西澤健次 - 北九州市立大学

The So ci ety for E con omi c Studi es
The Uni vers i ty o f Ki ta kyushu
Wo rkin g Pap er Serie s N o .2 01 2 -9
(a cc ep ted in March 1 8, 20 13 )
ホスピタリティの認識について
西澤律子、西澤健次
はじめに
Ⅰ
ホスピタリィティの「語源」における認識
(1)語源的アプローチの意義とその問題点
(2)ホスピタリティとサービスの概念比較
Ⅱ
<関係性>の学としてのホスピタリティ
(1)一方向性と双方向性
(2)アメーバ会計としての「ホスピタリティ」
Ⅲ
<知の在り方>としてのホスピタリティ
(1)マネジメントにおける暗黙知の認識
(2)暗黙知・形式知とホスピタリティ・マネジメント
Ⅳ
ホスピタリティの認識について
―ホスピタリティ・マネジメントの展望―
(1)辺境に位置するホスピタリティ
(2)社員教育とマネジメント
むすびにかえて
はじめに
ホスピタリティという言葉自体は、企業や市民の生活にも定着してきたように
思われるが、その定義ないし意味するところは一律ではない。サービスやおもて
なしという言葉と同義に使われたり、実務家・研究者の中でも、一様に同じ解釈
がなされているわけでもない。それにもかかわらず、ホスピタリティの実践と理
論は進化しており、ますます重要度を増しているように思われる。日常生活にお
いて、ホスピタリティは「おもてなし」という位の意味合いのようであるが、た
だ、そのように捉えても、サービスのごとく行為が確定しているわけでもなく、
確実な予測はできない要素を多分に含むので、それを認識するのは至難の業であ
る。
今日、ホスピタリティが新しい概念として着目されている一つの理由は、営利
団体すなわち企業において、企業の成果に大きく関わるのではないかという見方
が広がってきているからである。ホスピタリティ・マネジメントがそれである。
したがって、まず第一に、<ホスピタリティとは何か>という問題に、ホスピタ
リティ・マネジメントの草分け的存在である服部勝人の語源的アプローチを批判
的 に 検 証 し つ つ 、多 角 的 に 、そ の 意 味 内 容 に 接 近 し た い と 思 う 。ホ ス ピ タ リ テ ィ ・
マネジメント、つまり、今後、ホスピタリティが企業の経済活動の一端を担って
い く と い う 仮 説 の 下 で は 、当 然 の こ と な が ら 会 計 に お い て も 財 務 諸 表 な い し C SR
などの経営情報に写像されるものである。会計の視点からホスピタリティを認識
す る 場 合 、語 源 的 ア プ ロ ー チ か ら 導 き 出 さ れ る < 関 係 性 >の 学 と し て の ホ ス ピ タ リ
ティの観点と会計的な観点とのすりあわせを若干したいと思う。第二に、<ホス
ピタリティをいかに修得し、いかに活用するか>という観点からみると、ホスピ
タリティは、非常に一般化し難い、曖昧模糊とした、知の在り方の問題として現
れる。関係性のみでは捉えきれないホスピタリティの変容性についても、若干、
その輪郭を探りたいと思う。
Ⅰ
ホスピタリティの「語源」における認識
(1)語源的アプローチの意義とその問題点
ホ ス ピ タ リ テ ィ ・ マ ネ ジ メ ン ト 学 会 を 創 設 し た 服 部 勝 人 の 研 究 の 端 緒 は 、「 ホ
ス ピ タ リ テ ィ 」と「 サ ー ビ ス 」の 語 源 を 明 ら か に し 、そ の 語 源 の 違 い か ら 、
「ホス
ピタリティ」と「サービス」という言葉に含有される意味の違いを見出そうとし
たことにあった。つまり、服部は「ホスピタリティ概念を把握する前提として、
「 ホ ス ペ ス 」を 根 幹 と し て 発 達 す る 言 語 の 派 生 過 程 を 理 解 す る こ と を 、
「ホスピタ
リ テ ィ・マ ネ ジ メ ン ト 」と い う 壮 大 な 世 界 の 扉 を 開 く 鍵 で あ る と 考 え た の で あ る 。
「 ホ ス ピ タ リ テ ィ と い う 言 葉 は 図 1 の よ う に ラ テ ン 語 の ホ ス ペ ス ( h o sp e s ) と
いう言葉が最初の派生の源になっている。このホスペスという言葉の形成過程
を見ると二系統の語源系列が存在する。その一つは『可能な』とか『能力のあ
る 』 と い う 意 味 を 持 つ ラ テ ン 語 の ポ テ ィ ス と い う 言 葉 で あ る 。( 中 略 )
ホ ス ペ ス の も う 一 つ の 言 語 系 列 に は 、古 ラ テ ン 語 ホ ス テ ィ ス が あ る 。こ の ホ
ス テ ィ ス は『 ロ ー マ 領 の 住 民 で ロ ー マ 市 民 と 同 等 の 権 利 義 務 を も つ も の で 味 方
としての余所者』という意味があった。これが、後のラテン語では『他人、外
国 人 、敵 と し て の 余 所 者 』と い う 意 味 に 次 第 に 変 化 し て い っ た 。こ の ホ ス ティ
ス も 中 世 を 経 て 英 語 に 借 用 さ れ 、『 敵 の 』『 敵 意 』『 人 質 』 な ど を 示 す 言 葉 に 派
生している。
以上のような派生語をもつポティスとホスティスの合成語がラテン語のホ
ス ペ ス で あ る 。こ の 経 路 で 合 成 さ れ た ホ ス ペ ス の 原 義 は『 客 人 の 保 護 者 』を示
し 、『 主 催 者 、 来 客 、 外 国 人 、 異 人 』 な ど を 意 味 す る 。 ホ ス ペ ス の 派 生 系 統 の
な か で 、現 在 の 日 常 に お け る ホ ス ピ タ リ テ ィ 産 業 の 意 味 及 び 、ホ ス ピ タ リ テ ィ
の 主 要 な 領 域 、宿 泊 産 業 形 成 の 要 因 の 一 つ と な っ た 言 語 的 根 拠 を 果 た す も の と
し て 、形 容 詞 形 の ラ テ ン 語 の ホ ス ピ タ リ ス( 歓 待 す る 、手 厚 い 、客 を 厚 遇 す る )
が あ る 。ホ ス ピ タ リ ス の 派 生 の な か で 重 要 な も の は 、中 世 形 化 し た ラ テ ン 語 の
ホ ス ピ タ ー レ( 中 世 ラ テ ン 語 で は 接 待 客 用 宴 会 場 、後 期 ラ テ ン 語 で は 来 客 用 の
部 屋 の 意 味 )で あ る 。こ の ホ ス ピ タ ー レ が 古 フ ラ ン ス 語 に 借 用 さ れ て ホ ス ピ タ
ル と な り 、一 四 世 紀 に 借 用 さ れ て『 宿 泊 所 や 接 待 所 』と い う 意 味 で 使 わ れ てい
