平成26年度笹川科学研究奨励賞受賞研究発表会 研究要約 -〈人文・社会系〉- 発表者: Akmatbekova Gulzat(立教大学大学院観光学研究科 博士後期 2 年) 課 題:「ポスト社会主義国キルギスにおける温泉地の再構築「楽しみ」の創造と変容」 キルギスにおける温泉施設は、ソ連時代は労働で成果を上げた人しか行けず、温泉施設 へのバウチャーの割り当てはソ連の首都モスクワで行われていた。本研究は、ソ連時代 とソ連崩壊以降のキルギスの温泉施設利用者のライフヒストリーを通して社会体制の変 化により温泉施設の利用変化および観光の楽しみの変化を明らかにすることを目的とす る。これまでポスト社会主義国における社会体制変化と観光の関係について、具体的か つ詳細に報告した研究は行われていない。 発表者: 高橋 寿光(NPO法人 太陽の船復原研究所 研究員) 課 題:「古代エジプト、クフ王時代の石材運搬システムに関する研究」 クフ王の木造船を納めた船坑の蓋石に記された文字の分析を行ったところ、南北面の文 字が、上下および東西面の文字よりも相対的に古く、2 時期に分かれることが判明した。 パピルス文書を参照すると、古い段階は、採石場から石材集積場までの間、新しい段階 は、石材集積場から船坑までの間にあたると考えられる。書かれる文字の種類も異なっ ており、採石場から建設現場までの蓋石の運搬においては、2 つの異なるシステムが存在 していたと考えられる。 -〈数物・工学系〉- 発表者: 都甲 薫(筑波大学数理物質系 助教) 課 題:「プラスチック上に形成した金属触媒誘起成長ゲルマニウム薄膜の基礎特性評価」 本研究では、高い変換効率と広い汎用性を両立する次世代太陽電池として「フレキシブ ル・多接合太陽電池」を提案すると共に、その実現の鍵となる「プラスチック上 Ge 薄膜」 の研究開発を行った。シーズ技術である Al 誘起成長法に分子線エピタキシー法を重畳す ることによって、プラスチック上に結晶成長した Ge 薄膜として最高品質のものを実現 した。今後、実用レベルの光学的特性の発現に向け、結晶性の更なる向上を目指す。 発表者: 前田 恵介(京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科 博士後期 2 年) 課 題:「薄肉プラスチック射出成形品の不均一構造形成と破壊じん性発現機構に関する 研究」 1 射出成形は最も用いられている樹脂製品作製法の一つで、近年経済・環境性の向上のた めの薄肉化が強く求められている。しかしながら,この成形法では冷却過程によって表 層部と内部に不均一構造が形成され物性の相違を引き起こすため、不均一構造による成 形品の物性およびその物性分布を明らかにする必要がある。特に、き裂進展抵抗値であ る破壊じん性については検討例が極めて尐ない。そこで本研究では本質破壊仕事試験と いわれる破壊じん性測定法を用いて不均一構造と破壊じん性発現機構との関係について 明らかにすることを目的とする。 -〈化学系〉- 発表者: 梶田 大資(東京大学分子細胞生物学研究所 修士課程 2 年) 課 題:「含ケイ素ジフェニルメタン型化合物の医薬化学への展開-閉経後ホルモン依存 性乳癌治療薬の創製-」 課題 1:STS 及び ERを標的とした多重薬理型ホルモン依存性乳がん治療薬の創製 本研究では、ホルモン依存性乳がん治療薬を志向した「STS 阻害活性」と「代謝物によ る ERアンタゴニスト活性」の 2 つの阻害作用を有する含ケイ素多重薬理型化合物の創 製に成功した。 課題 2:含ケイ素 PPAR リガンドの創製 ~シスオレフィンをケイ素リンカーで置換~ 本研究では、シスオレフィンとケイ素リンカーの可換性を精査すべく、内因性 PPARア ゴニストである OEA をリード化合物として、オレフィンをケイ素リンカーに置換した 構造展開を行い、種々の誘導体について PPAR に対する生物活性を評価した。 