
6) Mackie (1995) p. 232.
7) 松澤(2005)p. 135,House of Commons(1999)など。
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経済学雑誌 第114巻 第 3 号
表 1 規制緩和賛成派と反対派の主張
焦点
規制緩和推進派
規制緩和消極派
規制緩和によってコンテスタブル市場
が生み出される。
→新規に事業者が自由に参入し,1985
年運輸法により,新規参入者は既存の
事業者と対等な立場で競争できること
が保証されるからである。
規制緩和はコンテスタブル市場をもた
らさない。
→新規参入者にとって埋没費用が存在
し,既存の事業者は参入者に対して(情
報などの面で)優位であるためである。
競争圧力によって運賃は低下する。※
内部補助が廃止されるため多くの路線
で運賃が上昇する。
運賃が下がり,サービスが改善される。
→特定のルートでは乗客が増加する。
高い運賃,サービス水準の低下,信頼
性が無い不安定なサービスを招く
→乗客が減少する。
サービスの
安定性
長期的には不安定性は生じないだろ
う。
→安定的で信頼性があるサービスを供
給するということが事業者の関心事で
あるからである。
競争市場にすることにより,不安定な
状況が生じる。
サービスの
統合
乗客が望むのであるなら,サービスの
統合は事業者自身の関心となる。
事業者はサービスの統合に関して全く
インセンティブを持たないだろう。
乗車券や情報に
ついての統合
統合されることに乗客(そして事業者)
が関心を持っているならば,継続され
るだろう。
競争状況下においては,域内乗車券や
情報における地域内での統合はすぐに
消滅するだろう。
競争
運賃
乗客
〈出所〉Pickup et al. (1991) pp. 42 FIGURE 3.3 より作成(一部改変)
※原文のまま掲載している。政府の『バス白書』(1984 年)では規制緩和以前においては,運賃が低く設定され
すぎていたが,適正な水準になるという旨の主張をしている。
他方,補助金については,不採算路線に対しては補助金の付与に関連した入札競争制度も導
入された。入札方式としては,費用拠出方式と純補助方式という 2 種類が存在する。前者は,
公によって示されたサービス規準を最も安価な費用で供給する事業者に運行権が与えられるも
のであり,後者は収入と費用の差額としての補助金を事業者に対して提示させ,最も低い入札
をした事業者が運行権を得るものである。この入札競争は,補助金の削減に対して有効に機能
したとされる 8)。
このように,規制緩和後の域内バス市場としては営利的に運営可能な市場において,市場に
おける競争と同時に,不採算路線に対しては競争入札制度を加えた 2 つの競争がうまく機能し
ていると言うことができる。ただし,前者の競争は,既に述べたように,全体として市場が独
占的,寡占的になる傾向にあることから,市場の競争としては限定的であるといえる。
さて,このようなバス事業をとりまく環境の変化の中,2000 年運輸法では地方政府などの
8) 同上 p. 136。
バス事業における公的役割に関する一考察
231
公的主体とバス事業者がパートナーシップを構築する,Quality Partnership(QP)が法律上の
制度になった。この QP については,後章において詳しく議論する。
3.2 日本におけるバス事業の規制緩和
日本におけるバス事業の規制緩和後の状況について概観することにする。貸切バス事業では
平成 12(2000)年 2 月に,乗合バス事業では平成 14(2002)年 2 月に需給調整規制廃止を柱
とする規制緩和が行われた。規制緩和から既に 10 年以上経過するわけであるが,規制緩和の
効果についての研究は極めて少ない状況であるといえよう。このような中で,特に費用面につ
いて着目した分析として,柿本(2008)や大井(2009)が挙げられる。特に後者である大井(2009)
においては,規制緩和によって乗合バス事業者の費用面が変化したとは必ずしも言えないとい
う結論をだし,理由として経営環境の悪化が続いており,規制緩和前に分社化や不採算路線整
理などが行われたこと,規制緩和後の競争がほとんど起きなかったことを挙げている。
