平成 24 年度 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 口腔先端科学教育研究センター 第 5 回 歯系大学院生研究発表会 第 2 回 歯学部同窓会奨励賞受賞発表 プログラム 日時:平成 24 年 12 月 15 日(土) 会場:鹿児島大学桜ヶ丘キャンパス 鶴陵会館大ホール 開会式(9:00-9:15) ・歯学部長挨拶 鹿児島大学歯学部長 ・副研究科長挨拶 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科副研究科長 ・開会の辞 口腔先端科学教育研究センター運営委員長 島田 和幸 宮脇 正一 山崎 要一 継続研究発表の部 午前 第 1 部(9:15-9:45) 座長:宮脇 正一(歯科矯正学) 1. 粘膜下口蓋裂における口蓋-咽頭筋三角の解析 ‐ 新たな術後鼻咽腔閉鎖機能予後因子の確立 ‐ 手塚 征宏・口腔顎顔面外科学・博士課程 3 年 2. 運動の円滑性からみた咀嚼運動機能の発達 ‐ Jerk cost による咀嚼運動の評価 ‐ 伊藤 千晶・小児歯科学・博士課程 4 年 3. カンジダ鶏卵抗体を利用した義歯性口内炎の予防に関する実験的研究 藤﨑 順一・顎顔面疾患制御学・博士課程 4 年 午前 第 2 部(9:50-10-20) 座長:仙波 伊知郎(口腔病理解析学) 4. 歯性感染症における歯原性細胞の生体防御機構解明に関する研究 田中 荘子・口腔顎顔面外科・博士課程 1 年 5. 胃食道逆流モデルラットを用いた胃酸分泌抑制剤ニザチジンの唾液分泌促進作用 機序の解明 菅 真有・歯科矯正学・博士課程 3 年 6. ストレスが閉経モデルマウスの情動に及ぼす影響と GABA 神経系との関連に対す る行動科学的および組織化学的検討 塚原 飛央・歯科応用薬理学・博士課程 1 年 1 ※ 10 分休憩 (10:20-10:30) 午前 第 3 部(10:30-11:10) 座長:於保 孝彦(予防歯科学) 7. 4NQO 誘発ラット舌癌モデルでの前癌病変における DNA 損傷修復関連遺伝子の 早期過剰発現 親里 嘉貴・口腔病理解析学・博士課程 4 年 8. Streptococcus sanguinis の産生する過酸化水素への PerR を介した Streptococcus mutans の酸化ストレス耐性機構の解析 藤島 慶・歯科保存(口腔微生物学)・博士課程 4 年 9. 黄色ブドウ球菌は唾液凝集素 gp340 を介して歯科補綴物表面に結合する 久木田 賢司・咬合機能補綴学(口腔微生物学)・博士課程 4 年 10. Tannerella forsythia の表層タンパク S-layer の血清抵抗性及び他の口腔内細菌と の共凝集に対する関与について 下田平 直大・歯周病学(口腔微生物学)・博士課程 4 年 午前 第 4 部(11:20-12:00) 特別講演 1 座長:中村 典史(口腔顎顔面外科) ・Study Dentistry in University of Airlangga インドネシア・エアランガ大学 歯学部長 Coen Pramono 教授 ※ 昼休憩(12:00-13:00) 午後 第 1 部(13:00-14:10) 特別講演 2 座長:山崎 要一(小児歯科学) ・iPS 細胞からエナメル質は創れるか? 歯の再生から、かたちの制御まで 東北大学大学院歯学研究科 小児発達歯科学 福本 敏 教授 ※ 10 分休憩(14:10-14:20) 午後 第 2 部(14:20-15:05) 座長:野口 和行(歯周病学) 研究成果発表の部 11. 開咬患者における歯冠歯根比と咬合接触および下顎下縁平面角との関連性に ついて 上原 沢子・歯科矯正学・博士課程 4 年 12. コーンビーム CT を使用した上顎小臼歯、大臼歯および上顎洞の解剖学的分析 吉嶺 真一郎・口腔顎顔面外科学・博士課程 4 年 早期修了者 成果発表の部 13. 口腔扁平上皮癌において DF3 をエピトープとする MUC1 発現は組織悪性度、 後発リンパ節転移および予後不良と関連する 野村 昌弘・ 顎顔面疾患制御学・博士課程 4 年 2 ※ 10 分休憩 (15:05-15:15) 午後 第 3 部(15:15-16:10) 口腔先端科学学術奨励賞 受賞発表および表彰式 (15:15-15:25) 座長:松口 徹也(口腔生化学) 14. Low-Intensity Pulsed Ultra Sound (LIPUS)が骨芽細胞に及ぼす影響 ‐臨床応用への可能性を探る‐ 中尾 寿奈・歯学部 6 年 (口腔生化学) 鹿児島大学歯系大学院生 特別奨励賞 歯学部同窓会奨励賞 表彰式 (15:25-15:40) ・鹿児島大学歯系大学院生 特別奨励賞 表彰 楠山 譲二(口腔生化学) ・同窓会長挨拶 村上 慎一郎 ・歯学部同窓会奨励賞 表彰 立石 ふみ、松尾 美樹 歯学部同窓会奨励賞受賞発表 (15:40-16:10) 座長:小松澤 均(口腔微生物学) 15. ハイリスク妊婦の卵膜における Fusobacterium nucleatum の検出 立石 ふみ・歯周病学 16. Streptococcus mutans の GlmS と NagB は糖代謝調節因子であり、病原性発現に影響 を与える 松尾 美樹・ 口腔微生物学 閉会式 (16:10-16:20) ・閉会の辞 口腔先端科学教育研究センター運営委員長 3 山崎 要一 抄 録 【 特別講演1 】 Study Dentistry in University of Airlangga Coen Pramono・インドネシア・エアランガ大学 歯学部長 Coen Pramono 先生は、現在、エアランガ大学歯学部で学部長を務められており、口唇口蓋 裂児の口腔顎顔面外科手術の分野で豊かな経験と高い専門性をお持ちです。また、インドネ シアにおける口唇口蓋裂児の総合的なケアを目的としたチーム医療推進の第一人者です。 第5回鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 口腔先端科学教育研究センター 歯系大学院生 研究発表会および歯学部同窓会奨励賞受賞発表会では、口唇口蓋裂治療を含めたエアランガ 大学における歯学研究についてご講演を行っていただく予定です。 