有機ELの研究動向

解 説
有機ELの研究動向
清水貴央
■
有機EL(Electroluminescence:電界発光)は,高画質を得ることができる表示技術で
あり,次世代のディスプレー技術として期待されている。この分野では,これまでに,
日本国内で世界を牽引する技術が多く生み出され,1997年に世界で初めてパッシブ型有
機ELディスプレーが日本企業から販売された。以降,多くの企業が参入と撤退を繰り返
し,ようやく現在は,多くの大型有機ELディスプレーが展示会に出展されるようになっ
てきた。また,50型以上の有機ELディスプレーも販売されるに至ったが,本格的普及の
ためには,まだ多くの課題を抱えている。本稿では,普及に向けた有機ELの課題とそれ
らを解決するための新技術について解説する。
1.はじめに
有機ELという言葉も,携帯電話への搭載や有機ELテレビの登場により身近なものと
なった。有機ELは,薄さ・軽さ・高コントラスト・応答速度の速さから,次世代の大画
面表示技術として期待されてきた。テレビとしては,2007年に日本企業から初めて11
型有機ELテレビとして販売されたが,その後しばらくは,主に携帯電話に使用される時
期が数年間続いた。2010年には,欧州などで15型の有機ELテレビが販売され,さらに
2013年には,55型の有機ELテレビ,さらには湾曲させた有機ELテレビが米国などで販
売されるに至った。徐々に普及の兆しをみせているようにも思われる有機ELテレビであ
るが,一方で,現時点では有機ELはあくまでも高級路線と見なされ,低価格の液晶テレ
ビを前にして苦戦を強いられていることも事実である。
有機ELが市場に広がるためには,独自の特徴を生かしたアプリケーションを開拓する
必要があるという考え方も持たれるようになってきた。その1つは,調光が容易な面光
源であるという利点を生かした照明用途としての活路である。そしてもう1つは,本特
集号のテーマとなっているフレキシブルディスプレーである。有機ELは,薄膜を積層し
た構造であるため,超薄型のディスプレーが実現可能であり,携帯・収納・設置など,
使い方の自由度の高いフレキシブルディスプレーに最適な表示技術であると考えられて
いる。
次世代の放送システムとして期待されているスーパーハイビジョン(SHV:Super Hi
­Vision)を家庭の大画面テレビで視聴するために,薄くて軽いシート状のディスプレー
の実現が期待されている。一方,いつでもどこでも視聴可能な携帯型テレビには,落と
しても割れにくく,収納性に優れたディスプレーが適している。本稿では,有機ELの原
理と課題,近年の有機ELの研究動向について解説する。
18
NHK技研 R&D/No.145/2014.5
金属(陰極)
DC 数V
電子輸送層
発光層
正孔輸送層
ITO(陽極)
発光
ガラスまたはフィルム基板
光
(a)基本的な素子構造
電子は各材料層の
空の軌道を移動
電子エネルギー
注入
電子
輸送層
陰極
光
正孔
輸送層
陽極
再結合
発光層
注入
正孔は各材料層の電子の
詰まった軌道を移動
(b)各層のエネルギー図
1図 有機ELの原理
2.有機ELの原理と課題
2.1 有機ELの原理2)
有機EL素子はキャリヤー注入型*1のデバイスで,電極間に有機薄膜を挟んだ構造であ
*1
目的と す る 材 料 層 に,キ ャ リ
ヤーである正孔または電子を直
接受け渡すデバイス。
り,直流電圧を加えることで正孔と電子が発光層で再結合し発光する。そのため,自発
光型のディスプレーデバイスに分類される。その基本的な素子構造は1図(a)に示すよ
うに,ガラスなどの基板に,透明電極(ITO*2など)を形成した上に,正孔輸送層*3,
発光層,電子輸送層,陰極が積層されている。注入された電荷を発光層内に閉じ込めて
再結合させることが発光効率の向上につながり,発光層の正孔輸送層側に電子ブロック
層を,また,電子輸送層側に正孔ブロック層を設けることもある。発光色は,発光層を
*2
酸化インジウムにスズを添加し
た化合物。
*3
正孔を運ぶ層。電子を運ぶ層を
電子輸送層と言う。
構成する色素によりほぼ決定される。各有機層の厚みは30∼50 nm,陽極と陰極を含めた
総厚は,数百nm程度である。
1図(b)に示すようなエネルギー図で説明すると,陽極から注入された正孔は,正孔