加えて,新納(2011)ではバス事業に存在する参入障壁について,運転士確保,車両,バス
停などの面を挙げている。この参入障壁の存在は新規参入を困難とし,既存事業者の方が有利
となるので,参入は生じにくいと言うことになる。
他方,需要面からの分析はほとんど見ることが出来ず,いくつかの既存研究をまとめてその
効果を探ることにしたい。輸送人員と輸送人キロについては既述の通りであるためにここでは
省くことにして,価格面に注目してみることにする。
運賃は規制緩和によって認可制から上限認可制となったわけであるが,域内バスについては
ワンコインバス,環境定期券,高齢者向けの定期券の導入などといった多様な運賃が導入され
るようになった 9)。しかしながら,これらの運賃制度が規制緩和によって起こりえたものかを
考えるには疑問が生じるし,とりわけ競争の結果生じたとは言い難いであろう。またむしろ,
高齢者向けの定期券などは,地方自治体が当該事業者を決定するため,参入障壁となる可能性
も指摘される 10)。さらに,運賃の多様化については,IC カードシステムが導入されている場
合でも技術的な困難性が指摘されている 11)。
これら域内バス事業に対して,規制緩和後に需要面に加え,参入面においても,大きな動き
が高速バス事業で見られた。高速バスの定義は加藤(2009)が指摘するようにあいまいなもの
であった。しかし,国土交通省と観光庁が 2012 年に策定した「高速バス表示ガイドライン」
において,高速バス,高速乗合バス,そして高速ツアーバスのそれぞれについて定義を行って
いる 12)。以下本論では,高速バスと標記する場合は基本的に高速乗合バスに加えてツアーバス
9) 谷口・滝澤(2011)。
10) 新納(2011)p. 29。
11) 谷口・滝澤(2011)p. 51。
12) 国土交通省・観光庁(2012)
「高速バス表示ガイドライン」
(p. 3)によれば,高速バスとは“高速 ↗
232
経済学雑誌 第114巻 第 3 号
も含めることにする。
谷口・滝澤(2011)によれば,高速乗合バスは一般路線バスや貸切バスが輸送人員の減少や
実勢運賃の低下を背景とした営業収入の減少に苦しむ中で,バス産業の重要な成長分野として
期待が寄せられている分野であるとされ,高速バス事業が乗合バス事業者にとっては魅力があ
る市場となっていることが伺える。同時に,小嶋(2011)にあるように,高速(乗合)バスの
収益が,赤字路線の原資となっているということから,一般乗合バスも運行する事業者によっ
ては,高速乗合バス事業が一般乗合バスの内部補助の原資になっている場合もある。他方で,
高速ツアーバスが乗合類似行為を行い,高速バス事業に参入することで競争が激化したと言え
る。高速バスは事業者間の競争に加え,他の交通モード(例えば鉄道)とも競合しており,運
賃競争については,事業者間・モード間と入り交じり,熾烈な競争が生じているところもある。
表 2 は各交通手段における輸送人員の変化率をみたものである。2002 年の規制緩和以前
(1997 年→ 2002 年)はバスの輸送人員が軒並み減少している一方で,規制緩和直後(2002 年
→ 2007 年)にほぼ全体として輸送人員が増加している。特に著しい増加が見られるのは東京―
静岡,大阪―岡山といった,比較的近距離といえるほぼ 200 km 程度の区間である。しかし,
2007 年→ 2010 年においては全体として輸送人員が減少しているが,その一方で,200 km 程
度の近距離においては引き続き増加が見られ,また同時に,東京―大阪間という需要自体が多
い区間においても増加が見られる。
そして,図 8 と図 9 は交通手段間における輸送シェアの変化を東京発,大阪発でそれぞれみ
たものである。これらの図においては,距離が遠くになるに伴ってより所要時間が短くて済む
交通手段が選択されると言うことが明らかとなっている。乗合バスと貸切バスを合わせたバス
全体で見てみると,特にシェアを大きく伸ばしたのが東京―静岡,大阪―岡山という比較的近
距離の区間である。この区間では実質的に航空とは競合せず,公共交通機関においては鉄道(主
に新幹線)と高速バスの二者での競合となるわけであるが,運賃に所要時間を含めた一般化費
用で見ると新幹線よりも高速バスが選択される可能性も多くあるため,需要獲得が見込まれる