発表者: 岡崎 豊(熊本大学大学院自然科学研究科 博士後期課程 2 年) 課 題: 「アキラルな汎用モノマーを原料とする高分子キラルナノ繊維の創成」 キラル界面を有する高分子ナノ材料は、不斉触媒やキラル分離膜、新規光学材料への応 用が期待されている。本研究では、アキラルなモノマー原料から、キラル界面を有する ナノ繊維を創出することを目的とし、キラル二分子膜からなるナノ繊維をテンプレート とした不斉シリカナノ繊維を作製した。本発表では、得られたシリカナノ繊維の不斉情 報の評価に加え、各種溶媒中への分散性およびポリマー中への分散性の評価について報 告する。 -〈生物系〉- 発表者: 木矢 剛智(金沢大学理工研究域自然システム学系生物学コース 特任助教) 課 題:「神経活動依存的な性フェロモン神経回路の可視化と操作」 2 昆虫は様々な興味深い生得的行動を示すが、その神経基盤については不明な点が多く残 されている。その大きな原因として、昆虫の脳において、行動と神経回路の関係を明ら かにする方法が確立されていなかったことが挙げられる。私は神経活動に伴って発現量 が増加する遺伝子を同定し、活動依存的に神経回路を可視化する手法を確立した。この 新規な技術により、カイコガとショウジョウバエの脳で性フェロモンに反応して活動す る神経回路の一部を明らかにした。 発表者: 吉住 拓馬(九州大学大学院システム生命科学府 博士前期課程 2 年) 課 題:「A型インフルエンザウイルス由来タンパク質(PB1-F2)と感染宿主内ミトコンド リアとの相互作用解析」 真核細胞内に存在する細胞小器官であるミトコンドリアは、エネルギー(ATP)産生や細 胞死(アポトーシス)の制御、RNA ウイルスに対する自然免疫応答の中心となるなど生命 現象の根幹を担っている。A 型インフルエンザウイルス感染細胞内で発現するウイルスタ ンパク質 PB1-F2 は、ミトコンドリアと相互作用し、アポトーシスを引き起こすことが知 られていたが、本研究では PB1-F2 複合体の解析やミトコンドリアの生理機能(膜電位、 自然免疫応答)との関係を解析することで、PB1-F2 の機能と生理的意義を明らかにする ことを目指した。 発表者: 山口 幸(神奈川大学工学部情報システム創成学科 特別助手) 課 題:「海洋生物の性表現多様性の進化に関する理論的研究とその実証」 個体の性、個体群が示す性システムは、個体の生存、成長、繁殖活動(雄・雌機能)へ の時間的な資源配分の結果と見なせる。海洋生物は、雌雄同体や性転換、雌雄異体、極 端な性的二型など極めて多様な性表現と生活史を持つ。性の多様性の進化を理解する数 理モデルを展開するとともに、水族館飼育生物を用いた標本調査をおこなった。その具 体例として一夫一妻の配偶システムを持つ共生性甲殻類、矮雄と共存する同時的雌雄同 体フジツボ類を取り上げる。 発表者: 安西 航(東京大学大学院理学系研究科 博士後期課程 2 年) 課 題:「新規環境に定着したグリーンアノールにおける筋骨格形態の進化」 小笠原諸島に定着している外来生物グリーンアノールは、環境の異なる父島と母島の集 団間で形態に差がある可能性が指摘されてきた。本研究では父島と母島にて採集した野 生個体を用いて、形態形質の詳細な比較を行った。その結果、二島で明確な集団間形態 差が生じていること、その傾向が雌雄で異なっていることが明らかとなった。本集団は 性選択と自然選択の両方が働くことで、僅か 30 年程で集団分化が起きつつある例だと 考えられる。 3 -〈複合系〉- 発表者: 三宅 貴之(宇都宮大学大学院工学研究科 博士後期課程 1 年) 課 題:「持続可能社会化に向けた医療サービス提供体制の再構築に関する研究-利用者 のアクセシビリティから見た医療サービス提供圏の評価-」 我が国では高齢化の進行とともに高齢者の医療需要の増加が懸念され、限りある医療資 源を公平に配分していくためには、将来的な需要の変化を踏まえて医療提供体制を整備 する必要がある。