輸送層中の電子の詰まった軌道を移動し,また,陰極より注入された電子は,電子輸送
層中の空の軌道を移動して,発光層に到達する。そして,発光層で正孔と電子が再結合
し発光する。
有機ELは,OLED(Organic Light­Emitting Diode)と略称される。OLEDはさらに
低分子材料*4あるいは高分子材料を用いた素子に分類され,後者はPLED(Polymer
Light­Emitting Diode)と称されることもある。材料としては,蛍光性の発光材料が主
に用いられ,成膜法としては,真空蒸着*5が主流である。1990年代後半よりリン光性の
有機発光材料が出現し,加えられた電荷の100%近くを発光に利用できるデバイスが実現
されている。
*4
分子量(分子の相対的な質量)
が1,000以下程度の有機材料。
*5
材料を真空中で加熱等により蒸
発させ,基板上に付着させる技
術。
NHK技研 R&D/No.145/2014.5
19
正孔
正孔
電子
再結合
電子
再結合
25%
25%
75%
75%
一重項励起子
一重項励起子
三重項励起子
計25%
蛍光
三重項励起子
項間交差
(ISC)
計100%
無輻射失活
リン光
(a)蛍光発光
無輻射失活
蛍光
無輻射失活
リン光
無輻射失活
(b)リン光発光
2図 蛍光発光とリン光発光の違い
2図に蛍光発光とリン光発光の違いについて示す。正孔と電子の電荷を受け取った発
光材料においては,正孔と電子の再結合により,2図(a)に示すように2つのエネル
*6
原子や分子などの取り得る状態
のうち,エネルギーの最も低い
状態を基底状態と呼び,それよ
りエネルギーの高い状態を励起
状態と呼ぶ。
ギーの励起状態*6(その状態の分子を励起子と呼ぶ)が形成される。1つは蛍光として
*7
励起状態の電子が一重項 状 態
(電子の磁性的性質であるスピン
の状態の一種)にある分子。
リン光性の材料とは,この三重項励起子を発光に用いることができる材料である。イリ
*8
励起状態の電子が三重項 状 態
(電子の磁性的性質であるスピン
の状態の一種)にある分子。
*9
周期表の第3列から第11列まで
の間に存在する元素の総称。
*10
原子番号の大きな重い原子ほど
項間交差(脚注11を参照)を起
こしやすくなる現象。
発光を起こしやすい一重項励起子*7と,もう1つは発光せずに分子振動などの熱として
エネルギーを失いやすい(これを無輻射失活と呼ぶ)三重項励起子*8である。一重項励
起子の生成割合が25%であるのに対し,三重項励起子は75%と,3倍の量が生成される。
ジウム,白金,オスミウム,ルテニウムなどの遷移金属*9を有する有機金属化合物を用
いることによって三重項励起子からリン光発光を起こす材料が多数報告されている2)∼5)。
これは,イリジウムなどの重い金属によって,速やかに発光を起こす重原子効果*10によ
るものである。リン光材料は,2図(b)に示すように,一重項励起子も重原子効果によ
り項間交差(ISC:Intersystem Crossing)*11が促進され,三重項励起子に変化しやす
い。その結果,加えた電荷の100%をリン光に利用することができる。ただし蛍光材料の
方が,素子の駆動寿命が長いため,実用化においては先行している。
成膜方法としては,先に述べた真空蒸着法に加え,塗布可能な高分子発光材料を用い
ることにより生産性を高めた印刷法も検討されている。なおカラー化の方式としては,
RGB各色の塗り分け方式と,白色の有機EL素子にカラーフィルターを用いる方式*12な
*11
励起状態にある分子中の電子の
スピンが,一重項状態と三重項
状態の間で変化する現象。
どがある。
*12
本特集号の解説「フレキシブル
ディスプレーの研究・開発動向」
の4.2節を参照。
する画質や形状的な自由度に関しては,有機ELが有利であり,表示装置としての性能は
2.2 有機ELディスプレーと液晶ディスプレーの比較と課題
有機ELディスプレーと液晶ディスプレーの比較を3図にまとめた。3図の右側に位置
高いことを示しているが,左側のコスト面では厳しい状況にある。
コントラスト比について述べると,液晶テレビのコントラスト比は,バックライトの
制御技術等により以前に比べ向上し,3,000対1程度の製品も存在するようになったもの
*13
直径が数nmの金属化合物で,特