ことから高速バス事業者にとってはかなり魅力的な市場であり,参入が進んだと考えられる。
一方,東京―大阪間においては,鉄道(主に新幹線)と航空が競合しているが,その中でもバ
スがシェアを伸ばしてきていることが伺える。ただし,東京―大阪間での高速バスシェアのほ
とんどは夜行便であると考えられる。さらに,東京―岡山・広島・福岡という比較的遠距離と
なる地域においては,バスシェアは規制緩和以前と比較してそれほど変化は見られない。また,
大阪―広島・福岡などの区間では近年ではシェアが減少していることがわかる。これらの地域
では輸送人員(需要)の絶対数が少ない上,新幹線などの鉄道や航空が所要時間でも有利にな
↘乗合バス”及び“高速ツアーバス”を指し,“高速乗合バス”は,一般乗合旅客自動車運送事業者が
運行する高速道路を経由する乗合バスを指し,さらに,“高速ツアーバス”とは,高速道路を経由す
る 2 地点間の移動のみを主たる目的とする募集型規格旅行として運行される貸切バスを指す。
バス事業における公的役割に関する一考察
233
表 2 各交通手段における 輸送人員の変化率
1997 年→ 2002 年
発地
東京
大阪
2002 年→ 2007 年
バス
鉄道
航空
2007 年→ 2010 年
バス
鉄道
航空
全体
全体
バス
鉄道
航空
全体
静岡
−1%
−1%
―
−1%
愛知
49%
10%
―
大阪
68%
−7%
75%
9%
103%
0%
2%
3%
−6%
岡山 −22% −14%
181%
27%
38%
28%
3%
16%
16%
3% −13%
−4%
広島 −44% −17%
43%
11%
23%
45%
−7%
13%
−4%
2% −17%
−7%
着地
福岡 −56% −34%
26%
岡山
―
広島
37% −19%
374%
−7%
福岡 −58%
18%
24%
9%
―
10%
−6%
−9%
―
−9%
11% −12%
17%
―
16% −23%
−9%
―
−10%
20%
10%
23%
6%
10%
16%
−7%
−6%
−14%
105%
−3%
―
13%
8%
−8%
―
−4%
7% −24%
3%
―
−2%
−9%
−8%
―
−8%
―
8%
13%
471%
5%
−8% −16% −10%
10% −30%
−3% −79%
〈出所〉旅客地域流動調査(各年版)より筆者作成
注)バスとは乗合バスと貸切バスを指す
図 8 公共交通手段間における輸送シェアの変化(東京発)
〈出所〉同上
注)バスとは乗合バスと貸切バスを指す
−3% −28% −11%
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経済学雑誌 第114巻 第 3 号
図 9 公共交通手段間における輸送シェアの変化(大阪発)
〈出所〉同上
るために,事業者にとってはあまり魅力的な市場ではないと言うことができよう。
このような状況の中,とりわけツアーバスにおいて安全を脅かす重大事故も発生したことも
あり,ツアーバスを新高速乗合バスへ移行 13)し,既存の高速乗合バスと制度上一本化を行い,
ツアーバスも従来の旅行業法の適用から,道路輸送法が適用されることになった。これはつま
り,ツアーバスを乗合事業者として扱い,安全(社会的)面で規制が強化されたということで
ある。
さて,日本においては規制緩和によって,高速バスでは競争が発生することによってサービ
ス水準が上昇し,価格が低下することになった。一方で,域内バスではほとんど何も変わって
いない 14) という議論があるように,規制緩和の効果は見いだせないというのが現状である。
それは費用面においても変化が見られなかったこと,新規事業者にとって参入障壁が存在する
13) 平成 25 年 7 月の新高速乗合バスに制度移行する時点では,新高速乗合バス事業に係る経営許可ま
たは事業計画変更認可を受けた事業者は計 49 社であり,新高速乗合バス事業に係る管理の受委託の
許可を受けた事業者は計 30 社である。(国土交通省自動車局資料による)
14) 新納(2011)p. 34。
バス事業における公的役割に関する一考察
235
ことからも言えよう。価格面では多様な運賃が導入されるようになったものの,規制緩和との