たが、一六世紀より『病院』という意味になったのである。一方では古フラン
ス 語 の オ ス テ ル に 借 用 さ れ 、一 三 世 紀 に は 英 語 に 借 用 さ れ て 現 在 の『 ホ ス テ ル 』
(ホステル、宿泊所)となった。オステルは更にフランス語のホテルとなり、
一 七 世 紀 に 英 語 に 借 用 さ れ 、い わ ゆ る 現 在 の『 ホ テ ル 』と な っ た の で あ る 。
(中
略)
そ れ で は 、ホ ス ピ タ リ テ ィ へ の 派 生 は と い う と 、前 述 し た ラ テ ン 語 の ホ ス ピ
タリスが、ラテン語のホスピタリタス(客扱いのよいこと、厚遇)へ派生し、
こ こ か ら 古 フ ラ ン ス 語 に 借 用 さ れ て オ ス ピ タ リ テ と い う 言 葉 に な り 、更 に 十 四
世 紀 に 英 語 に 借 用 さ れ て ホ ス ピ タ リ ト と な り 、こ れ が『 ホ ス ピ タ リ テ ィ 』へと
派 生 し た の で あ る 。」 1
以 上 の 「ホ ス ピ タ リ テ ィ 」の 語 源 を 図 式 化 し た も の が 次 頁 の 図 で あ る 。
1
服部勝人『ホスピタィティ・マネジメント入門』丸善
を参照
2 00 8 年 p .1 5 - 1 9
図1
ホスピタリティの語源
h os ti s 古 ラ テ ン 語
p otis ラ テ ン 語
(ローマ領の住民で、ローマ市民と
{ having the power , able ,capable }
同等の権利義務を持つ者、味方とし
(可能な、能力のある)
ての余所者)
■ hos ti le
(敵 の 、 敵 意 の あ る )
■ h os til ity
■ po we r
h osp es ラ テ ン 語
(力・権力)
【 原 義 l o r d o f s t r a形
n g容
e r詞 形
;客人の保護者】
■ po ten tia l
(敵 意 、 適 性 )
(可能性)
■ h os ta ge
形容詞形
■ po ssi ble
(人 質 、 人 質 の 状 )
(可能な)
h ospi tali s ラ テ ン 語
などに派生・借入
■ po sse ss
( 歓 待 す る 、手 厚 い 、客 を 保 護 す る )
中世形
(所有する)
h ospi tal e ラ テ ン 語
などに派生
派生
( 中 世 ラ テ ン 語 /接 待 客 用 宴 会 )
( 後 期 ラ テ ン 語 /来 客 用 の 部 屋 )
( 客 扱 い の よ い こ と 、厚 遇 )
h ospi tal
gh os ti ( -s )
h ospi tali tas ラ テ ン 語
印欧語
発達 【 原 義
(病 院 )
■ h ospi ta le r
with whom one has
借入
対
(慈 悲 宗 教 団 員 )
格
■ h os tel e r
Hos pi tal i te フ ラ ン ス 語
reciprocal duties of
対応語
hospitality】
語
( 宿 泊 所 の 世 話 係 、合 宿 者 )
対応語
■ h os tel
(ホ ス テ ル 、 宿 泊 所 )
14 世 紀 借 入
■ h otel
(ホ テ ル 、 旅 館 )
h ospi tem
go str
ラテン語
古北欧語
(もてなす側)
(も て な さ れ る 側 )
■ hos t
■ gu es t
(主 人 )
(客 人 )
h ospi tali te 中 世 英 語
HOSPITALITY
出典:服部勝人『ホスピタリティ・マネジメント入門』
を参照
someone
■ h os tes s
(女 主 人 )
2 00 8 年 、 丸 善
p .16
一 方 、 サ ー ビ ス の 語 源 に 関 し て は 、「 セ ル バ ス 」 と い う 言 葉 が 、 数 多 く の 派 生
を示し、
「 サ ー ビ ス 」 と い う 言 葉 に は「 奴 隷 」や「 召 使 」と い っ た 意 味 合 い が 強 い
のではないかということで、以下のように示した。
「サ ー ビ ス と い う 言 葉 は エ ト ル リ ア 語 2か ら 発 生 し た と い わ れ て い る 。 そ の エ
ト ル リ ア 語 か ら 発 生 し た ラ テ ン 語 の 形 容 詞 セ ル バ ス (奴 隷 の 、 地 役 権 の あ る )
が 語 源 と な っ て い る 。 こ れ が 名 詞 化 し て セ ル バ ス も し く は セ ル ボ ス 3(奴 隷 、 戦
利 品 と し て 獲 得 し た 外 国 人 ) へ と 派 生 し た 。( 中 略 )
セルボスから派生したラテン語のセルビール(仕える、奴隷になる)は、ラ
テ ン 語 か ら 古 フ ラ ン ス 語 な ど の 派 生 を 経 て 英 語 に 借 用 さ れ『 サ ー ブ 』
(仕える、
尽 く す )『 サ ブ サ ー ビ エ ン ト 』( 屈 従 す る 、 卑 屈 な )『 サ ー バ ン ト 』( 召 使 、 使 用
人 )『 サ ー ジ ェ ン ト 』( 軍 曹 )『 デ ィ ザ ー ブ 』( 値 す る ) な ど に 連 結 し て い る 。
別 の 系 統 と し て は 、セ ル ボ ス と い う 語 か ら『 サ ー ビ ス 』と い う 言 葉 が 生 ま れ
た の で あ る が 、そ の 経 由 を 追 っ て い く と 、ま ず 、ラ テ ン 語 の セ ル ビ テ ィ ウ ム (奴
隷 の 身 分 、 状 態 、 奉 公 、 屈 従 )に 派 生 し 、 古 フ ラ ン ス 語 に 借 用 さ れ セ ル ビ ス と
な っ た 。 そ し て 、 後 期 古 英 語 に 借 用 さ れ て サ ー ビ ス (勤 め )と な り 、 中 世 英 語
サ ー ビ ス に 派 生 し 現 代 の サ ー ビ ス と な っ た の で あ る 。」 4
サービスの語源を図式化したものが、次頁の図である。
2服 部 に よ れ
ば、エトルリア人とは、古代イタリア北部(今日のトスカーナ地方)
に住んでいた民族で、紀元前 7 世紀から 6 世紀にかけて栄えたが、紀元前 3 世紀
にローマ帝国によって滅ぼされたという。
3
服部によれば、古代ローマの第代目の王であったエトルリア人であったセルビ
ス・トウリウスをはじめ、エトルリア人の名前の表記には接頭語の「セルブ」が
よく見られることから、ローマ人がエトルリア人を指した言葉であると考えられ
ているという。
4 前 掲 書 p .2 0 - 2 2 を 参 照
図2
サービスの語源
Etru sc an