有の光吸収や発光を示す物質。
粒子サイズにより光の波長を変
えることができ,粒径をそろえ
ることで純粋な発光色を再現で
きる。
の,有機ELテレビは10万対1以上の性能を示し,映画などの映像に有効である。
*14
色の再現範囲を表す規格。近年,
印刷物,カメラ,ディスプレー
などで用いられている。色の再
現範囲が広いことが特徴である。
比べ高いと言える。ただし液晶テレビも,量子ドット*13やレーザー光源を用いてバック
20
NHK技研 R&D/No.145/2014.5
色再現性については,カラーフィルターを用いる場合には,両者に大きな差はないが,
有機ELはR(赤)G(緑)B(青)の各色素の色純度が高く,さらには,デバイスの厚み
を各色に応じて制御することで,光の干渉を利用して色の純度をさらに高めることがで
きる(これをキャビティー効果と呼ぶ)
。したがって,有機ELの色再現性の能力は液晶に
ライトの色を改善することにより,有機EL同様にAdobeRGB規格*14をほぼ満たすよう
な高級モデルもある。
コントラスト
5
製造コスト
コスト
画質
色再現性
4
3
2
消費電力
応答速度
1
0
視野角
寿命
大型化
パネル厚さ
フレキシブル化
フレキシブル化等
有機EL
液晶
3図 有機ELディスプレーと液晶ディスプレーの比較
応答速度(輝度の変化に要する時間)に関しては,液晶が数∼数十msであるのに対し,
有機ELはその1/1,000以下の値となる。ハイビジョンのフレーム周期は16.6ms(60Hz
走査の場合)であるため,液晶でも対応可能であったが,今後,4KやSHVなどで走査
線数が2倍,4倍と増え,また走査周波数も高くなると,応答速度が速い有機ELが有利
になると考えられる。
次に,3図中のパネルの厚さについて述べると,有機ELのデバイス自体の厚みは,電
極を合わせても0.5μm程度である。したがって,有機ELの厚みは,用いられている基板
や表面の保護フィルムの厚みに支配され,カラーフィルターを用いている場合にはその
厚みも加算されることになる。2007年に市販された11型の有機ELテレビは厚みが3
mm,現在韓国企業が販売している有機ELテレビは5mmである。もちろん薄いガラス
基板を用いるか,薄いプラスチックフィルム基板を用いることで更に薄くなり,湾曲テ
レビも可能となる。液晶テレビの場合には,ガラス基板,バックライト,偏光板,カ
ラーフィルター等の多くの部材を必要とするため,薄くすることが困難とされてきたが,
市販レベルの液晶テレビの厚みは平均して10mm程度と,薄くなってきている。ただし,
液晶テレビは液晶材料が封入されている空間の厚み(数μm)の分布に表示性能が敏感で
あるため,テレビを曲げたり,強く押したりといったことに弱い。したがって,フレキ
シブルテレビに使用するには,変形や衝撃に強い有機ELが適していると言える。
また,大型化については,RGB各色を塗り分ける方式による65型HDTV(High
Definition Television)が台湾企業から発表されている。また,白色の有機ELにカラー
フィルターを用いてRGBの3色を表示するタイプで,77型5K湾曲有機ELディスプレー
が韓国企業から発表されている。このディスプレーは,RGB全ての画素で白色発光層が
用いられているため,位置精度を気にせずに成膜が可能で,大型かつ高精細の有機EL
ディスプレーを作製するのに適している。
最後に,コスト面について述べる。有機ELの消費電力は,液晶の半分程度を達成でき
る潜在能力を持っているとされてきたが,現在,液晶テレビの2倍以上の電力を消費す
る。たとえば近年販売されている55型有機ELテレビは400W以上の消費電力である。
4図に示すように,2013年6月に発表された米国ENERGY STAR(Ver.6.0)規格*15
*15
米国エネルギー省が設けた電化
製品の標準規格。
では,100型クラスのテレビでも100W程度の低消費電力とする必要があり,有機ELの普
NHK技研 R&D/No.145/2014.5
21
120
消費電力(W)
100
80
60
40
20
0
0
50
100
150
テレビサイズ(型)
4図 テレビ消費電力の米国ENERGY STAR(Ver.6)規格
及における大きな課題であると言える。有機ELの消費電力が高い原因の1つとして,2.1