因果関係を見る必要があり,少なくとも競争の結果で運賃が低下したという事例はほとんど見
られない。むしろ,高速乗合バスが域内バスの原資となっているケースもあるという事実から
も,規制緩和の目的であった内部補助の撤廃は,実現されていないと言うことが出来る 15)。こ
れは域内バスの運営には実際には何かしら内部補助(ないしは補助)が存在しないと運営が困
難であるという暗示であるとも言えよう。
ただ,規制緩和の評価として,定量的に費用(供給)面に加えて需要面からもアプローチす
る必要があると考えられる。それらより社会的余剰の変化を見て社会的な観点からの評価をす
る必要があるが,これは今後の研究課題とされる。
4.バス事業運営の環境変化と公の役割―都市・地域交通を中心に
4.1 コミュニティバス
各地方公共団体が主体的となって運行を行う,コミュニティバスという形態が一般化し,今
や全国各地で見ることができる。コミュニティバスに関する事例研究は豊富であり,成功事例
的なものが多く見られるが,他方で失敗事例については触れられることはほとんど無いと言っ
ても良いだろう。コミュニティバスも全てが成功するというものではなく,最近の大阪市の「赤
バス」の例のように,コミュニティバスの運行を取りやめる自治体も少なくないといえる。
コミュニティバスの明確な定義は存在しないが,中部地域公共交通研究会(2009)によれば,
コミュニティバスとは市町村が主体的に運行するバスのことで,高齢者や障がい者の生活交通
確保や,公共施設への移動手段確保などを運行目的とすることが多く,一般に,運行費の一部
もしくは全部に税金が投入されている,というものである。つまり住民の生活確保のために運
行されるものであって,コミュニティバスにおいては,高橋(2006)の,公(中央・地方政府)
・
共(地域住民の非営利組織)・民(民間のバス事業者)のそれぞれが努力し,金銭のみならず
知恵と労力を出し合うという,パートナーシップ(連携)が求められることになる。
コミュニティバスのさきがけは,東京都武蔵野市で 1995 年に運行が開始されたムーバスと
いわれている 16)。ムーバス 17)は大都市郊外あるいは周辺都市の域内交通における空白地帯に,
新規にバス路線を設定することで潜在的な需要を掘り起こした例であるが,中には事業者が撤
退するため,各市町村が代替的なバスとしてコミュニティバスを運行するというケースも見ら
れる。さらに注目すべき点は,都市内でも運行が行われているということである。例えば,東
京都では中央区の「江戸バス」をはじめとして,23 区内でもほとんどの区で,交通空白地帯
15) 内部補助の存在に関しては新納(2011)p. 34 でも指摘されている。
16) 中部地域公共交通研究会(2009)p. 32,寺田(2005)p. 183 など。
17) ムーバスについては大田(2011)が詳しい。
236
経済学雑誌 第114巻 第 3 号
においてそれぞれの区が主体となって運行を行っている。
コミュニティバスは過疎地だけでなく,潜在的需要が大いに見込まれるムーバスなど都市郊
外地域をはじめ,また,都市内の交通空白地域でも運行がされている。高齢化社会という社会
的な要因が含まれるわけではあるが,交通空白地帯を埋めるべく,それぞれの地域でバスの運
行が行われていると言うことは,バスの運行のしやすさ,ルート設定のしやすさなどの利点が
見直されていると言うことがいえよう。そして何より,運行の指揮や補助を中心として,公的
主体の何らかの参加があると言うことは,着目すべき点である。
4.2 英国における Quality Partnership
バス事業の規制緩和を先行的に行った英国では,1997 年に労働党が政権をとることになり,
今まで保守党下で行われてきた政策についても,いくらか修正されることになった。バス事業
についてみれば,規制緩和後 10 年を経て目的の一つであった輸送人員減少については歯止め
をかけることが出来ておらず,一方で多くの地域では大規模なバス会社のグループがそれぞれ
の地域で市場を占めるようになっていた。このような中で 1998 年の白書である DETR(1998)
では,公的主体とバス事業者がパートナーシップを結ぶ Quality Partnership(QP)に注目した。