(エトルリア語)
借入
servus 1 ラ テ ン 語
servus 2
( 奴 隷 の 、地 役 権 の あ る )
( 奴 隷 、戦 利 品 と し て 獲 得 し た 外 国 人 )
/
s ervo s ラ テ ン 語
派生
派生
Se r vi tiu m ラ テ ン 語
servi re ラ テ ン 語
( 奴 隷 の 身 分・状 態・奉 公・屈 従 )
(仕える、奴隷になる)
借入
ser vi se /s er vi c e

(古 フ ラ ン ス 語 )
serve
(仕える、尽くす)
借入
servi ce 後 期 古 英 語

(屈従する、卑屈な)

(勤め)
subs ervi en t
serva nt
(召使、使用人)
派生

sergean t/s ej ean t
(軍曹)
ser vi ce /se r vis e

中世英語
dese rve
(値する)などに派生・
派生
借入
SERVICE
出 典 : 服 部 勝 人 『 ホ ス ピ タ リ テ ィ ・ マ ネ ジ メ ン ト 入 門 』 2 00 8 年 、 丸 善
p.2 1 を 参 照
(2)ホスピタリィティとサービスの概念比較
以上のように、日本におけるホスピタィティ・マネジメント学の祖ともいえ
る服部勝人は、ホスピタリィティとサービスの語源を辿ることにより、それぞ
れの言葉に内包する概念の違いを明らかにした。以下の表は、服部学説におけ
る「ホスピリタィティ」と「サービス」の概念比較を整理したものである。
表1
服部学説によるホスピタリティとサービスの概念比較
ホスピタリティ概念
人間関係の
サービス概念
主客同一関係
一時的主従関係
反復効果、付加価値
一時的効果、等価価値
相互作用の
の追求
の追求
相乗効果性
心づくしの技術
機能づくしの技術
条件
経営管理
の視点
(心技一体)
(機能奴隷)
「 相 互 性 」「 有 効 性 」
「 迅 速 性 」「 効 率 性 」
「 精 神 性 」「 可 能 性 」
「 合 理 性 」「 機 能 性 」
「 創 造 性 」「 社 会 性 」
「 確 実 性 」「 明 確 性 」
「 文 化 性 」「 娯 楽 性 」
「 個 人 性 」「 利 便 性 」
「 芸 術 性 」「 人 間 性 」
「 機 動 性 」「 価 格 性 」
の追求
の追求
多元的最適共創型経営
効率型経営
人 財 5 不 足 、価 値 創 造 を す る
働き手不足に対応
ための頭脳不足に対応する
する視点
視点
出典:服部勝人『ホスピタリティ・マネジメント入門』丸善
2 00 8 年
p .3 4 を 参 照 し 要 約 し た も の
Ⅱ
<関 係 性 >の 学 と し て の ホ ス ピ タ リ テ ィ
(1)一方向性と双方向性
ホスピタリティという新概念は、ホスピタリティ・マネジメントという学の分
野において専らサービスという概念との対比で説明されている。サービスという
用語自体も、極めて多義的であり、一意的な意味を見出しがたいのであるが、語
源や、経済的事例などを踏まえると、大方、それが使われているところの意味内
容を確定しやすいからだろう。
一方、会計の観点からすると、サービスとは、役務ないし用役の意味である。
5
服部はホスピタリティ・マネジメント学が人を財として捉えた研究であること
から「人材」ではなく「人財」という言葉をあえて使っている。
形のない、ある無形の財を売ることにより、金銭を得ることに他ならない。商品
や製品が有形財であり、それを売ることによって金銭を得るということと同義で
ある。例えば、ホテル・旅館が、部屋を一定の時間、顧客にレンタルすることで
あったり、運輸業であれば、荷物をある地点からある地点にまで届けるといった
こ と が 、 サ ー ビ ス で あ る 。 た だ 、 会 計 の 場 合 は 、 G-W-G’ と い う 資 本 循 環 範 式 の 図
式に見られるように、古くより、商品を仕入れて、販売し、利潤を得るというモ
ノ( =W)を 中 心 に 認 識 し て き た の で 、そ う し た 無 形 の 財 を 完 全 に 認 識 ・ 測 定 す る
には至っていない。かろうじて、前払費用や前受収益といった経過勘定に、サー
ビス提供の債権ないし債務といったサービスの観念が生じているにすぎない。サ
ービスは、商品・製品のように仕入れたり、製造したりするものではないので、
それにかかる費用が生じていても、仕訳として明瞭に出てこないのである。換言
すると、会計は、経済活動の一環としての、ヒトがなし得る行為について充分に
認識することをしてこなかったとも言えるし、何がしかの理由で避けてきたとも
言えるだろう。
し か し 、今 日 、経 済 活 動 は 単 に モ ノ を 販 売 し て 利 潤 を 得 る と い う こ と に 限 ら ず 、
IT 関 連 を は じ め 、サ ー ビ ス 産 業 は 拡 大 し て き て お り 、経 済 活 動 の 在 り 方 が 一 昔 前
とは随分異なってきているのである。利潤を生みだす新たな源泉としてサービス
やホスピタリティをどのように認識するか、マネジメントのみならず会計におい
ても検討すべき問題はすでに生まれているように思われる。
したがって、当面のところ、サービスとホスピタリティの概念上の違いを整理
しておかなくてはならないが、この二つを全く別概念として捉える見方と、オー
バーラップするという見方もあるようである。もっとも、完全にオーバーラップ
するのであれば、あえてホスピタリティという語を使う必要性もないが、独自の
意味内容、新たに生み出される利潤の源泉、ヒトとヒトとの在り方の転換等々、
新 概 念 と し て 光 を 当 て る べ き で あ る と い う 観 点 か ら は 、ホ ス ピ タ リ テ ィ と は 何 か 、
その独自性の意味内容に迫ることは極めて大きな課題ともなる。この点について
今日、ホスピタリティという言葉の重要性を鑑みると、将来的に、ホスピタリテ
ィと会計との関連性も会計学の俎上に載せなければならない時期にきているので
はないだろうか。
ところで、先述したように、厳密に語源を探れば、ホスピタリティはサービス
とは異なる性質を捉えて認識されているようである。主に、それは、ヒトとヒト
との関係性の在り方において違いを見せる。山上徹は、それを以下のように、そ
の相違を簡略的にまとめている。
表 2
山上学説におけるホスピタリィティとサービスの概念比較
語源
立場
思い
社会
マニュアル化
サービス
奴隷
ホスピタリティ
客人
上 下・主 従
片思い
身分
順応
トレーニング
対 等・相 互
両想い
契約
より以上
コーチング
出典:山上徹『ホスピタリティ精神の深化
指導方法
おもてなし文化の創造に向けて』