略歴: Experiences: 1. Dean Faculty of Dentistry, Airlangga University, Surabaya, Indonesia (2010-now) 2. Head of Oral and Maxillofacial Surgery Residency Training Program (Specialist Program), Faculty of Dentistry Airlangga University, Surabaya, Indonesia (2000-2004) 3. Head Department Oral and Maxillofacial Surgery, Faculty of Dentistry, Airlangga University, Surabaya, Indonesia (2005-2010) 4. Professor in Oral and Maxillofacial Surgery, Faculty of Dentistry, Airlangga University, Surabaya, Indonesia 5. Lecturer in Oral and Maxillofacial Surgery for under Graduate, Faculty of Dentistry, Airlangga University, Surabaya, Indonesia 6. Lecturer in Oral and Maxillofacial Surgery Residency Training Program, Faculty of Dentistry Airlangga University, Surabaya, Indonesia 7. Lecturer in Orthodontic for Graduate Program/ Specialist Program in Ortognathic Surgery 8. Member of Indonesian Association of Oral and Maxillofacial Surgeons 9. The Vice Chairman of Indonesian College of Oral and Maxillofacial Surgeons 10. Cleft Lip & Palate Team Faculty of Dentistry Airlangga University, Surabaya, Indonesia Education: 1. Graduated Dental Faculty holding DDS 2. Graduated Master Degree Faculty of Medicine Gadjah Mada University 3. Specialist in Oral and Maxillofacial Surgery Gadjah Mada University 4. Consultant in Oral and Maxillofacial Surgery, Major: Ortognathic Surgery 5. Certified Training Oral and Maxillofacial Surgery, Faculty of Dental-Medicine Erlangen, Nurnberg Germany 6. Training Oral and Maxillofacial Surgery, Faculty of Dental-Medicine Homburg SAR, Germany 7. Disaster Victim Identification training venue Singapore (Australia-Singapore-Indonesia) 8. Certified training in BICON USA, Nobel Biocare Hongkong and Anthogyr French Implant systems 9. Member of ITI Study Group 4 【 特別講演2 】 iPS 細胞からエナメル質は創れるか? 歯の再生から、かたちの制御まで 福本 敏・東北大学大学院歯学研究科、小児発達歯科学分野 幹細胞研究の加速化とともに、様々な組織の再生の可能性が生まれ、iPS 細胞を用いたヒト 網膜の再生や脊髄損傷の治療の実現化が期待されている。その一方で、ES 細胞や iPS 細胞が 持つ癌化のリスクを回避しなければならず、オールジャパンでの再生医療実現化に向けた取 組みが必要になってくる。 歯は生体内でもっとも硬い組織であり、特にエナメル質をつくるエナメル芽細胞は、骨と 類似性を持つ象牙質と異なり、石灰化に必要な組織特異的な分子の発現や、基底側と分泌側 が同じ細胞局極面に存在する歯固有の細胞である。ES 細胞や iPS 細胞から生じる腫瘍として、 テラトーマの報告がある。テラトーマは、その腫瘍の中に様々な組織を含むことが知られて おり、しっかり形態形成の行なわれた歯が存在することから、歯の細胞は iPS 細胞から比較 的容易に誘導できるのではないかとのアイデアに至った。そこで、ラット由来の歯原性上皮 と、マウス iPS 細胞を共培養することで、エナメル芽細胞の分化誘導を試みた。 フィーダとして使用するラット由来歯原性上皮は、エナメル基質の1つであるアメロブラ スチンを高発現するものが IPS 細胞をエナメル芽細胞に分化誘導できる能力を有することが 分かった。アメロブラスチン高発現の歯原性上皮の上で、IPS 細胞を培養すると、共培養後6 日で、細胞間が明瞭な細胞集団が出現し、10日目では上皮細胞様の細胞塊を形成した。ま たこの細胞塊の95%程度がエナメル基質陽性の細胞であり、分化誘導には NT-4 や BMPs などの増殖因子の存在も重要であることが解った。このような新しい細胞分化誘導法の開発 により、歯のみならず他の組織誘導にも応用可能な状況になってきた。本当に歯科の再生医 療の中で、エナメル質の再生が必要なのかについても考えながら、歯のかたちづくりに関す る新しい知見も交え、今後の展開を紹介していきたいと考えている。 