2000 年運輸法により,公的主体とバス事業者がいわばパートナーシップ関係をもつ QP と,
それをいわば強化したものである Quality Contracts(QC)が法律上の制度となった。QP の目
的は,あらゆる利用者に対してより質の高く,物理的にもアクセスしやすいバスサービスを提
供し,減少するバスの輸送人員に歯止めを掛け,輸送人員の増加を目指すことにあるとされ
る 18)。具体的な中身としては,まず公的主体(単数ないしは複数の地方当局)がその地域内に
バスについての設備等を提供し,加えてバスサービスの質について,特定の水準を決定する。
これに対して,バス事業者側は,公的主体が提供する設備を利用したい場合には,公的主体が
定めたサービス水準を満たすことを要求される。DETR(1998)によれば,地方当局が提供す
る設備とは,例えばバス専用レーンをはじめとしたバスの走行を優先させる各種交通管制措置
や,バス接近情報表示なども兼ね備えたよりよいバス停・待合所等乗客向けの施設などを指し,
一方,バス事業者側に要求されるサービス水準には,快適性,環境へ配慮した車両の導入,低
床車導入などによる物理的なアクセスのしやすさ,乗務員の訓練などが含まれる。ここで公的
主体の提示するバスのサービス水準遵守を約束しない事業者は,域内でのバスサービスの供給
を禁止させられるものではないが,公的主体の提供する設備の利用はできないことになる 19)。
これら事業者側,公的主体側それぞれの役割をまとめたものが表 3 である。
しかしながらこの QP は 2000 年運輸法で法制化する以前の 1990 年代半ば頃から既に自主的
にいくつかの地域で,事業者と公的主体が手を組んで実施されてきたものであった。具体的に
18) DETR (1998) p. 40.
19) OFT (2009) p. 98.
バス事業における公的役割に関する一考察
237
表 3 QP に関する決定要素とその責任を負う主体のまとめ
サービス
トリップ時間
信頼性
情報
快適性
システムへのアクセス
決定要素
労働者/設備(車両)
入手可能性
混雑水準
(道路上などでの)インフラにおける優先
責任
事業者
地方当局
安定性/知識
印刷/実況
情報
たいていは地方当局
車両の質
運転手の質
事業者
交通の環境
地方当局
低床バス
事業者
バス停
インターチェンジ(乗換施設)
たいていは地方当局
〈出所〉Mackie (1999) p. 3 から引用(一部改変)
DETR(1998)によれば,QP という考え方はその時点で,アバディーン,バーミンガム,ブ
ライトン,エディンバラ,イプスイッチ,リーズ,スワンジーといった地域で先行的に発達し
てきていたものであり,乗客増に結びついているとしている。
また,QP をもってしても当局が要求したサービスの改善を実現するには十分でないことも
考えられるとして,QP を補完する形で QC を締結する権限を,国の認可のもとで地方当局に
与えるということも法制化された。これは,LTA(Local Transport Authority)が,特定の地区
に対して決めたバスサービス供給について,必要とするサービス水準を決定し,競争入札を通
じてそのサービスを供給する独占権を特定の事業者に与えるというものであり,いわばロンド
ン方式を導入することを可能にするものである。しかし,大臣の認可も必要であり,法文の中
にも QC が “only practicable way” である時に行われうるというように,かなり限定的なものと
位置づけられている。
QP と QC についてまとめると,これらは 2000 年運輸法で制定された QP と,それまで行わ
れてきていた自主的な QP,そして,QC という 3 つに分けることができる。自主的な QP は
いくつかの地域で導入事例があるものの,それに比して法定 QP の導入例はわずかであり,
QC は 2012 年時点で導入事例が一つもない状況である 20)。法定のものが導入されにくい理由
としては,手続き上における煩わしさや制約が多いことなどが挙げられる 21)。そもそも QP が
地方自治体と民営事業者の自主的なパートナーシップに由来することにも注意しなければなら
20) House of Commons Transport Committee (2012) p. 25.
