熱とエネルギー代謝(1)

物理学 C 2015
人体の物理学-6 /2015 年 11 月 18 日(水)16:40-17:50/ 物理学教室
熱とエネルギー代謝(1)
担当者:木下 順二(物理学)
この時間の目標: 熱力学の知識を人体に適用することができる。エネルギー代謝を理解する。
エネルギーの単位として cal と J を併用する。1cal = 4.19J である。
(1)温度(体温)
・ 物体の温度を一定に保つためには、物体に加えた熱(内部で発生した熱)から物体が放出した熱
や仕事を差し引いたものが 0 でなければならない。人体で言えば、
貯熱量
=熱産生量−(伝導性放熱量+対流性放熱量+放射性放熱量+蒸発性放熱量
+外部への仕事)=
0
という関係式が成り立っているとき、体温は一定である。

人の体温は場所によって異なる。脳や心臓・肝臓などの深部組
織(コアと言う)では、環境温度に関わらずその温度が一定
(37°C)に保たれているが、皮膚・皮下組織などの表層組織
(シェルと言う)は環境温度によってその温度が変化する。

体温測定は、直腸温、口腔温(舌下)、腋窩温(ワキの下)で
行う。
(2)皮膚からの熱放散
熱伝導
・ 固体などで熱が直接伝わっていく現象を熱伝導という。
・ 円筒状の物質中を伝わる熱の流れ J は、時間Δt の間に移動した熱量をΔQ、両端の温度を T1,T2、
円筒の断面積を S、長さを l とすれば、 J =
ΔQ
S
= κ (T1 − T2 ) と表される。κは熱伝導率である。
Δt
l
・ h = κ l を熱伝達係数という。熱伝達係数は熱の伝わりやすさを表す。
対流
・ 流体の内部に温度差がある場合、流体の流れによる熱の移動を対流という。
・ 固体表面から強制対流によって放出される熱の流れ J は、時間Δt の間に移動した熱量をΔQ、固
体表面の温度を T0,流体の温度を Ta、表面積を A とすれば、 J =
ΔQ
= hA (T0 − Ta ) と表される。
Δt
熱放射
・ 高温の物体がその温度に応じた電磁波を放射することで熱が移動していく現象を熱放射という。
・ 表面積 A の黒体から、単位時間あたりに放出される熱放射エネルギーは、周囲の絶対温度を Ta
として、 J =
ΔQ
= εσ A (T0 4 − Ta 4 ) で表される。ここで、σ = 5.67×10-8 [Wm-2K-4]はステファン・
Δt
ボルツマン定数、εは放射率である。
物理学 C 2015
例.皮膚温 33℃、環境温 21℃、体表面積を 1.8m2 として、裸体の場合。
熱伝導と対流
熱放射
熱伝達係数を 2.7 [Wm-2K-1]とすれば、J = 2.7×1.8×( 306−294 ) = 58[W]
J = 5.67×10-8×1.8×( 3064−2944 ) = 132 [W]
(3)エネルギー代謝
基礎代謝量(BM)
・ 人間が生命活動を維持するのに最低限必要な1日あたりのエネルギーを基礎代謝量 BM という。
心臓の拍動、呼吸、体温保持など生命維持に最低限必要なエネルギー代謝のみを含んでいる。
・ 基礎代謝量は体表面積に比例すると考えられる。単位表面積あたり日本人成人男子では 34〜38
kcal/m2・hr、同女子では 32〜35 kcal/m2・hr である。
・ 体重を基準として基礎代謝量を示すと、男子では 24.0kcal/kg/day、女子では 23.6kcal/kg/day となる。
エネルギー代謝率(RMR)
・
安静時代謝量と基礎代謝量の比は、成年男子で 1.25、成年女子で 1.15 である。これは、生命維
持に加えて、一定の姿勢を維持するための筋肉の緊張などのエネルギーを含んでいる。
・
運動時のエネルギー代謝量は運動の激しさに応じてさらに大きくなる。エネルギー代謝率(RMR)
運動時代謝量 ) − ( 安静時代謝量 )
は、 RMR = (
で定義される。
( 基礎代謝量 )
Q1. 予習をしっかりしましたか? −1.とてもよい、2.少しよい、3.ふつう、4.少し悪い、5.とても悪い
Q2. 次の説明のうち正しいものはどれか?
−1. 体温はどこで測っても同じ温度である、2.手足の温度は
一定で環境によらない、3.貯熱量がプラスでなければ体温は下がってしまう、4. 仕事の形でエネルギー
が取り出されることもある
Q3. 次の説明で誤っているものはどれか?
−1. 熱伝導では温度差に比例して熱が移動する、2.風が当た
ると強制対流により熱が奪われる、3. 熱放射の大きさは表面の絶対温度に比例する、4. 円筒状の物質
中を伝わる熱の流れは断面積に比例して長さに反比例する
Q4. 次の説明で誤っているものはどれか?
−1. 消化や姿勢維持など生命維持に必要なエネルギーを基
礎代謝量という、2. 安静時のエネルギー代謝量は基礎代謝量に比べて約 20%多い、3. 作業時、運動時
のエネルギー代謝量は安静時よりも大きい、4. エネルギー代謝率が大きいほど激しい運動である
課題.
自分の 1 時間当たり基礎代謝量 BM を求め、生活時間から 1 日のエネルギー代謝量を概算
してみよ。ただし、安静時代謝量は BM×1.2 とせよ。
日常生活と運動の種類
休息・談話・受講(座位)
談話(立位)
食事
身の回り(身じたく)
事務作業
OA 機器使用
入浴
乗物(電車、立位)
ゆっくりした歩行
RMR
0.2
0.3
0.4
0.5
0.5
0.6
1.0
1.0
1.5
日常生活と運動の種類
RMR
散歩(60m/分)