略歴: 1994年 1997年 1998年 2000年 3月 4月 4月 4月 3月 4月 10月 2003年 4月 2004年 9月 2007年 11月 長崎大学歯学部卒業 長崎大学歯学部小児歯科学講座助手 長崎大学大学院歯学研究科入学 日本学術振興会特別研究員(DC1) 長崎大学大学院歯学研究科博士課程修了 長崎大学歯学部小児歯科学講座助手 米国国立衛生研究所(NIDCR/NIH)客員研究員 長崎大学歯学部付属病院小児歯科講師 九州大学大学院歯学研究院助教授(小児口腔医学分野) 東北大学大学院歯学研究科教授(小児発達歯科学分野) 5 【 継続研究発表の部 】 1. 粘膜下口蓋裂における口蓋-咽頭筋三角の解析 ‐ 新たな術後鼻咽腔閉鎖機能予後因子の確立 ‐ 手塚 征宏・口腔顎顔面外科学・博士課程 3 年 【目的】粘膜下口蓋裂(SMCP)の鼻咽腔閉鎖機能(VPF)獲得は他の裂型より困難である。 その要因としては、口蓋咽頭の解剖学的異常、機能異常、遅い手術時期などが指摘されるが 明らかでない。発声時の鼻咽腔閉鎖運動は、口蓋帆挙筋と口蓋咽頭筋の力学的な強調による 軟口蓋の後上方運動を中心に達成されるが、頭蓋顔面骨の形態異常による口蓋咽頭部の筋の 不調和が、VPF獲得困難の要因となることが疑われる。そこで、今回SMCPにおける頭蓋鼻咽 腔形態を解析し、健常児および口蓋裂単独(CP)例と比較したので報告する。 【対象と方法】まず、鹿児島大学人体構造解剖学講座に保存されていた解剖体2体を用い て口蓋帆挙筋、口蓋咽頭筋の起始、停止部を確認した。さらに、SMCP患者20名の術前安静 時X線セファロ写真で頭蓋鼻咽腔形態を観察し、健常児、CP患者(術後セファロ写真)各20名 と比較した。X線セファロ写真検索項目は解剖結果より決定し、S-N直交座標軸を基準とし、 年齢差、個体差を考慮してS-N間距離を100に補正し比較した。 【結果】解剖の結果より、口蓋帆挙筋は側頭骨岩洋部下面の頸動脈管の前方部に起始し、 軟口蓋長の硬口蓋側約1/3の口蓋腱膜に停止していた。口蓋咽頭筋は咽頭後壁の第4頸椎レベ ルより起始し、口蓋帆挙筋と同部位に停止していた。この結果をもとにセファロ写真におけ る計測点を決定した。S-N直交座標軸系において、SMCP群の口蓋帆挙筋起始部と口蓋咽頭筋 起始部はCP群よりも後方に位置していた。一方、両筋の停止部は3群間で明らかな差はなか った。口蓋-咽頭筋三角(口蓋帆挙筋と口蓋咽頭筋の起始、両筋の停止に囲まれる三角)にお ける咽頭後壁点の位置は、健常群、CP群では口蓋帆挙筋の作用方向上に位置していたが、 SMCP群では有意に後方に位置していた。 【考察】口蓋-咽頭筋三角における咽頭後壁の位置に着目すると、SMCP 群は CP 群と比較 して、VPF 獲得にはより大きな後方への軟口蓋運動を必要とすることが伺われた。頭蓋鼻咽 腔形態の解剖学的観点からは、SMCP では口蓋形成術時の口蓋帆挙筋の後方移動、ならびに 軟口蓋後方の口蓋筋群の機能的回復が重要で、口蓋-咽頭筋三角における咽頭後壁の位置は鼻 咽腔閉鎖機能の新たな予後因子となり得る。 2. 運動の円滑性からみた咀嚼運動機能の発達 ‐ Jerk cost による咀嚼運動の評価 ‐ 伊藤 千晶・小児歯科学・博士課程 4 年 歯の欠損、歯列不正、口唇口蓋裂などの口腔の異常は顎口腔系の調和を妨げ、正常な形態 と機能の発達を遅延させる。したがって、これらの早期改善と治療は、低年齢児にとってよ り一層重要である。しかし残念ながら、最も重要な口腔機能の1つである咀嚼運動でさえ、 その機能を評価する方法は十分確立されていない。 従来、顎運動機能評価には下顎運動計測装置が用いられている。これにより視覚的に運動 を捉えることができ、計測時間や経路から運動のリズムや距離が判明する。また、より高度 な評価指標としては “Jerk cost” が挙げられるが、これは 1980 年代にヒトの運動において確 立された単一パラメータであり、運動の時間、速度、加速度などの多くの運動要素を総合的 に評価し、「運動の円滑性」を表す非常に有用な指標である。 “Jerk cost” を用いた運動機能の評価は成人を対象としたものばかりで、発達期の小児を対 象とした研究や成長に伴う変化を示した報告はない。そこで本研究では、小児における咀嚼 運動機能の評価法を確立し、成人と比較して運動の円滑性という観点から咀嚼運動機能の発 達を明らかにすることを目的とする。そして、顎口腔機能異常の診断や歯科的治療前後にお 6 ける運動機能の数値評価を可能にし、歯科的対応の付加価値の大きさを運動論的に証明する 一助になると考えている。 3. カンジダ鶏卵抗体を利用した義歯性口内炎の予防に関する実験的研究 藤﨑 順一・顎顔面疾患制御学・博士課程 4 年 近年、社会の高齢化が進み義歯を装着した有病者や免疫能の低下した患者が増えている。 口腔ケアにより有病者や老齢者の呼吸器疾患などの全身疾患が減少したとの報告も増えて おり、口腔清掃に対する関心が高まっている。一方、義歯使用者では義歯清掃は容易でなく、 要介護者では口腔ケアを煩雑にしているが、摂食嚥下機能や栄養学的には義歯装着は欠かせ ず、義歯装着により口腔機能を向上させ、ひいては全身機能を向上させることができる。義 歯床材料にはカンジダが付着しやすく口腔カンジダの温床となっているが、義歯洗浄剤の多 くは細菌の除菌はできるが、カンジダの除菌ができるものは少ない。免疫能の低下した患者 では口腔カンジダ症が深在性カンジダ症に進展し不幸な転帰をとることもある。そこで、安 全、確実な義歯性カンジダ症の予防法を開発して、義歯を装着した要介護者の口腔ケアを簡 便にすることが望まれる。 一方、鶏に細菌、毒素、ウィルスなどの抗原を注射すると、これらの抗原を排除するため に抗体をつくる。鶏をはじめとする鳥類は、子孫を守るため、体内でつくられた抗体を、鶏 卵中の特に卵黄の中に移行・蓄積させることが知られおり、この鶏卵中の抗体のことを鶏卵 抗体(IgY)と呼んでいる。 今回、私は、安価であり安全な食品として開発可能な抗カンジダ鶏卵抗体を製作し、口腔カ ンジダ症(特に義歯性口内炎)の予防法を確立することを目的として本研究を企画した。