法 律 文 化 社 、 2 00 8 年 、 p .1 2 を 参 照
ヒ ト と ヒ ト と の 関 係 性 と い う 観 点 か ら は 、サ ー ビ ス は 、一 方 向 性 を 指 し て お り 、
顧客に対して「契約等に基づいた所定の行為」を行うということである。飲食店
や宿泊業を例にとれば、お店が用意した接客マニュアルに従って、同一の行為が
自動販売機のようにスピーディーになされれば良しということになる。顧客の状
況や、心の状態などとは無関係に接客マニュアルに従っていさえすればよいので
ある。それに対して、ホスピタリティは、接客マニュアルよりも顧客の状況や、
心の状態を把握することを優先し、相互に心が通うことが重要とされる。
こ の こ と を わ か り や す く す る た め に 、 筆 者 (= 西 澤 健 次 ) の 拙 い 身 近 な 事 例 を 出
してみたい。筆者が、子供の希望でケンタッキーフライドチキンを食べに行った
時のことである。塾へ送る途中の昼食で、大抵、時間がなく、子供に食べさせる
だけなので、チキンボックスと子供にのみジュースを注文する。当然、注文通り
のものが出てくる。筆者の飲み物はない。ところが、ある時、同じように注文す
ると、
「 お 冷 を お つ け し ま し ょ う か ? 」と 言 っ て く れ る の で 、そ れ を 無 料 で い た だ
い た 。カ ッ プ に は 、ケ ン タ ッ キ ー フ ラ イ ド チ キ ン と 書 か れ て い る 。よ く 考 え る と 、
親と子供がいて、子供一人にのみジュースがあって、チキンボックスがあるとい
うのは不自然である。筆者はそれで納得しているものの、ウォーターをつけてく
れたことでその不自然さを解消してくれたことには、サービス以上のものを感じ
た。無論、ヒトによっては、上述のようなケースで、吝嗇(けち)を指摘された
ようで、ホスピタリティどころか「余計なことをした」と良い解釈をしないこと
も あ る 。 ヒ ト の 心 は 多 様 で あ る 。 た だ 、 少 な く と も 当 事 者 ( =筆 者 ) は 、 こ れ は
ホスピタリティであると感じた。こうした事例は枚挙に暇がないが、顧客の状況
や、心の状態を把握し、期待度をアップさせる心遣いは、今に始まったわけでも
なく、ごくあたりまえのことであったのに違いはないが、一方で、自動販売機の
ようなサービスが横行していることも見過ごすことができない。
ホスピタリティが、双方向性とされるのは、ヒトとヒトとの相互性を捉えてい
るためであり、それよってリピート率が上がればマネジメント・会計にも大きく
影響することになる。しかしながら、会計からすると、ホスピタリティの事例あ
るいは心遣いを認識するのは極めて困難である。接客マニュアルにもない行為を
逐次記録することもできず、定性的な情報としても公開しづらい。ホスピタリテ
ィはまさにアメーバのように姿を変えるからである。
(2)アメーバ会計としての「ホスピタリティ」
ホスピタリティ(歓待)とは、本来の原義としては、客を主人がもてなすこと
であり、その客が、どのような人であるかを問わず、受入れ、衣食を共にするこ
とである。客は、仮面をつけた敵であり、主人を殺すかもしれない。そうしたリ
スクを含んだ上で、無償で、客に食べ物を与え、衣服を与え、寝る場所を提供す
る。つまり、施しである。共によい関係が築けるかどうかなどは、結果の話であ
り、ホスピタリティを実践するとうことは命をかけた賭けである。当然のことな
が ら 、主 人 の 懐 は 痛 む 。客 は そ の こ と に 感 謝 す る だ ろ う か 。わ か ら な い 。し か し 、
主人と客の関係は、上下の関係もなく、対等である。身銭を切った主人は、その
ことを厭わない。何故ならば、主人が客を招待したからである。
会計的に見れば、ここにホスピタリティとサービスの根本的な違いがある。つ
まり、ホスピタリティとは、主人(ホスト、この場合、企業)が、身銭を切るこ
とを言う。サービスは、商品や製品と同様、売り物である。主人が客にサービス
を売るのである。したがって、客がお金を出すのである。
仕訳で表せば、以下のようになる。
「サービス」の場合
① サ ー ビ ス の 仕 入 れ ( 仮 定 ): サ ー ビ ス 原 価 ( 資 産 ) ×× / 現 金
××
② サ ー ビ ス の 行 使 ( 仮 定 ) : サ ー ビ ス 費 用 ×× / サ ー ビ ス 原 価 ( 資 産 ) ××
現 金 ×× / 売 上 ××
「ホスピタリティの場合」
③ ホ ス ピ タ リ テ ィ の 仕 入 れ : ホ ス ピ タ リ テ ィ 原 価 ( 資 産 ) ×× / 現 金
××
④ ホ ス ピ タ リ テ ィ の 行 使 : ホ ス ピ タ リ テ ィ 費 用 ×× / ホ ス ピ タ リ テ ィ 原 価
( 資 産 ) ××
仕訳なし
サービスの場合は、前払費用等の勘定は別にして、一般的には、貸借対照表の
資産に計上はされないにしても、①、②の仕訳に示されるように、サービスを仕
入 れ て 、そ れ を 行 使 し た 時 に は 、対 価 と し て の 売 上 が 上 が る の で あ る 。通 常 、① 、
②が即相殺されることによって、損益計算として認識している。顧客の要望によ
ってサービスを行使すれば、企業側に現金が増加しているはずである。企業は利
潤を出すことを目的としている以上、①、②の段階で現金が増加しない取引はし
な い か ら で あ る 。そ れ に 対 し て 、ホ ス ピ タ リ テ ィ の 場 合 は 、長 期 的 な 展 望 の 下 に 、
利 潤 が 出 る か 否 か を 問 わ ず 、ト ッ プ・マ ネ ジ メ ン ト の 判 断 で 身 銭 を 切 る の で あ る 。
したがって、ここでは、拠出した現金を回収できるかできないか、それはわから
ないのである。つまり、ホスピタリティを仕入れて、それを行使しようとしまい
と、売上には関係しない。したがって、その意味では、当面のところ、損益計算
をしているのではないことになる。サービスは、顧客が望む時に、行使をするの
に対して、ホスピタリティは、トップ・マネジメントあるいは、その思想を受け
継 い だ 従 業 員 の 判 断 、つ ま り は 、企 業 側 の 意 思 決 定 に よ っ て 行 使 さ れ る の で あ る 。
莫大な財を得るか得ないか、企業の賭けである。実際には、ホスピタリティとし
て認識され得る仕訳は存在しないが、あえて、企業がサービスを超えるような蓄
財をなんらかの形で保有しているものとすると、それは少なくとも企業価値の増
加の一助を果たしているものと捉えることができる。
会計的な視点で区別すると、サービスの場合は短期的利益の増加、当座現金の