節で述べたように,投入した電荷の25%しか発光に寄与しない蛍光材料が主に用いられ
ていることが挙げられる。また,もう1つの原因としては,白色の有機ELにカラーフィ
ルターを用いてRGBの3色を表示する場合には,各色の3分の2の光を無駄にしている
ことがある。理想的には,リン光材料を用いれば発光効率を4倍に,また,3色を塗り
分けることでRGBをそれぞれ発光させる方式にすれば発光効率を3倍にできるはずであ
る。単純に10倍以上の高効率になるとは限らないが,大型テレビでもある程度の低消費
電力を達成できるものと考えられる。
リン光材料の課題は,テレビ向けに耐えうる寿命を達成しているのが赤色のみである
ことである。また,真空成膜による3色の塗り分けは大型化が課題であり,蒸着用メタ
ルマスクの高性能化や印刷法による塗り分けが検討されている。材料の高性能化と印刷
技術については次章で述べる。
3.有機EL材料の最新技術
*16
有機分子を規則的に並べること。
3.1 三重項励起子同士の相互作用と分子配向*16を利用した蛍光材料の高効率化
2.1節で述べたように,蛍光材料を用いた有機ELでは,加えられた電荷の量に対して,
最大25%しか発光に寄与させることができない。ところが1990年代後半から,蛍光の発
光効率の理論値を超える発光効率がしばしば報告されていた8)∼10)。それは,5図(a)に
示すように,三重項励起状態にある分子(三重項励起子)が高濃度で存在する場合に,
複数の三重項励起子から,一重項励起子が生成するためであり,この現象を用いて最大
で40∼62.5%のエネルギーを発光に利用できることが理論的に知られている。この現象
は,三重項−三重項消滅現象(TTA:Triplet­Triplet Annihilation)と呼ばれている
が,TTF(Triplet­Triplet Fusion)と呼ばれることもある9),10),14)。
緑色や赤色の発光材料は,リン光材料を用いて高効率・長寿命が達成されつつあり,
モバイル用途には実用化も始まっている。しかしながら,青色リン光に関しては長寿命
化が進んでいない。そこでTTAの技術と分子を配向させる技術を用いて,蛍光の青色材
料の発光効率を向上させる技術が開発されている。
5図(b)に示すように,通常の有機ELの発光は等方的である。そのため,基板面な
どに反射する光があり,外部に取り出すことのできる光は内部で発光した光のおよそ20
%程度である(内部で発光した光のうち外部に取り出すことのできる光の割合を「光取
22
NHK技研 R&D/No.145/2014.5
正孔と電子の再結合
25%
複数の三重項励起子から
一重項励起子が生じる
一重項励起子
三重項
励起子
15∼37.5%
三重項
励起子
計40∼62.5%
三重項
励起子
蛍光
複数の分子間で起こる
(a)TTA現象を利用した蛍光発光の高効率化
陰極(反射膜)
発光
発光
基板
出てくる光は20%
発光層の分子が
配向していない
40%以上まで向上
発光が等方的で
反射によるロスあり
発光層の分子が配向
遷移双極子※が基板と平行
正面方向の光が増え
反射によるロスが低減
※ 分子中の電荷分布の変化で生じる電気的なベクトル。
(b)通常の有機ELの光取り出し
(c)分子配向を利用した光取り出し向上技術
5図 青色蛍光材料の高効率化
り出し効率」と呼び,ηoutと表記する)
。したがって,上述のTTAにより基板外部に射出
される光は,加えた電荷の8∼12.5%ということになる。この数値を外部量子効率
(EQE:External Quantum Efficiency)と呼んでいる。ηout=20%のとき,加えた電荷
の100%を発光させることができるリン光材料でEQE=20%,通常の蛍光材料ではEQE
=5%程度ということになる。
5図(c)のように,発光分子の配向を制御することにより,光の取り出し効率 ηout
を40%以上にすることが可能である12),13)。配向を制御するためには,発光材料分子の形
を,丸型ではなく,平たい形状とする。
以上のような技術を用い,青色蛍光材料を用いて,外部量子効率EQE=12%が達成さ
れており,さらに,蛍光材料でEQE=14%まで可能であるとされている14)。これは,
EQE=20%のリン光材料に近づく数値である。このように,内部の発光の効率を向上さ