方法 として真菌の病原性である接着能に着目し、口腔カンジダ症の優占種とされている C.albicans と C.glabrata の義歯床材料への付着阻害に関して検索した。その結果、抗カンジ ダ鶏卵抗体はカンジダの義歯床材料への付着を効果的に阻害しており、義歯装着者の口腔カ ンジダ症予防に有効であることが示唆された。 4. 歯性感染症における歯原性細胞の生体防御機構解明に関する研究 田中 荘子・口腔顎顔面外科・博士課程 1 年 近年、根尖性病変発症には炎症性反応物質(マクロファージ、多核白血球、サイトカイン、 ケモカイン)の関与が示唆されている。歯根嚢胞上皮の形成には自己防衛反応としての免疫 反応が機能しており、細菌感染に対する歯根嚢胞上皮形成は感染の波及を止めようとする自 己防衛的な反応であると仮説することができる。本研究は、歯根嚢胞などに代表される歯性 感染症における歯原性上皮・間葉系細胞の生体防御機構に関与する働きを解明し、歯性感染 症に対する新たな治療戦略に必要な知見を得ることを目的としている。歯根嚢胞上皮ならび に株化歯原性細胞から細胞増殖関連物質の発現を確認し、それらの発現と嚢胞上皮形成との 関連を検討すると共に、上皮系・間葉系の細胞を利用し、細菌感染時の上皮—間葉移行 (Epithelial-Mesenchymal Transition; EMT)の関わりを解明する。本研究を遂行するため、歯根 嚢胞、歯根肉芽腫摘出切片ならびに、不死化ラット歯原性上皮細胞(HAT-7)、不死化マウ スHertwig上皮鞘細胞(HERS01a)を用いた基礎的実験により、細菌感染環境下の歯原性細胞の 裏装上皮形成過程における役割について分析する。さらに、上皮系または間葉系の性質を有 する細胞がいかなる性質転換を示すかを解析し、種々の歯原性疾患との関連性について検討 する。本研究は、歯科領域において発症頻度の高い歯根嚢胞を対象とし、本来疾患として扱 われている歯根嚢胞上皮を、感染に対する防御機構の一つという概念に置き換えて研究を進 めていく点、また細菌感染に対してEMTの関与を想定している点に特色がある。歯原性細胞 の感染防御機構を解明できれば、歯根嚢胞が増悪して抜歯を余儀なくされていた症例に対し 7 ても新しい治療の選択を付与できる可能性があり、学問的に重要な意味を持つとともに社会 に大きな利益をもたらすことが期待できると考えられる。 5. 胃食道逆流モデルラットを用いた胃酸分泌抑制剤ニザチジンの唾液分泌促進作用 機序の解明 菅 真有・歯科矯正学・博士課程 3 年 【目的】胃食道逆流症は、胸やけ等の症状を呈し、患者のQOLを大きく低下させる。その 対症療法に用いられる胃酸分泌抑制剤のニザチジンは副次的に唾液分泌量を増加させるこ とが臨床的に報告されているが、ニザチジンの唾液分泌促進作用機序は不明である。その理 由として胃食道逆流を想定した動物実験モデル(ラット)における唾液分泌量の定量が技術 的に困難であることが挙げられる。そこで、私共は唾液分泌量の定量を技術的に克服し、胃 食道逆流を想定した動物実験モデルを用いて、ニザチジンの作用機序を明らかにすることを 目的とした。 【資料および方法】Wistar系雄性ラットにケタミン(75 mg/kg)とキシラジン(10 mg/kg) で全身麻酔を行い、頭部に薬剤を注入するためのガイドカニューレを留置した。左側顎下腺 導管にポリエチレンチューブを挿入し、歯科用レジンで圧力トランスデューサと接続して唾 液分泌量を測定した。また左側迷走神経を剖出し、刺激電極を留置した。本モデルは迷走神 経に直接的に電気刺激を与えて、胃食道逆流に伴う求心性感覚情報(内臓感覚)の中枢への 伝達を再現している。ニザチジン投与群とコントロール群(生理食塩水投与群)で、迷走神 経刺激時および迷走神経非刺激時の唾液分泌量を比較検討した。 【結果および考察】迷走神経の電気刺激は刺激頻度に比例して唾液分泌量に影響を与えた。 またニザチジンは、中枢に作用して唾液分泌量に影響を与えた。胃食道逆流を想定した動物 実験モデル(ラット)において内臓感覚は唾液分泌量に影響を与える機序の存在が示唆され た。さらに、胃酸分泌抑制剤であるニザチジンは中枢に作用して唾液分泌の促進作用に関与 することが示唆された。 6. ストレスが閉経モデルマウスの情動に及ぼす影響と GABA 神経系との関連に対す る行動科学的および組織化学的検討 塚原 飛央・歯科応用薬理学・博士課程 1 年 閉経後の女性は、不定愁訴やうつ病等の精神疾患に罹患するリスクが高い。これは、環境 要因の変化が大きく影響するためと言われているが、詳細は不明である。そこで申請者は、 環境要因の変化としてストレスに着目し、閉経モデルマウスにストレスを加える動物モデル を作り、ストレスが中枢神経に及ぼす影響を行動科学的、薬理学的、組織化学的に分析した。 特に、GABA作動性神経が難治性神経疾患の発症に関与していると報告されているため、情 動回路を構成する、海馬のGABA作動性神経が、ストレスに対してどのように変化するのか、 動物行動はどう変化するのかを、下記の点に着目し、リサーチを開始した。 ①閉経後ストレスによる行動 ②GABA産生酵素であるGAD(glutamic acid decarboxylase)の発現 ③GABAA 受容体への影響 ④Cl−輸送能力 ⑤閉経後ストレスによる薬物に対する行動変化 その結果、ストレス負荷により、神経細胞において、Cl−輸送能力の変化を起こし、GABA 受容体の機能異常を生じていることが示唆された。併せて、ストレスによる行動変化および GABA受容体の機能異常に対して、ホルモン療法として使用されるが、副作用のリスクが高 い17β-estradiolよりも古典的薬理作用の弱い、17α-estradiolが効果のあることが示唆された。 8 7. 4NQO 誘発ラット舌癌モデルでの前癌病変における DNA 損傷修復関連遺伝子の 早期過剰発現 親里 嘉貴・口腔病理解析学・博士課程 4 年 口腔扁平上皮癌は最も予後不良の口腔疾患であり、集学的治療によってもQOLが著しく低 下する。発癌機序としては、領域発癌や多段階発癌により前癌病変から進展するものが多く、 早期発見と的確な診断、早期治療や進行予防法の開発が期待されている。 