収入、ホスピタリティの場合は長期的利益の増加の起因をつくる源泉、当座現金
の収支に弁別のポイントがあるように思われる。このように捉えると、ヒトとヒ
トの<関係性>でのみ峻別する図式を会計的に敷衍させることで、別の角度から
サービスとホスピタリティの違いが明確に異なることがわかる。サービスは即座
の売り物であり、ホスピタリティは即座の売り物ではないということである。
別 言 す る と 、 日 常 会 話 で 、「 サ ー ビ ス で ・ ・ ・ を す る 」 と い う こ と 言 う こ と が
あ る が 、 そ の 場 合 は 、 お ま け で ・ ・ ・ を す る と か 、 奉 仕 の 精 神 で 、・ ・ ・ を す る と
いう意味であり、製品ないしサービスのサービスを指しているわけではない。む
しろ、そうした行為はホスピタリティに属する。ただ、本稿で指摘しているホス
ピタリティは、そうした意味合いも含んでいるが、数々の研究書に記述されてい
るようにゲストの心に響かなければ、まったく意味がない。意味もなく身銭を切
りすぎることはマネジメントないし会計と結びつくものではない。また、ホスピ
タリティは、Ⅱの(1)で記したように、企業の従業員の資質におうところが大
きい。この資質を捉えて会計的に認識するということは、いまだ未知の領域であ
るが、サービスとホスピタリティをほとんど区別せず、ホスピタリティに独自の
意味内容を見出してこなかったので、少なくとも、本来、古来からあったはずの
知恵や技能が、埋もれていたと捉えるべきではなかろうか。日本においても、近
江商人や、伊勢商人のように、商売をする上での「真心」があったはずである。
ま た 、 上 記 の 仕 訳 に 見 る よ う に 、「 サ ー ビ ス の 場 合 」、 実 際 に は 、 こ の よ う な 仕
訳は存在しないのであるが、いわゆるサービス業を例にとれば、あるはずのサー
ビス原価は、売上と、期中において対応しているはずであり、費用収益の対応の
原則の枠内にあると思われる。例えば、飛行機であれば、客を、ある地点からあ
る地点に運搬することがサービスそのものであり、その対価として売上が計上さ
れているはずである。サービス原価を構成するのは、パイロットや客室乗務員の
人件費、飛行機の燃料、その他、それに付随する諸々の経費であり、それらの経
費が損益計算書の中で、数値として出ているにすぎない。商品を販売するのと同
様であるので、サービスの事例は、収益・費用アプローチとして捉えることがで
きよう。それに対して、③のホスピタリティ原価(資産)は、これもまた、ある
はずの原価であるが、通常、会計的には認識しておらず、④のように費用の拠出
があったとしても、売上との対比を想定しているものでもない。従って、その意
味 で は 、伝 統 的 会 計 学 に お け る 費 用 収 益 の 対 応 の 原 則 の 枠 内 に あ る も の で は な い 。
しかし、別言すれば、それが存在することによって、企業価値の増加・減少を左
右したり、将来的な収益の展望を拓く重要な資産の源泉、無形の資産として、本
来 的 に は 、あ る は ず の も の と し て 認 識 す る こ と は 可 能 で は な い だ ろ う か 。し か し 、
そのように見えるにせよ、実際のところ、ホスピタリティをいかに認識するか、
その起点をどのように捉えるか、それを見定めなければ、会計の枠内での事象で
あるのかどうか判断することもできないのではないかと思われる。
上述したように、ホスピタリティを費用収益の対応の原則の枠内にあるものと
は捉えていないが、少なくとも、今日の会計が新たな経済事象をも取り込んでい
る会計環境を考慮すると、認識の枠外に放置しておくのは問題である。つまり、
今日まで、ホスピタリティを経済事象として見てこなかったことには会計認識の
一つの陥穽があったように思われるのである。周知のように、ホスピタリティと
は、必ずしも、企業経営にのみ関わるものではなく、人々の生活の潤いとして多
方面で生きているものである。それ故に、それを特段、経済事象として認識する
のは困難なことではあるが、<なぜ、ホスピタリティを認識することが困難であ
るのか>という点について、今一度、会計上の問題として整理しておくことが肝
要である。そうした意味でも、以下、観点は異なるが、ホスピタリティの認識の
問題を<知の在り方>の問題として考察しておくべきだと思う。
Ⅲ
<知の在り方>としてのホスピタリティ
(1)マネジメントにおける暗黙知の認識
知識経営の生みの親として知られる野中郁次郎は、経営資源としての知識をい
かにマネジメントしていくかに注目し、世界的に認められる経営理論、知識創造
理論を確立した。野中は西洋と東洋を対比させる際、形式知を重要視する西洋、
暗黙知を重要視する日本企業というように位置づけた。野中は日本的知識創造の
特徴として以下のように述べている。
「西洋人が、組織的知識創造の問題に触れたがらないのには理由がある。彼ら
は、
『 情 報 処 理 機 械 と し て の 組 織 』と い う 組 織 感 を 信 じ て 疑 わ な い の で あ る 。こ の
見方は、フレデリック・テイラーからハーバート・サイモンにいたるまでの西欧
的経営の伝統に深く根ざしている。そこでは、知識は明白でなければならず、形
式 的・体 系 的 な も の だ と 考 え ら れ て い る 。そ う い っ た 形 式 知( e xpl ict kno wl ed ge )
は言葉や数字で表すことができ、厳密なデータ、科学方程式、明示化された手続
き 、 普 遍 的 原 則 な ど の 形 で た や す く 伝 達 ・ 共 有 す る こ と が で き る 。( 中 略 )
しかし、日本企業はまったく違った知識感を持っている。言葉や数字で表現さ
れる知識は氷山の一角にすぎないと考えるのである。知識は、基本的には目で見
えにくく、表現しがたい、暗黙的なものだというのである。そのような暗黙知
( ta ci t kno wl ed ge )は 非 常 に 個 人 的 な も の で 形 式 化 し に く い の で 、他 人 に 伝 達 し
て共有することは難しい。主観に基づく洞察、直感、勘が、この知識の範疇に含
まれる。さらに暗黙知は、個人の行動、経験、理想、価値観、情念などにも深く
根 ざ し て い る 。( 中 略 )
形式知と暗黙知の区別が、西欧と日本の「知」の方法論の違いを理解する鍵で
ある。形式知はコンピューター処理が簡単で、電子的に伝達でき、データベース
に蓄積できる。しかし主観的・直感的な暗黙知を、体系的・論理的に処理したり
伝達したりすることは難しい。暗黙知を組織内部で伝達・共有するには、だれに