せることに加えて,外部に光を取り出す効率を高める技術も重要となっている。照明用
途の有機ELでは,表面にマイクロレンズを取り付ける,基板表面を粗くして光を散乱さ
せる,基板に高屈折率の素材を用いるなどといった手法により,光取り出し効率 ηoutを50
%以上に高める工夫が各社でなされている。
3.2 熱活性型遅延蛍光(TADF)を利用した高効率化
次に,新しい発光機構による高効率有機ELについて説明する。これまでは,加えた電
荷の100%近くを光として利用できる材料はリン光材料のみであった。リン光材料の場
NHK技研 R&D/No.145/2014.5
23
正孔と電子の再結合
25%
75%
S1 : 一重項励起準位
T1 : 三重項励起準位
S1とT1のエネルギー差が小さく,
電子の状態がT1からS1に容易
に変化できる
計100%
分子内で起こる
蛍光
(a)TADFの原理
R
R
N
NC
CN
N
CN
R
R
N
N
N
N
N
N
R
R
CN
R
4CzIPN
R
4CzTPN
(b)TADFの材料の例
6図 熱活性型遅延蛍光(TADF)を利用した蛍光発光の高効率化
合,イリジウムなどの貴金属を含む有機金属化合物が用いられている。高価な材料であ
るため,安価で効率の高い材料が求められていた。
*17
準位と は,電 子 軌 道 の エ ネ ル
ギーのレベル。
*18
electron volt:エネルギーの単
位。
6図(a)に示すように,蛍光材料を用いても,発光材料の一重項励起準位*17と三重項
励起準位の差を0.1 eV*18以下とすることで,従来では不可能であった三重項から一重項
への高効率な逆エネルギー移動を,安価な芳香族有機化合物を用いて実現できることが
示された15)。蛍光材料でも,加えた電荷の100%を発光に利用することができる新しい発
光原理であり,蛍光,リン光に続く,第3の有機ELとも呼ばれ,期待されている。この
技術は,エネルギー移動により発生した光が,少し遅れて現れることから,熱活性型遅
延蛍光(TADF:Thermally Activated Delay Fluorescence)と呼ばれている。材料
は,6図(b)に示すように,金属を含まない有機分子であり,中心にシアノ基等を有す
*19
電子を受け取りやすい材料の部
位。
*20
電子を受け渡しやすい材料の部
位。
る電子受容性ユニット*19,周辺にカルバゾールなどの電子供与性ユニット*20を有する構
造であることが特徴である。
3.3 大気中でのデバイス安定性向上
有機ELは,酸素や水に弱い電子注入材料を用いているため,それらを外部から隔離し
劣化を防ぐ封止技術が求められる。特にプラスチックフィルム基板は,容易に酸素や水
が透過してしまうため,それらの侵入を防ぐ封止膜を形成する必要がある。しかしなが
ら,有機ELが劣化しないほどの高度な封止膜を形成することは,生産性の低さ,欠陥の
無い大型封止膜の作製の困難さなどの課題がある。
24
NHK技研 R&D/No.145/2014.5
高分子
発光材料
レリーフ版
ヘッド
アニロックス
ロール
インク
吐出
版胴
G B
TFT基板
R
G
B
R
有機EL高分子インク
(a)インクジェット印刷法
① ブランケットへの発光材料塗布
② 版によるパターニング
TFT基板
(b)レリーフ印刷法
③ TFT基板への転写
ブランケット
コーター
高分子
発光材料
版 : 余分なパターンの除去
TFT基板
(c)平行平板反転オフセット印刷法
7図 有機ELの塗り分けに用いられるさまざまな印刷法
以上のような点を考慮すると,プラスチックフィルム基板を用いて有機ELを作製する
ためには,そもそも有機EL自体を,大気中で安定なデバイスとすることが望ましい。そ
こで,当所ではメーカーと連携して,大気中で弱かった電子注入材料を見直し,高い発
光性能と大気中での安定性を両立できる電子注入材料を見いだした16)。この電子注入材
料を用いた新構造デバイスの発光性能は,通常構造の有機ELと同等である。また,封止
性能の低いフィルム(水蒸気透過率10−4g/m2/day)を用いて封止を行ったところ,通常
構造の素子が数日で劣化するのに対して,この新構造デバイスでは3ヶ月以上劣化がみ
られていない。
以上のような大気中で安定な有機ELデバイスは,プラスチックフィルム基板を用いた