本研究では、発癌過程早期に染色体不安定性を増加させ、口腔癌の進展に重要と考えられ るDNA損傷修復因子の動態を口腔粘膜前癌病変の早期段階で明らかにするため、化学発癌動 物モデルである4NQO誘発ラット舌癌モデルを用いた口腔粘膜前癌病変の動物モデルの確立 とともに、4NQOのDNA損傷機構として考えられるプリン体への付加損傷、Top1や活性酸素 による1本鎖DNA切断、および2本鎖DNA切断に関連するRad23b、Tdp1、Rad51のDNA損傷 修復因子とTp53癌抑制遺伝子について、定量RT-PCR法によるmRNA発現量や免疫染色による タンパク発現を組織形態変化と併せて経時的に解析し、前癌病変の進展に関与するDNA損傷 修復因子の同定と早期前癌病変での役割について解析した。 肉眼所見と病理組織所見から、び漫性病変、限局性病変、および浸潤癌にまで進展する一 連の粘膜病変が経時的に認められ、領域発癌や多段階発癌機序を示す前癌病変モデルが確立 できた。早期から見られたび漫性病変では各DNA損傷修復因子の過剰発現が経時的に認めら れ、特に前癌病変の確立期である4NQO投与後4週から6週目にはRad51とTp53の過剰発現が 認められ、前癌病変の確立に重要な役割を果たしていると考えられた。 これらの知見は、ヒト口腔癌で報告されている知見とも一部、一致しており、今後、ヒト 口腔粘膜前癌病変の診断に有用なマーカーとして早期診断法の確立、また、前癌病変の進行 阻止を図るchemo-prevention法の標的因子として口腔粘膜前癌病変の進行予防法の開発に寄 与できると考えられる。 8. Streptococcus sanguinis の産生する過酸化水素への PerR を介した Streptococcus mutans の酸化ストレス耐性機構の解析 藤島 慶・歯科保存(口腔微生物学)・博士課程 4 年 う蝕原性菌である Streptococcus mutans は、様々な口腔細菌が存在するデンタルプラーク 中において、他の口腔細菌と共存、拮抗を果たしている。デンタルプラーク中に存在する様々 な口腔細菌のうち、Streptococcus sanguinisはデンタルプラーク中における主要な口腔細菌の 一つである。予備実験より、申請者は、S. sanguinisの産生するバクテリオシンによりS. mutans が増殖阻害を受けていたこと、さらにS. sanguinisの産生するバクテリオシンは酸化ストレス の一つである過酸化水素であることに着目した。本研究の目的は、S. mutansがS. sanguinisの 産生する過酸化水素に対してどのような感受性を示し、どのような機序で耐性を担っている のかを解明することを通じて、デンタルプラーク中における、S. mutansのS. sanguinisとの共 存機構の解明を目指したものである。過酸化水素はスーパーオキシドアニオンやヒドロキシ ルラジカルなどの活性酸素の一種であり、活性酸素は細胞膜の損傷やDNAの損傷など深刻な ダメージを引き起こす。S. mutansは、デンタルプラーク中で生存するうえで、S. sanguinisの 産生する過酸化水素に対して耐性機構を持つ必要がある。そこで、申請者は酸化ストレス耐 性因子として報告されているDpr、Sod、AhpCFに着目した。申請者はこれら3つの耐性因子 の欠損株を作製し、過酸化水素に対する感受性検証を行った。その結果、dpr、sod の欠損株 では、著しく過酸化水素に対する感受性が上がり、一方、ahpCFの欠損株では感受性に変化 は認められなかった。次にこれら耐性因子の制御システムについて検証を行った。制御因子 としては、他菌種において過酸化水素耐性因子遺伝子発現制御への報告があるPerR、RggD に着目した。各々の欠損株を作製し過酸化水素に対する感受性検証を行ったところ、perR欠 9 損株においてのみ低感受性が認められた。さらに、perR欠損株において、有意なdprの発現上 昇が認められたことから、S. mutansは、調整因子PerRがdpr発現を制御することでS. sanguinis の産生する過酸化水素に耐性を獲得していることが明らかになった。 9. 黄色ブドウ球菌は唾液凝集素 gp340 を介して歯科補綴物表面に結合する 久木田 賢司・咬合機能補綴学(口腔微生物学)・博士課程 4 年 歯牙喪失に対する歯科治療としては、主に歯科補綴物の装着による機能修復が行われる一 方、歯科補綴物に付着する細菌が原因となり、う蝕、歯周疾患、義歯性口内炎等を引き起こ すことが問題となっている。このことから、歯科補綴物への細菌の付着は口腔疾患発症と関 連していることが考えられる。しかし、細菌の歯科補綴物に対する付着メカニズムは明らか になっていない。 本研究では、種々の歯科補綴物付着細菌のうち、特に黄色ブドウ球菌に着目した。黄色ブ ドウ球菌は、義歯床用レジンのデンタルプラークから高頻度に分離される報告があり、高齢 者の誤嚥性肺炎の原因菌であることから歯科医師にとって注意を要する菌である。今回、黄 色ブドウ球菌と義歯床用レジンとの付着機構の解明および検討を行った。 唾液中の成分のうち細菌凝集能を持つとされるgp340(glycoprotein 340)に着目し、本因子が 黄色ブドウ球菌と歯科補綴物の付着性を付与しているのではないかと考えた。そこで、gp340 をコートしたレジンを用い、黄色ブドウ球菌のレジンへの付着実験を行った。その結果、唾 液凝集素gp340は、黄色ブドウ球菌の歯科材料への付着に関与することが明らかになった。 次に、gp340との付着に関与する黄色ブドウ球菌の因子の検討を行った。その結果、黄色 ブドウ球菌の表層タンパクの一つであるSasA(S. aureus surface protein A)が付着因子であるこ とが明らかになった。 さらにSasAの構成成分中のレクチン様ドメイン構造が、gp340との結 合に関与していること、本結合はアミノ糖であるN-アセチルノイラミン酸により阻害される ことが明らかになった。 10. Tannerella forsythia の表層タンパク S-layer の血清抵抗性及び他の口腔内細菌と の共凝集に対する関与について 下田平 直大・歯周病学(口腔微生物学)・博士課程 4 年 【目的】歯周病原因菌の一つである Tannerella forsythia (T. forsythia) は、菌体の最外層に表 層タンパク ( S-layer ) を持っている。