でもわかるように言葉や数字に変換しなければならない。このように暗黙知が形
式知へ、
( 中 略 )ま た 逆 に 暗 黙 知 へ 変 換 さ れ る と き に こ そ 、組 織 の「 知 」が 創 ら れ
る の で あ る 。 6」
表3
暗黙知と形式知の対比
暗黙知
形式知
主観的な知(個人知)
客観的な知(組織知)
経験知(身体)
理性知(精神)
同時的な知(今ここにある知)
順序的な知(過去の知)
アナログ的な知(実務)
デジタル的な知(理論)
出典:野中郁次郎、竹内弘高『知識創造企業』東洋経済新報社
1 99 6 年
p .8 9 を 参 照
野 中 は 、暗 黙 知 を 知 り 、そ の 重 要 性 を 認 識 す る こ と の 意 義 を 3 点 挙 げ て い る 。
6
野 中 郁 次 郎 、 竹 内 弘 高 『 知 識 創 造 企 業 』 東 洋 経 済 新 報 社 19 96 年 p .8 ~ 9
「 ま ず 第 一 に 、ま っ た く 違 っ た 組 織 観 を も た ら す 。組 織 が 情 報 処 理 機 械 で は
な く 、 一 つ の 有 機 的 生 命 体 と し て 見 え て く る の で あ る 。( 中 略 )
二 番 目 の 意 義 は 、( 中 略 ) イ ノ ベ ー シ ョ ン と い う も の を ま っ た く 新 し い 角 度
か ら 考 え 始 め る は ず で あ る 。イ ノ ベ ー シ ョ ン は 単 に バ ラ バ ラ の デ ー タ や 情 報 を
つ な ぎ 合 わ せ る だ け で は な い 。人 間 一 人 ひ と り に 深 く か か わ る 個 人 と 組 織 の 自
己 変 革 な の で あ る 。( 中 略 )
三 番 目 の 意 義 は 、知 識 を マ ニ ュ ア ル や 本 を つ う じ て 獲 得 し た り 教 え た り で き
る と い う 古 い 考 え か ら 抜 け 出 さ な け れ ば な ら な い 。か わ り に 、知 識 の よ り 形 式
的・論 理 的 で な い 部 分 に も っ と 関 心 を 向 け 、メ タ フ ァ ー や 絵 や 体 験 か ら 得 ら れ
る 体 験 か ら 得 ら れ る 極 め て 主 観 的 な 洞 察 、直 観 、勘 な ど に 注 意 す る 必 要 が あ る 。
そ う す れ ば 、成 功 し て い る 日 本 企 業 の や っ て い る 正 し い こ と が 何 で あ る か 、を
理 解 で き る よ う に な る 。」 7
野 中 は 、マ ネ ジ メ ン ト に お い て 個 人 の 主 観 や 直 観 、感 情 、勘 と い っ た も の が 、
実 は 極 め て 重 要 な 意 味 を 持 つ 、つ ま り 最 も 貴 重 な 知 識 は 教 え る こ と も 、伝 え る
こ と も で き な い 性 質 を も っ て い る と 言 っ て い る の で あ る 。こ の よ う に 、企 業 に
おける知識を「形式知」と「暗黙知」として捉え、日本企業の経営の特徴とし
て「 暗 黙 知 」を 認 識 し て い る こ と を 挙 げ て い る 。野 中 が 知 識 創 造 理 論 を 提 唱し
て か ら 既 に 20 年 近 く が 経 過 し て お り 、 そ の 後 の イ ン タ ー ネ ッ ト や 情 報 化 社 会
の 発 達 に よ り 世 界 の ボ ー ダ ー レ ス 化 は ま す ま す 進 ん で い る 。現 在 の 日 本 企 業 は
むしろ野中が考える形式知を重んじる西欧的経営に近くなっている可能性も
考 え ら れ る も の の 、暗 黙 知 に 着 目 し た 経 営 理 論 を 改 め て こ こ で 考 察 し て み る 価
値はあるのではないだろうか。
(2)暗黙知・形式知とホスピタリティ・マネジメント
筆 者 ( = 西 澤 律 子 、 以 下 同 様 ) が 1 99 0 年 ~ 2 00 2 年 の 期 間 で 勤 務 し た ホ ス ピ タ
リティ業界においては、マニュアルを使って対応できない業務処理、つまり言葉
や文字や理屈を超えた様々な業務というものが確実に存在していた。新人が仕事
を覚える時は、先輩の背中を見ながら毎日毎日新たなことを経験し、メモをとっ
たり、時には上位の人から叱責されたりおだてられたり、同僚の助けを借りたり
と全方向的に徐々に学んでいくシステムがあった。それはまさに野中のいう日本
的経営の特徴である(暗黙知の習得過程)であった。以下その実例を、野中の文
章と筆者の実務経験を照合させながら示していきたい。
7
前 掲 書 、 p .9 ~ 1 3
筆者は、ホスピタリティ業界といわれる航空会社に長年勤務し、機上で接客を
する客室乗務員職、並びに客室乗務員の教育訓練に関わるという経歴をもつが、
退 職 後 、ホ ス ピ タ リ テ ィ と い う キ ー ワ ー ド に 関 心 を 持 つ よ う に な っ た 。
「ホスピタ
リティとは何か」という根本的な疑問を解決するために、実務で経験した様々な
事例の中で、ホスピタリティに関連しているのではないかという事例をピックア
ップする作業を行っていた。その際に野中郁次郎の『知識創造理論』に出会い、
「暗黙知」という「形式知」とは区別された知識について知ることとなった。何
気ない通読の中で、筆者は、驚きをもって以下の熟練職人並びに長嶋茂雄に関す
る記述を読んだ。というのは、知識の習得方法という観点からは、一見何の関係
性も見られないような、熟練職人、野球選手、接客業である客室乗務員という3
つの職業において、大きな類似点を見出すことになったからである。
a.熟 練 職 人 の 例
「 も っ と 厳 密 に い え ば 、暗 黙 知 は 二 つ の 側 面 を 持 っ て い る 。一 つ は 技 術 的 側 面 で 、
『ノウハウ』という言葉で捉えられる、はっきりとこれだと示すことが難しい技
能や技巧などが含まれる。たとえば、長年の経験を持つ熟練職人は、指先に豊か
な技能を蓄えている。しかし、彼が自分の持っている『知』の背後にある科学技
術 的 原 理 を は っ き り 説 明 で き な い こ と は 珍 し く な い 。」 8
b.長 嶋 茂 雄 の 例
「日本人は、暗黙知を他人へ簡単には伝達できないことに気づいていた。日本人
ならだれでも、ミスター・ベースボールと呼ばれた長嶋茂雄が史上最高の野球選
手 で あ る こ と に 同 意 す る だ ろ う 。彼 に 直 接 会 う 機 会 が あ っ た の で 、な ぜ あ れ ほ ど 、
ここぞという緊迫した場面で決勝打を打てたのか聞いてみたことがある。彼は、