ときの信頼性を大幅に向上させるとともに,これまで,酸素や水分量の徹底した管理が
必要であった有機ELデバイスの作製プロセスを革命的に変える可能性を持っている*21。
3.4 最新の印刷技術
2.2節で述べたように,3色塗り分けによる大型化の方法として,印刷法が検討されて
いる。
7図(a)に示すインクジェット印刷法は,以前よりいくつかの企業が検討を重ねてき
た技術であり,2014年度のコンシューマーエレクトロニクスショー(CES)では,55
型4Kの曲面有機ELテレビが発表された。
また,7図(b)に示すようなレリーフ印刷法*22を用いて,7.4型QHDTV(Quarter
HDTV)
(149ppi*23)のディスプレーが発表されている17)。設備投資が安価であること
と,スループットが速いことが特徴とされている。
さらに,7図(c)に示すような平行平板反転オフセット印刷法*24という新しい印刷法
*21
詳細は本特集号の報告「大気安
定な逆構造有機ELデバイスの開
発」を参照。
*22
凸版印刷法の1つ。アニロック
スロール(インクの量を調整す
るローラー)から,版胴(版材
を取り付けるシリンダー)に巻
きつけられたレリーフ版(所望
のパターンを有する凸版)にイ
ンクを受け渡し,レリーフ版か
ら基板の所望位置にインクを受
け渡す方法。
*23
pixels per inch:1イン チ 当 た
りの画素数。
が開発され,7.4型QHDTVパネルが試作された18)。この印刷法の特徴は,500ppiという
高精細なパネルまで適用できるところにある。また,この7.4型QHDTVパネルは,8図
に示すように,平行平板反転オフセット印刷法を用いてR,Gの有機EL層を印刷形成した
後,低分子B材料をR,G画素の上も含めて全面蒸着しているところにも特徴がある。こ
れは,塗布型のB材料の寿命が不十分なためであるが,印刷法を用いた早期の製品化に力
*24
オフセット印刷法の1つ。ブラ
ンケットにコーターでインクを
塗布し,版を押しつけることで
不必要なインクを取り除き,ブ
ランケットに残ったインクを基
板に受け渡す方法。
を入れていることがうかがえる。
NHK技研 R&D/No.145/2014.5
25
中間層,青,陰極を
共通層として蒸着
緑印刷
赤印刷
陰極
中間層
ITO電極
基板
8図 平行平板反転オフセット印刷法による有機EL層の作製方法
いずれの印刷法も,高分子有機EL材料が用いられているが,塗布型の低分子材料も開
発が行われている。
4.おわりに
有機ELは,応答速度の速さ,コントラストの高さなどの点で,優れたディスプレー表
示技術である。最近になってガラス基板を用いた大型の有機ELディスプレーも製造可能
となり,50型以上のディスプレーも販売されるようになった。しかし,生産コスト,消
費電力などの点で大きな課題を抱えているため,普及にはまだ時間がかかるものと思わ
れる。次世代のディスプレーとしてフレキシブルディスプレーが必要とされるように
なって,はじめて有機ELの優位性が発揮されるだろうという意見もある。
今後は,消費電力や生産コストの低減,大型化という意味で,印刷法の発展が期待さ
れる。また,実用レベルの色度や寿命を達成するために,新しい発光機構の高効率材料
の開発が早急に必要とされている。
参考文献
1) Y. Nakajima,Y. Fujisaki,T. Takei,H. Sato,M. Suzuki,H. Fukagawa,G. Motomura,
T. Shimizu,Y. Isogai,K. Sugitani,T. Katoh,S. Tokito,T. Yamamoto and H. Fujikake:
“Low­temperature Fabrication of 5­in. QVGA Flexible AMOLED Display Driven by
OTFTs Using Olefin Polymer as the Gate Insulator,
”Journal of the SID,Vol.19/12,
pp.861­866(2011)
2) 時任,安達,村田:有機ELディスプレー,オーム社(2005)
3) S. Lamansky,P. Djurovich,D. Murphy,F. Abdel­Rzzaq,C. Adachi,P. E. Burrows,S.