21) White (2010) p. 154, House of Commons Transport Committee (2012) p. 25.
238
経済学雑誌 第114巻 第 3 号
ないだろう。いずれにせよ,QP や QC といった方向性は,規制緩和後のパラダイム変更をす
るものではないものの,直接市場を介することなしに,限定的な形ではあるが,バスの運営に
対して何らかの役割を担うことになったと言える。
5.補助金の必要性に関する理論的考察
5.1 Mohring(1972)による議論
Mohring(1972)は,規模の経済性が存在している条件のもとでは,長期的費用を賄うこと
ができないために補助金が必要となることを議論している。その中で特徴的な点は,とりわけ
交通においては旅客が交通サービスの消費の役割を担うだけでなく,生産面の役割も演じると
いうことに着目していることである。それは具体的には,利用者が公共輸送人(common carrier)を利用するうえにおいて,時間という稀少な要素を投入しているということである。つ
まり,費用として,事業者側における運行費用に加え,消費者がトリップのために費やす価値
の両方を考慮している。従って,ここでの収穫逓増の条件というのは,トリップの時間などの
利用者側の費用を含めたうえでのものとして考える。なお,Mohring(1972)におけるバス事
業の前提としては都市内のバス市場が想定されている。
図 10 はこの議論を表した図である。横軸に表されるのは 1 週間当たりのトリップ数であり,
縦軸は 1 週間当たりのバス事業者の収入または費用である。需要曲線は長期限界費用曲線と点
C で交わると仮定する。ただし,ここでは混乱を避けるために需要関数が省略されている。一
方,費用に関しては,事業者についての費用(図 10 中の長期平均費用・長期限界費用)に加
えて,乗客にとっての費用,すなわちバス停での待ち時間 22)とバスで移動しているときの時
間を加えた時間費用(図 10 中の平均可変費用曲線)を考えている。
費用について具体的に,まず利用者の方から考えることにする。いま,代表的な旅客は QB
ドルの時間をトリップにあてるとする。このとき,代表的な旅客を乗せるために,バスはバス
停に停車するので,この旅客は自分の利用するバスの速度を遅くすることになる。それはその
バス停での乗降を希望しない他の旅客にとっては費用となっている。これを外部性と見なして,
バスの乗客全体に及ぼす費用として,短期限界費用曲線で示されている。この時,線分 QC で
表される部分を「オウン・バス」効果と「システム」効果と呼ばれる。代表的な旅客は QB の
価値の時間投入を行うので,彼の支払うべき価格を彼のトリップの短期限界費用に等しく設定
するために,この分の BC の料金(混雑税)を代表的利用者に課す必要がある。これによって,
QB の利用者が時間でもって支払っている部分に,他の利用者に与える費用(時間)である
BC を加えたものである利用者費用(運賃)は OF(=QC)である。
22) ここでは停留所でバスを待つ時間に加え,論文では乗り換え地点でバスを待つ時間,そして,最終
目的地に歩いて行く時間,最終目的地で待っている時間が含まれる。
バス事業における公的役割に関する一考察
239
図 10 Mohring の議論
〈出所〉Mohring (1972) p. 592 Figure 1 より引用
一方で,事業者側について見ると,運賃を OF に設定したときに,事業者の収入は四角形
OFCQ となる。可変費用は四角形 OEBQ であり,これは収入でカバーすることができる。また,
収入−可変費用=準地代である四角形 EBCF については,BC という料金(混雑税)を代表的