比喩的な言葉と身振りをたくさん使ったが、言いたいことすべてを的確に説明で
きなかった。もともと彼の話し方は論理的に筋が通っているほうではない。最後
に 彼 は 行 っ た 。『 感 じ る し か な い で す ね 』 と 。」 9
c. 客 室 乗 務 員 の 例
筆 者 が 経 験 し た 接 遇 の 現 場 に お い て は 、 ま さ に 「 カ オ ス 」「 矛 盾 」 こ そ が 日 常
であった。客室乗務員の多くは、同じ対応に対しても旅客の反応が一つ一つ違っ
ていることを、感覚的に学び知っている。新人時代には、それを理解することが
できず、とまどう者もいることは事実である。上位の先輩乗務員の数だけ、違う
サ ー ビ ス 指 導 が あ る 。一 つ の 事 例 に 対 し 、こ の 先 輩 と あ の 先 輩 で 言 う こ と が 違 う 。
8
9
前 掲 書 、 p .9
同 上 、 p .10
例えば、夜間フライトでは離着陸の際、安全上の理由から機内の灯りを消すこ
とになっているが、ある乗務員は旅客にも安全の意識を持ってもらうために、安
全上の理由で消灯する旨を周知するべきであると考えるが、別の乗務員はゆった
り と し た 機 内 空 間 を 演 出 す る た め に 、安 全 に 関 す る こ と を 言 葉 に し な い 。
「只今か
ら機内の明かりを暗くします。○○上空の、夜景をお楽しみ下さい」と敢えて言
葉を変えたりする。そのような配慮が功を奏することもあれば、逆効果になるこ
ともある。最初に「安全上の理由により、機内の灯りを消灯します」という指導
をされた新人乗務員は、別のフライトで同様にアナウンスし、旅客に不安を煽る
べきではないと言って、叱られることもある。新人乗務員は同乗する先輩によっ
て 、行 動 を 変 え る よ う に な る が 、や が て 、
「 矛 盾 」こ そ が 、あ り き た り の 日 常 で あ
ることを感覚的に学ぶようになる。
乗務員は企業の定めるサービス基準をもとに行動しているものの、フライトに
おいては旅客数、季節、天候、社会情勢、ビジネスマンの多い便なのか、高齢の
団体旅客の多い便なのかといった客層、飛行機の機種、乗務員の状態等に左右さ
れ一便として同じ条件下のものはない。そのため、前回反応の良かったサービス
が、同様な結果をもたらすとは限らない。冷房で冷えている機内で就寝中の旅客
に毛布を配るという簡単な行為さえ、感謝されることもあれば、クレームにつな
がるということもある。管制塔の離陸許可待ちといった不可抗力の理由による遅
れに対し、烈火の如く怒りを表す旅客もいれば、機体故障による大幅な遅れに対
し、乗務員に礼を述べて、笑顔で降機していく旅客も大勢いる。同じ事例に対し
ても、旅客の反応はまちまちである。
これらの「矛盾」に満ち溢れた接客の現場を、筆者は生き生きとした企業の生
命力として理解している。マニュアルの範囲で対応できるお客様は確かに存在す
る。かなりの割合を占めている。しかしマニュアルの範囲を超える顧客も確実に
存在するのである。1 日として同じ条件の日はないことを考えれば、マニュアル
で対応できないということがむしろ接客業界の当たり前であるとも言える。
この3つの職業の類似点とは、野中の唱える「もっとも貴重な知識は教えるこ
とも伝えることもできない」ということである。人はマニュアルや言語による説
明よりも直接体験から何かを学んでいくということを示すものである。それらは
マニュアルに書いてあるよりもはるかに壮大な知識であり、人的資源となるもの
である。
「暗黙知」
「 形 式 知 」と い う 観 点 か ら 経 営 を 捉 え る 野 中 の 知 識 創 造 理 論 は 、
企業の知識(資産)を経営の中で管理し、新たな知識の創造を目指すという「ナ
レッジマネジメント」を生み出したが、筆者は接客現場における知識の伝達は多
分に「暗黙知」の要素が強いのではないかと考えるようになった。なぜならば、
初期の訓練等で学ぶマニュアル的な知識よりもはるかに経験やその都度ごとに変
化する事態の対応が重要視されることが多かったからである。マニュアルに書か
れていない業務処理は、当時は「臨機応変」という言葉で単純化されていた。
「暗黙知」や「形式知」を意識したマネジメントは「ホスピタリティ・マネジメ
ント」という分野においても応用していくことはできるのではないだろうか。こ
れまで「ホスピタリティ・マネジメントは」は、服部説に見られるように、サー
ビスとホスピタリティを「関係性」の上から論じるものが多かった。つまりサー
ビスは客人を上位に、客人をもてなす側を下位にみなす一方向のもの、ホスピタ
リティは客人と客人をもてなす側が対等の関係を持ち、尚かつ双方向の関係であ
るという整理の仕方がなされていた。現場経験を鑑みれば、この関係性は普遍性
をもったものとして受け入れることが難しいように思われるのである。実際の現
場においては、一つ一つの事例をサービスとホスピタリティに分類することは、
極めて困難である。たった一杯のドリンクサービスであっても、マニュアルに添
ったただのサービスと受け取るか、相互に心の交流がうまれるホスピタルティと
するかは極めて主観的なものであり、境界線はあいまいである。サービスやホス
ピタリティは、確かに人と人との関係性によって生まれるものではあるが、関係
性に着目した区別では、説明できない部分も多いのである。したがってマネジメ
ントに組み込んでいくことが難しいのではないかと思われるのである。そこで、
ホスピタリティを暗黙知や形式知といった知識の観点から捉えてみることにする。
Ⅳホスピタリティの認識について
―ホスピタリティ・マネジメントの展望―
(1)辺境に位置するホスピタリティ
企業の顧客対応システムを単純に図式化してみると、下図のようにマニュアル
で対応できることとできないことに分けられる。
図3
企業の顧客対応システムの概観
企業の顧客対応システム
マニュアルで対応できる事
象
マニュアルで対応できない事象
(想定外の事象)
出典:筆者が作成
企業の規模が大きくなればなるほど、マニュアルで対応できる面積は広がって
く る 可 能 性 が あ る と 思 わ れ る が 、だ か ら と い っ て 想 定 外 の 事 象 が 0 に な る こ と は 、
人間が行う企業活動である限りあり得ない。筆者はマニュアルで対応できる事象
を通常サービスと捉えている。それでは、マニュアルで対応できない想定外の事
象(矛盾)は何をもって対応していけばよいのか考えてみたい。内容は様々であ
る。限りなくいつものサービスに近いものであれば、とっさの機転や小さな工夫
でアルバイトの高校生でも対応できるかもしれない。しかし一時的に企業が損を