1.8
普通歩行(通勤)
2.1
サイクリング(150m/分) 3.0
急ぎ足(通勤)
3.5
キャッチボール
3.0
ラジオ・テレビ体操
3.5
階段昇る
6.5
ジョギング(120m/分)
6.0
ランニング(200m/分)
10.5
日常生活と運動の種類
なわとび(60 回/分)
筋力トレーニング
ランニング(270m/分)
ランニング(400m/分)
ゴルフ
卓球、野球
テニス
サッカー、バスケット
ハンドボール、体操
質問がある人は、[email protected] までメールで。
物理学教室ホームページ
http://physics.research.twmu.ac.jp/index.html
RMR
8.0
9.6
15.0
30.0
3.6
4.2
6.0
9.6
10.5
物理学 C 2015
人体の物理学-7 /2015 年 11 月 25 日(水)16:40-17:50/ 物理学教室
熱とエネルギー代謝(2)
担当者:木下 順二(物理学)
この時間の目標: 衣服による体温調節について理解する。
(1)蒸発
・ 固体が溶けて液体になるときに必要なエネルギーを融解熱と言い、液体が気化して気体になると
きに必要なエネルギーを蒸発熱という。
・ 水を例に取ると、0 ゚ C で氷が溶けて水になるときは 334 J/g の融解熱を必要とし、100 ゚ C で水を
水蒸気に気化させるには 2.26×103 J/g、25 ゚ C のときは 2.44×103 J/g (=580cal/g)の蒸発熱を必要とす
る。
・ 水が蒸発する変化はエンタルピーが増加する吸熱変化であるから、常温では自然には起こらない
ように思えるが、水蒸気分子が拡散することによりエントロピーが増大し、全体の自由エネルギー
は減少するので、この変化は自然に起こる。
・ 発汗が全くなくても、皮膚からの蒸発および呼吸での水蒸気放出により成人で 1 日あたり約
900ml の水分蒸発がある。
(2)衣服による調節
・ クロー値(clo 値)…衣服の保温性を表現する単位。1 clo の衣服とは、気温 21℃、湿度 50%、気
流 0.1 m/s の環境で、椅子に静かに座った人が暑くも寒くもないと感じる衣服の保温性を表す。
・ (単位断面積あたり)熱抵抗…熱伝達係数の逆数で、熱移動のしにくさを表す量。
・ 皮膚表面から着衣外表面までの衣服全体の(単位断面積あたり)熱抵抗を Icl とする。着衣外表面
から環境までの間には空気層の熱抵抗(Ia)がある。皮膚表面から着衣を通して環境までの間の熱
抵抗(It)は、 I t = I cl +
Ia
と書ける。ここで fcl は着衣時の全表面積と裸体の表面積の比で、着衣
f cl
時に表面積が大きくなる効果を取り除くためのものである。
・ 体 表 面 積 を A 、 皮 膚 温 度 を tskin 、 環 境 温 度 を tair と し て 、 単 位 時 間 あ た り の 放 熱 量 は 、
ΔQ A
= ( tskin − tair ) の形で表せる。
Δt I t
・ 1 clo は熱抵抗 Icl の単位である。皮膚温を 33.3℃、気温は 21.2℃、気流は 0.1m/s、椅子に静かに座
った人の単位表面積あたりのエネルギー代謝量を 50 kcal/m2/hr = 58.1 W/m2 としてそのうち 76%が
衣服を通して伝導、対流、放射によって放熱されると考える。皮膚表面から環境までの熱抵抗 It
は、 I t =
33.3 − 21.2
= 0.274 ℃m2/W と見積もられる(分母は約 44W/m2 となる)。
58.1× 0.76
・ 上記の条件では、Ia / fcl は 0.119℃m2/W と見積もられるため、1 clo = 0.274−0.119 = 0.155 ℃
m2/W と算出される(1 clo の定義)。
物理学 C 2015
例題. 図にあるように組み合わせ衣服の全熱抵抗は、
単一衣服の有効着衣熱抵抗を加算して簡単に求める
ことができる。
Q1. 復習をしっかりしましたか? −1.とてもよい、2.
少しよい、3.ふつう、4.少し悪い、5.とても悪い
Q2. 洗濯物が自然に乾くのはなぜか?
−1. 必ず太陽
熱で暖められるから、2 .水より水蒸気の方がエンタル
ピーが低いから、3. 水蒸気が拡散することで自由エ
ネルギーが減少するから、4. エネルギーの高い分子から順に気体になっていくから
Q3. 次の説明で誤っているものはどれか?
−1. clo 値が大きいほど断熱性がよい衣服である、2. 熱の流
れは皮膚の絶対温度に比例する、3. 1 clo とは気温 21℃湿度 50%で快適と感じる衣服の保温性を表す、
4. 衣服全体の熱抵抗は有効着衣熱抵抗の和で求められる
グループ課題. 気温 21℃のとき 1clo の服装で快適な人は、気温が 7℃になったら同じ快適さを得る
のに何 clo の服装が必要か。ただし、衣服を通しての熱放散量や空気層の熱抵抗 Ia / fcl は 21℃の
ときと同じと見積もることにする。
Q4. 課題の解答を予想してみよう −1.約 1 clo、
2.約 2 clo、3.約 3 clo、4.約 4 clo、5.約 5 clo
個人課題.自分の今着ている衣服の熱抵抗を
clo 値で表してみよ。
質問がある人は、[email protected] までメールで。
物理学教室ホームページ
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