T. forsythia の S-layer は、TfsA と TfsB と呼ばれる 2 つ の糖タンパクより構成されている。 本研究の目的は、T. forsythia の TfsA-B 欠損株を用い、S-layer の宿主免疫に対する抵抗性 や他の口腔内細菌との共凝集に主眼を置いた病原性解析を行うことである。 【材料および方法】T. forsythia の血清抵抗性を検証するために段階的に希釈した血清に 105 個に調整した菌を加え、経時的にマイクロプレーターにて吸光度の測定を行った。ヒト補体 の活性因子である C3b の菌体表層への付着を検証するため、調整した菌を 30%ヒト血清にて 処理後、ヒト C3b 抗体を用いて免疫染色法を用い、共焦点蛍光顕微鏡下にて観察した。他の 口腔内細菌との共凝集能試験として、菌を調整した後に 2 菌種を混合し経時的に上清の吸光 度を測定した。 【結果および考察】T. forsythia の野生株は、TfsA-B 欠損株と比べて血清に対する抵抗性が 高く、C3b の菌体表層への沈着が少ないことから、TfsA-B は補体に対し抵抗性に働くことを 示した。共凝集試験では、T. forsythia の野生株が TfsA-B 欠損株と比べて S.sanguinis,S.salivalius に対して共凝集することから、TfsA-B は菌体間の共凝集に関与している可能性を示した。こ れらの結果から、TfsA-B は T. forsythia の病原性因子であり生体中における生存に関与するこ とが示された。 10 【 研究成果発表の部 】 11. 開咬患者における歯冠歯根比と咬合接触および下顎下縁平面角との関連性に ついて 上原 沢子・歯科矯正学・博士課程 4 年 【目的】開咬は、咬頭嵌合時に数歯にわたり咬合接触を認めない不正咬合で、下顎下縁平 面角の開大、弱い咬合力、上顎中切歯の短根と矯正治療中に歯根吸収が生じ易い特徴を示す。 短根は、歯の生存率などに影響するため、歯科臨床において重要な問題である。また、非咬 合接触モデルによる動物実験では、歯根膜の血管萎縮などが生じ、歯の移動時に歯根吸収が 生じることが報告されている。従って、咬合接触による咬合刺激は、歯根長に影響すること が示唆されるが、矯正治療前の開咬患者における歯冠歯根比や歯根長を調べた報告はない。 本研究の目的は、開咬患者における全歯種の歯冠歯根比と歯根長を調べ、咬合接触と下顎下 縁平面角の開大との関連を明らかにすることである。 【資料および方法】対象について、矯正患者のうち4切歯以上の開咬を伴う患者31名を開 咬群、正常被蓋を伴う不正咬合患者31名を対照群とした。Lind の方法に準じて、X線写真を 用いて歯根長と歯冠歯根比を算出し、咬合接触の有無を調べるとともに、セファロ分析を行 い、統計学的に解析した。 【結果および考察】開咬群の歯冠歯根比は上下顎切歯から小臼歯において、歯根長は下顎 中切歯と上下顎大臼歯以外の全歯種において、対照群と比べて有意に小さな値を示した。ま た、開咬群の咬合接触率は、上下顎切歯から小臼歯において対照群と比べて有意に低い値を 示した。さらに、開咬群において、下顎下縁平面角の開大が歯冠歯根比と歯根長に与える影 響をマルチレベルモデルにより解析した結果、下顎下縁平面角の開大を伴う開咬患者の歯冠 歯根比と歯根長は、それ以外の開咬患者と比べて有意に小さな値を示した。以上から、開咬 患者の切歯から小臼歯において、小さな歯冠歯根比(短根)を示し、咬合接触と関連してい ることが示唆された。また、開咬患者の中でも、下顎下縁平面角の開大を伴う開咬患者の歯 冠歯根比はより小さく、歯根長はより短いことが示唆された。 12. コーンビームCTを使用した上顎小臼歯、大臼歯および上顎洞の解剖学的分析 吉嶺 真一郎・口腔顎顔面外科学・博士課程 4 年 歯科用コーンビームCT(以下、CBCT)を用いて日本人の上顎小臼歯および大臼歯部の歯 槽骨形態の特徴ならびに歯根と上顎洞の関係を解剖学的に検討し、インプラント治療に対す る有用な情報を得ることを目的とした。 対象ならびに方法は、下顎臼歯部欠損にてインプラント治療目的のためにCBCT撮影を行 った患者30名で、撮影時平均年齢は47.5歳であった。CBCT撮影はモリタ製作所製、3DX Multi-Image Micro CT®を用い、計測は画像解析ソフト、モリタ製作所製i-VIEW software® を 用いた。分析はCBCTのcross-sectional CT 画像上で、①上顎臼歯部歯根と歯槽骨、上顎洞底 の距離的計測、②N.H.Kwak.らの分類による上顎臼歯部歯根と上顎洞底の位置関係、③上顎 臼歯部における歯槽骨長軸と歯軸間の角度αについて行った。 結果は、歯槽骨幅の距離計測では、上顎第一小臼歯の頬側口蓋側間の歯槽骨幅は 9.53±1.02mmと小さく、頬側歯根尖部の歯槽骨の水平的骨幅が0.76±0.57mmと最も薄かった。 また、上顎第二大臼歯では口蓋側歯根尖部の歯槽骨の水平的骨幅が7.40±2.28mmと最も大き かった。上顎小臼歯ならびに大臼歯の歯根と上顎洞の関係では、上顎第一大臼歯では、TypeII が43.3%と最も多く、上顎洞底に歯根が近接する傾向が見られた。上顎第一小臼歯および第 二小臼歯の角度αはそれぞれ21.1 ± 9.2°、17.2 ± 5.7°で、上顎大臼歯部と比べて有意に大きか った(P<0.01)。歯槽骨形態との相関関係では上顎第一小臼歯に角度αと歯根尖-上顎洞底ま での距離の間に負の相関関係を認めた(P=0.003)。 11 上顎臼歯部のインプラント治療計画にはCBCTによる三次元的歯槽骨形態の分析・評価を 行うことが重要で、それらは合併症を減少するために有用であると考えられた。 【 早期修了者 成果発表の部 】 13. 口腔扁平上皮癌において DF3 をエピトープとする MUC1 発現は組織悪性度、 後発リンパ節転移および予後不良と関連する 野村 昌弘・ 顎顔面疾患制御学・博士課程 4 年 MUC1は、細胞表面を保護する粘液の主成分である「膜型ムチン」に分類される。