旅客に課したことになるので,この準地代の部分もカバーされうる。ところが,資本投入の費
用である四角形 EBDG の一部分である四角形 FCDG はこれらの収入と準地代ではカバーされ
ないため赤字となる。つまり利用者に対してバストリップの社会的限界費用価格形成=OF を
行うならば,この赤字部分に相当する補助金が必要と言うことになる。これら一連の議論が一
般的に言われるモーリング効果のことである。
以上の議論は,時間という利用者側の費用を含めた規模の経済性を前提に議論を行っている
わけであるが,具体的に規模の経済性があるか否かについての議論は,他の研究に譲るとして,
利用者側の時間費用も含めるという点でより現実的な議論であるといえよう。結論としてこれ
らの条件のもとでは,資本投入である長期的費用を賄うためには補助金が必要であり,公的主
体のバス運営への参加が示唆されると言える。
240
経済学雑誌 第114巻 第 3 号
5.2 Gwilliam et al.(1985)の議論
先の 3.1 節のイギリスにおける規制緩和において,規制緩和の際に推進派と消極派で議論が
行われたと言うことを述べた。消極派のうち,Gwilliam et al.(1985)においては,前節の
Mohring(1972)の議論を踏まえ,さらに社会的余剰の観点から補助金の必要性について議論
を行っている。本項では,これについて議論を行うことにする。
まずは利用者側(需要)を考えるとすると,今,G を一般化費用,Q を需要量として,逆需
要関数を G = G (Q) とする。一般化費用は,運賃 P に,最初のバスを待つ時の待ち時間の費
用である T1 と,最初のバスが満員で乗車できなかったとき,次のバスを待つことによる追加
æQö
的な待ち時間である T2 を加えた, G = P + T1 ( M ) + T2 çç ÷÷÷ で表すことができる。ここで,M
çè M ø
はバスの車両マイル(サービス水準)を示す。一方,事業者側の費用関数は,C を運行費とす
ると, C = c1 M + c2Q と書くことができる。ここで,第一項目は事業者に実際にかかる費用で
あり,第二項目は,c2 の追加的な乗客が乗り降りすることで生じる,外部費用に相当する。
これらによって,社会的余剰は
Q
Z = ò G( q)dq - Q[T1 + T2 ]- c1 M - c2Q
0
(1)
と書くことができ,これを需要量 Q と,サービス水準である M について最大化することを考
えていく。一階の条件は,
¶Z
Q ¶T2
= G - T1 - T2 - c2 = 0
M æç Q ö÷
¶Q
¶ çç ÷÷
èMø
é
ù
ê
ú
ê ¶T1
¶Z
¶T2 Q ú
ú-c =0
= -Q ê
æ Q ö M2 ú 1
ê ¶M
¶M
¶ ççç ÷÷÷
ê
ú
èMø
êë
úû
(2)
(3)
となる。(2)式を整理すると,
P=
Q ¶T2
+ c2
M æç Q ö÷
¶ çç ÷÷
èMø
(4)
Q
について正の関係であることから,バスの
M
平均乗車率は高くなるに従って,最適運賃が高くなる,と言うことである。また,(3)式を整
となる。ここで,(4)式の意味としては T2 は
理すると,
é
¶T2
¶T ù M 2
= êc + Q 1 ú 2
æ Q ö÷ ëê 1
¶M ûú Q
¶ ççç ÷÷
èMø
(5)
バス事業における公的役割に関する一考察
241
となる。さらに,(4)式を変形すると,
¶T2
M
= ( P - c2 )
æ Q ö÷
Q
¶ ççç ÷÷
èMø
(6)
となり,これを先の(5)式に代入し,整理することで,