本研究では医療施設の立地と規模(キャパシティ)の観点から、医療 資源の適正な配分がなされているかを定量的に評価する。これにより地域への提供サー ビスの過不足を明らかにし、医療提供体制の再構築に向けた基礎的な知見を得る。 発表者: 高橋 幸士(北海道大学理学院 博士課程 3 年) 課 題:「安定炭素同位体組成を用いた新生代石炭起源炭化水素ガスの生成に関する研究」 天然ガス中の炭化水素ガスの安定炭素同位体比 (13C) は、起源有機物の熟分解レベル (熟成度) に関する数尐ない指標である。東アジアには新生代石炭に由来した油ガス田 が数多く形成されているが、新生代石炭の熟成度と炭化水素ガスの13C 値の関係が明 らかでない。そこで本研究では、新生代石炭の閉鎖系・準開放系熱分解実験を行い、新 生代石炭の熟成度と炭化水素ガスの13C 値の関係を明らかにした。本研究結果は、新 生代石炭起源天然ガスデータとも調和的であり、その生成・排出タイミングを理解する 上で有用である。 -〈海洋・船舶科学系〉- 発表者: 中村 充博(北海道大学水産科学院 博士後期課程 2 年) 課 題:「漁船の転覆メカニズムと転覆防止に関する研究」 日本漁船は、転覆事故が多く、毎年,多くの犠牲者を生んでいる。原因となる漁船の特 徴として、小さい予備浮力・復原力減尐・高速航行によるブローチング現象が上げられ る。この 3 点に注目し、その発生機構及び対策の提案を目的とした。 予備浮力と復原力減尐については、船尾船底へ付加物を設置することで、改善が見込ま れることを明らかにした。また、追波・斜追波中の拘束模型試験及び自由航走試験を行 い、ブローチング発生時に船体が受ける力を明らかにした。 4 発表者: 高野 祥太朗(京都大学大学院 博士課程 3 年) 課 題:「海洋における銅・亜鉛・ニッケルに関する生物地球化学循環の安定同位体比に基 づく解明」 本研究では、海水中銅同位体比精密分析法を開発した。この分析法を用いて、太平洋、 インド洋、大西洋の銅同位体比および銅濃度分布を明らかにした。これらの結果に基づ いて、海洋の銅同位体比分布を支配するメカニズムを考察した。また、銅濃度と銅同位 体比に基づく、ボックスモデルを構築した。本研究では、さらに、海水中ニッケル、銅、 亜鉛同位体比の一括分析法を開発した。この分析法は、従来法に比べて非常に効率的な 分析が可能であるため、海洋の微量金属同位体比データの飛躍的な充実が期待される。 -〈実践系〉- 発表者: 市川 寛也(NPO 法人千住すみだ川 プロジェクト進行) 課 題: 「妖怪伝承の創造モデルの開発-地域の記憶を可視化する共同ナラティブの実践 を通して-」 本来、民間伝承として語られる妖怪の多くは、人々が周囲の環境を解釈する中で生み出 されてきた暮らしの知恵であった。しかし、時とともにそれらは「キャラクター」とし て知識や情報に集約され、今ではすっかり消費の対象となっている。本研究では、NPO 法人千住すみだ川との協働によるコミュニティ型アートプロジェクトの実践を通して、 妖怪伝承の創造モデルを開発することを目指した。成果として、地域住民の物語を引き 出すプラットフォームの一つの形を提案した。 発表者: 早川 匡平(人間国宝美術館 館長代理兼学芸員) 課 題:「美術鑑賞による被災地支援の可能性」 平成 26 年 4 月、岩手県大船渡市において出張美術館を開催した。 出張美術館とは、平成 24 年から人間国宝美術館と真鶴アートミュージアムが共同で実施 している社会貢献事業であり、これまでに全国 9 か所で開催した。出張美術館の開催条 件は、「美術館が周辺にない地域でやること」、「東日本大震災の被災者支援」のいず れかである。 本研究は、東日本大震災の被災地である大船渡市において、美術鑑賞がどのように受け 入れられたか調査・分析したものである。 5
© Copyright 2024 Paperzz