しかし 近年、この「膜型ムチン」は細胞分化、細胞接着や細胞シグナル伝達にも密接に関わること が明らかにされ、多くのヒト悪性腫瘍に過剰発現し、腫瘍の浸潤・転移に促進的に働く重要 な予後不良因子として広く知られている。しかしながら、口腔扁平上皮癌(oral squamous cell carcinoma、以下OSCC)におけるMUC1発現と患者予後との関連性についての報告はいまだ ない。 そこで今回は、OSCC症例の組織を用いてMUC1ムチン発現を検索し、臨床病理学的事項 との関連性を検討することで、MUC1ムチンの発現がOSCCの予後予測因子になりうるかを 解明し、その結果を治療方針決定へ反映させ治療成績の向上に寄与することを目的とした。 材料および方法は206例のOSCC症例の生検組織を用いてDF3をエピトープとするMUC1の 免疫染色を行い、MUC1の発現状況を検索し、予後因子としての有用性を臨床病理学的事項 について検討した。 結 果 と し て MUC1は OSCC206例 の う ち 80例 に 発 現 を 認 め 、 MUC1発 現 は リ ン パ 節 転 移 (p=0.002)、stageの進行(p=0.02)、浸潤様式(p=0.03)、血管侵襲(p=0.01)との関連性を認めた。 また、MUC1発現群は非発現群に比べて全生存率(p=0.001)および無病生存率(p=0.0003)を有意 に低下させた。さらに、OSCCにおけるMUC1発現は独立した予後因子であると共に、後発 リンパ節転移の独立した危険因子であることが示された。 MUC1発現はOSCCにおける後発リンパ節転移の予測因子であり予防的頸部郭清術の適応 決定の一助になりえ、MUC1発現の陽性患者は注意深い経過観察が必要であると思われた。 【 口腔先端科学学術奨励賞 受賞発表 】 14. Low-Intensity Pulsed Ultra Sound (LIPUS)が歯周組織由来細胞に及ぼす影響 ‐臨床応用への可能性を探る‐ 中尾 寿奈・歯学部 6 年 (口腔生化学) 歯周病は成人の歯の喪失の主な原因であり、細菌感染により引き起こされる。歯周組織由 来細胞のうち骨芽細胞はLPSによりケモカインを発現し炎症性細胞の遊走を誘導する。また 骨芽細胞は細胞外マトリックス分解酵素であるmatrix metalloproteinases (MMPs)とそのイン ヒビターであるTIMPsを発現する。 LIPUSは骨の代謝を促進させる効果から骨折治療に臨床応用されているが、LIPUSの炎症 性疾患への効用は不明であり、口腔内への応用は少ない。 今回、炎症性口腔疾患におけるLIPUSの臨床応用の可能性を探る目的で、マウスの骨芽細 胞株MC3T3-E1にLIPUS刺激(30∼120mW/cm 2)を与え、MMPsとTIMPs、および数種類の ケモカインのmRNA 発現レベルへの影響をPCR法を用いて解析した。 LIPUS刺激によりMMP2、MMP14の恒常的mRNA発現量は有意に抑制された。また、LPS 刺激によりケモカインのmRNA発現量は著しく上昇した。そのうちCXCL1とCXCL10の発現 はLIPUS 共刺激にて有意に抑制された。 12 LIPUS刺激によって骨芽細胞表面のLPS受容体であるTLR4の発現に変化はみられなかっ たが、LPS刺激により引き起こされたシグナル伝達において、炎症誘発タンパクの誘導に関 わるNFκBの活性はLIPUS共刺激により有意に抑制された。NFκB シグナルの上流キナーゼで あるIKKα/βのLPS刺激によるリン酸化はLIPUS共刺激により抑制された。 LIPUSは骨芽細胞などの口腔由来の細胞の炎症性遺伝子の発現を抑制することで、炎症反 応やそれに伴う組織破壊の防止に有効と考えられる。またLIPUS治療は非侵襲的であり、歯 周病の新しい治療法の可能性が示唆される。 【 歯学部同窓会奨励賞 受賞発表】 臨床系研究の部 15. ハイリスク妊婦の卵膜における Fusobacterium nucleatum の検出 立石 ふみ・歯周病学 【目的】歯周病と早産・低体重時出産との関連についてこれまで多くの報告があるが、歯 周病が早産・低体重児出産に関与するメカニズムは未だ解明されていない。そこで本研究は、 両者の関連性のメカニズムの解明を目的とし、出産時に得られた子宮内組織(卵膜)における 歯周病原細菌の存在の有無を調べるとともに、卵膜から分離培養したヒト絨毛膜由来細胞へ のFusobacterium nucleatum (Fn)の影響を検討した。 【材料および方法】1.被験者は正常出産妊婦15名、及び早産のリスクの高い(ハイリスク) 妊婦24名とした。出産前に歯周組織検査及び口腔内サンプル(唾液及び歯肉縁下プラーク)を 採取し、出産時に卵膜を採取した。採取したサンプルからDNAを抽出し、Prevotella intermedia、 Tannerella forsythia、Aggregatibacter actinomycetemcomitans、 Treponema denticola及びFnの検 出をPCR法を用いて行った。 2.卵膜より分離培養した絨毛膜由来細胞、または、siRNAに よりTLR-2またはTLR-4の遺伝子発現を抑制した絨毛膜由来細胞を、Fn LPSで刺激し、TLR-2 及びTLR-4の遺伝子発現、培養上清中のIL-6 及びCorticotrophin-Releasing Hormone(CRH)量を 定量した。 【結果】1.ハイリスク妊婦における歯周パラメータの平均値は正常出産妊婦と比べて有 意に高かった。2.24名のハイリスク妊婦のうち7名の卵膜サンプルよりFnが検出された。3. 絨毛膜由来細胞をFn LPSで刺激すると培養上清中のIL-6及びCRHレベルと、TLR-2の遺伝子 発現が有意に上昇した。4.Fn LPS刺激により上昇したIL-6及びCRHレベルは、TLR-2及び TLR-4遺伝子発現を抑制することで有意に減少した。 【考察および結論】本研究結果から、約29%のハイリスク妊婦の卵膜組織でFnが検出され ることが明らかになった。また、Fn LPSはIL-6及びCRHの産生を誘導し、その経路はTLR-2 及びTLR-4を介していることが示された。