R. Forrest and M. E. Thompson:“Highly Phosphorescent Bis­Cyclometalated Iridium
Complexe : Synthesis , Photophysical Characterization , and Use in Organic Light
Emitting Diodes,
”J. Am. Chem. Soc.,Vol.123,pp.4304­4312(2001)
4) C. Adachi,M. A. Baldo. S. R. Forrest and M. E. Thompson:“High­efficiency Organic
Electrophosphorescent Devices with Tris ( 2 ­ phenylpyridine ) Iridium Doped into
Electron­transporting Materials,
”Appl. Phys. Lett.,Vol.77,p.904(2000)
5) C. Adachi,Raymond,C. Kwong,P. Djurovich,V. Adamovich,M. A. Baldo,M. E.
Thompson and S. R. Forrest :“ Endothermic Energy Transfer : A Mechanism for
Generating Very Efficient High ­ energy Phosphorescent Emission in Organic
Materials,
”Appl. Phys. Lett.,Vol.79,pp.2082­2084(2001)
6) V. Adamovich , J. Brooks , A. Tamayo , A. M. Alexander , P. I. Djurovich , B. W.
D Andrade,C. Adachi,S. R. Forrest and M. E. Thompson:“High Efficiency Single
Dopant White Electrophosphorescent Light Emitting Diodes,
”New J. Chem.,Vol.26,
pp.1171­1178(2002)
26
NHK技研 R&D/No.145/2014.5
7) J. Kido and Y. Iizumi:“Fabrication of Highly Efficient Organic Electroluminescent
Devices,
”Appl. Phys. Lett.,Vol.42,pp.2721­2724(1998)
8) D. Y. Kondakov :“ Characterization of Triplet ­ triplet Annihilation in Organic Light ­
emitting Diodes Based on Anthracene Derivatives,
”J. Appl. Phys.,Vol.102,pp.114504
­114508(2007)
9) D. Y. Kondakov:“Role of Triplet­triplet Annihilation in Highly Efficient Fluorescent
Device,
”Journal of the SID,Vol.17/2,pp.137­141(2009)
10)H. Fukagawa , T. Shimizu , N. Ohbe , S. Tokito , K. Tokumaru and H. Fujikake :
“Anthracene Derivatives as Efficient Emitting Hosts for Blue Organic Light­emitting
Diodes Utilizing Triplet­triplet Annihilation,”Organic Electronics,Vol.13,pp.1197­
1203(2012)
11)H. Fukagawa,T. Shimizu,H. Hanashima,Y. Osada,M. Suzuki and H. Fujikake:
“Highly Efficient and Stable Red Phosphorescent Organic Light­emitting Diodes Using
Platinum Complexes,
”Adv. Mater.,Vol.24,pp.5099­5103(2012)
12)D. Yokoyama :“ Molecular Orientation in Small ­ molecule Organic Light ­ emitting
Diodes,
”J. Mater. Chem.,Vol.21,pp.19187­19202(2012)
13)T. D. Schmidt,B. J. Scholz,C. Mayr and W. Brutting:
“Non­isotropic Emitter Orientation
in Organic Light­emitting Diodes,
”SID 13 Digest,pp.604­607(2013)
14)K. Okinaka,T. Ogiwara,H. Ito,Y. Mizuki,R. Naraoka,M. Funahashi and H. Kuma:
“Improving Efficiency of Blue Fluorescent OLED by Controlling Molecular Shape of
Dopant,
”IDW 13 Digest,pp.864­865(2013)
15)H. Uoyama,K. Goushi,K. Shizu,H. Nomura and C. Adachi:
“Highly Efficient Organic
Light­emitting Diodes from Delayed Fluorescence,”Nature,Vol.492,pp.234­241
(2012)
16)H. Fukagawa,K. Morii,Y. Arimoto,M. Nakata , Y. Nakajima , T. Shimizu and T.
Yamamoto:
“Highly Efficient Inverted OLED with Air­stable Electron Injection Layer,
”
SID 13 Digest,pp.1466­1469(2013)
17)J. Onohara,K. Mizuno,Y. Kubo,E. Kitazume:
“Development of Polymer Light­emitting
Diode(PLED)Displays Using the Relief Printing Method,”SID 11 Digest,pp.928­
931(2011)
し み ず たかひさ
清水貴央
2010年入局。同年から放送技
術研究所において,有機EL,
フレキシブルディスプレーの
研究に従事。現在,放送技術
研究所新機能デバイス研究部
に所属。博士(工学)
。
NHK技研 R&D/No.145/2014.5
27