P × Q - c2Q - c1 M = M × Q ×
¶T1
¶M
(7)
¶T1
< 0 であることから,全体として負
¶M
になる。従って,利用者費用を含めた場合,社会的余剰を最大にするときには,事業者に生じ
¶T
る赤字を埋め合わせる分,すなわち, M × Q × 1 に等しいだけの補助金が必要となることがわ
¶M
かる。
を得る。(7)式の右辺に注目すると, M > 0, Q > 0,
Gwilliam et al.(1985)では Mohring(1972)の議論にあるモーリング効果を踏まえ,社会的
余剰最大化を行った場合についての議論を行っている。この場合にも,補助金は必要となり,
公のバス事業に対する参加が示唆されている。
6.お わ り に
本稿ではバス事業における動向をフォローするとともに公的主体の役割を探りつつ稿を進め
てきた。域内バス(都市バス)においては,先進国では 1970 年代からモータリゼイションの
進行とともに利用者は減少する。そのためサービスの縮小が行われるとともに道路走行条件の
悪化も加わり,バスそのものの利用価値が一層低下し,利用者も更に減少する……といったい
わゆる「悪循環」が生じた。バスサービスの維持のため公的補助金は増加を続ける。バス部門
におけるこうした停滞状況を打破するためとられたのが,路線免許廃止と参入の自由化を内容
とする一連の規制緩和であった。こうした状況は域内バス・高速バスによって異なるし,乗合
バス・貸切バスの間でも異なっているし,さらには域内バスにおいては大都市圏と地方圏で事
情がことなることは,一連の図 1 ∼図 7 で示された。また,3.2 では高速鉄道に対する高速バ
スの存在可能性を都市間の距離と OD 都市の規模との関係で示した。
英国における域内バスの規制緩和では,全てを自由化(事業者間競争に委ねる)した地域で
は,補助金入札制度は positive に機能したといえるが,運行面・運賃面ではネットワークが消
失して利用価値の低下が一層の利用者減を招いた。それに対して運行面・運賃面での管理を一
元的に行っていた規制緩和対象外のロンドンでは,路線運行権入札制度の利点と,一連の利用
者獲得方策が相まって,前後 30 年間でおよそ 2 倍もの利用者を得ることができた。域内バス
の場合,運行・運賃計画において公的主体の関与が必要であることを示した。
242
経済学雑誌 第114巻 第 3 号
英国の域内バスにおいて,1990 年代半ばから自主的に導入されはじめ,2000 年運輸法にお
いて法制化された Quality Partnership(QP)についても述べた。運賃や数量(サービス水準)
などについては引き続き民間会社の競争に任せられており,QP において公の役割は走行環境
や利用者への情報提供などと言った限定的な形ではある。しかし,市場を通じないものの,公
のバス事業に対する何らかの参加がなされている。もちろん,既述の通り社会的に必要な路線
に対する補助,福祉的料金割引や燃料税の割り戻しと言った政策は行われ続けている。
Mohring(1972)においては,規模の経済性が存在する市場のもと,利用者費用を考慮した
場合の議論を行い,モーリング効果によって資本の部分を賄うには補助が必要だと言うことが
示された。また Gwilliam et al.(1985)においては,モーリング効果を考慮し,社会的余剰の
最大化を行った場合に,やはり補助が必要であることが示された。いずれも,利用者側の時間
という費用を含めた議論であり,利用者側の費用を明示的に含めることによって,補助金の根
拠つまりは公の役割が示されることになる。
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