するような金銭の絡んだ問題が発生した場合、その対応を行うのは現場の店長で
あったり、上層部の役員、経営者にも関係した内容になる。場合によっては企業
としては困難な問題に発展することもあるであろう。仮に経営者が乗り出して解
決をはからないといけないような問題が発生したのであれば、この想定外の事象
の対応いかんによって、経営破たんする可能性さえ秘めているのである。
マニュアルで対応できるということは文字で書かれた形式知を利用できると
いうことである。つまりサービスはマニュアルという形式知を利用して対応でき
る。マニュアルで対応できない対応ということは形式知を利用できないというこ
と、つまり暗黙知を利用した対応ということになる。形式知とサービスは近い関
係にある。そのように考えるとすれば、サービスとは違うホスピタリィティの概
念は、暗黙知と関係していると捉えることはできないだろうか。筆者は暗黙知と
ホスピタリィティ、形式知とサービスの関係性を以下の図4のように整理する。
図4
知識の観点から捉えたホスピタリィティとサービス
暗黙知(主観的な知)
形式知(客観的な知)
直感的で人に伝達さ
マニュアル化され伝
れ難い知識
達され易い知識
サービス
ホスピタリティ
出典:筆者が作成
サービスは、マニュアル(形式知)で対応できる通常の対応を指している。そ
の性質は機能的であり、比較的捉え易い。
それに対し、ホスピタリティは、通常の全体サービスでは発揮され難く、個別
対応において発現することが多い。また、マニュアルで対応できないという性質
を持っている。したがって暗黙知の中に含まれるが、辺境に位置し捉え難い。
今日まで、サービス中心主義で経済事象を認識してきたことを基軸にすると、
ホ ス ピ タ リ テ ィ と は 、本 流 か ら 外 れ た 、辺 境 に 位 置 す る よ う に も 見 え る 。し か し 、
ホスピタリティの中身が限りなく深く、多大な財産を生み出す源泉であると捉え
るならば、ホスピタリティこそが、マネジメントの本流であって、それを掘り起
し、形あるものへと変えていくことが重要であるとも考えられるのである。
(2)社員教育とマネジメント
現 在 、多 く の 企 業 や 接 客 の 現 場 で 社 員 教 育 が な さ れ て い る 。ひ と つ の 例 と し て 、
「 接 遇 マ ナ ー 講 座 」と い う も の 存 在 し 、当 然 の こ と な が ら「 形 式 知 」や「 暗 黙 知 」
の 区 別 は な い 。 筆 者 は 結 果 を 生 み 出 す 社 員 教 育 (「 接 遇 マ ナ ー 講 座 」) は 、 意 識 す
る 、 し な い に 関 わ ら ず 「 形 式 知 教 育 」、「 暗 黙 知 教 育 」 が 二 本 立 て で 実 現 さ れ て い
るものではないかと考えている。一般的に日本の航空会社の客室乗務員のマナー
は丁寧できちんとしていると思われているが、筆者はその理由を「形式知」習得
の た め の 新 人 社 員 教 育 の 充 実 と 、現 場 で の OJ T や 所 属 グ ル ー プ に よ る フ ォ ロ ー 体
制 の 充 実 に よ り「 暗 黙 知 」習 得 が 効 果 的 に な さ れ て い る か ら で あ る と 考 え て い る 。
職場における「暗黙知」とは、言葉で表し、説明することが難しいという意味合
いで、
「 マ ニ ュ ア ル で 対 応 で き る 以 外 の す べ て の こ と 」を 意 味 す る 。前 章 で あ げ た
それぞれ違う先輩のアナウンスによって、1 便として同じフライトはないことを
学ぶ新人客室乗務員の例などは暗黙知の習得のよい例である。最初は多くの人が
マニュアルどおりにしか動けない。マニュアルの範囲さえにも到達しない人もい
る。しかし、マニュアル以外の事例があって当たり前という経験を重ねることに
より、企業としての適応能力は開花していくのではないか。そこが他社との大き
な差別化にもつながっていくように思われるのである。
例えば仮に、お辞儀の仕方だったり、笑顔の対応といったいわゆる接遇マナー
さえきちんと社員に教え込めさえすれば、ホスピタリティ・マネジメントに成功
していると考える経営者がいるとすれば、その企業は発展のチャンスを永遠にも
のにすることはできないのではないだろうか。社員がマナー講座を受けてきちん
とした対応ができるようになったとしても、短期的な効果しか得られないのでは
ないだろうか。なぜならば、1 日か2日の講習で簡単に身につけられる笑顔の効
果やマニュアルで学ぶ接客用語の習得は「形式知の習得」であり他社にとっても
容易に習得できる技能だからである。それでは片手落ちである。あくまでもそれ
らは初期段階の教育であり、それらを存続し企業の人的資産となるようなもの、
あるいはそこから派生して生み出され継続していく様々なアイデアは「暗黙知」
の要素を知らずに実現していくことは困難である。
「 形 式 知 」 が 不 要 で あ る と い う わ け で は な い 。「 暗 黙 知 」 の み を 過 大 視 す れ ば
よいということでもない。どちらか一方が重要視されるのではなく、双方が存在
し、それを認識する職場環境こそが重要なのである。その暗黙知的な要素をたく
さん含むものの一つがが「ホスピタリティ」であると考えることはできないだろ
うか。
むすびにかえて
ホスピタリティという語を語源アプローチで考察した場合、サービスという概
念との違い、つまりは<関係性>の在り方として認識することができた。ホスピ
タリティ・マネジメントとして問題を提出する場合、とりあえずは、<関係性>
の違いとして認識することで、論点を明確にすることに役立つことを概観した。
そしてまた、会計の視点からすれば、そうした違いを露骨に出すことによって、
今まで、隠れていた経済事象の認識、ひいては会計認識の一助となるような性質
があることも指摘した。しかし、そうした営み以上に、<ホスピタリティとは何
か>という問題を知の在り方の問題に還元することで、さらに深くその実相につ
いて知ることができるのである。ホスピタリティをマネジメントとして取り込む
ことの意義が奥深く隠されていることをマネジメントの認識の枠の中に入れて考
察していかなければ、ホスピタリティなるものをより効果的に実践化できない特
質を持つものであることも指摘することができた。ホスピタリティの<認識>研
究に際しては、上述した二つのアプローチにとどまらず、多数多様のアプローチ
があるものの、それがまた、ホスピタリティを一筋縄ではつかみ切れない動的な
対象であることを、ここでは、確認することにしておきたい。
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