これらのことから、子宮内組織に定着したFnの構 成成分であるLPSが、TLR-2及びTLR-4を介して分娩の開始に関わるサイトカインやホルモン の発現上昇を促すことにより、妊娠維持機構に影響を及ぼし、出産に影響を与えている可能 性が示唆された。 13 基礎系研究の部 16. Streptococcus mutans の GlmS と NagB は糖代謝調節因子であり、病原性発現に影響 を与える GlmS and NagB regulate sugar metabolism in opposing directions and affect Streptococcus mutans virulence 松尾 美樹・ 口腔微生物学 細菌の細胞質内に輸送された糖は、主に解糖系によるエネルギー産生や細胞壁のペプチド グリカン産生に用いられ、細菌の生命維持に重要な役割を果たしている。本研究では、う蝕 原性菌であるStreptococcus mutansにおける菌体内の糖代謝機構解明を目的とし、糖代謝関連 因子の機能解析を行った。遺伝子発現解析から、化学合成培地 (CDM) にグルコースのみを 添 加 し た 際 、 glucosamine-6-phosphate isomerase (NagB) 発 現 が 認 め ら れ ず 、 L-glutamine-D-fructose-6-phosphate amidotransferase (GlmS) 発現誘導が認められた。一方、 CDMにアミノ糖の一つであるN-アセチルグルコサミンを添加した培地では、NagB発現が誘 導され、GlmS発現が抑制されることが明らかになった。そこでglmS欠損株、nagB欠損株を 用いて、糖もしくはアミノ糖における生育の違いを検証した結果、glmS欠損株はグルコース のみの培地では生育できず、N-アセチルグルコサミン存在下においてのみ生育可能であるこ と、反対にnagB欠損株はグルコースのみの培地において生育可能であるが、N-アセチルグル コサミン存在下では生育が抑制されることが明らかになった。このことから、菌体内に取り 込まれた糖もしくはアミノ糖の代謝は、GlmS, NagBという2つの因子による逆方向性の代謝 調節を受け、解糖系と細胞壁ぺプチドグリカン合成系に分配されていることが示唆された。 さらにglmS欠損株ならびにnagB欠損株では、バイオフィルム形成に関与する遺伝子発現が変 化することが明らかになった。 本研究から、S. mutansのGlmSとNagBが、菌体内の糖の分配を逆方向性に調節し、糖のス ムーズな分配を可能にすることで、菌体の生命維持に重要な役割を果たしていることが示唆 された。さらに、本因子はS. mutansの病原性因子の一つであるバイオフィルム形成能にも関 与していることが明らかになった。 Streptococcus mutans is a cariogenic pathogen that produces an extracellular polysaccharide (glucan) from dietary sugars, which allows it to establish a reproductive niche and secrete acids that degrade tooth enamel. While two enzymes (GlmS and NagB) are known to be key factors affecting the entrance of amino sugars into glycolysis and cell wall synthesis in several other bacteria, their roles in S. mutans remain unclear. Therefore, we investigated the roles of GlmS and NagB in S. mutans sugar metabolism and determined whether they have an effect on virulence. NagB expression increased in the presence of GlcNAc while GlmS expression decreased, suggesting that the regulation of these enzymes, which functionally oppose one another, is dependent on the concentration of environmental GlcNAc. A glmS-inactivated mutant could not grow in the absence of GlcNAc, while nagB-inactivated mutant growth was decreased in the presence of GlcNAc. Also, nagB inactivation was found to decrease the expression of virulence factors, including cell-surface protein antigen and glucosyltransferase, and to decrease biofilm formation and saliva-induced S. mutans aggregation, while glmS inactivation had the opposite effects on virulence factor expression and bacterial aggregation. Our results suggest that GlmS and NagB function in sugar metabolism in opposing directions, increasing and decreasing S. mutans virulence, respectively. 14
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